雲量の再現性に着目した都市気象・建物エネルギー連成数値モデルの検証
明星大学 理工学部 総合理工学科 環境・生態学系 4年 13t7038 鈴木 隆之 指導教官 亀卦川 幸浩
1. はじめに
近年,猛暑による熱中症や豪雨水害等、極端気象のリス クの影響は人類の過半数が住居する都市に集中しつつあ る.これに関連し,都市気象変動の予測向上に向け都市気 象数値モデルの改良が進められている.具体的には、都市 の建物の効果を物理的に反映させた都市キャノピーモデ ルの導入や気候予測の高解像度化などが試みられている。
かくして発展を続ける都市気象モデルは健康被害予測な ど応用面にも広がりを見せつつある。その1つとして都 市のエネルギー需給マネジメントが注目されている。こ れは空調用途を中心に都市エネルギー需要が気象に左右 される。供給側でも都市への太陽光発電の普及が進む中、
日射量及び太陽光発電量を気象モデルの中で予測できれ ば太陽光発電の運用効率化を含め、都市のエネルギー需 要マネジメントへも貢献可能である。また太陽光発電量 の事前予測が可能になれば、電力取引市場の価格決定や、
火力発電等の電源のエネルギーマネジメントへも貢献で きる。
2. 先行研究と研究目的 2-1 雲量の再現性検証
先行研究1)で、都市気象・建物エネルギー連成モデル (CM-BEM)と米国の領域モデルWRF を結合した連成数 値モデル(WRF-CM-BEM)を用い、大阪市域での日射量予 測がなされた。WRF-CM-BEM の計算値と先行研究2)による 日射量を含む気象要素の多地点通年観測のデータを比較 し日射量予測の再現精度等が検証された。しかし先行研 究1)では、日射量の過大評価が判明したものの、日射の予 測精度を支配する雲量の再現精度は解析なされていない。
以上のことを受け、本研究では気象衛星ひまわりの雲 量格子点情報とWRF-CM-BEMでの雲量計算値を比較し、
WRF-CM-BEM による雲量の過小評価の有無を定量的に 明らかにする事に加え、雲量再現精度の雲型との関連性 等の視点から過小評価の特性を把握する。これにより、先 行研究1)でも課題として指摘されている雲データ同化等 の今後の更なるモデル改良の方向性の明確化に資する情 報を得る事を目的とする。
2-2 都市効果が与える雲分布への影響解析
先行研究1)では、都市キャノピーと人工排熱による都市 の熱・力学的効果を考慮するWRF-CM-BEMと都市効果 を排除し都市域を非透水性の平板と近似するSLAB計算の 両ケースでの日射量再現精度が比較された。その結果両 ケースで1時間平均日射量の予測精度には統計的に差異
がないことが判明した。しかし既に、衛星雲画像の解析を 通じ、先行研究では鉄道沿線や主要幹線道路の上空で雲 の出現頻度が高くなることが確認されている。これは、都 市の存在が雲分布に影響を与えている為と推測されてい る。以上の事を受け、都市効果を考慮した場合としない場 合の気象シミュレーションを行い、WRF-CM-BEM と SLAB計算で雲量を解析・比較し、都市の存在が雲分布に 与える影響の検出も試みる。
3. 数値モデル概要 3-1.地域気象モデルWRF
WRF(Weather Researth & Forecasting Model)は、現業の天 気予報および特定の地域の気象・気候の調査・研究の為に 米国で開発されたモデルである。
3-2.都市気象・建物エネルギー連成モデルWRF-CM-BEM CM-BEM とは、都市域の街区形状を同じ底面積・高度分 布を有する建物群として近似的に扱った多層都市キャノ ピー(都市気象)モデルCMと、建物を一つの BOX と近似 する簡易的な空調シミュレーションモデルである BEM を結合したモデルである。さらにCM-BEMをWRFと結 合することで、WRFから供給される大気上空の気象条件 のもと都市上空の運動量・顕熱・潜熱・放射フラックスを 計算できる。
一方 CM-BEM を用いず、都市の建物や人工排熱の影響を 考慮せず、都市域を平板として扱うモデルを SLAB モデル という。
4.気象衛星ひまわりの概要
本研究では、雲量の過小評価の有無とその特性を把握 する為に気象衛星ひまわり雲量格子点情報と WRF-CM-BEM の計算結果を比較する。ひまわりの観測結果は等緯度等 経度 0.2×0.25 度のメッシュ毎の雲量格子点情報として 公開されている。本研究ではこの雲量情報を実測値と見 なし、WRF-CM-BEMによる雲量再現性の検証に用いた。
5.計算条件
本研究では、2013年の 7,8 月の大阪を対象にWRF- CM-BEMとSLABの両計算を実施した先行研究1)と同 条件のシミュレーションを実施した。計算グリッドの 設定には、5㎞→1㎞のネスティング手法を採用してい る。
2 6.シミュレーション結果
先行研究 1)と同様の計算条件で WRF-CM-BEM と SLAB ケースでのシミュレーションを実施した。その結 果、両ケース間で大阪上空の雲分布に瞬時的な差異が認 められた。この結果は、WRF-CM-BEMにおける都市効果 の考慮が雲分布に何らかの影響を与えている事が示唆さ れた。そのため解析を行い定量的に明らかにした。
7.解析結果
7-1 雲量の再現性の検証解析結果
気象衛星ひまわり雲量格子点情報とWRF-CM-BEMで の雲量計算値を比較し、WRF-CM-BEM による雲量の過 小評価の有無を確認した。WRF-CM-BEM の雲量計算値 は 1 時間平均値を、ひまわりの雲量格子点情報の 1 時間 毎値を解析に用いた。解析結果を図1に示す。
解析結果を見ると、ひまわり雲量格子点情報と WRF- CM-BEMの間には差が生じていること確認され、定量的 に見ても、MB(平均バイアス:Mean Bias)は-16.0%であり、
この雲量の過小評価が先行研究でのWRF-CM-BEMによ る日射の過大評価の主要因であることが判明した。
図 1 雲量の再現性検証解析結果
7-2 都市が与える雲分布への影響の解析
WRF-CM-BEMとSLABケースの雲量計算値を比較・
解析し、都市効果が与える雲分布への影響を確認した。解 析は大気を低層、中層、高層の3つに分け行った。解析 結果からRMSD(平均二乗偏差平方根:Root mean squared deviation)に特徴が確認された。ここでのRMSD とは、
WRF-CM-BEMとSLABケースの各格子における雲の有 無を 0 と 1 の変数として表し、その変数のケース間での 差の標準偏差のことを言う。RMSDは低層で278.19%、 中層で106.02%、高層で79.25%であり、低層ほどRMSD の値が増大することが確認された(図2)。
表 1 都市が与える雲分布への影響解析結果
図 2 層別 RMSD
7.考察
ひまわり雲量格子点情報とWRF-CM-BEMを比較する と、MEが-16.0%程度とWRF-CM-BEMは雲量に焦点を 当てても実測値より過小評価することが確認された。ま たWRF-CM-BEMとSLABケースの雲量計算値を比較・
解析した結果、RMSDの値が下層ほど増大することが確 認された。これはWRF-CM-BEMがWRFから供給され る大気上空の気象条件のもと都市上空へ輸送される運動 量・顕熱・潜熱・放射フラックスを考慮できるため、その 影響で雲が生成されたからだと言える。
8.まとめと今後の課題
気象衛星ひまわり雲量格子点情報とWRF-CM-BEMで の雲量計算値の解析から、雲量の過小評価が認められた。
またWRF-CM-BEMとSLABケースを比較した結果、都 市の存在が雲分布に影響を与えていることが確認された。
今後の課題として、WRF-CM-BEM の雲量再現性度を 向上させる必要があると考えた。
7.参考文献
1)亀卦川他 6 名, 日射と電力需要の再現性に着目した都 市気象・建物エネルギー連成数値モデルの検証,土木学会 論文集 G(2016 年 6 月投稿、改訂中)
2)引地裕基、大阪都市圏での通年・高密度日射観測にもと づく都市気象・建物エネルギー連成数値モデルの検証、
2013 年度明星大学大学院修士論文