論 文
漁業生産量に関する地域統計の利用について~東北地方を例に
福島大学経済経営学類
井 上 健
1.は じ め に
漁業が中心的な産業である地区において 漁業がど の程度盛んであるか を測る有力な手段は漁業生産量 を評価することだろう。ある地区の漁業生産量が減少 傾向にあれば,その地区の漁業が「衰退している」と いった表現がしばしば使われる。また,自然災害等で 大きな被害を受けた漁業地区における「回復状況の目 安」を示す場合,漁業生産量を被害前と比較すること が一般的である。このような漁業生産量を利用した評 価を行うためには,その水準の正確な把握が欠かせな い。すなわち,正確な統計が整備され,利用可能であ ることが必要となる。
日本の沿岸漁業に関する研究においては,「漁業地 区」単位の分析がしばしば重要となる。それは伝統的 な「漁村」あるいは「浜」と密接に関連した地区単位 であるが,隣接した漁業地区同士でも性質(主な漁業 種類等)が大きく異なることも珍しくない。このよう な研究課題においては,しばしば,漁業地区単位の漁 業生産量の把握が必要となる。
海面漁業生産量に関する統計としては,農林水産省 による『海面漁業生産統計調査』がある。この統計は 水産行政の観点のみならず,学術研究の観点からも十 分信頼のおけるものであるが,地区単位の最小区分は 市町村であり漁業地区単位の統計は公表されていな い1。また,時間区分としては年次統計が公表されて いるのみであり,季節的な変化を把握する目的には利 用できない。
全国統計とは別に,多くの都道府県の水産行政部門 で独自の漁業生産量に関する統計が作成されている。
その中には,海面漁業生産統計調査よりも地域区分・
時間区分において利便性が高いものも存在する。そこ
で,海面漁業生産統計を補完する目的で都道府県統計 を利用することが考えられるが,そのためには統計と しての属性の違いを把握しなければならないだろう。
本稿は,東北地方を例に,海面漁業生産量に関する 都道府県統計の整備状況を確認するとともに,国の統 計(海面漁業生産統計)に対する補完可能性について 検討することを目的とする。検討の結果,整備状況か らは補完利用の可能性は見出されるが,実際の利用を 考えると安定的な利用は難しいという結果になった。
なお,本稿の関心は沿岸漁業にあるため,基本的に は沿岸漁業における漁業生産量に範囲を絞って検討し ていくことにする(一部沖合漁業も含む)。また,漁 業生産量といった場合,養殖業における収穫量を含め ることもあるが,本稿では除外する。
漁業生産量に関する統計(以後,漁業生産統計とす る)は様々な研究で利用されており,利用のされ方も 様々である。利用される統計としては,大きく分ける と2種類に分類できる。1つは,日本全体,都道府 県,市町村までの地域区分の生産量に関心を持つ場合 で,基本的には海面漁業生産統計調査の結果が利用さ れる。もう1つは,市町村よりも小さい地域区分,あ るいは1年よりも短い時間区分の生産量に関心を持つ 場合である。この場合,どのような統計を利用すれば 良いかはそれぞれの研究者が状況に応じて適宜探索す ることが必要となる。特に,漁業地区単位の統計を必 要とする場合には,現地に赴き直接収集するといった 場合も少なくない。
このような状況にも関わらず,漁業生産統計のあ り方を対象とした研究はそれほど多くはない。井元
(2005)は漁業経済研究の観点から漁業統計の役割と 統計の整備状況について整理している。その中で,統 計作成部門における人員削減の影響により作成される 統計が粗くなり,そのことが研究上の制約になりうる
ことを指摘している。国の統計である海面漁業生産統 計調査については,片岡(1986)が調査の変遷および 調査方法について整理している。都道府県統計につい ては,水産工学研究所(1994)が,月次データ,漁法 別月別,魚種別月別統計の有無を確認している。地球 温暖化が水産業に与える影響を評価することが目的で あるため,漁業地区統計の利用を主課題とする本稿と は本質的な方向性は異なるものの,本稿における課題 の一部に対応した成果である。ただし,年次が古いた めその後の変更については確認が必要となる。特定の 魚種に限定した統計に関するものとしては辻・貞方
(2000)がある。彼らは,さより漁業の全国的な実態 を把握するために,各都道府県におけるさよりの漁獲 量統計の整備状況について確認している。
以下,2節では漁業生産量に関する統計についての 考察に欠かせない諸概念を整理する。3節では,東北 地方に関連する漁業生産量統計について確認し,各県 で作成している統計の補完的利用の可能性について検
討する。4節では具体的な統計を利用して,属人統計 と属地統計の比較を行った結果を紹介し,5節を結語 とする。
2.漁業生産量に関連する諸概念の整理
2.1.漁 業 地 区
漁業地区と言った場合,伝統的な漁村から続いて いる地域区分を指していると考えることも可能だ が,漁業センサスによる区分を利用するのが一般的 である。2008年漁業センサスによる漁業地区の定義 は以下のようになっている。
市区町村の区域内において,共通の漁業条件及び共 同漁業権を中心とした地先漁業の利用等に係る社会 経済活動の共通性に基づいて漁業が行われる地区 「共同漁業権を中心とした地先漁業の利用」とい
南三陸町
北上
河北 雄勝東部
雄勝湾
沢田
石巻
渡波 佐須浜
小竹浜 荻浜 鮫浦 寄磯
前網
石巻東部 谷川
表浜 泊浜
牡鹿
網地島 田代島
月浦 桃浦
女川町 東松島市
石巻湾
南三陸町
北上
河北 雄勝東部
雄勝湾
沢田
石巻
渡波 佐須浜
小竹浜 荻浜 鮫浦 寄磯
前網
石巻東部 谷川
表浜 泊浜
牡鹿
網地島 田代島
月浦 桃浦
女川町 東松島市
石巻湾
出典:第12次漁業センサス結果を元に作成
図1 漁業地区の例(宮城県石巻市)
う点から漁業地区が主に沿岸漁業に関連した地域区 分となっていることが分かる。伝統的には,居住地 区の目の前の海を共同で利用してきた集落,すなわ ち漁村あるいは漁業集落に関連する地区概念となっ ている2。
図1は宮城県石巻市の漁業地区一覧を示してい る。全部で22の漁業地区から構成されているが,同 じ石巻市内でもそれぞれの漁業地区の特性は同質と は言えない。例として,図1で中心からやや右下寄 りに位置する2つの漁業地区(寄磯・前網)を挙げ てみる。図2はそれぞれの漁業地区の経営体が,主 に営んでいる漁業種類で分類した場合にどのような 分布になるかを示したものである。まず,いずれの 地区についても,ほや養殖を主とする経営体が最多 であることが確認できる。2つの地区を含む鮫浦湾 周辺は,ほや養殖が盛んであり,この点は2つの地 区で共通の特徴となっている3。一方,寄磯の9割
(20経営体中18)の経営体が海面養殖を主とするの に対して,前網では半数程度(54経営体中28)の漁 業経営体がいか釣,刺網などの海面漁業を主として いる。ここまでの考察は経営体数の分布をもとにし たものであったが,漁業生産量をもとにした考察を 行えば,異なる側面も見えてくるかもしれない。と ころが,漁業生産量に関する公的統計の代表である 海面漁業生産統計調査から作成される統計は最も小 さい地区区分は市町村であるため,利用できない。
2.2.属人統計と属地統計
漁業者が採捕した漁獲量を把握し集計すれば漁業 生産量の統計となるが,集計は一定の地区単位で行 われるため,地区の帰属のさせ方によって異なる統 計ができることになる。属人統計では漁業者の所在 地(多くの場合は住所地)に帰属させるのに対して,
属地統計ではいわゆる水揚げ地に帰属させる。所在 地の港から出港し同じ港に帰港しそこで水揚を行え ば両者の違いは生じないが,違いが生じる場合も少 なくない。以下では宮城県の2つの市町村(気仙沼 市・亘理町)を例に属人統計と属地統計の差異につ いて確認していくことにする。
2.2.1.気仙沼市の事例
ここでは複雑さを避ける目的で本吉町との合併 前(〜2009年8月)の旧気仙沼市に限定する。図 3は気仙沼市内の主に沿岸漁業に関連する施設等 の位置を示したものである。図から気仙沼市内の 漁港は3区分(第一種・第二種・特定第三種)さ れることが確認できる(漁港の区分については表 1を参照)。漁獲物が漁業生産量として認識され るための入り口は港であるため,漁港の性質に注 目することで属人統計と属地統計の乖離の概略が 見通せるはずである。以下では,この点について 確認したい。
第一種漁港は主には沿岸漁業を営む経営体が 利用する港である。ここでの水揚げが出荷さ れる最も一般的な形態は,漁業協同組合を通じ た販売である。例として,図3の6つの漁業地 区(唐桑・鹿折・気仙沼・松岩・階上・大島)
の中で唐桑地区を挙げてみる。地区内で沿岸漁 業を営む経営体は基本的に宮城県漁業協同組合 唐桑支所(図中のb)に所属しており,支所を 通じて販売するのが基本形態であると考えられ る4。その他の漁業地区でも同様の状況であると 考えられるため,気仙沼市内の第一種漁港におけ る水揚量については,属人統計と属地統計が基本 的に一致すると考えられる。
第二種に区分される5つの漁港については利用 する漁業経営体の範囲は明らかではなく,気仙沼 市外の漁業経営体の水揚げがあることも否定はで きない。そのため,一般論では,属人と属地の乖 離の可能性は否定できない。
特定第三種漁港である気仙沼漁港(図中の〇) は,全国から多くの漁船が入港し,水揚げする漁
出典:第12次漁業センサス結果より作成
図2 主とする漁業種類別経営体数(2008年)
海面養殖業 海面漁業 海面養殖業
1経営体 海面漁業
寄磯 前網
ほたてがいほや いか釣 刺網 その他の漁業 ほたてがいほや いか釣 刺網 その他の漁業
港として知られている。水揚げ後は隣接する気仙 沼市魚市場に出荷され,魚市場での取引量が気仙 沼漁港への水揚量として公表される。この例に 限らず,漁港に魚市場が隣接されている場合に は,漁港への水揚量と魚市場における取引量は同 一視される。宮城県外(気仙沼市外)からの水揚 げが多いことは,宮城県単位で属人統計と属地統 計が乖離することを意味し,気仙沼市単位でも同 様である。ここで,水揚げ地としての気仙沼漁港 を含む地域単位を考えてみると,大きい順に宮城 県,気仙沼市,(漁業地区としての)気仙沼とな る。念のため確認しておきたいのは,気仙沼漁港
への水揚量は,いずれの地域単位を考えても属人 統計としての漁業生産量そのものではないという ことである。もちろん,水揚げが各域単位内で閉 じている魚種については結果として同じ水準にな るが,概念上は別のものであることに注意が必要 である。
ここで特定の魚種を選定して具体的な生産量を 確認してみることにする。本稿では沿岸漁業を主 な分析対象とすることは既に述べた通りである が,属人と属地が大きく乖離する典型的な魚種で あることを重視し,遠洋漁業でも採捕されるかつ おを取り上げることにする。気仙沼市関連のかつ 表1 漁港の種類
第一種漁港 その利用範囲が地元の漁業を主とするもの
第二種漁港 その利用範囲が第一種漁港よりも広く,第三種漁港に属しないもの 第三種漁港 その利用範囲が全国的なもの
第四種漁港 離島その他辺地にあって漁場の開発又は漁船の避難上特に必要なもの 特定第三種漁港 第三種漁港のうち水産業の振興上特に重要な漁港で政令で定めるもの 出典:漁港漁場整備法 第5条および第19条の3より作成
鹿折
唐桑
気仙沼
Aa b
e
f
c d 松岩
階上
大島
陸前高田市
気仙沼市
本吉町
鹿折
唐桑
気仙沼
Aa b
e
f
c d 松岩
階上
大島
第一種漁港 第二種漁港 特定第三種漁港 A 気仙沼市魚市場 a 気仙沼総合支所 b 唐桑支所 c 気仙沼地区支所 d 大島出張所 e 鹿折出張所 f 松岩出張所
出典:国土交通省国土政策局「国土数値情報ダウンロードサービス」入手データ,
農林水産省「海面漁業の地区別概況図」より作成
図3 旧気仙沼市(本吉町との合併前)の沿岸漁業関連地図
おの漁業生産量について入手可能な統計データ は,海面漁業生産統計調査結果の気仙沼市の漁業 生産量(属人統計)と気仙沼漁港の水揚量(気仙 沼市魚市場への出荷量)の2種類である。
① 海面漁業生産統計の気仙沼市の生産量:
2,779t
② 気仙沼漁港の水揚量:38,569t
①と②の条件の違いに関連して,気仙沼漁港以 外の漁港でかつおの水揚げがあるかどうかを確認 する必要があるだろう。ところが,気仙沼漁港を 除くと,漁港単位で水揚額を記録した統計は一般 的には公開されていない。そこで公開されている
他の統計から概略の把握を試みることにする5。 表2は第12次漁業センサス結果の「営んだ漁業種 類別経営体数」より作成したものである。日本に おけるかつおの漁獲の大半を占める「まき網漁 業」と「一本釣漁業」の経営体数が都道府県単位 で示されている(宮城県のみ実態がある市町村を 掲載)。表から,かつお漁業を営んでいる気仙沼 市在住の経営体は遠洋かつお一本釣の1経営体の みであることが確認できる。そのため,まず,気 仙沼市内の第一種漁港におけるかつおの水揚げは ないと判断できる(沿岸漁業区分の経営体が存在 しないため)。次に,近海および遠洋区分に該当 するかつお漁船による気仙沼市内の第二種漁港へ の水揚げの可能性であるが,制度上は否定できな
表2 営んだ漁業種類別経営体数(2008年)
ま き 網 一 本 釣
遠洋かつお・まぐろ 近海かつお・まぐろ 遠洋かつお 近海かつお 沿岸かつお
北海道 1 0 0 0 0
青森県 0 1 0 0 0
宮城県 4 1 3 0 0
気仙沼市 0 0 1 0 0
石巻市 4 1 2 0 0
福島県 0 1 0 0 0
新潟県 1 0 0 0 0
茨城県 0 0 1 0 4
千葉県 0 0 0 0 33
東京都 1 1 0 0 0
神奈川県 2 0 0 3 34
静岡県 5 5 5 2 6
三重県 2 1 8 11 167
和歌山県 0 0 0 0 4
鳥取県 2 0 0 0 0
徳島県 0 0 0 0 42
愛媛県 1 0 0 0 6
高知県 0 0 4 12 186
長崎県 1 0 0 0 180
宮崎県 0 0 5 28 30
鹿児島県 0 0 3 2 38
沖縄県 0 0 0 6 37
出典:第12次漁業センサス結果より作成
い。しかし,魚市場や関連設備の整備状況等を考 慮すると事実上考えにくい。以上から,かつおに ついては,気仙沼市における水揚量と気仙沼漁港 における水揚量をほぼ同一視してよいだろう。し たがって,②が気仙沼市のかつおの属地生産量に なると判断できる。一方,後に節を改めて述べる が海面漁業生産統計は属人統計を作成することを 目的としているため,①は属人生産量に対応して いる。
属人と属地の乖離の中身について,もう少し詳 しくみていくことにする。表3はここまでに確認 された情報を元に作成したものである。表には,
ここまでに確認した情報に加えて統計上把握が可 能な生鮮と冷凍の2区分別の数値も示している。
沿岸または近海で採捕されたものは,採捕後,鮮 度が保たれる時間内で到着可能な港に出荷するの で,生鮮区分となる。一方,遠洋で採捕されたも のは基本的に冷凍状態で保存し,帰港後まとめて 出荷することになる。既に確認したように気仙沼 市所属船で沿岸・近海操業を行うものはない。そ のため,気仙沼漁港に水揚げされる生鮮かつお
37,546t
はすべて市外所属船による水揚と判断できる。これが,属人と属地の大きな乖離の理由と なっていることは明らかだろう。参考までに気仙 沼漁港は2012年の漁期まで16年連続で生鮮かつお の水揚げ日本一を記録しているが,2008年につい てはこの37,546tが日本一に対応する値である。
なお,気仙沼漁港における冷凍かつおの水揚量
1,023tの市内船と市外船の内訳(表のAとCの値)
は不明であるが,気仙沼市所属の遠洋かつお一本 釣漁船による気仙沼漁港への水揚げはしばしば報
道されるため,Aが0でないことは良く知られて いる。属地統計は全て冷凍区分の生産量に対応し ているが,水揚場所が市内か市外かの内訳につい て,統計上確認することはできなかった(表のA とBの値)。
2.2.2.亘理町の事例
市町村としての亘理町,漁業地区としての亘理 地区が一致しているため,市町村統計と漁業地区 統計が同一のものとなる。また,町内の漁港は荒 浜港(第二種漁港)1つであり,水揚物の大半は 隣接する宮城県漁業協同組合亘理支所魚市場(以 下,亘理支所魚市場とする)に出荷される。属地 統計としては荒浜漁港への水揚量で基本的な数量 を把握できる。属人統計については,亘理町につ いても海面漁業生産統計が利用可能である。
表4は亘理町の魚類の漁業生産量を属人・属地 それぞれについて示したものである。ぶり類・そ の他の魚類を除き,それほど大きな差は見られな い。魚種による違いはあるものの,全体としては 僅かに属人統計の方が大きくなっている。このこ とが,亘理の漁業経営体が亘理支所魚市場以外で 出荷・販売を行ったことによるものなのか,それ とも統計把握に伴う誤差であるのかは不明であ る。ぶり類については,基本的に亘理支所魚市場 以外で出荷・販売を行っている漁業経営体が亘理 地区にいるためであると考えられる。
以上のように,魚種によっては属人と属地の間 に無視できない差が生じることもあるが,全体と してはほぼ同水準の統計が得られることが確認で きる。
表4 亘理町の漁業生産量(2008年,魚類,単位:t)
魚種 属人数量 属地数量
かれい類 190 182
さけ類 136 135
ひらめ 37 37
すずき類 33 31
ぶり類 30 0
さば類 14 11
たら類 9 8
その他の魚類 62 89
魚類計 511 494
出典:農林水産省「海面漁業生産統計」,
宮城県「産地市場水揚物水揚統計」より作成
表3 気仙沼市のかつおの漁業生産量の概要
(2008年,単位:t)
気仙沼市所属船 市外所属船 生鮮 冷凍 生鮮 冷凍 計 水 揚
気仙沼漁港 0 A 37,546 C 38,569 市外の漁港 0 B
計 0 2,779
出典:農林水産省「海面漁業生産統計」,漁業情報サービスセン ター「産地市場別年報」より作成
2.3.産地魚市場
統計が作成されるためには,日々の生産量が記録 されることが必要となる。漁業経営体が自らの生産 量を記録し,その結果を保存しているのであれば,
統計作成主体が全ての漁業経営体を網羅的に調査す ることで統計が作成可能となる。ただし,そのよう な作成過程は一般的であるとは言えない。個々の漁 業経営体の漁獲量が集計される機関を利用するのが 効率的であるだろう。そのような機関の代表が産地 魚市場と漁業協同組合(以後,漁協と表記)である。
いずれも後述する水揚機関に相当する。
産地魚市場は漁港に併設されることが一般的であ り,水揚げされた漁獲物が取引される。その取引結 果が記録されるため,統計作成の基礎データとして 活用が可能となる。表5は宮城県の産地魚市場の一 覧である。漁船が漁港に入港し水揚げした漁獲物の 大半は,産地魚市場に出荷されることになるが,気 仙沼や亘理の事例からも分かるように漁港の規模に よって状況は大分異なる。気仙沼市魚市場に記録さ れる取引量は気仙沼を所在地とする漁業経営体によ る生産量に限定されないのに対して,亘理支所魚市 場で記録される取引量の大部分は宮城県漁協亘理支
所所属の漁業経営体による生産量である6。 漁業生産量に関する統計を作成する上で,産地 魚市場と並んで重要な役割を果たすのが漁協で ある。漁協も漁業生産量を記録する役割を担って いる。そもそも,漁協が卸売業者として産地魚市 場を運営している場合も多く,その場合には,漁 協に取引量が記録されることになる。表5の10個 の産地魚市場の中で,下の5つがそれに該当す る7。これらの5つの市場の基本的な利用者は組合 員であると考えられる。ただし,すべての漁協が産 地魚市場を運営しているわけではない。産地魚市場 を運営していない漁協では,組合員の漁獲物は様々 な形態で販売される。例えば,漁協が仲介する特定 業者との相対取引をする場合を考えてみる。この場 合,産地魚市場における取引と違い,取引情報の把 握は必ずしも容易ではない。もちろん,個々の漁業 経営体に聞き取り調査を実施すれば,数量の把握は 可能かもしれないが,調査負担が大きくなる。この ような場合でも漁協が組合員の取引量を一括して把 握していれば,統計作成のための負担は圧倒的に軽 減される。
表5 宮城県の産地魚市場
名 称 開 設 者 卸 売 業 者 名
地方卸売市場塩竈市魚市場 塩竈市 ㈱塩釜魚市場
塩釜地区機船漁業協同組合 地方卸売市場気仙沼市魚市場 気仙沼市 気仙沼漁業協同組合 石巻市水産物地方卸売市場 石巻売場 石巻市 ㈱石巻魚市場
渡波地方卸売市場 ㈱石巻魚市場 ㈱石巻魚市場
女川町地方卸売市場 女川町 ㈱女川魚市場
南三陸町地方卸売市場 南三陸町 宮城県漁業協同組合
宮城県漁業協同組合閖上支所
閖上地方卸売市場 宮城県漁業協同組合 宮城県漁業協同組合 地方卸売市場
宮城県漁業協同組合
亘理支所魚市場 宮城県漁業協同組合 宮城県漁業協同組合 石巻市水産物地方卸売市場
牡鹿売場 石巻市 牡鹿漁業協同組合
地方卸売市場
宮城県漁業協同組合七ヶ浜支所 花渕浜魚市場
宮城県漁業協同組合 宮城県漁業協同組合
出典:宮城県農林水産部水産業振興課「平成21年 水産物水揚統計」より作成
3.漁業生産量に関する統計
3.1.海面漁業生産統計調査
海面漁業生産統計調査は稼働量調査,海面漁業漁 獲統計調査,海面養殖業収穫統計調査の3つの調査 からなる。海面養殖業の収穫量については海面漁業 収穫統計調査の,それ以外の海面漁業の漁獲量につ いては海面漁業漁獲統計調査(稼働量調査の対象と なる漁業は除く)の対象となる。稼働量調査はかつ お・まぐろ類のみを対象とした調査となっている。
かつお・まぐろ類の漁獲の大部分を占める大中型ま き網漁業,遠洋・近海まぐろはえ縄漁業,遠洋・近 海かつお一本釣漁業を営む漁業者は,漁獲成績報告 書を農林水産大臣に提出することが義務付けられて いるため,これらを利用することによって,かつお・
まぐろ類の漁獲量の大部分を把握することが可能と なる。稼働量調査は,かつお・まぐろ類に関わる漁 業の中で漁獲成績報告書の提出が義務付けられてい ない漁業(沿岸まぐろはえ縄,沿岸かつお一本釣,
ひき縄釣及び大型定置網)を調査対象としている。
本調査の目的は「海面漁業の生産に関する実態を 明らかにし,水産行政の基礎資料を整備すること8」 であるとされている。本調査は1964年に属地統計か ら属人統計へ転換している。片岡(1986)はこの転 換の理由を,「従来の統計における生産量の把握に 重点をおいた方向が,他の指標との間にバランスを 欠き,総合的・多面的利用に耐え得ないという欠陥 が目立ち,新しい対応が必要となった」と述べてい る。また,それに対する具体的な対応については,
「漁業を経営する場所・操業する場所および水揚す る場所に整理し,属地漁獲量は水揚統計として,流 通統計調査の分野に位置づけられた」と整理してい る。片岡(1986)は彼が関東農政局水産統計課に属 していた時に書かれたものであり,水産行政の転換 について信頼性のある見解であると判断できる。現 在でも本調査は,「人」の生産活動に焦点を当て,「漁 業を経営する場所」を基準とした統計調査として実 施されていると考えられる。一方,「水揚する場所」
を基準とした統計調査としては『産地水産物流通調 査』が実施されている。
本調査の中で稼働量調査では,かつお・まぐろ類 の漁獲があった海面漁業経営体を直接の調査対象と している。これに対して,海面漁業漁獲統計調査及 び海面養殖業収穫統計調査では,原則,水揚機関を
調査対象としており,水揚機関で把握できない場合 に限り,漁業経営体を調査対象としている。水揚機 関とは,漁業協同組合,産地水産物市場(産地魚市 場)など,漁業経営体からの生産物をとりまとめる 役割を果たす機関を指している。
調査方法から判断する限り,完全な全数調査とは 言い切れないが,漁業生産量に関する網羅性は非常 に高いとみなすのが一般的であり,日本における漁 業生産量の基準となる統計に位置づけられている。
一方,現状よりも細分化された統計が作成されるよ うになれば更に利便性が増すことは言うまでもな い。具体的には,時間区分(現状は年次統計のみ)
及び地区区分(現状は全国,都道府県,市町村)に ついての細分化が主なものとなる。
2010年より海面漁業生産統計調査の2007,2008年 の結果については,オーダーメード集計による統計 作成サービスが開始されており(2013年7月時点),
細分化された集計結果を利用したい者については,
このサービスを利用することが1つの有力な手段と なる。ただし,本サービスは開始されて間もない状 況であり,2011年度末時点における利用実績は0で ある9。
細分化された区分における漁業生産量の情報を得 る手段としては,各都道府県が独自に作成している 統計を利用するという方法もある。ただし,利用の 際にはいくつかの注意が必要となる。主なものとし ては,
都道府県統計が必ずしも漁業生産量を網羅的に把 握しているとは限らないこと
都道府県統計は一般的に属地統計として集計され ていること
が挙げられる。また,漁業種類や魚種分類の方法が 海面漁業統計調査とは異なる場合も珍しいことでは なく,そのため,補完的に利用できる範囲が狭くな ることもしばしば生じる。表6は宮城県の漁業生産 統計について,海面漁業生産統計と漁業種類の区分 を対比させたものである。全体としては同じような 漁業種類区分になっていると言えるが,細かい点に おいて相違が見られるのも事実である。例えば,宮 城県統計における敷網漁業には「さんま棒受網」以 外に「その他の敷網」という区分があるが,海面漁 業生産統計には存在しない。「さんま棒受網」の定 義が異なる,海面漁業生産統計では敷網に含めず「そ
の他の網」に含められている等いくつかの可能性が 考えられるが,詳細は確認できていない。また,は え縄漁業を見ると「たらはえ縄」,「沿岸まぐろはえ 縄」がそれぞれ一方にしか区分上表れていない。「そ の他のはえ縄」に含める内容が異なっていることに 起因することが予想されるが,これについても確認 できない。ただし,いわゆる主要な漁業種類につい てはほぼ区分が対応していると見ることもできるた め,一般的にはそれほど問題視されるような事例と は言えないかもしれない。
3.2.東北6県の独自統計と補完可能性
既に述べたように,漁業生産量に関して海面漁業 生産統計では月次区分・漁業地区区分の統計が公表 されていないため,都道府県が作成している統計で 補完できないかを確認することが本稿の目的であ る。補完可能性を判断するために,確認すべきこと が3点ある。
Ⅰ.都道府県統計が存在すること
都道府県で作成している統計が海面漁業生産統 計と同じ区分であるならば補完はできない。月次 区分あるいは漁業地区区分の統計が作成されてい ることが前提となる。
Ⅱ.都道府県統計の網羅性
月次区分・漁業地区区分の統計が作成されてい ても,その統計区分において漁業生産量を網羅し ていなければ,補完的には利用できない。利用す る区分における網羅性の確認が必要となる。
Ⅲ.属人と属地の乖離の程度
Ⅰ,Ⅱが確認できた上で属人と属地の乖離がそ れほど大きくない場合には補完的な利用が可能で あると判断してよいだろう。この点は特に漁業種 類あるいは魚種による違いが大きいと考えられる。
表6 海面漁業の漁業種類分類の比較(宮城県と農林水産統計)
漁業区分 宮 城 県 統 計 海面漁業生産統計
底びき網 遠洋底びき網/沖合底びき網 小型機船底びき網 その他の底びき網
遠洋底びき網/沖合底びき網 小型底びき網
まき網 かつおまぐろまき網 いわしさばまき網
その他のまき網
大中型まき網・遠洋かつおまぐろ 大中型まき網・近海かつおまぐろ
大中型まき網・その他
刺網 大目流刺網
その他の刺網 さけ・ます流し網/かじき等流し網 その他の刺網
敷網 さんま棒受網
その他の敷網 さんま棒受網
定置網 大型定置網/小型定置網 大型定置網/小型定置網
その他網 その他の網 その他の網
はえ縄 遠洋まぐろはえ縄/近海まぐろはえ縄 たらはえ縄
その他のはえ縄
遠洋まぐろはえ縄/近海まぐろはえ縄 沿岸まぐろはえ縄
その他のはえ縄 一本釣 遠洋かつおまぐろ一本釣
近海かつおまぐろ一本釣 遠洋かつお一本釣 近海かつお一本釣
いか釣 いか釣 沿岸いか釣
その他 いわし・いかなご抄網 突ん棒 その他の海面漁業
船びき網
小型捕鯨/潜水器漁業/採貝・採藻 その他の漁業
出典:宮城県「産地市場水揚物水揚統計」,農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
以下では東北各県について,漁業生産量に関する 統計の整備状況を確認しながら,おもにⅠおよびⅡ の観点から補完可能な範囲をみていくことにする。
Ⅲについては次節でいくつかの事例を通じて概観する。
[ 青 森 県 ]
青森県農林水産部では「青森県海面漁業に関す る調査」を実施しており,その結果を年報として 公開している。調査員による訪問調査であり,調 査対象は海面漁業協同組合,魚市場,その他の団 体等となっている。毎月実施され,それぞれの団 体が作成した台帳等から資料を収集する形で魚種 別漁業種類別漁獲量・漁獲金額を調査している。
調査の仕方に多少の差はあるものの,調査の範囲 は海面漁業生産統計調査に近いと言える。属人と しての再集計は行っておらず,公開されている統 計は属地統計である。地区についての集計の最小 単位は市町村となっている。
生産量の調査の範囲が県内全域であることか ら,網羅性は高い。そのため海面漁業生産統計調 査を補完する統計として十分利用できると考えら れる。県については月別魚種別および月別漁業種 類別の,市町村については月別総漁獲量の集計結 果が利用可能である。
[ 岩 手 県 ]
岩手県農林水産部では毎年「岩手県水産業の指 標」を作成,公表しているが,漁業生産について は農林水産省の統計(海面漁業生産統計調査の結 果)を利用している。県全体を網羅した漁業生産 についての公的統計は公開されていない10。ただ し,岩手県水産技術センター(試験研究機関)で は市況日報を元にしたデータ集計システムをウェ ブ公開している11。このシステムは県内の主要産 地水産物市場(13市場)における取扱量を元にし た集計が可能となっている。性質から属地統計と なるとともに,主要市場以外で取引された漁獲に ついては把握できない。市町村単位とは異なる集 計単位による統計が作成可能であることや,日・
週・月等の細かい時間単位での集計が可能となる 点で利便性は高い。
地域区分・時間区分について細かい単位で公表 されていることから,海面漁業生産統計調査に対 する補完の可能性は生まれるが,産地魚市場単位 の集計となっているため利用には注意が必要とな
る。魚種あるいは漁業種類によっては主要産地魚 市場における取扱量のみで県全体あるいは市町村 全体をほぼ網羅することも考えられる。そのよう な場合には,月次データを補完的に利用できるか もしれない。また,ある産地魚市場における取引 量とある漁業地区の漁獲量がほぼ対応している場 合には,漁業地区統計としての活用可能性が生ま れる。
[ 宮 城 県 ]
宮城県農林水産部では毎年,「水産物水揚統計」
を作成し,公表している。県内の全産地水産物市 場(10市場)における取扱量をとりまとめたもの である。岩手県水産技術センターによる集計シス テムと同様に属地統計と考えられる。補完可能性 が生まれる状況については岩手県とほぼ同様であ ると考えて良い。
[ 秋 田 県 ]
秋田県では県の試験研究機関である秋田県水産 振興センターが県内の主要漁港における魚種別漁 獲量を旬別にまとめて公表している。公開されて いる情報では主要漁港単位となっているが,実質 的には岩手県や宮城県と同様に主要産地水産物市 場単位の取りまとめであると扱うことができる
(属地統計)。毎月の上半期,下半期それぞれにつ いて水揚量の結果を集計したものを公表してい る。魚市場と漁港という形式的な違いはあるもの の,岩手県・宮城県とほぼ同様の整備状況である と考えられる。
[ 山 形 県 ]
山形県庄内総合支庁水産課では毎年,漁業協同 組合が作成した資料を集計して統計を作成してい る。その結果は「山形県の水産」の一部として公 表されている。この統計は以下の理由から網羅性 が高いと予想される(図4参照)。
⑴ 県内の漁業協同組合は1つのみ(山形県漁協)
⑵ 県内の漁業経営体は全て山形県漁協の組合員12
⑶ 県内の漁業経営体の漁獲量は山形県漁協が全 て把握している
⑷ 「山形県の水産」の漁業生産統計は,山形県 漁協から毎月送られてくる資料をもとに作成さ れている13
属地統計である点は無視できないが,網羅性が 高いことから補完可能性は十分にあると期待でき る。県については月別魚種別,月別漁業種類別の 統計が利用可能である。また,漁業センサスの漁 業地区に対応した漁業生産量も公開されている
(ただし,魚種別・漁業種類別の集計は公開され ていない)。
[ 福 島 県 ]
福島県農林水産部では毎年,「海面漁業漁獲高 統計」を作成,公表している。この統計は県内の 漁協(業種別組合も含む)の支所単位における水 揚量を属地集計して作成されたものである。隣接 する数か所の漁業地区で1つ支所を形成している こともあるため,漁業地区単位の統計よりは少し 粗い地区単位となっているが,漁業地区統計を近 似する統計としては有用なものである。
県については月別魚種別,月別漁業種類別の統 計が利用可能である。また,漁協支所と地域区分 が一致している漁業地区も多いため,漁業地区単 位についての補完可能性も検討対象となりうる。
表7は以上の結果を整理したものである。候補と なる部分にのみ利用可能な区分に関する情報を示し てある。例えば,青森県の2列目に「魚種別・漁業 種類別」とあるのは,青森県では県単位の月別統計 が魚種別および漁業種類別に公表されており,この 統計を海面漁業生産統計に対する補完目的で利用可 能であることを示している。ただし,表内で情報が 示されていない部分(−表記の部分)について,補 完可能性がまったくないということではない。特に,
産地魚市場単位の統計が公表されている岩手県・宮 城県・秋田県の3県については,それぞれの統計が 調査している範囲を確認することで,利用可能とな る場合もありうる。
4.補完可能性の検証事例
前節で補完可能性が見出された状況の中からいくつ かの事例を選択して,海面漁業生産統計との水準比較 を行う。扱う事例は以下の2つである。
1つ目は時間区分に関する補完的利用の事例で,月 次データ等の利用の可能性を追求することが目的とな る。これについては,青森県を選定する。事例の中で 行うのは県単位の生産量について,海面漁業生産統計 と青森県の統計の水準比較である。もしも,両者の乖 離がそれほど大きなものではなく,構造的な差がない のであれば,青森県の統計における月次データを海面 図4 山形県における漁業生産統計作成の流れ
県内漁業経営体 山形県漁協併設産地魚市場 酒田 取引情報 山形県漁協 販売結果報告 山形県庄内総合支庁水産課 山形県の水産
由良念珠関
県外漁業経営体 漁船水揚げ陸送
県外
表7 補完に利用する候補となる都道府県統計(東北地区)
県・月別 市町村・月 漁業地区 属人・属地 備考 青森県 魚種別
漁業種類別 総漁獲量 − 属地
岩手県 − − − 属地 主要産地魚市場統計が利用可能
宮城県 − − − 属地 主要産地魚市場統計が利用可能
秋田県 − − − 属地 主要産地魚市場統計が利用可能
山形県 魚種別
漁業種類別 − 総漁獲量・月別 属地 福島県 魚種別
漁業種類別 総漁獲量 − 属地 漁協別集計統計が利用可能
漁業生産統計の統計を補完する目的で利用することに 期待が持てることになる14。
2つ目は地域区分に関する補完的利用の事例で,漁 業地区の生産量の把握を目指すものである。前節で確 認したように山形県では漁業地区に関する統計が網羅 的に公表されている15。そこで,山形県を例にどの程 度補完的利用の信頼性が高いのかを見ていくことにす る。ただし,海面漁業生産統計と県の統計で県単位あ るいは市町村単位の生産量の水準が一致していたとし ても,更に細分化された漁業地区単位で一致するとい う保証はない16。そのため,ここでの検証は完全なも のではなく一つの目安を与えるものとなる。
なお,本節の図表では海面漁業生産統計を農林水産 統計と表記する。
4.1.時間区分の細分化
前節で確認したように,青森県の漁業生産統計は 水揚機関を対象とした調査をもとに作成されている ため,海面漁業生産統計と同程度の網羅性があると 予想される。そこで,属人と属地の差が生じないよ うな状況であれば基本的に海面漁業生産統計と青森 県の統計による生産量はほぼ同じ水準になることが 期待できる。ここでは,漁業種類別生産量について 水準比較を行う。すべての漁業種類の中から,まず 海面漁業生産統計と青森県の統計のいずれについて も生産量が公表されているものを選び,次に属人と 属地の差が生じにくいと期待されるものに絞り込ん だ。その結果,小型底引き網漁業,採貝・採藻漁業 の2つが選択された。
図5は小型底引き網漁業について「青森県海面漁 業に関する調査」の結果(青森県統計)を海面漁業 統計調査の結果(農林水産統計)と比較したもので ある。青森県統計と海面漁業生産統計で概ね同方向 の動きを示していることが確認できるが,乖離率17 が20%に近い年もあり,無視できる程度の乖離とは 言えない。乖離の背景には様々な要因が考えられる が,要因の推測をする目的で特に乖離が大きい2010 年について市町村の生産量を確認してみる。表8は 小型底引き網の漁業生産量が0でない市町村につい ての生産量を示したものである。表より野辺地町の 乖離が非常に大きいことが確認できる。図5より青 森県統計の生産量は海面漁業生産統計による生産量 を752t上回っているが,表8の野辺地町の対応す る差は734tであり,ほぼ対応する水準になってい る。野辺地町における県外船の水揚量の大幅な変動
青森県統計 農林水産統計 乖離率
6,000
3,000
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 4,724 3,983 4,540 5,071 4,353 4,352 4,567 2,775 4,675 4,275 4,898 5,469 4,602 4,408 3,815 2,622 1.0% ー6.8% ー7.3% ー7.3% ー5.4% ー1.3% 19.7% 5.8%
0
25.0%
0.0%
ー25.0%
生産量︵t︶ 乖離率
青森県統計 農林水産統計 乖離率
出典:青森県「青森県海面漁業に関する調査結果書」,
農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
図5 青森県における小型底びき網漁業の生産量の比較
表8 市町村別小型底びき網漁業の生産量
(2010年,単位:t)
市町村 青森県統計 農林水産統計
今別町 20 X
外ヶ浜町 12 X
蓬田村 0 −
野辺地町 976 242
横浜町 144 147
むつ市 172 131
東通村 230 X
三沢市 465 323
おいらせ町 243 346
八戸市 2,304 2,256
平内町 0 X
計 4,567 3,815
出典:青森県「青森県海面漁業に関する調査結果書」,
農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
があったとすればこのような状況は生じ得る。もち ろん,1つの可能性に過ぎず乖離の理由が依然とし て不明であることに変わりはない。
次に,採貝・採藻漁業については明確な傾向があ り,図6に示されている通り青森県統計が海面漁業 生産統計を無視できない程度上回っている。そこで 小型底びきの場合と同様に市町村単位の統計の比較 を通じて,乖離の要因の推測を試みる。図7は青森 県統計と海面漁業生産統計の差が平均的に大きい市 町村を5つ選び,それぞれの差の推移を示したもの である。まず,全体的な傾向として正に偏っている ことが確認できる。これら5市町村以外を含めても
同様の傾向が見られる。このことは,いくつかの市 町村については,県外の採貝・採藻漁業の水揚げが 無視できない水準になっていることを示唆してい る。図7からは2008年のむつ市,2011年の東通村に おいて大きな正の値が確認できるが,年変動が大き く安定的な傾向を見つけることは難しい。
以上の2つの漁業種類についての検討結果から,
青森県統計と海面漁業生産統計には安定的な関係が 予想される漁業種類についても不明確な乖離が存在 し,属人統計の月次データとしての補完利用は難し いと判断せざるを得ない。
4.2.地域区分の細分化
山形県庄内総合支庁水産課で作成している漁業生 産量に関する統計について,網羅性が十分に期待で きることは前節で確認した。残る問題として属人統 計と属地統計の違いがあるが,山形県における県境 を越えた水揚げは,いか釣など限られた漁業のみで あり,比較的県内で閉じた状態であると言える18。 したがって,どのような区分でも属人統計と属地統 計はほぼ同水準になることが期待される。表9では 魚種別区分で,山形県庄内総合支庁水産課作成の漁 業生産統計(山形県統計)と海面漁業統計調査の結 果(農林水産統計)を比較している。まず,魚類に ついては,まぐろの乖離が目につく。これは県内に ある水産高校における実習船の生産量が海面漁業生 産統計には含まれているためである。それ以外の魚 類については,ほぼ同水準で,やや山形県統計の方 が小さい水準であることが確認できる。全体として は小量だが,漁協の管轄外(県外,市場外)への出 荷が1つの理由かもしれない。次に,魚類以外につ いては,するめいかの乖離が大きい。するめいか釣 漁業については,県境を越えて相互に水揚げするこ とが確認できており,属人と属地の違いが顕著に表 れる魚種になっている。その他の魚種については,
魚類と同様,ほぼ同水準で,やや山形県統計の方が 小さい傾向がある。
県の生産量については,まぐろ,するめいかを除 きほぼ山形県統計と海面漁業生産統計が同水準にな ることが確認されたが,漁業地区単位に細分化した
青森県統計 農林水産統計 乖離率
6,000
3,000
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 4,234 3,027 4,789 4,518 3,753 3,650 2,400 3,808 3,945 2,574 4,183 3,738 2,248 2,934 1,989 2,990 7.3% 17.6% 14.5% 20.9% 67.0% 24.4% 20.6% 27.4%
0
80.0%
40.0%
0.0%
生産量︵t︶ 乖離率
青森県統計 農林水産統計 乖離率
出典:青森県「青森県海面漁業に関する調査結果書」,
農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
図6 青森県における採貝・採藻漁業の生産量の比較
1,000
2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011
−1,000 500
−500 属地−属人 0
(トン)
むつ市 八戸市 東通村 佐井村 大間町
図7 青森県市町村における採貝・採藻漁業の生産量の比較
出典:青森県「青森県海面漁業に関する調査結果書」,農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
場合には乖離が生じることも当然考えねばならな い。この点について統計で可能な範囲で確認する。
表10は各統計で得られる最小の地区区分における総 漁獲量を示したものである。表9と同様に魚種別の
漁獲量で比較できれば望ましいが,山形県統計では 魚種別の漁獲量が公表されているのは県区分までで あることが制約となっている。
まず,遊佐町については市町村区分と漁業地区区 分が一致しているため補完の必要はない。次に,酒 田市については山形県統計が600t以上上回ってい るが,するめいか漁業の県外水揚げの影響であるこ とが予想される。最後に鶴岡市については,海面漁 業生産統計の方が300t超大きくなっている。既に 述べた水産高校の実習船の水揚げは鶴岡市内の港で 行われるため,その分の差は生じ得るが,それでも なお200tを超える差が残る。鶴岡市外の漁船の水 揚げ,酒田市からの陸送など複数の要因が予想され るが,詳細については不明である。
以上から,山形県で作成されている漁業生産量に 関する統計は県区分では補完可能性が十分見込まれ たが,市町村区分では属人と属地の乖離の存在が無 視できず,さらに細分化された漁業地区単位の補完 利用は慎重に行う必要があると言える。
表9 山形県の海面漁業・漁種別生産量 (2010年,単位:t)
魚 種 山形県統計 農林水産統計 魚 種 山形県統計 農林水産統計
まぐろ類 10 89 えび類 243 238
さめ 36 41 かに類 529 559
さけ 225 245 あわび類 9 10
ます 61 67 さざえ 90 93
いわし 0 0 その他の貝類 328 342
あじ 96 100 するめいか 2,522 1,993
ぶり・いなだ 210 219 その他のいか類 42 42
ひらめ 73 75 その他の水産動物 149 144
まがれい 203 208 海藻類 17 16
たら 394 399 魚類以外計 3,927 3,438 すけとうだら 155 156
ほっけ 261 269
はたはた 410 407
にぎす 5 5
たい類 405 418
さわら 91 95
その他魚類 469 481
魚類計 3,105 3,274
出典:山形県「平成22年度 山形県の水産」,農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
表10 市町村別漁獲量の比較 (2010年,単位:t)
市町村 漁業地区 山形県統計 農林水産統計 遊佐町 遊佐 354 354 376
酒田市 酒田 2,820
3,074 2,404
飛島 254
鶴岡市
加茂 644
3,605 3,932
由良 942 豊浦 430 温海 88
念珠関 1,500
山 形 県 計 7,033 6,714 出典:山形県「平成22年度 山形県の水産」,
農林水産省「海面漁業生産統計」より作成
5.お わ り に
本稿では都道府県単位で作成されている漁業生産量 に関する統計を属人統計として作成されている海面漁 業生産統計を補完する目的で利用可能かどうかを検討 した。特に,時間区分では月次統計,地域区分では漁 業地区統計の補完を期待したが,東北地方における検 討結果からは補完利用は限定的に留めざるを得ないと いう結果となった。
以上のことは調査研究において漁業生産量の統計を 必要としている多くの研究者にとって,既知の結果で あると思われるが,今後も様々な状況において利用さ れる機会があることを考えると,再認識が必要である と考える。また,井元(2005)が述べているように,
このような状況が研究上の制約となっていることは否 定しようがないことであり,費用の制約があるとは言 え,今後の体系的な整備が望まれる。
一方,本稿における議論は公表されている統計にの み基づいたものであり,作成されているが公表されて いない統計が存在することも十分に考えられる。実際,
漁業地区あるいはさらに小さい地域を対象とした研究 においては,現地に足を運び,直接データを入手する というスタイルは珍しいことではない。公表はされて いないが,要求に応じて入手可能な状態であれば十分 であるという考え方もできるだろう。既に述べた農林 水産省によるオーダーメードサービスの存在は,この ような考え方を支える基盤となるかもしれない。
[ 参 考 文 献 ]
石井 元(1986)「水揚量について」『水産海洋研究会 報』第50巻第1号,74‑75.
井元康裕(2005)「漁業統計―漁業経済研究に果た した漁業統計の役割―」漁業経済学会編『漁業 経済研究の成果と展望』(成山堂書店),34‑38.
片岡 優(1986)「海面漁業漁獲統計調査について」『水 産海洋研究会報』第50巻第1号,68‑74.
篠原秀一(2007)「主要な漁業本拠地・水揚地の分布 からみた日本沿海の水産地域区分」『秋田大学教 育文化学部研究紀要』第62巻,37‑47.
水産工学研究所(1994)「平成14‑15年度 地球温暖化 に対応した漁場,漁港漁村対策調査 総合報告書」.
辻 俊宏・貞方 勉(2000)「我が国におけるサヨリ 漁業の実態」『石川県水産総合センター研究報告』
第2号,1‑11.
鳥居享司(2008)「漁業センサス・生産統計」『ポイン ト整理で学ぶ 水産経済』,19‑21.
[ 利用統計資料 ]
青森県農林水産部 『青森県海面漁業に関する調査結果 書(属地調査年報)』.
岩手県農林水産部『岩手県水産業の指標』.
漁業情報サービスセンター「産地市場別年報」.
農林水産省『海面漁業生産統計調査』.
福島県農林水産部水産課『福島県海面漁業漁獲高統 計』.
宮城県農林水産部『水産物水揚統計(要約)』.
山形県『山形県の水産』.
1 後に紹介するオーダーメード集計による統計作成 サービスを除く。
2 漁業地区と漁村は必ずしも1対1対応ではなく,
複数の漁村から1つの漁業地区が形成されている場 合も多い。
3 ここで例示は2008年の漁業センサスを元にしてい るため,漁業地区の特徴は東日本大震災前のものと なっている。
4 第12次漁業センサスでは漁業地区別に出荷先別延 べ経営体数が確認できるが,それによると唐桑地区 では9割以上が「漁協の市場または荷さばき所」へ の出荷となっている。
5 いわゆる「漁業関係者」の認識としては確認する までもないことかもしれないが,統計による確認を ここでは重視することにする。
6 2012年に宮城県漁協山元町支所で行ったヒヤリン グによると,東日本大震災以降に,同支所の漁獲物 が亘理支所魚市場で販売されることもあったようで ある。
7 気仙沼市魚市場の卸売業者は気仙沼漁協であり,
その意味では表の下の5つと同様だが,気仙沼漁協 はそもそも市場を運営することを主目的とする漁協 であるのに対して,下の5つの漁協はいわゆる沿海 地区漁協であるため,ここでは区別している。
8 海面漁業生産統計調査規則 第一条の二
9 2012年度の利用実績の有無については,本稿執筆 時点では公表されていない。
10 沿岸広域振興局(宮古)では,「宮古管内の水産
概況」として管内の漁業生産量についての統計を作 成,公表している。本稿執筆時点における最新版は2009年である。
11 岩手県水産情報配信システム(http://www.suigi.
pref.iwate.jp/)
12 ⑵,⑶は2012年
8月に実施した山形県漁協での聞き取り調査において確認した。
13 ⑷は2012年
8月に実施した山形県庄内総合支庁水産課での聞き取り調査において確認した。
14 年次統計で属人と属地の生産量がほぼ一致してい
ても,月次に分割した場合には乖離が生まれること がないとは言えないが,ここではそのような状況は 考えないことにする。15 他の県で漁業地区単位の生産量が全く確認できな
いということではない。16
2節で挙げた宮城県亘理町の事例のように市町村 区分と漁業地区区分が一致しているような場合を除 く。17 (属地生産量
―属人生産量)/属人生産量で評価している。
18 正確な数値を伴ったものではないが,2012年
8月に実施したヒヤリング(山形県庄内総合支庁水産課 及び山形県漁業協同組合)から,判断している。