308 化学と生物 Vol. 54, No. 5, 2016
海藻カロテノイドと不飽和脂肪酸代謝
ワカメの抗肥満効果の機構を探る
ユネスコ無形文化遺産として登録された和食.海の幸 は古くから日本人の食生活に欠かせない.コンブ目に属 するワカメは「海の野菜」とも呼ばれ,高血圧や糖尿病 の予防効果をもつアルギン酸や肝機能向上作用を示すフ コイダンに加えて,甲状腺ホルモンの機能に重要なヨウ 素のほか,カルシウム,カリウム,亜鉛などのミネラル が豊富に含まれている.最近では,カロテノイド色素の 効用が注目され,ワカメなどの褐藻の主要カロテノイド であるフコキサンチンの機能開発が進められてきた.
フコキサンチンはアレン構造を特徴とするキサント フィルで,十数年前に抗がん作用が見いだされたのを端 緒として,高い抗酸化力による老化や心臓血管系疾患の 予防,糖代謝の活性化による糖尿病の予防など,多くの 生理機能が報告されている(1).細川ら(2, 3)は,ワカメ抽 出油の投与によって肥満モデルマウスの体重増加が抑制 され,白色脂肪組織重量が低下することを報告した.ワ カメ抽出油に含まれるフコキサンチン,および,その体 内代謝物であるフコキサンチノールを投与した場合も同 様の効果が認められた.その後,作用機構について検討 した結果,ミトコンドリア内膜に局在して脂肪の消費と 熱産生を促す脱共役タンパク質1(UCP1)が白色脂肪 細胞において異所的に活性化することが重要であると判 明した.フコキサンチンは血糖値の増大にかかわるア ディポサイトカインの脂肪細胞による分泌を低減する(4) ことから,インシュリン抵抗性を基盤としたメタボリッ クシンドロームに対して全面的な抑制効果があることが わかってきた.
フコキサンチンの脂肪蓄積抑制作用の分子機構を明ら かにするため,投与後の糖尿病・肥満モデルマウスの肝 臓における脂肪酸組成を調べたところ,興味深いことに ドコサヘキサエン酸(DHA)が高い割合で蓄積してい た(5).DHAは最も多彩な生理機能が知られる高度不飽 和脂肪酸で,海洋魚介類の食品としての健康効果を代表 する成分の一つである.哺乳類の体内では 合成 できず,必須脂肪酸である
α
-リノレン酸からΔ6不飽和 化酵素(D6d)や鎖長延長酵素などの作用を介して合成 される.DHAは,ペルオキシソーム増殖因子活性化レ セプターγ
(PPARγ
)のリガンドとしてUCP1を発現亢進し,脂肪燃焼を促進することが知られている.した がって,フコキサンチンの投与によって蓄積したDHA が機能性発現にかかわっていることも考えられたが,な ぜDHAが蓄積するのかは不明であった.
そこで,ラット肝細胞株を
α
-リノレン酸存在下で培養 し,DHAに至るまでの不飽和脂肪酸の代謝系において フコキサンチンとフコキサンチノールの効果を観察し た(6).脂肪酸組成の変動を調べたところ,特に後者の添 加によってα
-リノレン酸の減少とともにDHAやその代 謝中間体であるエイコサペンタエン酸(EPA)の経時 的な蓄積が見られたものの,D6dなどの代謝系酵素の遺 伝子発現量にはほとんど変化がなかった.これらの現象 は 実験でも観察されていた.そこで,D6dタン パク質の発現量を見たところ,意外なことに両カロテノ イドの添加によって減少し,特にフコキサンチノールの 効果はより強力であった.D6dはα
-リノレン酸のΔ6位 に不飽和結合を導入するとともに,Sprecher経路とし て知られる炭素数24の不飽和脂肪酸も同様にΔ6不飽和 化してDHAの生合成に寄与する.したがって,D6dタ ンパク質の減少とDHAの蓄積亢進という,一見相反す る機構について新たな疑問が生じた.これを説明するに は,不飽和脂肪酸の代謝抑制に対する補完作用として脂 肪酸のβ
酸化による分解が抑制されるなどの仮説(図1) を追究していく必要があり,今後の課題として残され た.一方,カロテノイドによる不飽和化酵素の発現制御に ついても報告が少なく,先述の機構解明への糸口として
図1■フコキサンチンによる不飽和脂肪酸代謝系の制御と抗肥 満作用の推定機構
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
今日の話題
309
化学と生物 Vol. 54, No. 5, 2016
も興味深い.D6dタンパク質の低減機構としてユビキチ ン‒プロテアソーム系の関与を想定し,プロテアソーム 阻害剤であるMG132やエポキソマイシンを添加したと ころ,フコキサンチノールによるD6dタンパク質の発 現抑制が用量依存的に最大90%程度まで解除され,D6d の新たな制御機構が示唆された.フコキサンチンは細胞 内カルシウム濃度を向上させることが知られており(7), これに伴って選択的タンパク質分解にかかわるカルシウ ム依存性
μ
-カルパインが活性化した可能性も考えられ る.さらに,リン脂質輸送にかかわるタンパク質を発現 変動させることも見いだしている.当初の想定より格段 に複雑な制御機構に支配されているようである.1) N. D Orazio, E. Gemello, M. A. Gammone, M. de Girola- mo, C. Ficoneri & G. Riccioni: , 10, 604 (2012).
2) 細川雅史,宮下和夫:化学と生物,43, 150 (2005).
3) H. Maeda, M. Hosokawa, T. Sashima, K. Funayama & K.
Miyashita: , 332, 392
(2005).
4) M. Hosokawa, T. Miyashita, S. Nishikawa, S. Emi, T.
Tsukui, F. Beppu, T. Okada & K. Miyashita:
, 504, 17 (2010).
5) T. Tsukui, K. Konno, M. Hosokawa, H. Maeda, T. Sashi- ma & K. Miyashita: , 55, 5025 (2007).
6) T. Aki, M. Yamamoto, T. Takahashi, K. Tomita, R. Toyo- ura, K. Iwashita, S. Kawamoto, M. Hosokawa, K. Miya- shita & K. Ono: , 49, 133 (2014).
7) C.-L. Liu, Y.-S. Huang, M. Hosokawa, K. Miyashita & M.-
L. Hu: , 182, 165 (2009).
(秋 庸裕*1,細川雅史*2,*1 広島大学大学院先端物質 科学研究科,*2 北海道大学大学院水産科学研究院)
プロフィール
秋 庸 裕(Tsunehiro AKI)
<略歴>1989年広島大学工学部第三類卒 業/1994年同大学大学院工学研究科博士 課 程 後 期 修 了/ 同 年 米 国NIH研 究 員/
1996年広島大学工学部助手/2001年同大 学大学院先端物質科学研究科助教授/2007 年同大学院准教授/2014年同大学院教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>油脂生産 微生物の育種と食品・医薬品・材料・燃料 供給への応用展開<趣味>テニス,水泳,
ゴルフ,スキー,スノボなど 細川 雅史(Masashi HOSOKAWA)
<略 歴>1990年 北 海 道 大 学 水 産 学 部 卒 業/1992年同大学大学院水産学研究科修 士課程修了/同年同大学水産学部助手/
2000年 同 大 学 水 産 学 部 助 教 授/2001〜
2002 年 USDA・ARS・NCAUR/2007 年 北海道大学大学院水産科学研究院准教授,
現在に至る<研究テーマと抱負>水産脂質 およびカロテノイドの健康機能性評価と食 品利用への応用研究<趣味>剣道(過去 形)
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.308
日本農芸化学会