はじめに―問題の所在
「グローバル・ガヴァナンス」は古くて新しい国際政治学のテーマである(1)。そして「ガ ヴァナンス」は、いにしえの世からの人間社会における実践的課題であった。一方で、現 代の重要な国際問題の多くが、従来の国際政治学であれば国内問題として処理されていた 領域に及んできている。本稿のテーマである脆弱国家(fragile state)の再建においても、一 国内のガヴァナンスに関する課題が、国際政治の問題と密接に絡み合う(2)。脆弱国家とは、
「貧困層を含む大多数の国民に基本的な社会機能を提供できていない、あるいは今後もでき そうにない国」と定義づけられている(3)。英国国際開発省が作成した脆弱国家一覧表には、
東ティモールを含む
46ヵ国が脆弱国家として指定されている
(4)。人口が100万人にも満たな い小さな島国である東ティモールのガヴァナンスの問題が、国際連合安全保障理事会(国連 安保理)において緊急の対応を要するグローバルな課題として議論されてきた(5)。辺境にあ る脆弱国家のガヴァナンスの問題は、今やグローバル化した国際問題として認知されると ともに、脆弱国家のガヴァナンス支援には、国連、世界銀行、非政府組織(NGO)といった 国家以外のアクターが複雑かつ複合的に関与するようになったのである(6)。本稿では、現代の国際政治における焦眉の課題となった脆弱国家の再建について議論し ていく。脆弱国家の再建には、どのような課題や問題があるのかをグローバル・ガヴァナ ンス論とその実践の観点から指摘し、国際社会による効果的なガヴァナンス支援のあり方 を検討する。本稿では、具体的な事例として東ティモールを取り上げ、どうしたら現地の ガヴァナンスを確立していけるのかを考えてみたい。
以下では、まず本稿の中心的なテーマである「グローバル・ガヴァナンス」と「ガヴァ ナンス支援」に関する概念整理を行なう。そして、東ティモールにおけるガヴァナンス支 援の課題を考察し、そのうえで、紛争後の平和構築支援の最重要課題となった民主的なガ ヴァナンスづくりについて問題提起をしていく。
1
概念整理(1) グローバル・ガヴァナンス
①分析視角としてのグローバル・ガヴァナンス
グローバル・ガヴァナンス論とは、「世界政府(global government)」の樹立ではなく、さま
ざまな制度を整備することで、国際社会が直面している諸課題が解決されていくという考 え方である(7)。ここでは、このような考え方を本稿の主要なテーマである脆弱国家の再建と の関連で整理する。
まず、グローバル・ガヴァナンス論は分析視角と政治的概念に分けることができる(8)。グ ローバル・ガヴァナンス論が提示する分析視角は、冷戦後の国際政治の現実をより正確に 映しだす。この点を理解するうえで、本稿で取り上げる脆弱国家の再建は最適のテーマで ある。古典的な国際政治論では、アナーキーとされていた国際社会が、ヒエラルキーな存 在であるはずの国家の秩序形成に関与する論理矛盾となるような事態が、現実には生じて いる(9)。すなわち、政府のもとでガヴァナンスが機能不全に陥りアナーキーが生じた脆弱国 家に対し、政府なき国際社会が介入し、一国内のガヴァナンスの再構築を支援することで 国際秩序を維持しようとする取り組みが存在するのである。それは、国連平和維持活動
(PKO)であったり、紛争後選挙であったり、秩序維持を目的とする諸制度の積み重ねであ ると言い換えることができよう。
つまり、グローバル・ガヴァナンス論では、現代の国際関係の統治・運営が、国連のよ うなフォーマルな「組織」から、より緩やかで幅広い「制度」へ移行してきている点が指 摘される(10)。その特徴としては、国際政治と国内政治の垣根を低くし、国家以外のアクター にも目を向け、秩序形成におけるアクターの積極的な活動や意思といった側面にも関心を 寄せる点が挙げられている(11)。
実際に国際平和活動や紛争後の平和構築の現場においては、国連PKO、国連難民高等弁 務官事務所(UNHCR)や国連開発計画(UNDP)、世界銀行、欧州連合(EU)といった国際 機構が中心的な役割を担ってきた。と同時に、ガヴァナンス支援におけるNGOの役割も看 過することはできない。国際機構だけでなく、NGOなどの市民社会にまで注意を払い関心 を寄せていくことで、国家を分析単位とする「国際関係」の考え方から脱却し、国家を志 向するものでも国家から派生したものでもない社会組織や政治的な意思決定が数多く存在 するという事実を再確認することができる(12)。
②政治的概念としてのグローバル・ガヴァナンス
一方で、近年のグローバル・ガヴァナンス論に対する関心は、かつては存在しなかった 緊急の地球規模の実践的課題に対応しなくてはならないという現実の要請に起因する(13)。脆 弱国家における内戦への対応や内戦終結後の国家再建の課題が、今や国際社会が直面する 最も深刻な脅威として認識されるようになったのである(14)。とりわけ、9・
11米同時多発テ
ロ以降の文脈では、脆弱国家がテロリストに聖域を与えかねない点が危惧され、脆弱国家 の再建が「テロとの闘い」の一環として推進されるようになった(15)。内戦への介入や国家建設の議論であれば、古典的な国際政治の理論でも説明が可能であ る。わざわざグローバル・ガヴァナンス論を持ちだす必要はない。グローバル・ガヴァナ ンス論の観点から脆弱国家の再建を論じる最大の特徴は、政治的概念としてのグローバ ル・ガヴァナンスが唱導する規範性と密接に結びつく(16)。すなわち、グローバル・ガヴァナ ンスは、現代の国際政治の現実をより正確に見定めるための分析視角としてだけではなく(17)、
国際社会の秩序形成に関する政治的な概念としても捉えられる(18)。民主主義に基づき、法の 支配によって支えられる国家の再建を促すことで、グローバルなレベルにおける「政府な きガヴァナンス」による国際秩序を維持しようとする姿勢がうかがわれる(19)。このような考 え方の背景には、冷戦後の欧米諸国で特に影響力をもつ「民主的平和(democratic peace)論」
がある。「民主主義の文化は根本的に平和の文化である」(20)とし、民主主義のグローバル化 を推進する政治的・規範的な概念としてグローバル・ガヴァナンス論が台頭してきた。つ まり、グローバル・ガヴァナンスとは、単なる国際秩序の問題ではなく、一国内のローカ ル・ガヴァナンスと相互に強く結びついたものとして認識されている(21)。
古典的な国際政治の理論では勢力均衡や抑止の観点から、あるいは覇権論の文脈で内戦 への介入や国家建設が論じられ、冷戦の構造下では自由主義陣営は必ずしも民主主義とい う価値を共有する必要はなかった。むしろ、中東、中南米、アフリカにおける親米政権は 独裁政権であったり王制を敷いていたりするほうが多かった。しかしながら、現代の脆弱 国家の再建においては民主化が非常に重要な要素となっている。つまり、グローバル・ガ ヴァナンスの規範的概念を脆弱国家のローカル・ガヴァナンスを支援する際の指針に適用 していると言えよう。
(2) ガヴァナンス支援
①ガヴァナンス支援の概要
ガヴァナンスとは、政治、経済、社会面での国家運営・統治のあり方に関する概念であ る。一国の政府が効果的・効率的に機能しているかどうか、また、そのために適切な権力 の行使が行なわれているか、さらに、政府の正統性や人権の保障など国家のあり方を問題 とする(22)。UNDPでは、ガヴァナンスを「あらゆるレベルで国家の問題を適切に運営するた めの政治的・経済的・行政的権限の行使」と定義し、経済的ガヴァナンスを国家の経済活 動に影響を与える決定策定プロセス、政治的ガヴァナンスを政策策定プロセス、行政的ガ ヴァナンスを政策実施システムであるとしている(23)。
それでは、適切な国家運営を可能にするガヴァナンスとは、どのようなものなのだろう か。「良いガヴァナンス(good governance)」とは、どのような特徴をもっているのだろうか(24)。 言い換えれば、国際社会による脆弱国家の再建のためのガヴァナンス支援では、何を達成 目標として、どのような具体的な取り組みをしているのだろうか。良いガヴァナンスとは、
国家が国防、治安、教育、保健衛生といった行政サービスを国民に対して公正・適正かつ 効率的に提供できている状態を指す概念である。したがって、政府の効率性を評価するこ とで、ガヴァナンスの一側面の達成度を測ることはできる。ただし、客観的に測定できる 制度に加えて、制度を運用する行政能力と意思、制度が根を張る社会の価値観の共有によ って形成される規範も整備していかなくてはならない。
これらの点を踏まえて、どのような理論に基づいてガヴァナンス支援が実施されている のかを知るうえで、国際社会によるガヴァナンスの指標化の試みを振り返ることは有益で ある(25)。多種多様な評価基準が指標として提示されているが、このようなガヴァナンス指標 化の試みから読み取ることができるガヴァナンス支援の達成目標は、実効性、効率性、公
平性、透明性、民主主義、責任(説明責任)といった側面から特定の国家の政治・法制度を 見直し、その社会に「法の支配」を確立することであると定義できる(26)。
ガヴァナンス支援が目指す「法の支配」の下では、法律が定めた民主的な手続きに則り 正統性のある政府を樹立し、その政府が法律に基づいて国家を統治する。したがって、「法 の支配」の根幹となる憲法を制定し、徐々に法制度を整えていくとともに、行政・立法府 の機能を高めていくことが、ガヴァナンス支援の定石となる(27)。同時に市民教育やメディア 支援などを通じた市民社会の能力構築も忘れてはならない。ガヴァナンスの要素には国内 の治安・秩序の維持が含まれ、そのための法執行に必要な権威と実力を国家が独占する体 制を整えることも、重要なガヴァナンス支援として位置づけられてきた(28)。
②良いガヴァナンスから民主的ガヴァナンスへ
近年の国際社会による脆弱国家の再建においてみられる特徴は、「民主化」という価値志 向性が前面に押しだされている点であろう。自由で公正な選挙を通じて政治制度を民主化 するとともに、法制度支援、法執行支援、司法支援を通して「法の支配」の実現に取り組 むことになった(29)。ガヴァナンス支援を通じて国際社会は、国家づくりの土台となる共通 の価値観として民主主義の種を植えつけようとしているし、民主的価値観に基づいた社会 の形成を支援しようとしている(30)。言い換えれば、政治的・経済的・行政的ガヴァナンスを 包括し、特定のガヴァナンスのあり方を方向づけていく概念としての民主主義の重要性が 高まっている。この背景には、ガヴァナンスの脆弱な国家がテロの温床になるという論理 があり、これが特に米国を中心とする先進国のガヴァナンス支援に大きな影響を与えてき た(31)。
このため近年のガヴァナンス支援では、単に効果的で効率的な政府を樹立するだけでな く、国際社会の秩序維持に寄与する「民主的ガヴァナンス(democratic governance)」の形成に 関心を寄せている。国家が民主主義を守るのに必要な文化・価値観を欠いている場合には、
民主化は社会の核心にまで至る大幅な変革を必要とするといった認識も広がった(32)。最近 の文脈では、良いガヴァナンスとほぼ同義語として民主的ガヴァナンスが用いられること が多い。この背景には、国際社会の構成要素である各国が民主的ガヴァナンスを確立してい れば、世界政府による実力支配がなくても国際秩序が保たれるというグローバル・ガヴァ ナンスの考え方がはたらいている。それは法体系や法執行体制(強制力)といった制度構築
(institution-building)にとどまるのではなく、価値観の共有を通じた秩序維持を目指すもので ある。つまり、「民主化とは、単に民主的な制度を整える過程にとどまるものではなく、規 範形成と文化の変容をもたらす事業」として捉えられている(33)。
このようなガヴァナンス支援のアプローチを、「欧米中心主義」や「新植民地主義」と捉 え、疑問を抱く向きもあるだろう。しかし、次に詳しくみていく東ティモールのように、
「テロとの闘い」との関連が薄い場合においても「民主化」は国家建設・再建のキーワード となっていた。例えば、国連東ティモール統合ミッション(UNMIT)には、民主的ガヴァナ ンス支援部(Democratic Governance Support Unit)が設けられ、ガヴァナンスと民主主義を不可 分のものとして扱っている。
2
事例分析―東ティモールにおけるガヴァナンス支援(1) 東ティモールと国際社会
そもそも国際社会が東ティモールのガヴァナンスの問題をグローバルな課題として認識 したのは、1999年に実施された住民投票以降である。この住民投票では、東ティモールの インドネシアからの独立の賛否が問われた(34)。独立を求める住民の意向が明らかになると、
インドネシアへの併合を主張してきた勢力による殺戮や破壊が繰り広げられ、約
30
万人が 西ティモールやオーストラリアに避難した。このような事態を受けて国連はオーストラリ アが主導する東ティモール国際軍(INTERFET)を派遣するとともに、その後も東ティモー ルの独立を支援するために国連PKOとして国連東ティモール暫定行政機構
(UNTAET)、東 ティモールの独立後は国連東ティモール支援団(UNMISET)を派遣した。さらに国連PKO
撤収後は、国連東ティモール事務所(UNOTIL)を設立して引き続き東ティモールの自立を 支援していた。だが、2006年4月下旬に発生した一連の騒擾事件により、治安維持のために
オーストラリアを中心とする多国籍軍が再展開し、国連も警察部隊を中心とするPKO
とし てUNMITを派遣することになった。1999年以降の国際社会による東ティモールに対するガヴァナンス支援は、非常に手厚い
支援の一例としてみることができる。国際社会は、東ティモールの立法・司法・行政に係 るすべての権限を国連に与えて、東ティモールの独立を支援した。国連は東ティモールの 基本的な国家機構を確立し、国家運営を代行しながら、東ティモールのガヴァナンス制度を 整備し、現地のガヴァナンス能力構築を支援してきた。このような国連主導の国家建設の 取り組みは「二人羽織型ガヴァナンス支援」と形容できるだろう。国連の手によって始め られた国家建設は、東ティモールの独立を機に東ティモール人に手渡され、「国家」という 羽織をまとった東ティモール政府が前に立つことになった。しかし、実際には、その背後に ある国連アドバイザーたちが、羽織の袖から手を出して国家運営を手伝ってきたのである。(2) ガヴァナンス支援の概要
1999年の住民投票以降、東ティモールでは、2001
年の制憲議会選挙、2002年の大統領選 挙、2005年から約1
年間をかけて各地で実施した村長・村議会選挙、そして2007
年の大統 領選挙(4月9日に第1
次投票、5月9
日に決選投票)と議会選挙(6月30日実施予定)を経験し、民主化の道のりを着実に歩んできた(35)。これらの選挙を通じて、国民の政治参加や社会の 意思や関心を政治過程に取り入れていく仕組みは整備されつつある。同時にNGOやマスコ ミの育成など市民社会の強化も進められている。国連は制憲議会選挙(その後の憲法制定と 国家行政機構の構築)において主体的な役割を担い、2002年の大統領選挙では、東ティモー ルの関係各所を活用しつつ二人羽織型ガヴァナンス支援を展開した。その後、東ティモー ル政府が初めて主体的に手がけた村長・村議会選挙においては、人材不足や経験不足に基 づく手際の悪さを露呈したものの、UNDPや
NGO
の協力、あるいは二国間援助を受けつつ、無事終了することができた。
東ティモールでは、INTERFETを引き継いだ
UNTAETから、UNMISET、UNOTIL
と三代の国連ミッションが派遣され、
1999
年の騒乱から足掛け7年にわたる国際社会のガヴァナ ンス支援によって、国家運営に必要な諸制度(institutions)が整備されていった。農業省、公 共事業省、計画・財務省などの各種行政官庁が設立され、国会や村議会も立ち上がり、裁 判所の整備と法曹関係者の育成も進められた。治安部門改革として、国軍や警察も創設さ れ、国際社会の支援を受けて国軍兵士や警察官が育成されている。まさに2006年の騒擾事
件が発生するまでは、東ティモールは国連による包括的な平和構築支援の成功例として注 目を集めていた。国連が行政立法権のすべてを掌握して東ティモールを暫定統治した
UNTAET
の時代は、国連から派遣された専門家が事実上の国家運営を担っていた。しかし、東ティモールの独 立に伴い設置された
UNMISET
では、徐々に東ティモール人の主体性を促す努力が重ねられ た。2002年5月17
日の国連安保理決議において、総計200名の国連アドバイザーは、
「東テ ィモールの国家としての独立と政治的安定にとって欠くことができない中核的な行政機構 に対する支援を提供する」という任務を与えられた(36)。これを受けてUNMISET
の文民支援 グループは、UNDPの制度能力開発部(Institutional Capacity Development Unit)と協力して、東 ティモールの能力開発のためにアドバイザーの派遣を行なった(37)。実際に国連による東テ ィモールのガヴァナンス支援は、東ティモールの独立後も多岐にわたり、国家機構(首相府、国会、各種行政機構)、司法制度(裁判所、検察庁、司法省、刑務所)、内務省および地方自治 体、経済金融制度(銀行、財務省、関税、産業)、社会セクター(保健衛生、教育、雇用労働)、 社会インフラストラクチュア(交通、航空管制、港湾、発電)などの国家行政制度のあらゆ る側面で実施された(38)。主要な省庁へのアドバイザーの派遣は、その後の
UNOTIL
において も継続され、担当行政官の指導・育成にも努めることになった。(3) ガヴァナンス支援の課題
①時間枠(タイムフレーム)
国際社会の支援には常に時間枠(タイムフレーム)上の制約がある。東ティモールの場合 も国連ミッションの撤収時期をめぐって議論が重ねられた。2006年4月には、国際社会の現 場へのプレゼンスとして派遣されていた
UNOTILの任期満了を控え、約 7
年間続いた国連ミ ッションの東ティモールへの派遣に終止符を打つことが、国連安保理にて議論されていた。その時期に、騒擾事件が発生したのは何かの皮肉であろう。ただし、国際社会が半永久的 に一国のガヴァナンス支援を継続することは不可能であるから、現地社会の能力構築が国 際社会による支援の出口戦略となる。脆弱国家の再建において特に顕著な問題は、国際社 会が関心と支援を維持できる時間枠と現地社会の能力が構築されるまでにかかる時間に大 きな開きがあることである。実際に東ティモールの国家建設が国際社会の関心を長く繋ぎ 止めることは難しかった。アフガニスタン、イラク、コンゴ民主共和国、スーダンといっ た他地域の紛争への対応に国際社会が追われていくなかで、東ティモールの国家建設に必 要な財源や人材が東ティモールでは不足した(39)。
②現地の主体性
脆弱国家において民主的ガヴァナンスの構築を支援することが国際社会にとって望まし
い選択肢であったとしても、それを強制することはできない。民主的ガヴァナンスが持続 可能なものとして脆弱国家に根づくためには、民主化に対する誠実な政治的意思が為政者 のみならず現地社会全般に存在しなくてはならないからである(40)。国際社会が導入を進める 外からの民主化の動きと現地社会の内から発露する主体性を引き伸ばす努力とをどのよう に結びつけていくのか、という難題に東ティモールの二人羽織型ガヴァナンス支援でも直 面した。
国連が派遣したのは行政官ではなくアドバイザーであったことが示すように、国家建設 における現地の主体性の重要性は当初から認識されてはいた。しかし、現地の能力が未熟 な段階で、現地の主体性を促進させつつも円滑な行政サービスを滞りなく実施していくこ とは至難の技である。
外部から導入した制度を現地社会に根づかせていくためには、技術移転を通じた現地能 力の構築が不可欠である。しかし、実務(line function)遂行能力と人材育成に必要な資質と は必ずしも一致しない(41)。むしろ、外部の専門家は、指導教官としての能力がない場合に は、実務遂行能力に長けている分、根気よく東ティモール人のカウンターパートに対して 技術移転を施すのではなく、カウンターパートの代わりに業務をしてしまうという傾向が ある(42)。とはいえ、国連アドバイザーが完全に第一線の実務から手を引き、純粋に助言や指 導に徹したとしたら、行政活動が機能不全に陥る恐れもあった。日常業務の円滑な実施を 監督しながら、能力構築のために技術移転に取り組むといった離れ業を成功させることが アドバイザーには要求されたのである。
実際には、UNMISETのアドバイザーたちは、当初は日常業務を代行しながらカウンター パートへの
1
対1
の業務指導を実施していた。しかし、2005年5
月に予定されていたUNMISET
の撤収に向けて、2004年の夏からアドバイザーの支援活動の重心が、第一線での 行政サービスの提供から制度能力開発へと移行していった(43)。この重心移動が試みられた のは、国連PKOが撤収できる条件を整えるためには、現地の能力構築が欠かせないからで
ある。制度能力開発の3
本柱には、適切な仕組みづくり、組織全体への技術と能力の移転、公務員の態度や行為(職業倫理)が掲げられた(44)。これまで、カウンターパートへの1対
1
の指導による技術移転を試みていたが、個人に能力が蓄積されると国家公務員よりも高給 である国際機関やNGO
職員へと転職してしまい、また最初から同じことの繰り返しになる といった問題があった。もちろん、国家建設の仕事に対し相応の報酬を払うことも必要で ある。しかし同時に、東ティモールの行政官たちには国家建設を担うことに対してやりが いを感じること、高い志や強い意思をもって国家建設にあたることも求められる。実際に 東ティモールでは、個人ではなく行政組織全体に技術や知識が蓄積されるようなガヴァナ ンス支援が模索されていた。③持続可能性
ガヴァナンスの能力と意思を備えた現地の主体性が生まれ、かつガヴァナンスの基盤と なる民主的な価値観や規範が共有されることで、民主的制度の持続可能性が高まっていく。
2006年 4月下旬の国軍兵士の解雇問題に端を発した一連の騒擾事件によって、この持続可能
性についての脆弱性が、まさに二人羽織型ガヴァナンス支援の問題点として露になった。
民主的な諸制度は立派なものが整備されつつあったものの、諸制度を効率的に運用してい く能力に欠け、立法・司法・監査機関、法の支配、治安維持体制といったガヴァナンスの 根幹部分でも未だに多くの問題を抱えていることが明らかになった。
為政者の権力闘争に治安組織が悪用されたということは、制度的に問題があったのかも しれない。だが、マリ・アルカティリ首相とシャナナ・グスマン大統領の言動が事態を収 拾させるどころか、むしろ国民を分断させるような形に悪化させたことは、民主的で公平 な国家建設を追求する固い意思が東ティモール政府の指導者層に欠けていることを露呈し た。風評や流言によって簡単に扇動され、暴力行為に及ぶ国民性は紛争の平和的な解決を 重んじる文化や民主的な価値観が広く東ティモール国民に根づいていない証左であろう。
とりわけ現状に不満を抱える青年層は扇動に影響されやすい。青年対策をガヴァナンス 支援のなかに取り入れていくことの必要性を東ティモールの事例は示唆している。東ティ モールの場合、青年層が抱く不満の多くは失業問題と密接に絡む。東ティモール社会に民 主的な価値観が根づくことが、必ずしも雇用創出に直結するわけではない。しかし、不満 を法の支配のもとで民主的な手続きに基づいて解決する制度をつくり、それを尊重する意 思を確立することは、紛争の平和的な解決の規範化につながる。このような土壌づくりは、
民主的ガヴァナンスの定着を促し、その持続可能性を高めるだろう。従来のガヴァナンス 支援では民主的な選挙の実施や制度構築に重点がおかれてきたが、今後は青年層を中心に 国民が民主的な国家建設に主体的に関与していくように導く土壌を形成していくことも必 要なのではないか。例えば、民主的な価値観に根ざした国家建設の規範やヴィジョンを示 し、指導力を発揮できる青年指導者の育成を、政治参加を促す試みとしてガヴァナンス支 援に位置づけていくべきだろう。
まとめ―制度構築から能力・意思と規範の構築へ
最後に本稿での議論を整理しておく。グローバル・ガヴァナンス論は分析視角と規範性 を帯びた政治的概念に分けることができた。その分析視角は、冷戦後の国際政治の現実を より正確に説明し、グローバル・ガヴァナンスの規範的概念を一国内のローカル・ガヴァ ナンスに適用してみることで、ガヴァナンス支援のよき指針となると論じてきた。
グローバル・ガヴァナンスの視点から脆弱国家の再建の重要性を指摘するとすれば、国 際社会の構成要素である各国のガヴァナンスを向上させることは、グローバル・ガヴァナ ンスの実現にも寄与するということだろう。国連は必ずしも民主的な国家のみが集まった 国際組織ではないから、脆弱国家に対して民主的ガヴァナンスを唱導していくことに倫理 的な問題がないわけではない。現地の文化や歴史、政治・社会的な背景を無視して、民主 化を強要すれば、新植民地主義として批判されるだけでなく、持続可能なガヴァナンスに も結びつかない。この点に関してグローバル・ガヴァナンス論が提供する有益な視点は、
民主的な価値観が為政者のみならず広く国民全般に規範として受け入れられることが大切 であるということ。グローバル・ガヴァナンスと同様に、特定の国家のガヴァナンスにお
いても、共通の価値観やインフォーマルな制度や慣習などが重要な役割を演じている。す なわち、社会に根づいている価値観(文化や宗教)と民主主義というガヴァナンス支援が持 ち込む価値観との調和をはかっていくことも忘れてはならない。
東ティモールのガヴァナンス支援の考察から導きだすことができるガヴァナンス支援の 課題は、次のようにまとめることができるだろう。まず、行政能力の育成に加えて、民主 的ガヴァナンスが機能する社会環境を醸成していくには、息の長い支援が求められる。そ れでは、効果的なガヴァナンス支援に求められる能力構築と価値観定着という長期的な事 業の必要性と、短期間に目に見える成果を上げることが求められる国際社会側の要請との 間の隔たりをどう埋めていくのか。この時間枠のズレに関する課題も乗り越えなくてはな るまい。
東ティモールにおいても追求されたように、現地の主体性を重視することの重要性は広 く認識されている。なぜならば、外から持ち込まれた仕組みは、現地社会に根づかない限 り、一時しのぎの支援にしかならないからである。外部からの支援が途絶えた瞬間に機能 停止に陥ってしまうような制度は持続可能な仕組みであるとは言えない。しかし、脆弱国 家の再建における問題は、現地社会に国家再建や運営を主体的に担っていけるような能力 が十分に備わっていないという点である。不適格な人材が国家運営の舵取りを任せられれ ば、そのような国家は脆弱国家から抜け出すことが難しいばかりか、ガヴァナンスは混迷 し、国家再建は漂流してしまう。現地の主体性を促したいが、現地の能力は不十分である。
しかし、現地の能力不足を補うために国外から専門家を補強すればするほど、新しく構築 する制度の持続可能性は低くなる。かといって外部の専門家が現地の人材育成に徹しては、
日常の行政サービスが滞る恐れがある。このジレンマにも応えていかなくてはならない。
国際社会の支援によって制度を整えることができても、その制度を運用する人材、そも そも整備された制度の基盤となるような民主的価値観や法の支配といった理念に対する 人々の共感をどのように育んでいくのか、といった課題も存在する。持続可能な制度づく りをするためには、現地社会において民主的な制度が支持されるとともに、民主的な社会 における為政者だけでなく市民の側の責任についても十分に理解されることが大切である。
これまでのガヴァナンス支援では、民主主義という価値観を社会基盤に据えるために民 主的な選挙の実施が重視されてきた(45)。しかし、紛争後の選挙では、対立候補との意見や 利益の違いを強調して選挙戦が展開するため、社会の分断の溝が深まってしまうことがあ る。民主的ガヴァナンスが確立するためには、法の支配や紛争の平和的な解決などの共通 の価値観を見いだすことが効果的であり、国民和解や社会統合の実現が必要になるだろう。
国家建設・再建を通じて、社会の一体感(social cohesion)が醸成されなくてはならない(46)。 つまり、平和構築とは平和の制度化と民主的価値観の共有化を通じた社会の一体感を生 み出す試みであると言い換えることができる。平和を定着させるためには、しっかりとし た地盤の上に国家を建設しなくてはならない。民主的な価値観の根づかない土壌に民主制 度を構築しても、それは砂の上に家を建てるようなものである。内戦を一度経験した脆弱 国家の44%が5年以内に紛争に逆戻りするのは(47)、国家が再建されても国民和解や社会統合
に失敗しているためかもしれない。
東ティモールの事例からガヴァナンス支援、ひいては平和構築支援の教訓として導きだ せることは、従来の制度構築というハードウェアに偏重する支援だけでなく、制度を運用 していく能力や意思といったソフトウェアにも重点をおいた支援も同時に追求していかな くてはならないということだろう。さらには、国家建設・再建の規範となるような民主的 価値を尊重する文化が根づくように脆弱国家を支援していくことが大切である。特に国家 建設・再建への揺るぎのない意思を脆弱国家で育成していくためには、国民和解や社会統 合と呼ばれるような社会の一体感を産み出すような取り組みがガヴァナンス支援として位 置づけられなくてはならない。「家を建てることと家庭を築くことは同じでない」(48)のであ って、まさに国家建設(state-building)から国民建設(nation-building)への舵取りが求められ ている。
(1) 渡辺昭夫・土山實男「序章 グローバル・ガヴァナンスの射程」、渡辺昭夫・土山實男編『グロ ーバル・ガヴァナンス―政府なき秩序の模索』、東京大学出版会、2001年、1ページ。
(2) 脆弱国家に類似する概念に破綻国家(failed state)がある。破綻国家という概念は、国家機能が 完全に崩壊してしまった状態を指し、脆弱国家よりもアナーキー(無政府状態)の度合いが高い 場合に用いる。本稿では、両者の間に厳格な区別をせずに脆弱国家という概念を用いる際には破 綻国家も含める。
(3) The Department for International Development, Why we need to work more effectively in fragile states, January 2005, p. 7(http://www.dfid.gov.uk/pubs/files/fragilestates-paper.pdf).
(4) Ibid., pp. 27―28.
(5) 例えば、国連安保理決議1264(1999年)において「東ティモールの現状が平和および安全への 脅威を構成する」と認定し(UN Document, S/RES/1264, 1999)、決議1272(1999年)では国連東テ ィモール暫定行政機構(UNTAET)の設立を決定し、東ティモールの統治に関する全権を UNTAETに移譲した(UN Document, S/RES/1272, 1999)。
(6) 渡辺・土山、前掲書、4―5ページ。
(7) 山田哲也「第3章 国際法と国際組織の役割」、大芝亮・藤原帰一・山田哲也編『平和政策』、有斐 閣、2006年、56ページ;大芝亮・山田敦「グローバル・ガバナンスの理論的展開」『国際問題』
438号(1996年9月)、8ページ。グローバル・ガヴァナンスを国連システムの改革構想や国連を中 心とする国際秩序のあり方として用いる場合もある。大芝亮「第1章 問題提起」、総合研究開発機 構(NIRA)・横田洋三・久保文明・大芝亮編『グローバル・ガバナンス―「新たな脅威」と国 連・アメリカ』、日本経済評論社、2006年、130ページ。
(8) Klaus Dingwerth and Philipp Pattberg “Global Governance as a Perspective on World Politics,” Global Governance, Vol. 12(2006), pp. 185―203.
(9) 大芝・山田、前掲論文、3―4ページ。
(10) 同上、3ページ。
(11) 庄司真理子「序文 グローバルな公共秩序の理論をめざして」『国際政治』137号(2004年6月)、 4ページ。
(12) Dingwerth and Pattberg, op. cit., p. 191.
(13) 渡辺・土山、前掲書、1ページ。Dingwerth and Pattberg, op. cit., p. 194.
(14) Francis Fukuyama, State Building: Government and World Order in the Twenty-First Century, London: Profile Books, 2005, xvii.
(15) 9・11以降の「テロとの闘い」の文脈で、世界銀行においても脆弱国家の再建が重要な課題とし て位置づけられるようになった。世界銀行は逼迫低所得国(LICUS: Low-Income Countries Under
Stress)ユニットを立ち上げ、LICUS信託基金を通じて脆弱国家の再建に取り組んでいる。世界銀
行のLICUSについては次を参照。World Bank Independent Evaluation Group, Engaging with Fragile States: An IEG Review of World Bank Support to Low-Income Countries Under Stress, Washington, D.C.: World Bank, 2006.
(16) 政治的概念の規範性をグローバル・ガヴァナンスの政策志向性と表現する場合もある。横田洋三
「序章 グローバル・ガバナンスと今日の国際社会の課題」、NIRAほか編、前掲書、2ページ。
(17) Dingwerth and Pattberg, op. cit., p. 196
(18) 大芝・山田、前掲論文、8ページ。
(19) 同上。
(20) Boutros Boutros-Ghali, Agenda for Democratization, United Nations, 1996, pp. 6―7.
(21) 大芝亮「Ⅱ グローバル・ガバナンスと国連」、NIRAほか編、前掲書、323―324ページ。
(22) 近藤正規『ガバナンスと開発援助―主要ドナーの援助政策と指標構築の試み』、2003年7月、1 ページ(http://www.jica.go.jp/branch/ific/jigyo/report/kyakuin/200307_01.html)。
(23) 同上、2ページ。
(24) 国際協力事業団国際協力総合研修所編『内戦終結国におけるグッド・ガバナンスの促進』、1996 年、を参照。
(25) 詳細は、近藤、前掲書、35―49ページ(第4章)を参照。
(26) 横田、前掲論文、8―12ページ。
(27) 国際協力機構の移行支援ハンドブックでは、民主的ガヴァナンス支援の領域を、制度、過程、市 民社会の3つに大別し、そのうえで制度を行政、立法、司法・法の支配に、過程を憲法制定と選挙 に、市民社会を市民社会組織とメディアに細分化して整理している。Japan International Cooperation Agency(JICA), Handbook for Transition Assistance, 2006, p. 131.
(28) ガヴァナンス支援が平和構築の文脈で取り組まれるようになったことで、法執行を担う警察、司 法当局、軍隊などの治安部門改革(SSR)とガヴァナンス支援の密接な関係が認識されるようにな った。治安部門改革においても、実効性や効率性といった機能面だけでなく、「民主化」といった 価値志向性が重要な要素として位置づけられている。
(29) 篠田英朗「第12章 平和構築における政治・法制度改革」、大芝・藤原・山田編、前掲書、227―
242ページ。
(30) 国際社会による民主化支援の特徴が、民主主義や民主的制度を定着させるための土壌としての文 化・価値観を重視したものに変わってきた現実を考察したものに、橋本敬市「国際社会による民 主化支援の質的変換―選挙支援の位置づけに関する考察」『国際協力研究』Vol. 22, No. 1(通巻 43号)、2006年4月、がある。
(31) 近藤、前掲書、5ページ。
(32) 橋本、前掲論文、37ページ。
(33) Robin Luckham, Anne Marie Goetz and Mary Kaldor, “Democratic Institutions and Democratic Politics,” in Sunil Bastian and Robin Luckham, eds., Can Democracy Be Designed?: The Politics of Institutional Choice in Conflict-torn Societies, London and New York: Zed Books, 2003, p. 51.
(34) より正確には、この住民投票(popular consultation)は、東ティモールのインドネシア統治下での 特別自治待遇への賛否を問うものであったが、特別自治が否決されれば、事実上、独立が容認さ れることになっていた。
(35) 筆者は2001年の制憲議会選挙、2002年と2007年の大統領選挙に選挙監視要員として派遣され、
ガヴァナンス支援の実際を直接体験する機会に恵まれた。上杉勇司「この国のかたちを決めよ
う!―東ティモール人自身の国家を目指した選挙」、山田満編『東ティモールを知るための50章』、 明石書店、2006年、68―72ページ。
(36) UN Document, S/RES/1410(2002).
(37) UNMISETのアドバイザーの経費が国連PKO分担金から、UNDPアドバイザーの経費が各国の任
意拠出金から出ているという違いだけで、実際の業務では両者は同一の管理下に置かれ、戦略目 標を共有していた。UNMISET, Seminar on the Roles of the United Nations in Peacekeeping and Peace- building in Timor-Leste, 26―27 November 2004, Dili, p. 53.
(38) Civilian Support Group Advisors, Timor-Leste: A Strategy for Building the Foundation of Governance for Peace and Stability, UNMISET, 2004.
(39) 例えば、2004年11月の段階でUNMISETの最重要アドバイザー・ポストには58名の定員のとこ ろ50名しか集まっておらず、UNDPの重要アドバイザー・ポストには定員が118名のところ48名し か集まっていなかった(UNMISET, op. cit., p. 53)。さらに、財源との関係でアドバイザーの派遣契 約が短期にならざるをえないといった課題もあった。国連PKOであるUNMISETは国連安保理決議 におけるマンデートに拘束される。マンデートは6ヵ月ごとに更新されるのが普通であり、国連 PKO要員の契約も6ヵ月ごとの更新となる。また、UNDPを通じた支援は各国の任意拠出金の額に 左右される。グローバル・ガヴァナンスと関連づければ、国連システム改革には脆弱国家支援の 構造的問題を解消していく方向性が求められる。脆弱国家の再建の問題は国際安全保障に直結す るのであり、グローバル・ガヴァナンスの主体としての国際機関の役割を強化していく必要があ ると主張できよう。
(40) JICA, op. cit., p. 155.
(41) Ibid., p. 57.
(42) Ibid., p. 58. 実際に筆者が視察した選挙管理業務に関しては、国際社会からアドバイザーとして派
遣された専門家が、東ティモール人カウンターパートの作業に助言を与えるのではなく、重要な 業務の多くを代行している場合が多かった。選挙は投票日・開票日といった厳格な締め切りがあ る業務のため、期日内に必要な業務を完了させる必要があることから、このようなアドバイザー の対応はやむをえない。現地の主体性を重んじて根気よく助言を与えていくといったアドバイザ ーとしての理想像と期日内に効率的に選挙を実施しなくてはならないという現場の要請との狭間 で苦悶する専門家たちの現実を知ることができる。
(43) Civilian Support Group Advisors, op. cit., p. 53.
(44) Ibid.
(45) 選挙支援に関しては、上杉勇司「第13章 紛争後選挙と選挙支援」、大芝・藤原・山田編、前掲書、
243―265ページを参照。
(46) 民主的ガヴァナンスにおける社会の一体感の重要性を認識した取り組みにUNDPが南米ガイアナ で実施したSocial Cohesion Programmeがある。社会の一体感を醸成するためには、社会関係の変容 を促すことが大切であるとし、現地社会の平和構築能力の強化に資する活動を実施した。詳細は 次のURL(http://www.undp.org.gy/democratic_governance.html)を参照。
(47) 世界銀行(田村勝省訳)『戦乱下の開発政策』、シュプリンガー・フェアラーク東京、2004年、76 ページ。
(48) Piotre Sztompka, “Looking Back: The Year 1989 as a Cultural and Civilizational Break,” Communist and Post-Communist Studies, Vol. 29, Issue 2(Summer), 1996, p. 117.
うえすぎ・ゆうじ 広島大学准教授