ジャカルタへの気候変動適応策の導入効果予測シミュレーション
明星大学 理工学部 環境・生態学系 4 年 14T7-009 大山未希 指導教員 亀卦川 幸浩
1. 研究の背景と目的
近年、温室効果ガスやヒートアイランド効果等 による気候変動が世界的に問題になっている。特 に大都市ではその影響が顕著に現れており、異常 気象など気候変動に関する被害の増加が懸念さ れている。現在、これらの問題を軽減させるため に気候変動適応策に関する研究が進められてい る。Estrada 他 1)の研究では、ヒートアイランド 現象を考慮することによって、気候変動に関する 被害額が 2.6 倍に膨れ上がることが分かった。以 上の背景から領域気候・都市気候・建物エネルギ ーの連成モデルである WRF-CM-BEM を用いて、ア ジアのメガシテ ィであるジ ャカルタを対 象に 2050 年頃の気候予測シミュレーションを行い、適 応策導入による効果の評価を行うこととした。
2. 研究の目的
上述の背景に関連し、指導教員を含む東京工業 大学・東京大学・東北大学の研究グループは、「ア ジアのメガシティにおける緩和を考慮した適応 策の実施事例研究」と題する共同研究を進めてい る。この研究は、都市圏人口が世界第 2 位である インドネシアのジャカルタを対象に、2050 年頃の 将来気候を予測し、温暖化適応策の導入による都 市健康被害の軽減効果の予測評価を目指したも のである。本研究は、この共同研究の一環として、
気候変動適応策の導入を想定した独自の将来気 候予測を目的とした研究である。
3. 数値モデルの概要 3-1. WRF-CM-BEM
本研究では将来の気候を予測するモデルとし て指導教員らが開発した WRF-CM-BEM2)を使用した。
3-2. メソスケール気象モデル WRF
メ ソ ス ケ ー ル 気 象 モ デ ル WRF ( Weather Research and Forecasting)モデルとは米国の実 用的な天気予報とそれに関連する研究のために NCEP/NCAR により開発された完全圧縮性非静力学 モデルである。
3-3. 都市キャノピー・ビルエネルギー連成モデル
CM-BEM
CM-BEM は多層都市キャノピーモデルとビルエ
ネルギーモデルの2つを連結させたモデルであり、
空調利用による建物からの排熱、それに伴う建物 周辺の気象状態の相互作用を表現している。WRF とは都市格子の陸面過程を計算するサブモデル として,双方向接続してある。
4. 研究の流れ
本研究ではジャカルタの将来像として、以下の 4パターンを想定している。(1)現在と同様の都市
構造、(2)これまでと同等の成長速度でスプロール
化する社会、(3)スプロール化を抑制することによ りコンパクトな市街地を形成する社会、(4) 都市 化を抑制された範囲及びすべての建物の屋上面
積の50%を緑化させ、かつコンパクトな市街地を
形成した社会である。また、温暖化シナリオに関
してはRCP8.5,RCP2.6を、社会経済シナリオに関
しては SSP1,SSP3 を想定している。これらを組
み合わせ、以下の表1のケースを設定し、2050年 付近の 8 月の気候のシミュレーションを行った。
表1. 将来のジャカルタのケース設定
2 つの将来ケース(CaseⅣと CaseⅤ)において 予測されたジャカルタでの気温上昇量を地球温 暖化と都市成長による昇温に分け解析した。その 概念図を図 1 に示す。2050 年頃に生ずるであろ う将来の気温上昇は、温室効果による地球規模の 気候変動(図1中の地球温暖化)とジャカルタの 都市成長に伴う昇温の2成分により構成され得る。
このうち、ジャカルタへの温暖化適応策導入によ る気温の低減ポテンシャルは後者によりその上 限を規定される事になる。この為、適応策導入効 果の推計に際し、気温上昇量を2成分に分離する 解析方法を採用した。
図1. 解析手法
5. 結果と考察
表2は将来の地上気温上昇量をジャカルタ市 街の全都市グリッド平均で表したものである。
表2. 予測された将来の地上気温上昇量(℃)
算定方法 算定値
地上気温差分(Case4-Case1) 1.44 地上気温差分(Case5-Case1) 0.77
表2の昇温量を地球温暖化成分と都市成長によ る成分に分離した(表3)。同表中のパーセンテー ジは、表2の昇温量に対する地球温暖化と都市成 長由来の各昇温量の割合を意味する。
表3. 地球温暖化と都市成長による昇温量(℃)
地球温暖化 都市成長 式 昇温量 % 式 昇温量 % Case2-
Case1 1.39 96.6 Case4-
Case2 0.05 3.4 Case3-
Case1 0.70 90.6 Case5-
Case3 0.07 9.4
※昇温量は気温のケース間差分で算出。式は差分法を表す。
Case5にて都市成長に伴う昇温は将来の全昇温に
対し平均 9.4%であり、都市部では最大 51.9%に
も達していた。この事から都市成長の影響は無視 することが出来ず、適応策を講ずる必要性が示唆 された。図2はCase5とCase6の地上気温差分 の解析期間における平均値の分布を表し、緑化適 応策の効果を表している。緑化する事でしない時 と比べて 2050 年頃の夏季地上気温がジャカルタ の市街地平均で0.05℃低下していた(図3)。この 気温低下は都市成長による昇温(表 3の0.07℃)
の7割に相当した。また、グリッド別の最大値は 0.77℃の気温低減がシミュレートされていた。
図2. 緑化による降温(℃)(Case5-Case6)
図 3. 緑化による地上気温の低減量
(時別の全都市グリッド平均値)
以上の結果から都市成長に伴う気温上昇は 無視出来ず、その対策として緑化適応策の有効 性が確認できた。しかし、今回は地上緑化と屋 上緑化の二種類の緑化を想定したが、それぞれ の気温低減効果が分からない、パラメータを決 める基準が曖昧であるなどの問題点もあった。
今後は以上の点についての検討も必要である。
6. 参考文献
1) F. Estrada et al., Nature Climate Change, Vol7, pp.403-408,2017.
2) Y. Kikegawa et al, Theoretical and Applied Climatology, Vol.117 (1-2), pp.175-193, 2014.