多元物質科学研究所
微粒子合成化学・講義
村松淳司
http://www.tagen.tohoku.ac.jp/labo/muramatsu/MURA/kogi/fine-p/index.html
E-mail: [email protected]
多元物質科学研究所
分散と凝集
コーヒー牛乳に塩を入れる
コーヒー牛乳だけ 1 mol/L KCl 溶液
乳脂肪が浮上している
なぜ、乳脂肪は浮上したか?
乳脂肪は水よりも軽い
牛乳は乳脂肪が分散したもの
塩を入れることで「凝集」して浮上した
分散と凝集
分散とは何か
– 溶媒中にコロイドが凝集せずにただよっている
凝集とは何か
– コロイドがより集まってくる
物質は本来凝集するもの
– 分子間力→ van der Waals 力
分散と凝集 (平衡論的考察)
凝集
– van der Waals 力による相互作用
分散
– 静電的反発力
– 粒子表面の電位による反発 分散
凝集
分散と凝集 (速度論的考察)
分散するためには
– 平衡的に分散条件にあること – 速度論的に分散条件にあること – ブラウン運動(熱運動)
分散
速度論:ブラウン運動
分散の平衡論的な解釈は、静電的反発力であるが、水の 中を漂い、空気の中に分散する、コロイド粒子の動き、
つまり速度論的解釈は、ブラウン運動 Brownian motion である。
x
分散
速度論:ブラウン運動
粒子がブラウン運動を起こして(不規則な運 動)いるとすると、ブラウン運動は粒子の熱運 動であるので、粒子1個について、 kT のエネ ルギーを持っている。これが運動エネルギーに 変換されているとすると
kT =
1/2
mv2
となる。
分散
速度論:ブラウン運動
Einstein の統計的計算によると、粒子1個がブラウン運 動によって、 t 時間に x 方向へ移動する平均距離 x は、
D は、粒子の拡散定数。 Einstein は、さらに、拡散定数 に関する式
を提出した。ここで、 f は摩擦係数と呼ばれるもので、
粒子が媒質の分子に比べて非常に大きいとき、 Stoks の 法則がなりたつ。
f D kT
sDt x
分散
速度論:ブラウン運動
ここで、
ηは物質の粘度、
aは粒子半径である。
結局、
となる。
Rは気体定数、
NAはアボガドロ数。
a f 6
aN
Ax RTt
3
分散
速度論:ブラウン運動
たとえば、 20℃ 、蒸留水中において、粒子の1秒後の 変位 x を計算すると、つぎのようになる。
粒子半径 1秒後の変位( μm )
1 nm 20.7
10 nm 6.56
100 nm 2.07
1μm 0.656
である。
分散
分散するか凝集するか
平衡論
– 静電的反発力
コロイドの界面電位による
速度論
– コロイド同士の衝突←熱運動と衝突確率
静電的反発力とは
力の源は、粒子の表面電位
表面電位が絡んでいる現象
– 電気泳動 – 電気浸透 – 沈降電位
電気泳動
電気泳動というのは、電気を帯びた分子(イオ ン)が、電圧によって動く現象のこと
プラスの電気を帯びた分子はマイナス電極へ、
マイナスの電気を帯びた分子はプラスの電極へ、
引きつけられる
コロイドも同じ。電圧のかかっている場所(電 場)の中で、コロイド全体としての電荷の反対 符号の電極の方向へ動く
- +
表面電荷
水
乳脂肪
タンパク質 牛乳では
ブラウン運動
水
煤
膠 墨汁では
ブラウン運動
墨汁と膠
古墨の価値とは、原料の煤が作られた時代 が古いことで生じるのではなく、実際に墨と して製造されてからの経時変化により生じる 様々の事象により創成される。
墨の主原料は「煤(すす)」と「膠(にか わ)」。墨を摺るという作業で、煤と膠がう まく混合された水溶液=墨(液)ができる。
http://www.minase.co.jp/syouhin/sumi/koboku.htm
墨汁と膠
この墨(液)中の煤をコロイド状に保つのが膠の 役目で、コロイド状態であるからこそ、紙に書いた 時、水分が紙の中を拡散していく、その水分と共に 墨の主成分である煤も水分に乗って拡散していく。
コロイド状態が完全であればあるほど、拡散して いく水分に含まれるコロイド粒子 ( 墨の煤 ) 量と最初 に筆が入った墨跡の煤量との差が少なくなる。つま り、筆跡とその周辺へと滲んでいく水溶液に含まれ る粒子量の差により出来る濃淡の差が僅かしか生じ ないと言うことになる。
墨汁と膠
保護コロイド:疎水コロイドを処理して=膠を加え て=親水コロイドにしたもの 例:墨汁 疎水コロイ ドである炭素のコロイドに膠を加えて親水コロイドにす る→保護コロイド)
固形墨を摺って得た墨(液)はこの「保護コロイド」
状態にある。
固形墨は時の経過と共に、その構成物で有機物の膠が 分解していき、分解が一定以上進むと、固形墨を摺るこ とにより得られる墨(液)は十分な保護コロイドを形成 することが出来なくなってくる。
墨汁と膠
墨(液)の水分に乗って移動するコロイド粒子=煤の量が減 少するのだ。これにより、筆が最初に通った墨跡と、そこから 滲んでいった(水分が移動していった)墨跡の濃度に差&変化 が生ずる。
この墨量=移動する煤の量=の差や変化の生じ方などが、新 しい墨、つまり膠が十分で、完全な保護コロイドになっている 墨(液)では表現不可能な作風を創作するのだ。
古墨を使うと言うことは、墨が作られた後、十分な時間経過 があってはじめて表現可能になる作品の表現方法、墨色の濃淡 の差を取り込んだ作品の作成を可能にする、それだからこそ古 墨は価値が認められるのだ。
墨汁と膠
墨の外観に時代をつける=古く見せる=化粧方法が進 んだ今、本当に古くなった墨かどうかの判断は、実際に 墨を摺り、書き、その墨跡の濃淡の差などにより判断す るのが一番間違いのない、或いは間違いの少ない方法。
これには経験が必要。実際に数多くの墨を摺って、そ して実際に書いて、墨の変化の様子を視るという一番単 純な経験を重ねることで、少しずつ墨の経時変化の判断 が正確になっていく
墨汁と膠
古墨の価値は、前述の主題になった「にじみ」の変化 に加えて、墨色の冴え・切れなど、文章では十分に伝え ることが困難な、そして困難であるのに、経験が無くと も、何か他とは違う美しさや魅かれる何かが感じられ、
更に経験を積むことでその感覚が無限の領域へと広がっ ていく。
それらが古墨の持つ美的領域・価値には含まれるのだ。
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分散と凝集 DLVO 理論へ
Derjaguin , Landau , Verway , Overbeek
B.V.Derjaguin and L.Landau;Acta Physicochim.,URSS, 14, 633 ( 1941 ) .
E.J.W.Verwey and J.Th G Overbeek; Theory of the Stability of Lyophobic Colloids, 193 ( 1948 ) .
分散と凝集
分散とは何か
– 溶媒中にコロイドが凝集せずにただよっている
凝集とは何か
– コロイドがより集まってくる
物質は本来凝集するもの
– 分子間力→ van der Waals 力
分散と凝集 (平衡論的考察)
凝集
– van der Waals 力による相互作用
分散
– 静電的反発力
粒子表面の電位による反発 分散
凝集
分散と凝集
van der Waals 力による相互作用
静電的反発力 V
total= V
H+ V
elV
H:
van der Waals 力による相互作用エネルギーV
el:
静電的反発力による相互作用エネルギー考え方
分散と凝集
V
total= V
H+ V
elV
H:
van der Waals 力による相互作用エネルギーV
el:
静電的反発力による相互作用エネルギーV
totalが正→粒子は分散
V
totalが負→粒子は凝集
考え方
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静電的反発力
静電的反発力
粒子表面は電荷を帯びている
–
証拠:電気泳動など
これが静電的反発力の源ではないか
ここからスタートする
表面電荷
粒子表面の電荷
イオンの周りの電子雲と同じ
離れるほど電位は小さくなる
では、なぜ電荷を帯びるのか
粒子が電荷を帯びる理由
酸化物の場合
–-Si-O-H → -Si-O
–+ H
+– プロトンが解離して負電荷
空気の場合
– 何らかのイオンが吸着
電位は遠ざかると下がる
Helmholtz 理論
Gouy-Chapman 理論
Stern 理論
0 距離 表
面
溶媒中
(バルク)
表面電位ψ 0
ζ 電位
Helmholtz 理論
0 距離 表
面
溶媒中
(バルク)
表面電位ψ 0
ζ 電位
Gouy-Chapman 理論
拡散二重層
0 距離 表
面
溶媒中
(バルク)
表面電位ψ 0
Stern
電位
ζ電位
Stern 理論
直線で下がる
Stern面
Slip
面
拡散二重層
現実的にはどう考えるか
実測できるのは ζ 電位
ζ 電位= Stern 電位と置ける
それなら、 ζ 電位= Stern 電位を表面電位 と見なして考えよう
Stern 理論ではなく、 Gouy-Chapman の拡
散二重層理論を実社会では適用
0
距離 表
面
溶媒中
(バルク)
表面電位
ψ 0=Stern電位
ψ dと考える
表面電荷
拡散層だけを考える
1.拡散層中のイオンの濃度はボルツマン分布に従う
kT
e n z
n exp
0 (1)
kT
e n z
n exp
0
n:
拡散層中のイオンの個数濃度
n0:
バルク溶液中のイオンの個数濃度
z:イオンの価数
k:
ボルツマン定数
T:温度
:
問題にしている点における電位
+,-:
陽イオン、陰イオンを表す
(1)
表面の電位:
0
は電位決定イオンのバルク活量
cによって、
0
0 ln
c c zF
RT
(2)
R:
気体定数
c0: c at 0 = 0
(2)
拡散層内における電位は、
Poissonの式
0 2
2 2
2 2
2
) (grad
div
z r
y
x
(3)
を基礎にして求められる。
r:
溶液の比誘電率
0:
真空の誘電率
:
電荷密度
(3)
:
電荷密度
は、対称型電解質(
z z z ,n0 n0 n)に対して、
kT nze ze
kT ze kT
nze ze
n n
ze
sinh 2
exp exp
) (
(4)
従って、
平板電気二重層に対する、
Poisson-Boltzmann式は、
(3),(4)
式から
x方向だけを考えて
kT ze nze
dx d
r
2 sinh
0 2
2
(5)
(5)
式を積分して、
) 4 exp(
4 tanh
tanh 0 x
kT ze kT
ze
(6)
(5)
(6)
1 kT
ze
なら、
(5)式は、
2 2
2
dx
d (7)
ただし、
kT e nzr 0
2 2
2 2
(8)
25
℃水溶液では特に
c9 z 10 3
.
3
(9)
(7)
式を解くと、
)
0 exp( x
(10)
(10)(9) (8) (7)
この
κは、
Debye-Huckelパラメータと呼ばれる。
次に平板電気二重層間の相互作用 を考える
平板間の相互作用をまず考えよう
溶液中の2枚の平行平板(板間距離
: h)に 作用する力
Pは
O
E
P
P
P
(15)静電気成分 + 浸透圧成分
(電気力線により内側に引かれる力)+
(対イオンの浸透圧により外側へ押される力)
nkT kT
n n
P
dx P d
O
r E
2 )
(
2
2 0
(15)
(16)
PO
は常に
PEよりも大きく、板は反発力を受ける 板の接近過程で表面の電位
0が変化しなければ、
PE
の寄与を無視して、
(1)と
(16)の
POの式から、
板の受ける反発力
PR(h)は単位面積あたり
(このときの考え方は、2つの平板の丁度中間の 面と無限遠の面を考え、中間の面上では、対称性 から電場は零、無限遠の平面でも電場は零である から、浸透圧成分のみを考えればよい、というこ とになる)
2 cosh 1
)
(
/2kT nkT ze
h
P
R
h2/h:
板間の中央における電位 (17)
相互作用が弱ければ、
h/2は単独の電気二重層の
電位
s(h/2)の2倍と考えて、
kT ze
kT ze
kT
ze / 4 1 then tanh( / 4 ) / 4
より、
(6)式から、
(この近似は、後述するように、
<20 mV
のとき成立する)
8 exp 2
) 2 / (
h ze
kT
h
(18)
kT ze
tanh 4
0
(18)
(19)
(17)
式で
2 2
/ 2
/
/ kT 1 then P ( h ) nkT { ze / kT }
ze
h
R
hより、これに
(18)式を代入して、
(この近似は、
h>1、つまり、
hが電気二重層の厚さ よりも長いところで成り立つ
近似には
cosh y 1 + y2を使用した)
すると、
) exp(
64 )
( h nkT
2h
P
R (20)
従って、平板間の電気二重層の相互作用エネルギーは
) 64 exp(
) ( )
( nkT
2h
dh h
P h
V
R h R
(21)(21)
次に球形粒子間の相互作用を考え る
次に球形粒子間の相互作用を考えよう
Derjaguin 近似から球形粒子の相互作用力へ
Derjaguin
近似
:半径
a1と
a2の球形粒子の最近接距離
Hのとき
(
H<<a1,a2)
) (
2 )
(
2 1
2
1
V H
a a
a H a
P
R
R
(22) (21)
と
(22)より
a1=a2=aのとき、
) 64 exp(
)
( ankT
2h
H
P
R
(22)
(23)
従って、半径
aの球形粒子の相互作用エネルギーは
) 64 exp(
) (
) (
2
2
h
ankT
dH H
P H
V
R H R
(24)
いま、
kT ze
kT ze
kT
ze
0/ 4 1 then tanh(
0/ 4 )
0/ 4
のとき、
(23),(24)式は
(
ze0=4kTは、
1:1電解質で
25℃で、
0=103 mV
のとき成立、
0=20 mV
以上では、
ze0/4kTと
tanh{ ze0/4kT}に、
1%
以上のずれが生じる
ので、
20mV以下でこの近似は成り立つとしてよい)
) exp(
2 )
( H a
0 02h
P
R
r
(25)) exp(
2 )
( H a
0 02h
V
R
r
(26)(13)
式を使うと、
) 2 exp(
) (
0 2
a H H
P
r
R
(25)
(26)
) exp(
2 )
( H a
0 02h
P
R
r
(25)) exp(
2 )
( H a
0 02h
V
R
r
(26)(13)
式を使うと、
) 2 exp(
) (
0 2
a H H
P
r
R
(27)
) 2 exp(
) (
0 2
2
a H H
V
r
R
(25) (26)
(27) (28)
0 0
0
r(13)
van der Waals 相互作用
van der Waals
力の近似式
12
2)
( H
H aA
P
A
(29)
H H aA
V
A) 12 (
(30)
A
は
Hamaker定数
(29) (30)
凝集の源
全相互作用エネルギーは
2 0
2
) 12 2 exp(
)
( H
H aA H a
P
r
T
(31)
H H aA
H a V
r
T
2 exp( ) 12
) (
0 2
2
(32)
が得られる。
あるいは、
H h aA
a H
V
T r) 12 exp(
2 )
(
0
02
(31) (32)
(33)
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式の意味を考える
溶液条件によってどう変わるのか
だけ は
とすると、変化するの は粒子サイズ
は定数
a
A
H H aA
a H
V
r
r T
, ,
,
) 12 exp(
2 )
(
0 0
02
0
絶対温度
イオンの価数
イオン個数濃度 はボルツマン定数
は誘電率、
は電気素量、
T z n k e
kT e nz
r r
0 0
2 2
2
2
増加
減少
絶対温度
増加 イオンの価数
増加 イオン濃度
T
z
n
H H aA
a H
V
T r) 12 exp(
2 )
(
0
02
これを図に書いてみる
電気二重層による反発力
van der Waals
引力
トータル
電気二重層による反発力
van der Waals
引力
トータル
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温泉中のコロイド
湯ノ花だけがコロイドか?
身の回りのコロイド
別府・地獄めぐり
別府・海地獄=いちのいで会館
青い熱湯 ~海地獄
1.温泉水 20 ml を遠心分離機にかける
– 遠心分離 10,000 r.p.m. 30 min – この条件で、コロイドはすべて沈んだ
– ( この条件でシリカなら、 20 nm 程度のものまで沈む)
2.上澄み液(固相のない)を保存
3.沈んだ固体(白色)に2段蒸留水 20 ml を入れる
4.超音波分散
海地獄 遠心分離後
の上澄み
青色の正体は何か?
遠心分離により、透明になった
– 色がつく原因のものは固相になった。
可能性1: シリカコロイドによる着色
可能性2: シリカコロイドに色の原因のイオ ンが吸着
可能性2は、遠心分離で得た固相の色が白色だ
ったことから可能性が薄い。
海地獄 遠心分離後
の上澄み 再分散後
写真では見えにくいが、右はほぼ元の青白い色を呈している。
青色の正体=シリカコロイド
このシリカコロイドは小さいため
にまるで溶液のように見えたわけ。
そのシリカコロイドの
電子顕微鏡写真
シリカ微粒子
形は球形で、アモルファス(非晶質)であるこ とがX線などの解析によってわかった。
なお、
FT-IRで分析したところ、シリカ組成で あることがわかった。
球形シリカ粒子は、高いアルカリ領域で加水分
解により合成されるので、地下深部で高アルカ
リ、高温で生成したものと推測される。
シリカ=化学分析
20.0℃ で pH 8.438
ICP
Si 濃度: 2.706 mmol/L
これを H
2SiO
3(分子量 =78.09958 )の標記 に変えると
211.3 mg/L
なぜ、青いのか?
Rayleigh 散乱の概念で説明可能
粒径が小さくなると短い波長、つまり青色は散 乱しやすい。
数十 nm 程度以下のシリカによって青色を散乱
→懸濁液は青くなる
UV分析結果
シリカコロイドの凝集・沈殿
左側が、温泉水。右側は、温泉水に、
KCl(塩化
カリウム)を混ぜて、
1 mol/l KCl溶液としたもの。
2~3時間で完全に凝集体となって沈殿した。右
側の底にこずんでいるのが、そのシリカコロイド
凝集体。