20章:今回の要点
(1) カルボン酸誘導体について:
構造・性質と命名法(塩化アシルと酸無水物) (2) カルボン酸誘導体の相対的反応性(特に重要)
反応性・脱離能・脱離基の塩基性の相関 (3) 塩化アシルの反応
・高い反応性と多彩な変換 (4) カルボン酸無水物の反応
20章 カルボン酸誘導体:p1193‒1207
目標:カルボン酸誘導体の反応性の違いと各反応を、
脱離基の性質と関連づけて理解する(丸暗記しない)。
最終的にはカルボン酸誘導体の相互変換ができるように。
20章:はじめに
カルボニル基に電気陰性度の大きな原子が結合
R Cl O
R OR’
O
R N O
塩化アシル
(酸塩化物) エステル アミド
具体例:
カルボン酸誘導体:
R L O
R O O
R’
O
カルボン酸無水物
(酸無水物) ニトリル
R C N
目標:構造、性質、および相対的反応性を理解する
類似の反応性
20-1:カルボン酸誘導体の構造と反応
p1194カルボン酸誘導体は付加ー脱離反応を起こす
付加 脱離
四面体中間体 R L
O
NuH R L
O
HNu R Nu
O
+ + H + L
カルボン酸誘導体の3つの共鳴構造式
・ヘテロ原子基 L の非共有電子対は共鳴に関与
・L が塩基性になるほど、その電子対を供与できるので 共鳴構造式 C の寄与が大きくなる=共鳴安定化が加わる
→反応性(求電子性)が低くなる(=安定性が高くなる) R L
O
R L O
R L O
A B C
重要:L の塩基性が 反応性に影響
超重要:20-1 カルボン酸誘導体の相対的反応性
p1195L‒ の塩基性
なお、カルボン酸はエステルと同程度の反応性 共役酸 (HL)
の pKa
反応性(=求電子性)
L‒ の脱離能
塩基性の増大
R Cl O
R O O
R’
O
R SR’
O
R OR’
O
R NR’2 O Cl
R’ O O
R’S R’O R’2N
塩化アシル 酸無水物 チオエステル エステル アミド
> > > >
> > > >
> > > >
Cl
R’ O O
R’S R’O R’2N
> > > >
–7 5 10 16 36
反応性の増大
安定性の増大
発展:20-1 カルボン誘導体の構造
p1197アミドの C‒N 結合は回転が遅く、二重結合性をもつ
→NMR でジメチルホルムアミドのメチル基のピークは2本の一重線
共鳴が強いほど二重結合性が増大するので C‒L 結合が短くなる
R Cl
O 1.79 Å C‒L 結合距離:
R OMe
O 1.36 Å
R NH2 O 1.36 Å
寄与大 N
O H H3C
H3C
N O H H3C
H3C
遅い回転
R L O
R L O
重要:20-1 カルボン酸誘導体の性質
p1199 1) 塩基性度(カルボニル酸素のプロトン化)L の塩基性が高くなるにつれ右の共鳴構造体の 寄与が大きくなる→ 酸素の電子密度が高く なるのでプロトン化が容易になる
塩基性度:塩化アシル<酸無水物<エステル <アミド 2) α水素の酸性度(エノラート生成)
R L O
R L O
L O L R
O
R L
O R L 上の孤立電子対
の非局在化 α炭素上の負電荷 の非局在化 酸性度を下げる
共鳴寄与体
> > >
30 25 20 16
酸性度が高くなる pKa
N(CH3)2 O
H OCH3
O
H CH3
O
H Cl
O H
20章:ハロゲン化アシルの命名法
p1200 非環状(鎖状)ハロゲン化アシル:アルカン酸
(alkanoic acid) ハロゲン化アルカノイル (alkanoyl halide) 1) COX基を含む最長鎖を特定し名称をつける
2) 炭素鎖に番号をつけ置換基を命名する。COX基の炭素がC1。
塩化アルカノイル (alkanoyl chloride) 塩化アシル(X=Cl)の場合:
注意:日本語ではアシル基 に接頭語をつける
例:
(butanoic acid)ブタン酸
4炭素
塩化ブタノイル (butanoly chrolide)
答:塩化 2-メチルブタノイル (2-methylbutanoyl
chloride) Cl
O
Cl 1) O
Cl O 2 1 3
2)
20章:ハロゲン化アシルの命名法
p1200 環上ハロゲン化アシル:ハロゲン化シクロアルカンカルボニル (cycloalkanecarbonyl halide) 1) COX基が結合した環を特定し名称をつける
2) 炭素鎖に番号をつけ置換基を命名する。
COX基が結合した炭素がC1。
3) 置換基をアルファベット順に並べ、それぞれの前に番号を つける。
例:
5炭素 答:塩化 1-メチルシクロ ペンタンカルボニル
(1-methylcyclopentanecarbonyl chloride)
1) 2),3)
シクロアルカンカルボン酸 (cycloalkanecarboxylic acid)
Cl O
Cl O 塩化シクロペンタンカルボニル (cyclopentanecarbonyl chrolide)
Cl O 1
20-2:ハロゲン化アシルの化学
p1200 重要:カルボン酸誘導体の相対的反応性R Cl O
R O O
R’
O
R OR’
O
R NR’2 O
> > >
脱離能の向上
Cl R’ O
O
R’O R’2N
> > >
最も反応性の高いアシル化合物(塩化アシルや酸無水物)は、
反応性のより低い化合物(カルボン酸、エステル、アミド)へ 変換できる。この逆は普通起こらない。
反応性の増大
反応進行に必要な条件:脱離能 Nu < L
同程度 HO
R OH O
R L O
Nu R L
O
Nu R Nu
O
+ + L
20-2:ハロゲン化アシルの化学
p1200 重要:カルボン酸誘導体の相対的反応性R Cl O
R O O
R’
O
R OR’
O
R NR’2 O
> > >
脱離能の向上 Cl
R’ O O
R’O R’2N
> > >
反応性の増大
反応進行に必要な条件:脱離能 Nu < L
同程度 HO
R OH O
R L O
Nu R L
O
Nu R Nu
O
+ + L
重要:反応が進行するかどうかを判断するためには、
離れていく脱離基(L)と攻撃する求核剤(Nu)の脱離能を比べればよい
20-2:塩化アシルの反応
p1201脱離能:Cl−>H2O 反応機構
重要:塩化アシルは合成が容易であり、様々な求核剤と 反応する(=反応性が高い)ので有用な合成中間体である
・触媒不要
・不安定な臭化アシルはあまり使われない
① 水との反応(加水分解)
R ClO
+ H2O + HCl
R OH O
R Cl O
R Cl
O
H2O R O
O
+ H2O +
– Cl
H H
R OH HCl O 四面体中間体
カルボン酸
20-2:塩化アシルの反応
p1201② アルコールとの反応(エステル化)
塩化アシルを経由するカルボン酸からのエステル合成 過剰量不要
R Cl O
+ R’OH + Et3NH Cl
R OR’
Et3N O
R Cl O
R OR’
O
R OH
O SOCl2 R’OH, 塩基
R’OH, H+, Δ – H2O Fischer エステル化:
・酸性・平衡反応→一般にアルコール(RʼOH)過剰量必要
メリット:
・中性〜弱塩基性
・アルコール(RʼOH) 過剰量不要
対比 エステル
20-2:塩化アシルの反応
p1202③ アミンとの反応(アミド化)
アミンが貴重な場合は、第三級アミンを塩酸の捕捉剤にする 2当量必要
反応機構:p1202参照
注意: 第三級アミン(R’3N)はアミドを与えない R Cl
O
+ R’NH2 + HCl
R NHR’
O
R’NH3 Cl R’NH2
R Cl O
+ R’NH2 +
R NHR’
Et3N O
Et3NH Cl
1当量
アミド
20-2:塩化アシルの反応
p1202③ アミンとの反応(アミド化)
アミンが貴重な場合は、第三級アミンを塩酸の捕捉剤にする R Cl
O
+ R’NH2 +
R NHR’
Et3N O
Et3NH Cl
1当量 反応の詳細
脱離能:
Et3N> R’NH–
R Cl O
+ R’NH2 +
R N
O
+ N
(Et3N)
R’
H
R N
O
R’NH2
R N
O R’
H
+ Et3NH Cl
20-2:塩化アシルの反応
p1202③ アミンとの反応:アミンと生成物の相関に注意
第一級アミン
第一級アミド
R Cl O
+ + NH4 Cl
R NH2 O
H NH2 (2当量)
アンモニア
R Cl O
+ + R’NH3 Cl
R NHR’
O H NHR’
(2当量) 第二級アミド
R Cl O
+ + R’2NH2 Cl
R NR’2 O
H NR’2 (2当量)
第二級アミン 第三級アミド
20-2:塩化アシルの反応
p1203④ 有機金属反応剤との反応
・反応性の高い有機リチウムや Grignard 反応剤は 過剰付加が進行しアルコールとの混合物を与える
・過剰量の有機金属試薬を使うと第二級アルコールが得られる 対比 有機キュプラートは反応性が低い
ケトン +
Li Cu R1 R1 R Cl
O
(R12CuLi)
R R1 O
+ LiCl + R1Cu
R Cl + O
R R1 O
+ R1 MgBr
R1 Li or
then H+, H2O
R R1 R1 HO
第二級アルコール
20-2:塩化アシルの反応
p1203⑤ ヒドリド還元剤との反応
対比 LiAl(Ot-Bu)3H は反応性が低い
アルデヒド
第一級アルコール アルデヒドで止まる
R Cl
O
R H
O 1) LiAl(Ot-Bu)3H
Et2O 2) H+, H2O
H
Ot-Bu Al Ot-Bu Ot-Bu
Li t-Bu =
+ R Cl
O
R H
O or
then H+, H2O
R NaBH4
LiAlH4 OH
H H
過剰還元が進行 主生成物
20-2:塩化アシルの反応
⑥ カルボキシラートイオンとの反応
カルボン酸無水物
R Cl O
+ + Cl
R O
O O R
O
R O
R Cl O
+ + Cl
R O
O O R’
O
R’
O
R ≠ R’
異なるカルボン酸から構成される混合酸無水物も合成できる
混合酸無水物
20-2:塩化アシルの反応のまとめ
p1200注意:反応が進行するかどうかを判断するためには、
離れていく脱離基(L)と攻撃する求核剤(Nu)の脱離能を比べる
1200ページの表:反応物と生成物の相関を正しく理解する練習問題
塩化ベンゾイルと次の反応剤との生成物を示せ。
a) ギ酸カリウム b) シクロヘキサノール c) 過剰量のジメチルアミン d) 塩酸水溶液
Cl O
塩化ベンゾイル
20章:カルボン酸無水物の命名法
p1204 対称酸無水物:母体のカルボン酸を特定し名称をつけるアルカン酸
(alkanoic acid) アルカン酸無水物 (alkanoic anhydride) 例: O O O 答:シクロヘキサンカルボン酸無水物
(cyclohexanecarboxylic anhydride) 非対称酸無水物(混合酸無水物):2つのカルボン酸を
アルファベット順に並べ、acid を anhydride に変えて命名 例:
O O O
OH O
+ HO
O
butanoic acid pentanoic acid 答:ブタン酸ペンタン酸無水物
(butanoic pentanoic anhydride)
20-3:カルボン酸無水物の反応
p1204① 水との反応(加水分解)
カルボン酸無水物は塩化アシルと類似の反応性を示す やや反応性が低いため、塩化アシルより取り扱い易い
反応機構R O
O O
R Nu O
+ NuH H
R O
R O R
O
HNu O R
O
R Nu O
O R O + H
優れた脱離基
R O O
+ H2O R
O
R OH O
+ HO R O
カルボン酸 副生成物 四面体中間体
20-3:カルボン酸無水物の反応
p1205③ アミンとの反応(アミド化)
エステル 副生成物
② アルコールとの反応(エステル化)
R O O
+ R’OH R
O
R OR’
O
+ HO R O
R O O
+ R’NH2 R
O
R NHR’
O
+ O R
O R’NH3 (2当量)
練習問題20-10 (p1206)
アミド 副生成物
O O
O
NH3
OH NH2 O
O
150 °C
– H2O NH O
O
イミド
OH NH2 O
O
NH2 O
O OH – H + H
NH O
O OH2
NH O
– H2O O
環化の反応機構:
20-3:カルボン酸無水物の反応
p1205③ アミンとの反応(アミド化)
エステル 副生成物
② アルコールとの反応(エステル化)
R O O
+ R’OH R
O
R OR’
O
+ HO R O
R O O
+ R’NH2 R
O
R NHR’
O
+ O R
O R’NH3
(2当量) アミド 副生成物
注意:酸無水物は塩化アシルの合成には用いることができない
RCOO
‒は Cl
‒よりも強い塩基であるため(=脱離能が低いため)
脱離能の向上
Cl R’ O
O
R’O R’2N
> > ≈ HO >
練習問題
トリクロロ酢酸の酸無水物 [(CCl
3CO)
2O] が、
無水酢酸 [(CH
3CO)
2O] より求核アシル置換反応(付加ー脱離)