【 論 文 】
韓国における女性外国人労働者の現状と課題
佐 野 孝 治
I 課題と方法
1. なぜ韓国の女性外国人労働者1を取り上げるのか
なぜ韓国の女性外国人労働者を取り上げるのかを説明する前に,「なぜ韓国なのか」という問い に答えねばならない。韓国は
1960
年代から1980
年代までは,労働者の送り出し国であった,その 後,経済成長に伴い1980
年代末から外国人労働者の受け入れ国へと転換した。その急激な転換は「圧 縮的国際労働力移動」とも呼べるものである2。「受け入れ後進国」であった韓国は日本の研修生制 度をモデルに,1991年から「産業研修生制度」を実施した。この制度は,送り出しプロセスでの 不正,賃金不払い,不法労働者化,人権侵害など問題点が多かった。たとえば2001
年では不法労働者化率
50%,賃金不払い率 36.8%,性暴行経験率 12.9%
であり,まさに「現代版奴隷制度」と呼ばれるほどであった。
しかし韓国は,金大中,盧武鉉政権の下で,市民運動と国民世論の後押しを受けて,2004年
8
月に,「外国人勤労者雇用などに関する法律」を施行し,雇用許可制へと大きく転換した。また李 明博政権になり,韓国人と外国人の社会的統合を主要課題とする統合政策がすすめられている。外 国人処遇基本法(2007年5
月)や多文化家族支援法(2008年3
月)などが制定され,外国人参政 権も認められるようになった。このように韓国は
2000
年代に入り,「日本モデル」を捨て,雇用許可制などの外国人労働者政策,統合政策,外国人看護師・介護士の受け入れなどの面で日本よりも速いスピードで制度革新を進め ている。
外国人に対する政策を考える際に,先進事例としてカナダやオーストラリアの多文化社会やヨー ロッパの移民政策をモデルとすることが多い。確かに進んだモデルではあるが,日本の実情とは必 ずしもそぐわない点が多い。その点,韓国社会は日本との類似点が多い。たとえば外国人比率が
3%
と少なく「単一民族」的意識を持っている点,また少子高齢化が進む中で,長期的には外国人 に依存せざるを得ないという点などである。韓国の雇用許可制は様々な問題点は残っているものの 日本の研修生・技能実習生制度よりは優れた制度である。「国連移住者の人権に関する特別報告者」1 韓国では外国人労働者の用語として,移民労働者(migrant worker),外国人勤労者(foreign worker),外国人 力などの用語があるが,本稿では引用文,法律用語,インタビュー結果などを除き外国人労働者に統一して 使用する。
2 佐野孝治[2010c]参照。
であるホルス・ブスタマンテ氏は,日本の「研修・技能実習制度は,往々にして研修生・技能実習 生の心身の健康,身体的尊厳,表現・移動の自由などの権利侵害となるような条件の下,搾取的で 安価な労働力を供給し,奴隷的状態にまで発展している場合さえある。このような制度を廃止し,
雇用制度に変更すべきである」3と述べている。
次に,「なぜ女性外国人労働者なのか」については,近年移民に占める女性の割合が高まり「移 民の女性化」が研究課題となってきている。また彼女たちは外国人と女性という属性によって二重 に差別されるリスクを持っている。韓国において外国人労働者は最低賃金で雇用されており,社会 の最底辺に位置づけられている。さらに女性外国人労働者の場合,劣悪な労働環境という問題に加 えて,セクハラ,性暴行などの危険にさらされている。他方,少子高齢化が進む中で,家事,育児,
介護,看護などサービス分野における女性外国人労働者の重要性は逆に増してきている。
したがって本稿の課題は,雇用許可制導入以降の女性外国人労働者の状況がどう変化しているの かを明らかにすることである。産業許可制当時に比べれば女性外国人労働者を取り巻く環境は改善 したと考えられるが,依然として人権侵害など様々な課題が残っているとみられる。なお本稿では 考察対象を,結婚移民を除く女性外国人労働者に限定する。不法労働者4については韓国に
18
万人 近くおり,劣悪な労働環境,人権侵害など最も矛盾のしわ寄せを受けていると考えられるが,別稿 の課題としたい。2. 先行研究と研究方法
日本において韓国の外国人労働者に関する研究は代表的論者の宣元錫[2006,2007,2009]を はじめ一定の蓄積がなされつつある。しかし女性外国人労働者に関する研究はほとんどない。わず かに女性の比率が高い韓国系外国人を扱った鄭雅英[2008]がある程度である。女性外国人労働者 に関する記述すらない文献がほとんどである。他方,結婚移民の増加や多文化家族への関心の高ま りにともない,それらについては一定程度研究がなされてきている。たとえば三本松政之,大井智 香子,朝倉美江[2009],新田さやか,三本松政之[2010]などである。
次に,韓国語文献としては,2000年以降,女性外国人労働者の実態や福祉欲求などに関する研 究が出てきている。たとえば金ミンジョン[2004,2010],李クムヨン[2001,2003]などである。
このほか李ヒェジョン[2004]が家事労働とサービス部門に就職した韓国系中国人(朝鮮族)女性 たちの労働実態に関する研究を行っている。また実態調査は少ないが,忠清南道を対象とした金ヨ ンジュ[2008]などがある。
研究方法として文献や統計資料による分析とともにインタビュー調査を行った。2009年
11
月か ら2010
年2
月にかけて,① 政府系機関(労働部・雇用政策室外国人力政策課,行政安全部・自治 行政課,韓国産業人力公団),② 支援センター(韓国外国人勤労者支援センター,駅三グローバル ヴィレッジセンター),③ 労働組合(移住労働者労働組合),④ 市民団体(外国人移住・労働運動 協議会,ソウル外国人労働者センター,韓国移住女性人権センターなど),⑤ 宗教団体,⑥ 学識3 国連広報センタープレスリリース「移住者の人権に関する国連専門家,訪日調査を終了」,2010年3月31日付。
4 韓国では,市民団体を中心に「不法労働者」ではなく,「未登録労働者」と呼ぶ。入国管理法違反のレベルで あり,労働法上の違反には当たらないという解釈である。
経験者などを対象に実施した。さらに
2010
年7
月から10
月にかけて,面談,電話およびメールに て追加調査を実施した。主なインタビュー項目は,外国人労働者政策の成果と問題点,世界経済危 機以降の外国人労働者の現況,李明博政権の外国人労働者政策,外国人労働者支援ネットワーク,女性外国人労働者の現況などについてである。
II 韓国における外国人労働者の急増と女性外国人労働者の特徴
1. 外国人労働者の急増
1970年代以降の高成長と
1980
年代の民主化運動の中で賃金が高騰し,3D(Difficult,Dirty,
Dangerous)業種の中小企業で労働力不足が深刻化することになった。そのため 1988
年のソウルオリンピック頃から外国人労働者が急増した。外国人労働者数は
1987
年の6,409
人から2009
年末 には72
万9,824
人へと,20年で114
倍に増加した(図表1)。これは労働力人口 2,435
万人の3%
に相当する。ちなみに外国人数は
2010
年3
月末現在,118万598
人であり,住民登録人口の2.4%
を占めるに至っている。ビザ類型別でみると図表
2
の網掛け部分と不法滞在者(生産活動年齢)が 外国人労働者である。2002年まではほとんどが不法滞在であり,人権侵害など多くの問題が発生 した。その後2004
年の雇用許可制の導入に伴い,就労ビザによる合法的な滞在が増えている。不 法滞在の割合は1990
年代の80%
に比べれば,15%に低下している。外国人労働者は,不法滞在者を除けば専門技術労働者と単純技能労働者に分けられる。専門技術 労働者は,教育,研究,技術,芸術興行等の分野(E1〜E6)に携わる者等である。他方,単純技 能労働者は雇用許可(E9),訪問就業制(H2)などにより製造業,建設業,サービス業,農漁業な どに携わる者等である。会話指導などの専門技術労働者を除けば外国人労働者のほとんどは単純技 能労働者である。
出所: 法務部[各年]「出入国管理統計年報」などにより作成。
図表1 ビザ類型別外国人労働者の推移(単位: 人)
2. 女性外国人労働者の一般的特徴
2009年
4
月末現在,不法滞在者を除く女性外国人は44
万1,461
人である。女性比率は44.5%
で ある。形態別にみると外国人労働者が18
万9,453
人,結婚移民者11
万483
人,留学生3
万8,291
人,図表2 ビザ別外国人滞在者数(2010年3月末現在,単位: 人,%)
注: 網掛け部分が外国人労働者。
出所: 法務部[2010]『出入国・外国人政策統計月報』より作成。
図表3 女性外国人数(2009年4月末現在,単位: 人,%)
2008 2009
男性 女性 女性比率 男性 女性 女性比率
外国人労働者 301,556 136,171 31.1 386,204 189,453 32.9 結婚移民者 13,711 89,002 86.7 15,190 110,483 87.9
留学生 29,599 26,680 47.7 39,031 38,291 49.5
在外同胞 ─ ─ ─ 20,841 22,862 52.3
その他 95,539 75,565 44.2 52,743 50,372 48.9
計 440,405 327,418 42.6 514,009 411,461 44.5
注: 不法滞在者を除く。
出所: 行政安全部[2008]『2008地方自治団体 外国人住民実態調査』および行政安全部[2009]『2009地 方自治団体 外国人住民現況』より作成。
図表4 形態別の女性外国人数(2009年4月末現在)
図表5 国籍別・性別の外国人労働者数(2009年4月末現在,単位: 人,%)
男性 女性 女性比率
総計 386,204 189,453 32.9
韓国系中国人 174,740 147,107 45.7
中国 19,393 5,841 23.1
フィリピン 23,022 7,652 24.9
ベトナム 44,263 5,981 11.9
アメリカ 7,365 4,574 38.3
タイ 22,269 3,742 14.4
モンゴル 10,797 2,479 18.7
インドネシア 23,924 1,893 7.3
ロシア 1,143 1,455 56.0
日本 922 395 30.0
その他 58,366 8,334 12.5
注: 不法労働者(未登録労働者)を除く。
出所: 行政安全部[2009]『2009地方自治団体 外国人住民現況』より作成。
図表6 国籍別女性外国人労働者
在外同胞(朝鮮族)2万
2,862
人であり,女性比率が高いのが結婚移民者87.9%
であるが,外国人 労働者に占める女性比率は32.9%
とそれほど高くない(図表3)。女性外国人のうち外国人労働者
が
46%,結婚移民者は 27%
である(図表4)。近年結婚移民者が急増しており,多文化政策の焦点
となっている。
次に国籍別では,韓国系中国人が
14
万7,107
人で,女性全体の78%
を占めている。次いで,フィ リピン7,652 人(4%),ベトナム 5,981
人(3%),中国(韓国系以外)5,841人(3%)の順となっ ている。中国以外の女性比率は10〜20%
台であるが韓国系中国人の女性比率が45.7%
であるため,図表7 居住地別・性別の外国人労働者数(2009年4月末現在,単位: 人,%)
男性 女性 女性比率
総計 386,204 189,453 32.9
ソウル 89,559 80,826 47.4
京畿 139781 65458 31.9
仁川 24,447 8,311 25.4
慶南 32,813 5,221 13.7
忠南 17,325 4,751 21.5
慶北 15,989 4,671 22.6
釜山 12,164 3,419 21.9
忠北 10,769 2,976 21.7
大邱 7,443 2,768 27.1
全南 9,079 1,987 18.0
全北 5,829 1,768 23.3
その他 21,006 7,297 25.8
注: 不法労働者(未登録労働者)を除く。
出所: 行政安全部[2009]『2009地方自治団体 外国人住民現況』より作成。
図表8 女性外国人労働者の居住地域(2009年4月末)
平均して
32.9%
になっている(図表5, 6)。続いて,居住地域はソウル特別市に 8
万826
人と全体 の43%
を占め,次いで京畿道6
万5,458
人(35%),仁川市8,311
人(4%)と,首都圏に82%
が集 中している(図表7, 8)。
以上のように,最も多いのは首都圏に住む韓国系中国人である。これは特例雇用許可制によって 大量の韓国系中国人が入国したことによる。
3. ビザ類型別にみる女性外国人労働者の特徴
女性外国人労働者は,専門技術労働者を除けば,以下の
3
つに大別できる。すなわち ① 一般雇 用許可制,② 特例雇用許可制(訪問就業制),③ 芸能興行ビザである。雇用許可制についての説 明は後述することにし,まずはそれぞれについて説明する。第一に,一般雇用許可制により就労している女性外国人労働者は
2009
年で2
万3,584
人である。女性比率は
10%
と低く,少数派である。国別でみると,当初スタート時にはMOU
締結国は 6ヶ 国であったが,その後数を増やし,現在15
ヶ国となっている。最も多いのはベトナム(26.4%)であり,続いてタイ(14.3%),フィリピン(14.9%),インドネシア(12.5%)の順となっている。
ベトナム人は,韓国人と国民性が似ており,勤勉であるため企業の希望が多く,クォータが増えて いるという5。職種が制限されているため製造業が
86.6%
を占め,73%の外国人労働者が30
人未満 の中小零細企業で働いている。5年間韓国で働くことができ,韓国人労働者と同様に労働法や社会 保険も適用される。また男女平等法や母性保護の対象にもなっている。事業場変更の制限など形式 的にも外国人労働者に不利な面は残っているが,産業研修生に比べて労働条件は改善されていると いえる。第二に,韓国系外国人(在外同胞)を対象とする特例雇用許可制(訪問就業制)6が
2007
年3
月 から施行されたことにより,このルートでの入国が大幅に増加した。この特例雇用許可制により就 労している女性外国人労働者は15
万3,342人である。女性外国人労働者の大多数がこれに該当する。以前は女性比率が高かったが,現在は
49.3%
であり,次第に低下している。制度の特性上,韓国 系中国人の比率が98%
と圧倒的に高い。ロシア,CIS国家はごく一部である。韓国語が話せ,サー ビス業[飲食店,家事サービス,清掃]への就業が許可されており,女性の大部分は,サービス業,ケア労働の分野で働いている。2005年の労働部によるサンプル調査では,40歳代以下の女性は飲 食店従業員(53.6%),家政婦(22.6%),工場労働者(4.8%)となっている。また
50
代以上では家 政婦の比率が上昇し,59.2%を占めている。続いて介護(16.9%),飲食店従業員(12.7%),建設 労働者(7.0%)の順となっている7。事業体の規模別では,飲食店などが多いため 30人未満が83%
と零細企業中心であり,中でも
5
人未満が 50.2%を占めている。第三に,芸能興行ビザにより入国している女性外国人労働者である。
韓国では
2000
年に外国人による芸能活動の規制緩和があり,芸能興行ビザ(E-6)で 2
万人を5 韓国外国人勤労者支援センターへのインタビューによる。
6 既存の訪問同居または非専門就労ビザで入国した場合,または入国を希望する満25歳以上の海外同胞(韓国 系外国人)の中で一定の要件を満たした場合に,訪問就業ビザに変更することができる制度である。
7 労働部[2005]『在外同胞就労状況設問調査』参照。
超える女性が入国した。フィリピンや旧ソ連地域出身で,米軍クラブやナイトクラブなどでダンサー として働いていた。しかし実態としてはセックスワーカーであり,監禁,暴行などの人権侵害が多 発したことを受けて,2002年に政府は入国審査を厳格化した。そのため
2010
年3
月現在,芸能興 行ビザを持つ女性外国人労働者は4,194
人に減少した。そのうち33.6%
は不法滞在である(図表2)。
しかし芸能興行ビザでの就労は減ったものの,偽装結婚や短期ビザで入国し不法労働者として性産 業で働くケースは後を絶たず,実際には
1
万人以上が働いているといわれている8。III 雇用許可制は女性外国人労働者の状態を改善させたか。
韓国では,日本をモデルとした産業研修生制度にかえて,2004年
8
月17
日に雇用許可制を施行 した。以後 ①「外国人勤労者雇用等に関する法律」,②「出入国管理法」(非専門就業,訪問就業)が適用されることになった。そして
2007
年1
月には産業研修制が廃止された。続いて2007
年3
月 に外国国籍同胞訪問就業制の施行,2010年4
月には雇用許可制の一部改正が行われた。これにより雇用許可制により入国した外国人労働者は急増し,2009年末には一般雇用許可制が
23
万5,836
人,特例雇用許可制は31
万1,040
人の計54
万6,876
人であり,外国人労働者全体の75%
を占めている(図表9)。
本節ではこの雇用許可制によって女性外国人労働者の状態が改善したのかどうかを考察する。な お雇用許可制の制度については,宣元錫[2006]や労働政策研究・研修機構 [2007]などで紹介さ れているので,簡単に述べるにとどめ,雇用許可制の一般的評価と女性外国人労働者への影響を中 心に述べる。
8 人身売買など韓国の裏社会との関係が強く,その実態はよく知られていない。
注: 12月末基準
出所: 韓国雇用情報院(EPS)資料より作成。
図表9 外国人雇用許可制の推移(累積数,単位: 人)
1. 雇用許可制導入の背景
雇用許可制が導入された背景として第一に挙げなければならないのが,産業研修制の問題点が非 常に深刻だったということである。まず送り出し過程が民間機関やブローカーによって担われてい たため不正が蔓延していた。外国人労働者が負担しなければならない費用は
2001
年で,産業研修 生453
万ウォン,不法労働者629
万ウォンと高額であった。そのため賃金の高い仕事を求めて不法 労働者化(事業場離脱)が多発した。2002年では外国人労働者の8
割が不法労働者であり,産業 研修生に限定しても5
割が不法労働者化した。さらに賃金不払いを2001
年では36.8%
の外国人労 働者が経験し,人権侵害(暴力,差別,パスポート取り上げ)も横行した。第二に,少子高齢化による労働力不足である。韓国の合計特殊出生率は
1.22
人であり,世界最 低水準である。他方,平均寿命も延び,2050年には高齢者の割合が34.4%
を占めると予想されて いる。さらには大学進学率が8
割を超え,急速に高学歴化が進む中で,中小企業が担っている3D
業種では慢性的な労働力不足が起きている。2002年の労働力不足率は9.4%
であった9。特に,染色,皮革,縫製,金型などの業種では深刻である。これらの単純労働分野は韓国人労働者との競合関係 が比較的弱いため,政府も外国人労働者の活用を進めている。
2. 雇用許可制の基本原則と概要
まず雇用許可制の基本原則10は,労働市場補完性の原則と均等待遇の原則である。前者は韓国人 労働者を優先して雇用するために,① 労働市場テスト(求人努力),② 事業場移動の規制(3回 まで),③ 賃金ダンピング防止などを行う。後者は外国人労働者に対する差別を禁止するものであ
9 中小企業庁[2003]iiiページ。
10 基本原則として,2つの原則のほかに,定住化防止の原則(宣元錫[2006])や代替性の原則(チョンジョン フン[2009])などを挙げる研究者もいるが,本稿ではソルドンフン[2009]の整理によった。
出所: JCLU編[2010]21ページ,図12を元に加筆し作成した。
図表10 雇用許可制の概要
り,最低賃金制,労働三権,国民年金,健康保険,雇用保険,労働災害補償保険などの適用が受け られるというものである。
雇用許可制度の概要は図表
10
のとおりであるが,まず韓国政府とフィリピン,タイ,インドネ シアなど15
ヶ国政府との間で二国間協定(MOU)を締結し,送り出し機関,受け入れ機関ともに 政府系機関である点,つまりG2G(政府対政府)である点が,民間機関が介在する研修生制度と
は大きく異なっている。毎年外国人政策委員会が外国人労働者の受け入れ人数を決定するクォータ 制をとっている。また受入業種もポジティブリスト方式で限定されている。労働市場補完性の原則 にのっとり,労働市場テストをしても韓国人労働者を採用できなかった使用者(中小企業)に対し 外国人労働者の雇用を許可する制度である11。他方,送り出し国の労働者は事前に登録の上,韓国 語試験を受け,合格者のみが事前教育を受け,企業と雇用契約を結ぶことができる。また先述のよ うに労働法や保険の適用など韓国人労働者と同じ待遇が原則である。2009年
10
月に外国人勤労者の雇用等に関する法律が改正され,2010年4
月から施行された(図表
11)。雇用許可制改正のポイントは,第一に,労働契約の期間を 1
年単位の繰り返しの契約から3
年(追加2
年未満)に変更して,在留期間の範囲内で,当事者で決定することができるようになっ たことである。第二に,外国人労働者は在留期間(3年)が満了すると
1
度出国し,1ヶ月後に再入国するとい う手順を踏まなければならなかったが,使用者が労働部に再雇用申請を行えば最長で5
年間未満継 続雇用できるようになったことである。第三に,事業所の変更時の求職活動期間が
2
ヶ月と短いことが外国人労働者支援団体から批判さ れていたが,3ヶ月に延長されたことである。ただし最大の争点であった事業場の変更回数3
回と いう条項の変更はなかった。3. 雇用許可制の一般的評価
施行後
5
年を経過した雇用許可制を巡っては,労働部では,「中小企業の労働力不足や不法滞留 が減少し,合法的フレームの中で制裁が可能になったため人権侵害が少なくなった」12と評価して いる。同様に産業人力公団でも「外国人労働者に対する人権保障,送り出しプロセスでの不正の減 少など,ILO
からもよくできた制度であると評価されている」13と自信を見せている。これに対し「移 住労働者差別撤廃と人権,労働権実現のための共同行動」は2009
年8
月に共同会見を行い「雇用 許可制は,移住労働者の権利を大幅に制限し,事業主の権限を保護するだけの偽善的な制度であ る」14と批判している。雇用許可制の評価に関しては,すでに別稿15で分析しているためここでは要 約部分を述べることにする。この雇用許可制は依然として,低賃金・長時間労働,人権侵害などの問題点も残っているが,概
11 したがってドイツなどで採用されている外国人労働者に対し労働許可を与える労働許可制とは異なっている。
12 労働部外国人力政策課へのインタビューによる。
13 産業人力公団へのインタビューによる。
14 外国人移住・労働運動対策協議会へのインタビューによる。
15 佐野孝治[2010c]参照。
ね成功していると評価できる。第一に,「産業研修制の問題点を解決しているか」という基準では,
G2G
にしたことにより送り出しプロセスでの不正は防止され,透明性も向上している。また送り 出し費用も低下した。 さらに不法労働者数は変わっていないが,比率は低下するとともに,雇用 許可制に起因する不法滞在は研修制度に比べ少ない(図表12
参照)。第二に,「均等待遇の原則と人権が守られているか」という基準では,賃金不払いなどは減少した。
また身分証明書の取り上げ,暴行などあからさまな人権侵害も減ってきている。しかし低賃金長時 間労働,安全対策の不備などは変わらず,韓国人労働者と均等待遇とは言い難い。ただし市民団体 による啓蒙活動もあり,賃金や労働条件に対する権利意識は高まっている。
第三に,「労働市場補完性の原則(韓国人優先雇用の原則)が守られているか」という基準から みると,一般雇用許可制では補完的であり,韓国人労働者との競合は起きていない。しかし自由に 労働移動ができる特例雇用許可制では,建設業,サービス業を中心に代替現象が起き,賃金水準や 労働条件へ否定的影響を与えている。
したがって,依然として問題点が多く,決してベストの政策であるとは評価できないが,以前の 産業研修制に比べれば,女性外国人労働者を含む一般的な状況は改善したということができる。イ
図表11 雇用許可制改正のポイント
改正前 改正後
労働者の選抜方法 韓国語試験 韓国語試験+(任意)の資格要件の評価(産業人力 公団)
労働契約の期間 1年単位の繰り返しの契約 3年(追加2年)在留期間の範囲内で,当事者の決 定する。
再雇用の要件 3年+1ヶ月出国+3年 3年+2年未満(出国前使用者の要求)
事業所の変更の理由 事業主の契約の解除,
休業,廃業など 労働契約条件の違い,労働条件違反など不当な処 遇と労働契約の維持が困難な場合は,追加する。
休業,廃業や外国人労働者の責任ではない事由に より,その事業場で労働を続けることができなく なったと認められる場合には,事業場の変更の回 数に含まれないようにする。
事業所の変更時に
求職活動を可能期間 2ヶ月 3ヶ月(業務上の災害,疾病,妊娠などの場合は,
その事由がなくなった日からの期間の計算)
外国人労働者の権益保護 外国人労働者の権益保護協議会の新設
委員会 外国人労働者雇用委員会 外国人労働者政策実務委員会
図表12 産業研修制と雇用許可制の比較
送り出し費用 不法労働者化率 賃金不払い率 産業許可制 3,500ドル 約50% 36.8%
(2001年) (2002年) (2001年)
雇用許可制 500〜1,200ドル 6.9% 9%
(2009年) (2009年) (2007年)
出所: 佐野孝治[2010c]より作成。
ンタビュー調査でも「雇用許可制になって性別に関係なく一般的に外国人労働者の状況は改善され た」16,「雇用許可制になって送り出しの不正がなくなり,男女ともに状況は改善している」17という コメントが多かった。
4. 雇用許可制は女性外国人労働者の状態を改善させたか
次に,女性外国人労働者固有の問題はどう改善されたのか,賃金格差を中心に見ておこう。
図表
13
により,雇用許可制導入以前の2003
年の賃金を見てみると,韓国人の月平均賃金が131.8
万ウォンなのに対し,同じ労働をしている産業技術研修生は96.3
万ウォン,不法労働者は120.8
万ウォンと7〜9
割程度の水準であった。時給では,男性韓国人労働者を100
とすると,韓国人女性労働者が
79.7
であり,同国人でも男女格差は存在している。産業技術研修生では男性66.1,女性 62.7,不法労働者では,男性 89.8,女性 64.4
と格差がより顕著になっている。ここで注目すべきは外国人労働者同士の男女格差である。男性を
100
とすると産業技術研修生の女性は
94.9,不法労働者の女性は 71.7
となっている。つまり女性外国人労働者は外国人と女性という属性によって二重に差別されていたのである。
それでは,雇用許可制以降どう変化したのだろうか。同一労働での賃金比較データがないため,
直接比較することはできないが,労働部[2009]『統計で見る労働市場』で外国人労働者の賃金分 布を見てみよう。2009年
9
月末現在,雇用許可制による外国人労働者全体の月平均賃金の分布は90〜100
万ウォン未満が占める割合が41.0%
で最も高く,続いて80〜90
万ウォン未満が31.8%,
16 ソウル外国人労働者センターへのインタビューによる。
17 韓国外国人勤労者支援センターへのインタビューによる。
図表13 外国人労働者の性別労働賃金(2003年,単位: 1000ウォン,時間,%)
月平均賃金 月平均労働時間 時間給 男性韓国人労働者 に対する割合
韓国人労働者
男性 1,385 243 5.9 100
女性 1,104 245 4.7 79.7
小計 1,318 244 5.6 ─
産業技術研修生
男性 970(70.1) 260(106.9) 3.9(66.1) 66.1
女性 921(83.4) 254(103.8) 3.7(78.7) 62.7
小計 963(73.1) 259(106.3) 3.8(67.9) ─
不法労働者
男性 1,262(91.1) 249(102.4) 5.3(89.9) 89.8
女性 1,133(102.6) 305(124.6) 3.8(80.9) 64.4
小計 1,208(91.6) 273(111.9) 4.7(83.9) ─
注: 韓国人労働者は外国人労働者と同じ仕事に従事している者。( )内の数字は韓国人労 働者に対する割合を表す。
出所: 佐藤 忍[2008],179ページを若干修正。原出所はKil-sang Yoo[2004]Policy Develop- ment of Labor Migration and Characteristies of Migrant Workers’ Labor Market in the Republic of Korea, Conference Paper to Korea and Global Migration Conferece, December 11, Los Ange- les, CA, p. 12.
120
万ウォン以上が11.0%
の順になっている。性別で見ると,以前とは異なり,女性外国人労働者の方が平均して
20〜30
万ウォン高くなって いる。100万ウォン以上の割合が男性は18%
しかないのに対し,女性は35.5%
を占めている。この逆転現象は男女の就業構造の差に由来している。業種別の賃金では,サービス業は
100
万ウォ ン以上が50%
を超えているのに対し,製造業では100
万ウォン以上は10%
にすぎない。比較的賃 金水準が高いサービス業には女性55%
が就業しているのに対し,男性の外国人労働者は4%
しか 就業していない。他方,賃金水準が低い製造業では,男性は84%,女性 4%
が就業している。この 業種別の賃金格差が性別の賃金格差をもたらしている。韓国では現在でも男女の賃金格差はあるため,同一労働で比較すれば外国人労働者間でもやはり 格差が残っているだろうと推測される。ただし雇用許可制によって,男女平等法が適用されるため,
あからさまな格差は認められなくなってきている。また女性外国人労働者の
78%
を占める韓国系 中国人たちは韓国語でコミュニケーションができ,比較的賃金水準の高いサービス産業で働くこと ができる。これにより男女間の平均賃金の逆転現象が起きてきていることも雇用許可制の成果の一 つということもできよう。インタビュー調査でも,「賃金や労働時間は性別よりも企業ごとの差の方が大きい」18というコメ ントや「賃金や労働時間,人権などで男性外国人労働者と女性外国人労働者の間に大きな差はない。
むしろ制度的には,妊娠や危険労働禁止など女性保護規定がある」19というコメントなど性別の格 差を問題視していない。
IV 女性外国人労働者に対する人権侵害の実態
雇用許可制に対する否定的評価をもたらすものとして,人権侵害がある。Amnesty International
[2009]や外国人移住・労働運動協議会[2009a]
の調査やニュースでは,女性に対する人権侵害の
事例が数多く報告されている。また支援団体へのインタビューでもいくつかの事例を聞くことがで きた。ここではいくつか紹介する。1. 一般雇用許可制における人権侵害
一般雇用許可制は事業場変更が
3
回に限定されていることと,求職期間が2
ヶ月間と短いこと,再雇用の権限を使用者が持っていることで,外国人労働者の立場が弱いことにより発生する。
(1) 事業主の無断離脱申告による滞留資格剥奪のケース
仁川市の携帯電話部品メーカーで働いていた
2
名のフィリピン女性労働者が,景気の悪化に伴い,これまでの「検査」作業から,女性には難しい「脱水」作業に配置転換された。しかしこの作業が つらかった
2
名は会社に事業場変更を要請した。事業主はそれを承認すると言ったが,口約束で,手続きをしてもらえなかった。その後使用者側は無断欠勤をしたという理由で雇用支援センターに
18 ソウル外国人労働者センターへのインタビューによる。
19 韓国外国人勤労者支援センターへのインタビューによる。
一方的に離脱申告をした。結局二人の女性労働者は不法労働者に転落してしまった。
(2) 妊娠による解雇と
2
ヶ月の求職期間満了による滞留資格剥奪のケース京畿道の製造業で働くベトナム人女性が妊娠していることが判明し,不当解雇された。その後求 職期間の
2
ヶ月の間に職探しを行ったが,妊娠しているので,新しい就職先を見つけることができ ず,結局不法労働者化した20。(3) 劣悪な居住空間によるストレス
外国人労働者の住環境は劣悪なものが多く,特に女性にとってはストレスのたまる状況である。
製造業では工場の中やコンテナボックスのような仮設の建物,農業ではビニールハウスで宿泊する ケースも多い。男性寮の廊下(隣は男性シャワールーム)に臨時につくられた場所に寝泊りしなけ ればならず,絶えずストレスを受けたというケースもある21。部屋やトイレに鍵がないため,覗き や性暴行につながるケースもある。
2. 特例雇用許可制における人権侵害
特例雇用許可制は一般雇用許可制と異なり,事業場変更が自由なため,再雇用の権限を利用した 人権侵害は比較的少ない。しかし零細な飲食店やホテルなどで働く韓国系中国人女性たちは性暴行 の危険にさらされている。彼女らは宿泊費と交通費を節約するため店22で寝泊りをするため,店主 や男性従業員からセクハラや性暴行を受けやすいといわれている。「在中同胞の家」のキム・ヘソ ン代表は「最近女性在中同胞
33
人にアンケート調査したところ,この内19
人が性暴行を経験した ことがあると答えた」と述べている。また性暴行を避けようとして墜落死した事件も起きている23。3. 芸能興行ビザによる人権侵害
Amnesty International[2006, 2009]は芸術興行ビザで入国した多くの女性がセクハラと性暴行を 受けていると明らかにしている。たとえばフィリピン女性が歌手として採用され,入国したが,人 身売買されてナイトクラブでの性的搾取を受けた。最初の
1
週間,雇用者に監禁され,性的関係を 強要された。女性がこれに抵抗すると,フィリピンに送り返すと脅迫したというケースが報告され ている。セックスワーカーになった外国人女性が人権侵害に抵抗して店を脱出した場合,業者が出 入国管理事務所に職場を離脱したと申告すると,彼女は不法労働者に転落してしまう。現在,売春 防止法により,性売買の被害者になった場合,調査を受ける期間は,出国措置が猶予されている。しかし,調査が完了すると出国しなければならない。そのため貧しい外国人労働者は事業主に無理 な要求をされても,言いなりにならざるを得ないケースが多い。
4. 雇用許可制前後の性暴行被害
雇用許可制導入以前の
2001
年に実施された国家人権委員会[2002]の調査によれば,女性外国20 外国人移住・労働運動協議会[2009a]参照。
21 金ヨンジュ[2008]参照。
22 独立した部屋ではなく,物置のような所。
23 『ハンギョレ』2008年12月09日付。
人労働者
10
人のうち1
人以上が性暴行された経験があり,加害者は,雇用主,雇用者の夫や職場 の上司がほとんどであった。さらに性売買の提案を受けた経験がある人は10.9%
を占めていた24。 同様に,外国人労働者対策協議会[2002]でも,事業所内での性暴行に対して12.1%
が「ある」と答えている。しかし韓国語が不自由なため事後処理が困難であり,泣き寝入りしたケースが多い。
雇用許可制導入以後,セクハラや性暴行は減ったのであろうか。全国的な調査はされていないの で,慶州南道と忠清南道のアンケート結果を見てみよう。まず慶州南道の調査(2009年)では女 性外国人労働者
44
人の内,「セクハラ経験がある」と回答したのは1
人 (2.3%)であり,35
人(79.5%)は「ない」と回答した。性暴行については
1
人も「ある」と回答しなかった25。また忠清南道の調 査(2008年)では71
人の内,セクハラ経験があるのは 9.4%,性暴行の経験があるのは4.8%
であった26。 サンプル数が少ないため,ここから何らかの結論を出すことは難しい。雇用許可制以降,性暴行 は減ったと言うこともできるが,逆にまだこれほど残っていると言うこともできる。5. 法律の適用による女性外国人労働者の保護
産業研修制時代には外国人労働者は,あくまでも研修生であり,労働基本権が認められていなかっ た。さらに当時
8
割を占めていた不法労働者には何の権利もなく,「犯罪者予備軍」的な扱いであっ た。女性労働者も例外ではなく,人間として当然の権利である母性保護の対象でもなかった。2002 年の調査では,韓国で妊娠をして中絶をした経験がある女性外国人労働者の方が中絶の経験のない 女性労働者よりも多かった。出産は即帰国を意味していたのである。しかし,雇用許可制に変わって,労働者と認められたことにより,韓国人と同じく,労働基本権 だけではなく,「男女雇用平等と仕事・家庭両立支援に関する法律」や母性保護規定によって女性 の権利が保障されることになった。先述の事例でみた,性暴行は当然「刑法」上の犯罪であるが,
セクハラに関しても防止措置が設けられている。1987年に制定された「男女雇用平等と仕事・家 庭両立支援に関する法律」ではセクハラ被害者を保護するための使用者の義務を規定している。女 性外国人労働者が職場内でセクハラ被害を被った場合,使用者に対する中止要請,地方労働官署に 申告,民事訴訟の申し立てなどの方法で被害を回復することができる。セクハラの予防教育をして いない事業主に対する罰則もある。
少なくとも産業研修制時に比べれば,女性外国人労働者のおかれた環境を改善するフレームワー クが整ったという意味で評価すべきであろう。
しかし,実際には守られていないという批判も多い。たとえば移住労働者労働組合では「制度で は均等処遇を法で明示しているが,現実は違う。実際に発生している件数に比べて,相談依頼は極 めて少ないと考えられる。被害女性が申告しても,言語コミュニケーション問題,目撃者陳述の確 保などの問題で非常に不利だからである。事業主が頑として否定する場合には,問題が解決されな いケースが非常に多い」27とコメントしている。
24 国家人権委員[2002]参照。
25 李チョルスン[2009]参照。
26 金ヨンジュ[2008]参照。
27 移住労働者労働組合へのインタビューによる。
V 外国人労働者支援団体へのインタビュー調査結果
本節では外国人に対する支援団体の現況を概観した上で,外国人労働者支援団体へのインタ ビュー調査結果の一部を紹介する。本節で取り上げるのは,女性外国人労働者の支援団体である「韓 国移住女性人権センター」,政府系の支援団体である「韓国外国人勤労者支援センター」,純粋の市 民団体である 「ソウル外国人労働者センター」,外国人労働者による外国人労働者のための労働組 合である「移住労働者労働組合」である。主なインタビュー項目は,① 団体概要,② 主要活動,
③ 雇用許可制の評価,④ 世界金融危機の影響,⑤ 李明博政権の外国人労働者政策,⑥ 外国人労 働者支援ネットワーク,⑦ 女性外国人労働者の現状についてであるが,「韓国移住女性人権セン ター」以外は,④,⑤,⑥ を省略し,女性外国人労働者に関係する部分を中心に紹介する。ヒア リング結果のまとめと韓国の外国人労働者支援システムについての考察は別稿を予定している。
1. 外国人支援団体の現況
2009年における外国人に対する支援機関・団体は,743団体であり,1市郡区あたり
3.2 団体で
ある。内訳は民間団体が352
団体と一番多く,次いで公共機関304
団体,宗教団体87
団体となっ ている。2008年に比べて179
団体増加したが,これは公共機関が3
倍に増加したためであり,逆 に民間団体は47
団体減少している(図表14)。主な団体としては,民間団体では,外国人勤労者
相談所,シェルター,移住女性人権センター,公共機関では多文化家族支援センター,外国人勤労 者センター,国際交流財団,総合社会福祉館,雇用支援センター,宗教団体では教会などの宣教セ ンター,仏教,カトリック教の施設などがある28。第二に,外国人住民を支援する民間・宗教団体が
1
ヶ所以上ある自治体は131
ヶ所であり,全体28 行政安全部[2009]『2009地方自治団体外国人住民現況』12ページ。
出所: 行政安全部[2008]『2008地方自治団体 外国人住民現況』および行 政安全部[2009]『2009地方自治団体 外国人住民現況』より作成。
図表14 外国人支援機関・団体の現状(単位: 箇所)
の
56%
を占めている。支援機関がない自治体は30
ヶ所であり,13%を占めている。全自治体で,外国人支援業務担当部署がある。2008年度に比べ,外国人専門担当部署が京義本庁,安山,全北 本庁など
3
ヶ所から13
ヶ所に拡大した。また京義と安山には専門担当課がある。2. (社)韓国移住女性人権センター (ソウル特別市市鍾路区)29
(1) 団体概要
移住女性人権センターは移住女性の人権と福祉のために活動している非営利の社団法人である。
設立当初は移住女性労働者への支援を行ってきたが,近年では結婚して韓国に居住する移住女性(結 婚移民)の置かれている状況が深刻なため,移住女性への支援が中心である。韓国においては移住 女性に対する支援団体は増えてきているが,女性外国人労働者を支援する団体は当団体のみである。
代表はハン・グクヨム氏である。前身は,2001年 に設立されたソウル外国人労働者センター付属 の「外国人移住女性労働者の家」である。 2月に外国人移住女性の母性保護と新生児の支援事業の 開始,移住女性のためのシェルター事業を開始した。2002年に独立して,ソウル市の非営利団体 の登録をした,2005年には社団法人の認可を受けている。現在釜山をはじめ全国
5
ヶ所に支部が ある。活動の目的は移住女性の権益の強化,移住女性の韓国生活適応能力の向上,移住女性のリー ダーシップ開発を通じた自助グループの育成,性/
人種差別,民族,国籍の差別を超える多民族共 生社会への市民の認識転換,姉妹愛と連帯を通じたアジアの平和共存である。(2) 主要活動
① 相談活動
:
電話相談,面接相談。家庭内暴力や性的暴行の被害,性産業に流入して苦しむ外 国人女性の人権被害を相談し,被害者のための心理療法や,医療,法律支援を実施している。相談 者は結婚移民がほとんどである。相談件数は月70〜80
件で,うち面談は月約40
件である。国別では中国
56%,ベトナム 28%
などである。相談内容は,滞留ビザ問題,家庭問題,家庭内暴力,経済問題などが多い。
② 教育,文化活動。コミュニケーション及び韓国の社会適応のための韓国語教育,生活文化の 教育や体験,情報化教育,移住女性のリーダーシップ開発のための教育,多文化社会を拓く支援活 動家の教育,性暴行・家庭内暴力の予防教育,移住女性の文化活動の支援などを行っている。2年 間の教育課程を
200
人程度が修了しており,一部は各支部でスタッフとして働いている。移住女性 は働きたがるが,学歴インフレ社会の韓国では難しい場合が多い。モンゴル,フィリピンは高学歴 が多く,逆に,ベトナム,カンボジアは低学歴,中国は中間である。③ 政策・研究活動。移住女性の権利向上と制度の改善のための定例シンポジウムの開催,アジ ア移住女性の国際会議の開催との連帯活動,国民の意識の向上と制度の改善のためのキャンペーン 実施,移住女性と関連した政策の監視活動を行っている。また移住女性関連政策の研究のために政 策研究チームを運営している。
④ 母性保護活動。医療保険の恩恵を受けられない外国人移住女性への外国人労働者の医療共済
29 2010年10月25日,カンソンウィ氏(事務局長)との面談および2010年7月19日電話でのインタビューに よる。
会の無料診療所で医療サービスを提供し,出産,新生児のサポートなど,母性保護のための医療支 援も行っている。
⑤ 出版,PR。資料発刊,ニュースレターの発行とともに,ウェブサイトで情報を発信している。
一例として外国人女性による写真集「新しく出会う日々」を発行している。
⑥ コミュニティ・サポート。女性外国人のエンパワーメントを図るために自己評価の向上プロ グラムを実施している。また各国のコミュニティを支援している。特にモンゴル人女性会は約
4,000
人の会員で全国的に活発に活動している。フィリピン女性は大学路にフィリピン聖堂があって,ミ サの後情報交換をしている。彼女らは英語ができるので多くの情報に接することができる。(3) 雇用許可制に対する評価
2004年に雇用許可制が導入されて,そもそも女性外国人労働者の割合が減った。以前は全体の
3
分の1
を占めていたのに,現在は4
分の1
から5
分の1
に過ぎない。特に製造業分野で顕著である。韓国内の中小企業がフィリピンやベトナムから安い外国人研修生を雇っていたが,グローバル化が 進む中,企業の海外進出が進み,製造業の空洞化が進んでいるためと思われる。
雇用許可制は産業研修制度に比べれば改善されているが,長期的に見てあまり良い制度ではない。
特に事業場変更の制限や求職期間
3
ヶ月という制度は変更する必要がある。求職期間は住居や食 事の問題もある。また労働者組合にも加入することができない。したがって家族が一緒に住むこと ができる環境と人間としての権利を保障しなければならない。(4) 世界的金融危機の影響
韓国国内が不景気になったことで外国人労働者のおかれた環境は悪化している。特に,これまで 慣例的に使用者負担だった宿舎費と食費が賃金から差し引かれることにより,外国人労働者の受け 取る金額は
20〜30
万ウォン減少してしまった。これにより平均して最低賃金を下回る外国人労働 者も出てきている。(5) 李明博政権の外国人労働者政策
李明博政権になって,競争力が重視され,全般的に人権が軽視されている。典型的には,不法滞 在者に対する取締りと強制退去の強化である。以前は取締り期間が決められていたが,現在は一年 中行われている。また以前は組織の仕事だったが,個人の歩合になって評価や昇進の対象になるた
め,
みんな一生懸命取締りするようになった。 特に今年は, G20
の会議があるため,取締りが強くなっ
た。
まるで外国人労働者を犯罪者扱いしているようで, 李明博政権の人権意識が現れている(写真 1)。
また李明博政権になって各種の移住者支援事業が相次いで廃止・縮小されている。女性部は
2009
年10
月「1366 移住女性緊急電話」事業を受託運営してきた移住女性人権センターに公文書 を送り契約解約を通知した。家庭暴力など緊急で差し迫った状況に置かれた移住女性に対し相談・支援するこの事業は, 2006年から移住女性人権センターなど民間団体が
1
年単位で契約を更新し て受託運営してきた。ハン・グクヨム代表は「女性部では政府が直接運営するという意を表明して いるが,長い間の経験とネットワークを持った民間団体を排除すればむしろ混乱だけを引き起こし 効率は落ちるだろう」と述べている30。30 『ハンギョレ』2008年12月6日付。
多文化社会を志向する政策は,対象者が結婚移民者に限られているのがほとんどである。しかし 結婚移民者は移住労働者の
20%
に過ぎないから,多文化に焦点を合わせるのは意味がない。結婚 移民者の52%
が低所得層であり,彼らに対する支援は低所得層に対する当然実施すべき支援であ ると思う。(6) 支援団体のネットワーク
女性外国人労働者を支援している民間団体は当団体だけである。結婚移民を支援するネットワー クには入っている。2003年には他団体と協力して,研修生制度の廃止と労働許可を要求して,断 食座り込みを行った。2004年に韓国女性団体連合に加入している。
市民団体と政府の関係については,市民団体は外国人と直接接触するので具体的状況を把握して いるのに対し,政府は社会のニーズをよく分かっていないので,法務省や外国人会議,出入国管理 等の委員に市民団体の代表を加え,情報収集をしている。市民団体は政策に対するモニタリングと 問題提起をしている。
3. 韓国外国人勤労者支援センター31(ソウル特別市九老区)
(1) 団体概要
韓国外国人勤労者支援センターは,外国人労働者を支援するために 2004年
12
月に労働部が設立 し,産業人力公団が管理し,(社)「地球の愛分かち合い」(代表金ヘソン)が委託運営している非 営利団体である。前身は1990
年代に城南市で結成した「韓国外国人労働対策組合」である。現在 の活動拠点は,ソウル市以外には外国人労働者が多い安山市,広州市,楊州市などにある。スタッ フ数は約150
人である。主な財源は政府の補助金であり,プログラムの運営と人件費として使用さ れる。宝くじの資金は,建物の賃貸料,寄付金は,外国人専用の病院と無料食堂の運営に使われる。2008
年の収入は11
億8,466
万ウォンで,内訳は補助金11
億6,799
万ウォン,寄付864
万ウォン,収益
803
万ウォンである。支出は11
億4,301
万ウォンで,内訳は,人件費4
億7,545
万ウォン,相談事業
2
億4,800
万ウォン,メディア事業2
億52
万ウォンなどである。31 2009年12月4日,李ヒョジョン氏(相談チーム主任)への面談による。
写真1 出入国管理事務所摘発員による女性外国人労働者への暴行
(2) 主要活動
① 相談事業。17ヶ国語での電話相談をする「ヘルプライン」がある。相談室には,13ヶ国出身 のセラピストが常駐しており,
2009
年には電話相談が,3
万9,462
件,訪問相談も8,465
件行われた。設立以来,相談件数は
14
万件に達した。相談内容は賃金不払い(60%),事業場移動など労働問題 が中心だが,国際結婚の増加に伴い家庭内暴力など多岐にわたっている。不景気の中で未登録労働 者の相談は増えなかったが,解雇の問題に対して相談が増えている。2007年の満足度調査(190人 対象)では,相談事業に対して「とても満足」56.3%,「満足」37.4%と満足度が高かった 。 ② 教育事業。外国人に必要な教育を実施し,韓国の伝統文化を知らせるために,韓国語,コン ピューター,テコンドーなどの無料教室を開催している。韓国語教室はレベル別になっている。2007
年の満足度は,韓国語,コンピューター教室ともに87%
と高かった。③ メディア事業。
7
つの言語で発行する無料ニュースレター「Migrant OK」(毎月3
万6,000
部),14
ヶ国出身のアナウンサーが直接ニュースを伝える インターネット放送「MNTV」(訪問者数 10 万人),情報共有サイトを運営している。④ 外国人専用病院。2004年に韓国で初めて外国人労働者専用の病院を設立した。病床
30
で20
人のスタッフがいる。医者はボランティアであり,内科,外科,産科,放射線科などがある。無料 のため患者は遠隔地からも訪れ,1日250
人程度である。これまで未登録労働者や失業者を含め17
万5
千人の治療を行ってきた。そのうち4
割を韓国系中国人が占めている。しかし不景気の中,国 民銀行など企業の寄付金が半減し,閉鎖の危機に追い込まれている。(3) 雇用許可制の評価
雇用許可制は人権的な面では過渡期的である。登録労働者と未登録労働者は同じ労働をしており,
書類上の問題に過ぎない。雇用許可制は外国人労働者の立場よりは経営者の立場を反映していると いえる。制度的には産業研修生の時は労働者と認めないで権利を剥奪し,2年間研修を受けて 1年 間就業だから 1年間だけ労働者と認定していた。これに比べれば雇用許可制で 3年間認められるよ うになったことは前進である。さまざまな問題点あるが韓国人労働者を保護するという政府の見解 も理解できる。しかし韓国人労働者保護と人権とは対立する現象ではないので,韓国人と外国人の 両立が重要だと思う。
例えば
1970
年代における社会の雰囲気は中小企業の発展が困難だったため,大企業中心であり,経営者の経済論理中心になっていた。1990年代における建設業の日当が 7〜10万ウォンだったが,
しかし現在は 10年前よりもっと少ない
5〜8
万ウォンの日当である。この原因を外国人労働者が増 加したため賃金が減少したと言っている。外国人労働者,韓国人労働者,企業,政府などの利害が 対立しているが,お互いに譲歩する必要,特に大企業が譲歩する必要があると思う。さらに雇用期間を
3
年から5
年に延長した。これでは外国人労働者たちが韓国で 5年を過ごした ければ 5年間家族に会うことができない。途中で帰国をすれば延長申し込みができなくなるからだ。また
2009
年春から企業らに公文書を送って宿舎費と食費(20〜30万ウォン)を控除することを公 知した。雇用許可制になっても慣例として負担していた企業が公知を受けて実施している。実質的 に賃金が削減されたのと同じである。またソウルよりは田舎に外国人が多いのに,支援団体はソウ ルに集中されている点も改善の必要があると思う。ちなみに地方に住む日本人には統一教会関係が多いという。
金ヘソン代表によると,雇用許可制を一定評価しつつも,送出不正の清算,事業所変更の回数制 限,職探しの期間限定,不十分な情報の提供など課題が残っていると指摘している。外国人労働者 が負担する非公式の入国の費用は,まだ大きな負担である。また事業所変更の回数制限により,外 国人労働者は,事業主の不当な横暴に耐えなければならない。外国人労働者に提供される情報が不 足しているにもかかわらず,韓国に馴染めずに苦しむ外国人労働者は,以前と異なっていないと批 判している32。
(4) 外国人女性労働者の現状
相談者に占める女性の比率は,一般雇用許可制は
25%,特別雇用許可制は 50%
で,全体として は30%
程度である。相談内容は主に労働問題で男性と同じである。女性特有の問題は,国際結婚 関係で,婚姻や子育てなどである。雇用許可制になって送り出しの不正がなくなり,男女ともに状況は改善している。また賃金や労 働時間,人権などで男性外国人労働者と女性外国人労働者の間に大きな差はない。むしろ制度的に は,妊娠や危険労働禁止など女性保護規定がある。
4. ソウル外国人労働者センター33(ソウル特別市中区)
(1) 団体概要
ソウル外国人労働者センターは外国人移住労働者の人権保護と支援を目的として,1997年
9
月 に設立され,2000年にNPO
団体登録をしている。2005年には社団法人「外国人労働者と一緒に」を設立した。スタッフ(専従)
5
名,ボランティアは定期,不定期合わせて10
人である。会員は1,000
〜2,000人いたが,現在は
300〜500
人に減っている。個人の後援会員は約400
人で,企業の支援 は多くない。政府の支援は失業率が高くなっているので,人件費の支援と住居の支援がある。2009 年の決算書 によると,総収入は1
億2,132
万ウォンである。内訳は,会費8,132
万ウォン,助成金1,001
万ウォン,事業費補助金1,758
万ウォン,その他417
万ウォンである。支出の内訳は,人件費
3,400
万ウォン,ビジネス教育費1,189
万ウォン,事業支援費1,031
万ウォン,運営費3,980
万ウォ ンである。特別事業費は1
億576
万ウォンであり,内訳は,シェルター事業2,877
万ウォン,医療事業
2,774
万ウォン,雇用創出(産業人力公団)4,925万ウォンである。(2) 主要活動
① 人権相談と労働相談。外国人労働者の賃金未払い,労働災害,暴行などの被害相談や出国の 問題,家庭問題,送金問題などの相談をしている。単純労働者,韓国系中国人からの相談が多い。
近年は,相談件数は少なくなっている。これは事業者の意識の変化と未登録労働者が
27
万人から 約18
万人に減少していることと関連している。不法滞在は短期滞在ビザで入国する場合が多い。京義道ポチョンからの相談が多い。ソウル市内では東大門での零細縫製工場で働いている。芸能興 行ビザはかつてロシア人,フィリピン人が多かったが,売春が問題となり,2005年以降入国が難
32 金へソン[2009]参照。
33 2009年11月30日, 朴ソンヒ氏 (スタッフ),李ホンチャン氏との面談による。
しくなった。
② 医療。1999年より医療共済会に参加している。毎月
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回教会内の「善良な近所の診療所」で 無料診療事業を行っている。入院,手術など緊急時の医療費を助成している。最近は政府の無料医 療が増えているので,受診者が減ってきている。③ シェルターの運営。病気やケガをした外国人労働者のためのシェルターを提供している。
1998
年に男性用,2001年に女性用を開設した。④ 教育。1998年より毎週日曜日に韓国語教育とコンピューター教育を実施している。その他労 働,教育,帰還教育,生活教育,技術教育(自動車整備)などを必要に応じて実施している。
⑤ コミュニティの設定とサポート。同じ国の人同士の情報交換や親睦を図るために,ネパール,
バングラデシュ,ウズベキスタンなど国別のコミュニティを作ることを支援している。
⑥ 法制度の改善への働きかけ。移住労働者の人権侵害への最も根本的な原因である不正な法制 度を改善する仕事をしている。
⑦ 文化事業。サッカー大会,体育大会,旅行,美術展,韓国文化体験,お祭りなどを開催して いる。
⑧ PRと提言。移住労働者のための放送局
Salad TV
の開設,daumのカフェ,ホームページ,隔 月で発行するニュースレター「旅人合唱」などを通じて,移住労働者問題に関する広報活動を行っ ている。(3) 雇用許可制の評価
政府は雇用許可制を評価しているが,企業からの視点であり,中小企業が教育を遮断している。
事業場の変更制限など人権問題が残っている。ただし雇用許可制を否定する外国人労働者支援団体 もあるが,当センターは雇用許可制を改善していく立場である。
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