• Tidak ada hasil yang ditemukan

菌類培養株の凍結保存法の改良

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2024

Membagikan "菌類培養株の凍結保存法の改良"

Copied!
13
0
0

Teks penuh

(1)

はじめに

菌類培養株を長期間保存する方法としては乾燥法と 凍結法があり,菌株保存機関では生物資源の安全な長 期保存方法として,前者では L-乾燥法や凍結乾燥法 が,また,後者としてはディープフリーザーまたは液 体窒素気相タンクを用いての超低温下での凍結法が採 用されている.菌類のうちでも糸状菌の場合は,乾燥 法が適用できるのは培養により胞子を大量に生産する 菌株に限られる場合が多い.胞子を作るものであって も,その胞子が大型であると(例えば,Fusarium の 大分生子など),乾燥法が適用できないこともある.

それに対して,凍結法は培地上で胞子を作らない株に も適用できることから,様々な菌群の培養菌体の保存 に用いられてきた.しかし,鞭毛菌類(真菌類のツボ カビ類,偽菌類の卵菌類,ラビリンチュラ類など)や 担子菌類のうちの特に菌根性担子菌には,凍結保存が 困難なものが多く含まれる.これらの菌株は,長期保 存には望ましい保存法とは言えないが,流動パラフィ ン重層法や水保存法,そして継代培養などによって何 とか保存維持されてきた.菌類遺伝資源の保全,その 充実や安定的な利用のためには,安全な長期保存法の 確立が必要である.糸状菌の培養株を扱う世界のすべ ての保存機関でも,上記菌株の長期保存法の開発は待 ち望まれている課題となっている.

筆者は,1988 年に財団法人発酵研究所(IFO)に 入所して以来,独立行政法人製品評価技術基盤機構バ イオテクノロジーセンター(NBRC),そして現在の 鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センター

(FMRC)と菌株保存の担当者として従事し,これら の保存が厄介な菌株の維持管理と保存法の改良に試行 錯誤を繰り返しながら取り組んできた.その中で,凍 結保存が困難とされてきた菌株の凍結保存に成功した 方法を組み合わせながら,また取捨選択して,ある程 度の保存成績が得られる凍結保存法のプロトコールが 見えてきた.しかしながら,依然として凍結保存が難 しい菌種,菌株も多く,さらなる改良が必要である.

このたび,幸運にも受賞総説として寄稿できる機会が 与えられたので,これまでの成果をまとめて示すとと もに,現在の取り組みについても紹介したい.

凍結保存が困難な菌株の保存法の検討

一般の糸状菌の培養株は,寒天ディスク法と呼ばれ る方法で比較的簡単に凍結保存ができる.この方法は,

寒天培地に培養した菌糸体をストローやコルクボーラ などで寒天ごとディスク状に打ち抜き,それを凍結保 護剤(10%(w/v)グリセリン水溶液など)が入った チューブ(ポリプロピレン製のねじ蓋付きチューブを 用いることが多い)に入れて浸漬(例えば,4℃で 2

菌類培養株の凍結保存法の改良

(平成 26 年度日本微生物資源学会賞受賞)

中桐 昭

鳥取大学農学部附属菌類きのこ遺伝資源研究センター(FMRC) 〒680-8553 鳥取市湖山町南 4-101

Improvement of freeze preservation methods for various fungal cultures

Akira Nakagiri

Fungus/Mushroom Resource and Research Center (FMRC), Faculty of Agriculture, Tottori University 4-101 Koyama-cho Minami, Tottori 680-8553, Japan

受 賞 総 説

E-mail: [email protected]

本稿は,学会賞受賞題目「菌類の保存法の開発並びに分類学的研究とそれらの系統保存事業への貢献」の内容の一部を報告 するものである.

(2)

日間)した後に,−80℃フリーザーに入れて凍結する ものである.しかし,鞭毛菌類や菌根性担子菌は,こ の方法では復元できなかったり,または良好な生残率 を得ることができない場合がほとんどである.

鞭毛菌類の細胞は,多核嚢状体と呼ばれる体制を持 ち,菌糸を作る場合は,菌糸が直径 10 mm 以上と太く,

しかも隔壁がほとんどなく,1 つのコロニーが 1 細胞 で作られる場合もある.腐生性の菌種では,培地で培 養すると成長はとても速いが死滅するのも早く,凍結 にも弱い.これは,一つひとつの細胞が巨大であるた め,凍結の際に細胞外への水の吸出しが十分に行われ ず,細胞内に水が多く残存するため氷晶が発達して細 胞内が破壊されることが原因と考えられる.一方,担 子菌類では,枯死した木材を腐朽して生きる腐生性担 子菌類はほとんどの菌株が容易に凍結保存できるが,

菌根性担子菌の多くは凍結保存が難しい.菌根性担子 菌は自然では植物の根と共生しており,人工培地で培 養することはできたとしても生育は遅く,培地中に代 謝 産 物 を 大 量 に 出 し て 自 滅 す る 菌 も い る. 中 に は,いまだ寒天培地では培養できないものもある.ま た,寒天培地で菌糸を伸ばす菌であっても,凍結保存 ができない,または凍結復元後の生残率が低いものが ほとんどである.このような凍結保存が難しい鞭毛菌 類や菌根性担子菌類の菌株の凍結保存法を改良するに あたって次のように考えて取り組んできた.まず,① 凍結保存の過程を,生残率に影響を及ぼすと考えられ るいくつかの要因に分けて,②その要因それぞれに対 してもっとも適した方法を見出して,③それらを組み 合わせることで有効な凍結法にたどり着けるのではな いか.以下は,その取り組みの方法と結果である.

まず,凍結・復元後の生残性に影響を及ぼすと考え られる要因として,次の 6 つの要因を取り上げた.

1)凍結(冷却)速度 2)凍結保護剤 3) 前培養法

(1)培養基

(2)細胞のサイズ

(3)生育期 4)保存温度 5)解凍方法 6)復元培養法

上記の要因それぞれに着目して,従来の寒天ディス ク法では凍結保存することが難しい鞭毛菌や担子菌株 を試験菌株として用いて,以下に示すように凍結保存 に好適な条件を探った.

1)凍結(冷却)速度

凍結速度には,瞬間的に凍結する瞬間凍結からゆっ くりと凍結する緩慢凍結まで様々な方法があるが,微 生物株の凍結保存で一般に用いられる緩慢凍結法にお いて,その冷却速度を検討した.そのために,プログ ラムフリーザー(Programmable Freezer)を用いて,

冷却速度を変えて凍結し,復元後の生残率を調べて好 適な凍結速度を評価した.凍結速度と生残率の関係の うち,典型的な例を図 1 のグラフに示した.a,b の 卵菌類の Phytophthora 属菌は凍結感受性の高い菌株 で,どの凍結速度においても良好な生残率が得られず,

せいぜい 30%であった.また,d の菌は,比較のた めに用いた菌株であるが,子嚢菌系のアナモルフ菌で,

冷却速度−0.5℃/分から液体窒素直浸け(約−100℃/

分に相当)まですべての凍結速度に影響なく 100%の 生残率を示した.c は多くの卵菌類菌株に見られたパ ターンで,液体窒素直浸けでは死滅するが,ゆっくり と冷却して凍結することで生残率が上がる.特に

−1℃/分程度の遅い冷却速度で良好な復元を示した.

凍結感受性の a,b の菌株においても,生残率は低い ものの同様な結果が得られたことから,凍結(冷却)

速度としては,−1℃/分を採用することとした.これ をもとに,当時 IFO で保存されていた卵菌類(おも に Phytophthora 属および Pythium 属)の 171 株を

−1℃/分で緩慢凍結して液体窒素保存し,凍結直後か ら 24 ヵ月後までの復元結果をまとめたのが表 1 であ る.少なくとも 2 年間は生残率 96%程度を継続して 維持しており,この−1℃/分の凍結速度は長期保存に 有 効 で あ る こ と が 示 さ れ た(Nishii & Nakagiri, 1993).

ところで,凍結速度の実験を IFO で行っていると きに気が付いたことがある.これも凍結速度に関係す ることと思われるのでここで紹介したい.それは,当 時プログラムフリーズする際にはステンレス製のフ リーズボックス(内部は紙製の仕切りで 50 に区画さ れている)にチューブを入れて冷却・凍結を行ってい たのだが,あるときチューブを入れたボックス内の区 画位置によって復元成績が異なる印象を受けた.気に なって,ボックス内のチューブの位置ごとに生残率を 調べてみたところ,興味深いことが分かった.それは,

復元成績があまり良くない Phytophthora capsici IFO 9752 と Halophytophthora vesicula IFO 32216 を用い て,そのコロニー中央部および周辺部からストローで 打ち抜いて採取した寒天ディスクを分けて凍結・復元 したところ,コロニー周辺部の凍結に強いディスクで

(3)

は影響なく良好な生残率が得られたが,コロニー中央 部の凍結感受性の部分から採取したディスクを使う と,フリーズボックスの周辺部,つまりチューブを直 接ステンレスの側壁に接する区画に置いた場合には,

ボックスの中央部に置いたチューブよりも生残率が大 きく低下することがわかった(図 2).フリーズボッ クスは,冷却の過程で,プログラムフリーザー内で霧 状の液体窒素を断続的に噴霧されるため,フリーズ ボックス側壁のステンレス面は液体窒素を直接浴びて 急激に温度が低下するはずである.そのため,フリー ズボックスの側壁に接する周辺部と,紙製の仕切りに

囲まれたボックス中央部とではチューブへの温度の伝 わり方,凍結の仕方が大きく違うのではないかと考え た.そこで,フリーズボックスの側壁の内側に厚紙で 内張りをして,チューブが直接ステンレスの側壁に接 しないように改良した.P. capsici 株を用いて再度実 験をしたところ,図 3 に示すように,ボックス周辺部 もボックス中央部と同様に高い生残性を示すことがわ かった(Nishii & Nakagiri, 1991).凍結に強い菌株を 扱うときには,おそらく上述したような現象は表面に 出てこないと考えられるが,凍結に弱い菌株を扱う場 合には,このような些細な点にも考慮する必要がある だろう.

2)凍結保護剤

一般の糸状菌培養株を凍結保存する際には,凍結保 護剤として 10%(w/v)グリセリン水溶液が過去にも,

そして現在でもよく用いられている.IFO が保有し ていた卵菌類のうちのツユカビ目の菌株を用いて,そ れぞれ 10%濃度のグリセリン(GLY),ジメチルスル ホキシド(DMSO)そしてポリエチレングリコール

(PEG)を比較したところ,その保護効果は,GLY=

DMSO>PEG と い う 結 果 が 得 ら れ た(Nishii &

Nakagiri, 1991).つまり,PEG の成績は劣るものの,

Soak Soak Soak Soak

冷却速度(℃/min) 冷却速度(℃/min) 冷却速度(℃/min) 冷却速度(℃/min)

生存率(%) 生存率(%) 生存率(%) 生存率(%)

a: Phytophthora capsici

IFO 9752 b: Phytophthora sp. IFO

30635 c: Pythium periplocum

IFO 31933 d: Coniella sp. IFO 30347 Anamorphic fungus 図1 冷却速度と凍結・復元後の生残率との関係

a, b:凍結感受性が高い卵菌類菌株.c:最も一般的なパターンを示す卵菌類菌株.d:凍結感受性が低いアナモルフ菌株.

グラフはコロニーの周辺部からとった寒天ディスクを凍結した場合(○)と中央部のディスクを凍結した場合(●).Soak は,液体窒素にチューブを直に浸けた場合で,凍結速度は約 100℃/min. Nishii & Nakagiri (1991)を改変.

○─○:コロニー周辺部の寒天ディスクを凍結,●─●:コロニー中央部の寒天ディスクを凍結

表1 卵菌類培養株の凍結保存24ヵ月までの復元試験結果 保存期間(月数)

0 6 12 24

試験株数a 171 171 168 149

生存株数b 165 164 164 143

生残率(%) 96.5 96 97.6 96 凍結はプログラムフリーズによる緩慢凍結(−1℃ /min),

保存は液体窒素気相タンク中.(Nishii & Nakagiri, 1993)

を改変.

a:IFO で保存されていた卵菌類菌株を供試.

b: 生存株数には,復元した寒天ディスクのすべておよび 一部が復元できた場合を含む.

(4)

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90

100 ケース外縁 ケース内部

P. capsici コロニー中央部

P. capsici コロニー周縁部 H.vesicula

コロニー中央部

H. vesicula コロニー周縁部

生残率(%)

図2 フリーズボックス内のチューブの位置と生残率との関係 Phytophthora capsici IFO 9752 と Halophytophthora vesicula IFO 32216 のコロニー中央部および周辺部から採取した寒天ディスクを,フリーズ ボックスの外縁部と内部においてプログラムフリーズして,復元した後 の生残率を示す.

0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100

従来型フリーズボックス

改良型フリーズボックス

生残率(%)

P. capsici コロニー中央部 P. capsici コロニー周縁部

従来型ケース外縁 従来型ケース内部 改良型ケース外縁 改良型ケース内部 図3 従来型および改良型フリーズボックス内のチューブの位置と生残率との関係

Phytophthora capsici IFO 9752 のコロニー中央部および周辺部から採取した寒天ディスクを,フリーズボック スの外縁部と内部においてプログラムフリーズして,復元した後の生残率を示す.従来型フリーズボックスと 紙で内張りをした改良型フリーズボックスを用いた場合での比較を行った.

(5)

グリセリンと DMSO の保護効果はほぼ同等で良好な 結 果 を 示 し た. と こ ろ が, 一 部 の 菌 株, 特 に Saprolegnia など卵菌類の中でもミズカビ目菌類の菌 株では,良い成績が得られなかった.そこで,グリセ リンなどの低分子,細胞膜透過性で,氷晶の成長を抑 制する作用を持つ保護剤とは作用が異なる,高分子,

細胞膜難透過性で,生体膜の変性を抑える作用がある トレハロースを加えて,Saprolegnia parasitica IFO 8978 で試してみたところ,10%グリセリン+10%ト レハロースの混合液を保護剤に用いると大きな効果が あった(表 2).その後,トレハロースの濃度を検討 した結果,10%グリセリン+5%トレハロースの混合 液で同等の保護効果が得られることがわかった.1990 年代に IFO でこの検証を行っていた頃は,トレハロー スは非常に高価な糖であったが,その後,発酵法によ る製造法が開発されて,現在では大変安価にトレハ ロースを入手できることも,保護剤としての実用性と いう意味で大きな利点である.この 10%グリセリン+

5%トレハロースの混合液は,他の一般の糸状菌に用 いても有害作用は見られないため,多くの糸状菌の保 護剤として使えるものと考える.

3)前培養法

凍結する菌体を作るための培養を前培養と呼ぶが,

前培養に関してさらに細分化して,(1)培養基,(2)

細胞のサイズ,(3)生育期,の 3 つの要素について検 討した.

(1)培養基

前培養の際にどのような培地を用いるかは,凍結復 元後の生残率に影響を及ぼす.培地によって菌糸の成 長速度や菌糸密度,胞子や厚膜胞子(厚壁細胞)など の耐久構造の形成具合などが異なるからである.一般 には,菌糸成長が良く,菌糸密度が高くなる培地を選

択することが多い.多くの場合は,凍結保存もそれで うまくいく.しかし,一部の担子菌や鞭毛菌では,通 常用いる寒天培地では凍結保存できない場合がある.

以下に 3 つの例で,培養基の改良によって,生残率が 改 善 し た こ と を 示 す. フ ク ロ タ ケ(Volvariella volvacea)は,熱帯~亜熱帯に生息する腐生性担子菌 で,食用のためによく栽培される.英名では straw mushroom と呼ばれるように,藁を用いた堆肥で栽培 されている.腐生菌の中では,例外的に凍結保存が困 難な種である.このフクロタケの菌株は,ジャガイモ ショ糖寒天培地(PSA)など通常の培地の他,米ぬか 寒天培地(RBS)など様々な培地で前培養して凍結,

復元を行ったが生残率は低かった.そこで,きのこ栽 培にも使われる稲藁を細断して,米ぬか寒天培地に混 ぜ込んだ培地を用いたところ,良好な生残率が得られ ることが分かった(表 3).また,菌根性担子菌のホ ンシメジ(Lyophyllum shimeji)では,通常菌根菌の 培養に用いられるエビオス培地(Ebios:マツタケ培 地,浜田培地とも呼ばれる)などの培地では効果が見

表2 様々な凍結保護剤を用いた凍結感受性卵菌培養株の凍結・復元結果

菌株 IFO No. 凍結保護剤a

D G DG DT GT DGT

Saprolegnia parasitica 8978 0/10 6/10 0/10 0/10 10/10 0/10 Pythium iwayamai 31390 2/10 9/10

Pythium iwayamai 31391 0/2 10/10

Pythium iwayamai 31392   1/10     9/10   プログラムフリーズ(−1℃/min)して液体窒素気相保存直後の復元結果(復元した寒天 ディスク数 / 供試した寒天ディスク数).

a: D: 10% DMSO; G: 10% Glycerin; DG: 10% DMSO+10% Glycerin; DT: 10% DMSO+10%

Trehalose; GT: 10% Glycerin+10% Trehalose; DGT: 10% DMSO+10% Glycerin+10%

Trehalose

表3  様々な培地で前培養した腐生性担子菌フクロタケ 

)培養株の凍結・復元結果

NBRC No. 前培養培地a

PSA RBS VJ-Ebios Straw RBS 30010 0/10 1/10 4/10 8/10 31104 2/10 0/10 8/10 10/10

−80℃フリーザーで凍結直後の復元結果(復元した寒天 ディスク数 / 供試した寒天ディスク数).凍結保護剤は 10%グリセリンを使用.

a: PSA: Potato Sucrose Agar; RBS: Rice bran 2%, Sucrose 1%, Agar 1.5%; RBS: Rice bran 2%, Sucrose 1%, Agar 1.5%; VJ-Ebios: Vegetable Juice 10%, Ebios

(dried yeast tablet) 0.5%, Glucose 2%, Agar 2%;

Straw RBS: Fragmented rice straw 2%, RBS, pH 5.8

(6)

られなかったが,大麦を炊いて麦粒を斜面培地状にし て(図 4),菌を接種して培養した後に,麦粒数粒ず つを凍結したところ,良好な生残率が得られた(表 4).

大麦を用いた培地は,ホンシメジの子実体形成を誘導 できる培養基として太田(1998)が開発したものであ るが,凍結保存にも利用できることがわかった.この

ように難凍結保存性の担子菌培養株が,固形の天然基 質(稲藁,大麦)を用いて前培養すると凍結保存が可 能となった.一方,鞭毛菌でも同様な現象が見られた.

卵菌類のミズカビ目の菌は,寒天培地上では生育は早 いが,菌糸密度が低く,シャーレで培養すると 1 ~ 2 週間でコロニーの中心部から菌糸の液胞化が進み,細 胞質が抜けたようになって死滅することが多く,凍結 保存性も悪い.そこで,この菌群の菌を分離するとき に行う釣菌法で餌として使う麻の実を素寒天培地に混 入した麻の実寒天培地を作製し(図 5),菌を接種し

図4 大麦斜面培地

ホンシメジの前培養に用いる大麦斜面培 地.大麦 1 g,水 2 g を入れた試験管を オートクレーブ滅菌した後に,斜面状に 麦粒を整えて,菌を接種して培養する.

表4  様々な培地で前培養した菌根性担子菌ホンシメジ 

)培養株の凍結・復元結果

NBRC No. 前培養培地a

PSA Ebios VJ-Ebios Barley 32779 0/6 0/6 0/6 5/5

32780 − 0/6 6/6 −

32781 5/6 0/6 0/6 −

32782 1/5 0/6 0/6 5/5 32809 0/6 0/6 0/6 5/5 32810 0/6 1/6 0/6 4/5

−80℃フリーザーで凍結直後の復元結果(復元した寒天 ディスク数 / 供試した寒天ディスク数).凍結保護剤は 10%グリセリンを使用.

a: PSA: Potato Sucrose Agar; Ebios: Ebios (dried yeast tablet) 0.5%, Glucose 2%, Agar 2%; VJ-Ebios: Vegetable Juice 10%, Ebios (dried yeasts) 0.5%, Glucose 2%, Agar 2%; Barley: Polished barley 1 g, DW 2 ml

図5 麻の実寒天培地

オートクレーブした麻の実をシャーレに広げておき,そ こに素寒天を流し込んで作る.卵菌類の前培養に用いる.

5 mm

図6 麻の実から卵菌の菌糸が多数伸び出す.麻の実ご と寒天ディスクを打ち抜いて,凍結標品にする.

表5 麻の実寒天培地を用いたミズカビ目卵菌株の凍結・復元結果

菌名 NBRC No. 凍結方法

−80℃フリーザー プログラムフリーザー(−1℃/min)

Pythiopsis cymosa 102125 10/10 10/10 Aplanopsis terrestris 102127 5/10 10/10

凍結直後の復元結果(復元した寒天ディスク数 / 供試した寒天ディスク数).凍結保護剤は 10%グ リセリン+5% トレハロースを使用.

(7)

たところ,菌糸が麻の実の内部に侵入した後,多数の 菌糸が麻の実から伸び出してきた(図 6).この菌糸 密度が高くなった部分を麻の実ごと打ち抜いてそれを プログラムフリージングにより凍結したところ良好な 生残率が得られた(表 5).このように,難凍結保存 性の鞭毛菌においても,固形天然基質を用いた培養基 は生残率の改善に効果があった.

絶対寄生菌のように生きている他の生物を餌(基質)

として必要とする菌の保存は厄介である.卵菌と同じ く 偽 菌 類 に 位 置 づ け ら れ る ラ ビ リ ン チ ュ ラ Labyrinthula 属菌(図 7)は,生きているバクテリア,

酵母,糸状菌,珪藻など様々な生物を餌にして培養す ることができる.純粋培養も馬血清を加えた寒天培地 を用いると可能ではあるが,生育は不良で,凍結保存 も失敗した.そこで,Trypticase Yeast Extract 寒天 培地 (TYS:Trypticase Peptone 0.1 g, Yeast extract 1 g, Agar 12 g, Seawater (2% salinity)1 L)上に海 生担子酵母 Leucosporidium scottii,または,海水か

ら分離したバクテリア Vibrio alginolyticus を餌とし て生育させて,Labyrinthula との二員培養をして旺 盛な生育を得てから(図 8),餌生物とともにプログ ラムフリーザーを用いて凍結したところ,良好な復元 結果を得た(表 6)(中桐,2001).この場合,特に注 意することは,宿主と寄生者(餌と捕食者)の生育の バランスである.餌生物があまりに旺盛な生育をする と,捕食者である Labyrinthula が生育できなくなる.

餌生物を生やす培地を TYS などの糖を含まない貧栄 養培地を用いたり,バクテリアの場合ならば抗生物質 を加えた培地を用いると餌生物の生育が抑えられてバ ランスが良くなる.凍結復元後の培養に用いる培地も 同様である.そうすれば餌生物と捕食者の両方がバラ ンスよく復元生育してくる.

(2)細胞サイズ

一般に,卵菌類の菌糸は真菌類と比べて太く,隔壁 もほとんどないなど細胞が大きく,凍結感受性のもの が多いが,特に,海生卵菌 Halophytophthora 属の 1 種,

10 µm

図7    sp. IFO 33215の紡錘型細胞と外

形質ネットワーク.外形質ネットワーク内を紡錘 形細胞が滑走する.生きている他の微生物を摂食 して増殖する.

50 µm

図8     sp.と海生担子酵母

との二員培養.海水コーンミール寒 天培地上の L. scottii のコロニーを次々に襲いな がら旺盛に成長する Labyrinthula.このような二 員培養の状態で凍結保存する.

表6 餌生物と二員培養した  sp.の凍結直後の復元結果

Labyrinthula sp. 菌株 餌生物 凍結保護剤a 凍結方法

直接凍結

−80℃フリーザー プログラムフリーズ

(−1℃/min) 液体窒素 Lab-3

海生担子酵母 Leucosporidium scottii IFO 1923

G GT

b

++

++

++

Lab-12

海水から分離された細菌 Vibrio alginolyticus IFO 15930

G GT

+−

+−

++

+++

a:G: 10% Glycerin; GT: 10% Glycerin+5% Trehalose

b:復元後,TYS 培地上での Labyrinthula sp. の生育の程度を+−, +, ++, +++で表した.中桐(2001)を改変.

(8)

H. operculata は直径 12 ~ 15 mm 以上になる太い菌糸 を作り,凍結保存が困難であった.そこで,様々な培 養基を用いて前培養を行って凍結復元性を調べたとこ ろ,淡水(蒸留水)を用いて,養分としてデンプン性 のオートミールを用いた培地を用いると,海生である 本種のコロニーの生育は抑えられ,菌糸の直径も 4 ~ 8

mm と小さくなったが,凍結後の生残性が大きく改

善することがわかった(表 7).これは,生育に不適 な培地を用いたことによって菌糸が細く(細胞が小さ く)なり,凍結過程で細胞からの脱水がうまくいって

細胞内の氷晶形成が抑えられたことが要因であると考 えられる.このことから,前培養時に菌株の細胞のサ イズをできるだけ小さくすること,そのためには敢え て生育に不適な培地を用いることが有効となる場合が ある,つまり,しばしば,生育好適培地≠保存好適培 地,ということがあり得る.

(3)生育期

菌糸は先端成長を行うので,コロニーの周辺部と中 央部とでは菌糸細胞の状況は異なる.一般的に言って,

コロニー周辺部の細胞は,成長途中で活性があり,細 胞質も充実しているが,胞子や厚膜胞子などの耐久構 造は形成されておらず,菌糸に隔壁や分岐も少なく,

菌糸密度も低い.一方,コロニー中央部では,細胞は 成長をやめて衰退を始めており,細胞質もまばらと なってくるが,胞子や耐久構造が形成されていたり,

菌糸に隔壁や分岐が多く,細胞密度も高い.このよう に,凍結保存する際にコロニーのどの部分を用いるか は,凍結復元後の生残率に大きく影響する可能性があ る.そこで卵菌類の菌株を用いて,コロニーの周辺部 および中央部からストローで打ち抜いた寒天ディスク を用いて凍結直後の生残性を調べてみた.その結果,

菌株によっては寒天ディスクの打ち抜き位置(生育期)

による生残率の違いは見られなかったが,いくつかの 株でコロニー中央部のほうが周辺部よりも高い生残性 を示すもの,また,その反対に,コロニー周辺部のほ うが高い生残率を示す株があった(表 8)(Nishii &

表8 異なる生育期の卵菌類培養株の凍結・復元後の生残性

菌名 IFO No. 凍結する前培養菌体の生育期

コロニー周辺部 コロニー中央部

Phytophthora capsici 9752 +−a +− ++ ++ ++ ++ +− ++ ++ ++

Phy. palmivora 30812 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++

Phy. sp. 30635 −− −− −− −− −− +− −− +− +− +−

Halophytophthora vesicula 32216 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++

Pythium iwayamai 31991 ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++ ++

Py. myriotylum 31022 ++ ++ −− +− −− ++ ++ ++ ++ ++

Py. periplocum 31933 −− −− −− −− −− ++ ++ ++ ++ ++

Py. zingiberis 30818 −− −− −− −− −− ++ ++ ++ ++ ++

Aphanomyces iridis 31934 ++ ++ ++ ++ ++ −− −− −− −− −−

A. iridis 31935 ++ ++ ++ ++ ++ −− −− −− −− −−

A. iridis 31936 ++ ++ ++ ++ ++ −− −− −− −− −−

寒天培地で前培養したコロニーの周辺部および中央部から菌体を寒天ごとストローで打ち抜き凍結標品とした.凍結保護 剤は 10% Glycerin+5% Trehalose,凍結はプログラムフリーズ(−1℃ /min),液体窒素気相に保存後すぐに解凍,解凍 は 30℃,5 分間の温水浴.

a: ++:1 本のチューブの中の 2 個の寒天ディスクの両方が復元;+−:2 個の寒天ディスクのうち 1 個のみ復元;

−−:2 個の寒天ディスクとも死滅.

生育期(コロニー周辺部と中央部)の違いによって凍結・復元後の生残性に明瞭な違いが見られた場合を太枠で囲んだ.

Nishii & Nakagiri(1991)を改変.

表7  海生卵菌  NBRC 

32629の異なる前培養法による菌糸直径と凍結生残

性の変化

前培養培地a 菌糸直径

(mm) 凍結復元後の

生残率b

CMA 8-12 0/4

SWCMA 8-12 0/4

OA 4-8 4/4

PSA 8-12 0/4

VJA 6-12 0/4

SWVJA 8-15 0/4

凍結保護剤は 10% Glycerin+5% Trehalose, 凍結はプログ ラムフリーズ(−1℃/min)

a: CMA: Corn Meal Agar; SWCMA: Seawater Corn Meal Agar; OA: Oat Meal Agar; PSA: Potato Sucrose Agar; VJA: Vegetable Juice Agar; SWVJA: Seawater Vegetable Juice Agar

b:寒天ディスク 4 個のうち復元できたディスク数

(9)

Nakagiri, 1991).このことから,前培養によって,ど の生育期の細胞を凍結に用いるべきかは,菌種や菌株 によって異なることがわかる.したがって,高い生残 率を求めるならば,事前に生育期と生残性との関係の 調査を行って,株ごとに生育期を選択して凍結保存す る必要がある.ただ,多種多様な多数の菌株を扱う菌 株保存機関であるならば,そのための労力を考えて,

1 本の凍結チューブの中にコロニー中央部と周辺部か ら の 寒 天 デ ィ ス ク を 1 個 ず つ 入 れ て お く こ と で,

チューブごとの復元性は高く維持することができる.

実際に筆者はそのようにして自分の担当する菌株の保 存標品を作製していたが,大きな問題を感じなかった.

ツボカビ類の多くの菌種のように菌糸体とならない 菌株の場合は,上記とは異なる対応が必要である.ツ ボカビ類は無性生殖では,鞭毛を持って泳ぎ回る遊走 子が基質(培地)に定着して鞭毛を引き込んで球形の 細胞となった後,細胞から仮根を伸ばして栄養を吸収 しながら大きくなり,やがて遊走子嚢となる.遊走子 嚢内の細胞質は分割して多数の遊走子となり,遊走子 嚢から泳ぎ出る.この増殖のサイクルは 3 日間ほどで 繰り返す(図 9,10).このような増殖を行うツボカ ビの培養株を凍結すると,遊走子嚢となった大きな細 胞は凍結に耐えられず死滅してしまう.これは,(2)

細胞サイズのところで述べたように大きな細胞では凍 結の過程で脱水がうまくできないためと考えられる.

そこで,次のような方法で細胞の小型化を図った.ツ ボカビを PYG 寒天培地(ペプトン 1 g,酵母エキス

1 g, グルコース 1 g,寒天 15 g,蒸留水 1 L)に培養し,

その上に液体の PYG 培地を加えて遊走子の放出を促 した.泳ぎ出た遊走子をピペットで集めて,別の PYG 寒天培地に塗布する.この操作を 2 ~ 3 回繰り 返すと,同調的に遊走子が泳ぎ出るようになる.そし て,遊走子が寒天培地に定着し,仮根を伸ばしたばか りのまだ小さい細胞が多数を占める状態になったら,

寒天ごとストローなどで打ち抜き,凍結試料とする.

この方法により,良好な生残性が得られるようになっ た.

4)保存温度

一般に,培養株の凍結標品は−80℃以下の低温に保 存すれば長期間安定に保存できるとされており,多く の保存機関で−80℃以下のディープフリーザーや液体 窒素保存タンクを用いて,凍結標品の保存が行われて いる.担子菌の−80℃凍結培養株を用いた長期間の保 存性試験(Ito & Nakagiri, 1996)の結果では,ほと んどの腐生性担子菌株は−80℃のフリーザーで 15 年 間保存しても良好に復元した.しかし,菌根性担子菌 を多く含む分類群では,保存期間の長期化とともにい くぶんの生残率の低下が見られた(表 9).保存期間 中にフリーザーの開け閉めに伴う庫内温度の上昇が,

凍結感受性の菌根性担子菌株の生残に影響を与えるの かもしれない.−80℃から−60℃に温度が上昇するだ けで氷晶の結晶状態に変化が見られることからも

(C.S. Tan, CBS,私信),上記の可能性はあると考える.

これらのことから,凍結標品,特に凍結に不適な菌株 の長期保存には,より低温で,停電にも強い液体窒素

遊走子

若い遊走子嚢 成熟した遊走子嚢

10 µm

図9  ツボカビ類  sp. NBRC 103827の遊走 子,仮根を伸ばし始めた若い遊走子嚢,成熟した 遊走子嚢.遊走子嚢から遊走子が泳ぎだす.サイ ズの違いに注目.

図10  ツボカビ類  sp. NBRC 103827のコ ロニー.同調培養する前で,様々なサイズの細 胞,遊走子嚢からなる.

(10)

(気相)タンク(−170~−190℃)による保存が望ま しいだろう.

5)解凍方法

凍結標品を解凍して復元する際には,温度上昇中の 氷の再結晶による影響を防ぐために温水浴による急速 解凍が行われる.では一体どのくらいの温度で解凍す るべきなのであろうか? それを調べるために,比較 的復元成績が悪い菌株を試験菌株として用いて 30℃,

5 分間温水浴と 40℃,3 分間温水浴の 2 つの方法で急 速解凍して生残率を比べてみた.その結果,生残率に 差が見られるときはすべての場合で 40℃よりも 30℃

で解凍したときのほうが高い生残率を示した(表 10).この結果から,また加えて,解凍作業において 温水浴時間を超過してしまった場合の高温による菌体 への影響を考えても,40℃よりも 30℃での温水浴に よる解凍が望ましいと言えるだろう.

6)復元培養法

解凍した標品は,多くの場合,寒天ディスクをチュー ブから取り出して新たな寒天培地に接種することで復 元培養を得ることができる.しかし,このような解凍 作業を行っている際に気が付いたことだが,寒天ディ スクで菌糸が生えている面を培地に接するように置い た場合と反対の面で置いた場合とで,菌糸が生育を始 めるまでの培養日数が大きく異なったり,一方では全 く復元できないこともある.この現象に対しては,解 凍した寒天ディスクを復元培養する際には,ディスク

の菌糸面とその反対側の面でそれぞれ 1 つずつディス クを置いて復元培養するようにすることで,実用上の 問題を回避できる.また,菌糸生長が遅い菌根性担子 菌の場合は,寒天ディスクを復元培地に載せて培養し ていると,菌糸が成長を始めるまでに長期間かかり,

その間に寒天ディスクが乾燥して,凍結保護剤の濃度 が上昇するなど悪影響が示唆された.そのため,解凍 後に寒天ディスクを滅菌水中で洗ってから寒天培地に 移すことや斜面培地に少量の滅菌水を加えて,寒天 ディスクが半分水に浸かるように置いて培養を行うこ とで効果が得られる(特に鞭毛菌は後者の方法で)こ とがわかった.しかし,これらの方法は操作に手間が かかり,雑菌混入の可能性も増える.そこで,寒天ディ スクに含まれる保護剤の希釈効果と操作の簡便性を考 慮して,解凍した寒天ディスクを液体培地に直接投入 して培養する方法を試みたところ良好な成績が得られ た.特に,生育が遅く凍結保存が難しい菌根性担子菌 の復元培養では,寒天培地を用いるよりも復元性が改 善され,菌糸成長までの時間も短縮されたので,復元 培養の方法として液体培地による培養が適していると 判断した.

改良版凍結保存プロトコール

上述のように,前培養から凍結,そして復元培養ま での各要因で検討した操作方法を合わせたものが次の プロトコールである.

1)前培養法

培養基: 菌種によって様々,固形天然基質が 表9 担子菌培養株の-80℃フリーザー凍結標品の保存15年間までの分類群(目)別の復元結果

分類群(目) 供試菌株数 生存株数と生残率(%)

1 年後 5 年後 15 年後

Aphyllophorales 395 392 99.2(%) 391 99(%) 389 98.5(%)

Agaricales 427 377 88.3 368 86.2 336 78.7 Lycoperdales 5 3 60 1 20 1 20

Nidulariales 2 2 100 2 100 2 100

Phallales 2 2 100 2 100 2 100

Hymenogastrales 7 5 71.4 5 71.4 4 57.1 Sphaerobolales 2 2 100 2 100 2 100

Ustilaginales 27 27 100 27 100 27 100

Tremellales 42 42 100 42 100 42 100

Auriculariales 11 7 63.6 6 54.5 6 54.5 Dacrymycetales 1 1 100 1 100 1 100 Anamorphic basidiomycetes 18 18 100 18 100 18 100

Total 939 878 93.5 865 92.1 830 88.4

菌根性菌種を比較的多く含む分類群のデータを太枠で囲んだ.Ito & Nakagiri (1996)を改変.

(11)

有効

細胞のサイズ:細胞が小さくなる培養条件 生育期:菌種菌株によって異なる

2)凍結保護剤: 10% グリセリン+5%トレハロー スの混合水溶液

3)凍結(冷却)速度: プログラムフリーザーを用 いて,−1℃/分の速度で 4)保存温度: −170~−190℃,液体窒素気相タン

クで保存

5)解凍方法:30℃,5 分間の温水浴 6)復元培養法:液体培地

この改良版凍結保存プロトコールを見るとわかるよ うに,2)~ 6)の各要因にかかわる操作はほとんど の糸状菌に共通して適用できる方法であると考えられ るが,1)の前培養にかかわる方法は菌種,菌株によっ て様々な対応が必要であり,プロトコールとして汎用 性に問題がある.それに加えて,前培養は凍結保存で の生残率改善のカギとなる要因であると考えられ,今 後のさらなる検討,改良が必要である.

さらなる改良

凍結保存法のさらなる改良には,前培養法の改良が 必要と考えられる.上述したように,前培養培地に固 形の天然基質を用いることで生残率が大きく改善され る場合が多い.しかし,菌種ごとに用いる天然基質を 選定することは大変な作業で,実際上困難であろう.

汎用性のある基質の開発が求められる.これに沿うも のとして,パーライトという多孔質の鉱物(細かく破 砕した真珠岩を高温で焼いて発泡させたもの)を培養 基 材 に 用 い た 凍 結 保 存 法 が あ る. こ の 方 法 は,

Homolka et al. (2001)によって開発されたもので,

当初,彼女らは担子菌の腐生性菌株の凍結保存に効果 があることを示した.この方法 (HPP: Homolka’s Perlite Protocol)では,凍結チューブ内にパーライト とその菌株に適した液体培地,そして 5%(V/V)グ リセリンを凍結保護剤として加えたものに菌を接種し て十分成育させた後に,チューブをプログラムフリー ズ(−1℃/分)する(図 11).佐藤ら(2011, 2014)は,

この方法を菌根性担子菌株の凍結保存に適用して好結 果を得ている.これは,多孔質のパーライトの表面や 内部に菌糸が侵入することが(図 12),固形の天然基 質に菌糸が侵入することと同様な効果を生むことに よって,凍結復元後の生残性の改善に貢献しているの かもしれない.また,HPP 法ではグリセリンに感受 性の菌株は前培養の生育が阻害されることから,Sato 表10 卵菌類凍結菌株の解凍温度30℃および40℃での生残性 菌名IFO No.凍結する前培養菌体の生育期:コロニー周辺部凍結する前培養菌体の生育期:コロニー中央部 解凍のための温水浴の条件解凍のための温水浴の条件 30℃,5分間40℃,3分間30℃,5分間40℃,3分間 Phytophthora capsici 9752+−a+−++++++−−−−−−+++−+++−++++++−−−−+−+−−− Phy. palmivora30812++++++++++−−−−−−−−−−+++++++++++++−+−+−+− Phy. sp.30635−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−+−−−+−+−+−−−−−−−−−−− Halophytophthora vesicula32216++++++++++++−−++++−−++++++++++++++++++++ Pythium iwayamai31991+++++++++++++−+++−++++++++++++++++++++++ Py. myriotylum31022++++−−+−−−−−−−+−+−−−++++++++++−−−−−−−−+− Py. periplocum31933−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−++++++++++++−−+−+−−− Py. zngiberum30818−−−−−−−−−−+−+−−−−−−−++++++++++−−+−++−−−− 寒天培地で前培養したコロニーの周辺部および中央部から菌体を寒天ごとストローで打ち抜き凍結標品とした.凍結保護剤は10% Glycerin+5% Trehalose,凍結は プログラムフリーズ(−1℃/min),液体窒素気相に保存後すぐに解凍. a:++:1本のチューブの中の2個の寒天ディスクの両方が復元;+−:2個の寒天ディスクのうち1個のみ復元;−−:2個の寒天ディスクとも死滅. 解凍条件(温水浴の温度と時間)の違いによって凍結・復元後の生残性に明瞭な違いが見られた場合を太枠で囲んだ.Nishii & Nakagiri(1991)を改変.

(12)

et al. (2012) は 改 良 法(MPP: Modified Perlite Protocol)として,パーライトと液体培地だけを入れ たチューブに菌を培養して,凍結の前にグリセリンを 凍結保護剤として添加する方法を開発し,グリセリン 感受性株の凍結保存に好結果を得た.一方,Stielow et al. (2012)は,菌根性担子菌や他の凍結感受性株を 用いて,前培養の際に,寒天培地表面に活性炭ろ紙片

(CFS: Charcoal Filter Paper Strips)を載せ,その上 に菌を接種して培養することで,旺盛な菌糸生育が得 られること,また菌糸が生育したろ紙片をグリセリン 液に浸けてから凍結する方法で,いくつかの菌根性担 子菌株の凍結保存性の改善に成功した.しかしながら,

HPP 法や MPP 法,また,CFS 法によっても,依然 として凍結保存が困難な菌種があり,さらなる改良を 進める必要がある.

おわりに

保存が厄介な菌株,特に菌根性担子菌と鞭毛菌の菌 株を相手に,凍結保存法の改良をめざして試行錯誤を 繰り返しながら取り組んできて,ある程度効果のある 方法を見出すことができたが,まだ道半ばというとこ ろで,改良の余地は大きい.特に,凍結前の前培養法 を改良することが,凍結感受性株の生残率向上のカギ を握るものと考えられる.パーライト法や CFS 法と いった新たな培養基材を用いる方法は,前培養におけ る汎用性の点から優れた方法であり,今後の改良によ る発展が期待される.筆者自身もこれらの方法を参考 にしながら,さらなる凍結保存法の改良に取り組んで いきたいと考えている.また,今回紹介した研究では,

凍結保存法の有効性の評価は復元した標品の生死で判 断してきた.これまで凍結保存が困難であった菌株を 図11  多孔質のパーライトの走査電子顕微鏡写真とHPP法によるパーライトを

用いた前培養

図12 パーライト上に生育する菌糸

a:パーライトの表面を菌糸が蔓延する. b:パーライトの孔の内部にも菌糸が侵入する.

(13)

対象とした改良の試みにおいては致し方ないところも あるが,将来的には凍結保存前後での性状の不変性で 評価されるべきであろう.

本稿が,現在,菌株保存機関で,また,微生物を扱 う研究室において,菌株の維持保存にかかわる仕事を している方々にとって,少しでも役に立てることが あったなら幸甚です.

謝 辞

このたびは,日本微生物資源学会賞という栄誉ある 賞を賜り,心から御礼申し上げます.これまで,20 数年間にわたり,微生物株保存機関において菌株保存 の仕事と菌類の分類・生態に関する研究を行うことが できたことは大変幸運であったと思っております.微 生物学の研究には菌株が必要であり,その菌株を保存 している保存機関は最も研究を進めやすい環境だと思 います.また,過去から現在に至る多くの研究者によ る微生物研究の歴史の証拠であり,文化そのものと言 える菌株をしっかりと保存し,次代につないで,人類 の未来の資源として活用できるようにしておく菌株保 存の仕事は大変にやりがいのある仕事です.菌株保存 機関にとって,また,そこに従事する者にとって,保 存と研究はまさに車の両輪であることを今更ながら強 く感じております.IFO, NBRC, FMRC と長年にわた り保存機関に身を置くことができた幸運を感謝すると ともに,これらの機関において多くのご指導をいただ き,お世話になりました先輩,同僚,後輩諸氏の皆様 に心より御礼申し上げます.

文 献

Homolka, L., Lisá, L., Eichlerová, I. & Nerud, F. 2001.

Cryopreservation of basidiomycete strains using perlite. J. Microbiol. Methods 47: 307-313.

Ito, T. & Nakagiri, A. 1996. Viability of frozen cultures of Basidiomycetes after fifteen-year storage.

Microbiol. Cult. Coll. 12: 67-78.

中桐 昭 2001.ラビリンチュラの生態および培養と 保存について.海洋と生物 23:32-38.

西井忠止,中桐 昭 1991.卵菌類の液体窒素保存法 の検討─冷却速度の検討および凍結用チューブケー スの改良─.日本微生物株保存連盟会誌 7:90-96.

Nishii, T. & Nakagiri, A. 1991. Cryopreservation of oomycetous fungi in liquid nitrogen. IFO Res.

Commun. 15: 105-118.

Nishii, T. & Nakagiri, A. 1993. Survival of frozen cultures of oomycetous fungi after 12 and 24 months’storage in liquid nitrogen. IFO Res.

Commun. 16: 130-137.

太田 明 1998.ホンシメジの実用栽培のための栽培 条件.日本菌学会会報 39:13-20.

佐藤真則,資延淳二,中桐 昭 2011.パーライト法 による菌根性担子菌の凍結保存法の開発.日本菌学 会第 55 回大会講演要旨集:18.

Sato, M., Sukenobe, J. & Nakagiri, A. 2012.

Cryopreservation of cryosensitive basidiomycete cultures by application and modification of perlite protocol. CryoLetters 33: 86-94.

佐藤真則,佐々木友美,井上竜太郎,資延淳二,稲葉 重樹,中桐 昭 2014.NBRC 担子菌株に対するパ ーライト法の効果の検証その 1.日本微生物資源学 会第 21 回大会要旨集:36-37.

Stielow, J.B., Vaas, L.A., Göker, M., Hoffmann, P. &

Klenk, H.P. 2012. Charcoal filter paper improves the viability of cryopreserved filamentous ectomy- corrhizal and saprotrophic Basidiomycota and Ascomycota. Mycologia 104: 324-330.

Referensi

Dokumen terkait

(Self-aggregation)やほかの細菌との共凝集(Co-aggre- gation)を促進するものも存在し,これらは腸粘膜への 付着をより強固なものにする補助的な役割を果たすこと から,凝集因子も広義のアドヘシンとして考えてよいだ ろう.すなわち,乳酸菌の定着の過程は,①アドヘシン を介した初期付着,②菌体同士の凝集,③コロニー(細

5, 2017 細菌の遺伝子重複による環境適応 遺伝子の「多コピー化」という細菌のサバイバル戦略 細菌が環境に適応する遺伝的要因の一つに,ゲノム DNAの一部が重複することによる多コピー化がある(遺 伝子重複).このような遺伝子重複は,複製の過程でし ばしば起こり,個々の細菌細胞に「個性」を生じさせる だけでなく,遺伝的多様性を確保することにもつながっ

考えられる.このことは,cell end marker が菌糸先端 を極性部位であると決める必須の位置マーカーではない ことを意味しており,cell end marker は極性部位を菌 糸先端の頂点に安定化させる機能をもつことが推測され る. Cell end marker に依存しない極性の維持のメカニズ

alpina 1S-4 の宿主–ベクター系において,栄養要求性を 指標とするマーカーはホスト株の構築が必要であり汎用性に問 題がある.そこでまず選択薬剤の探索を行い,担子菌に特異性 の高い薬剤カルボキシンが,本菌の菌糸の成長ならびに胞子の 発芽を阻害できることを明らかにした.カルボキシンのター ゲットであるコハク酸脱水素酵素複合体の Ip サブユニット遺

1 モデル供試体を用いた凍結融解試験法の改善検討と小型供試体をもちいた凍結融解試験期間の短縮 破壊診断工学研究室 田代 恭平 1.モデル供試体を用いた凍結融解試験法の改善検討 1.1 はじめに コンクリートの凍結融解試験における動弾性係数の 計測では,供試体にたわみ振動を与えコンクリートの 一次共鳴振動数を計測し,供試体が一様に脆弱化して

niger は第 1 群 a) 菌株として ATCC 6275 を,第 1 群 b)菌株として ATCC 9642 を指定していた.1981 年の規格改正でそ れぞれ FERM S-1 株,FERM S-2 株が指定され,旧 工業技術院微生物工業技術研究所および旧工業技術院 生命工学工業技術研究所から分譲されていた.さらに 2006 年には,NBRC 6341,

Cohn であると いわれている.1872 年に自らが創刊した学術雑誌 Beitäge zur Biologie der Pflanzen(=Contributions to the Biology of Plants)に寄稿した論文において行 われたのだという.残念ながら,筆者はこの歴史的な 文献を手にとって読んだことはない(たとえ幸運にも

racemifer SOSP1-21Tの生育が遅いせい か,胞子着生や気菌糸の様子,培養ステージ毎の形態 などについて判然とする観察結果が掲載されていな い.このように複雑な形態分化を示すが,情報の乏し い珍しい系統からさらに培養株を分離し,その形態学 的特徴や性質を明らかにする事は系統分類学や形態分 化,進化学の観点からも重要であると考えられる.