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A1042698 小野恵美 2014 年1月15 日提出 - Sophia

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1990 年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文

ゆるいとは何か

―言葉のマーケティング―

A1042698 小野恵美 2014 年 1 月 15 日提出

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目次

はじめに

ゆるキャラブームについた

「ゆるい」の需要 癒しブーム 癒しとゆるさ まとめ

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はじめに

これまでキャラクターと言えばディズニーやユニバーサル、それからエヴァンゲリオンなどの 完成されたアニメーションが人気を博しており、アニメーションの技術を考えてもそのクオリテ ィーはますます進化をとげている。洗練されたアニメーションによる経済効果は著しく、日本の 一大産業の一つとなっている。

1 The world of animationより引用

上図のように、アニメーションの経済効果は年々上昇しているが、これを受けて様々な企業 がアニメーションの効果を利用して商品戦略や広告戦略を展開してきた。

この精密で徹底されたアニメーションキャラクターやそのストーリーは日本で広く受け入れ られてきた。これは日本における他の物事にも言える。日本の自動車や家電製品の完璧さは世界 でも評価が高く、各国で使われている。最近では日本の洗練されたサービスも注目されており毎 年海外からの観光客はその数を伸ばしている。日本人は海外から見ても国民性として完璧主義的 なところがあり、商品一つ一つの包装や欠陥品のチェック、ホテルやレストランの清掃状況など 完璧を意識する日本人の性格は様々なところから見て取れる。ここで私が言いたいことは、この 完璧主義的性格が完成された洗練されたアニメーションが日本で受け入れられる結果をもたら したのではないかということである。

しかし、そこで、である。これまで完璧な商品・サービスを求めてきた日本人の前に突然現れ たのが「ゆるい」という言葉である。この言葉を日本に浸透させた代表的な出来事がゆるきゃら ブームである。これまでの日本の理想とは正反対とも言えるような「ゆるい」の存在がなぜここ

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まで日本に浸透していったのか。これは非常に興味深い事物であると私は感じている。ここでは、

日本に現れた「ゆるい」の存在について考察したい。

1.ゆるキャラブームについて

そもそもゆるキャラとは、独特のほのぼのとした雰囲気を持ったキャラクターのことであるが その定義は曖昧である。ここでは、ゆるキャラは地域活性化を主に目的として誕生したキャラク ター全般のことを指すことにする。地域の魅力をアピールするために自治体がご当地キャラクタ ーを活用する動きが全国的に起こっており、関連グッズは好調な売れ行きを見せるなど、ゆるキ ャラが社会現象となっている。このブームのきっかけは滋賀県彦根市のひこにゃんとされており、

彦根城築城400年祭のイメージキャラクターとして、そのゆるさが人気を集めた。ご当地キャ ラによる運動会「ゆるキャラカップ」や「ご当地キャラ総選挙」など全国規模でのイベントも次々 と開催されている。このようなイベントによってキャラクターの知名度が上昇すると地域のPR になり、名産品の売れ行き向上や観光客の増加にもつながる。

中でもくまモン(九州新幹線開業を控えて熊本県をPRするために展開された)は、県産品や県 のPRに役立つ商品などを対象にキャラクターを無償で使用させ、2011年のゆるキャラグラン プリで優勝してから全国で名が広がり、使用許可は2013年6月末時点で1万件を突破していた。

2012年の売上高は293億円となった。

このように日本におけるゆるキャラの影響力は大きく、現在ではバラエティー番組にもタレン トと同じように登場してくるようになった。確かに、独自で開発したゆるいキャラクターを利用 しての広告活動には人気キャラクターを起用するよりもかかる費用も少ないし、自らの思い通り の宣伝ができたりとメリットは多いかもしれない。しかし、人気キャラクターを使う最大のメリ ットはその知名度である。すでに、十分なキャラクター性で世の中に認められたものを利用した 方が宣伝力として期待できる効果も格段に違う。しかし、ゆるキャラは、プロが生み出したもの

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でないものばかりであり、地域がそのキャラクターの知名度に最初から乗っかるというよりもむ しろ一緒に成長していくという形をとり、それがまさか、ことごとく日本中に受け入れられたの である。世に送り出すキャラクターはやはりアニメーションのプロが生み出すというのがこれま での概念であったが、地域の活性化という一大プロジェクトに起用するキャラクターを素人が発 案するということ、そしてそれが功を奏し日本中で愛されるキャラクターとなったことは偶然な のであろうか。ここには「ゆるい」を受け入れる国民の背景があるのではないか。

2.「ゆるい」の需要

日本人は国民性として緩いというよりかはむしろ固い性格として世界でも位置づけられてい ることは言うまでもない。歌舞伎のような伝統芸能をとっても、その仕来りは非常に厳しく格式 高いものである。国技の相撲に関しても他国の国技の在り方とは全く違うように思われる。これ らの人々は国を代表する人物として非常に厳格な環境の中で生活している。一般人においても、

日本ではたとえば言葉遣いの良し悪しがその人自体の人間性を決めてしまうといったような他 の国では考えられないような細かい厳しさがある。人間関係でも日本の「かたさ」を象徴するも のが先輩・後輩の考え方である。もちろん他国にも年上の人を敬うような行為は存在するであろ うが、日本ほどではない。私の通っていた高校でも厳しい運動部にあった少しやりすぎなのでは ないかというような決まりがあった。電車やバスで座っているときは先輩が来たら何があろうと 必ず席を譲ったり、先輩の席をとる係りが決められたりしている。ただしこのような行為は運動 部に所属していた経験のある日本人にとっては決して変わったことではなくそのような意識は 当たり前のこととして持っているようなものなのだ。会社でも年功序列制度などはまだあり、年 上から順に任される職種のランクが上がったり、給料が上がっていく。子供は小さい頃から遊び よりも勉強を重視され、学校が終われば塾に通い難しい受験に合格することを期待される。大学 に入ったのちも最終的には大企業に就職することを暗黙の了解で周囲から求められているのだ。

このような凝り固まった日本の環境においては、「ゆるい」はむしろ奇妙とも言えるような違和 感があるに違いない。しかしながら、ゆるいの文化は驚くほどすんなりと日本に受け入れられて いった。それはいったいどういうことなのだろう。

日本の厳しさの一つとしてはやはり人間関係の問題があるが、その人間関係の中に「ゆるさ」

を求める兆しが見えている。SNSといったコミュニケーションツールが日本で広く愛されてい ることはこれを証明する一つのケースである。そもそもEメールの普及により日本におけるコ ミュニケーションの在り方は大きく変わってきた。それまで礼儀を重んじていた日本人がフェイ ストゥーフェイスの状況ではなおさら、先輩や目上の人はもちろん他人の要求をはっきりとは断 れないのが常であった。しかし、Eメールの登場で顔を合わせずにやり取りをし、すぐに断りや すい環境というゆるい関係性が広まり始めた。そして今SNSの普及により人々の間の関係性は ますますゆるくなっている。それまでの厳格な環境を強いられていた日本人は、このゆるさに快 感を覚え、ゆるさへの欲求が他の産業にまで向かったのではないかと考える。昔であれば「ゆる い」などという言葉はマイナスの意味合いで捉えられることが多く、「たるんでいる」だとか「だ らしない」だとかいう言語と同じイメージで使われていたはずである。しかし、海外の人からで

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もわかってしまうほどのこの厳しさは日本人自身の首をどこかで無意識に絞めてしまっていた のだと思う。そうした状況に対して、手を差し伸べるかのように「ゆるさ」は形となって現れた のではないか。日本のこの緊迫した張りつめた空気を打ち破るかのように「ゆるい」文化が現れ 日本人の心にゆるっと浸透していったのではないだろうか。

3.癒しブーム

ゆるキャラブームは以前に流行した「癒し」に似ているところがある。2000年前後、日本の 景気が崩れ始め不況が続き、日本人の心が病んでいったちょうどその頃に、癒しという概念が生 まれ「癒し」を売りにした商品やサービスなどが受け入れられていった。疲れた人の心に「癒し」

という概念がすっと浸透していったのだ。

4.癒しとゆるさ

ゆるキャラがブームになったのはだいたい2007年以降と考えられているが、このあたりで言 えば日本の変わらぬ不景気にも関わらず2008年のリーマンショックのお煽りを受けて日本の多 くの企業が倒産したり、買収されたりした。この状況の中で就職難も一層加速し、就職困難者の 数は増加した。こういった八方ふさがりの状況で日本人は「ゆるさ」に救いを求めたのではない だろうか。

ではなぜ、今回は癒しではなく「ゆるさ」だったのだろう。日本に癒しが到来したのちも決し て日本に明るい光がさしたわけではなく、景気は一向に回復せず、現状は変わらなかった。ます ます学歴社会の世の中になっていき、人々は他と競いながら常に何かしらの劣等感を抱えながら 生きるしかなかった。そうした中で、「ゆるい」というあまりにも不完全な正体不明の存在は疲 れ切った日本人の心のしこりを自然と取り除いたのではないだろうか。自治体が地域活性化のた めに日本人の精神状況まで察してニーズを満たしたとは考えにくいがこの選択がちょうど日本 人が求めていた何かだったのではないだろうか。

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7 まとめ

私は今回このテーマについて研究してみて、ゆるいという言葉の背景に様々な社会的背景があ ることを実感した。ゆるキャラを開発した側が意図的にこのブームを創り出そうとしていたかあ るいはこういった需要があることを察していたとは考えにくいが日本の厳しさを逆手に取った ようなこの「ゆるい」戦略があえて日本人に受け入れられたことは間違いない。「ゆるい」とい う言葉そのものがもつマーケティング力から、製品自体の優位性だけで勝ち抜いていくのではな く言葉によって人の心を掴むような戦略も効果的であると実感した。

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8 参考文献、資料、ウェブサイト

The world of animation (http://contest.japias.jp/tqj14/140351/index.html) 日経 「ゆるキャラ」ブームの現状を知る 2013年11月18日掲載

The weekly pressnet (http://www.pressnet.co.jp/2012_06/120609_01.shtml) ゆるキャラ論 犬山秋彦・杉元政光著

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