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血管病の発症メカニズムと食品 成分によるその予防の可能性

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【解説】

血 管 が ギ ュ ー ッ と 縮 ん で 血 流 を 滞 ら せ る「血 管 の 異 常 収 縮」.脳血管で起これば脳梗塞,心臓の血管で起これば心筋 梗塞や狭心症などの引き金となる.命に関わる病気だけでは なく,頭痛や動悸,不整脈などの日常で見逃しがちな症状と なって現われる場合もある.長年の謎である異常収縮の原因 を突き止め,治療法を確立すれば,多くの血管病に苦しむ人 を救うことができる.現在,様々な食品から血管病の特効薬 成分が探索され,すでにいくつかの候補成分が見いだされつ つある.ここでは,受賞テーマである治療薬開発の研究成果 を中心として,発症メカニズムの最新動向と食品成分による 血管病予防の可能性について解説する.

狭心症,心筋梗塞,脳梗塞などのように,血管の中が 狭くなって血液が流れにくくなる病気を「血管病」と総 称している.これらの血管病は,合計すると我が国死因 の第2位を占めており,死因の第1位であるガンとほぼ 同数の約3割の人が亡くなっている.血管病の原因は2 つあり,一つは長い年月をかけて発症する動脈硬化であ る.動脈硬化は,高コレステロール,高血糖,喫煙,肥 満などの危険因子が誘発することから生活習慣病と言わ

れている.もう一つは血管攣縮(血管の異常収縮)で,

ある日突然,時と場所を選ばず急に発症して死に至るの である.この血管異常収縮の恐ろしいところは,体調に 不安がない健康な人でも突然襲いかかる病気である点で あるが,血管異常収縮のメカニズムの全容が解明できて おらず,治療薬を開発できていない現状がある.そこ で,筆者らの研究室では血管の異常収縮に焦点を当て,

血管病の発症メカニズムを解明し,「診断法の開発」

「治療薬の開発」

「予防法の確立」を目指して研究を進 めている.

血管の正常収縮と異常収縮の分子メカニズム 突然,血管が痙攣したように異常に収縮し血行が途絶 える病態を,医学的には「血管攣縮」という.この血管 攣縮(血管の異常収縮)は日本人に多く,直接の原因が 不明なことから,筆者らは血管病の撲滅を目指して,血 管異常収縮のメカニズム解明に基づく根本的な予防法と 治療法の開発を進めている.それでは,血管の異常収縮 は正常収縮とどのように違うのだろうか?

血管壁を構成しているのは血管平滑筋であり,収縮

【2008年農芸化学研究企画賞】

血管病の発症メカニズムと食品 成分によるその予防の可能性

加治屋勝子

State-of-the-Art Reseach on Molecular Pathogenesis of Vascular  Diseases and Their Possible Prevention by Food Components Katsuko KAJIYA,山口大学大学院医学系研究科

(2)

は,細胞質Ca2+ 濃度が上昇することでアクチンとミオ シンが相互作用し血管平滑筋細胞が収縮することによっ て起こる.一方,Ca2+が細胞外へ排出されて細胞質 Ca2+濃度が低下すると,アクチンとミオシンの相互作 用が消失し,血管平滑筋細胞が弛緩する.このように細 胞質Ca2+濃度によって調節されている血管平滑筋の収 縮を「正常収縮」と呼び,血圧や血流を一定に保って全 身に血液が流れるように調節している.これに対して,

血管平滑筋の「異常収縮」は,細胞質Ca2+濃度の上昇 を伴わないCa2+非依存性の収縮をひき起こす.この異 常収縮は,血管が痙攣するような収縮状態が持続し,血 行障害をひき起こすため,狭心症,心筋梗塞,脳梗塞な どの致死的な病気を誘発する.しかし,詳細なメカニズ ムが明らかになっていないため適切な治療法がない.

血管異常収縮の病的経路の解明

血管の異常収縮は細胞質Ca2+濃度依存性の正常収縮 とは異なり,Rhoキナーゼ

*

1を介するCa2+非依存性の 収縮であることが知られているが,その上流の分子メカ ニズムについては不明な点が多い.Rhoキナーゼは低分 子量Gタンパク質のRhoAによって活性化される酵素と して同定されたため,通常RhoA-Rhoキナーゼ系として 議論されることが多い.しかし,RhoAはGタンパク質 共役型受容体 (GPCR) を介して活性化され,GPCRア ゴニストとしては種々の生理的刺激が存在するため,血 管異常収縮に特異的なシグナル伝達経路の上流分子とし てRhoAが主要な分子とは考えにくい.また,プロテイ ンキナーゼC (PKC) 経路とSPC (スフィンゴシルホス ホリルコリン)-Rhoキナーゼ経路は,互いに独立した経 路であることも証明している(1)

そこで筆者らは,

RhoAやGタンパク質を介さずにRhoキナーゼを特異的 に活性化するシグナル分子を探索するため,血管平滑筋 の細胞質Ca2+濃度と張力を同時に測定する方法や,細 胞膜に小孔を開けて細胞質Ca2+濃度を一定値に固定で きるスキンド法を駆使して,新規シグナル分子の探索を 開始した.その結果,Rhoキナーゼの上流分子で,血管 異常収縮をひき起こす原因分子としてSPCを同定し た(2)

SPCはスフィンゴ脂質の一種であり,細胞膜の主要 脂質成分であるスフィンゴミエリンが脱アシル化されて 生成される.血管平滑筋の細胞質Ca2+濃度と張力との

同時測定において,高K脱分極により細胞外からCa2+

を流入させると,細胞質Ca2+濃度の上昇により収縮を ひき起こす(=Ca2+依存性の正常収縮)のに対し,

SPC刺激では細胞質Ca2+濃度を変化させることなく著 明な収縮をひき起こす(=Ca2+非依存性の異常収縮)

ことがわかった(図

1

-A)

.その他の類似するスフィン

ゴ脂質,たとえばスフィンゴミエリン,スフィンゴシ ン,スフィンゴシン‒1‒リン酸などは,収縮をほとんど ひき起こさないか,微小な収縮しかひき起こさなかっ た.また動物モデルにおいて,SPCを髄腔内に注入する と著明な脳血管攣縮をひき起こした(3) (図1-B)

.さら

に,くも膜下出血の発症後に高率に起こる脳血管攣縮は 予後を左右する重大な合併症であるが,タンデム型質量 分析計を用いて髄液中のSPC濃度を測定したところ,

くも膜下出血患者のSPC濃度は,対照群のくも膜下出 血以外の疾患(脳腫瘍,正常圧水頭症)患者と比較し て,20 〜 30倍もの異常な高値を示した(3) (図1-C)

.こ

れらの所見は,SPCが血管攣縮をひき起こす重要なシグ ナル分子であることを裏付けるものである.

しかし の実験系では,SPCは直接Rhoキナー ゼを活性化しないことから,他のシグナル分子が介在す ると考えられた.筆者らは,この介在分子のスクリーニ ングの結果,非受容体型チロシンキナーゼに属するSrc ファミリーチロシンキナーゼ (Src-TK) を介してSPC がRhoキナーゼを活性化することを発見した(4)

.Src-

TKに属する分子は,ヒトでは11種類存在すると報告さ れている(5)

.この中でFyn, c-Src, Yesは,多くの種類の

細胞で発現することが知らされているが,血管平滑筋で の発現については報告がなかったため,血管平滑筋の組 織および培養細胞において検討した結果,Fynおよび c-Srcの発現が確認された.そこで,どちらが血管平滑 筋における異常収縮のシグナル伝達に関与するか検討し た.

培養血管平滑筋細胞を用いて,Fynおよびc-Srcの細 胞内局在を免疫染色で検討したところ,SPC刺激により Fynは細胞質から細胞膜へ移動したが,c-Srcの細胞内 局在は変化しなかった(4)

.このことから,SPC刺激によ

る血管異常収縮のシグナル伝達には,Fynが関与する可 能性が示唆された.そこで,このFynの関与を直接的 に証明するため,①低分子干渉RNA (siRNA) を用い たRNA干渉によるFynタンパク質分子の特異的ノック ダウン,② 

β

 エスシンスキンド血管平滑筋標本における 組換えFynタンパク質の細胞内への急速導入,の2つの 方法を用いて検討した.

*1 Rhoキナーゼ:細胞内セリンスレオニンリン酸化酵素.低分子 量GTP結合タンパク質Rhoの標的タンパク質として同定された.

(3)

siRNAによるFynの特異的ノックダウン

ヒトFynに対するsiRNAをデザインし(6)

,ヒト冠状

動脈由来の培養血管平滑筋細胞に導入したところ,Fyn は特異的にノックダウンされた.細胞をSPCで刺激す ると,コントロール細胞(siRNAを導入しない細胞や,

Fynに 対 す る ノ ッ ク ダ ウ ン 効 果 を も た な い 配 列 の siRNAを導入した細胞)は著明に収縮したが,Fynを ノックダウンした細胞ではSPCによる収縮は抑制され た.

 

β

 エスシンスキンド血管平滑筋標本における組換え Fynタンパク質の細胞内への急速導入

活性型Fynおよび不活性型Fynを,それぞれバキュ ロウイルスと昆虫細胞Sf9の発現系で発現・精製し,組

換えFynタンパク質も導入可能な小孔をあける 

β

 エスシ ンを用いて,スキンド血管平滑筋標本に導入した.活性 型Fynは,細胞質Ca2+濃度が一定の状態で収縮をひき 起こし,Rhoキナーゼ阻害薬はこれを抑制した.また不 活性型Fynは,SPCによるCa2+非依存性収縮を完全に 抑制した.

以上のことより,血管異常収縮におけるFynの関与 が直接的に証明され,SPC→Fyn→Rhoキナーゼ系と いうシグナル伝達機構が明らかになった.

血管異常収縮におけるコレステロールおよび細胞膜 ラフトの役割

SPCによる血管の異常収縮はヒトを含め複数の動物 図1血管平滑筋における,Ca2依存性収縮とCa2非依存性収縮の分子機構 A SPC投与前後におけるイヌ脳底動脈の血管造影 写真 B およびタンデム型質量分析計を用いて測定した髄液中のSPC濃度 C

(A) 正常な血管平滑筋収縮(=Ca2+依存性収縮)は,細胞質Ca2+濃度によって調節されており,血圧維持に重要な役割を果たしている.

血管平滑筋の異常な収縮(=Ca2+非依存性収縮)は,細胞質Ca2+濃度の上昇を伴わず,Rhoキナーゼによるミオシン軽鎖ホスファターゼ の不活性化によってひき起こされる.(B) 文献 (3) より改変.左:SPC投与前は太い血管が鮮明に確認できる.右:SPCの単回投与によ り血管攣縮をひき起こした.さらに,2時間後,矢印で示すように血管が細くなり,長時間続く著明な血管攣縮を確認できた.(C) 文献 

(3) より改変.血管攣縮患者 ( =11) のSPC濃度は,対照群(脳腫瘍: =3,正常圧水頭症: =5)と比較して,20 〜30倍もの異常な 高値を示した.* <0.01 (Scheff ʼs F-test)

(4)

種で観察されるが,血清コレステロール濃度が正常な動 物やヒトの血管平滑筋では起こらず,血清コレステロー ル 濃 度 が 高 い 場 合 の み 観 察 さ れ る こ と を 見 い だ し た(7)

*

2

.すなわち,SPCによる血管の異常収縮は,血清

総コレステロール濃度およびLDL(悪玉)コレステ ロールとの間で正の相関関係を示し,HDL(善玉)コ レステロールとの間で負の相関関係を示した(図

2

-A)

しかし血管の異常収縮において,コレステロールが血管 平滑筋に直接作用しているか否かは明らかでなく,脂質

異常症によって二次的に産生された代謝産物やホルモン などが間接的に血管平滑筋に作用している可能性も否定 できない.すなわち,血管平滑筋の 組織 コレステ ロール量が異常収縮を調節できるか否かについては不明 であり,当然その分子機構も解明されていない.

一方コレステロールは,細胞膜に均一に分布するので はなく,細胞膜上のマイクロドメインである膜ラフトに 限局して蓄積する.膜ラフトとはコレステロールやス フィンゴ脂質を主成分とする動的な膜ドメインであり,

細胞内情報伝達分子が局在している(8)

β

 サイクロデキ ストリン (

β

-CD) 処理により選択的にコレステロール を除去した培養血管平滑筋細胞では,膜ラフトのマー 図2血管異常収縮におけるコレステロールおよび膜ラフトの役割

(A) 血清コレステロール濃度と血管平滑筋のSPC反応性との相関(文献 (7) より改変).SPCによる血管の異常収縮は,血清総コレステ ロールおよびLDLコレステロール濃度との間で正の相関を示し,HDLコレステロールとは負の相関を示した.(B) 膜ラフトを反応の場と するSPC→Fyn→Rhoキナーゼ経路による血管平滑筋のCa2+非依存性収縮のシグナル伝達経路.FynやRhoキナーゼは,SPC刺激によっ て,細胞質から細胞膜上の膜ラフトに移動し,異常収縮をひき起こす.一方,細胞膜中にコレステロールがない場合は,FynやRhoキナー ゼが細胞膜へ移動することができず異常収縮は起こらない.(C) 組織コレステロール量と血管平滑筋のSPC反応性との相関(文献 (9) よ り改変).SPCによる血管の異常収縮は,組織コレステロール量との間で正の相関を示した.(D) 膜ラフト分画のウェスタンブロッティン グの結果(上段)とこれに対応する各画分のカベオリン1の量(下段)(文献 (9) より改変).

*2ただし,脳血管は,血清コレステロール濃度に依存せずにSPC による異常収縮が起こる.

(5)

カータンパク質であるカベオリン1の免疫染色や,膜ラ フトに局在する糖タンパク質のGM1ガングリオシドに 結合するコレラ毒素サブユニットBの蛍光染色が著しく 抑制され,膜ラフトの破壊が示唆された.また,

β

-CD 処理細胞において,SPCによるFynおよびRhoキナー ゼの細胞質から細胞膜への移動が抑制されたことから,

FynやRhoキナーゼはSPC刺激によって細胞質から細 胞膜上の膜ラフトに移動し,異常収縮のシグナル伝達を 行なうことが示唆された.すなわち,膜コレステロール を選択的に除去することで膜ラフトの消失とともに血管 病シグナル伝達も遮断されることから,コレステロール が蓄積した膜ラフトが血管異常収縮をひき起こすシグナ ル伝達の反応の場となっている可能性が高いと考えられ た(図2-B)

そこで,筆者らは,血管平滑筋の「組織コレステロー ル量」と「SPCによる異常収縮の程度」を測定するとと もに,膜ラフトの指標として「カベオリン1の量」を測 定し,これら三者の相関関係について,同一の血管標本 を用いて検討した(9)

①「組織コレステロール量」と「SPCによる異常収縮の 程度」との関係

SPCは,ブタ冠状動脈平滑筋において持続的な収縮を ひき起こした.すべての血管標本について,組織コレス テロール量を定量したところ,SPCによる異常収縮の大 きさと組織コレステロール量は,正の直線的な相関を示 した(図2-C)

②「組織コレステロール量」と「膜ラフトに存在するカ ベオリン1の量」との関係

ブタ血管の膜ラフトは,最も効果的な生化学的分離法 とされるショ糖密度勾配遠心法で精製し,膜ラフトマー カー(カベオリン1)の検出と非膜ラフトマーカー(

β

アダプチン)の不検出によって確認した.膜ラフトは低 密度画分に存在することが知られており(10)

,実際,

β

 アダプチンは存在せず,カベオリン1のみ存在する軽 い画分(画分4)が確認された(図2-D)

.しかし,従来

の報告の他に,ブタ冠状動脈組織では重い画分(画分 8)にもカベオリン1の量が多く,すなわち2つのピーク が観察された.このような2つのピークは,ブタ冠状動 脈に限られたものではなく,他の複数の細胞系(11〜13) や ヒト腸間膜および胃動脈の平滑筋組織でも観察され,単 純にアーチファクトとは考えにくい.そこで濃度既知の リコンビナントタンパク質を用いて各画分のカベオリン 1の量を定量化し,さらに組織コレステロール量との相 関を検討したところ,画分8ではなく画分4のカベオリ ン1の量が組織コレステロール量に依存していた.

③「SPCによる異常収縮の程度」と「膜ラフトに存在す るカベオリン1の量」との関係

SPCによる異常収縮の大きさを測定してカベオリン1 の量との相関を検討したところ,組織コレステロール量 の場合と同様に画分8ではなく画分4で高い正の相関を 示した.

以上の三者間の比較により,低密度画分4は組織コレ ステロール量に比例して構築された機能を有した膜ラフ ト分画であり,血管平滑筋の異常収縮を制御している.

これに対して,高密度画分8はカベオリン1が存在して も組織コレステロール量との相関関係に乏しく,血管収 縮のシグナル伝達にも関与していないことが示された.

つまり,血管平滑筋の組織コレステロール量は,膜ラフ トの量(=画分4のカベオリン1の量)に対し直線的な 正の相関を示し,さらにSPCによる血管平滑筋の異常 収縮に対しても直線的な正の相関を示すことを新たに発 見した.

血管異常収縮のみを特異的に抑制する物質の探索 ここで,血管の異常収縮に対する現在の治療方法と,

筆者らが目指している新しいアプローチについて説明す る(図

3

-A)

.血管が異常な収縮を起こしているときに

は正常収縮の上に異常収縮が加わるため,総和として非 常に大きな収縮が起こっている.治療という観点から考 えると,メカニズムがわからない異常収縮を抑制するこ とはできないため,すでにメカニズムが明らかになって いるCa2+シグナル伝達系の正常収縮を抑える薬(カル シウム拮抗薬など)によって,見かけ上の全体の収縮の 大きさを少しでも小さくするという従来の治療法が選択 されてきた.しかし,効果が限られている上に,血圧を 調整している正常収縮を抑えているため,飲み過ぎると 低血圧になってしまうという副作用も伴っていた.そこ で,根本的な解決を図るため,血管病の分子標的治療薬 を開発しようと筆者らは考えた.すなわち,SPC→  Fyn→Rhoキナーゼ系が血管平滑筋のCa2+非依存性収 縮(=異常収縮)に特異的なシグナル伝達経路であるこ とを明らかにできたため,この病的シグナル伝達経路を 特異的に抑制し,しかもCa2+依存性の正常収縮には影 響を与えない物質を探索した.

前述のように,血管の異常収縮にはFynおよびRho キナーゼという2つの酵素が関与しているが,これらの 酵素は細胞増殖や細胞遊走などの平滑筋収縮以外の基本 的な細胞機能にも重要であるため,単なる酵素阻害薬で は生体に重篤な副作用を招く恐れがあり,治療薬として

(6)

は不向きである.そこで,FynおよびRhoキナーゼの活 性化機構,すなわちSPC刺激時に起こる細胞質から細 胞膜(膜ラフト)への移動を特異的に阻止することを指 標とし,機能的阻害物質を探索した結果,魚油の成分で あるエイコサペンタエン酸 (EPA) を発見した.Fynの 細胞膜への移動には,脂質による修飾が重要であると考 えられており,2番目のグリシンへの不可逆的ミリスト イル化と,3番目および6番目のシステインへの可逆的 なパルミトイル化が必要である.EPAがFynのパルミ トイル化を抑制することや,Tリンパ球におけるFynの 細胞質から細胞膜への移動を抑制することが報告されて

おり(14, 15)

,筆者らも血管平滑筋細胞でFynの細胞内分

布に対するEPAの効果を検討した.その結果,EPAは Fynの酵素活性を直接阻害することなく,SPC刺激によ るFynの細胞質から膜ラフトへの移動を抑制すること

により,血管異常収縮のシグナル伝達経路を選択的に阻 害することを明らかにした.収縮実験においても,細胞 質Ca2+濃度および高K脱分極刺激によるCa2+依存性 の正常収縮には影響することなく,SPCによる血管の異 常収縮のみを特異的に抑制することを明らかにした(4)

EPAは脂質異常症や血流の改善薬としてすでに市場に 出ているが,血管異常収縮に対する効果については明ら かにされていなかったことである.

ところで,医薬品は病気になった後にしか処方されな い.EPAはコレステロールを下げる医薬品として使わ れており,薬としてのEPAは絶大な治療効果があるに もかかわらず,医薬品であるがために予防的に服用する ことはできない.しかし,食品であれば予防的にEPA を摂取することが可能である.それでは,毎日EPAを 含む青魚を食事から摂取すれば解決しそうだが,EPA 図3血管異常収縮のみを特異的に抑制する物質の探索

(A) 異常収縮が起きている場合,正常収縮(黒)の上に異常収縮(コバルト色)が加わるため,総和として非常に大きな収縮が起こる.

これまで使われている血管病の治療薬は,作用機序がわからない異常収縮を抑制することはできないため,メカニズムがわかっている正常 な収縮機構を抑制する薬剤が用いられてきた.したがって,効果が限られている上に,血圧を調整している正常収縮を抑えているため,飲 み過ぎると低血圧になってしまうという副作用も伴ってしまう.筆者らは新しいアプローチとして,異常収縮の病的経路を解明し,正常収 縮には影響を与えず異常収縮のみを特異的に抑制する物質を探索することにした.(B) EPAの摂取量を増やすために筆者らが開発した,

EPAを多く含むサプリメント(製品化)と加工食品(試作).

(7)

を意識して青魚を食べるとすると,たとえばイワシであ れば3 〜4匹を毎日摂取しなければならず,いくら魚好 きでもこれは現実的に厳しい.そこで,筆者らは2つの 解決策を打ち出した.一つ目は,EPAのサプリメント やEPA入りの加工食品の開発により,積極的にEPAを 摂取可能にすることである(図3-B)

.最近,EPAを含

むサプリメントや食品が増えてきたが,筆者らはトラン ス型のEPAでは異常収縮の抑制効果が弱く,シス型の EPAが効率よく異常収縮を抑制することを見いだし,

すでに独自に製品化することに成功している.EPAは ヒト生体内では産生されないため,食物やサプリメント から摂取することにより,血管異常収縮を予防すること が必要だと考えている.

2つ目は,EPA以外にも,食品から特効薬成分を見い だし,病気にならないよう「食品」として充分量を摂取 することで真の予防を実現することである.これまでに 特効薬と称される「医薬品」はすべて人工物・合成品で あり,高い効果を示す半面,強い副作用をもつものが多 いのが現状である.筆者らは食用の微生物,海産物,農 産物から有用な天然素材を見つけ出し,「安全性」

「即 効性」

「高い効果」

「低コスト」

「副作用なし」を網羅 する革新的な予防・治療薬を開発したいと考えている.

また,病名がつかないと処方できない「医薬品」では真 の予防はできないが,食品由来であれば予防的に摂取す ることが可能である.そこで,天然物からEPAと同等 以上の効果をもつ物質の探索を行ない,血管病の特効薬 成分を含む新規の候補素材を3種類も見いだした(成分 A,成分B,物質X;特許出願準備中のため詳細は未記 載)

.特に物質Xは,EPAよりも高い抑制効果をもつ有

力候補である.物質Xの脂質膜に対する親和性につい て調べたところ,EPAと比較して物質Xのほうが親和 性が高いことが明らかとなり(図

4

-A)

,さらにSPC収

縮の50%抑制時間を検討したところ, EPAよりも物質 Xのほうが速く,EPAに替わる速効性物質になりうる 可能性が示唆された(図4-B)

このように,天然物由来の有用な物質から血管病の予 防・治療薬を開発することで,無駄な薬剤を避けること ができ,高齢化に伴う健康維持や医療費の抑制など,公 衆衛生に大きく貢献できると期待を寄せている.何より も,絞り込みに成功した候補素材は,いずれも日常的に 摂取している食品由来であるため,血管異常収縮の予防 成分を毎日の食事から摂取できる.このことこそが,筆 者らが目指している「血管病の撲滅!」につながる大き な意識改革であると考えている.

おわりに

SPC→Fyn→Rhoキナーゼ系は,筆者らが発見した 血管平滑筋の異常収縮に特異的なシグナル機構である.

血管の異常収縮の予防・治療には,正常な血管の収縮に は影響を与えず,異常収縮のシグナル伝達のみを特異的 に遮断する薬剤の開発が必須であり,幸いにEPAを見 いだすことができた.特効薬EPAは幸運にも食品成分 であるため,血管病が発症する「前」に食事として自由 に摂取可能であり,真の血管病予防が可能となる.しか し,EPAだけでは総摂取量の限界があるため,天然に 存在している他の食品からも血管の異常収縮を予防する 素材を探索し,いくつかの候補成分を見いだした.現 在,生体レベルでの検証を行ない,有効血中濃度とこれ に必要な経口摂取量の決定を目指している.

謝辞:本研究は,山口大学大学院医学系研究科・生体機能分子制御学分 野の協力の下に行なわれたものです.特に,研究ならびに本解説をまと めるにあたり御指導をいただきました,小林 誠教授,岸 博子准教授,

高田雄一博士(学術振興会特別研究員),川道穂津美助教に感謝いたしま す.また,本解説で紹介した研究内容の一部は,王 晨さん(山口大学 大学院医学系研究科,外国人研究員)の学位研究として実施したもので す.最後になりましたが,本研究の遂行にあたり農芸化学研究企画賞を 通じて研究のご支援をいただきました.関係の皆様に深くお礼申し上げ ます.

図4EPAと物質Xの脂質膜に対する親和性の比較 A およ びSPCによる異常収縮の50%抑制時間の比較 B

(A) 血管病の特効薬成分を含む新規候補素材のうち,物質Xは EPAよりも高い抑制効果をもつ.実際,物質XはEPAよりも脂 質膜に対する結合性が高い.(B) 50%抑制時間(血管平滑筋を最 大収縮時より50%弛緩させるまでの時間)を比較すると,EPA

(約16分20秒)よりも物質X(約10分)のほうが速い.

(8)

文献

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池 田  正 人(Masato Ikeda) <略 歴>

1981年京都大学農学部農芸化学科卒業/

1983年同大学大学院農学研究科修士課程 修了/同年協和発酵工業(株)入社/ 2004 年信州大学農学部教授,現在に至る.この 間,1995 〜 1996年米国カリフォルニア大 学バークレー校博士研究員<研究テーマと 抱負>発酵産業界に新たな可能性を示して ゆきたい<趣味>音楽,海外旅行 及川 英秋(Hideaki Oikawa) <略歴>

1979年北海道大学農学部農芸化学科卒 業/ 1984年同大学大学院農学研究科博士 後期課程修了/同年米国ブラウン大学化学 科 博 士 研 究 員 (Prof. David E. Cane)/

1985年理化学研究所抗生物質研究室博士 研究員(磯野清主任研究員)/1986年北海 道大学農学部農芸化学科助手/ 1999年同 大学大学院農学研究科応用生命科学専攻助 教授/ 2003年同大学大学院理学研究院化 学専攻教授,現在に至る<研究テーマと抱 負>天然生物活性物質の生合成研究および その生合成工学への展開<趣味>スポーツ 観戦,近郊登山

尾 間 由 佳 子(Yukako Oma) <略 歴>

1997年東北大学農学部応用生物化学科卒 業/ 2003年同大学大学院農学研究科応用 生命科学専攻博士課程後期課程修了(農 博 )/ 同 年 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員

(PD,甲南大学大学院自然科学研究科特別 研究員)/2006年東北大学大学院農学研究 科研究支援者,現在にいたる.この間,

2004 〜 05年フランス・ストラスブール大 学IPCB研究員<研究テーマと抱負>細胞 核内アクチンファミリーによるクロマチン 機能制御<趣味>手芸

貝沼 圭二(Keiji Kainuma) 前号参照 加治屋勝子(Katsuko Kajiya) <略歴>

平成11年西九州大学家政学部食物栄養学 科管理栄養士専攻卒業/ 13年静岡県立大 学大学院生活健康科学研究科食品栄養科学 専攻博士前期課程修了/ 16年同博士後期 課程修了(食品栄養科学博)/同年山口大 学医学部医学科器官制御医科学講座助手/

18年同大学大学院医学系研究科応用医工

学系学域生体機能分子制御学分野助手(組 織改編に伴う変更)/19年同助教/23年同 講師,現在にいたる<研究テーマと抱負>

突然死の主因である血管攣縮(血管の異常 収縮)のシグナル伝達機構を解明するため の研究<趣味>スイーツ食べ歩き(「限 定!」という言葉に非常に弱い)

門  脇   孝(Takashi Kadowaki) <略 歴>昭和53年東京大学医学部卒業/昭和 61年〜平成2年米国NIH糖尿病部門へ留 学/平成15年東京大学大学院医学系研究 科糖尿病・代謝内科教授,現在にいたる.

平成23年〜東京大学医学部附属病院長.

日本糖尿病学会理事長,日本内分泌学会理 事,日本肥満学会理事

川畑俊一郎(Shun-ichiro Kawabata) 

<略歴>昭和55年九州大学理学部生物学 科卒業/ 61年同大学大学院理学研究科生 物学専攻修了(理学博士),同大学理学部 助手/平成9年同助教授/16年同大学大学 院理学研究院教授/ 21年同主幹教授,現 在に至る.この間,平成1 〜 3年日本学術 振興会海外特別研究(米国シアトル,ワシ ントン大学)<研究テーマと抱負>無脊椎 動物の自然免疫の分子機構.最近は,研究 室の若手がショウジョウバエの分子遺伝学 を駆使した表現型解析に精出しているが,

その研究成果を楽しませていただいている

<趣味>月と惑星の観測.道元禅師の教え を実践すること

桑原 重文(Shigefumi Kuwahara) 

<略歴>1980年東京大学農学部農芸化学 科卒業/ 1984年同大学大学院農学系研究 科博士課程中退/同年同大学農学部助手/

1990年茨城大学農学部助手/ 1994年同助 教授/ 2000年東北大学大学院農学研究科 助教授/ 2001年同教授,現在に至る<研 究テーマと抱負>生物活性天然有機化合物 の全合成と構造活性相関<趣味>歴史小 説,韓国時代劇鑑賞

佐古 香織(Kaori Sako) <略歴>2011 年北海道大学生命科学院博士後期課程修 了,現在,同大学理学研究院博士研究員

<研究テーマと抱負>26Sプロテアソーム

の機能解析を通して植物のもつ優れた環境 適応能力を明らかにしたい<趣味>音楽鑑 賞

柴 田  俊 生(Toshio Shiata) <略 歴> 2006年九州大学理学部生物学科卒業/

2011年同大学大学院システム生命科学府 システム生命科学専攻博士課程修了/同年 同大学理学研究院生物科学部門学術研究 員,現在にいたる<研究テーマと抱負>キ イロショウジョウバエを用いたトランスグ ルタミナーゼの機能解明<趣味>サイクリ ング,写真撮影,CG製作

下 澤  達 雄(Tatsuo Shimosawa) <略 歴>1988年筑波大学医学専門学群卒業/

同年東京大学医学部附属病院,東京都老人 医療センター研修医を経て,1995年東京 大学大学院医学系研究科博士後期課程修 了.以後,同大学医学部附属病院腎臓・内 分泌内科を経て,2005年同附属病院検査 部,現在にいたる<研究テーマと抱負>高 血圧ならびに高血圧性臓器障害発症のメカ ニズムを解明し,創薬に結び付けたい<趣 味>クラリネットほかいくつかの楽器,自 転車

田辺 公一(Koichi Tanabe) 平成8年京 都大学農学部農芸化学科卒業/平成13年 日本学術振興会特別研究員/平成15年国 立感染症研究所研究員,現在にいたる<研 究テーマと抱負>病原真菌のステロール代 謝が宿主体内で果たす役割の解明.マイ ナーな病原真菌の研究から生物に普遍のメ ジャーな発見をする<趣味>ボート釣り 塚越 啓央(Hironaka Tsukagoshi) 

<略歴>2001年名古屋大学農学部応用生 物科学科卒業/ 2006年同大学大学院生命 農学研究科博士課程(後期課程)(農博)/

2011年同大学大学院生命農学研究科/高等 研究院YLC特任助教,現在にいたる.こ の間,2007年米国Duke大学研究員/2010 年日本学術振興会海外特別研究員(米国 Duke大学)大学<研究テーマと抱負> ROSをノードとする根の成長制御と環境 応答へのシグナルの情報統御<趣味>草野 球,トレーニング

プロフィル

Referensi

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液胞分配 液胞は,ほかの生物種におけるリソソームに相当し, 内腔の酸性度が高いオルガネラである.主にタンパク質 などの高分子を加水分解し,アミノ酸の再利用および貯 蓄の場として知られている.また細胞内のpHの調節に も大きく寄与している.成熟した,かつ機能的な液胞は 細胞の生育に必須であり,細胞分裂時の液胞分配の重要

6, 2012 400 今日の話題 では細胞内のグリセロールを細胞外へ排出するために開 いた状態であることを示している.このようなゲーティ ング機構に関して,Fps1は極端に長いN末端およびC 末端領域をもつことから,これらの領域がグリセロール の細胞内外への輸送を制御する鍵であることが以前から 推定されていた.TamásらはN末端領域のデリーショ