308 化学と生物 Vol. 55, No. 5, 2017
ギボシムシ
海砂泥地に潜む面白い新口動物群
ギボシムシ(擬宝珠虫)は,半索動物門に属する海産 無脊椎新口動物である(図1).半索動物門に属する動 物は,世界中で100種ほどが記載されており,海底の砂 や泥の中を自由に動き回るギボシムシ綱と,貝殻や岩な どに固着して移動することのないフサカツギ綱の二綱に 大きく分類される(1).ギボシムシは一見したところ,ゴ カイやミミズの仲間(環形動物)のような姿をしている が,実はその体のつくり(体制・ボディプラン)は,わ れわれヒトを含めた脊索動物にとても似ている部分があ り,この動物が 半索(半分脊索) と命名されている ゆえんである(図2).たとえば,ストモコード(口索・
口盲管)と呼ばれる器官は,脊索動物の支持器官である 脊索と相同であると考えられてきた.筆者が,大学院時 代にギボシムシ研究を開始した最初のテーマがその問題 に迫るものであった(2).ストモコードは,消化管の前端 背中部の壁が吻の中に陥入してできたもので,現在で は,脊索動物の前方咽頭部から派生した器官と進化的関
係があると示唆されている(3).また,ギボシムシには神 経索が,体幹部の正中線上に背側と腹側の両方に走って おり,そのうち背側神経索の前方襟部にある襟神経索と 呼ばれる部分は,中空の神経索であり脊索動物の神経管 のように発生することから,脊索動物の中枢神経系と相 同であると考えられてた(図2).これまで,脊索動物 の中枢神経系の発生に重要な遺伝子に相当する遺伝子
(オーソログ遺伝子)の発現が,ギボシムシにおいても たくさん調べられてきたが,今のところこの議論に関し てはまだ決着がついていない(1).今後さらに詳しく調べ られるべき重要な課題である.
ここで少し,動物の系統関係について説明したいと思 う(図3).地球上に生息している動物は,これまで140 万種ほど報告されているが,その多くは,体制が左右相 称な左右相称動物に分類されている.左右相称動物は,
さらに2つの分類群,新口動物と旧口動物に分けられ る.左右相称動物に属するほとんどの動物門が,旧口動
図1■ヒメギボシムシ
図2■ギボシムシの特徴的な体のつくり
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物に分類されるのに対し,ギボシムシなどの半索動物 門,ナマコやウニなどの棘皮動物門,そしてわれわれヒ トを含めた脊索動物門,の僅か3門が新口動物に分類さ
れる(1, 4).新口動物は,発生学的特徴をいくつか共有し
ており,たとえば,原口と呼ばれる発生初期にできる胚 のくぼみ部分が,将来の肛門になる.また,体腔と呼ば れる体の空所が,初期胚の原腸がくびれて形成される腸 体腔型であることも特徴である.半索動物と棘皮動物 は,どちらも海の中を漂う繊毛の生えたよく似た幼生期
(ディプルリュールラ型幼生)をもっており,ギボシム シの幼生はトルナリア幼生と名づけられている.分子系 統学的解析からも,新口動物の中でこの2門が近縁な関 係にあることが支持されており,この2門を合わせて水 腔動物と呼ぶ(図3).棘皮動物は成体に変態する際に ボディプランが左右相称から五放射相称へと変わるのに 対し,半索動物は左右相称性を維持したまま成体へと変 態する.一方で変態後の半索動物の体は,前述のとおり 脊索動物に似た特徴をいくつか備えている(図2).脊 索動物の成体も左右相称である.このように,半索動物 は,脊索のない動物から脊索のある動物への変遷を調べ る,つまり,ヒトの起源や進化,新口動物の起源や進 化,左右相称動物の起源や進化を考えるうえでとても重 要な動物群なのである.
2015年11月に遂に,筆者らの研究グループがギボシ ムシ二種(ヒメギボシムシ とクビナガ
ギボシムシの一種である )の
ゲノムを 誌に公表した(5〜7).ゲノムというのは ある生物がもつ遺伝情報すべてのことである.1990年 代の終わりから,モデル生物を含めた多くのゲノムがこ れまで公表されてきた.新口動物3門の中で,半索動物
は最後となったが,この報告で明らかになったことは,
われわれヒトの祖先,新口動物の祖先は,おそらく現生 のギボシムシのような蠕虫状の動物で,鰓裂をもったろ 過摂食する動物であっただろうということである.鰓裂 は,咽頭部側壁の裂け目で外界への通路であり,脊索動 物に特徴的な器官の一つとされているが,現生の動物で は脊索動物門以外に,唯一,半索動物門に存在する.化 石記録では,絶滅した棘皮動物門の祖先からも見つかっ ている.このように,鰓裂は,脊索動物に特徴的な器官 ではなく,新口動物の共通祖先で獲得された新口動物特 有の特徴である.そして,ほかの動物との比較ゲノム解 析から,ゲノムの配列だけでなく,染色体上の遺伝子の ならび順序(シンテニー)などが,新口動物だけで保存 されている部分が明らかとなり,さらにそれらの遺伝子 のうち4つの転写因子(ほかの遺伝子の発現を調節する 因子)をコードする遺伝子が,新口動物の鰓裂の発生に 関与していることがわかった.それ以外にも,新口動物 に特異的な遺伝子の中に,粘液の形成に関連する遺伝子 が含まれていることも明らかになった.このように,ギ ボシムシは,進化を考えるうえで重要なミッシング・リ ンクとなる動物である.
最近では,ギボシムシのもつ高い再生能力が注目され
ている(1, 8〜10).ヒトなどの脊椎動物では,体幹部を2つ
に切断すると,当然ながら死んでしまう.指先ですら切 断すると,傷口は塞がるものの元どおりにはならない.
しかしながら,ヒトと同じ新口動物に属するギボシムシ は,体幹部で2つに切断すると,切断された前方半分か らは失われた後方部分が,後方部分からは失われた前方 部分が再生し,元どおりになる.またプラナリアのよう に細かい断片からでも再生可能な種もいる.筆者らは,
このギボシムシの再生機構を調べて,ほかの動物と比較 解析することで,最終的にはわれわれヒトなどの脊椎動 物で再生能が限定されている要因に迫りたいと考えてお り,現在研究を進めている.まずは,ギボシムシの再生 芽で特異的に発現する遺伝子や,細胞の初期化(リプロ グラミング)にかかわる因子などを調べることで,この テーマに取り組んでいる.
1) K. Tagawa: , 39, 71 (2016).
2) K. Tagawa, T. Humphreys & N. Satoh: , 75, 139 (1998).
3) N. Satoh, K. Tagawa, C. J. Lowe, J. K. Yu, T. Kawashima, H. Takahashi, M. Ogasawara, M. Kirschner, K. Hisata, Y.
H. Su : , 52, 925 (2014).
図3■ギボシムシの系統樹
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4) 佐藤矩行,高橋弘樹,田川訓史: 進化の謎をゲノムで解
く ,秀潤社,2015, p. 188.
5) K. Tagawa, A. Arimoto, A. Sasaki, M. Izumi, S. Fujita, T.
Humphreys, A. Fujiyama, H. Kagoshima, T. Shin-I, Y.
Kohara : , 31, 414 (2014).
6) O. Simakov, T. Kawashima, F. Marlétaz, J. Jenkins, R.
Koyanagi, T. Mitros, K. Hisata, J. Bredeson, E. Shoguchi, F. Gyoja : , 527, 459 (2015).
7) 川島武士,Oleg Simakov, 佐藤矩行,田川訓史: ギボシ
ムシのゲノムから考察する新口動物の起源,ライフサイ
エ ン ス 新 着 論 文 レ ビ ュ ー DOI: 10.7875/first.au- thor.2015.117
8) T. Humphreys, A. Sasaki, G. Uenishi, K. Taparra, A. Ari- moto & K. Tagawa: , 7, 91 (2010).
9) 有本飛鳥,佐々木あかね,田川訓史:トピックス ヒメ ギ ボ シ ム シ の 再 生,http://www.zoology.or.jp/news/
index.asp?patten̲cd=12&page̲no=413, 2011.
10) A. Arimoto & K. Tagawa: , 32, 33 (2015).
(田川訓史,広島大学大学院理学研究科附属臨海実験所)
プロフィール
田川 訓史(Kunifumi TAGAWA)
<略歴>1990年京都教育大学教育学部理 学科卒業/1997年京都大学大学院理学研 究科博士課程修了/1997年テキサス大学 MDアンダーソンがん研究所研究員/1998 年ハワイ大学太平洋生物医学研究所研究 員/2001年同大学太平洋生物医学研究所 アシスタントリサーチャー/2003年テキ サス大学ヘルスサイエンスセンターリサー チアソシエイト/2004年関西学院中学部 教諭/2005年広島大学大学院理学研究科 助 教 授/2007年 同 准 教 授,現 在 に 至 る
<研究テーマと抱負>半索動物ギボシムシ の再生・発生・進化,無腸動物の発生・進 化,新口動物の起源と進化<趣味>オート バイ・旅行・映画鑑賞<所属研究室ホーム ペ ー ジ>http://home.hiroshima-u.ac.jp/
rinkai/
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.308
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