高温ストレスはあらゆる生物が遭遇しうる普遍的な環 境ストレスである.日周,年周の気温や水温の変化に加 え,気象条件によっては突発的に極端な温度上昇にさら されることもある.高温ストレスは短時間のうちに生命 現象のさまざまな側面に影響を与え,細胞に対して致命 的なダメージを引き起こす.そのため,高温ストレスに 対応するための仕組みは,生物が生存するうえで最も重 要な防御システムの一つである.高温ストレスにさらさ れた細胞では転写の急速なリプログラミングが起こり,
さまざまな遺伝子の発現が速やかに誘導されることが知 られている(1).この反応は高温ストレス応答と呼ばれ,
細胞レベルで高温ストレスに適応するための重要な仕組 みである.後に述べるように,高温ストレス応答の基本 となる制御メカニズムは動物や植物を含め,真核生物に 極めて広く保存されている.このことは,高温ストレス への対応が生物にとっていかに重要なことであるかを示 している.しかし,生物がさらされうる高温ストレスの 程度やその影響力は,それぞれの生物がおかれた状況に より大きく異なると想定される.たとえば,動物は高温 ストレスにさらされたとしても,日陰や土中といった温 度の低い場所へ移動することで高温ストレス自体を軽減 することが可能である.それに対し,移動の自由をもた ない植物は外部温度の上昇に自らを適応させるしかな く,ときには非常に極端な高温ストレスや長期間にわた る高温ストレスにも耐えなくてはならない.植物が生き
残るためには,幅広いパターンの高温ストレスにも適応 しうる強靭かつ柔軟な高温ストレス応答の制御システム が必要になってくると推測される.
これまでに,高温ストレス応答制御機構の研究は主に ヒトやショウジョウバエ,酵母などを用いて行われてき た(2).しかし近年,筆者らを含むいくつかの研究グルー プによって,植物における高温ストレス応答を制御する 重要な因子やそれらのつながりもしだいに解明されつつ
ある(3, 4).その結果,植物の高温ストレス応答制御機構
は動物以上に複雑化しており,特に転写制御レベルで多 数の転写因子が関与する転写カスケードが形成されてい ることが明らかにされた.本稿では植物の高温ストレス 応答について,多数の転写因子が織りなす転写ネット ワークとその制御メカニズムを中心に紹介する.
植物HSFファミリーの特徴
高温ストレス応答の転写制御機構は真核生物間でよく 保存されており,その中枢にはHeat shock transcrip- tion factor(HSF)と呼ばれる転写因子が存在している(2). 植物ではほかの生物に例を見ない複雑なHSFファミ リーが発達しており(5),それらは植物の高温ストレス応 答の特徴と深くかかわっている.そこで初めに,HSF の基本的な性質と植物HSFに独自な特徴について紹介 する.高温ストレスを感知した細胞では,Heat shock
高温環境を生き抜くための植物の転写制御機構
大濱直彦,篠崎和子
東京大学大学院農学生命科学研究科
セミナー室
植物の生存・成長戦略から見た環境突破力-3protein(HSP)と呼ばれる一群の遺伝子の転写が速やか に誘導されることが知られている.HSPは分子シャペロ ンとしての機能をもっており,高温ストレスにより変性 したタンパク質に結合し,凝集を防ぐとともに立体構造 の復元を行う.ショウジョウバエにおける 遺伝子 のプロモーター解析により,高温ストレス誘導性の遺伝 子発現をもたらすシス因子としてHeat shock element
(HSE: nGAAnnTTCnまたはnTTCnnGAAn)が同定さ れた(6). HSEは高温ストレス誘導性遺伝子のプロモー ターに共通に見られる配列であることから,ここに結合 するタンパク質は高温ストレス応答の中枢を担う制御因 子であると推測された.そこでHSEへの結合を指標に タンパク質を精製,単離した結果,発見された因子が HSFである(7).HSFは図1に示すようなモジュール化さ れた構造をもつ(2, 5).N末端側に存在するDNA結合ドメ インとオリゴマー化ドメインはHSFに共通して存在す る機能性領域であり,特にDNA結合ドメインのアミノ 酸配列はHSF間で高い相同性を示す.不活性なHSFは 単量体で存在し,この状態ではHSEに結合できない.
高温ストレスなどの刺激により活性化されると,HSF はオリゴマー化ドメインでコイルドコイルを形成するこ とで三量体化する.この状態になって初めて,HSFは HSEに結合できるようになる(2).
HSFは真核生物に極めて広く保存された転写因子で あるため,HSFを介した高温ストレス応答の制御機構
は真核生物に共通した仕組みであると考えられている(2). しかし,HSF自身の基本的な分子的性質は生物間で共通 しているが,植物のHSFにはほかの生物にはない特徴 がいくつかある.一つ目はファミリー遺伝子の量的およ び質的な多様性である.表1に示すように,植物以外の 生物ではHSFファミリーは1 〜4種類のメンバーで構成 される.それに対し,植物のHSFファミリーはシロイヌ ナズナでは21種類,イネでは25種類ものメンバーを含 んでいる(5).近年ではゲノム情報の蓄積によりさまざま な植物種でHSFが同定され,その結果植物は種によっ て19 〜52種類という極めて多様なHSFをもつことが明 らかにされている(5).植物HSFはほかの生物のHSFと 比較した際,オリゴマー化ドメインに挿入配列をもつ場 合がある.この配列の長さによって,植物HSFはA, B, Cの3つのクラスに分類されている(2).一般的にHSFは 転写制御においてアクチベーターとして機能し,植物で もクラスAのHSF(HSFA)には転写活性化ドメイン が存在する.これに対し,クラスBのHSF(HSFB)に は転写抑制ドメインが存在する.このようなリプレッ サー型HSFは植物独自の存在である.一方,クラスC のHSFについては転写制御にかかわるドメインが同定 されておらず,このクラスのHSFの機能はほとんどわ かっていない.二つ目の特徴はHSFのなかにそれ自身 の発現が高温ストレス誘導性を示すものがあることであ る.動物や酵母などではHSFは恒常的に発現しており,
タンパク質レベルでの制御によって活性が調節され る(2).それに対し,一部の植物HSFは転写レベルで活 性が制御されており,高温ストレスによって急速に発現 が誘導される(8).このため,細胞内のHSF組成は高温 ストレス前後で大きく変化すると考えられる.
高温ストレス応答のマスターレギュレーターとして のHSFA1
植物のHSFではファミリーメンバー間で高温ストレ ス応答に対する機能分化が進み,いくつものHSFが異 図1■HSFのドメイン構造
ショウジョウバエHSF(DmHSF),ヒトHSF1(HsHSF1),シロ イヌナズナHSF(HSFA1a, HSFB1, HSFC1)の構造を示す.図の 簡略化のため,本文中で触れたドメインについてのみ記した.
HSFA1a, HSFC1のオリゴマー化ドメイン中の色が薄い部分は挿 入配列を示す.DBD: DNA-binding domain, HR-A/B: Heptad re- peat A/B(オリゴマー化ドメイン),AD: Activation domain, RD:
Repression domain.
表1■さまざまな生物種におけるHSFの数
生物種 HSF数
非植物 酵母 1
ショウジョウバエ 1
ヒト 3
マウス 4
植物 シロイヌナズナ 21
イネ 25
ダイズ 52
トマト 24
なる時期に異なる役割を担っている.それらのうち,
HSFAのA1グループ(HSFA1)は高温ストレス応答の 誘導に大きな役割をもつことが,トマトを用いた研究に より以前から指摘されていた(5).しかし,変異体などを 用いた決定的な証拠は得られていなかったため,マス ターレギュレーターなのか,多くのレギュレーターの一 つに過ぎないのかは明らかにされていなかった.筆者ら のグループは 多重変異シロイヌナズナのトランス クリプトーム解析により,ほとんどすべての高温ストレ ス誘導性遺伝子はHSFA1の制御下にあることを示した(9). この結果は,HSFA1が高温ストレスシグナルを遺伝子 発現に変換する中枢であり,マスターレギュレーターと して機能すること示している.シロイヌナズナには4種 類のHSFA1(HSFA1a, HSFA1b, HSFA1d, HSFA1e)が 存在するが,そのうち高温ストレス応答で特に重要なも のはHSFA1a, HSFA1b, HSFA1dの3つである.HSFA1e は通常の植物体では高温ストレス応答の起動には関与で きないが,興味深いことに,種子ではある程度高温スト レス耐性の獲得に寄与することが報告されている(10).発 現部位や下流遺伝子の微妙な違いなどにより,HSFA1 間には何らかの機能分担が存在しているのかもしれな い.
HSFA1自身の発現は恒常的であり,高温ストレス時 にはタンパク質レベルで活性化を受けることで下流遺伝 子の発現を誘導する.HSFA1の活性化にかかわる要因 としてはHSP70およびHSP90との相互作用やHSFA1 自身のリン酸化状態などが推測されている.HSP70, HSP90はHSFA1の負の制御因子として働き,相互作用 を介してHSFA1の活性を核移行やDNA結合活性,転 写活性化能などのレベルで抑制することが示唆されてい
る(5, 9).高温ストレス時はこれらのHSPが変性タンパク
質と結合するようになるため,フリーになったHSFA1 が活性をもつようになると考えられている.ただし,
HSP70, HSP90は細胞内に極めて多量に存在するタンパ ク質であることから,この制御が変性タンパク質との競 合的結合だけで説明できるのかについては疑問が残る.
また,この抑制機構の分子メカニズム自体にも不明な点 が多く,今後さらなる解析が必要である.リン酸化状態 の変化によるHSFの活性化は,ヒトHSFで特によく解析 されている活性制御機構である(11).植物においても HSFA1をリン酸化するタンパク質キナーゼはいくつか 知られており,同様の制御を受けている可能性が考えら
れる(12, 13).しかし,HSFA1のリン酸化部位や で
のHSFA1のリン酸化状態,高温ストレス時におけるリ ン酸化の経時的な変化などはわかっておらず,HSFA1
の活性化にどの程度リン酸化が関与しているのかはっき りしていない.
HSFA1下流の転写カスケード
HSFA1が活性化されることにより多数の高温ストレ ス誘導性遺伝子が発現し始める.このとき植物に特徴的 な点として,HSFを含む多数の転写因子が高温ストレ ス誘導性遺伝子に含まれるという点が挙げられる(8, 9). HSFA1の下流転写因子は高温ストレスが持続するに 従って蓄積していきHSPの発現を強化したり,それぞ れの転写因子に特有の経路で遺伝子発現を制御したりす る.一部の転写因子はさらに別の転写因子の発現を誘導 し,時間の経過に伴い遺伝子発現パターンを変化させて いく.このような転写カスケードが形成されることで,
植物は高温ストレスの持続時間に応じた対処が可能と なっている(図2).近年では転写因子だけでなく,ク ロマチン構造や転写後調節を介した制御も適切な遺伝子 発現パターンの形成に必要であることも示されてい る(4, 14).
シロイヌナズナの のうち,高温ストレス誘導性の 遺伝子は , , , , ,
, , などが知られる.そのなか でも,特にHSFA2とHSFA3は高温ストレス応答の正 の制御因子として重要な役割をもつ.HSFA2は高温ス
図2■高温ストレス応答の転写カスケード
マスターレギュレーターであるHSFA1の下流には多数の転写因 子が存在し,高温ストレス応答の増幅,維持,微調整などを担う.
特に高温ストレス誘導性HSFの存在は植物に独特なものである
(TFs: Transcription factors).
トレスにさらされると速やかに誘導され,HSPや代謝 酵素の発現を増幅する(15). 変異体では高温ストレス 応答が十分に維持できず,高温ストレス処理時間が長引 くと の発現がしだいに低下する.また,HSFA2は Acquired thermotoleranceと呼ばれる高温ストレス耐 性の獲得においても重要な因子である.Acquired ther- motoleranceとは,一度非致死的な高温ストレスにさら された植物が示す高温ストレス耐性である.これは,一 度誘導されたHSPなどの発現が,高温ストレス処理終 了後もしばらくの間は遺伝子発現レベル,タンパク質レ ベルで残ることによってもたらされると考えられてい る. 変異体では高温ストレス処理後の の発現 減衰が早くに起こってしまうため,Acquired thermo- toleranceの持続期間が短くなってしまう(15).HSFA2は HSFA1と同様にHSEに結合して などの発現を制 御するが,興味深いことに,HSFA2は自分自身を含め 大半のHSFA1下流転写因子遺伝子の発現を活性化する ことができない(16).この現象のメカニズムは不明であ るが,転写カスケード全体に対する正の制御はHSFA1 に特異的な機能であると推察される.HSFA3はさらに 長期の高温ストレスにさらされた場合に誘導される.
HSFA3はHSFA1の直接の標的ではなく,後述するDe- hydration-responsive element binding protein 2A
(DREB2A)という高温ストレス誘導性転写因子を介し て発現が誘導される(17). DREB2AはHSFA2と同じタ イミングで発現が誘導されるため,HSFA3の発現開始 はHSFA2のそれよりも大きく後ろにずれ込む.そのた め,HSFA3は高温ストレスが長時間持続した場合を想 定したHSFであると考えられる.実際に, 変異体 は24時間という長期の高温ストレスで処理された場合,
HSPの発現を十分に維持できないことが示されてい る(17).
HSFA2, HSFA3の機能が示すように,高温ストレス 誘導性遺伝子の発現を持続,増幅させる仕組みは高温ス トレス環境を生き延びるために必須である.しかし,過 剰な応答は植物の生長に悪影響をもたらしかねない.た とえば, や の過剰発現は植物に高温ス トレス耐性をもたらすものの,同時に強い矮化を引き起 こすことが知られている.植物にとって生長の遅れは生 存競争に大きな悪影響を及ぼすため,状況に応じて高温 ストレス応答を抑制する因子も重要となる.植物独自な リプレッサー型HSFであるHSFBは,高温ストレス応 答のブレーキであると考えられている.実際に,
二重変異体では通常条件やマイルドな高温ストレ ス条件でも, が過剰に発現することが報告され
ている(18).ただ,トマトにおいてはHSFB1がHSFAの コアクチベーターとして働いており,植物種ごとに異な る機能を発達させている可能性もある(4).
高温ストレス誘導性転写因子にはHSF以外にも多く の転写因子が含まれる.代表的なものとして,酸化スト レス応答にかかわるZAT12,小胞体ストレス応答にか かわるNF-YC2,植物ホルモンシグナルとの関連が指摘 されているMBF1c,そして乾燥と高温の両方のストレ ス応答にかかわるDREB2Aなどが挙げられる(19〜22).本 稿ですべてを紹介することは難しいため,ここでは特 に,筆者らのグループで解析を進めているDREB2Aに ついて最近の研究成果を紹介する.
DREB2Aは元々,乾燥ストレス誘導性遺伝子発現に かかわるシス因子DREの結合タンパク質して単離され た(22). DREB2Aは乾燥ストレス時に転写レベル,タン パク質安定性レベルの制御で活性化される.後の研究に より,DREB2Aは乾燥ストレスだけでなく,高温スト レス時にも活性化されることが示された(22).興味深い ことに,DREB2Aは乾燥ストレス時と高温ストレス時 で異なる遺伝子の発現を制御している.たとえば,先に 解説したHSFA3はDREB2Aの標的遺伝子であるが,
HSFA3が発現誘導されるのは高温ストレス時のみであ る.筆者らはDREB2Aを制御するタンパク質を探索し,
DNA polymerase II subunit B3-1(DPB3-1)を見いだ した(23). DPB3-1は高温ストレス時特異的にDREB2A の機能を強化し,下流遺伝子の発現を高めることが示さ れた.DPB3-1はNF-YB3, NF-YA2という因子とともに 三量体を形成して機能するが,このうちDPB3-1とNF- YB3は高温ストレス誘導性である.DPB3-1を含む三量 体は高温ストレス条件下で初めて形成されるため,高温 ストレス特異的にDREB2Aの機能を強化することがで きると考えられる(図3).興味深いことに,DPB3-1過 剰発現体ではDREB2Aのみならず,HSFA1下流遺伝子 の発現も強化される.そのため,DPB3-1は高温ストレ ス応答の転写カスケードに対するエンハンサーとして機 能している可能性がある.DPB3-1自体はエンハンサー であるため,DREB2Aのようにコアとなる転写因子が 活性化していないときは機能できない.そのため,
DPB3-1の過剰発現は植物の生長に悪影響を与えること なく,高いレベルの高温ストレス耐性を付与することが できる.この特徴は農業上で有用であるため,分子育種 への応用が期待される.
高温ストレスシグナルの受容と伝達
温度自体は細胞内のあらゆる現象に直接影響を与える パラメータであることから,原理的にはすべての細胞構 成因子が温度変化を感知しうる.また,温度変化は物理 現象であるため,物質の相互作用を基盤とする一般的な 受容体探索を行うことはできない.そのため,温度セン サーを直接同定することは極めて難しいと考えられてき
た.しかし,阻害剤などを用いた実験から,植物細胞は 少なくとも細胞膜流動性の上昇,変性タンパク質の発 生,活性酸素種(ROS)の発生,細胞骨格の異常などを 通して間接的に温度変化を捉えているのではないかと考 えられるようになってきている(3)(図4).
細胞膜流動性は脂質組成の調整によって一定に保てる ことから,細胞膜は温度変化を感知するのに適した場で あると考えられる.現在のところ細胞膜流動性そのもの を捉える因子は見つかっていないが,その下流のシグナ ル伝達経路については少しずつ明らかになってきてい る.細胞膜流動性の上昇は細胞外からのカルシウムイオ ンの流入を引き起こし,この流入は高温ストレス応答の 誘導に必須であることが示されていた.最近,このとき のカルシウムイオンの流入にはCyclic nucleotide-gated channel(CNGC)と呼ばれるカルシウムチャネルがか かわることが報告された(24~26). CNGCはシロイヌナズ ナに20種類存在するが,そのうち幼植物体ではCNGC2 とCNGC6,花粉ではCNGC16が高温ストレス応答にか かわると言われている.動物の神経細胞では同様の働き を示すカルシウムチャネルとしてTransient receptor potential cation channel(TRP)がよく知られている が,植物にはTRPの相同遺伝子は存在していない.
CNGCが開放されるためにはcyclic nucleotideとの結合 が必要である.高温ストレス時にはcAMPやcGMPが 増加するため(24, 26),細胞膜流動性の変化を感知したセ ンサー因子がcyclic nucleotideの生産を介し,CNGCの 開放を引き起こしていると考えられる.カルシウムイオ 図3■高温ストレス特異的複合体形成によるDREB2Aの制御機
構
DREB2A相互作用因子であるDPB3-1は高温ストレス時に誘導さ れ,NF-YB3, NF-YA2と三量体を形成する.三量体はDREB2Aと 複合体を形成し,DREB2A下流遺伝子のうち高温ストレス誘導性 遺伝子の発現を選択的に強化する.
図4■高温ストレスの感知とシグナル伝達 の概念図
高温ストレスは細胞内のさまざまな部位で感 知され,カルシウムイオンの流入やタンパク 質キナーゼの活性などを介して伝達される.
ンの濃度上昇はCalmodulin 3(CaM3)やMPKを活性 化することで下流にシグナルを伝えている(3). CaM3と 結合するタンパク質キナーゼ(CaM-binding protein ki- nase 3, CBK3)やタンパク質フォスファターゼ(Pro- tein phosphatase 7, PP7)がHSFA1の相互作用因子と して同定されているため,カルシウムシグナルは最終的 にHSFA1のリン酸化状態の制御を通じて下流遺伝子の 発現につながると推測されている(3).ただし,これまで に報告されたシグナル伝達因子だけではカルシウムシグ ナルの影響の一部しか説明できないことから,未発見の 因子がまだいくつも残されているのではないかと推察さ れる.
変性タンパク質の発生が温度上昇の指標になるという 考え方は,動物における高温ストレス応答制御機構とし てよく知られている.HSFの抑制因子であるHSPが変 性タンパク質に結合し,HSFが抑制から解放されて高温 ストレス応答が引き起こされるというシンプルなモデル である(2).すでに述べたように,植物でもHSPはHSFA1 の活性制御因子であることが示唆されている.ただし,
植物ではHSFファミリーの多様化によりこの制御系も 複雑化していると推測されている.たとえば,HSPと の相互作用がもたらす影響は,HSFの種類によって異 なることがトマトにおいて報告されている(27). HSF組 成が高温ストレス応答中に大きく変化することを考える と,植物細胞ではHSF-HSP間相互作用のなかにも複雑 な高温ストレス応答制御ネットワークが存在している可 能性が考えられる.
ROSの発生や細胞骨格の異常も高温ストレス応答を 引き起こすシグナルとなるが,これらのシグナル伝達に 関しては大部分が未解明である.ROSは高温ストレス でダメージを受けた葉緑体から発生するほか,NADPH オキシダーゼによる積極的な生産も行われている(3).最 近,ROSダメージを受けた脂質から発生する物質であ るReactive short-chain leaf volatiles(RSLVs)が高温 ストレス応答誘導作用をもつことが報告された(28).こ の分子の作用機構は不明であるが,ROSシグナルはさ らに別の分子種の発生を介して伝達されている可能性も ある.細胞骨格の異常はMPKの活性化を介して高温ス トレス応答を起こす(29).ただし,それ以上のシグナル 伝達経路の解明は進んでおらず,さらなる解析が待たれ る.
おわりに
固着性生物である植物は遺伝子発現を制御することで
環境の変化に適応する.そのために植物は数多くの転写 因子をもち,それらは複雑なネットワークを形成してい ることが知られている.本稿で紹介した高温ストレス応 答の複雑な制御系もその一例と言える.転写レベルの制 御においては,各転写因子における上流,下流因子の解 析が進んだことで転写カスケードの全体像が少しずつ明 らかになってきた.一方,高温ストレスセンサーの実体 や,センサーからのシグナルを転写カスケードへ入力す るシグナル伝達機構については未解明な部分が多く,今 後の解析が待たれるところである.
地球温暖化の進行に伴い,21世紀中の平均気温のさ らなる上昇は避けられなくなりつつある.植物の中でも 花や果実といった生殖器官は高温ストレスによるダメー ジを受けやすいことから,地球温暖化は農業にとって極 めて深刻な問題である.このような食糧生産における必 要性から,植物の高温ストレス応答制御機構を解明し,
分子育種などに応用することの重要性はますます高まっ ていくだろう.高温ストレスセンサーから転写制御まで の一連のシグナルの流れが解き明かされ,植物のもつ高 温ストレス耐性を最大限に引き出した作物が生み出され ることを期待したい.
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プロフィル
大濱 直彦(Naohiko OHAMA)
<略歴>2010年東京大学農学部応用生命 化学・工学専修卒業/2015年同大学大学 院農学生命科学研究科博士課程修了/同年 同大学大学院農学生命科学研究科特任研究 員.現在に至る<研究テーマと抱負>植物 の高温ストレス応答におけるシグナル伝達 機構の解明,植物が環境の変化から身を守 る仕組みを分子レベルで明らかにしていき たい<趣味>読書
篠崎 和子(Kazuko YAMAGUCHI- SHINOZAKI)
<略歴>1982年東京工業大学大学院総合 理工学研究科博士課程修了/国立遺伝学研 究所(学術振興会特別研究員)/1987年ロッ クフェラー大学(博士研究員)/1989年理 化学研究所(基礎化学特別研究員)/1993 年国際農林水産業研究センター(主任研究 官)/2004年東京大学大学院農学生命科学 研究科(教授),現在に至る<研究テーマ と抱負>植物の環境ストレス応答における シグナルの受容機構や伝達機構や環境スト レス下の植物の成長制御に興味をもってい る.得られた成果を利用した環境耐性作物 の開発にも挑戦している<趣味>芸術鑑 賞,料 理<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/pmp/index.
html
Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.53.696