氏 名 永妻ながつま 晶子あ き こ 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 乙第 703号
学 位 授 与 年 月 日 平成 27年 6月 22日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第3項該当
学 位 論 文 名 切除不能進行・再発胃・食道胃接合部腺癌に対する分子標的治療の開発 促進を目的とする標的分子発現プロファイル研究
論 文 審 査 委 員 (委員長) 教 授 武 藤 弘 行
(委 員) 教 授 福 嶋 敬 宜 准教授 今 井 靖
論文内容の要旨
1 研究目的
胃癌・食道胃接合部腺癌には様々な分子異常が存在しており、中でも HER2、EGFR、MET、FGFR2 の 蛋白過剰発現や遺伝子増幅は臨床病理学的因子との関連が報告され、現在この 4 種類の受容体型チロシンキナー ゼ(RTK)が分子標的治療薬開発の中心となっている。効率的な臨床開発の鍵は、標的分子を有する対象集団 の特定と母数の把握にある。そこで、この 4 種類の RTK を標的とする分子標的薬の開発を念頭に、対象となる 分子を有する胃癌患者を選定し数を把握すること、発現の特徴や分子間の相互関係を把握することの二点を本研 究の目的とし、精度を高めるため大規模なコホートを用いてこれを実施した。
2 研究方法
950 例の胃癌・食道胃接合部腺癌手術検体から Tissue Microarray を作製し、HER2、EGFR、 MET、FGFR2 の蛋 白発現状況を IHC 法、HER2、EGFR、MET の遺伝子増幅状況を DISH 法にて検出し、相互の蛋白発現の関連性や、
蛋白発現と遺伝子増幅との関連性および分布を検討した。さらに、臨床病理学的因子との関連についての解析を 行った。
3 研究成果
全体の 63.1%に 4 種類の RTK のうち少なくとも 1 種類以上の蛋白発現を認め、22.7%では同一 症例で 2 種 類以上の重複した蛋白発現を認めた。いずれの蛋白発現も腫瘍内では高度な不均一分布を呈していた。組織中の 各分子の詳細な分布も観察され、脈管内浸潤成分のみの蛋白発現や遺伝子増幅、一腺管を形成するがん細胞内の 一部のみの蛋白発現や遺伝子増幅(腺管内不均一)も確認され た。臨床病理学的因子との相関解析では、EGFR 蛋 白の強発現症例が独立した予後不良因子として抽出された。
4 考察
胃・食道胃接合部腺癌の約 2/3 は、現在開発中の 4 種類の RTK を標的とする分子標的薬の治療対象候補とな りうる可能性が示された。複数の RTK 蛋白発現はがんが生存していくために獲得された性質の一つで、内的・
外的要因からくる様々な環境変化に合わせゲノムおよびエピゲノムを変化・調整し対応していると考えられる。
今後胃癌で分子標的薬の有効性が示されるとすると、過剰発現の重複を認める腫瘍の存在をどのように検出・判
断し、どのような治療戦略とすべきかが今後の課題である。一方、同一組織内での遺伝子増幅の重複の存在は、
DISH 法による明視野での詳細な観察が可能にしたものである。腫瘍内における部分的および不均一な蛋白発現 が改めて明らかとなり、その中でも不均一な強い蛋白発現を有する領域の多くで遺伝子増幅を伴っていたことは 本研究で新たに得られた知見である。腫瘍内および腺管内における蛋白発現や遺伝子増幅分布の不均一性の多く はがんの生存環境に関わらず極めて統一性なくみられており、がん細胞のリンパ管浸潤の発現等の進展や転移の 過程で新たな形質を獲得したと必ずしも解釈できない遺伝子変化が存在した。本研究ではこの統一性のない不均 一分布の意義についての解明には至らなかったが、慢性炎症を発生母地とする胃癌が発生の初期段階において遺 伝子増幅機構を独自に獲得した可能性も考えられる。一方で、全腫瘍における蛋白発現割合を加味した現行の標 的分子判定基準においては、このような蛋白発現の高度な不均一性は重要な問題であり、常に想定して治療にあ たる必要がある。
5 結論
胃癌の RTK を標的とする治療戦略においては、RTK 発現の不均一性が高度であるため分子標的 治療薬の効果 も限定的となる可能性や、RTK の重複発現を認めることから標的が 1 種類では効果 なく早期耐性獲得に陥る可 能性がある。Driver gene が同定されていない現状も踏まえ、胃癌を対 象とした今後の治療開発には、分子標 的薬の多剤併用、単剤で多標的の multi-target drug の開発、腫瘍間質や腫瘍免疫など環境因子を標的とした 薬剤の開発と併用、などの工夫が必要と考えられる。
論文審査の結果の要旨
胃癌・食道胃接合部腺癌患者が対象に、HER2、EGFR、MET、FGFR2 の4 種類の受容体型チロシンキナーゼを標的 とする分子標的治療を行う場合、どれくらいの胃癌・食道胃接合部腺癌患者が対象になるのかを明らかにするこ とを目的に、950 例の胃癌・食道胃接合部腺癌検体を用いて4 種類の受容体の蛋白過剰発現をIHC 法で、遺伝子 増幅をDISH 法で検討した。63.1%に4 種類の受容体のうち少なくとも1 種類以上の蛋白発現を認めたが、同一腫 瘍内でのみならず同一腺管内でも受容体の発現には不均一性が観察された。このことから分子標的治療薬の抗腫 瘍効果には限界があることが指摘された。FGFR2 の IHC では受容体であるにもかかわらず核が染色されることか ら限界があることも指摘された。以上の指摘に対しては適正に修正されたので合格とした。
試問の結果の要旨
研究の背景の説明などで、胃癌および食道胃接合部癌の性質のみならず、化学療法や分子標的治療について十分 な知識があることが認められた。現在、学位申請者が所属する国立がん研究センター東病院にて緩和的化学療法 を実施する切除不能再発胃癌および食道胃接合部癌を対象にHER2、EGFR、MET の発現をもとに分子標的治療薬の 臨床試における候補患者を抽出する前向き検討を実施しており、今後の研究の推進が期待される。推進していく 上で十分な知識と技能を備えていると認められ、合格とした。