⼈間科編
1 教科新設の経緯
(1) 現代社会の要請から
現代社会はグローバル化が急速な進展を続けており,異 なる文化との共存や国際協力の必要性を増大させている。
このような中で,様々な文化や価値観を背景とする人々と 相互に尊重し合いながら生きることや,科学技術の発展や 社会・経済の変化の中で,人間の幸福と社会の発展の調和 的な実現を図ることが一層重要な課題となっている。この ような課題に対応していくためには,深く内省し,物事の 本質を考える力や何事にも主体性をもって誠実に向き合 う意志や態度などの道徳性の育成が必要である。
我が国の道徳教育においては,西(1932)によると,儒学
(朱子学)の影響を多く受けていると言われる
1。 「論語」
はその始祖,孔子の教えをまとめてある。ここでは「夫子 の道は,忠恕のみ。己れを尽くす。之を忠という。己れを 推す。之を恕という。」とあり,日本の道徳教育の源流を 見ることができる。新宮(2008)は「忠恕は自分の偽りの ない心を突き究め,その心をもって相手に推すという意味 である。 」と述べている。自分自身の誠実さ,良心を磨き,
その心をもって他者の心を推し量る思いやりの大切さが 示されているといえる。
一方,米国では,「市民としての徳目や個人の特性につ いて徐々に教えること」を目的とした,キャラクター・エ デュケーションが各地で実施されている。その内容は,① 信頼,②尊重,③責任,④公正,⑤配慮,⑥市民性の6つ で構成されている。この考え方は,岩佐(2000)によると 米国の社会問題に起因しており,心の教育の充実を図る我 が国と問題意識が共通している
2。
このように我が国の道徳教育において大切にしてきた 不易の部分と新たな時代の流れ,いわゆる流行に目を向け た,よりよく生きる人間を育成するための教育が望まれて いると言える。
そこで,本教科では,3つのことを大切にする。1つは,
子供たちが自己の成長への願いや問いをもつことである。
2つは,学校内外の仲間や他者と関わり合って共に学ぶこ とである。3つは,他の教科における学びを構造化して捉 えたり,自分とは異なる見方や考え方に触れ,過去・現在・
未来の自己を見つめたりすることである。このようにして,
自己内省を繰り返すことを中心に据える。そのため,多様 な人々との関わりを学習対象とする。そして,その出会い で触れる人の価値や見方,考え方,行い方から生きること に対する問いをもち,自己を見つめ直す。このように,人 間科では,子供たちが人間として,「自己の価値観を豊か にし,自己の生き方をつくる主体を育てる」ことを求める。
(2) 現行道徳科,特別活動との関係
以上のように人間科の学習と関わるものに,道徳科と特 別活動がある。まず,現行の道徳科では, 「よりよく生き るための基盤となる道徳性を養う」ことが目標の中で記さ れている。また,内容が「A主として自分自身に関するこ と」 , 「B主として人との関わりに関すること」 , 「C主とし て集団や社会との関わりに関すること」 , 「D主として生命 や自然,崇高なものとの関わりに関すること」で構成され ている。この内容は,児童にとっての自分自身と関わる対 象の広がりに即して整理されている。しかし,それぞれの 内容だけが単独に作用するということはほとんどない。梅 原(2007)は「前もって定期的に掲げられる道徳性はどう しても作為的になり,子供の日常生活で直面するものとは かけ離れてしまいがちである。 」
6と述べている。このよう に,子供の生活場面と直結しない道徳性の育成が図られて いたという課題もある。すなわち,一教材で,1つの内容 項目を指導することの限界である。そこで,体験や経験を 基にして,その中にある様々な道徳的価値について関連さ せながら理解し,自己の生き方を見つめ直すことが必要だ といえる。
現行の特別活動では, 「様々な集団活動に自主的,実践 的に取り組み,互いのよさや可能性を発揮しながら集団や 自己の生活上の課題を解決する」ことが目標に記され,内 容が「学級活動」 , 「児童会活動」 , 「クラブ活動」 , 「学校行 事」で構成されている。 「幼稚園,小学校,中学校, 『高等 学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要 な方策について(答申) (2016) 」では,特別活動の課題と して,各活動の関係性や意義,役割の整理が十分でないこ とや,課題を自分たちで見いだして解決に向けて話し合う 活動が深まっていないこと,社会参画の意識の低さが問題 となる中で,自治的能力を育むことがこれまで以上に求め られていることが挙げられている。
これらの道徳科と特別活動の課題を踏まえ本校では,そ れぞれの教科の内容をスリム化する。子供が多様な人々と 関わり,自分自身の生き方をつくることを意識して学習を 進めることができるようにするために人間科を新設した。
(3) 人間科に関わる本校のこれまでの研究
人間科に関わって,本校では平成6年から 11 年まで領 域「人間」が,平成 25 年から 28 年まで領域「生き方」が,
平成 29 年から昨年度までは領域「にんげん」が,人間科 の学習内容を担っていた。領域「人間」の学習においては,
目標を「人間としてのよりよい生き方を求め実践する活動 を通して,人間性豊かに生きる実践的な態度を育てる」と し,内容を「どのような人とどのように共生していくか」
という実践のあり方から規定した「自分」 「仲間」「生命」
「福祉」 「国際理解・協力」 「環境」の6つとして研究を進 めてきた。また,領域「生き方」の学習においては,目標 を「人と対象との関わりを考え,多様な他者と協働的に実 践する活動を通して,生き方への価値認識,他者尊重,自 己への見方や考え方,自己実現する力を高め,自己形成す る力を養う。」とし,内容を「いのち」 「みらい」 「くらし」
「なかま」の4つとして研究を進めた。領域「にんげん」
では,内容を「わたし」 「わたしたち」 「生きる道」の3つ として研究を進めてきた。人との関わりを通して,自己を 見つめ直し,他者とよりよく生きようとする自己の生き方 をつくることを大切にしてきた。
(4) 4年間の開発研究で見えてきたこと
4年間,現行の道徳科と特別活動の内容を含んだ領域
「生き方」 ,「にんげん」 「人間科」として取り組んできた 結果,成果として次のことが挙げられる。
ア 成果
〇 多様な他者の生き方に出合い,自分の今後の生活 を見直し,実践することができた。
〇 自己の課題の解決方法を自ら吟味しながら追究 し,自己を更新していくことができた。
○ 他の教科での学びを含めた自分自身の学びについ て振り返り,整理する自己内省を繰り返し,よりよい 自分をつくろうとすることができた。
しかし,領域「生き方」 「にんげん」 「人間科」を設定す る上においては,以下のような課題も見られた。
イ 課題
● 集団内の問題や課題について話し合い,解決方法 を見いだすことが不十分だった。
● 多様な他者だけでなく,周りの社会や自然との関 わりを対象にした学習を展開する必要がある。
● 学校行事や児童会活動の人間科としての位置付け が曖昧であった。
このような成果と課題を踏まえ,本年度は,昨年度まで の内容を改め,自己の価値観を豊かにし,自己を見つめ直 し,よりよい自分をつくる人間科を立ち上げた。
2 ⽬標
(1) 教科の目標
自分の生きる意味や価値を見つめ直すことを通して 見いだした,自分や他者,社会,自然との関わりから生 まれる問いを,自分事として解決する過程の中で,哲学 的な見方・考え方を養うことで,3つの資質・能力を次 の通り育成することを目指す。
(1)自ら課題を設定し,調査・追究する過程で自覚した 価値をつないだり組み合わせたりしながら,新たな 価値をつくり出すことができる。 (創造性)
(2)仲間や他者の考えに耳を傾け,自分と同じように 尊重し,それらの人々とともに自分が人や社会,自然
のために力を合わせ働きかけようとする。(協働性) (3)自分の学び方や在り方を深く内省し,自分のよさ
や課題を肯定的に受け止め,自己をあるがままに認 め,これからの志を明らかにしようとする。
(省察性) (2) 見方・考え方と資質能力の関係
哲学的な見方・考え方
5とは,哲学的な問いに対応する
「自明と思われる価値やことがらと向き合い,理性や感性 を基に批判的思考
6を働かせることを通して,人や社会, 自然とのよりよい関わり方に関する自己の生き方をつく ること」である。人間科の哲学的な問い
7とは, 「他者と対 話し,批判的思考や創造的思考をはたらかせながら,更な る探究を行うための問い」である。概念と方略については, 人間科においてはそれぞれ道徳的価値と価値観がゆさぶ られる体験であると考える。これらの概念や方略の獲得の 際に主に発揮されるのは,それぞれ創造性と協働性である。 また,これらに支えられて発揮される省察性を人間科では 重視している(図1)。
【図1 見方・考え方と資質・能力の関係図】 (3) 学年の目標
〔第1学年及び第2学年〕 (1) 目標
① 友達や家族など身近な人と関わる中で,自分の 生き方を見つめ,なりたい自分の姿を考え,行動す ることができる。 (創造性) ② 学級や学年における自分の役割に取り組み,友達
と助け合って活動する大切さに気付き,考えを伝 えたり聞いたりして,よりよい学級生活をつくろ うとする。 (協働性) ③ 自分の目標を基に日々の生活を振り返り,自分と
友達のがんばりやよさに気付き,気付いたよさに ついて友達と伝え合ったり話し合ったりして,よ りよい自分をつくろうとする。 (省察性)
〔第3学年及び第4学年〕 (1) 目標
① 多様な他者と関わる中で,自分にとって価値ある
ものは何かを考え,自分の学びの変容や自他の成
長に気付き,友達と話し合ってよりよい自分の生
き方をつくることができる。 (創造性)
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未来社会を創造する主体を育成する カリキュラム・マネジメントⅡ
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