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性行動の違いを生み出す分子機構 - J-Stage

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【解説】

性行動の違いを生み出す分子機構

伊藤弘樹,山元大輔

キイロショジョウバエのオスがメスに性行動を行う際,オス は一連の定型的な行動様式を示しながらメスに求愛する.こ の オ ス の 性 行 動 は 遺 伝 的 に あ ら か じ め プ ロ グ ラ ム さ れ て お り,この性行動を制御する脳内の神経回路には性差が見られ る.こ の 回 路 の 主 要 部 分 は   と 呼 ば れ る 遺 伝 子 の 働 きによって蛹の脳の中で作り上げられるが,その具体的なメ カ ニ ズ ム は 一 切 不 明 で あ っ た.こ こ で はFruitlessタ ン パ ク 質 お よ びFruitlessタ ン パ ク 質 と 複 合 体 を 形 成 す る ク ロ マ チ ン制御因子が,オスの性行動制御神経回路を作り上げるメカ ニズムについて紹介する.

動物の性行動は,同種間のオスとメスにとっては次世 代を生み出すために重要であり,異種間のオスとメスに とっては異種交配をしないための生殖前隔離のメカニズ ムの一つとして重要であると考えられている.では,こ のような性行動を制御する神経回路はどのように作られ るのだろうか? すでに40年ほど前からヒトを含む動 物の脳の構造には性差が見られることが報告されてい る.たとえば,ヒトの脳の中心の下部にある視床下部の 付近には前視床下部間質核と呼ばれる神経核群があり,

その第3核と呼ばれる細胞群のサイズは男性のほうが大 きく,細胞の数も多い.そして,同性愛の男性ではこの 部分が小さく女性のものにほぼ等しい.この細胞群を含 む内側視索前野・視床下部前野複合体と呼ばれる領域は ラット,マウスなどのげっ歯類からサルに至るまで,オ スの性行動にとって重要な部位であり,この部位を破壊 するとオスの性行動に障害が起こる事例が報告されてい る(1).しかし,このような脳の性差を作りだす遺伝子の 制御機構はほとんど明らかになっていない.

この点,キイロショウジョウバエでは近年開発された 優れた遺伝学的手法によって,オス,メスの性行動を制 御する神経回路がしだいに明らかになりつつあり,さら に,その回路形成にかかわる遺伝子も少しずつ判明しつ つある.本稿では,近年明らかになってきたキイロショ ウジョウバエのオスの性行動制御神経回路の形成メカニ ズムを筆者らの最新の知見を中心に紹介する.

キイロショウジョウバエの性行動とフェロモン キイロショウジョウバエの性行動は図1に示す定型的 な行動からなっている.まずオスはメスを見つけると自 Sex-Switching Mechanism of the   Brain

Hiroki ITO, Daisuke YAMAMOTO, 東北大学大学院生命科学研究科

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分の体軸をメスの方向へと向ける(定位).それに続け て,オスはメスを追跡し前脚でメスの腹部を叩き(タッ ピング),メスを追いかけながら片方の翅を振って求愛 歌を奏でる(求愛歌).メスが求愛歌の効果で立ち止ま ると,オスはメスの背後にまわり口吻でメスの交尾器を なめ(リッキング),メスの背中に乗り腹部を内側に曲 げて交尾しようとする(交尾試行).メスが受け入れる 気分 になると,メスは翅を立て腟口を開いて交尾を 受け入れる(交尾).メスによる交尾の受け入れ以外は すべてオスに特異的な行動であり,野生型のメスは決し てオスのような行動はしない.さらに,野生型のオスは メスに対して求愛を行い,ほかのオスに対して持続的な 求愛をすることはない.また,幼虫期から単独で飼育し た場合でも,そのオスは正常な性行動を示す.つまりキ イロショウジョウバエの性行動は遺伝的に定められたパ ターンであると考えられる.

キイロショウジョウバエのオスは 7-tricosene (7-T),  メスは 7,11-heptacosadiene (7,11-HD) と 7,11-nonacosa- diene (7,11-ND) と呼ばれる炭化水素でできたほとんど 揮発しないフェロモンをエノサイトと呼ばれる分泌器官 からクチクラの上に分泌している(2).さらに,オスは 

-vacenyl acetate (cVA) と呼ばれる揮発性のフェロ モンを内部生殖器の副性腺で作り,メスとの交尾の際に メスの膣に送り込む(図2.オスがメスに性行動を行 う際,視覚情報によるオス,メスの識別に加えて,フェ ロモンを認識して相手の性を判断している.たとえば,

オス,メスの前脚の感覚毛にはPpk23と呼ばれる Dege- nerin/epithelial sodium channel  ファミリーのイオン

チャンネルを発現した感覚ニューロンが2個ずつ対に なって存在し,一方は7-T,他方は7,11-HDに応答す る(3).また,オス,メス両方とも脚の感覚毛にGr32aと 呼ばれる味覚受容体を発現した感覚ニューロンをもって いる(4).オスは性行動のタッピングの過程でこのこれら の感覚ニューロンを使ってメスのフェロモンを認識して いると考えられている.また,オス,メス両方とも触角 の感覚毛にOr67dと呼ばれる嗅覚受容体を発現した感 覚ニューロンをもっており,交尾済みのメスから揮発し ているcVAをこのニューロンで検知したオスは,その 既交尾のメスに対して性行動をほとんど行わない(5)

図1キイロショウジョウバエの性 行動

キイロショウジョウバエのオスがメ スに求愛する際,AからFに示した 一連の定型的な行動が観察される.

(A) 定位.オスはメスを見つけると 自分の体軸をメスの方向へ向ける.

(B) タッピング.オスが前脚でメス の腹部を叩き(矢印),メスのフェロ モンを検知する.(C) 求愛歌.オス がメスに近い側の翅を振って(矢印)

求愛歌を奏でる.(D) リッキング.

オスがメスの背後にまわり口吻で

(矢印)メスの交尾器をなめる.(E) 

交尾試行.オスがメスの背中に乗り 腹部を内側に曲げて(矢印)交尾を 試みる.(F) 交尾.メスが翅を立て 腟口を開いてオスの交尾を受け入れ る.

図2キイロショウジョウバエのオス,メスのフェロモン キ イ ロ シ ョ ウ ジ ョ ウ バ エ の オ ス は 7-tricosene (7-T),  メ ス は  7,11-heptacosadiene (7,11-HD) と 7,11-nonacosadiene (7,11-ND) と 呼ばれる炭化水素の長い鎖でできたほとんど揮発しないフェロモ ンをエノサイトと呼ばれる腹部の体表の内側にある分泌器官から クチクラの上に分泌している.さらに,オスは -vacenyl acetate 

(cVA) と呼ばれる揮発性のフェロモンを内部生殖器の副性腺で作 り,メスとの交尾の際にメスの膣に送り込む.

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 遺伝子がオスの性行動を制御する神経回 路を作る

オスの性行動を制御する神経回路の主要な部分は,

 ( ) と呼ばれる遺伝子の産物である転写因子 の働きによって作られている(6, 7).  遺伝子のmRNA 前駆体は性特異的なスプライシングを受け,オスの中枢 神経系ではオス型mRNA,  メスではメス型mRNAが作 られるが,翻訳によってFruが作られるのはオスの中枢 神経系のみであり,メスの中枢神経系はFruを欠いてい る(8).Fruが中枢神経系に発現しない変異体のオスは,

ほかのオスに求愛をし,メスには求愛しなくなる(6, 7). 逆に,オスメスどちらの中枢神経系にもFruが作られる 変異体のメスは,ほかのメスに対してオスの行動パター ンを行いながら求愛を行う(9).つまり,個体の性がオス であるかメスであるかに関係なく,  遺伝子を発現す るニューロンにFruを作らせればオスの求愛行動を誘起 できる.したがって,Fruはオスの性行動に必要な神経 回路の主要部の組み立てを制御する「中枢神経系のオス 化因子」であると考えられている.

オスの性行動制御神経回路を作るニューロンには性 差が見られる

ショウジョウバエの脳を構成する約10万個のニュー ロンのうち約2,000個のニューロンに   遺伝子は発現 している.この    遺伝子発現ニューロンは約60の ニ ュ ー ロ ン 群 か ら な り,そ の う ち お よ そ3分 の1の ニューロンが性的二型を示す(10〜12).このような性的二 型を示すニューロン(以下,性的二型ニューロンと表 記)には2つのタイプがある.一つはニューロンを構成 する細胞の数,神経突起の投射のパターンの両方に性的 二型が見られるものであり,この代表的な例がmALと 呼ばれるニューロンである(図3A).mALニューロン は脳の前方中央付近にあり図3Aに示す3つの特徴的な 性差が見られる(13).1) mALニューロンを構成する細 胞の数がオスは30個,メスは5個.2) 細胞体と反対側 の脳半球の腹側に伸びる神経突起(反体側の突起)がオ スでは房状であるのに対し,メスではY字型に分岐す る.3) オスのmALニューロンには細胞体と同じ脳半球 の腹側に伸びる神経突起(同側の突起)をもつものがあ るが,メスのmALニューロンには同側の突起をもつも のはない.この細胞数の性差はメスのニューロンが発生 の過程で細胞死を起こすことによって生じており,細胞 死誘導遺伝子  ,  ,    の発現をメスのmAL ニューロンでなくしてしまうと細胞数はオスのレベルま で戻る.さらに,Fru発現が全くない変異体のオスでは

mALニューロンの細胞数,かたちが完全にメスに変化 することが報告されている(12).また,mALニューロン には左右の脚からGr32aを発現した味覚受容ニューロン の軸索が投射しており,オス個体では左右どちらの味覚 受容ニューロンから伝わるフェロモン刺激が強いかを mALニューロンが判別し,メスに近いほうの翅を振わ せる役割を果たしている可能性が示唆されている(4)

性的二型ニューロンのもう一つのタイプは,一方の性 にのみニューロンが存在しもう一方の性では欠けている タイプのニューロンである.この代表的な例がP1と呼 図3mALニューロンで観察される性差と,MARCM法によ るニューロブラストクローンおよび単一ニューロンの標識方法

(A) 野生型のオス,メスの脳のmALニューロンの構造に見られ る性差.上の図はすべてのmALニューロンが標識されたニュー ロブラストクローンの構造を示している.下の図は単一のmAL ニ ュ ー ロ ン を 標 識 し た 際 の 構 造 を 示 し て い る.単 一 のmAL ニューロンを標識した場合,オスの脳で観察されるニューロンは その100%がオス型ニューロンであり,メスの脳では100%がメス 型ニューロンである.(B) ショウジョウバエのニューロブラスト 

(Nb) と呼ばれる神経幹細胞は非対称分裂によってニューロブラ スト自体と母神経節細胞 (G) を作り,母神経節細胞はさらに細胞 分裂によって2つのニューロン (N) を作りだす.MARCM法に よってニューロブラストが作られる時期にフリッパーゼ (FLP) 

によって組換えを誘導すると,その後に作られる同一の細胞系譜 のすべてのニューロンをGFP標識することができる(ニューロブ ラストクローン).一方,母神経節細胞からニューロンが作られる 時期に組換えを誘導すると単一のニューロンをGFP標識すること ができる.緑で示した細胞はGFP標識された細胞を示している.

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ばれるニューロンであり,オスのP1ニューロンは脳の 後方背側付近にあり,20個の細胞からなり軸索は脳の 両半球の背側前方へ投射している.一方,メスにはP1 ニューロンが存在しない.この細胞数の性差もメスの ニューロンが発生の過程で細胞死により除去されること によって生じており, ,  ,   発現をメスでな くしてしまうとメスでもP1ニューロンが形成されるよ うになる(14).さらに,FruはこのP1ニューロンの細胞 死には影響を与えないが,その軸索の投射を制御してい ることが報告されている(10).P1ニューロンはmAL ニューロンなどを経由して入ってきたフェロモンの情報 によって相手がオスかメスかを識別して,メスの性フェ ロモンの場合にオスの性行動を開始するように運動系へ 司令する.したがって,P1ニューロンはオスの性行動 開始の意志決定にかかわるニューロンとも言える(10). 面白いことに,温度感受性イオンチャネルdTrpA1を用 いてオスのP1ニューロンを人為的に興奮させると,そ のオスは周囲にメスがいなくてもオスの性行動を繰り返 すようになる(15)

転写因子であるFruBonを介してクロマチン制御 因子のHDAC1,またはHP1aと複合体を形成する Fruはほかのタンパク質と結合するBTBドメイン,

DNAに結合するジンクフィンガーをもち,転写因子と して働くことが予想されていたが,どのようなメカニズ ムによってオスの性行動を制御する神経回路を作り上げ るか全く不明であった.一般にDNAに結合する転写因 子はクロマチン構造を変換する因子と複合体を作り,結 合の標的となる遺伝子付近のクロマチン構造を凝集,あ るいはほどくことによって発現調節をしていると考えら れている.そこで私たちはFruと複合体を作るクロマチ ン調節因子を探し出し,Fruとその因子が標的遺伝子の 発現をどのように制御して,オスの性行動にかかわる神 経回路を作り上げるのか明らかにすることにした.

そこでまずFruと複合体を作るクロマチン調節因子を 見つけ出すため,遺伝学的な手法を使って候補因子を探 したところ,転写共役因子である Bonus (Bon) を見い だした(16).さらに,哺乳類ではBonの哺乳類ホモログ であるTIF1が,核内受容体とヒストン脱アセチル化酵 素であるHDAC,あるいはヘテロクロマチン化制御因 子であるHP1との複合体形成を仲介し,標的遺伝子付 近のクロマチン構造を凝集させ転写を抑制することが報 告されていた(17).そこで,免疫沈降法で実際にFruが  Bon, HDAC1, HP1a  と複合体を形成しているか調べた と こ ろ,FruはFru‒Bon‒HDAC1複 合 体,あ る い は

Fru‒Bon‒HP1a複合体を形成しており,Bonを介して FruとHDAC1,あるいはFruとHP1aが複合体を形成 することが明らかとなった(18)

ショウジョウバエの3齢幼虫の唾腺細胞の染色体は,

細胞分裂を伴わずに複製を繰り返した相同染色体同士が 接着し1,000コピー程度に増幅した多糸染色体であり,

染色体上の遺伝子座の同定が容易である.そこで次にこ の利点を生かし Fru, Bon, HDAC1, HP1a それぞれの抗 体を使って野生型ショウジョウバエの唾腺染色体を用い て免疫染色し,染色体のどのバンド(遺伝子座の細胞学 的対応物とみなして,以下,遺伝子座と表現)に Fru,  Bon, HDAC1, HP1a  が結合しているかを調べてみた.

するとFruの標的となる遺伝子座は約130あり,そのう ち約90の遺伝子座にFru‒Bon‒HDAC1複合体の結合が 見られ,20の遺伝子座にFru‒Bon‒HP1a複合体の結合 が見られた.次にBonを発現しない変異体の唾腺染色 体を用いて同様の染色を行ったところ,Fruが結合する 遺伝子座に変化はなかったが,Bonの消失によってFru の標的遺伝子座へのHDAC1の結合が見られなくなっ た.同様にFruの標的遺伝子座へのHP1aの結合も見ら れなくなった.したがって,唾腺染色体の免疫染色の結 果からも,Fruの標的遺伝子座ではBonを介してFruと HDAC1,あるいはFruとHP1aが複合体を作っている ことが明らかになった(18)

オスがメスに性行動を行う際,HDAC1はオスの性 行動を促進し,HP1aは抑制する

では,HDAC1, HP1aは実際のオスの性行動にどのよ うにかかわっているのだろうか? そこで,オスの性行 動を観察するため,任意の遺伝子型のオス1匹と野生型 の処女メス1匹を小さなスペースに入れ,5分間にわた りオスの行動を観察し,オスが定位から交尾試行までの 一連の求愛行動にどのくらいの割合の時間を費やすかを 表す求愛指数を調べてみた.野生型のオスは観察した5 分間のうち約80%を求愛に使ったが(つまり,求愛指 数は80%),わずかしかFruを発現しない弱い欠損型 

 変異体のオスの求愛指数は37%に減少していた.次 に,その弱い欠損型   変異体のオスの第3染色体2本 のうち1本に    変異を導入したところ,求愛指 数がさらに低下し,11%となった.一方,弱い欠損型 

  変異体のオスの第2染色体2本のうち1本に    変異を導入したところ,今度は逆に求愛指数が53%ま で上昇した(18).この結果は,オスの性行動に対し,

HDAC1はFruと同様に促進的に働き,逆にHP1aは抑 制的に働くことを示している.Bonの哺乳類ホモログで

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あるTIF1の場合,TIF1はHDACとHP1aのどちらと複 合体を形成しても標的遺伝子の転写を抑制することか ら(17),ショウジョウバエでHP1aが拮抗的に働くことは 全くの予想外であった.そこで,免疫沈降法によりショ ウジョウバエの細胞中でFru‒Bon‒HDAC1複合体の形 成とFru‒Bon‒HP1a複合体の形成が競合しているか調 べたところ,予想どおり両者の形成は競合関係にあっ た(18)

性的二型を示すmALニューロンが形成される際,

HDAC1は単一ニューロンのレベルでニューロンを オス化し,HP1aはオス化を抑制する

では,先に述べた性的二型を示すニューロンが形成さ れる過程でHDAC1およびHP1aはどのような働きをし ているのだろうか? この点を明らかにするため,

MARCM (mosaic  analysis  with  a  repressible  cell  marker) 法を用いて脳の全ニューロンの中から特定の 性的二型ニューロンのみをモザイク状に標識し(19),同 時に   または   遺伝子発現をノックダウン してみた.MARCM法とは組換え誘導タンパク質フ リッパーゼによって相同染色体上の標的配列である FRT配 列 を 組 換 え る こ と に よ り,一 部 の    発 現 ニューロンのみをGFP標識する手法であり,同時に,

標識したニューロンの   あるいは   発現を ノックダウンすることが可能である.図3Bに示したよ うにショウジョウバエ胚のニューロブラストと呼ばれる 神経幹細胞は非対称分裂によりニューロブラスト自体と 母神経節細胞とを作り,母神経節細胞はさらに細胞分裂 により2つのニューロンを作りだす.ショウジョウバエ の成虫のさまざまなニューロンは,ニューロブラストが このような細胞分裂を胚期,幼虫期,蛹期のあいだ繰り 返すことにより作りだされている.したがって,ニュー ロブラストが作られる時期に組換えを誘導すると,その 後に作られる同一の細胞系譜におけるすべてのニューロ ンを標識することが可能であり,このような同一の ニューロブラストから産生された細胞集団をニューロブ ラストクローンと呼ぶ.一方,母神経節細胞からニュー ロンが作られる時期に組換えを誘導すると単一のニュー ロンを標識することができる(図3B).

オス個体のmALニューロン群のすべてで   を ノックダウンした場合,細胞の数は21個に減少し,反 対側の突起にメスの特徴であるY字型の分岐が現れた.

さらに単一のニューロンを調べると,17%のニューロン がメス型に変化していた(18) (図4.次に,弱い欠損型 

  変異体のオスのmALニューロンを調べたところ,

細胞の数は9個と大きく減少し,反対側の突起にもメス 特有のY字型の分岐が見られた.そして単一のニュー ロンのオス型,メス型の割合は1対1と強いメス化が起 きていた(18) (図4).さらに,このオスの   をノッ クダウンしたところ,mALニューロンの数は16個に増 加し,単一ニューロンのオス型,メス型の割合は3対1 とオス型の割合が増えていた(18) (図4).つまり,  

のノックダウンは   変異によるニューロンのメス化を 強く抑制していた.さらに面白いことに,いずれの変異 体の単一ニューロンでもオスとメスの中間のかたちをし たニューロンは全く観察されなかった(18).したがって,

,   のノックダウンによってFru標的遺伝子 の発現量を増減させた場合,単一ニューロンのレベルで 性が転換するが,その際,性の切り替わりは漸次的に進 行するのではなく,ある閾値を超えたときに全か無か的 に起こるものと考えられた.

図4  発現減少によるmALニューロンの

性差形成への影響

左の図はそれぞれのオスのmALのニューロブラストクローンの 構造を示している.中央の数字(パーセンテージ)はmALの単一 ニューロンを標識した際に観察されたオス型,メス型ニューロン の出現割合を示している. ,    発現を減少させた場合,

細胞数が減少し単一ニューロンのメス型の割合が増加する.一方,

 発現を減少させた場合,細胞数が増加し単一ニューロンの オス型の割合が増加する.

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性的二型を示すほかのニューロンでもHDAC1は投 射をオス化するが,HP1aはオス化を抑制する 成虫の前脚の感覚毛に存在する   を発現している味 覚受容ニューロンは軸索を腹部神経節に投射する.この とき,オスの軸索は腹側神経節の正中線を超えて投射す るのに対し,メスの軸索は正中線の手前に投射する.さ らに,Fruを発現しない変異体のオスでは,ニューロン の軸索が野生型のメスと同様に正中線の手前に投射す る(20).そこで,性的二型を示すmAL以外のニューロン でも HDAC1, HP1a  が同様の働きをしているかを調べ るため,この味覚受容ニューロンの軸索をGFPで標識 し,同時に   または   発現をノックダウン してみた.正中線を横切る軸索の多寡を定量化するため 軸索のGFP蛍光の強度を測定したところ,野生型のオ スの値は0.63であった.これに対し,  をノック ダウンしたオスでは軸索の蛍光の強度値は0.30と顕著に 減少していた.一方,弱い欠損型の   変異体のオスで は正中線を横切る軸索はほとんど観察されなかったが

(軸索の蛍光強度の値は0.02),  をノックダウンし た   変異体のオスの軸索の蛍光強度は0.13となり,正 中線を横切る軸索の割合が大きく回復した.したがっ て,味覚受容ニューロンに関しても,HDAC1は軸索の 投射パターンをオス化し,HP1aはオス化を抑制してい た(18)

成 虫 の 脳 の 神 経 回 路 が 作 ら れ る 際,Fru‒Bon‒

HDAC1複合体がオス化のスイッチを入れ,Fru‒

Bon‒HP1a複合体がスイッチを切る

では,実際の発生過程においてFru‒Bon‒HDAC1複 合体による性的二型ニューロンのオス化,Fru‒Bon‒

HP1a複合体によるオス化の阻害によって,どのように 脳の性差が作られるのだろうか? これを説明したのが 図5のモデルである.ショウジョウバエの成虫の脳は蛹 期の早い時期に作られる.そこで,mALニューロンの 性特異的な構造の形成が開始されるタイミングと終了す るタイミングを調べたところ,そのタイミングは昆虫の 変態ホルモンであるエクダイソンが蛹期に分泌される際 の2つのピークとよく一致していた.したがって,エク ダイソンの最初のピークに呼応してFru‒Bon‒HDAC1 複合体がFru標的遺伝子へ結合し,クロマチン構造変換 によりニューロンのオス化スイッチを入れること,また 2番目のピークに呼応して,Fru‒Bon‒HP1a複合体が標 的に結合,クロマチン構造変換によりオス化スイッチを 切ること,この2つの機構が働くものと考えている(21). さ ら に,Fru‒Bon‒HDAC1複 合 体,Fru‒Bon‒HP1a複

合体のどちらが結合するかの切り替えは,Fru標的遺伝 子へ結合するエクダイソン受容体の量,あるいはエクダ イソン受容体アイソフォームの種類の違いによって調節 されているものと予想している.後者の可能性について は,将来成虫の翅となる成虫原基において,蛹期の始め にエクダイソン受容体のアイソフォームB1が強く発現 し,その後アイソフォームAが強く発現することが報 告されている(22)

Fruの標的遺伝子はいまだ不明である.しかし,性的 二型を示すニューロンのほとんどで細胞数や神経突起の かたちに性差が見られることから,細胞死の誘導や神経 突起の形成に関連する遺伝子がその有力な候補であろう と予想している.蛹期にオスの脳に発現したFruはその ような多数の標的遺伝子の発現をクロマチンレベルで巧 みに調節し,オスの性行動を制御する神経回路を作り上 げているのであろう.

図5Fru‒Bon‒HDAC1複 合 体,Fru‒Bon‒HP1a複 合 体 に よ る脳のオス化のスイッチングを説明するモデル

蛹期の早い時期に転写因子であるFruはBonを介してFru‒Bon‒

HDAC1複合体,またはFru‒Bon‒HP1a複合体を形成する.前者 がFru標的遺伝子に結合すると脳のオス化が開始され,後者が結 合すると脳のオス化が終了する.下の図は蛹期のエクダイソン濃 度の変化を示している.囲蛹殻形成後12時間のエクダイソンの ピークに呼応してFru‒Bon‒HDAC1複合体がFru標的遺伝子へ結 合することによって脳のオス化が始まり,囲蛹殻形成後36時間の ピークに呼応してFru‒Bon‒HP1a複合体が結合することによって 脳のオス化が終了する.

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プロフィル

伊藤 弘樹(Hiroki ITO)   

<略歴>1992年北海道大学大学院理学研 究科動物学専攻博士後期課程修了/1993 年同大学博士(理学)取得/1994年科学技 術振興事業団ERATO研究員/1998年同 CREST研究員/2005年理化学研究所  発 生・再生科学総合研究センターを経て,

2007年より東北大学大学院生命科学研究 科研究員<研究テーマと抱負>性行動を制 御する遺伝的メカニズム,およびその進化

<趣味>旅行,スキー

山元 大輔(Daisuke YAMAMOTO)  

<略歴>1976年東京農工大学農学部植物 防疫学科卒業/1978年(株)三菱化成生命 科学研究所特別研究生/1980年同所研究 員/1999年早稲田大学教授/2005年東北 大学教授<研究テーマと抱負>行動の進化 を遺伝子・ニューロンレベルで解明したい

<趣味>山歩き,山菜と茸

Referensi

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Policy -教育理念- キリスト教 に 基づく教育 聖書には「隣人を自分のように愛しなさい」という言葉があります。隣人とは この世界に生きる全ての人々のこと。人々の生命を大切にできる一人ひとりを 育てたいという思いを主題成句「正義・愛・献身」の中に求め続けています。 聖愛での豊かな学びや多くの出会いは、これからの人生で、様々な困難に直面

主を畏れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る。 旧約聖書 箴言1:7 いつまで浅はかな者は浅はかであることに愛着をもち 不遜な者は不遜であることを好み 愚か者は知ることをいと うのか。立ち帰って、わたしの懲らしめを受け入れるなら 見よ、わたしの霊をあなたたちに注ぎ わたしの言葉を 示そう。しかし、わたしが呼びかけても拒み 手を伸べても意に介せず