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化学と生物 Vol. 52, No. 6, 2014
巻頭言
Top Column基礎体力
安達修二
京都大学大学院農学研究科Top Column
日常的に使用している乾電池の起電力が 1.5 Vであることを知っている学生はどの 程度いるとお考えであろうか.100%に近 いと思われた方が大半と思う.ある疑問か ら何人かの先生方の協力を得て,農学系・
工学系を中心とする9大学・高専の学部生 や院生500名強を対象として,電気に関す る簡単な知識を問うたことがあり,そのと きの正解率は20%であった.家庭で使っ ている電気が交流であることは90%の学 生が知っているが,その電圧が100 Vであ ることを知っているものは60%にすぎな い.これらの数字は学部やいわゆる偏差値 によらず,ほぼ同じである.乾電池や家庭 用電源の電圧を知らなくても,電気機器を 使って日々の実験はできるかもしれない が,怖さを感じる.
情報処理や分子生物学などの著しい進歩 に伴い,学生が学ぶべきことが多くなっ た.また,筆者が学生の頃には少なかった オムニバス方式の授業が多くなり,先端的 な内容を学び,学生の学習に対する意識と 意欲を高めるのに役立っているであろう.
しかし,その分基礎的な科目を履修する時 間が相対的に減少する.また,どのような 分野に関心をもち,知識を高めていくか は,自問自答しながら模索すべきものと思 うが,この点に関して受け身の姿勢が強い ように感じる.先端的なことを学び,自ら もそのような世界に飛び込んで成果を上げ るには,基礎科目を疎かにできないが,学 生はそのような科目を好まない傾向がある ように感じる.これらは時代の趨勢であろ うが,授業評価というシステムが導入され てからその傾向が強まったような印象をも つのは筆者だけであろうか.いまでは死語 に近くなったが,学園紛争の最後の世代 で,大学4年間で一度も定期の試験を受け なかった筆者の体験に基づく自戒と憂いで ある.
研究についても上記と同様のことが言え
るであろう.研究には可能性探索型と基盤 強化型のものがある.前者は長期的で成否 の目処が立ち難いハイリスクのものと,短 中期的で比較的高い確率で成果が期待でき るものがあるが,これらはいずれもいわゆ る先端的な研究に属する.短中期的な可能 性探索型研究はお金と人を注ぎ込めばある 程度の成果が期待できるので,民間企業に 向いた研究と思うが,最近は大学の研究者 が申請する研究費で「出口」を求められる ことも多く,それらはこの型に属する研究 であろう.一方,後者はいわゆる流行の研 究ではなく,テーマによっては何をいまさ らと思われることもある.民間企業とのコ ンソーシアム形式の共同研究でパスタの乾 燥や吸水を手掛けた.何でいま頃にと思わ れる方も多いであろう.筆者自身も最初は そのように思った.しかし,実際に行って みると予想外の結果が得られ,それを説明 するための検討を重ねるうちに,乾燥食品 中で水はどのように動くのかの一端が理解 できたが,まだ不明な点は多く残されてい る.この共同研究を通じていくつかのこと を学んだ.共同研究では短中期的な成果が 求められるが,単なる興味と遊び心からパ スタ中の水分分布の測定というすぐには役 立ちそうにない課題から着手した.当初は 共同研究先の理解が得られなかったが,予 想外の結果につながり,最終的には理解を 得たと思っている.企業と大学がそれぞれ のミッションの違いを認識し合い,役割を 分担することが大切である.短期的な成果 が求められるときにも迂遠な基礎的な検討 が近道であることもある.
新しい技や難易度の高い技を目指すス ポーツ選手は,その技の練習ばかりではな く,その技に必要な筋肉や体力は何かを考 え,それを鍛える練習を重ねていると思 う.大学における教育や研究も同様のよう に感じる.