領域気候・都市気候・建物エネルギー連成モデルを用いたジャカルタの気候解析
明星大学 理工学部 環境・生態学系 4年 12t7-017 岡田 和樹 指導教員 亀卦川 幸浩 1. はじめに
近年、地球の温暖化や都市のヒートアイラン ド現象などの気候変動が世界的に問題となっ ている。また国連の推定では2050年までに世 界人口の約 2/3 が都市域に集中するという予 想がなされている。この都市への人口集中によ り、気候変動に伴う異常気象、災害の被害は都 市域で大きくなることが予想される。これらの 都市気候変動の影響は、先進国より発展途上国 の方が医療や建設などの技術力、防災意識など の観点から見ても大きく、温暖化による海面上 昇から起こる高潮や洪水などの浸水被害や気 温上昇による健康影響に対して脆弱である。
上記の気候変動の影響の緩和策および経済 的に考え緩和策が実行できない場合の適応策 を人口増加の著しいアジアのメガシティを対 象に考えることが重要である。
このような背景から、環境省は「気候変動の 緩和策と適応策の統合的戦略研究」プロジェク ト(略称S-14)を2015年度より開始した。そ のサブ研究テーマとして、アジアの代表的メガ シティの一つであるジャカルタを対象とした 気候変動緩和策・適応策の事例研究が開始され た。本研究はこの事例研究の一環として位置づ けられるものである。
2. 研究目的
S-14 の上述サブテーマの目標はジャカルタ での都市気候変動による暑熱健康影響(熱中症 被害等)を予測・評価し、その軽減に向けた緩 和策・適応策の費用・便益の分析を通じて、最 適な対策を提案することである。
以上の目標の達成に向けては、全球気候モデ ルによる計算結果を境界条件等として使用し、
メソスケールの地域気候を高解像度で表現可 能な領域気候モデルによる将来気候の予測が 必要となる。加えて、都市域での各種の緩和 策・適応策がもたらす将来気候下での暑熱健康 被害量の軽減効果を予測する必要がある。
しかし、上述の将来予測のためには、それに 先立ち、気候モデルによる現況気候の再現性の 検証が必要である。従って本研究では、まずジ ャカルタを対象にした気候モデルへの入力デ ータを整備し、同データを用いたジャカルタの 現況気候の再現数値計算を行い、実測の気象デ ータとの比較を通じ作成した入力データと気 候モデルの妥当性の検証を行うことを目的と した。なお、検証には都市効果の表現を精緻化 した気候モデルである領域気候・都市気候・建 物エネルギー連成モデル(以下WRF-CM-BEM と略記)を用いる事とした。
3. 研究方法
(1)使用モデルの概要
図1はWRF-CM-BEMの概念図である。
本研究で使用するWRF-CM-BEMは米国で開 発が進められているコミュニティ領域気候モ デルWRFに都市気候・建物エネルギーモデル (CM-BEM)を組み込んだ連成モデルである。
WRFは自由大気層の気候を計算し、CM-BEM は都市キャノピー層を計算する。CM-BEMで は計算領域の上層の境界条件を WRF から与 えられることで都市の気候を表現し、WRFで は 計 算 領 域 の 最 下 層 部 分 の 境 界 条 件 を
CM-BEMから与えられることで都市が広域気
候に与える影響を表現している。
図1 WRF-CM-BEM概念図
また、CM-BEMは多層都市キャノピーモデ ル(CM)とビルエネルギー・排熱解析モデル (BEM)の連成モデルである。この二つのモデル の間では、CMから建物周りの気象条件を出力 しBEMに入力、BEMから建物排熱を出力し CMに入力して建物からの排熱が建物周りの 気候に影響を与える気候と排熱の相互作用を 表現する。
(2)研究の流れ
WRF-CM-BEMへの入力パラメータ(土地被 覆や街区形状など)のデータセットを東京工業 大学と共同で収集・整備し、気候モデルによる ジャカルタの現況シミュレーションを試みた。
シミュレーション結果と実測気象データとの 比較を行い、入力データの妥当性と気候モデル による現況気候の再現性の検証を試みた。
4. モデル入力データの作成
ジャカルタ市域の詳細な建物ポリゴンデータ よりCMへ入力する街区形状のパラメータとし てWRF格子毎の平均ビル幅、道路幅、高度方向
の建物存在割合を算出した。算出に際し、WRF 格子毎に建蔽率と建物容積率が現実の値と一致 するようにパラメータを設定した。図2は建物平 均高度の分布図である。
図2 建物平均高度分布 (単位 m)
土地利用については、米国の人工衛星Landsat の可視画像解析等を通じ設定し、その結果を図3 に示す。
図3 土地利用分類図
また、自動車排熱に関しては東京工業大学の 人工排熱推定データから推定した。
建物の壁体構造や空調機器の実態効率等の BEMが建物の空調シミュレーションの為に必 要とする他のパラメータは収集できなかった (来年度調査予定)。そのため、WRF-CM-BEM による数値実験は実施できなかった。代わりに 作成した入力データのみで駆動可能な単層都 市キャノピーモデル(以下WRF-UCM と略記) による計算を実施した。WRF-UCMとはWRF に単層キャノピーモデルの UCM を組み込ん だモデルであり、WRF-CM-BEM と異なり、
都市の建物の高さが均一に表現されており、気 温による排熱の増減を考慮せず排熱を一定に 設定しているモデルである。
5. 計算結果
WRF-UCM による現況気候の再現性の検証
に使用した実測データは、NOAA(米国海洋大 気庁)の下部組織である NCDC(米国気候デー タセンター)が提供する NNDC Climate Date Onlineのデータである。
地上気温の実測値と計算値を都市の観測点 (Jakarta observatory)と郊外観測点(Budiarto) で比較した結果を図 4 と図5 に示す。大気境 界層での対流混合が活発化する昼間は、都市と 郊外の気温差(ヒートアイランド強度)の実測
における減少が認められ、この傾向はモデルで 再現された。しかし、大気が安定化する夜間は 放射冷却により郊外が低温になる一方で、市街 地では熱容量や排熱の影響で温度が下がりに くくなる結果、ヒートアイランド強度は増大す る。モデルは実測値におけるこの夜間の傾向も 定性的には再現した。しかし、夜間のヒートア イランド強度は過小評価されており、この点で 都市効果の定量的再現性は必ずしも十分では なかった。
図4 実測の地上気温と
ヒートアイランド強度
図5 シミュレーション値の地上気温と ヒートアイランド強度 6. まとめと今後の課題
WRF-UCMはジャカルタの都市気候の定性
的な再現ができたがヒートアイランド効果を 過小評価していた。その原因としては
WRF-UCMが現実の街区構造を単純化しすぎ
ていることや気温との相互作用を無視した排 熱の設定の影響が考えられる。このことから、
未整備の入力データを作成した上で、
WRF-CM-BEMによる現況気候のシミュレー ションを行い、WRF-CM-BEMによる現況気 候再現の妥当性をさらに検証する必要がある。
7. 参考文献
1.高根他6名,領域気候・都市気候・建物エネル ギー連成数値モデルを用いた名古屋市における 夏季の電力需要および温熱快適性の将来予測, 2015,日本建築学会論文集,Vol.80(716),973-983 2.亀卦川他4名,乾季デリーにおける気温分布構 造とヒートアイランド対策ポテンシャルに関す る研究2011,土木学会論文集Vol.77,No6(環境シ ステム研究論文集 第39巻),pp.Ⅱ_315-Ⅱ_326 3.亀卦川幸浩,熱環境と空調エネルギー需要の相 互作用を考慮した都市高温化対策の評価,東京大 学博士論文,2001