化学と生物 Vol. 50, No. 2, 2012 77
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核内局在E3ではなくSan1がAsf1-30をポリユビキチン 化する特異性をもつことを証明した.これらの結果は,
核内で生じた異常タンパク質がE1 (Uba1)-E2 (Ubc4)- E3 (San1) によりポリユビキチン化された後,プロテア ソームにより選択的に分解されることで核内タンパク質 の品質管理が行なわれることを分裂酵母において初めて 示したものであった(4).なお,出芽酵母ではE1 (Uba 1)-E2 (Ubc1/Cdc34)-E3 (San1) 経路が「核内タンパク 質の品質管理機構」に働いており,部分的に分子種が異 なっている(3).
核内の異常タンパク質は,核内で分解されるのであろ うか? San1が核内に存在し,プロテアソームが核膜 の周辺に集積していることから,筆者らは,核膜周辺で 分解されていると推測しているが,必ずしも核内で分解 される必要性はないと考えている.San1がどのように して核内変性タンパク質を選択的に認識しているのかと いう疑問に対しては,最近,変性タンパク質の表面に露
出した疎水性部分をSan1が巧妙に認識していることが 提唱されている(5).
このように,ユビキチン・プロテアソーム系を介した
「核内タンパク質の品質管理機構」が進化的に離れた2 つの酵母に保存されていることから,広範囲の生物種に 同様な機構が存在することが期待できる.しかし,
San1の明確なホモログは酵母類以外の生物には存在し ないことから,哺乳類細胞においてはSan1以外のユビ キチンリガーゼが核内タンパク質の品質管理に貢献して いると考えられる.哺乳類の組織を構成するほとんどの 細胞は静止期にあることから,核膜の崩壊が起こってい ない,すなわち細胞質内と核内が核膜で遮断された状態 にあるため,哺乳類細胞においては核内タンパク質の品 質管理はきわめて重要な役割をもつ.また,パーキンソ ン病などの多くの神経変性疾患において,核内での異常 タンパク質の過度な蓄積が病因と関わっていると考えら れていることからも,「核内タンパク質の品質管理機構」
の全容解明は重要である.その中で,哺乳類細胞では UHRF-2がユビキチンリガーゼとして働いているという 報告があり(6),哺乳類細胞にも類似の「核内タンパク質 の品質管理機構」が存在すると考えられる.
1) U. Schubert : , 404, 770 (2000).
2) A. Goldberg : , 426, 895 (2003).
3) R. Gardner : , 120, 803 (2005).
4) Y. Matsuo, H. Kishimoto, K. Tanae, K. Kitamura, S. Kata- yama & M. Kawamukai : , 286, 13775
(2011).
5) E. K. Fredrickson, J. C. Rosenbaum, M. N. Locke, T. I.
Milac & R. G. Gardner : , 22, 2384 (2011).
6) Iwata : , 284, 9796 (2009).
(川向 誠, 島根大学生物資源科学部)
カフェオイルキナ酸は神経細胞保護作用をもつ
学習 ・ 記憶障害の抑制効果に期待
カフェオイルキナ酸 (caffeoylquinic acid, CQA) は,
コーヒー豆から初めて単離された成分である.コーヒー 豆の他に,サツマイモ,プロポリス,野菜などに多く含 まれていることが知られている.コーヒー酸のカルボキ シル基がキナ酸のヒドロキシル基とエステル結合した構 造をもつ化合物であるCQAには,カフェオイル基の数 や位置に応じて,5-CQA(クロロゲン酸),3,4-di-CQA, 3,5-di-CQA, 4,5-di-CQA, 3,4,5-tri-CQAなどのCQA類縁体
が存在する.その生理活性作用としては,抗酸化,抗腫 瘍,抗高血糖,抗炎症などが挙げられる.本稿では,筆 者らが見いだしたCQAの新しい生理活性作用,神経細 胞保護作用や老化促進モデルマウス (senescence-accel- erated prone 8 mouse ; SAM-P8) の学習・記憶障害の 改善効果について紹介する.
アルツハイマー型認知症ではアミロイド
β
タンパク質(A
β
) が神経細胞に沈着し,神経細胞に傷害をきたす.図1■分裂酵母に見いだされた核内異常タンパク質分解系
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特に,A
β
はグルタミン酸神経系であるNMDA ( -me- thyl-d-aspartate) 受容体のかく乱を誘導し,学習・記憶 に 深 く 関 与 す る 長 期 増 強 (long term potentia tion ; LTP) の形成を抑制することから,アルツハイマー症の 特徴である学習・記憶能力低下は,Aβ
によるLTP形成 の抑制に起因すると考えられている.さらに,神経細胞 におけるAβ
の影響として,ミトコンドリア傷害を含む エネルギー代謝への阻害による神経細胞の傷害誘導が挙 げられる.神経細胞のエネルギー代謝促進物質によるア ルツハイマー症の予防・改善が期待されるが,研究はほ とんど進んでいない.最近,筆者らは,CQAが神経細 胞のエネルギー代謝を促進することを見いだし,この作 用とアルツハイマー型認知症との関係を明らかにするた め, では神経細胞保護, では学習・記憶 への影響を調べた.まず, レベルではヒト神経 芽細胞腫を用いて,Aβ
によって誘発される神経細胞傷 害に対するCQAの効果を調べ,CQAが神経細胞保護作 用を有することを見いだした.さらに,CQA処理が神 経細胞の解糖系酵素の発現を増加させ,細胞内のATP 産生を促進することを明らかにした.以上の結果から,CQAによる神経細胞保護作用は解糖系酵素の活性化に よる神経細胞のエネルギー代謝促進によると考えられ る.
レベルでは,老化促進モデルマウスである SAM-P8マウスを用いて,アルツハイマー症の特徴であ る学習・記憶能力低下に対するCQAの効果を調べた.
SAM-P8マウスは早期からA
β
が脳内に増加・沈着し,学習・記憶障害をひき起こすことが知られている.学 習・記憶障害抑制および改善効果をモリス水迷路実験
(図1)で調べたところ,非投与群と比べてCQAを30日 間経口投与したSAM-P8マウスにおいて著しい学習・記 憶障害の改善効果が見られた.さらに,モリス水迷路実 験後のSAM-P8マウスの脳を調べたところ,非投与群と 比べてCQAを経口投与したSAM-P8マウス群において 解糖系酵素の遺伝子発現が著しく増加していた(1).これ らの事実は,CQA投与によってマウスの脳の解糖系酵 素が活性化され,神経細胞の保護を誘導し,その後,学 習・記憶に深く関与するLTPの形成障害を抑制するこ とによって,老化による学習・記憶障害が改善されたこ とを示すものと考えられる.
しかし,アルツハイマー型認知症における学習・記憶 障害にはNMDA型グルタミン酸受容体チャネルも深く
関与しており,今後,神経細胞や脳の海馬を対象に CQAの過度なグルタミン酸による神経細胞保護作用を 確認する必要がある.さらに,CQAのNMDA型グルタ ミン酸受容体に対する作用やシナプス可塑性障害に対す る作用を明らかにすることが求められる.
冒頭で述べたように,CQAはコーヒー豆や,サツマ イモ,プロポリス,野菜など様々な食品に含まれてい る.このうち,サツマイモやプロポリスでは,3,5-di- CQAや3,4-di-CQA, 4,5-di-CQA, 3,4,5-tri-CQAの含有量が 高い.筆者らは,各種類縁化合物や誘導体を用いた構造 活性相関研究から,ヒト由来神経芽細胞腫でのATP産 生促進活性において,①カフェオイル基の結合数が増加 するほど活性が強くなること,②1位ではなく,3, 4, ま たは5位にカフェオイル基が結合した化合物のほうが強 い活性を示すことを見いだしている(2).したがって,上 述の化合物を多く含有するサツマイモやプロポリスでは 抽出エキスレベルでも強い活性を示す可能性がある.今 後はこれらの知見をもとに,各食品サンプルにおける抽 出エキス間での活性比較や,これらの化合物をより効率 的に生産する品種の開発,および抽出法を確立すること で,予防を目的とした機能性食品開発に貢献できるもの と考えられる.
食品成分であるCQAが老化に伴うエネルギー代謝の 低下を抑制し,神経細胞の保護作用を誘導することが見 いだされた.さらに,老化モデルマウスにおいてもアル 図1■モリス水迷路実験の概略とCQAによる神経細胞保護のメ カニズム
神経細胞エネルギー代謝異常による神経細胞死におけるCQAの作 用メカニズム
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ツハイマー症の特徴である学習・記憶障害を抑制するこ とが示されたことから,CQAのこの新しい生理活性作 用が今後,高齢化社会のQOL (Quality of Life) 向上に 貢献することを期待したい.
1) J. Han, Y. Miyamae, H. Shigemori & H. Isoda :
, 169, 1039 (2010).
2) Y. Miyamae, M. Kurisu, J. Han, H. Isoda & H. Shige-
mori : , 52, 502 (2011).
(韓 畯奎*1,宮前友策*1, 2,繁森英幸*1,礒田博子*1,
*1筑波大学大学院生命環境科学研究科,*2京都大学大 学院生命科学研究科)
合成代謝経路を導入した大腸菌によるイソプロパノール生産
140 グラム毎リットル以上の生産を達成
低炭素循環型社会実現の観点から,バイオ燃料および バイオプラスチックなど,バイオマスから生物変換に よって得られるバイオアルコールに関心が集まってい る.この中でも,すでに実用化レベルに到達しているバ イオアルコールであるエタノールから,さらに炭素鎖の 長い次世代バイオアルコールの研究が盛んである.イソ プロパノールは,エタノールより炭素を1つ多く有した 二級アルコールであり,プラスチックとして広く利用さ れているプロピレンの材料になることから,グリーンケ ミストリーの観点からも重要な目的生産物となる.これ らのことから,イソプロパノールの微生物による生産は 重要性を増すと期待できる.
イソプロパノールは,一部の 属細菌に よって生産される.しかし,これらの微生物は遺伝子組 換えが比較的難しく,代謝制御も完全には解明されてい ない.一方,大腸菌は最も詳しく調べられている微生物 の一つで,遺伝子工学的手法によって最も改変しやすい 微生物の一つである.もし,大腸菌にイソプロパノール を代謝する経路を導入することができれば,代謝工学の 手法を用いることで,より容易にイソプロパノール生産 の最適化が可能になるであろう.大腸菌内に構築された 代謝経路は合成代謝経路と呼ばれ,このような方法論は 合成生物学と呼ばれることがある.
このような背景から,筆者らはイソプロパノール代謝 経路を大腸菌内に構築し,グルコースからイソプロパ ノールの生産を実現した(1).また,培養条件の最適化と ガスストリッピング法により生産物阻害を回避すること で,大量生産を実現することができた(2).
イソプロパノール生産菌として知られる
は,Acetyl-CoA acetyltransferase (ACoA AT), acetoacetyl-CoA-transferase (ACoAT), acetoace- tate decarboxylase (ADC), secondary alcohol dehydro-
genase (SADH) の4つの酵素によって,アセチルCoA からイソプロパノールを生産する.筆者らは,この
のイソプロパノール生産関連酵素群を大腸 菌に遺伝子導入することとした.なお,大腸菌由来の ACoATを用いたほうが,よりイソプロパノール生産性 が高いことわかったため,ACoAT以外は
由来の遺伝子を,ACoATは大腸菌由来の遺伝子を組み 込んだ株で,より詳細な検討を行なうこととした.
上記の株を用いて,三角フラスコによる生産試験を行 なった.終濃度が2%となるようにグルコースを初発に 添加し,24時間後に再度,終濃度が2%となるようにグ ルコースを添加したところ,培養開始約30時間で最高 濃度は81.6 mm,最高生産速度は6.9 mm/h (培養3 〜9.5 時間の値)となった.ちなみに,現在入手可能なイソプ ロパノール生産菌で最も生産量が高い NRRL B593による生産では,最高濃度が約30 mm,最 高生産速度が3 mm/hである.
初めての発酵試験で,培養開始直後からpHが低下 し,グルコースが短期間で枯渇することが明らかになっ たため,培養期間を通じpH調整とグルコースの添加を 行なった.この結果,培養開始後60時間まで,イソプ ロパノールは順調に生産され続け,その濃度は673 mm となった.このときの最大対糖収率は81.0%であった.
生産が停止した理由を調べてみると,イソプロパノール 濃度が600 mm以上になると,急激に増殖と生産に阻害 がかかることがわかった.
イソプロパノールによる生産物阻害を回避するため,
揮発性物質の除去法として有用と考えられるガススト リッピング法(4)を用いた発酵試験を行なった.培養装置 を図1-Aに示す.この結果,培養期間を通じて,培養液 中のイソプロパノール濃度は400 mm以下となり,生産 物阻害は回避された.細胞増殖速度が低下した際に,培