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化学と生物 Vol. 55, No. 4, 2017
ストリゴラクトン生合成研究の最前線
ストリゴラクトン生合成
ストリゴラクトン(Strigolactone; 以下SL)は今から 約50年前に,深刻な農業被害をもたらす根寄生植物の 種子発芽刺激物質として発見された.しかし,現在では アーバスキュラー菌根菌との共生シグナル,かつ植物の 枝分かれなどを制御する内生のホルモン分子としても広 く知られている.SLはその化学構造から,テルペノイ ドラクトンに属する化合物であることが予想されていた が,その詳細な生合成経路は長い間ほとんど不明であっ た.しかし,2008年に本化合物がホルモンとして同定 されたことを契機に(1, 2),生合成経路の解明が飛躍的に 進展し,現在までにその全容が解明されつつある.本稿 ではSL生合成研究の最新の知見について紹介したい.
2008年に,SLが植物ホルモンとして同定された成果 において,それまで枝分かれ過剰変異体として認識され ていた一群の変異体のうち一部は,SLの生合成変異体 であることが示された(1, 2).すなわち,SLの生合成に 必要な酵素として,2種のカロテノイド酸化型開裂酵素
(CCD7, CCD8)が関与することが明らかとなり,SL がカロテノイド由来の分子であることが証明された.
さらに,シロイヌナズナの枝分かれ過剰変異体の一つ で あ る の 原 因 遺 伝 子 で あ る シ ト ク ロ ムP450
(CYP711A)(3),さらに2009年にイネの 変異体の原 因遺伝子から見いだされた鉄キレート型のタンパク質(4) もSLの生合成に関与することが明らかとなった.すな わち,この時点で少なくとも4種類の酵素がSLの生合 成に関与することが示された.
2012年,ドイツの研究グループが,これらのうち,
CCD7, CCD8, D27の機能解析を行い,カロテノイドを 基質に3つの酵素が連続的に作用することにより,カー ラクトン(carlactone; 以下CL)と名づけた化合物が生 成することを報告した(5)(図1).CLは,SLの化学構造 に特有のブテノライド環を有しており,SL同様の生理 活性も有することが示され,SLの生合成中間体である ことが示唆された.その後,CLが実際に植物の代謝物 として存在することに加え,13C標識CLをイネのSL生 合成変異体に投与することにより,植物体内でCLがSL に変換されることが証明された(6).これらの研究成果に より,CLがSLの生合成中間体であることがはっきりと
証明された.すなわち,先に示した4つの酵素のうち,
3つについて,その生化学的な機能が明らかとなった.
残りの一つである,CYP711Aの機能については,シロ イヌナズナの 変異体において,CLが極めて過剰 に蓄積していることが明らかとされ,その結果から,
CLが本酵素の直接の基質であるという可能性が提唱さ れた(6).
本仮説のもと,2つのグループがそれぞれ,イネとシ ロイヌナズナのCYP711Aサブファミリーについての生 化学機能解析を行い,両グループがほぼ同時期に,それ ぞれの成果を報告した(7, 8).興味深いことに,イネの同 サブファミリー酵素のうちの一つは(Os900),CLから 一挙に4環性を有するSLの一種である4-deoxyoroban- chol(4DO)までの変換を触媒することが示された(8)
(図1).一方で,シロイヌナズナにおけるオルソログで あるMAX1は,CLの19位炭素の3段階酸化を触媒し,
生成物としてカーラクトン酸(carlactonoic acid; 以下 CLA)を与えることが明らかとなった(7)(図1).かつ,
イネにおけるオルソログのうち別の酵素は(Os1400), 4DOの水酸化を触媒し,orobancholへの変換を触媒す ることが明らかとなった(8)(図1).すなわち,同サブ ファミリーの機能には多様性があることが示された.
さらに,シロイヌナズナにおける新たなSL様化合物 として,上記CLAのメチルエステル体(methylcarlac- tonoate; 以下MeCLA)が報告された(7)(図1).たいへ ん興味深いことに,CL, CLA, MeCLAのうち,CLと CLAは試験管内で受容体タンパク質であるD14との相 互作用が認められなかったことに対し,MeCLAはD14 と相互作用可能な物質であることが示された(7).すなわ ち,従来知られていたような4環性をもたない化合物で あるMeCLAがシロイヌナズナにおいて活性型ホルモン の一つとして機能する可能性が示された.
2016年には,SLの新たな生合成酵素として,2-oxo- glutarate-dependent dioxygenase(2OGD) に 属 す る 酵 素 が シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ か ら 同 定 さ れ,LATERAL BRANCHING OXIDOREDUCTASE(LBO)と名づけ られた(9).本酵素は上記のMeCLAを基質とし, / が 16増加した化合物,すなわち,酸素が1原子添加された
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と思われる化合物を生成物として与えることがLC-MS/
MS分析により示された(図1).一方で,生成物は化学 的に不安定であり,その構造決定には至っていない.
変異体は,ほかのSL生合成変異体と比べると弱いも の の,枝 分 か れ 過 剰 な 表 現 型 を 示 し,か つ 内 生 の MeCLAが野生型よりも過剰に蓄積していることが示さ れたことから,MeCLAは真の活性型ではなく,LBO代 謝物が枝分かれ制御経路におけるさらなる活性型として 機能している可能性が考えられる(9).今後,本化合物の 構造決定と,D14との相互作用解析を含めた詳細な機能 解析により,植物ホルモンとしての活性型構造の解明に 向けた重要な知見が得られるものと期待する.特に,
CLの下流で,従来から知られていた4環性のSLを生合
成する経路と,MeCLAを介して構造未知の化合物を生 合成する経路と2つの経路に分岐することが示唆され,
いずれの経路から生合成される化合物がSLの有するさ まざまな生理作用における活性型として機能しているの かという点は,今後明らかにされるべき重要な課題であ る.
以上のように,イネにおいては,4DOやorobanchol といった従来から知られていた4環構造を有するSLま での生合成経路が明らかになった一方で,MeCLAの発 見を契機に,SL関連化合物の研究も新たな局面を迎え ようとしている.SL関連化合物の生合成経路の解明は,
植物ホルモン,あるいはアレロケミカルとしての活性型 化合物を明らかにする意味でも重要な研究課題である.
また,その研究成果は,植物の生長調節剤,ひいては年 間被害額が1,000億円以上と言われる根寄生植物に対す る防除法の開発など,食糧問題解決へ向けた重要な知見 をもたらす可能性を秘めている.今後,本分野のさらな る研究の進展が期待される.
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(瀬戸義哉,Salk Institute for Biological Studies)
図1■現在までに明らかになっているSLの生合成経路
D#,Os#は イ ネ,MAX#,AtD27,LBOは シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ,
RMS#はエンドウ,DAD#はペチュニアの酵素を示す.
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化学と生物 Vol. 55, No. 4, 2017 プロフィール
瀬戸 義哉(Yoshiya SETO)
<略歴>2004年北海道大学農学部生物機 能化学科卒業/2009年同大学大学院農学 院共生基盤学専攻博士課程修了/同年理化 学研究所植物科学研究センター特別研究 員/2012年 東 北 大 学 生 命 科 学 研 究 科 助 教/2015年日本学術振興会海外特別研究 員(アメリカ・ソーク研究所派遣),現在 に至る<研究テーマと抱負>ストリゴラク トン関連タンパク質の構造解析,植物成長 制御物質の生合成と作用メカニズムの解明
<趣味>野球
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.237
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