長 年,日本 人 の 死因 第1位は悪 性 新 生 物であり,第2位は 心 疾患である.脳血管疾患は肺炎に続いて第4位であり,心疾 患,脳血管疾患の原因となる動脈硬化症の重要性は依然とし て続いている(厚生労働省ホームページより).従来動脈硬化 は,血管壁に脂質が沈着して生じると考えられてきた.しか し,最近の研究によると,動脈硬化病変には各種の活性化し た炎症細胞の浸潤やさまざまなサイトカインの発現が認めら れ,血管の慢 性炎症が根 本的成因であると考えられている.
古くから,糖尿病と心血管疾患発症の関連性が提唱されてき たが,最 近では,糖 尿 病の背 景となるインスリン抵 抗 性も,
脂肪組織での慢性炎症との関連が報告されている.高血圧で も,血液検査で,体内に炎症が生じているときに上昇するタ ンパク質(C-反応性タンパク質)値の上昇を認めるなど,炎 症との関連が示唆されており,従来個別に考えられていたこ れらの病態が,全身性の組織慢性炎症による一連の疾患とし て理解されるようになっている.糖尿病や高血圧,脂質異常 症が動脈硬化症を進行させる経路は,血圧調節に関連するホ ルモンや,脂肪組織から分泌されるアディポサイトカインな ど病態に関連する液性因子や,血液中の脂質が,全身の血流 を 介 し て 血 管 病 変 に 到 達 し て 作 用 す る と 考 え ら れ て い る.
よって動脈 硬 化 病変は,血管内皮細胞の機能障害に始まり,
炎症が血管内腔側から外膜側に進行すると考えられ,動脈硬 化研究は,血管内皮細胞,新生内膜,血管平滑筋細胞に着目 したものが多数を占めていた.一方,最近では,動脈硬化病 変局所での隣接する組織との関連が注目されている.われわ れは,動脈硬化病変をもつ血管に隣接する血管周囲脂肪組織
(perivascular adipose tissue; PVAT),および血管外膜微小血 管(vasa vasorum; VV)に注目し,血管の外膜側から内膜側 に向かう動脈硬化病変調節機構について検討している.
血管の構造
血管は弾性型動脈,筋型動脈,最小動脈へと分枝を繰 り返し,最終的には毛細血管となり全身に分布する.そ して再び合流して静脈となり,中径静脈,大径静脈と なって右心房へ灌流する(1)
.血管は基本的には血管内皮
細胞,平滑筋細胞やペリサイトからなる壁細胞および細 胞外マトリックスで構成されている.動脈壁は,内膜・中膜・外膜の3層からなる.内膜は,内腔側から血管内 皮細胞層,血管基底膜と内弾性板までである.その外側 の中膜は平滑筋細胞と細胞外マトリックスからなり,外 膜は外弾性板より外側で,コラーゲンなどの細胞外マト リックスや線維芽細胞からなる(1)(図
1
).
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【解説】
The Development of Atherosclerosis Research: Perivascular Adipose Tissues and Adventitial Vasa Vasorum
Kimie TANAKA, Masataka SATA, *1 東京大学保健・健康推進本 部,*2 徳島大学大学院医歯薬学研究部循環器内科学
動脈硬化研究の新たな展開
心臓周囲脂肪組織と血管外膜微小血管
田中君枝 * 1 ,佐田政隆 * 2
血管内皮は,解剖学的には血管壁の最も内側の内腔側 に位置しており,血管内皮細胞による1層の細胞層より なっている.全身の内皮細胞をすべて1列に並べると全 長で10万km,一面に敷き詰めると面積はアメリカン フットボール競技場一面に相当する(2)
.
血管内皮機能とその障害
血管内皮は血管内腔と血管壁を隔てるバリアのような ものと考えられていたが,1980年代よりさまざまな生 理活性物質を産生・分泌することが報告され,血管の構 造保持と血管緊張の調節に重要な役割を果たしているこ とがわかってきた.内皮細胞は一酸化窒素(nitric oxide;
NO)を産生し,NOは,血管平滑筋に作用して血管を 拡張させる.またNOは,血液中の血小板や白血球が血 管内腔表面に付着することを防ぎ,血栓形成性と線維素 溶解性を調節して血栓形成を防ぐ作用ももつ.そのほ か,血管内皮細胞は血管拡張因子としてプロスタグラン ジンI2など,さらに血管収縮因子としてエンドセリン,
アンジオテンシンIIなどを産生・分泌し血管緊張性を調 節している(3)(図
2
).
このように,血管は内皮細胞の機能により正常な状態 に保たれている.しかし,動脈硬化の危険因子となる高 血圧,高コレステロール血症,糖尿病,喫煙などの状況 下では,血管内皮細胞は傷害を受けて機能障害が生じ る.Rossの仮説により,動脈硬化病変は,血管内皮機 能障害から始まる血管の炎症であるとされている(4)
.内
皮細胞が傷害を受けると,血管内皮細胞や平滑筋細胞か らの活性酸素種(reactive oxygen spices; ROS,スー パーオキシド・過酸化水素・ヒドロキシラジカルなど)の産生が増加する.ROSは,内皮細胞によるNO産生や
NO活性を低下させ,血管の収縮性や細胞接着性を亢進 させる.また血管内皮細胞は,酸化ストレスやサイトカ インなどにより活性化を受け,透過性が亢進し,脂質や そのほかの血漿タンパク質が血管壁へと侵入する.ま た,活性化された内皮細胞は,細胞接着分子であるE- セ レ ク チ ン や,ICAM-1(intercellular adhesion mole- cule-1)
,VCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)
などを発現し,血液中の白血球や単球,リンパ球が血管 内皮に接着して血管壁内へ侵入する.さらに,活性化さ れた内皮細胞により凝固性亢進や平滑筋細胞の遊走・増 殖促進も生じる.このように,内皮細胞の機能障害によ り正常内皮細胞のもつ血管の恒常性維持機能が破綻し,
平滑筋細胞や炎症細胞とパラクリン(傍分泌)作用によ り相互に影響を及ぼし合い,血管の炎症状態が増強し持 続する.
活性化された中膜平滑筋細胞は,内皮細胞や炎症細 胞,平滑筋細胞自身が産生するサイトカインの刺激によ り活性化し,内皮下へ遊走して増殖し,内膜から侵入し た炎症細胞や脂質と伴に動脈硬化病変を形成する.病変 内で,マクロファージや血管平滑筋細胞は,脂質を取り 込んで泡沫化し,壊死性コアを形成する(図
3
).
血管の外側から内側へ波及する刺激
以上のように,動脈硬化病変は血管内皮障害が開始点 となり,炎症が血管の外側に波及し,血管平滑筋細胞の 内皮下への遊走や増殖が生じ,進展すると考えられてい る.一方,動脈硬化を生じさせる刺激が血管の外側から 内側に向かう経路も想定されている.大部分の血管は,
血管周囲脂肪組織(perivascular adipose tissue; PVAT)
に覆われている.PVATは,外膜との間に明確な区切
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図1■動脈の基本構造
動脈は内皮細胞,内膜,中膜,外膜からなる.
図2■正常な血管内皮細胞の機能
正常な血管内皮細胞は,血管の恒常性を維持するためのさまざま な機能をもつ.
りは存在しないものの,構造的に区別される.PVAT は脳動脈や微小血管には存在せず,大動脈周囲には豊富 に存在する(5)
.PVATは単なる血管の支持組織にすぎな
いと考えられてきたが,1991年に,ラットの胸部大動 脈を用いた の実験により,PVATを除去した血 管は,PVATが付いたままの血管と比べ,エピネフリ ンや電気刺激などの収縮刺激への反応性が減弱すること が報告された.このことから,PVATが血管反応性に 大きく関与している可能性が示された(6).
最近,脂肪組織は内分泌組織としての機能が注目され ている.炎症性サイトカインである腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor; TNF)-
α
や,抗炎症作用をもつアディポ ネクチンなど,多数の抗炎症性および炎症性のサイトカ インが脂肪組織および脂肪組織に集積したマクロファー ジから分泌されることが報告され,総称してアディポサ イトカインと呼ばれている(7).PVATについても同様
に,ヒトの冠動脈のPVATを解析した報告により,単球 走化性タンパク質(monocyte-chemoattractant protein;MCP)-1などの炎症性サイトカインやケモカイン(サイ トカインのうち白血球などの遊走を引き起こすもの)を 発現しており,ケモカインの作用により,PVAT中に マクロファージやT細胞が集積していることが示され
た(8, 9)
.またPVATからは,ROSやNO,アンジオテン
シンII,遊離脂肪酸なども分泌されていると報告されて いる(5)
.このように血管に直接接するPVATからは,血
管機能を調節する作用のある液性因子が分泌されている(図3)
.
血管周囲脂肪組織が血管病変形成に与える影響 われわれは,血管周囲脂肪組織が血管傷害後に形成さ れる病変へ与える影響についてマウスを用いて検討し
た(10, 11)
.まず,マウスに高脂肪/高ショ糖食を投与し
て肥満させると,大腿動脈周囲のPVATに浸潤するマ クロファージ数が増加した.また,抗動脈硬化作用をも つアディポネクチンのメッセンジャー RNA(messenger RNA; mRNA)の発現は低下し,炎症性サイトカインで あるMCP-1, TNF-
α
などのmRNA発現が増加した.次にPVATが機械的血管傷害後の血管リモデリング へ与える影響を調べるため,マウス大腿動脈ワイヤー傷 害モデルを用いて以下の実験を行った.マウスの血管 に,血管内径よりも少し太いワイヤーを挿入すると,血 管が過拡張され,血管内皮細胞や血管平滑筋細胞が傷害 を受けて内膜肥厚が生じる.これは,ヒトの冠動脈に生 じた動脈硬化による狭窄病変を,バルーンつきカテーテ ルにより拡張する治療法(経皮的冠動脈バルーン形成 術)を施行した後に生じる再狭窄病変のモデルと考えら れている(12)
.通常血管周囲脂肪組織は,アディポネク
チンなどの血管修復を促進するアディポサイトカインを 分泌し,血管傷害後の新生内膜増殖を抑制するように作 用する.しかし,肥満マウスではこの抑制効果は認めら れなかった.これは,血管周囲脂肪組織で炎症が惹起さ れ,脂肪組織のアディポサイトカイン発現パターンが変 化し,近接した血管壁の修復反応への保護的効果が減弱 したためと考えられる(図3,4
).
ヒトの心臓周囲脂肪組織は,隣接した冠動脈壁に豊富 にサイトカインを放出していると考えられる(13)
.冠動
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図3■動脈硬化病変と血管周囲脂肪組織,血 管外膜微小血管の模式図
動脈硬化病変では,血管外膜微小血管(VV)
が増殖し,外膜側からプラーク内に侵入して,
病変に炎症細胞や脂質を送り込む導管となる.
VVは破綻しやすく,プラーク内出血の原因と なり,脂質コアを拡大させて病変を不安定化 させる.血管周囲脂肪組織(PVAT)では,
抗炎症性のアディポネクチンの発現が低下し,
炎症性サイトカインの発現が増加している.
マクロファージの集積が増加するのみならず,
炎症性の亜型(M1)が増加している.
脈病変をもつ患者の心臓周囲脂肪組織の容積をCTによ り評価すると,冠動脈プラークのある患者では,プラー クのない患者と比較して,有意に脂肪量が多いことが報 告されている(14)
.
われわれは,冠動脈バイパス術を行う患者の冠動脈周 囲脂肪組織(epicardial adipose tissue; EAT)を採取 し,脂肪組織における炎症状態と病変の関連性について 検討した.冠動脈病変のある患者では,EATへのマク ロファージの浸潤が増加しているのみならず,炎症に関 与するマクロファージの亜型であるM1マクロファージ が,抗炎症性の性質をもつM2マクロファージと比較し て優位となっており,これが炎症性サイトカインの発現 亢進と関連しているのではないかと考えられた(15)(図 3)
.これらの結果から,EATにおける慢性炎症状態が,
冠動脈の動脈硬化病変形成に影響を及ぼしていると考え られる.
血管外膜微小血管とは
上に述べたPVATと血管壁の間にある血管外膜には,
血管外膜微小血管(VV)が存在する(図3)
.
VVは正常な状態の血管では,内腔からの拡散が届か ない血管中膜外側への酸素や栄養供給の役割をもち,ヒ トの血管の観察では血管壁厚が0.5 mm以上,また,ヒ トのほか,齧歯類やウサギ,イヌ,ウマなど12種の哺 乳類の胸部大動脈の観察では血管中膜が29層以上の場
合,外膜から血管壁内に侵入が認められたと報告されて いる(16, 17)
.
動脈硬化病変ではVVは増殖して外膜側から血管中膜 を貫通してプラーク内に侵入する(18)
.ヒトの冠動脈の観
察により,動脈硬化病変内の新生血管は,血管内腔から 侵入しているものより,外膜側から侵入しているものの ほうが多いと報告されている(19).外膜側から病変内に侵
入したVVは,外膜と病変内を交通する導管となる(20).
VVを介してプラーク内に侵入したマクロファージは,脂質を取り込み泡沫化して壊死性コアを拡大させるほ か,組織融解を誘発し,病変を不安定化させる(図3)
.
プラーク内に侵入したVVは脆弱で破綻しやすく,プ ラーク内出血を生じ,プラーク破裂の誘因となる.ヒト の剖検検体でさまざまな進展段階のプラーク病変を組織 学的に観察すると,プラーク内微小血管密度の亢進は,炎症細胞浸潤,プラーク内出血,線維性被膜の非薄化と 相関している(21)
.
また最近では,血管外膜や中膜に血管幹細胞が常在し ている可能性が示唆されている.これらの幹細胞は,筋 芽細胞に分化して内膜に移動し,新生内膜増殖に関与す ると考えられる.VVのペリサイト(周皮細胞)も同様 に幹細胞の性質をもっており,病変内で血管平滑筋細胞 や内皮細胞,線維芽細胞に分化し,病変の進展や,場合 により安定化にも関与する可能性が考えられている(22)
.
このように,動脈硬化病変におけるVVの役割につい て,さまざまな可能性が示されている.日本農芸化学会
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図4■肥満による血管周囲脂肪組織の変化 が新生内膜形成に与える影響(文献(11)よ り改変して引用)
A, B,野生型マウスに,普通食または高脂 肪/高ショ糖食を投与して飼育した後,大 腿動脈ワイヤー傷害を施行した.術後の新 生内膜形成は,高脂肪/高ショ糖食投与群 で増強していた.** <0.01. C,高脂肪/
高ショ糖食投与群の血管周囲脂肪組織では,
アディポネクチンの遺伝子発現が低下し,
MCP-1の遺伝子発現が増加するなどの変化 を認めた.* <0.05. ** <0.01.
血管外膜VVの調節因子
動脈硬化病変では,肥厚した動脈硬化プラーク内が低 酸素状態になることや,炎症などの刺激により,プラー ク内の血管平滑筋細胞や白血球における血管内皮増殖因 子(vascular endothelial growth factor; VEGF)や線維 芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor; FGF)など の成長因子の発現が亢進し,VVおよびプラーク内微小 血管の増殖を引き起こすと考えられる(23, 24)
.動脈硬化
病変早期のヒトの大動脈の観察では,正常な大動脈に比 べ,中膜平滑筋細胞でのVEGF産生が増加しているこ とも報告されている(25).
一方,血管には,血管新生を阻害する作用をもつ物質 も存在するが,これらの内因性物質のVV調節における 作用は明らかになっていない.このように,VV調節に 関与するさまざまな因子が報告されているが,VV増殖 が動脈硬化病変や血管傷害後に形成される病変の原因で あるのか,結果として反応性に生じているものであるの か,明らかになっていない.おそらく,血管傷害の種類 によっても異なるものと思われる.
局所投与した血管新生促進因子が高脂血症に伴う動 脈硬化病変に及ぼす影響
われわれは,血管新生促進因子である塩基性FGF
(basic FGF; bFGF)を血管外膜に局所投与し,動脈硬 化病変形成に及ぼす影響を検討した.アポリポタンパク 質(apolipoprotein; Apo)Eは,肝臓に脂質を取り込む 際に必要なリポタンパク質であり,ApoEを完全欠損さ せた遺伝子改変マウスは,高脂肪食を投与すると高コレ ステロール血症を呈し,大動脈やその分枝に,ヒトの動 脈硬化病変と同様の病変が形成され,動脈硬化モデルマ ウスとして動脈硬化研究に広く利用されている.bFGF を酸性ゼラチンと混合して徐放化し,若週齢ApoE欠損 マウスの腎動脈下腹部大動脈周囲に留置し,13週後に 血管を周囲組織と一塊にして採取して観察した.その結 果,リン酸緩衝液のみを投与したコントロール血管では 動脈硬化病変を認めなかったが,bFGFを留置した血管 では病変が形成されており,外膜に増殖したVVも認め た.また,bFGF留置手術後4週間まで1週間ごとに経 過を追って観察したところ,動脈硬化病変を認める前 に,外膜におけるVV増殖と炎症細胞集積を認めた(26)
.
これらの結果より,VVは進展した病変を不安定化させ るだけでなく,病変形成の早期にも病変進展に作用して いる可能性がある.また,PVATから分泌されたアディポサイトカイン
が血管病変に作用する際に,VVを介する可能性も示唆 されている(13)
.
PVATおよびVVを実際の診療・治療にどう用いるか 心臓のEAT容量は冠動脈CTや心エコーを用いて定 量的な評価が可能である.EATを計測することにより,
動脈硬化症の重症度評価や,予後予測が可能であるか検 討されている.
最近の研究では,EATは致死的・非致死的冠動脈イ ベント(心筋梗塞など)発症に古典的な冠危険因子(高 血圧,糖尿病,脂質異常症,喫煙,男性,高齢)とは独 立して関連しており,CT検査で得られる冠動脈石灰化 スコアを補完する情報であると報告された(27)
.われわれ
の研究室でも,冠動脈CT検査で得られたEAT容量の増 加と冠動脈病変の存在との関連を検討したところ,関連 に性差を認め,強く相関するのは男性のみであった(14).
また,CTにより計測したEAT容量と,EAT組織のサ イトカイン発現やマクロファージ集積と,冠動脈病変の 関 連 も 検 討 し た と こ ろ,EAT容 量 やEAT容 量 指 標(EAT容量/体表面積)は冠動脈病変をもつ群のほうが 有意に大きく,炎症性サイトカインの発現やマクロ ファージ集積はEAT容量指標と正の相関を認めた(28)
.
心エコーを用いてEAT厚を測定すると,冠動脈疾患 患者では,非冠動脈疾患患者に比してEAT厚が厚いこ とが数多くのグループから報告されている(29)
.最近,
われわれは,リニアプローブを用いて測定した前室間溝 のEATの厚さが冠動脈疾患の存在を予知するうえで有 効であることを報告した(30)
.
EAT容量や,心エコーを用いて計測したEATの厚さ を動脈硬化症の標準検査の一つとして用いるに足る検証 結果はまだ得られていないが,今後の臨床研究の発展に より,検査法が統一され,病態や予後との関連が解明さ れていくことが期待される.
一方VVについては,動物を用いた基礎研究では組織 学的検討や高解像度のCTを用いた画像診断などにより 評価され,ヒトでは,冠動脈の剖検検体を用いた検討に より存在は古くから示されていたが,現在はまだ,生体 での検出方法は検討段階である.
最近,光干渉断層撮影(optical coherence tomography;
OCT)を用いてヒト冠動脈VVを評価した新しい論文が 報告された.Nishimiyaらはまず,ブタ冠動脈にステン トを留置するとステント末端部にVV増殖が生じること を,新世代のOCTである光周波数領域画像技術(optical frequency domain imaging; OFDI)により で画
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像化し,組織学的所見と一致することを示した.さら に,ヒトの生体内でも,OFDIによりステント末端部の VVを描出可能であることを示した(31)
.Taruyaらは,
OFDIで取得した画像の三次元解析を行い,血管外膜お よび病変内のVVの長軸方向の走行が描出可能であると 報告した.また,冠動脈断面像より病変の性状を分類 し,それぞれの病変で認められる血管外膜VV容積およ び病変内VV容積を比較したところ,プラーク内のVV は,破裂したプラークで最も多く認められた(32)
.この
ように,臨床で用いられる検査法によりVVを描出して 評価することが可能となってきている.この技術を用い ることで,動脈硬化の病態におけるVVの役割や,薬物 療法によるVV密度への影響,PCI後の再狭窄とVVと の関係など,臨床的な疑問点を解決する糸口が得られる と期待される.おわりに
最近の動脈硬化病変研究の進歩には目覚ましいものが あるが,冠動脈イベント発症前の病変を早期に検出する ための検査技術の確立には至っていない.動脈硬化研究 は,血管内膜や中膜の構成成分に加え,最近では血管外 膜や,その周囲の脂肪組織の研究も進んでいる.これら の研究の今後の発展により,VVやPVATを標的とした 新しい検査法や治療法が開発され,早期病変の検出や予 後予測,イベント発症前の治療介入が可能となることが 期待される.
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プロフィール
田中 君枝(Kimie TANAKA)
<略歴>1996年山梨医科大学卒業/2006 年東京大学大学院医学系研究科循環器内科 学博士課程修了/2011年より同大学保健・
健康推進本部助教,現在に至る<研究テー マと抱負>動脈硬化,主に高脂血症マウス モデルを用いた組織学的解析
佐田 政隆(Masataka SATA)
<略歴>1988年東京大学医学部医学科卒 業/1999年同大学大学院医学系研究科内 科学博士課程修了/2002年同大学循環器 内科助手/2008年より徳島大学大学院医 歯薬学研究部循環器内科学分野教授,現在 に至る<研究テーマと抱負>動脈硬化の病 態解明と診断,治療への応用<趣味>柔 道,マラソン<所属研究室ホームページ>
http://square.umin.ac.jp/~TOKUSHIM/, http://plaza.umin.ac.jp/~msata/
Copyright © 2016 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.54.713
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