Levi 平坦面の Diederich–Fornaess 指数の大域評価の CR 幾何的証明
足立真訓 (GAIA, POSTECH / 名大・多元数理)∗
概 要
複素多様体内の実超曲面は, 複素部分多様体による非特異葉層構造を持つ 時, Levi平坦面と呼ばれる. コンパクトLevi平坦面が囲む領域のDiederich–
Fornaess指数は,全空間の複素次元の逆数を越えないことが知られている. 今
回, この大域評価をコンパクトLevi 平坦 CR 多様体に対し定式化すること で,その別証明を与えることに成功したので,これを報告する.
1. 背景
複素多様体X内の滑らかなコンパクト有向実超曲面Mを考える. Mの正則接束を TM1,0 := TX1,0|M ∩(C⊗TM)で表す. また, M の近傍で定義された滑らかな関数ρで, M = ρ−1(0) (0は正則値)と表すものを, Mの定義関数と呼ぶ. MがLevi 平坦面であ るとは, どんな定義関数ρに対するLevi形式i∂∂ρ(v, v) (v ∈TM1,0)もM上恒等的に消え ることをいう. Levi平坦性はLevi 分布Re(TM1,0⊕TM1,0)の可積分性と同値であり,Mは Xの非退化複素超曲面による葉層構造(Levi葉層)を持つ.
コンパクトLevi 平坦面の例に,閉Riemann面上のある種の平坦線織面内の平坦円周 束が挙げられる. 他の既知の例も何らかの特別な幾何構造に由来しており, Levi平坦面 の分類(例えば, X =CP2内の Levi平坦面の非存在予想)は問題となる. これを動機と し, 発表者らは Levi 平坦面の補集合の許容するポテンシャルの制約条件を示した: 事実1 ([7], [4], [2]). (n+ 1)次元複素多様体X (n ≥ 1)内で相対コンパクト領域Ωを 囲む Levi 平坦面Mを考える. この時, Mのいかなる定義関数ρ : U → Rに対しても,
−|ρ|1/(n+1)はU\M上, 強多重劣調和(:⇐⇒ 複素Hesse行列が正定値)にならない.
一般に, 複素領域ΩのDiederich–Fornaess 指数 (以下, DF指数)とは, 境界∂Ωの ある定義関数ρにより, 境界の近くで強多重劣調和関数−|ρ|η が得られるようなベキ η ∈(0,1]の上限値をいう. 存在しない場合は0と定める. 事実1は Levi 平坦境界の相 対コンパクト領域の DF 指数は1/(n+ 1)以下と要約される.
2. 問題と主結果(事実 1 の別証明)
発表者は, Levi 平坦境界の領域Ωの DF指数η(Ω)が,その境界Mの情報のみから η(Ω) =η(M) := sup
h2
(
sup{η∈(0,1]|iΘh − η
1−ηαh∧αhがTM1,0上正定値} ∪ {0} )
と計算できることを示した[1], [2]. ここで h2 は Levi 平坦面Mの正則法束NM1,0 (:=
C⊗TM/(TM1,0⊕TM1,0)) のHermite計量全体を動き, αh, Θhは, それぞれNM1,0のh2に関
する(葉に沿う) Chern接続形式, 曲率形式の1/2倍を表す. そこで, 次が問題となる.
本研究発表は科研費(課題番号: 26800057)の助成を受けたものである.
2010 Mathematics Subject Classification: Primary 32T27, Secondary 32V15, 53B25, 53C12.
キーワード:Diederich–Fornaess指数, CR幾何学, Levi 平坦面, Ricci曲率.
∗e-mail:[email protected], [email protected] web: http://www.math.nagoya-u.ac.jp/~m08002z/
問題. コンパクトLevi平坦CR多様体MのDF指数をη(M)で定める. η(M)に対して, 事実1の与えるDF指数の制約条件は成立するか?
Levi 平坦CR多様体は, Levi 平坦面の抽象化であり, Levi 形式が恒等的に消えるCR 多様体(M, TM1,0)と定義される. 研究開始時には, 答えが No, つまり, 事実1は Levi 平 坦多様体の Levi 平坦面としての実現可能性の障害となる可能性があったが, 研究の結 果,答えは Yes,つまり,事実1は複素領域の関数論を用いず証明できることが分かった. 主結果([3]). (2n+ 1)次元コンパクトLevi平坦CR多様体Mに対し,η(M)≤1/(n+ 1).
証明. Mは有向と仮定してよい. NM1,0の計量h2に対し, hにより正規化した Levi 分布 の定義1形式をηhとおく. 仮にη(M)>1/(n+ 1)であれば, iΘh > iαh∧αh/nだが,
0<
∫
M
(iΘh− 1
niαh∧αh)n∧ηh =
∫
M
d (
(iΘh− 1
niαh∧αh)n−1∧iαh∧ηh )
= 0 となり矛盾. なお計算に, (dαh)∧ηh = Θh∧ηh,dηh = (αh+αh)∧ηhを用いた.
3. 注意
事実1のこの別証明は[6]に示唆を受けたものである. n = 1の場合, 以下に見るよう に, 事実1は[6]における Levi 平坦面のRicci曲率の制約条件と実質的に等価である.
事実2 ([6]). K¨ahler曲面(X, JX, g)内のコンパクト有向Levi平坦面Mを考える. gによ りMをRiemann多様体とみなす. Mの単位法ベクトル場νをとり, Reeb ベクトル場を ξ:=−JXνで定める. この時,Mのξ方向の Ricci 曲率 RicM(ξ, ξ)≤0となる点がある. 別証明. Levi葉層Fの葉のM内でのGauss–Kronecker曲率をGF/Mで表す. 葉がX内 の極小部分多様体であることから,GF/M ≤0が従う. 一方で,随伴公式KX|M⊗NM1,0 = KF (KX,KFはそれぞれX, Levi葉層Fの標準束)を用いて, K¨ahler計量gからHermite 計量h2をNM1,0に誘導しておく. [5]における計算結果から,
4(iΘh−iαh∧αh)∧ηh = (RicM(ξ, ξ)−2GF/M)dvolM. これをM上積分すると0であるので, RicM(ξ, ξ)≤0となる点の存在が従う.
参考文献
[1] M. Adachi, A local expression of the Diederich–Fornaess exponent and the expo- nent of conformal harmonic measures, to appear in Bull. Braz. Math. Soc. (N.S.), arXiv:1403.3179.
[2] M. Adachi,On a global estimate of the Diederich–Fornaess index of Levi-flat real hyper- surfaces, to appear in Adv. Stud. Pure Math.,arXiv:1410.2693.
[3] M. Adachi,A CR proof for a global estimate of the Diederich–Fornaess index of Levi-flat real hypersurfaces, submitted, arXiv:1410.2789.
[4] M. Adachi and J. Brinkschulte, A global estimate for the Diederich–Fornaess index of weakly pseudoconvex domains, to appear in Nagoya Math. J.,arXiv:1401.2264.
[5] M. Adachi and J. Brinkschulte, Curvature restrictions for Levi-flat real hypersurfaces in complex projective planes, submitted, arXiv:1410.2695.
[6] A. Bejancu and S. Deshmukh, Real hypersurfaces of CPn with non-negative Ricci curva- ture. Proc. Amer. Math. Soc.124, 269–274 (1996).
[7] S. Fu and M.-C. Shaw, The Diederich–Fornæss exponent and non-existence of Stein do- mains with Levi-flat boundaries, to appear in J. Geom. Anal,arXiv:1401.1834.