地球惑星圏物理学
第8回 惑星大気の構造(1)
担当:黒川 宏之
1
第1回 :地球惑星物理学概論
第2回 :太陽系の構造と元素組成 第3回 :太陽系形成論
第4回 :太陽の構造と太陽活動(1) 第5回 :太陽の構造と太陽活動(2) 第6回 :惑星間空間(1)
第7回 :惑星間空間(2)
第8回 :惑星大気の構造(1) 11/16
第9回 :惑星大気の構造(2) 11/30 (11/23は祝日で休み) 第10回:惑星の磁気圏(1)
第11回:惑星の磁気圏(2)
第12回:惑星の内部構造と表層環境の進化 第13回:系外惑星
第14回:生命の起源と存在条件
2
講義資料は
https://members.elsi.jp/~hiro.kurokawa/lecture.html
惑星大気の概観
3
鉛直構造
•
物理構造 (圧力, 温度)
•
化学構造 (組成) 緯度・経度変化 気象現象
気候変動
大気を概観するため、
まず鉛直構造を理解する
理科年表ホームページより
鉛直圧力分布
4
静水圧平衡
2.3.
太陽風
29この式が任意の体積
Vで成り立つためには、
ρdv
dt = −∇p. (2.12)
全微分
(流体に沿った微分
)を偏微分
(空間に固定された微分
)に書き換えて
(付録
C参照
)、
ρ!∂v
∂t + (v · ∇)v" = −∇p. (2.13)
これが理想流体の運動方程式で、 オイラーの式 と呼ばれる。流体に重力などの外力が働く場 合は、単位質量あたりにかかる外力を
gとすると、以下のようになる。
ρ
!∂v
∂t + (v · ∇)v" = −∇p + ρ g. (2.14)
図
2-5.面要素
dSに働く力。培風館『宇宙流体力学』より
エネルギー保存の式 :同様に、図
2-5において、体積
Vの流体のエネルギー
(運動エネル ギー
+内部エネルギー
ϵ)変化は、圧力によってされた仕事に等しいことから、
#
V ρ d dt
!1
2v2 + ϵ
"
dV = −
$
S
pv · dS. (2.15)
Gauss
の定理から、
−
$
S pv · dS = −
#
V ∇ · (pv)dV, (2.16)
であるため、式
(2.16)を式
(2.15)に代入して、
#
V
%
ρ d dt
!1
2v2 + ϵ
"
+ ∇ · (pv)&dV = 0. (2.17)
この式が任意の体積
Vで成り立つためには、
ρ d dt
!1
2v2 + ϵ
"
+ ∇ · (pv) = 0. (2.18)
流体力学の運動方程式:
大気は惑星の重力に束縛されており、
平均的には鉛直方向の力は釣り合っている
44
第
4章 惑星大気
4.1 大気の物理構造
この節では、惑星大気の物理構造について、最も情報が多い地球大気
(図
4-1)を例に概説 する。
4.1.1
静水圧平衡:鉛直圧力分布
大気は惑星の重力によって束縛されており、平均的な鉛直方向速度は
0である。この時、大 気に働く重力と圧力勾配力が釣り合っている 静水圧平衡 の状態にある。流体力学の運動方程
式
(2.14)において、速度
v = 0とおくことで、以下の静水圧平衡の関係式を得る。
dp(r)
dr = −GM(r)
r2 ρ(r). (4.1)
ここで外力項として重力を考慮した。
rは惑星の中心から測った距離、
Mは惑星の中心から 半径
rの球内にある質量、
pは圧力、
ρは密度、
Gは万有引力定数である。数十気圧以下の大 気は理想気体と近似できるので、
dp
dr = −GM m
r2kBT p. (4.2)
ここで、
Tは温度、
mは大気分子の平均質量、
kBはボルツマン定数である。
大気の厚みが十分に薄く、かつ大気質量が固体惑星の質量に比べて無視できる場合、固体 惑星表面からの高さ
z = r − r0、重力加速度
g = GM0/r2を用いて
(添字
0は固体表面での 値
)、静水圧平衡の式は以下のように近似できる。
dp
dz = mg
kBT p. (4.3)
T, m
が
zに依存しない時
(実効的には、これらの量が
pと比較して緩やかに変化する時
)、式
(4.3)
は解析的に積分でき、
p(z) = po exp!− z H
"
. (4.4)
ここで、
H = kBT /mgとおいた。
Hは大気の スケールハイト と呼ばれる量であり、
hの距離 だけ上空に行くごとに、大気の圧力
pは
e−1倍になる。理想気体の場合、密度
ρも同様に
e−1倍になる。地球大気の場合、地表面でのスケールハイトは
8.45 km程度である。
静水圧平衡の式:
スケールハイト
大気の厚みは十分に薄く、かつ理想気体を仮定すると、
44
第
4章 惑星大気
4.1 大気の物理構造
この節では、惑星大気の物理構造について、最も情報が多い地球大気
(図
4-1)を例に概説 する。
4.1.1 静水圧平衡:鉛直圧力分布
大気は惑星の重力によって束縛されており、平均的な鉛直方向速度は
0である。この時、大 気に働く重力と圧力勾配力が釣り合っている 静水圧平衡 の状態にある。流体力学の運動方程
式
(2.14)において、速度
v = 0とおくことで、以下の静水圧平衡の関係式を得る。
dp(r)
dr = −GM(r)
r2 ρ(r). (4.1)
ここで外力項として重力を考慮した。
rは惑星の中心から測った距離、
Mは惑星の中心から 半径
rの球内にある質量、
pは圧力、
ρは密度、
Gは万有引力定数である。数十気圧以下の大 気は理想気体と近似できるので、
dp
dr = −GM m
r2kBT p. (4.2)
ここで、
Tは温度、
mは大気分子の平均質量、
kBはボルツマン定数である。
大気の厚みが十分に薄く、かつ大気質量が固体惑星の質量に比べて無視できる場合、固体 惑星表面からの高さ
z = r − r0、重力加速度
g = GM0/r2を用いて
(添字
0は固体表面での 値
)、静水圧平衡の式は以下のように近似できる。
dp
dz = mg
kBT p. (4.3)
T , m
が
zに依存しない時
(実効的には、これらの量が
pと比較して緩やかに変化する時
)、式
(4.3)
は解析的に積分でき、
p(z) = po exp!− z H
"
. (4.4)
ここで、
H = kBT /mgとおいた。
Hは大気の スケールハイト と呼ばれる量であり、
hの距離 だけ上空に行くごとに、大気の圧力
pは
e−1倍になる。理想気体の場合、密度
ρも同様に
e−1倍になる。地球大気の場合、地表面でのスケールハイトは
8.45 km程度である。
44
第
4章 惑星大気
4.1 大気の物理構造
この節では、惑星大気の物理構造について、最も情報が多い地球大気
(図
4-1)を例に概説 する。
4.1.1 静水圧平衡:鉛直圧力分布
大気は惑星の重力によって束縛されており、平均的な鉛直方向速度は
0である。この時、大 気に働く重力と圧力勾配力が釣り合っている 静水圧平衡 の状態にある。流体力学の運動方程
式
(2.14)において、速度
v = 0とおくことで、以下の静水圧平衡の関係式を得る。
dp(r)
dr = −GM(r)
r2 ρ(r). (4.1)
ここで外力項として重力を考慮した。
rは惑星の中心から測った距離、
Mは惑星の中心から 半径
rの球内にある質量、
pは圧力、
ρは密度、
Gは万有引力定数である。数十気圧以下の大 気は理想気体と近似できるので、
dp
dr = −GM m
r2kBT p. (4.2)
ここで、
Tは温度、
mは大気分子の平均質量、
kBはボルツマン定数である。
大気の厚みが十分に薄く、かつ大気質量が固体惑星の質量に比べて無視できる場合、固体 惑星表面からの高さ
z = r − r0、重力加速度
g = GM0/r2を用いて
(添字
0は固体表面での 値
)、静水圧平衡の式は以下のように近似できる。
dp
dz = mg
kBT p. (4.3)
T , m
が
zに依存しない時
(実効的には、これらの量が
pと比較して緩やかに変化する時
)、式
(4.3)
は解析的に積分でき、
p(z) = po exp!− z H
"
. (4.4)
ここで、
H = kBT /mgとおいた。
Hは大気の スケールハイト と呼ばれる量であり、
hの距離 だけ上空に行くごとに、大気の圧力
pは
e−1倍になる。理想気体の場合、密度
ρも同様に
e−1倍になる。地球大気の場合、地表面でのスケールハイトは
8.45 km程度である。
大気のスケールハイト:
地球大気のスケールハイト = ? km
大気の熱収支
4.1.
大気の物理構造
454.1.2
鉛直温度分布
図
4-2.地球大気のエネルギー収支。成山堂書店『地球環境を学ぶための流体力学』より転載。
惑星大気の温度分布は、大局的には、大気に供給されたエネルギーを放射・対流・熱伝導 の過程で惑星間空間に運び出すような温度分布として理解できる。主なエネルギーの供給源 は、太陽放射と惑星内部の熱である。地球型惑星
(岩石惑星
)の場合、惑星内部の熱が大気の 温度分布に与える影響は太陽放射と比較して無視できるほど小さい。
惑星大気に入射した太陽放射のエネルギーフラックスのうち、一部は惑星大気に吸収され、
一部は大気分子や大気中の雲によって散乱されて最終的に大気外に反射される。地表まで到 達した太陽放射の一部は地表面で反射され、残りは地表に吸収される。惑星大気に入射した 太陽放射のエネルギーフラックスのうち、宇宙空間へ反射される割合
Aを アルベド という。
特に、すべての方向に対する反射を積分したアルベドを ボンドアルベド と呼ぶ。大気と地面 に吸収されるのは、太陽放射のエネルギーフラックスのうち、
(1 − A)の割合である。
大気や地面に吸収された太陽放射は、大気や地面の温度に応じた波長で再放射され、大気 中での吸収・再放射を繰り返しながら、最終的に惑星放射として惑星間空間に放出される
(図
4-2)。太陽放射が主に可視域の波長であるのに対し、低温の惑星放射は主に赤外域の波長で ある。大気は可視域の太陽放射に対しては比較的透明だが、赤外域の惑星放射に対しては不 透明という特性を持つため、地表からの熱エネルギーの流出を阻害する。結果として、大気 上空と比較して地表付近の温度は高くなる。このことは大気の 温室効果 と呼ばれる。
4.1.
大気の物理構造
454.1.2
鉛直温度分布
図
4-2.地球大気のエネルギー収支。成山堂書店『地球環境を学ぶための流体力学』より転載。
惑星大気の温度分布は、大局的には、大気に供給されたエネルギーを放射・対流・熱伝導 の過程で惑星間空間に運び出すような温度分布として理解できる。主なエネルギーの供給源 は、太陽放射と惑星内部の熱である。地球型惑星
(岩石惑星
)の場合、惑星内部の熱が大気の 温度分布に与える影響は太陽放射と比較して無視できるほど小さい。
惑星大気に入射した太陽放射のエネルギーフラックスのうち、一部は惑星大気に吸収され、
一部は大気分子や大気中の雲によって散乱されて最終的に大気外に反射される。地表まで到 達した太陽放射の一部は地表面で反射され、残りは地表に吸収される。惑星大気に入射した 太陽放射のエネルギーフラックスのうち、宇宙空間へ反射される割合
Aを アルベド という。
特に、すべての方向に対する反射を積分したアルベドを ボンドアルベド と呼ぶ。大気と地面 に吸収されるのは、太陽放射のエネルギーフラックスのうち、
(1−A)の割合である。
大気や地面に吸収された太陽放射は、大気や地面の温度に応じた波長で再放射され、大気 中での吸収・再放射を繰り返しながら、最終的に惑星放射として惑星間空間に放出される
(図
4-2)。太陽放射が主に可視域の波長であるのに対し、低温の惑星放射は主に赤外域の波長で ある。大気は可視域の太陽放射に対しては比較的透明だが、赤外域の惑星放射に対しては不 透明という特性を持つため、地表からの熱エネルギーの流出を阻害する。結果として、大気 上空と比較して地表付近の温度は高くなる。このことは大気の 温室効果 と呼ばれる。
大気の熱源:太陽放射 + 惑星内部熱
地球型惑星で支配的
太陽放射の反射率:アルベド(ボンドアルベド) 地球の場合
A=0.30大気の温室効果
5
鉛直温度分布
6
46
第
4章 惑星大気
図
4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図
4-3に地球大気の温度構造を示す。 対流圏 は高度とともに温度が下がり、 熱圏 は高度と ともに温度が上がる。 成層圏 と 中間圏 はまとめて 中層大気 と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、 オゾン層 が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気
(対流圏
): 太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、
(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、
µは大気の平均分子量、
cpは低圧モル比熱である。地球大気における
H2Oのように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために
(∂T /∂p)s46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
上層大気
中層大気
下層大気 地球大気の例
惑星大気に共通の特徴
大気全体では下層ほど温度が高い
•
大気の温室効果
熱圏では温度勾配が逆転
•
太陽放射の吸収など
地球大気固有の特徴
中層大気に温度のピーク (成層圏存在)
•
オゾン層の紫外線吸収
下層大気:対流圏
大部分の大気質量が存在
地表付近で暖められた気体の対 流運動(+赤外放射)で熱を運ぶ 気象現象:雲の発生・降雨など 平均的温度分布:断熱温度勾配
7
46
第
4章 惑星大気
図
4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図
4-3に地球大気の温度構造を示す。 対流圏 は高度とともに温度が下がり、 熱圏 は高度と ともに温度が上がる。 成層圏 と 中間圏 はまとめて 中層大気 と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、 オゾン層 が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気
(対流圏
): 太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、
(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp , (4.6)
となる。ここで、
µは大気の平均分子量、
cpは低圧モル比熱である。地球大気における
H2Oのように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために
(∂T /∂p)s46
第
4章 惑星大気
図
4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図
4-3に地球大気の温度構造を示す。 対流圏 は高度とともに温度が下がり、 熱圏 は高度と ともに温度が上がる。 成層圏 と 中間圏 はまとめて 中層大気 と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、 オゾン層 が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気
(対流圏
): 太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、
(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp , (4.6)
となる。ここで、
µは大気の平均分子量、
cpは低圧モル比熱である。地球大気における
H2Oのように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために
(∂T /∂p)s(乾燥)断熱温度勾配 地球大気の場合、H
2Oの凝結に よる潜熱によって乾燥断熱温度 勾配より緩やかな温度変化
= 湿潤断熱温度勾配
中層大気
46
第
4章 惑星大気
図
4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図
4-3に地球大気の温度構造を示す。 対流圏 は高度とともに温度が下がり、 熱圏 は高度と ともに温度が上がる。 成層圏 と 中間圏 はまとめて 中層大気 と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、 オゾン層 が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気
(対流圏
): 太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、
(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、
µは大気の平均分子量、
cpは低圧モル比熱である。地球大気における
H2Oのように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために
(∂T /∂p)s安定成層が
対流運動を阻む
惑星大気共通の性質
対流運動はない(あっても弱い) 赤外放射によって熱輸送
地球大気固有の性質
高度とともに温度が上昇する成層圏が存在
http://static.panoramio.com/photos/large/24120392.jpg
8
高層大気:熱圏
4.2.
大気の化学構造
49による混合であるため、最終的な平衡状態は化学組成が
zに依存しないよく混合した状態で ある。 気体分子の平均自由行程が大きいほど分子拡散は早く進むため、分子拡散のフラックスは 密度に反比例する。そのため、ある高度以上では乱流拡散より分子拡散が卓越する。地球大 気の場合、この 均質圏界面 の高度は
100 km程度であり、これより上空では組成成層が生じ る
(図
4-7)。また、地球大気中の
H2Oのように凝結成分が存在する場合、均質圏においても 凝結成分の存在度は高度によって異なる。
図
4-7.地球大気の鉛直組成分布。左右のグラフはそれぞれ太陽活動が不活発な時と活発な時 に対応。岩波書店『比較惑星学』より転載。
4.2.2
光化学反応
一般に惑星大気は化学平衡にはない。地球の場合、生物の活動が平衡から離れた分子をつ くり出すことが、地球大気の化学組成を決める一因となっている。しかし、生物の活動がな くても、 光化学反応 によって大気は非平衡な組成となる。地球大気中のオゾン
(図
4-1)は、光 化学反応による非平衡組成の一例である
(図
4-8)。高度
20 kmより上空で、
242 nm以下の波 長の紫外線を吸収して酸素分子が 光解離 し、酸素原子になる。この酸素原子が酸素分子と結 合することで、オゾンが生成される。同時に、
320 nm以下の波長の紫外線を吸収することに よる分解反応も起きている。
熱圏の温度・化学組成
太陽活動不活発 太陽活動活発
高温 (地球の場合:800-1300 K) 上空ほど高温の温度分布
9
46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
高層大気:熱圏
熱圏の高温の原因
加熱大:太陽の極紫外線の吸収
冷却小:衝突頻度が低く、並進運動エネルギーを赤外放射に変換できない → 熱圏が高温
熱伝導で下方(中間圏)へエネルギーを渡し、中間圏から赤外放射 → 低高度ほど低温(上空ほど高温)の温度分布をとる
4.1.
大気の物理構造
47は式
(4.6)より小さくなる。凝結の効果を取り入れた断熱温度勾配は湿潤断熱温度勾配と呼ば
れ、対比して式
(4.6)は乾燥断熱温度勾配と呼ばれる。
中層大気: 中層大気は、入射する太陽放射に見合うエネルギーフラックスが赤外放射によっ て運ばれている、放射平衡が成り立っている層である。大気がすべての波長について等しく 吸収・放射を行うと考えた場合
(灰色近似 と呼ぶ
)、上向きにエネルギーを輸送するためには、
大気の温度は高度とともに減少する必要がある。実際の惑星大気では、分子が特定の波長を 選択的に吸収・放射することで、温度のピークが生じることがある。地球の場合、オゾン層 が紫外域の太陽放射を選択的に吸収することにより大気が加熱され、
CO2の
15 m帯からの 放射による冷却とバランスしている。このオゾン層の存在によって、地球の中層大気は成層 圏と中間圏に区分される。
高層大気
(熱圏
): 高層大気の温度分布において重要となるのは、局所熱力学平衡
(LTE)の 破れによる、冷却効率の悪化である。気体分子の赤外線放射による冷却は、分子の振動・回 転エネルギー準位の遷移にともなっている
(図
4-5)。中層大気以下の密度の高い層では、分 子間の衝突が頻繁に起こることで、
(B)と
(b)の過程が卓越し、気体分子はボルツマン分布に 従ったエネルギー分布をとる。この時には射出する赤外線の強度は温度だけで決まることに なる。一方、高層大気では衝突頻度が低いため、
LTEが破れた状態にある。衝突が稀なため、
気体の熱運動のエネルギーは放射に変換されにくく。赤外線を放射する効率は悪くなる。こ の時、冷却効率は衝突頻度に比例し、そのため、密度が低いほど冷却効率は低くなる。以上 の理由から、熱圏では熱を中間圏界面まで熱伝導によって輸送し、十分な衝突頻度のある中 間圏から放射によってエネルギーが惑星間空間に運び出される。下向きに熱伝導で熱を運ぶ ために、熱圏下部では下向き温度勾配が形成される。
図
4-5.振動回転エネルギー準位の遷移。岩波書店『比較惑星学』より転載。
外気圏: 大気分子の密度が小さく、十分な速度を持った分子は他の粒子に衝突せずに大気圏 外へ出てしまう領域を外気圏と呼ぶ。外気圏の下端、 エクソベース
(exobase)の位置
reは、
次式で定義される。
σ
! ∞
re n(r)dr = 1 (4.7)
ここで、
σは気体分子の衝突断面積、
nは気体分子の粒子密度である。この式は、エクソベー スから飛び出した気体分子は外気圏を通る間に
1回程度しか衝突を経験しないことを意味し ている。外気圏は惑星大気と惑星間空間の境界であるといえる。
気体分子の振動・回転準位の遷移
46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
=−ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
10
高層大気:外気圏
4.1. 大気の物理構造 47
は式 (4.6) より小さくなる。凝結の効果を取り入れた断熱温度勾配は湿潤断熱温度勾配と呼ば
れ、対比して式 (4.6) は乾燥断熱温度勾配と呼ばれる。
中層大気: 中層大気は、入射する太陽放射に見合うエネルギーフラックスが赤外放射によっ て運ばれている、放射平衡が成り立っている層である。大気がすべての波長について等しく 吸収・放射を行うと考えた場合 ( 灰色近似 と呼ぶ ) 、上向きにエネルギーを輸送するためには、
大気の温度は高度とともに減少する必要がある。実際の惑星大気では、分子が特定の波長を 選択的に吸収・放射することで、温度のピークが生じることがある。地球の場合、オゾン層 が紫外域の太陽放射を選択的に吸収することにより大気が加熱され、 CO
2の 15 m 帯からの 放射による冷却とバランスしている。このオゾン層の存在によって、地球の中層大気は成層 圏と中間圏に区分される。
高層大気 ( 熱圏 ) : 高層大気の温度分布において重要となるのは、局所熱力学平衡 (LTE) の 破れによる、冷却効率の悪化である。気体分子の赤外線放射による冷却は、分子の振動・回 転エネルギー準位の遷移にともなっている ( 図 4-5) 。中層大気以下の密度の高い層では、分 子間の衝突が頻繁に起こることで、 (B) と (b) の過程が卓越し、気体分子はボルツマン分布に 従ったエネルギー分布をとる。この時には射出する赤外線の強度は温度だけで決まることに なる。一方、高層大気では衝突頻度が低いため、 LTE が破れた状態にある。衝突が稀なため、
気体の熱運動のエネルギーは放射に変換されにくく。赤外線を放射する効率は悪くなる。こ の時、冷却効率は衝突頻度に比例し、そのため、密度が低いほど冷却効率は低くなる。以上 の理由から、熱圏では熱を中間圏界面まで熱伝導によって輸送し、十分な衝突頻度のある中 間圏から放射によってエネルギーが惑星間空間に運び出される。下向きに熱伝導で熱を運ぶ ために、熱圏下部では下向き温度勾配が形成される。
図 4-5 .振動回転エネルギー準位の遷移。岩波書店『比較惑星学』より転載。
外気圏: 大気分子の密度が小さく、十分な速度を持った分子は他の粒子に衝突せずに大気圏 外へ出てしまう領域を外気圏と呼ぶ。外気圏の下端、 エクソベース (exobase) の位置 r
eは、
次式で定義される。
σ
!
∞re
n(r)dr = 1 (4.7)
ここで、 σ は気体分子の衝突断面積、 n は気体分子の粒子密度である。この式は、エクソベー スから飛び出した気体分子は外気圏を通る間に 1 回程度しか衝突を経験しないことを意味し ている。外気圏は惑星大気と惑星間空間の境界であるといえる。
外気圏の下端(エクソベース)の位置
reは次式で与えられる
外気圏の概念図
外気圏からは十分なエネルギーを持った気体分子は
惑星間空間に飛び出して行くことができる 惑星間空間との境界領域
11
12
大気の様々な区分
48
第
4章 惑星大気
4.2
大気の化学構造
4.2.1
均質圏と不均質圏
図
4-6.地球大気の区分。岩波書店『比較惑星学』より転載。前節では大気の物理構造について概説したが、化学組成の観点からは異なる大気構造区分 を考えることができる
(図4-6)。大気の下層は化学組成が均質であり、均質圏 と呼ばれる。均 質圏の化学組成は、体積比で多い順に、N
2: 78 %, O2: 21 %, Ar: 0.94 %, CO2: 0.032 %で あり
(H2Oは時間・空間的に変動するので除外した)、大気質量の大部分は均質圏にあるため、
これが地球大気全体の化学組成といえる。一方、上層の化学組成が不均質な領域は 不均質圏 と呼ばれる。
大気の化学構造は、 分子拡散 と 乱流拡散 という
2つの異なる過程によって支配されている。
分子拡散とは、気体分子の熱運動による拡散である。分子拡散が支配的である場合、惑星大 気のような重力場中で最終的に実現する平衡状態では、分子種ごとに異なるスケールハイト 式
(4.4)の密度分布になる。分子種
iの密度分布は
ni(z) ∝ exp(−z/Hi)のようになる。気体 分子は分子量が大きいほど小さいスケールハイトを持つ。一方、乱流拡散は、大気中の小規 模な流体運動による物質の輸送を拡散現象と近似して扱うものである。乱流拡散は流体運動
46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
=−ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
化学組成の観点から、異なる区分をすることができる
13
均質圏・不均質圏
48
第
4章 惑星大気
4.2
大気の化学構造
4.2.1
均質圏と不均質圏
図
4-6.地球大気の区分。岩波書店『比較惑星学』より転載。前節では大気の物理構造について概説したが、化学組成の観点からは異なる大気構造区分 を考えることができる
(図4-6)。大気の下層は化学組成が均質であり、均質圏 と呼ばれる。均 質圏の化学組成は、体積比で多い順に、N
2: 78 %, O2: 21 %, Ar: 0.94 %, CO2: 0.032 %で あり
(H2Oは時間・空間的に変動するので除外した)、大気質量の大部分は均質圏にあるため、
これが地球大気全体の化学組成といえる。一方、上層の化学組成が不均質な領域は 不均質圏 と呼ばれる。
大気の化学構造は、 分子拡散 と 乱流拡散 という
2つの異なる過程によって支配されている。
分子拡散とは、気体分子の熱運動による拡散である。分子拡散が支配的である場合、惑星大 気のような重力場中で最終的に実現する平衡状態では、分子種ごとに異なるスケールハイト 式
(4.4)の密度分布になる。分子種
iの密度分布は
ni(z) ∝ exp(−z/Hi)のようになる。気体 分子は分子量が大きいほど小さいスケールハイトを持つ。一方、乱流拡散は、大気中の小規 模な流体運動による物質の輸送を拡散現象と近似して扱うものである。乱流拡散は流体運動
46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
=−ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
乱流拡散によって均質 分子拡散によって不均質
14
44
第
4章 惑星大気
4.1 大気の物理構造
この節では、惑星大気の物理構造について、最も情報が多い地球大気
(図
4-1)を例に概説 する。
4.1.1 静水圧平衡:鉛直圧力分布
大気は惑星の重力によって束縛されており、平均的な鉛直方向速度は
0である。この時、大 気に働く重力と圧力勾配力が釣り合っている 静水圧平衡 の状態にある。流体力学の運動方程
式
(2.14)において、速度
v = 0とおくことで、以下の静水圧平衡の関係式を得る。
dp(r)
dr = −GM(r)
r2 ρ(r). (4.1)
ここで外力項として重力を考慮した。
rは惑星の中心から測った距離、
Mは惑星の中心から 半径
rの球内にある質量、
pは圧力、
ρは密度、
Gは万有引力定数である。数十気圧以下の大 気は理想気体と近似できるので、
dp
dr = −GM m
r2kBT p. (4.2)
ここで、
Tは温度、
mは大気分子の平均質量、
kBはボルツマン定数である。
大気の厚みが十分に薄く、かつ大気質量が固体惑星の質量に比べて無視できる場合、固体 惑星表面からの高さ
z = r − r0、重力加速度
g = GM0/r2を用いて
(添字
0は固体表面での 値
)、静水圧平衡の式は以下のように近似できる。
dp
dz = mg
kBT p. (4.3)
T , m
が
zに依存しない時
(実効的には、これらの量が
pと比較して緩やかに変化する時
)、式
(4.3)
は解析的に積分でき、
p(z) = po exp!− z H
"
. (4.4)
ここで、
H = kBT /mgとおいた。
Hは大気の スケールハイト と呼ばれる量であり、
hの距離 だけ上空に行くごとに、大気の圧力
pは
e−1倍になる。理想気体の場合、密度
ρも同様に
e−1倍になる。地球大気の場合、地表面でのスケールハイトは
8.45 km程度である。
不均質圏の化学組成分布
4.2.
大気の化学構造
49による混合であるため、最終的な平衡状態は化学組成が
zに依存しないよく混合した状態で ある。 気体分子の平均自由行程が大きいほど分子拡散は早く進むため、分子拡散のフラックスは 密度に反比例する。そのため、ある高度以上では乱流拡散より分子拡散が卓越する。地球大 気の場合、この 均質圏界面 の高度は
100 km程度であり、これより上空では組成成層が生じ る
(図
4-7)。また、地球大気中の
H2Oのように凝結成分が存在する場合、均質圏においても 凝結成分の存在度は高度によって異なる。
図
4-7.地球大気の鉛直組成分布。左右のグラフはそれぞれ太陽活動が不活発な時と活発な時 に対応。岩波書店『比較惑星学』より転載。
4.2.2
光化学反応
一般に惑星大気は化学平衡にはない。地球の場合、生物の活動が平衡から離れた分子をつ くり出すことが、地球大気の化学組成を決める一因となっている。しかし、生物の活動がな くても、 光化学反応 によって大気は非平衡な組成となる。地球大気中のオゾン
(図
4-1)は、光 化学反応による非平衡組成の一例である
(図
4-8)。高度
20 kmより上空で、
242 nm以下の波 長の紫外線を吸収して酸素分子が 光解離 し、酸素原子になる。この酸素原子が酸素分子と結 合することで、オゾンが生成される。同時に、
320 nm以下の波長の紫外線を吸収することに よる分解反応も起きている。
熱圏の温度・化学組成
太陽活動不活発 太陽活動活発
46 第4章 惑星大気
図4-3.地球大気の温度構造。岩波書店『比較惑星学』より転載。
図4-3に地球大気の温度構造を示す。対流圏は高度とともに温度が下がり、熱圏は高度と ともに温度が上がる。成層圏と中間圏はまとめて中層大気と呼ばれる。この区分は多くの惑 星大気に共通する。地球大気の場合、オゾン層が存在するという特有の事情により、中層大 気に温度のピークがあり、中層大気が成層圏と中間圏に区分される。大気の各層が異なる温 度分布を持つ要因は、それぞれ重要となる熱輸送過程が異なるためである。
下層大気(対流圏):太陽放射を吸収した地面の赤外放射や熱伝導によって、地面付近の大 気は加熱される。加熱されて低密度になった空気が上昇することにより、大気の下層に対流層 が発達する。対流層では赤外放射と対流熱輸送によってエネルギーが上向きに運ばれる。対 流が発達した時、平均的な温度勾配は断熱温度勾配になる。
dT
dz = dp dz
!∂T
∂p
"
s
= −ρg
!∂T
∂p
"
s
. (4.5)
ここで、(∂T /∂p)sは断熱圧縮・膨張による温度変化であり、理想気体の場合、
!∂T
∂p
"
s
= µ
ρcp, (4.6)
となる。ここで、µは大気の平均分子量、cpは低圧モル比熱である。地球大気におけるH2O のように、大気中で凝結する成分が含まれている場合、凝結の潜熱の効果のために(∂T /∂p)s
分子ごとに異なるスケールハイトで分布 上空は軽い分子に富む
15
光化学反応
惑星大気は低温であるため、化学平衡に至る時間スケールが長い 化学組成の非平衡をつくる要因:光化学反応、生物活動
例)地球大気のオゾン生成・消滅
1. 242 nm以下の紫外線でO
2が光解離
2. 生成したOがO
2と結合し、オゾンO
3生成 3. 320 nm以下の紫外線でO
3が分解
太陽放射による光化学反応は惑星大気に共通する現象
16
17
第1回 :地球惑星物理学概論
第2回 :太陽系の構造と元素組成 第3回 :太陽系形成論
第4回 :太陽の構造と太陽活動(1) 第5回 :太陽の構造と太陽活動(2) 第6回 :惑星間空間(1)
第7回 :惑星間空間(2)
第8回 :惑星大気の構造(1) 11/16
第9回 :惑星大気の構造(2) 11/30 (11/23は祝日で休み) 第10回:惑星の磁気圏(1)
第11回:惑星の磁気圏(2)
第12回:惑星の内部構造と表層環境の進化 第13回:系外惑星
第14回:生命の起源と存在条件
18
講義資料は
https://members.elsi.jp/~hiro.kurokawa/lecture.html