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化学と生物 Vol. 53, No. 12, 2015
実験動物個体を用いた栄養学研究の中で思うこと
堀尾文彦
名古屋大学大学院生命農学研究科巻頭言 Top Column
Top Column
私が大学4年(38年前)の卒論研究で農 芸化学科栄養化学研究室を希望したのは,
「食と健康」にかかわる実験研究に触れた いという理由からである.卒業して大学院 修士課程に進学し,さらに,折りしもこの 時期はオイルショックと重なっていたこと も影響してか博士課程に進学した.大学院 生時に行った研究は,ラットにおける生体 異物(xenobiotics)摂取によるアスコルビ ン酸(AsA,ビタミンC)の代謝変動の解 析である.体内でAsAを生合成できる正常 ラットは,多種類の生体異物投与により生 合成経路のある一つの酵素を誘導してAsA レベルを上昇させることを明らかにした.
その後,助手として職を得たので,AsA 生合成不能動物を用いてビタミンCの疾患 にかかわる生理機能を探求したいと思っ た.ちょうどそのときに突然変異により AsA生合成不能のODSラットを栄養学実 験に初めて使用できるチャンスを得たこと により,実験動物の遺伝学的背景に注目す るようになった.ラットは栄養学的データ の蓄積が最も豊富な実験動物であること,
さらにODSラットは近交系統という遺伝 学的利点も持ち合わせていたことから,
ODSラットを用いた研究成果は自分が予 期した以上に論文としてアクセプトされや すいという恩恵を受けた.その後,ODS ラットやマウス個体を用いて種々の食餌条 件における代謝変動を解析する栄養学的研 究を進めていくうちに,観察された現象の メカニズムをどのような手法で明らかにす るかについて頭を悩ますことが多くなった.
そのようなときに,海外の研究室で2年 弱を過ごす機会を大学から与えてもらった.
その研究室では,多くのモデルマウスを自 前で交配・繁殖して遺伝解析や表現型解析
を分子レベルで行って白黒のはっきりした 結果を得るというこれまでに経験したこと のない研究スタイルを学ぶことができた.
それと並行して,栄養学的影響の強い生活 習慣病のモデル動物から未知の疾患遺伝子 を同定している国内外の研究成果をむさぼ り読んだ.その結果,自分自身も,糖尿病 や脂質代謝異常の新規なモデルマウスを 使って,一定の栄養条件下でそれらの疾患 の遺伝因子を探求していく研究を約15年前 から始めることができた.マウスを交配し て新たな系統を作出し,その表現型を解析 する作業には思いのほか時間がかかること を痛感しながらも,自分の研究室にしかな い系統の解析を行って新知見を得ることの 喜びを感じている.これらの研究とともに,
初めて職を得てから4カ所の研究室を経な がらODSラットやマウスを使ってビタミン Cやほかの栄養因子と生体との相互作用の 検討を継続し,さらにはまだ到達していな い目的の遺伝因子の単離を目指している.
正直,30年前と変わらず動物個体で見いだ した現象のメカニズムを分子レベルで明ら かにすることは難しい.けれども,動物個 体を用いた異なるタイプの研究を経験でき たおかげで,見いだした現象の機構を解析 するうえで以前とは違った見方で臨めるよ うになり,研究に対するモチベーションも 楽しさも増した.現在,研究室の全員の学 生が動物個体を用いて実験を行っているこ とを,これからも研究室の特徴として維持 し,学生たちにこのような研究スタイルの利 点ばかりでなく問題点についても自分なりに 時間をかけて伝えていこうと思っている.
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.807
プロフィル
堀尾 文彦(Fumihiko HORIO)
<略歴>1978年名古屋大学農学部農芸化 学科卒業/1983年同大学大学院農学研究 科博士課程(後期)満了/同年同大学農学 部助手/1988〜1989年米国コーネル大学 栄養科学部,ハーバード大学ジョスリン糖 尿病センター博士研究員/1995年名古屋 大学農学部助教授/2004年中部大学応用 生物学部教授/2006年名古屋大学大学院 生命農学研究科教授,現在に至る<研究 テーマと抱負>糖・脂質代謝異常の遺伝因 子と食事因子の探求,ビタミンCの新たな 生理機能の探求<趣味>低山歩き,釣り,
映 画 鑑 賞<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>
http://www.agr.nagoya-u.ac.jp/~anutr/