外国人散在地域における外国人妻の受容に関する一考察
―― 福島県会津地域でのインタビュー調査をもとに ――
福島大学人間発達文化学類
中 川 祐 治
1.はじめに
1980年代後半から日本社会にニューカマーと呼ばれ る,定住する外国人が加速度的に増加してきた1。そ して,ニューカマー外国人の増加は,都市部に限定さ れるものではなく,過疎地域の農村部においても,日 本人男性と結婚する外国人女性(多くはアジア出身者)
の増加というかたちで顕在化した2。そして,この外 国人妻の増加,定住化は,福島県会津地域に限ったも のではなく,ひろく東北地方や全国の農村部に関わる 事象3である。
厚生労働省の『人口動態統計年報』によれば,日本 全国における平成22年の国際結婚の総数30,207組のう ち,夫日本・妻外国の組み合わせが22,843組(全体の
75.6%),妻日本・夫外国の組み合わせが7,364組(全
体の24.4%)であるのに対して,福島県4では,平成 22年の259組のうち,夫日本・妻外国の組み合わせが
229組(全体の88.4%),妻日本・夫外国の組み合わせ
が30組(全体の11.6%)と,夫日本・妻外国の組み合 わせの割合が全国よりも13ポイントちかく高い。また 国籍別では,妻日本・夫外国の組み合わせの場合,夫 の国籍の上位が,中国(6人),米国(6人),韓国・
朝鮮(5人),英国(2人)であるのに対して,夫日本・
妻外国の組み合わせの場合,妻の国籍が,中国(100人),
フィリピン(58人),韓国・朝鮮(36人),タイ(8人)
と,上位4カ国のアジア圏の国だけで全体の88.2%を 占め,偏りがみられる点が特徴的である。
また,在留資格別にみると,福島県では永住者が 34%,日本人の配偶者等が16%で,この両者で半分を 占めることから,日本人の配偶者として来日し,定住 していく流れを読みとることもできよう。ここでいう
定住とは,地域の住民として生きるということであり,
そこにはライフ(Life=生活・生命・人生)が関わっ てくる。これは,日本人住民と等しく,地域社会の中 で,他の住民と関わりながら,安全で健康的な暮らし をおくる―就職,結婚,出産,育児,病気,介護等 のライフステージの変化の過程を経る―ということ を意味する。
総務省(2006:5)によれば,地域における多文化 共生とは「国籍や民族などの異なる人々が,互いの文 化的ちがいを認め合い,対等な関係を築こうとしなが ら,地域社会の構成員として共に生きていくこと」と 定義される。ここで注目すべきは,「地域における多 文化共生」という捉え方である。即ち,「日本人住民 も外国人住民も共に地域を支える主体」であって,共 に地域社会という生活の場で暮らし,地域共同体を支 える人的資源であるという点で,「地域における」と いう視点は,これからの多文化共生社会を考える上で 欠くべからざるものであり,同時に非常に重要な意味 をもつ。それは,日本,とりわけ地方社会の急速な少 子高齢化を補い,活力を維持するためといった経済的 な側面5だけではなく,日本語支援を通じた学び合い,
共生言語としての日本語の習得といった自己成長や自 己実現をも促す,公共的教養の涵養といった側面も有 する6ためである。
このような「地域における」定住外国人の交流のあ り方について,中川(2011)では,質問紙調査を行う ことで定量的観点から論じ,中でも課題・問題点とし て,⑴多様化していない多エスニック社会,⑵身近で ない多エスニック社会,⑶広がらない多エスニック社 会,⑷固定化された多エスニック社会,⑸高齢化する 多エスニック社会,⑹分断された多エスニック社会,
⑺凝離(セグリゲーション)された多エスニック社会,
論 文
の7点を挙げた。また,これらは必ずしも福島県会津 地域に限定されるものではなく,いわゆる外国人散在 地域に共通するものであることを指摘した。
本稿は,中川(2011)をうけ,外国人散在地域であ る福島県会津地域をフィールドに,特に外国人妻に焦 点をあててインタビュー調査を行い,調査対象者から の「語られたことば」を分析することによって,外国 人妻がどのように捉えられ,位置づけられているのか といった受容のあり方を明らかにすることを目的とす るものである。語り手の率直な「語り」の分析―行 政機構や公的な支援,国際交流イベントといった 巨 視的な 外部からの観察的な 視点ではなく, 微視 的な 内部からの参与的な 視点に基づく分析― を通して,外国人妻をめぐる人々の心のひだを明らか にしていく。
上記のように,本稿の目的は外国人妻の受容のあり 方を明らかにすることであるが,稿者の視座は,地域 に暮らす外国人住民への日本語支援(日本語教育)に あることを予め断っておきたい。それは90年代になり,
地域日本語教育という術語が現れ,広く用いられるよ うになったことからも分かるように,外国人散在地域 では,日本語支援を軸として,あるいは地域の日本語 ボランティア教室をその具体的な場として,外国人住 民と日本人住民との交流が図られるケースが少なから ずみられる7ことによる。即ち,外国人散在地域にお いては日本語教室が,外国人住民と日本人住民とをつ なぐ,いわばHUB的な,つなぎ目としての役割を担っ ており8,外国人散在地域における交流は,まず,こ の日本語支援を足がかりにすることが有効であると考 えるためである。
また,多言語環境が整備されていない日本社会の現 状にあって,日本語能力(特に書記言語能力)の低さ は,外国人妻を情報弱者へと陥らせる可能性が高く9, 反対に,来日して半年以内に日本語教室で日本語学習 を始め,1年以上継続した外国人妻たちは,口頭言語 能力だけでなく,書記言語能力も獲得し,文字情報を 活用して自分たちの生活の質を高め,その上,外国人 を支援する側に回り,十分に社会参加を果たしている ことが指摘されている10。このように,外国人定住者 に対する日本語教育,日本語支援が公的に保障されて いない現状にあっては,地域の日本語教室の役割は極 めて大きなものであるといえよう。
2.福島県会津地域の現状
福島県は,東北地方の最南端に位置し,東は太平洋 に面する海岸線,南は茨城・栃木の両県,西南の一部 が群馬県,西は大部分を新潟県,北を宮城・山形の両 県に隣接する。人口11は,平成24年1月1日現在で 1,982,991人,面積は13,782㎢で,全国では,北海道,
岩手県に次いで3番目の広さを有する。また,地勢は,
南北に走る阿武隈高地と奥羽山脈によって,浜通り,
中通り,会津地方に三分される。また,農家世帯比率 13.4%で全国7位,農業産出額が2,330億円で全国11 位と,有数の農業県であり,中でも会津地域は,農家 世帯比率が17.7%と,県平均を超える。
会津地域の外国人住民(外国人登録者数12)につい ては,平成23年12月末日現在,会津若松市737人(市 人口125,496人),喜多方市183人(市人口51,744人),
北塩原村14人(村人口3,151人),西会津町26人(町人 口7,211人),磐梯町9人(町人口3,741人),猪苗代町 60人(町人口15,691人),会津坂下町49人(町人口 17,168人),湯川村9人(村人口3,300人),柳津町11 人(町人口3,917人),三島町9人(町人口1,880人),
金山町【空欄】(町人口2,409人),昭和村【空欄】(村 人口1,480人),会津美里町47人(町人口22,429人)で,
計1,154人13(会津地域人口259,617人)を数える。
こ れ を 日 本 全 体 で み る と, 外 国 人 登 録 者 数 は 2,186,121人14で,総人口に占める割合は1.63%になる。
また,福島県では9,554人で,県人口に占める割合は
0.48%である。前記の通り,会津地域では1,154人で,
会津地域の人口に占める割合は0.44%となる。外国人 集住地域(都市)とは,平成17年国勢調査で,総人口 に占める外国人人口の割合が1.5%以上である地域を いう15が,会津地域は,それに比して3割程度であり,
さらに,福島県の平均をも下回っていることから,外 国人散在地域であると認められる。
一方,外国人散在地域であることによって,ニュー カマーの定住外国人への支援の実施あたり,外国人集 住地域以上の困難さが生じていることは看過できない 点である。富谷(2009)では,外国人散在地域では住 民に占めるニューカマーの割合が低いため,外国人集 住地域のような独自の取り組みを行うことが困難であ り,結果として外国人に対する支援が手薄になる傾向 にあることが指摘されている。また,内海(2009b)
には,外国人散在地域であることが支援を困難にする 要因として,公共機関や気候等の物理的要因,ネット
【グループⅢ】(5名)
H ,I ,J,K ,L
【グループⅣ】(3名)
M ,N,O
3.2 調査結果・分析
インタビュー記録は,何を語っているかという話 題(トピック)に関わる〈内容〉の側面と,調査対 象者がそれをどのように語っているのかという〈語 り方〉の側面,また,それが調査対象者にとってど のように捉えられているのかといった〈評価〉の側 面とがある17。調査対象者は直接的に体験したり,
間接的に得たりした伝聞情報をもとに談話を構築し ているが,言うまでもなくそれは現実世界の事実そ のものではなく,語り手である調査対象者のフィル ターを通して捉えられ,語られる「物語(プロット)」
である。
本稿では,以下,話題(トピック)ごとに整理し,
〈内容〉面を中心に考察を進めていくが,〈語り方〉〈評 価〉の側面についても,交流の実際や,関わり方,
あり方をメタ的に捉えることができるものであり,
示唆に富むものであることから,それらについても 考察を加える。
3.2.1 外国人住民の現状
福島県では,平成23年3月11日に発生した東日 本大震災の影響で外国人登録者数が大きく減少し ているが,平成20年(12,870人)を境に既に減少 に転じており,会津地域のような周辺地域ではよ りその傾向がつよい。
中川(2011)の調査でも,交流の機会を聞いた 設問項目に対して55.1%が「近所に外国人はいな い」と回答している。これは外国人散在地域に特 徴的な事象18であり,外国人住民が顔の見えない 存在である以上に,そもそも意識すらされない存 在として位置づけられていることを示すものであ る。外国人集住地域の外国人住民の暮らしを「顔 の見えない定住化19」と呼ぶならば,外国人散在 地域におけるそれは「意識されない定住化」と呼 ぶことができよう。
本インタビューを行った震災前の時点において も,外国人住民が既に減少傾向にあることが実感 として感じられるようになりつつある様子が,以 下の談話例1,2からもうかがい知れる。
ワークや情報から疎外されやすいといった社会的要因 の2つが挙げられ,支援の質の地域格差が生じること への懸念が示されている。内海の事例は山形県のケー スであるが,これは,福島県会津地域にも共通するも のであって,雪の多い地域では,冬季間は日本語ボラ ンティア教室が休校になったり,そもそも日本語ボラ ンティア教室自体がなく接触の機会すらなかったりす るケースも多い。富谷が指摘するように,外国人散在 地域に居住する外国人は,外国人あるいは日本人が接 触を回避すると,徹底的に孤立した状況に置かれるこ とになるのである。
3.調査結果と分析
3.1 調査方法
インタビューは,フォーカス・グループ・インタ ビュー法で行った。調査対象者は15名で,いずれも 女性。15名のうち14名が日本人住民,1名が外国人 住民(中国籍)である16。これは,先述したライフ ステージ(就職,結婚,出産,育児,病気,介護等)
に関わって,女性のほうが男性よりも,より生活者 のレベルで接触,交流の機会をもつ機会が多いとい う点を考慮したためである。また,いずれの調査対 象者においても,程度の差や関わり方の違いはある ものの,実際の交流の機会を現在または過去におい て有する。
インタビューは,調査対象者を以下の4つのグ ループに分けて,2010年10月に実施した。それぞれ のグループのインタビュー時間は約2時間で,「交 流体験」というトピックで自由に語ってもらった。
インタビューは録音し(一次資料),逐語おこしを 行った(二次資料)。なお,本稿では,語られてい る〈内容〉と,調査対象者がどのように語っている のかといった〈語り方〉,また,調査対象者がどの ように捉えているのかといった〈評価〉,の3点に 考察の中心を置き,会話分析等では重要な位置を占 める沈黙やオーバーラップ等を省き編集した記録
(三次資料)を用いることとする。また,個人情報 保護の観点から,市町村名(地名)を除き,個人名 やその他の固有名詞はすべて記号で表記する。
【グループⅠ】(4名)
A ,B,C,D
【グループⅡ】(3名)
E ,F,G(中国籍)
【談話例1】(*はインタビューア。以下同じ)
*:印象として,外国人の住民が会津若松市と喜 多方市では増えたっていう印象ですか,減っ たっていう印象ですか,それとも変わらない という印象ですか。
E:ひところ増えて,減りました。
*:いかがですか。
G:…いや,あの,会社員としては減ったかなあ と,やっぱり不景気も,やっぱり少しは影響 が出てきたと思うんですが,やっぱりお嫁さ んとして来るのが増えてきたかなって思いま す。スピードは落ちたんですけども,前は例 えば1年で10組とか20組か,もっと多いかも しれないんですが,ただ,少しずつは増える ようになったとか,その伸びる率がすごく縮 んだんだけど,もう実際は伸びている,私は そういうふうに感じています。
〔4発話略〕
*:先ほど増えて減ったと言ったのは,どういう ような?
E:あの,最初,P大学開学のときは一気に増え て,もう大学の教職員の3分の1以上,半分 近くが外国人の先生だったんで,家族滞在も すごく多かったんですけど,子どもさんの教 育に難点があるっていうのがだんだんわかっ てきたんで,とにかく家族連れの方はどんど ん来なくなった。皆さん単身赴任に変わった んですよね。
【談話例2】
*:さっき,夜の水商売のという場合があります けど,ああいうケースもありますよね。水商 売で,お客さんとして入ってという。
E:うん,でも,そうそう,その当時はありました。
今から10年前ぐらいは結構あった。
*:ああ。今はあんまりない。
E:今は,だから,人がいないんですよね。水商 売の方自体が,入ってくるの厳しくなったし,
ビザの申請も。あと,お店側も,呼ぶのにか かる費用が,お客さんが入らないんでペイで きないっていう側面もある。呼ぶのに,招聘 にお金かかるじゃないですか。だから,それ を上回る収入があるから呼ぶわけで,今,そ れがないんで,だからなんです。
*:そうすると,やっぱり生活者として入ってき
ている外国人の多くは,留学生か,一番はP 大の最近は少なくなったご家族と,あとはそ の業者を通した妻の方と連れ子。
E:あと,仕事も一応いますけどね,会社関係。
*:そうですか。
E:はい,若干。
*:会津若松だったらどういう仕事の人ですか。
E:もう今はほとんどないですけど,Qとか大き い会社があったんで,まあ,そこ,ほとんど 帰っちゃったけどね。
G:ねえ。どんどん帰っちゃったとか,クビされ たとか。
E:でも,本当,1年前までは,そこがすごくた くさんいたんですよ。
この談話例からみえるのは,P大学の開学とい う大きなきっかけによって外国人住民が一時的に 増えたものの,その後,減少に転じているという 実態と,Qという大企業が会社更生法の適用を申 請したことにより,人員の整理が行われ,労働者 としての外国人が減少したという実態である。ま た,いわゆる水商売に従事する外国人女性の減少 も実感として捉えられている。このことは,次の 属性や婚姻にも関わって,重要な意味をもつ。
また,インタビュー調査を通して分かるのは,
会津地域における外国人住民の属性は,極めて限 定的なものであるということである。特に交流と いう側面から浮かび上がるのは,ほとんどが外国 人妻(およびその子ども)であって,そのほかは 僅かに外国語指導助手(ALT)の存在が意識さ れている程度である。談話例3にはこのことが象 徴的に現れている。また,談話例4は,会津地域 という外国人散在地域における現状,外国人が身 近な存在ではなく,圧倒的なマイノリティとして 存在し,凝離された存在として位置づけられてい ることを示すものである。
【談話例3】
*:柳津のほうはいかがですか。
M:本当に,だから,そういう国際結婚のカップ ルが多くなったっていうことですよね。
*:やっぱり10年前,20年前に比べると。
M:ああ,全然違います。もうほんとに,40,50 近くなって,みんな,20代前半の方のお嫁さ んを連れてくるっていうパターンですよね。
そうで心配したっていうのもあって,そうし たら,でも,黒人だから,じゃあ,あの,外 国人登録証明書見せてって,見せても,これ は本当かどうかわからないから,専門の人来 ないとわからないって,来て,本人すごく傷 ついてた。
F:R君,塩川にいたら目立ちますもんね。
G:うん。なんか郡山にいても,何回も見せてっ て,警察に止められたとか。なんかそういう 差別は…あるんですよね。
E:目立つのね。
G:目立つんですよね。そういうのやっぱり,外 国人にとってはちょっと嫌ですよね。その,
自転車乗ったら,すぐに盗んだと思われると,
私のときは3人の研修生だった,技術研修生 だったんで,すごく傷つけられたんです。何 でそういう…。
*:自転車に乗ってるだけで。
G:自転車乗ってるだけで。あの,すごく優しい おじいちゃんなのに、そういうふうに見られ ていたのがもう…。
*:自転車で通報されたことがショックだったっ ていうこと。
G:ショックですね。そういう傷がすごいあった。
いっぱいだよね。
3.2.2 婚姻
先述したように,今回のインタビューにおいて は,制約のない自由な語りの中でも外国人妻の話 題が多く語られた。それは,実際に数として多いと いう現実を反映しているだけではなく,外国人妻 の問題が,外国人散在地域の日本人住民にとって
「語られるべき」話題として興味をひくトピック であることを意味する。事実,会津地域を含む福 島県,東北地方においては,このいわゆる農村花 嫁の問題は,80年代から今日まで続く現在進行形 の問いであり,日常的に語られるべき話題である。
石井(1995)は,日本人男性とフィリピン人女 性の結婚するきっかけを,大きく,エンターテイ ナーとお店で知り合う場合と,業者などを通じた お見合いとの2つに分け,さらに,近年では先に 結婚したフィリピン人から親戚・友人を紹介され る例が増えつつあることを指摘する。また,定松
(1996)では,「現地出会い型」「国内出会い型」「行 政仲介型」「ブローカー仲介型」の4つに分類し,
*:じゃあ,特に珍しい事例でもないっていう感じ。
M:なくなりました。もう本当に,柳津にある縫 製会社は,タイ,中国,あと韓国,もう国際 色豊かですよ。本当、ヨーロッパ系の方はい らっしゃらないけど,アジア系の。
〔15発話略〕
*:そうすると,そういう増えた外国の住民の方 というのは,柳津だと,ほとんど主婦という か,お嫁さんという感じですか。
M:そうですね。
*:ビジネスマンで増えたとか。
M:ああ,いないですね。それはないです。
*:もう,99%,お嫁さんという感じですか。
M:そうです。もうたった1人,ALTの方がい らっしゃるくらいで,あとは。
【談話例4】
G:私,前に通訳やってるとき,外国人が自転車 乗って,空気がないから入れると,次の日に 電話がかかってきて,「そこの会社の自転車 をなくさなかったですか」とかいう,「どう したんですか」「実は,昨日,そういう方で,
うちのほうに空気入れを借りにきたから,外 国人みたいだから,それを盗んだんじゃない か」とか,そういう…。
E:1回通報されたことがあった。
*:1回通報されたことがある。
E:うん。あの黒人の学生さんで,走ってただけ だったんだけど,そういう人がいるっていう のはどうなんだって警察に連絡されたりとか。
G:Rさんもあったんですよ。
E:ああ,本当に。
F:うん,この間ね。
E:スリランカの人 F:この間,河原で。
G:川で。
F:道路でボーっとしてるだけなのに,不審者が いるって。
G:ボーっとしてるだけ。
E:そう,不審者って通報された。
*:不審者ということになるんですね。
G:でも,Rさんの場合は…。
E:すぐパスポート見せろとか,外国人カード出 せとか始まる。
G:Rさんは不審者じゃなくて,なんか気持ち悪
農村では「仲介型」が多いことを指摘する。このこ とは,今回のインタビューにおいても,4つのグ ループのいずれにおいても「ブローカー仲介型」の 結婚の話題がでていることからも裏づけられる。
【談話例5】
*:日本人の人たちでも,やっぱりまだ会津あた りでは家に嫁ぐような感覚ですか。最近はも うそういうのはない。
B:結局,来る,来る動機が…,お金が絡んでる ので。
D:そうですよね。お金で買われてくるんですよ。
*:ブローカーの人が間に入っていて。
B:そうそう。
A:250万ですって。
B:300万。前,300万とか言ってた。
C:300万 く ら い, 下 が ら な い ん で す か。 前,
300って言ってましたよね。
A:でも,本人申告ですから。「250万だったよ,
私は」って。
*:それは,その,それぞれの国にもそういう,
いるんですかね。中国系のブローカーの人と 韓国系のブローカーの人,フィリピン系のブ ローカーの人だって。
A:うん。そうそう。
B:中国は中国,フィリピンはフィリピン,国に よっているんじゃないですか。
C:値段は一律ですか。
D:一律じゃないですよ。交渉じゃないですか。
C:ああ,交渉。
*:それはやっぱり希望するんですかね。うちは フィリピン人がいいとか,うちは韓国人,う ちは中国人がいいから探してくれって。
A:そうですよ。欲しい側のほうも。
*:欲しい側って家側という意味。
A:こんなこと言っていいのかしら。
D:いいよ。
B:ああ,そうなの。
A:ちゃんとね,希望出すんですって。こういうね。
B:ああ,何かあるんだ。
A:月収がいくらで,こうで,ああで。ある人は,
ご主人が50万かな,月。会津で50万ですよ。
*:ご主人のほうが50万稼ぐ人。
A:稼ぐ人だったの。
C:月?
A:そう。それで,50万稼ぐからこの人とやって いけるだろうと,来たそうです。ところが,
来て半年たったら,何かあったんでしょうね,
25万に減ってしまったんですって。こんなは ずじゃなかったのって思った。
〔10発話略〕
A:でも,そういう話を聞いてると,「えっ」て,
愛情じゃないんですよ。
C:お金ですね。
D:だって,愛情なんか,愛情なんていったって 言葉がわからないのにさ。中国人,アイ・ラ ブ・ユーという英語もわかんないのに,どう やって愛情表現できんの?日本語もできない し英語もできないし。
【談話例6】
E:前は外がすごく増えてたような気がする。
*:外というのは。
E:市の外。近郊のほうが。
*:美里町とか…。
E:…とか,もっとその奥,昭和とか只見とか金 山とか,どんどん入ってたんですけど,最近 そこがもう入んなくなってきて。
*:そこ,奥さんでっていうことですか。
E:ひと頃すごかったですけどね。もう,だんだ ん,その辺が入らなくなったような気がする んだけれど,どうなんだろう。
G:かえって,市の中に入ってきたなあっていう 気がする。やっぱり皆さん,状況も変わって,
あまり田舎で,情報がどんどん,もう,お嫁さ んのところに行くと,田舎だったら行かない とか,私はそういうふうに考えてた。かえって 市のほうが,私が来たときは会津若松市内で お嫁さんが少なかったんですよ。で,Eさん が言うように,金山とか,周りはすごく多くて,
高田町とか,本当にお嫁さん何人って。会津 若松市内で生活しているお嫁さん,すごい少 なかったと思ったんですけども,最近は増え てきて,その業者さんが紹介してきたのは全 部市だった。周りに行かないって。ただ,そ のお嫁さんも,市ツアーとか,タイプも変わっ てきて。その,お嫁さんたちのネットワークが 実際にもう1つ存在してるんですよね,業者 とか,国際交流協会の関係と,全く関係ない もう1つのネットワークがあるんです。その
ネットワークを,やっぱり皆さんはほとんど,
政府として把握していない,そういうふうに 感じているんですよね。彼女たちなりのコミュ ニケーションが,もともとの友達ですよ,国 にいるときのお友達とか,じゃあこっちに来 てって,誰々通したらこういうふうに来られ るよ,来たらどういうような生活するのかも 設計図みたいに,全部,自分の母国にいると きに,既に全部計画立てているのが実際。も う,最近の話聞くと,すごくそういうのがわ かってきて。例えば,8年前に来たお嫁さんと 話したら,私たち来るとき何も情報なくて,
何もわからないで,こういうふうに回り道で,
長道で,遠回りいっぱいしたんですけども,
今来てる人は本当に,本当,もう,全部計画。
F:すばらしい。
G:すばらしい?なんか怖い,恐ろしいぐらいで,
もう計画立てて。
【談話例7】
M:それこそ本当に,その旦那さんのほうは60く らいになってるんですね。で,まだ小学生の 子どもがやっとできて,奥さんとは年が違う んですけども。やっぱりこういう,ほんとに 田舎なので,そういう方が多いです。ほんと に近所の人も,そういう,うちの主人の同級 生も,自分の子どもくらいの人と一緒に…と いうパターンですね。
*:ああ,お嫁さんが。
M:はい。
*:そんな年齢差があるような。
M:そうそう。もうほんとにこういう田舎で,お 嫁さんがいなくて,ほかの国からお嫁さんを 探してくるっていうふうな。もう,ほんとに,
山あいの部落なので,うちの主人の実家は,
みんなそういう感じですね。
*:じゃあ,ちょっと言葉は悪いんですけども,
何かこう,業者さんが入って仲介するような 感じの。
M:あ,そうですよ。はい,はい。もう行ってす ぐに,何て言うの,アルバムみたいな,それ こそカタログみたいじゃないけど,これ,こ の人がいいって言えば,お互い会って,3日 間ぐらいでとりあえずいいとなれば,あっち で式を挙げてきて,いろんな手続きをしたあ
とに,ちょっと日本語の勉強もして。…私の 主人の会社の人は,1回目は,ほんとに結婚 して1週間くらいで,仕事から帰ってきたら 全部なくなっていたという,奥さんの荷物が。
だから多分それは,ちょっとしたそういう。
N:手口じゃないけど。
M:そうそうそう。そういう感じだったみたいで すよ。
以上の談話例からみえてくるのは,日本人男性 と外国人女性との間の結婚に際しては,仲介業者
(ブローカー)が介在していることが常識的に知 られていること,そしてその仲介手数料の額につ いての情報(アップデートされた情報)までもが 共有されているという現実20である。また,調査 対象者の〈語り方〉からは,否定的なニュアンス が含まれていることもうかがい知れる。例えば,
談話例5の「結局,来る,来る動機が…,お金が 絡んでるので」「でも,そういう話を聞いてると,
『えっ』て,愛情じゃないんですよ」「お金ですね」
「だって,愛情なんか,愛情なんていったって言 葉がわからないのにさ」といった〈語り方〉から は,負の〈評価〉の存在を感じとることができる。
また,外国人妻は,お金で買うといったモノとし て捉えられていることが,「お金で買われてくる んですよ」「それこそカタログみたいじゃないけ ど,これ,この人がいいって言えば…」といった
〈語り方〉からみえてくる。宿谷(1988)によれば,
以前からアジアの国々では「メイル・オーダー・
ブライド」という花嫁斡旋のシステムがあり,女 性の写真やビデオを見て男性(主として欧米系の 男性)が相手を選ぶという国際結婚の仕組みが示 されているが,会津地域における事例もこの延長 線上にあるものと考えられる。
また,仲介型とは別に,先に結婚した外国人妻 が紹介するといった「ネットワーク型」の結婚のパ ターンが生まれつつあることが談話例6から分か る。Gさんは同じ外国人妻として,その現状を,特 に事前に周到に準備され,システマティックに進 められていることに対して,「なんか怖い,恐ろし いぐらいで」と〈評価〉している。こういったネッ トワークの強化による情報の共有や,それにもと づく綿密な計画性は,ややもすると,談話例7で語 られているような,結婚後1週間でいなくなった 外国人妻の事例に対して,あたかも偽装結婚21を
想起させるような「 手口」といったことばで〈評価〉
されることへとつながっていく。ここで問題とし たいのは,真実はどうであったのかという真実性 のレベルに関わる問いではなく,それがホスト住 民にとって,どのように捉えられ,評価されている のかという解釈のレベルに関わる問題である。そ れは,時として,次の談話例8のようなホスト側の 住民に不信感や軋轢を生じさせることにつながる。
【談話例8】
*:悪いほうのケースばっかり聞いて申し訳ない んですけど,うまくいっていないご家庭とい うのも割合としてはあるんですか。
M:ありますよ。子どもだけ置いて,自分だけが 東京のほうに行っちゃったりとか。そういう 家庭も,ほんとにいくつもありますね。
*:割合からいえばどうですかね。
M:ええー,割合?
*:10組いれば。
M:10組いれば…まあ,子どもを置いていったの は…,えー,私の知ってるだけで3人,3人 ですね。あとはもうほんとに最悪なケース。
その,荷物なくなったのもあるし。
*:ああ,1週間で。
〔3発話略〕
*:イメージとして悪くなったりしないんです か。外国人住民に対するイメージというか。
M:でも,やっぱりもう,お姑さんというか,60 代,70代のおばあちゃんたちは,もう言いま すよ。もう,ほんとに。変な言葉で言うと,「外 国人に乗っ取られちまう」とか言ってますよ,
もう。そう…,何かもうね,宇宙人制覇じゃ ないけど,ほんとに…じゃないですけど,そ んな感じで,やっぱり。
このように,「ブローカー仲介型」の結婚のあ り方は,広く認知されており,さらに負の〈評価〉
を帯びて捉えられている実態がある。ここには「外 国人妻=ブローカーの仲介による結婚」というカ テゴリー化が起きており,しかもこのカテゴリー 化には「金銭」「売買」「過度の計画性」といった コノテーションが付与されている。そのような現 状に対して,外国人妻からは,このようなカテゴ リー化を嫌い,抵抗する試みもみられる。以下の 談話例9からは,そういった外国人妻のカテゴ
リー化を拒む試みと,Kの「でも,ねらってたと は言ってた」という発話によって,Iの「ああ,やっ ぱりね」という発話が引き出され,従前のカテゴ リー化に引き戻されるという,せめぎ合いのプロ セスを読みとることができる。
【談話例9】
L:恋愛結婚という人もいますよね。だけど,地 域の人に,そういうふうにして結婚したって 思われちゃうから,なんか結構,日本語がわ かんないと思って,結構,隣で悪口とか,あ の人はどうとかと言われて,私はそういうの じゃないですって1回文句言ったことがあっ て,すごい勢いじゃないけど,ちゃんと恋愛 で結婚してこっちに来たんだということを。
*:やっぱり,日本人側としては,大体みんなそ れとなくそう思ってるんですか。
I:特にフィリピンの人に対しては,女性側から みると,あまりそういういいイメージを持っ てない人が多いかもしれない。
*:それは夜のお仕事しているからっていう。
I:うん。また,フィリピンの人に聞くと二極化な んだよね。私たちは大学出てて,そういうふう なので来たんじゃない,あの人たちとは違う という。だから,あの人たちの会話と私たちの 会話は違うんだって,すごくプライドがある。
H:年齢が若くて結婚してる方は,なんか恋愛結 婚ぽい雰囲気ですけどね。
I:Sさんなんかもね,なんか,旦那さんがベト ナムに行って仕事か何かで行ってるときに,
すごい年違うんですよ。子どもさん連れてき たって,おじいちゃんと一緒と言わなくてよ かったなって。いや,これはお父さんかもし れないと思って。でもやっぱり,すごい優し かったから忘れられなかったって。
*:へえ。
I:私は恋愛だっていうの。
*:ちゃんとアピール,すごいちゃんと言わないと。
L:ブローカーは入っていませんて。
K:でも,ねらってたとは言ってた。
I:ああ,やっぱりね。
L:そうなんだ。
3.2.3 嫁姑問題・家族問題
本稿でフィールドとしたような農村部が多く含
まれる地域では,外国人妻にとって日本人男性と の結婚は,単に個人間の結びつきに留まらず,「家 に入ること」「大家族の一員となること」を意味 する。嫁姑問題を含む家族間の問題は,時として 深刻な事例へとつながることがある。談話例10で は,古いしきたりへの同化を求める日本人家族か らの同調圧力と,それに適応できず苦しむ外国人 妻の姿が浮かび上がってくる。さらに,過度のス トレスから心の病気へとつながるケース22さえも あることが談話例11,12から分かる。伊藤(2007)
が指摘するように,外国人散在地域に多く存在す る非欧米系出身の外国人妻は,家庭において彼女 たちの母語が尊重され使用される場面や機会が稀 であり,絶えず日本語を使用しなければならない 精神的負担や言語的不利益,母語が認められない 寂しさや苛立ちを抱えながら生きていくことが多 い。このような心の病気を抱えた外国人妻は,A さんを頼り,Aさんに話を聞いてもらうことで心 の平衡をかろうじて保っているという現状があ る。Aさんはこれを「すごく悲しい話」と〈評価〉
し,「私のボランティア」と受け止め,受け入れ ているが,Cさんの「すごい」「うわあ」という 発話こそが多くの人の偽らざる〈評価〉であろう。
【談話例10】
A:私の知ってる人は,本当に尽くそうと思って,
韓国の人はすごくね,儒教の教えが入ってる でしょう。だからね,すごく尽くすんですよ。
尽くすんだけど,日本人って表現が下手だか ら,それで,なんか,やっぱり嫁姑の感覚が 生まれるらしくて,すごく虐げられてるとい う意識をどんどん持ってくるのね。
*:お嫁さんのほうが。
A:お嫁さんのほうが。だって,みんなで食べに 行こうというのに,お嫁さんだけが残され ちゃうっていうの。
C:えっ。
A:日本ではそういうのあたりまえのところあっ たでしょう。
B:昔はね。
A:昔ね。
B:でも,旦那が「何言ってんの,誰々も連れて いく」とかって言わないの?
C:今は一緒に行くじゃないですか,やっぱり。
A:その,そこの,私の知ってる人は置いていか
れたって。それがすごくトラウマになってい たみたい。で,何をしても,結婚式行くのに も置いていかれちゃうんですって。
*:嫁だから。
A:そうです。だから,日本のその習慣ていうの かな,その,国民性に同調できなかった…と いうのもあるみたい。ほんと韓国の人たちは ね,中国の人もそうですけど,本当にいつも 大切に大切に,親を大切に大切にってする民 族性なんですよね。それは立派だなと思うん だけど,受ける側のほうの日本の,なんかご 年配の方って,どうしても嫁を,嫁をって,
うまく言えないんですけど。
【談話例11】
C:お姑さんと一緒にいるのが嫌で働きに行きた いという人も何人もいます。ずっと1日一緒に いなくちゃならない。それが苦痛だから外に。
A:なんかね,すごく悲しい話でね。そのお姑さ んと狭い家の中にいて,息苦しくて病気にな りましたって。でも,いたくないから温泉行っ て,今,会津ってね,500円とかで1日いら れるところあるんですよ。そこへ行って時間 をつぶして,で,夕方帰ってくるって。それ をしている人,いまだにいるんですね,結構 何人も。本当に家にいたくないって。そうい う人,実に多いですよね。言葉の壁が,そも そも会津弁がわからないっていうところから なんでしょうけど。で,ご主人に言うと,我 慢してくれとしか言えないって。
【談話例12】
A:嫁姑の問題の話,私は去年,散々聞きましたね。
私,だから,傾聴ボランティアしてましたね,去 年は。3日空けずに来てましたから。2時間は ね,動けないんですよね。それもほとんどなし の傾聴ボランティア。もう,自分が嫌な,1か ら10まで全部,その,吐き出したい。みんな病 気になってるんですもの。名前は言えないで すけど,本当にみんな病気になって,お医者 さんに行って,精神科に行って,それでも,精 神科行っても心療内科行っても,話せないん ですって,時間が短いから。それで,聞いてく ださいって電話があってやってましたね。
*:それは,1人の人が何度も何度も来るという
感じですか?
A:そうです。でも,その,その何度も何度もの 人が多かったのね。
C:全然,ちゃんと聞いてあげてたんですけども。
A:そう。それが私のボランティアだと思いまし た,去年は。
C:すごい。
D:みんな大変だね。
A:吐き出すところがない,苦しいって。で,私 が聞いてくれるよってわかったら,その人が 紹介するんですよね。
C:うわあ…。
*:あの人に相談したらいいよっていう感じで。
A:相談されると,今度またそっち行って,そっ ち行ってって。私,何人引き受けたんだろう。
C:自分がまいっちゃったりしませんか。
A:私,国が違うんでいいんです。もう,何てい うの,日本の人とのかかわり,お姑さん,自 分の旦那様とのかかわり,あとは自分のお姉 さん,義理のお姉さんとか,そういう人のか かわりで自分がくたくたになってる。
*:大体お嫁さんで来てる人たちですか,皆さん。
C:同居されてる人。
A:そうです。特に,あの,ご年配になって結婚す る方は,自分の親の面倒見てほしいから結婚 するというパターンがあるんじゃないかしら。
*:会津はやっぱり同居が多いんですか。家に入 るような感じ。
A:そうですね。そうすると,1年か2年たつうち に,優しい気持ちで接してても,言葉の壁があ るから,あるいはご主人を間に入れてやって もなかなかコミュニケーションがとれないっ て。そのうちストレスがいっぱいたまってき て,意地悪をされだしたとかね,耐えられな いって。それで心因性の病気,お薬たくさん 持ってるんだけど,飲んでも飲んでも治らな い。そういう人いっぱいいますよね。だから去 年はしっかりと。今年の前半…,私がいなくな るちょっと前までは,ずっとボランティアして ましたね。あれはボランティアだと思います。
〔17発話略〕
C:もう,食べ物がだめだし,うん,お母さんと うまく…,旦那さんはそうじゃないけど,お 母さんとうまくやっていけないみたいな。切 実ですよね。
*:「介護込み」みたいな感じの結婚。
A:介護込みですよね。それで,ある人は,老人 ホームに入れるまでのプロセスがものすごい きつかったみたいで,2人男のお子さんで,
長男に嫁いだんですよ。この下の人が何の応 援もしてくれない。お金の応援もしない。そ れで,ものすごい大げんかになって大変だっ たって。それで,おばあさんの痴呆が進むに つれておむつ替えが始まった。デイサービス に行ってるときはいいけど,それでも自分の 子どもをね,幼稚園に送り迎えをして,もう つらくて嫌だっていって逃げ出してくるんで すよね。ちょっとそれを,とにかく私,何もし てあげられないから,聞くだけ,聞くだけね。
3.2.4 介護・医療
外国人散在地域における外国人妻をめぐって は,結婚する日本人男性の高齢化に伴う親の介護23 の問題や,外国人妻自身の高齢化に伴う病気の問 題がつきまとう。上記の談話例12にも痴呆症になっ た義母の介護と育児に疲れ果てた外国人妻の例が 語られていたが,談話例13,14のケースのように自 分自身の病気や医者への受診においても,言葉の 問題を中心に障害やトラブルを抱えることが多い。
【談話例13】
F:あと産婦人科系,女性の人,すごい婦人科に やっぱりシビアじゃないですか。で,この日 本の女性の医師の産婦人科の方のやり方に納 得いかなかったり,産婦人科に行って,中国,
韓国とか,アジア系の方が行って,その見方 に納得いかなかったり,医師の診断結果に納 得いかなかったり。そういう方の話。それを,
あそこの医者はちょっと信用できないとか,
他を紹介してくれという,そういう感じで言 いに来たりしたっていう話は聞いたことあり ます。病院は難しいんですよね。
G:病院,難しいですよね。
F:選択肢がないじゃないですか,会津地区って いうのはやっぱり小さい町だから。若松はあ りますけど,特に喜多方なんかは選択肢が少 ないんで,その中で。
【談話例14】
*:病院とかどうしてるんでしょうね。病気に
なったという人は。聞く人がいない。
L:若松の大きい病院に中国の人がいるみたいで。
K:T病院に。
L:T病院に行くという人もいましたよね。
I:あとはやっぱり,お嫁さんは家族の人が一緒 についていくとか。
H:英語が話せる病院の先生とかいるところはあ るんだけど,結構英語とかみたいで。多分,
ALTとかそういう先生だったら英語が話せ る病院の先生のところへ行けば。
I:お医者さん側から言わせると,やっぱり中国 の方だったりすると,すごく怖がってかかる んですって。自分のところの医術のほうがす ばらしいと思ってるから,何でこんなことす るの,みたいなことを言うんですって。それ で,こんな薬じゃなくて違うの出してとか,
こういうことしなかったということですごく 困るって,だから来られるのがすごく嫌だっ ていう。
K:やっぱり1回確認するんですよ。薬を何種類。
その薬は何,これは何,これはどういうやつ,
それこそ中国人の方は漢字とかもある程度使 えるから,こういうやつで,こうやってから こうやってくれってドクターが説明して,納 得してからじゃないと,うんと言わない。本 当に大変ですよ、時間かかって。
I:だから,そういったマニュアルというか,何 かそういうのがあったほうがいい。ガイドラ インみたいな。
K:欲しいですね。
〔6発話略〕
I:私たちだったら,「じんじん痛い」のか,い わゆる私たちが伝える「ちくちく痛い」とか,
その微妙なものが伝わらないから,どう痛い のかがわからない。
〔9発話略〕
K:医療は本当,大変ですよね。実際ね,言葉の 説明というのはね。
*:そうですよね。
I:だから,結構,転々としている人が多いのね。
K:そうかもしれないね。
*:おなか痛いぐらいだったらいいですけど,外 科手術を受けるとか,かなり細かい,どうい う治療がいいかってなると。
I:だから,私も産婦人科に1回,手術あって行っ
たんですけど,そこの,一緒に入りますかって 言ったら,先生がいいですって言われて,入っ た瞬間に「キャー」とかすごい声が聞こえて。
わんわん泣いて出てきても,「帰る」とかって いって,なんか私が平謝りで帰ってきたんで すけれども,車の中で聞いたら,とにかくすご いことをされてるということを言うし。あん なこと中国じゃしないって。だから,私,中国 に行ったことないからわかんないとか。
*:日本式のやり方が違うから。
I:だから,あそこのお医者さんはちゃんとして るから大丈夫だよって言っても,もう行かな いって。
I:だから,結構,授業の中でそういったものも 取り入れていかなきゃいけないのかなってい うのはありますね,ある程度になったらね。
H:医者のかかり方じゃないけど。
I:かかり方じゃないけどね。あと,問診票とかも らってきて,それをちょっと訳してもらっても いいだろうし。ありますよね,どこかの,多分。
*:ひな型みたいな,見本みたいなものが。異性 の先生に診てもらうとか。
I:行くときは,これに一応書いて持ってったら いいよ,みたいなのがね。本当だったらそう いうのが同性であれば一番いいね。
談話例13,14からは,会津地域の構造的なイン フラの問題として,病院そのものの数が少なく選 択肢がないこと,外国語,特に中国語,韓国語,フィ リピノ語など外国人妻の母語に対応できる医療機 関がなく,言語に起因する問題が大きいことが読 みとれる。また,診断方法,治療方法の違いにも とづくトラブルや,日本語そのものの問題(例え ば多種多様なオノマトペの存在など)も指摘され ている。一方で,日本語ボランティア経験者のI さんからは,マニュアルやガイドラインの作成,
問診票(診断書)の翻訳など,日本語支援(授業)
の中でそれらを取り上げるべきだといった具体的 な方途が提案されている。もちろん,市役所や役 場の HP等はある程度多言語化されており,多言 語に翻訳された資料も作成,配布されているが,
例えば産婦人科系の医療のような女性にとってと りわけシリアスな事柄については,特化させたか たちで,より一層外国人妻に寄り添ったケアが今 後は必要になるだろう。こういった日本語ボラン
ティアの役割を超えた,公的な支援やサービスの 拡充については,今回のインタビュー記録のよう な生の声を行政機関や医療機関に伝える必要があ ろうし,稿者を含む様々な立場の人間からの働き かけが必要不可欠だろう。
3.2.5 子どもの教育
中川(2009)でも指摘したように,外国につな がる子どもの教育は,外国人散在地域においては 外国人集住地域と比べて,人的にも,物的にも,
社会的にも資源に乏しく,また,義務教育には該 当しないため,外国籍の子どもへの支援はなおざ りにされがちな現状がある。中でもある程度の年 齢になってから呼び寄せられた子どもについて は,一層の支援が必要であるにもかかわらず,そ ういった子どもでさえもそのままにされ,個人の 努力にすべてが委ねられている。談話例15はその ような現状を象徴的に表している。
【談話例15】
*:学校とかどうしてるんでしょうね。
I:この辺は結局,フィリピンの,子どもをここ で生んだ人は,子ども会とかは普通に行事み たいなのには…。ただ,韓国人とか中国人で 子ども呼び寄せた人は困ってますね。
〔11発話略〕
I:そういう子どもが来てね,やっぱり受け入れる 場所がないと,結局どこかでふらふらするこ とになるじゃないですか。市のほうで教育委 員会なり何なりに,そういう人たちを受け入れ るような授業をちゃんとできるように市のほ うがバックアップしてもらえないかって言っ たら,それは,呼ぶ側の自己責任だからって言 われて。ここに来ること自体,それくらいは覚 悟してきてもらわないといけないからって。
*:サポーター制度とかやってるとこありますけ どね。
I:市が全然だから。全く。だから,駆け込むと ころがないんですよ,そういう人たちは。
一方,中国籍のGさんからは,日本の学校文化 に馴染めないことや,それに対する不満,不信感 といったものが,談話例16の中で率直に語られて いる。
【談話例16】
G:トラブルまではなかったんですけども…,た だ,習慣がやっぱり違うんですよね。例えば,
本当に最近のことなんだけど,うちの学校が インフルエンザで学級閉鎖したんです。で,
うちの子はもう治って,先生は外に出てもい いよって言ったのに,普段の私の子どもの習 い事で送っていこうと思ったら先生に知られ て,今日も電話かけてきて,昨日も電話で「だ めです。学校閉鎖なのに何で外に出るんです。
おとなしくしなさい」って。すごくまだ私も 納得できなくて,いつまで…。先生は「もし かしてまだばい菌持ってたら,みんなに迷惑 かけるでしょう。学校閉鎖するのにおとなし くうちにいなければならない」。えっ,私,
お金払って習い事に行かせるのに,何で学校 に関係あるのって。
*:学校の先生からかかってくるんですか。
G:かかってくる,だめですって。いや,そうい うのがやっぱり,ちょっと理解しにくくて。
*:日本の学校文化っていうことで馴染めないっ ていう。
G:理解できない,理解できない。
E:先生の対応だったりとか,学校の判断だった りとか,やり方に納得できないケースは結構 ありますね。
F:やっぱりそれ。
E:教育だと,親も本気だしね。
G:本当に,なんかちょっと,なんか納得できな いんですよね。やっぱり言い分が,はいはいっ て言い分だけども,しょうがないね,今回は,
と思いながら,いや,やっぱり基準は何?
例えば,病院の先生がだめで,それはうちが 悪いと思うんだけど,病院の先生もいいし,
じゃあ,いつまでもばい菌扱いですかと,そ ういうふうに思っちゃうじゃないですか,
やっぱり,すごく。なんかすごく理解しにく くて。そういうのとか,やっぱり教育は難し いですよね,やっぱりそういう。例えば,日 本の平等性がすごく不思議で,トラブルまで じゃないんですけども,子どもたちが遊んで,
例えば一緒に遊んで,その中に1人の子が,
誰かのうちのガラスを割ったとして,じゃあ,
一緒に遊んだ子はすべて親連れて全部謝りに 行かなければならないの,すごく理解しにく
かった。悪かったってその子でしょう。一緒 に遊んだんですけども。
*:なるほど。
G:ですよね。何で一緒に謝らなければ,そこま でやるの。ちょっとすごく理解しにくかった。
誰かが責任取らないで,みんなに責任,ちょっ とおかしいじゃない。まあ,それは,私の考 えかもしれないんですけども,ほかの外国人 はどういうふうに思うのかわかんないです が,私,そう思うんで。自分の責任ならきち んと自分が取らなければならない。でも,自 分じゃないときに謝るのもちょっとおかしい
…と思うんですよね。
Gさんは,談話の前半で,インフルエンザに伴う 学級閉鎖中の期間に,自分の子どもを習い事に通 わせることに対して学校側からストップがかかっ たという出来事を語り,それに対して,いくら学級 閉鎖中だからといって,ましてや病院の先生から はいいと言われているのに,いつまでばい菌扱い するのかという憤りを隠さない。それは,「すごく まだ私も納得できなくて」「そういうのがやっぱり,
ちょっと理解しにくくて」「理解できない,理解で きない」「本当に,なんかちょっと,なんか納得で きないんですよね」「やっぱり,すごく。なんかす ごく理解しにくくて」といった〈語り方〉を通して,
何度も「納得できないこと」「理解できないこと」
と繰り返すことによって焼き付けられ,「やっぱり
(日本の)学校は難しい」という〈評価〉へと結び つけられていく。さらにこのことは,談話の後半で,
日本の(学校の)平等性の問題にまで展開し,み んなで責任をとるという日本的な処理,解決方法 に対して,「自分じゃないときに謝るのもちょっと おかしい」という〈評価〉へとつながっていく。
本来であれば,Gさんが感じたこのような違和 感や,違和感にもとづく葛藤,衝突,軋轢は,異 文化理解や異文化間教育を進める上で,格好の きっかけとなるものである。ところが,日本社会,
とりわけ外国人散在地域では同化的なふるまいが 求められ,強い同調圧力がかけられる。Gさんが 教師の言い分に納得できないまま「しょうがない」
と感じたように,多くの外国人妻が様々な違和感 や葛藤を抱えながらも,「しょうがない」とやり 過ごしている実情が容易に推測される。
4.結 び
以上,本稿では,福島県の会津地域をフィールドに インタビュー調査を行い,「外国人妻」がどのように 語られ,どのように捉えられているのかという観点か ら,外国人散在地域における外国人妻の受容の実際や 課題について考察を加えた。
そもそも,本稿でいう「受容」とは,辞書的な意味
「受け入れて,とりこむこと」ではなく,カール・ロ ジャーズがいうところの「受容」にちかい。即ち,受 容について何の条件もないこと(「無条件の肯定的配 慮」「無条件の受容」)をいうが,同時に,ロジャーズ 自身が語っている24通り,他人やその感情を心から受 容することは,理解することと同じように困難なもの であり,生やさしいものではない。事実,今回のイン タビューにおいても,外国人妻をありのまま受け入れ ていると感じられる発話は少なく,むしろ個々の様々 なフィルターを通して,捉えられ,評価されていた。
そしてそこには,様々な非寛容的な姿勢や否定的な言 説,葛藤,軋轢が存在していた。
しかしながら,さらにロジャーズのことばを借りる ならば,「人間はひとりひとりが,きわめて現実的な 意味で,自分自身という島」のようなものであり,「人 は自ら進んで自分自身になろうとし,自分自身である ことを許されるならば,そのときはじめて他人という 島に橋をかけることができる」のであって,したがっ て,「私が他人を受容できるとき,彼の感情や態度,
信念などを彼の生きている現実のものとして受容でき るならば,その時,私は彼がひとりの人間になること を援助している」のである。そして,「このことには とても大きな価値があると思われる」のである。つま り,こういった,本質的に困難な「受容」の営みを継 続すること自体に大きな価値が存在することを私たち は認めなければならないのである。
他方,調査対象者の〈語り方〉の側面からみると,
今回の談話には「やっぱり」という語(副詞)を用い た〈語り方〉が多く出現した。副詞「やっぱり」は誘 導の機能をもち,後続する命題を導くのだが,その命 題は多く〈評価〉性を伴う。「やっぱり(やはり)」と いう語は「現実の状況が,話し手の観念内にある基準 と差がない場合に用いる25」という意味用法をもつが,
実際の発話をみても,語り手は「やっぱり」という語 を用いることで,ある出来事や事態が,話し手自らの 期待や予想と異なっていないこと―自らの観念内の
価値基準への引き込み合致させること―で,頻繁に カテゴリー化を生じさせている。そしてそこには,同 化や同調圧力へとつながり得る,ある種の危うさが秘 められているのであるが,しかしながら,この危うさ は,必ずしも即,否定されるべきものではない。なぜ なら,こういった「語り」や「評価を下す」という行 為を通して,調査対象者と調査者,ホスト住民と外国 人妻,そしてそれらを取り巻くフィールドとの間に「共 振」が生じていると考えられるためである。
「共振」とは,森下(2007:162)によれば,「調査者 とフィールドとの間に成立していると観察される相互 関係である。それは必ずしも同調を意味するのではな く,むしろ多層・多面的に共同構築される現実の政治 的な現れ方であり,葛藤・軋轢を経て変容をもたらし たり,あるいはそれらが背景となり現実をつくったり する」ものと定義される。今回のインタビュー調査か らみえてくる「語り」においても,ホスト住民の非寛 容的な姿勢や否定的な言説,受容すること(ありのま まに受け入れること)の難しさ,葛藤・軋轢の実際が,
様々に浮かびあがってきた。しかしながら,森下(2007: 163)が指摘するように,「『共振』の中で生じる葛藤や 軋轢という一見否定的な事態こそが,今まで見えな かったフィールドに内在する様々な境界を可視化し,
互いの歴史性を見直す契機となり得る」のであり,今 回の調査で得た様々な「語り」の分析や調査結果は,
第一義的には「語る」という行為そのものを通して,
二義的には「インタビューを記録する」という行為を 通して,さらに〈語り方〉や〈評価〉をメタ的に分析 することによって,まさに境界を可視化し,互いの歴 史性を見直すきっかけをつくりだしているのである。
広田(2003)は,「越境者―エスニシティ」と「共 振者」の双方に起きる異化作用および意味創造の問題 は,新しい地域形成もしくは再生の動因となることを 指摘する。そして,「共振者」を「国境を越えて移動 する人々に,たとえば自らの生活価値や職業上のかか わり等をとおして,なんらかの意味で共感を示し,彼 らを支えたり,共同歩調をとる人々26」と定義するが,
彼らが無条件に共感を示し,常に共同歩調をとる人々 でないことには注意を要する。むしろ,違和感や葛藤,
軋轢を抱えながら常に調整の営みを続け,日常的実践 の中で協同的な営みを継続する人々を真の意味での
「共振者」と呼ぶのであろう。その意味で,本稿で調 査対象者となった語り手は,まさしく「共振者」にほ かならない。「共振」は,振動体と,同じ振動数で振 動するものがあればますます大きくなる。外国人散在
地域における「外国人妻」と「共振する人々」が,い かにして地域社会を変革する動因となるのかは,今後 さらに観察や分析を継続することが必要となるだろ う。そしてそれは今後の課題であると同時に,稿者も また「共振者」となり得ることを意味するのである。
【 参 考 文 献 】
安藤純子(2009)「農村部における外国人配偶者と地 域 社 会 ― 山 形 県 戸 沢 村 を 事 例 と し て ―」
『GEMC journal』1,東北大学グローバルCOE グローバル時代の男女共同参画と多文化共生,
26‑41.
石井由香(1995)「第3章 国際結婚の現状」『定住化 する外国人』明石書店,75‑102.
伊藤孝惠(2007)「国際結婚夫婦のコミュニケーショ ンに関する問題背景―外国人妻を中心に―」
『言語文化と日本語教育』33,お茶の水女子大学 日本言語文化学研究会,65‑72.
内海由美子(2009a)「第2章第2節配偶者調査」『20 年度文化庁日本語教育研究委託外国人に対する実 践的な日本語教育の研究開発報告書』日本語教育 学会,60‑73.
内海由美子(2009b)「外国人散在地域における配偶者 の日本語習得支援を考える」『日本語学』28‑6,
明治書院,88‑96.
内海由美子・澤恩嬉(2010)「韓国人女性はなぜ日本 に結婚移住するのか―山形県における聞き取り 調査の結果に見るプッシュ要因」『山形大学留学 生教育と研究』2,13‑29.
小内透・濱田国佑(2006)「地域住民の外国人との交流・
意識とその変化」『調査と社会理論・研究報告書 22』,北海道大学大学院教育学研究科教育社会学 研究室.
大西守・山寺亘・中山和彦(1995)「国際結婚例にお ける心身医学的問題」『心理医学』35‑3,日本心 身医学会,229‑233.
岡崎眸(2008)「日本語ボランティア活動を通じた民 主主義の活性化」『日本語教育』138,日本語教育 学会,14‑23.
梶田孝道・丹野清人・樋口直人(2005)『顔の見えな い定住化』名古屋大学出版会.
国土交通省国土計画局(2007)「北関東圏における多 文化共生の地域づくりにむけて」『平成18年度国 土施策創発調査 北関東圏の産業維持に向けた企 業・自治体連携による多文化共生地域づくり調査