脂 溶 性 ビ タ ミ ン の 一 つ で あ る ビ タ ミ ンKは 一 般 に,γ-グ ル タミルカルボキシラーゼ(GGCX)の補酵素として働き,血 液凝固や骨形成に関与していることが知られている.近年ビ タ ミ ンK同 族 体 の 一 つ で あ る メ ナ キ ノ ン-4(MK-4) が,ほ か の ビ タ ミ ンK同 族 体 か ら 変 換 さ れ て 各 組 織 に 蓄 積 し て い る こ と が 明 ら か に さ れ た.そ こ で,ビ タ ミ ンKに は い ま だ 解明されていない重要な生理的役割を果たしていると考えら れ る よ う に な っ た.特 に 最 近 の ビ タ ミ ンK研 究 か ら,核 内 受容体のアゴニストとしての作用や脳神経の酸化ストレスか ら の 保 護 作 用 な ど さ ま ざ ま な 作 用 が 発 見 さ れ た.本 稿 で は MK-4が脳神経前駆細胞からニューロンへの分化を誘導する 作用についても解説する.
ビタミンKとは
ビタミンKは脂溶性ビタミンの一つであり,天然に は大きく分類して2種類が存在し,植物が合成するビタ ミンK1(フィロキノン:PK)(1)と腸内細菌などの微
生物が産生し発酵食品や動物体内に多く含まれるビタミ ンK2(メナキノン- (
=1‒14); MK- )(2)に大別さ
れる(図1
).ビタミンKは,2-メチル-1,4-ナフトキノン
(ビタミンK3
,メナジオン;MD)(3)を共通構造とし
て,その3位炭素に長さや不飽和度の異なる側鎖が結合 した構造をもつ.PKは単一の化合物であり,MDの3 位にフィチル基が結合したモノ飽和側鎖を有している.PKは主に緑黄色野菜や植物油などに含まれ,ヒトに とってビタミンKの主要な食事源であり,一般に総ビ タミンK摂取量の90%以上を占める(1)
.MK- は,不飽
和側鎖の長さによって区別され, は側鎖のイソプレン 単位の数を表す.自然界にはMK-1~MK-14までが存在 する(図1).MK-4は鶏肉や卵黄に比較的多く含まれて
おり,ビタミンK源としてMDが添加された飼料を与え られた家畜の肉には特にMK-4含量が高い(2).MK-7,
図1■ビタミンKの化学構造
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【解説】
Paradigm Shift of Vitamin K Research: Discovery of New Biological Activities of Vitamin K and Synthesis of the Analogues
Yoshitomo SUHARA, Yoshihisa HIROTA, 芝浦工業大学システム 理工学部生命科学科
ビタミンK研究のパラダイムシフト
吸収 ・ 代謝から新たな生物活性まで
須原義智,廣田佳久
MK-8, MK-9のような長鎖の側鎖をもつメナキノン類 は,チーズやヨーグルト,納豆に代表される発酵食品に 多く含まれている.食事由来のビタミンKとは別に,
腸内細菌が合成するメナキノン類もビタミンKの栄養 にとって重要である.腸内細菌が合成するメナキノン類 は主にMK-10やMK-11であるが,このほかにも僅かな 量のMK-7, MK-8, MK-9, MK-12が合成される(3)
.しか
し,腸内最近由来のメナキノン類がビタミンK必要量 に寄与する割合は低いため,通常は食事からのビタミン K摂取が不可欠である(4).最近,PKの小腸吸収過程で
MDが代謝物として生成し,血液を介して抹消組織へ運 ばれ,MK-4へ変換されることが明らかとなってきた.ビタミンKの代謝研究は,栄養学の領域ではPK,創薬 研究の領域ではMK-4を中心に行われてきた.このよう な背景から,本稿では特にMK- の生物活性に焦点を当 てて概説する.
ビタミンKサイクルの発見とGGCX活性の生体へ の寄与
1935年にDamらが血液凝固促進因子としてビタミン Kを発見し,その後1960年にはBouckaertらがビタミン Kの骨折治癒および骨形成促進効果を明らかにしてい る.その後,ビタミンKによりタンパク質分子が翻訳後
修飾(
γ
-glutamyl carboxylationと呼ばれ,一般的にGla 化と略称される)されることで活性化されるタンパク質(vitamin K dependent protein; VKDP) が 発 見 さ れ,
骨 で はosteocalcin(5)
,
軟 骨 で はmatrix Gla protein(6),
脳・血管内皮系組織ではgrowth arrest specific-6(7)など 多くのVKDPが発見された.発現量の程度に差異はあ るものの,生体内のほとんどの組織・細胞にGGCXが 存在することを考えると,今後タンパク質の微量分析技 術の発達に伴い,さらに多くのVKDPが発見される可 能性がある.ビタミンKは,通常,安定な酸化型(quinone form)
で存在するが,細胞内に入るとビタミンKエポキシド 還元酵素(vitamin K epoxide reductase; VKOR)によ り還元型(hydroquinone form)となる.GGCXは,還 元型ビタミンKを用いてVKDPのグルタミン酸残基を Gla化すると同時に,ビタミンKの還元型をエポキシド 型(epoxide form)に酸化する.GGCXが触媒するこれ らの反応は,反応液中のCO2とO2を利用してGGCXタ ンパク質分子上で同時に進行するが,詳細な分子機構は いまだに明らかにされていない.ビタミンKのエポキ シド型は,VKORにより酸化型へ変換された後,再び 還元型へ戻る(図
2
).この小胞体膜で起こる一連の反
応がビタミンKサイクルと呼ばれ,細胞内に僅かに存日本農芸化学会
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共同研究のススメ
私は有機合成化学を専門としている有機化学者で す.現在ビタミンKについて化合物を中心としたア プローチで生命現象の解明や生物活性を有する新し い化合物を見出す研究を進めていますが,多分野の 研究者と共同研究を行うことで,貴重な体験ができ ることがあります.他分野については生物系から医 学系を始め,機械系の研究者とも共同で研究を進め る機会がありました.今までに最も印象に残ってい るものの一つは,医学系の研究者との共同研究でし た.当時,話し合いでビタミンKを飲んだときのヒ トの血中濃度の経時変化を調べることになりました.
ヒトが対象になりますので,まず倫理委員会を通して 実験の許可を取得した後,私達共同研究者5人が対象 者として実験を行いました.実験内容は,ビタミンK のカプセルを飲む前と飲んだ後の1,3,6,9,12,
24時間後に共同研究者の医師に採血してもらい,血 清中のビタミンKを抽出して測定する計画でした.
その間,各人の摂取する食事内容が原因となって血 中濃度に差が出ないように,全員全て同じものを摂
ることにしました.午前中から実験を開始し,まず ビタミンKカプセルを飲む前に採血しました.次に カプセルを飲んだ後に上記の時間に腕の静脈から採 血を行いました.しかし,最初の1 〜2回は何とか耐 えられましたが,合計7回の採血は痛いのを通り越し て大変辛いものがありました.全ての採血が終了し た後には両腕の肘裏に青たんができていました.こ の実験を後日ビタミンKの種類を変えて再度行い,
貴重な血中濃度変化のデータを得ることができまし た.この実験から,ビタミンKが血中から消失する 時間は,ビタミンKの種類により著しく異なること がわかりました.また興味深いことに,毎朝納豆を 食べている被験者では,血中には納豆に含まれてい るビタミンKの一つであるメナキノン-7が,他の被験 者より高濃度で含まれていることが明らかになりま した.このように身をもって共同研究を行ったこと 以外にも,様々な方々と一緒に行っており,新しい 発見が得られることもありました.読者の中には大 学に進学されてご自分の専門とする学問を学ばれて いる方がおられるかもしれませんが,ご自分の専門 分野とは異なる学問にも目を向けてみると,新しい 何かを見つけることができると思います.
コ ラ ム
在するビタミンKがVKDPを効率良くGla化できるの は,このような再利用系が働いているためである.臨床 で使われている経口抗凝固薬warfarinは,VKORの作 用を阻害してビタミンKサイクルを停止させ,血液凝 固因子のGla化を起こらなくするために,血液凝固を阻 害する働きがある(図2)
.また,GGCX活性とVKOR
活性の両方はcalumeninと呼ばれるタンパク質によりビ タミンKサイクルが制御される.今後,ビタミンKサイ クルの電子授受過程において,唯一ブレーキの役割を果 たすcalumeninの働きが明らかになれば,ビタミンKサ イクルの全貌が解明されるものと思われる.ビタミンKのMK-4への変換
ビタミンK同族体の中で最も強い生理活性を示す MK-4は,ヒトやマウス,ラットの組織中に高濃度に存 在する.ヒトは,食事からPKや発酵食品に多く含まれ るMK-6〜MK-8を摂取しているが,動物性食品に含ま れるMK-4の摂取量は極めて少ない.また,ラットやマ ウスの飼育飼料中に含まれるビタミンKはMDであり,
そのほかにはPKがわずかに含まれるのみである.この ようにヒトやマウス,ラットはMK-4をほとんど摂取し ていないにもかかわらず,組織中にMK-4が高濃度に存 在することから,摂取したビタミンKがMK-4に変換さ
れている可能性が高いと考えられる.このMK-4の変換 については,ThijssenやSuttieらによって(8, 9)
,PKや
MDがMK-4に変換されることが示されてきた.また,腸内細菌にMK- 合成能があることから腸内細菌の関与 が示唆されたため,Kimuraらは無菌マウスやラットを 用いて研究を行ったが,PKやMDからMK-4への変換 反応に腸内細菌が関与しないことを示した(10)
.しかし,
摂取したビタミンK同族体からMK-4に変換するという 科学的に十分な証明がされてこなかった.
このような背景からOkanoらは,重水素標識ビタミ ンK化合物を合成し,これをマウスに経口,経腸,静脈 内および脳室内投与して,大脳中に重水素標識した MK-4(MK-4- 7)が検出されるかを検討した.その結 果,重水素標識ビタミンKを経口および経腸投与した 場合においてのみ,大脳中にMK-4- 7が高濃度に検出さ れることが明らかとなり,NMRにより大脳中に生成し たMK-4がMK-4- 7であることを科学的に証明すること に成功した(11)
.さらに,われわれはヒト骨芽細胞様細
胞を用いて,細胞レベルでMK-4の変換反応が起こるこ と,UbiA prenyltransferase domain containing protein l(UBIAD1)が変換反応を担う酵素であることを明らかにした(11, 12) (図
3
).
遺伝子は全身の組織に発現しており,各組 織における の発現量およびMK-4変換活性,内 図2■ビタミンKサイクルによるGGCXの補酵素作用
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因的に存在するMK-4の量はほぼ一致する.そこで,
UBIAD1が生理的にどのような役割を担うかを明らか にする目的で,われわれは全身の 遺伝子を欠損 した( − −)マウスの作出を試みた.しかし,
− −マウスは出生せず,胎生7.5〜10.5日の間に胎 生致死となることがわかった(13)
.また,
受精卵より− −マウス由来のES細胞を樹立し,MK-4変換活 性を評価した.その結果, − −マウス由来のES 細胞では,MK-4変換活性が完全に消失していた.この ような結果から,UBIAD1はMK-4合成に必須の酵素で あり,UBIAD1の欠損あるいはそれに伴うMK-4の欠如 は,マウスの発生異常を引き起こすことが明らかとなっ た.
このようにビタミンKの生体内代謝変換機構は,食 事から摂取したビタミンKは小腸で側鎖切断反応を受 け中間体である側鎖をもたないビタミンK(MD)とな り,MDはリンパ管を介して全身へ移行し,各組織中に 存在するUBIAD1によってMK-4に変換されGGCXや SXRを介したさまざまな生理作用を発揮すると考えら れている(14)
.
核内受容体のアゴニストとしてのビタミンKと誘 導体研究
ビタミンKの発見以来,ビタミンK研究は主に血液凝 固系を中心に発展してきた.しかし,2003年にMK-4が 核内受容体スーパーファミリーの一つであるsteroid and xenobotic receptor(SXR,マウスではpregnane X receptor; PXR)に結合してアゴニスト活性を示すこと が明らかにされた.SXRのリガンドとして,rifampicin やhyperforinなどが知られているが,MK-4も同様に
SXRと結合して核内に引き込まれると,retinoid X re- ceptor(RXR)とヘテロニ量体を形成し,DNA上の SXR応答配列に結合して,薬物代謝酵素の遺伝子発現 を誘導することが報告された(15)
.またMK-4はSXRと
の結合を介して骨形成にかかわるタンパク質の遺伝子発 現を誘導することが明らかにされた(16).このような遺
伝子発現調節作用はメナキノン類で起こり,MK-4が最 も強い作用を示すが,興味深いことにPKはこのような 作用をもたない.われわれは天然のビタミンK同族体との生物活性と 比較するために,さまざまな種類の誘導体を合成した.
まず,MK-4の側鎖の二重結合とメチル基に着目し,イ ソプレン側鎖部分にある二重結合の数を段階的に飽和さ せたときとメチル基を欠損させたときの転写活性に及ぼ す影響を検討するために,化合物4〜13を合成した(17)
(図
4
a)(MK-4への変換も同時に調べたため重水素標識 体にしてある).それぞれの化合物について,SXR-
GAL4と プロモーターについての2通りの方法 によりSXRを介した転写活性を評価した.その結果,二重結合の数が減少するほど転写活性も有意に減少する ことがわかった(17)
.この傾向は特に
プロモー ターに対するアッセイで顕著に現れた.一方,側鎖のメ チル基を欠損させることによっても,転写活性は減少し た.次にわれわれは,メナキノン類がもつ側鎖部分のイソ プレン構造が活性発現に重要であると考えられたため,
ビタミンK同族体のナフトキノン骨格にイソプレン側 鎖を対称に導入した新たなビタミンK誘導体14〜18を 合成した(18)(図4b)
.
得られた誘導体14〜18について SXRの転写活性を調べたところ,MK-2の側鎖部分を2 図3■生体におけるビタミンK同族体から MK-4への変換反応日本農芸化学会
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つ導入した誘導体16をピークにして,14, 17, 18と側鎖 が長くなるほど顕著に減少することが明らかとなった.
以上のことから,ビタミンK誘導体の転写活性は側鎖部 分の長さやかさ高さに大きく影響されることがわかっ た.
われわれはさらに,ビタミンKの側鎖末端部分に親水 性および脂溶性の官能基を導入して,側鎖の極性の違い によって転写活性がどのように変化するのかを検討し た.このとき親水性の官能基としてヒドロキシ基を導入 した化合物19〜21を,疎水性の官能基としてフェニル 基を導入した化合物22, 23を合成した(19)(図4c)
.これ
らの化合物の転写活性は,ヒドロキシ基をもつ19〜21 で低下した反面,フェニル基を導入した22, 23では著し く活性が上昇した.特にMK-3の側鎖末端にフェニル基 をもつ化合物22は,SXRのリガンドとして知られてい るrifampicinと同等の活性を有していることが明らかと なった.この結果を計算化学の面から考察するために,SXRのリガンド結合部位とビタミンK誘導体との結合 状 態 を 統 合 計 算 化 学 シ ス テ ムMolecular Operating Environment(MOE)を用いて解析した.その結果,
22は側鎖の長さやかさ高さから受容体のポケットに ちょうどあてはまり,22のキノン部分の酸素原子と SXRを構成するHis407とSer247が水素結合を形成して いるのが観測された(19)
.高活性を示したMK-3やMK-4
も同様の結合状態を示していると予想された.つまり,ビタミンKのSXRを介した転写活性の強さには適度な
イソプレン側鎖の長さとかさ高さが必要であり,側鎖部 分の転写活性に与える影響が大きいことかが明らかと
なった(17〜19)
.
ビタミンKの脳への作用と誘導体研究
MK-4は脳内にも比較的高濃度に存在しており,脳内 でこれまでに明らかにされていない何らかの重要な役割 を有していると考えられる.その一つとして,脳神経細 胞の酸化ストレスからの保護作用などが報告されている が(20)
,現在までにビタミンKの脳内における役割はい
まだ明らかにされていない.脳神経は神経幹細胞から ニューロン前駆細胞およびグリア前駆細胞に分化し,次 にニューロン前駆細胞はニューロンへ,グリア前駆細胞 はアストロサイトおよびオリゴデンドロサイトに分化す ることが知られている(21).最近になってわれわれは,
メナキノン類が弱いながらも神経前駆細胞からニューロ ンへ選択的に分化を誘導する作用をもつことを見いだし た(22)
.またこの作用はビタミンK同族体の側鎖の繰り
返し構造の違いにより異なっていた.この作用を誘導体 化により強めることができれば,iPS細胞などで従来か ら行われている「遺伝子導入」による手法ではなく,安 全性の高い「低分子の神経分化誘導物質」を用いた分化 調節が可能になると考えられる.そこで,特に脳神経の 形成に着目して,脳神経幹細胞をニューロンへ分化させ るビタミンKの創製を試みた.脳は脂溶性の器官であ図4■SXRを介した転写活性について,側鎖構
造の与える影響を検討するためのビタミンK誘
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導体ることから,ベンゼンやナフタレンなど各種の脂溶性の 官能基を導入した新規のビタミンK誘導体をデザイン・
合成することにした(図
5
a).目的とする化合物の合成
方法は,上記の誘導体と同様に側鎖部分を別途合成して からMDとカップリングする方法により行った.次に得 られた化合物について,マウス胎仔大脳由来の脳神経幹 細胞を用いてニューロンへの分化誘導作用を検討した.評価方法は,胎生14日齢のマウス胎仔の大脳から調製 した神経幹細胞に各種の化合物を1 µMの濃度で添加 し,4日間培養後,ニューロンおよびアストロサイト特 異的に発現する と に対して蛍光免疫染色を 施し,共焦点レーザー顕微鏡で分化の状態を観察した.
また同時に化合物間の分化誘導作用の違いを求めるた め,細胞のmRNAを回収した後,それらの発現量をリ アルタイムPCRにより定量した.その結果,蛍光免疫 染色ではニューロンへ分化した細胞を観察できた.一 方,リアルタイムPCRによる発現量の測定では,合成 したほとんどの化合物でコントロール群に比べて有意に ニューロンへの分化誘導作用の上昇が認められた.特に すべての化合物の中で,MK-3の側鎖末端に -メチル フェニル基を導入した誘導体25bが最も高い活性を示 し,コントロール群の約2倍の強さの分化誘導作用を示 した.さらにMap2とGfapの発現量の比から,化合物 25bにはコントロール群の約2倍のニューロンへの選択 的な分化誘導作用が見られた(22)
.またわれわれは,ビ
タミンK誘導体の神経分化に関係する作用タンパク質 との相互作用を期待して,側鎖の末端にヘテロ原子を組 み入れ,さらに側鎖末端のフェニル基にフッ素原子やメ チル基などの置換基を導入した化合物29ab〜34abを合成した(図5a)
.それらの神経分化誘導作用を調べた結
果,フッ素原子をもつ化合物ではニューロンへの分化の 選択性が向上することがわかった.一方,化合物25bに おける分化誘導活性に与える影響を調べるため,側鎖末 端のフェニル基に -ブチル基やメチル基を複数導入した 化合物35〜46を合成した.その結果,興味深いことに MK-2側鎖末端のフェニル基の2位と3位および3位と4 位にメチル基を導入した誘導体35, 37は,神経細胞への 分化を抑制することが明らかとなった(23, 24)(図5b).以
上から,側鎖末端に疎水性の官能基を導入することで,ビタミンKの神経幹細胞からニューロンへの分化誘導 作用を増強させることができることを見いだした.これ までに発見されているニューロンへの分化誘導作用をも つ天然物として,neuropathiazolやepolactaene, retinol
(retinoic acid)などが知られている.これらはいずれ も側鎖部分に二重結合やフェニル基を有しており,今回 われわれが合成した化合物の構造と類似した点が見られ
た(25〜27)
.これらの知見を基に,現在側鎖末端にほかの
疎水性の置換基を導入した化合物や,作用タンパク質と の相互作用を期待して分子内にヘテロ原子を導入した化 合物の合成を進めている.ビタミンK誘導体のニュー ロンへの分化誘導作用のメカニズムはいまだ解明されて いない.ビタミンKがどのようなタンパク質に作用し て作用を発現しているのかが明らかになれば,そのタン パク質に強く作用する化合物のデザインが可能となる.
今後さらに解析を進めることで,神経分化に関するビタ ミンKの作用タンパク質が明らかにされるものと思わ れる.
以上のように,ビタミンKは側鎖部分の性質の違いに 図5■神経分化誘導活性をもつビタミンK誘 導体
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よって生物活性に大きな影響を与えることが明らかと なった.脂溶性ビタミンはビタミンK以外にビタミン A, D, Eについても,多くは二重結合を含むアルキル側 鎖をもっている.このアルキル側鎖構造の違いによっ て,それぞれビタミン特有の作用が異なることからも,
目的の生物活性を強化するために最適の側鎖構造が必ず 存在すると考えられる.現在はさらに側鎖部分の構造特 異性を調べると共に,これまでに行わなかったナフトキ ノン環部分の構造活性相関についても検討する予定にし ている.そして,ビタミンKの構造を基にした新規の生 理活性物質を見いだしたいと考えている.
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プロフィール
須原 義智(Yoshitomo SUHARA)
<略歴>1990年静岡薬科大学薬学部製薬 学科卒業/1995年静岡県立大学大学院薬 学研究科博士後期課程修了/同年米国 Johns Hopkins大学医学部博士研究員/
1997年帝京大学薬学部助手/2002年神戸 薬科大学講師/2009年横浜薬科大学准教 授/2012年芝浦工業大学システム理工学 部生命科学科教授,現在に至る<研究テー マと抱負>ビタミンKの誘導体合成<趣 味>自動車
廣田 佳久(Yoshihisa HIROTA)
<略歴>2006年神戸薬科大学薬学部薬学 科卒業/2008年同大学大学院薬学研究科 修士課程修了/同年協和発酵工業株式会社 生産技術研究所研究員/2012年日本学術 振興会特別研究員DC/2013年神戸薬科大 学大学院薬学研究科博士課程修了/同年日 本学術振興会特別研究員PD/同年神戸薬 科大学博士研究員/2014年鈴鹿医療科学 大学薬学部薬学科助手/2016年芝浦工業 大学システム理工学部生命科学科助教,現 在に至る<研究テーマと抱負>(現在の研 究テーマ)ビタミンKの生体内代謝機構の 解明<趣味>水族館と博物館巡り
Copyright © 2018 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.56.26
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