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本書は九章構成で︑十六世紀から十九世紀までのイギリス
における新聞の発展史を描いた研究書である︒題目から推察
されるように社会や法制度と関連しながら︑新聞がその出現
から広く社会生活のなかで果たしてきた役割を明確にしよう
と試みている︒
著者の基本的な問題意識は︑従来の視点︱新聞と政府の対
立抗争から﹁言論の自由を求める英雄的な戦い﹂( はじめに)であったという見方︱を保ちつつも︑実は新聞産業の経済的
な自立が政府からの独立を導いたという︑ある意味で反証を
試みようとすることから始まったと思われる︒加えて︑新聞
のみならず定期性をもった逐次刊行物としての雑誌出版も視
野にいれ︑さらに流通や普及・発行部数︵とくに第八章︶︑読
書施設︑新聞読者︑広告などの研究も必要と考えた︵第六︑
八章︶︒以上のようなスタンスをもって本書を執筆したという︒
最終の九章に﹁イギリス新聞史研究の資料﹂を設け︑イギリ
ス新聞史年表︵一四七六︱一九〇〇年︶や各章の詳細な注釈
から︑学生や研究者を対象に編纂されたものであるにしても︑
初出から十年を経て完成した内容は︑新鮮でかつ今後も重用
される内容であることは間違いない︒
これらは︑日本の新聞史研究における小野秀雄らの初期研
究から︑香内三郎︑山本武利らへ発展した研究方法に近いも
のと考えられるし︑アメリカでもE・エメリー著﹃プレス・
アンド・アメリカ﹄にみられるように︑決して新しい手法で
はないかもしれない︒軸を新聞︵メディア︶の発達におき︑ 社会︑経済︑文化の発展と絡めながら論じ︑新聞︵メディア︶
の社会的役割の変遷を捉えることにより︑︵マス・︶メディア
の社会的役割︑機能を検証するといった方法論である︒
わが国において小野と並び称される新聞学研究者である
小山栄三は︑新聞学における﹁新聞﹂とは︑環境の変化に敏
速に対応して民衆に行動の指針を与えることによって︑何ら
かの形で日常の生活に必要な﹁精神的糧﹂を付与し︑電信・
印刷機などの技術的変革あるいは経営といった諸関連の内部
的相互作用を内在しているものであると位置付けた︵﹃新聞学
原理﹄同文舘︑一九六九︶︒そうした新聞が発生して成長する
過程で︑それ本来が内在している構造が外界︑すなわち読者
や社会︑国家といった外的構造にどう作用するか︵あるいは
どう作用されるか︶︱社会的現実に関する情報の公示媒体と
しての新聞︵送り手・メディア︶が出現した意味合い︑そし
てその成長過程で政治的︑社会的︑経済的背景とどういうコ
ンテクストにあるか︑新聞が与える情報︵ここではnews の 意︶と受け手となる民衆︵オーディエンス︑audience ︶の行
動を︑検証︑論述している︒
また長谷川如是閑は︑新聞は社会意識の認識的表現手段で
あり︑対立意識の表現機関である︑と言っている︒そしてあ
る同心円的傾向を持つ群と︑同じく同心円的傾向をもつ他の
群との対立というところに︑新聞発生の理由︵動機︶かつ存
在理由であるとした︵﹃新聞論﹄政治教育協会︑一九四七︶︒
さらに長谷川は﹁新聞は︑自己の群生活と接触を保ってゐ
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る︑もしくは直接触れてゐないがそれに関心をもつべき理由
のある︑異種群の生活事実を︑認識理解することをその﹃報
道﹄の実益並に興味の中心とするのである︒相互に接触もし
くは交通を保ってゐる国家間に於いては︑﹃新聞﹄とは︑主と
して他国の情勢を報ずることである﹂︵前掲書︶と述べている︒ 近代イギリス社会の発展においても︑長谷川の言う﹁同心
円的傾向群﹂と︑﹁他の群﹂との対立︑他国の情勢を報じるこ
とが新聞の重要な役割のひとつであったことは容易に想像で
きよう︒多少長くなったが︑本書を読まれる方には︑そうし
たメディアの時代における役割をぜひ知ってもらいたいこと
である︒次に︑本書に触れつつ︑イギリス新聞史について紹
介しておく︒
十六世紀初期からニュース刊行物が登場したイギリスでは
﹁コラント﹂︵currents of news ︶﹁ニューズブック﹂という
形で定期性をもった﹁ニュース﹂というフォーマットを模索
したが︑ピューリタン革命期をとおして受難︵言論統制︑出
版規制︶を受ける︒一六六〇年に始まる王政復古後︑チャー
ルズ二世が発行した﹃ロンドン・ガゼット﹄︵創刊時は﹃オク
スフォード・ガゼット﹄︶や政党機関紙などが現れ︑とりわけ
特許検閲法︵新聞紙法︑一六六二年︶や印紙税法︵スタンプ・
アクト︑一七一二年︶など︑新聞の発行を規制する法律が施
行される︒前者が直接的な言論統制であるとすれば︑後者は
間接的統制の始まりであった︒しかしながら︑その合間を縫
って︑とくに地方紙やエッセーペーパーが興隆した事実を著 者が検証している点が新鮮である︵第五︑六章︶︒
というのも︑イギリスで初の日刊紙といわれる﹃デイリ
ー・クーラント﹄が創刊された一七〇二年以前に︑とくに特
許検閲法が廃止された一六九五年以後︑多くの﹁独立紙﹂が
登場していたからである︒結果的に︑それまで地方において
特徴づけられた情報環境︱少ないにせよ印刷メディアからと︑
バラッドや説教を主に情報源としていた二極構造︱がロンド
ン一元化へ進み︑さらに印刷出版人の競争激化は生き残り策
として彼らの地方への脱出を促し︑それが地方紙の発展につ
ながったと論述している︵第五章︶︒
この特許検閲法が廃止された時︑﹁イギリスに新聞の自由
が到来した﹂︵マッコレー︑八三頁︶という評価を引用しなが
らも︑﹁法の廃止による変化は︑とてもめざましいものではな
かった﹂︑﹁一六九五年以降の状況は︑だれもが気に入ったも
のを出版する自由を得た代わりに︑︵出版のもたらす︶結果も
甘受しなければならなかった﹂︵サザーランド︑同︶事実に注
目し︑いわばこの自由が﹁条件つき﹂であったと位置付けて
いる︒さらにこの時代の議会勢力を分析し︑検閲が具体的に
機能しなくなったことが廃止につながった︒言い換えれば︑
法の実際的な効力について疑問をもつ議員が増えたという背
景を示している︒そうした事実から︑著者は﹁特許検閲法の
廃止は⁝︵中略︶⁝﹃出版の自由な全体的な確立の要求﹄︵ブ
ラック︶から生まれたものでなく︑印刷物の統制システムが
論十分に機能しなくなり︑それに変わるシステムをつくりだ
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すためにとりあえず廃止されたと考えていいだろう﹂との結
論を導き出し︑﹁のちのスタンプ税もこうした動きのなかで
捉えるべき﹂との見解を示している︵八五頁︶︒
いち早く出版という表現媒体を自らの考えを伝える媒体
として見出したヨーロッパ︑とくにイギリスやフランス︵人
権宣言︑一七八八年︶に見られるように︑メディア規制が緩
やかになると︑多彩なメディアが溢れ︵洪水の時代︶︑﹁言論・
表現の自由﹂の履き違えが目に余る時期を迎える︒ すると︑権力者︵政府︶は善意の庶民を味方につけてメデ
ィア規制に走る︒凡そそれは権威者にとって都合の悪い言論
を封じるためであるのだが︑理由は公共の利益に沿うような
ものでなければならない︒最大の殺し文句は︑﹁公共の安寧秩
序の維持﹂と﹁風俗紊乱﹂︒ほぼこの文言が出されると︑誰も
が︑とくに一個人が真っ向から反対しにくくなる︒今日的状
況では﹁人権﹂がそれにあたるかもしれない︒そこでは公共
の利益や国益とは何かを十分に論じることなく︑進みゆく流
れができてしまう︒まして︑社会状況がそうであれば︑なか
なか国家や政府に反意を表明する手段を︑一人ひとり持ちえ
ることは難しいと言わざるを得ない︒いわば権力の監視︑チ
ェックの機能をマス・メディア︵新聞︶が代わって果たす時
代がやってきたのである︒そうした機能の社会的表出を︑総
称してジャーナリズムの発生と呼んでもいいだろう︒
次に為政者が考え出したのは︑印紙税に代表される諸税を
課すことにより出版者に重いかせをはめることであった︵第 七章︶︒筆者は︑その﹁知識に対する課税﹂がアメリカではペ
ニープレスと呼ばれる大衆廉価紙の登場が十九世紀初頭であ
ったにもかかわらず︑イギリスでのそれが約半世紀遅れた最
大の理由︑と考える︒十七世紀半ば以降︑コーヒーハウスの
登場で︑庶民への情報の普及展開がみられたが︑反面そこか
ら表出する言論の矛先にあった権力者にとっては疎ましい存
在となったのである︒おそらく︑それは世紀がかわろうと︑
誰が為政者になろうと︑姿︑形が変わろうと︑法治国家とい
う枠組みを維持するためにも︑法をもってコントロールする
社会は当分続く︒従って︑ジャーナリズムの権力監視機能は
何も為政者のみならず︑社会的に﹁権力﹂を保持する人物︑
機関︑団体などなど︑対象になるものは多い︒
やや皮肉な見方と言われるかも知れないが︑この言論の自
由をめぐる規制の歴史的過程を垣間見ると︑こんにち有害情
報規制を前面に押しだす﹁青少年社会環境対策基本法﹂や日
弁連の﹁人権救済機関﹂設立をめぐる一連の動き︑論理の組
み立てもこれと変わることなく︑今後の展開も少なからず推
測できるのではないだろうか︒
換言すれば︑﹁飴と鞭﹂︒つまり︑権力者が社会の人々に自
由なメディア=言論の自由︑表現の自由=を持ち与えること
になれば︑それは限りなく己を脅かす武器になりかねない︒
しかしながら︑近代民主主義の根底をなす多様な意見を伝え
る手段をコントロールする法律の施行は少なからず抵抗を受
ける︒その結果︑時に自由なメディアの所有を認め︑時にた
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がを締める︒それもより巧妙な方法を見出すのである︒
本書がとくに章をさいた新聞読者そして発行部数という
呪縛に縛られ始めた近代的営利企業として新聞が離陸する前
段階の考察であるにしても︑それは間違いなく現代社会にお
けるメディアの役割や機能を論じるとき︑我々が考えおかね
ばならない要素を数多く含んでいることを忘れてはならない︒