都市気象・人体熱収支連成モデルによる熱生理表現の妥当性の検証
明星大学 理工学部 環境・生態学系
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年14T7-024 月岡 聖奈
指導教員 亀卦川 幸浩 1.はじめに1.1 研究背景
近年、都市気象モデルは気象計算のみならず、
街区空間において人体表面に生じる放射・熱収支 を発汗等の熱生理過程までを加味し計算できる人 体熱収支モデルとの結合がなされてきている。こ のような人体熱収支まで考慮した気象モデルを用 いることで、体感温度指標のシミュレーションが 可能となりつつある。また、この種の気象モデル を用い、地球温暖化に加えヒートアイランド効果 による気温上昇で熱中症等の健康被害の深刻化が 懸念される都市域の健康リスク予測評価も試みら れている。
指導教員の研究グループは、その種の数値モデ ルとして、街区スケールの都市気象モデルに人体 熱収支を連成させた数値モデルである
CM-BEM- HBM(都市気象・人体熱収支連成モデル)を開発
した。人体熱収支モデル(HBM)には、人体熱生 理の代表的モデルであるGagge
の2
層モデル(1)を 採用している。開発されたCM-BEM-HBM
で採 用している上述の2
層モデルは、温度や風速等が 制御された室内実験での検証例は数多く存在する が、気象条件が複雑に変化する都市空間での観測 に基づく検証例は少ない。そこで、その種の検証 を試みた先行研究(2)(3)では、2
層モデルによる皮膚 温度や発汗量の過大評価の問題点が指摘された。加えて、都市気象モデル(CM-BEM)による気象 予測誤差が
2
層モデルの人体熱収支予測誤差にも たらす影響も解明されていない。1.2 研究目的
本研究では、先行研究(2)(3)における屋外での気 象・人体熱生理の計測データを検証資料として用 いて、まず、Gaggeモデル単体による熱生理変数 の予測誤差の再検証を行う。次に都市気象モデル
(CM-BEM)による気象予測誤差が
2
層モデルの 予測誤差に与えている影響の解析を行い、最終的 には都市気象・人体熱収支連成モデル(CM-BEM-HBM)の健康影響評価への適用性を明確にする。
2.研究概要 2.1 研究手法
本研究では、
CM-BEM-HBM
を先行研究(2)で実 測がなされた東京23
区内の千代田区神田、文京区 西片地区に適用し、気象・熱環境実測結果(2)との比較により当該モデルの検証を行う。
モデルの精度解析には、平均誤差(MBE)と二乗平 均平方根誤差(RMSE)を用いた。
2.2 モデルの概要
本研究で使用した
CM-BEM-HBM
の計算フロ ーを図 1に示す。図 1 CM-BEM-HBMの計算フロー
CM-BEM-HBM
を構成する各サブモデルの概 略を以下に示す。(1)都市キャノピー・ビルエネルギー連成モデル
(CM-BEM)
都市キャノピーモデル(CM)とビル・エネルギ ーモデル(BEM)の結合モデル。人工排熱を介し た都市気象と建物空調エネルギー需要の相互作用 過程を表現することが可能なモデル。
(2)人体熱収支モデル(HBM)
人体を深層部(core)と皮膚層(shell)の
2
層 に分けて考え、気象条件(気温・相対湿度・風速・平均放射温度)と人体条件(クロ値・代謝量)に 基づき、熱収支と生理応答を予測する。体温調節 のための血流量変化や発汗量等の温熱生理現象、
皮膚表面・呼吸気道と大気間の顕熱・潜熱交換な どの各プロセスを通じて、深層部と皮膚層の温度 変化が計算される。
2.3 新標準有効温度 SET*
SET*とは、気象条件 4
要素(気温・相対湿度・風速・平均放射温度)と人体条件
2
要素(クロ値・代謝量)の計
6
要素の影響を総合的に評価し人体 の温冷感を表した指標の1
つであり、日本では快 適性評価に利用されている。3.結果
先行研究(2)(3)から、クロ値(着衣の熱抵抗の指標) と代謝量を実際よりも大きく見積もっていると考 え、クロ値を
0.6
(下着・Tシャツ・半袖ドレスシ ャツ・薄手ズボン・靴下)から0.3
(下着・Tシャ ツ・短パン)に、代謝量を活動量(METs)の実 測に基づく推計値から時速3.2km
歩行時の一定値(116.3W/m2)に変更し、平均皮膚温度の実測値 と計算値の比較を行った。その結果を図
2
に示す。同図は、東京都千代田区神田地区での
2014
年9
月4
日の解析例であり、実測された被験者4
名の 平均皮膚温度の時系列をCM-BEM-HBM
による 計算値と比較したものである。また、表 1は図 2 内の計算値のケース設定を示したものである。先 行研究(3)では、HBM
による皮膚温度の過大評価が 指摘されおり、誤差の要因はクロ値と代謝量にあ ると考え、再検証を行った。RMSE
でみて3.09℃
であった先行研究での誤差はケース➀では
0.92℃
の誤差まで低減できた。
図 2平均皮膚温度の比較(実測値.vs.計算値)
表 1 図 2 内の計算ケース設定
設定
クロ値 代謝量 気象条件 先行研究 0.6 METsからの推計 実測 ケース➀ 0.3 時速3.2km歩行想定 実測 ケース➁ 0.3 時速3.2km歩行想定 算出
さらに、本研究では
CM-BEM
で算出した気象条 件 4 要素をGagge
モデルの入力値として用いて、SET*と皮膚温度を計算した。この結果をケース➁
とし、気象条件を実測で与えたケース➀と皮膚温度と
SET*の再現性を比較した。以上のケース➁
に加え、それぞれの気象要素を単独で実測値から 計算値に変更するケースも解析した。その結果を 表 2 に示す。表内の数値は、皮膚温度については 実測、
SET*についてはケース➀を基準として解析
した数値である。また、算出した気象条件と先行 研究(2)で観測した気象条件との比較も行った。その結果を表 3 に示す。
表 2 実測値と計算値の比較(神田地区)
ケース名 SET*(℃) 皮膚温度(℃)
RMSE MBE RMSE MBE
先行研究 3.09 3.00 ケース➀ 0.92 0.77 ケース➁ 2.40 -1.83 0.56 0.28 ケース➁(気温)※ 1.18 -1.16 0.73 0.50 ケース➁(風速)※ 2.07 1.34 1.08 0.98 ケース➁(湿度)※ 0.45 -0.44 0.88 0.73 ケース➁(放射)※ 1.51 -1.50 0.62 0.37
※()内は変更した気象要素
表 3 気象条件の実測値と計算値の比較(神田地区)
気温 (℃)
風速 (m/s)
相対湿度 (%)
平均放射温度 (℃)
MBE -0.86 -0.68 -6.21 -4.74
CM-BEM
で算出された気象条件は、観測された気 象条件を神田地区では全項目について過小評価し ている。このことから、Gaggeモデルで計算した 皮膚温度が、先行研究よりもケース➁のように実 測値に近づく結果になったと推測される。4.考察
SET*は温冷感と快適感から表される体感温度
の指標で、5.0℃刻みで一般的に使用されている。神田・西片における気象条件を全てシミュレーシ ョン値にして求めた
SET*の各 RMSE
は約1.0~
3.0℃の間であった。したがって、 CM-BEM-HBM
は
SET*を予測する実用モデルとして致命的では
ない誤差範囲内の精度を有するモデルであると考 える。
5.今後の課題
各気象要素を実測から計算値に変更する
SET*
の感度解析の結果、風速が
SET*に対して最大の
感度を示した。都市気象モデルによるSET*等の
体感温度の予測精度改善に向けては、気象モデル による風速の予測精度の改善が必要である。6.参考文献
(1) Gagge, A.P., Fobelets, A.P. and Berglund, L.G. (1986): A standard predictive index of human response to the thermal environment,ASHRAE Transactions, Vol.62,pp.709-731 (2) 園城千恵美、都市空間での微気象・人体熱生理の計測実験、
明星大学卒業論文、2014
(3) 鹿島歩、人体熱収支モデルによる熱生理表現の妥当性の検討、
明星大学卒業論文、2015