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子どもの「園生活実践」としての幼稚園の日常風景

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子どもの「園生活実践」としての幼稚園の日常風景

―K 太は弁当準備の時間に何をしたか?―

保木井 啓史(

福島大学

) 要旨

本研究の目的は、子どもが保育者の設定した活動の中で自身の関心事を追求する「園生 活実践」がどのように行われているかを探索的に検討することであった。そのために、『幼 稚園教育要領』の領域「健康」の教育内容に関連する一連の行動を保育者が子どもへ求め る場面である、幼稚園 5 歳児クラスの弁当準備の時間における K 太の行動を、質的に分析 した。結果、≪子ども的有意義な過ごし方≫を実現する K 太の「園生活実践」が明らかと なり、その主要な資源としての≪ルーティンの使いこなし≫と≪友だちネットワーク≫が、

その資源の構成要素として 9 つの「概念」が同定された。このことの意義と示唆を、理論 的・保育実践的・各種関係者的視点から考察した。

キーワード:子ども、「園生活実践」、弁当準備の時間、領域「健康」、質的研究

Ⅰ.問題と目的

Ⅰ-1.問題背景

保育施設で起きる事象はしばしば、「保育者が……を意図して……を行った。そして……

の活動が展開された。」のように、保育者による保育実践の枠組みで語られる。保育の質の 向上など保育施設が果たすべき社会的役割のために、こうした枠組みから事象の意味を検 討する重要性は広く認識されている 1)

他方、本研究の核には、保育者ばかりでなく、子どももまた、保育施設で「実践」を行 うというアイデアがある。1980 年代以降、社会生活における子どもの有能さを強調する研 究では 2)、子どもたちが大人と異なる規範を共有し 3)4)、大人たちの世界(adult’s world)

との相互行為 5)を繰り広げていると指摘されてきた。保育施設の日常的な子どもの行動を 詳細に捉える研究分野を開拓した 6)アメリカの社会学者 Corsaro7)8)9)によれば、子どもた ちは、大人の考え・ルール・物品・制限事項を通して大人たちの世界と接触するに際し、

子ども間に共有される価値や行動(peer culture)を創り出すことで、子どもの世界に参与 しながら同時に大人の世界へも「腕利きの社会的行為者」として参与する 10)11)12)。 保育施設での子どもの有能さは、従来、遊びへの仲間入りの方略 13)のように、子どもの 関わり合いのみを射程に多く研究されてきた 14)。そのため、子どもが大人の世界に参与す るという観点ではあまり検討されてこなかった。

このような中、伊藤 15)は、設定保育のために円座に集合する場面での、先に着席した子 ども同士が声をかけ合うなどする「呼びかけ行動」の発生を報告した。そして、「呼びかけ 行動」について、保育者の求めに沿って着席して待ちつつも、その状況を利用して子ども が創り出した新しい活動であると指摘した。他にも、①片付けの時、積み木を頭に乗せて 運ぶことで、難しい運び方の挑戦という価値を加える 16)、②食事前の座席の選択で親密さ

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2

を表現する 17)、③着席して弁当を食べる状況を利用して、「〇〇のある人、手挙げて」な ど弁当の中身の質問による自己呈示・共感を行う 18)などの子どもの行動も報告されている。

いずれの事例でも、子どもたちが、自身の関心事に基づく新たな活動を創り出し、それ が保育者の設定した活動(設定保育のための集合・片付け・食事)と、「ずれながら重なり 合った状態」19)で併存している。いわば、保育者の保育実践のただ中で、その枠組みから はみ出した価値や行動に基づく子どもの「園生活実践」の存在を、これらの研究が示唆し たのである。

しかし、先行研究の課題として、場面記録の一部にそうした子どもの姿が紹介されるに 留まる 20)か、「呼びかけ行動」・座席の選択・「〇〇のある人、手挙げて」など、特定の行動 の分析に留まる 21)22)23)。そのため、その場面で特定の行動以外の「園生活実践」があるか 否か、あるとすれば、複数の「園生活実践」行動はどのように関連して理解されるのかと いった、「園生活実践」の拡がり及び構造は、依然不明である。

以上の問題意識に基づき、本研究は、幼稚園における弁当準備の時間に注目する。弁当、

すなわち食事は、『幼稚園教育要領』24)の領域「健康」に規定される基本的な生活習慣の 1 つであり 25)、その準備を子どもにさせるのも、「幼稚園における生活の仕方を知り」「生活 に必要な活動を自分でする」26)教育内容に関連する重要な保育実践である。そのため保育 者は、食事に先立つ一連の行動(以下、ルーティンと呼ぶ)を子どもに求めることになる。

この点で弁当準備の時間は、子どもが大人の考え・ルール・物品・制限事項といった、大 人たちの世界と接触する場面であると言える。

Ⅰ-2.研究目的

本研究では、ある子どもの弁当準備の時間の行動を、「弁当準備」という保育実践の枠組 みにとらわれず詳細に捉え、子どもの「園生活実践」がどのように行われているかを探索 的に検討することを目的とする。

Ⅱ.対象と方法

Ⅱ-1.研究対象

対象は、H 市の Z 幼稚園 5 歳児 S 組における、K 太(男児・8 月生)の、ある日の弁当 準備の時間の行動である。なお、研究対象関連の固有名詞は仮称・仮名である。

K 太は、K 馬・A 志・E 朗などと仲間集団を作り、女児ともそれなりに関わり、集まり の活動にツッコミを入れるなど適度(と筆者に思われた)に羽目も外す姿が観察された男 児である。他児との関わりを持ち、リラックスして園生活を送る、標準的な子どもと考え られたため、彼の行動に焦点を当てて得られ

る知見には高い比較可能性 27)が期待できる。

弁当準備のルーティンを右に示す。S 組の 弁当は、保育室に6つのテーブルを出し、各 自が椅子に座って食事を摂る。テーブルのメ ンバー5 名は、曜日により 2 通りの組み合わ せを保育者が決めている。また、絵本を見る ためにも使われるちゃぶ台にやかんを置き、

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3 子どもが随時お茶を汲む。

Ⅱ-2.調査及び分析方法

調査方法は、表 1 の内容による観察 調査である。

分析は、質的データ分析法 28)に依っ た。手続きは、①調査者(筆者)がい た場所のごく近くに K 太らが席を定 めた た めそ の 行動 が 音 声も 含 め鮮 明 に記録できた 2016 年 12 月 5 日にお ける、弁当準備の時間の K 太の行動を 追った、ビデオ映像 9 分 4 秒間を分析 対象場面として抽出した。映像の内容 は、K 太が Y 奈の隣に自席を決めたが 別の女児が曜日の疑義を

申し立てた(曜日毎に座 席が違うため重要なので ある)所から、K 太が弁 当を口にするまでの保育 室の様子である。

②分析対象場面の K 太 の行動・周囲の出来事を 書き 出 した ( 図 1 左 4 列)。

③「園生活実践」の内 容の説明となる「概念」

を生成した(図 1 の 6 列 目より右)。具体的には、

場面の特徴に関する断片的なアイデアを書き付けた複数の付箋の操作を補助として、分析 対象場面全体に対する説明力を持つ「概念」案の統合や修正を検討した。その際、元のデ ータ・その場面に対する解釈・配当される「概念」の対応が恣意的とならないよう、思考 過程を明示する表(図1に部分を示す)を作成した。

④「概念」間で共通の意味を統合し、「園生活実践」の中心的な特徴を説明する「焦点的 コード」を生成した。

⑤「焦点的コード」を軸に、「弁当準備の時間での K 太の過ごし方」を記述した。

Ⅲ.結果と考察

Ⅲ-1.結果概要

分析の結果、9 つの「概念」(以下、【 】で表記)と 3 つの「焦点的コード」(以下、≪

≫で表記)が生成された。全体として≪子ども的有意義な過ごし方≫を実現する K 太の「園

場所 H 市の Z 幼稚園

期間/回数 2016 年 8 月~2017 年 3 月(7 回)

時間帯 10:20 頃~降園

根拠:子どもの人間関係など多様な場面から背景 情報を得るため

方法 ・消極的な参与による自然観察法29)

根拠:調査者の存在による保育への影響が少ない 人々の日常を捉えるのに適した手法

・記録は、筆記とビデオ撮影 対象 5 歳児クラス(S 組)の保育活動 クラス

概要

・主担任 N 保育者(12(現園 4 年)年目・女性)

・副担任 T 保育者(6 年目・女性)

・在籍児 30 名(男女同数)

図 1 分析過程で作成したデータと「概念」の対照表(部分)

分析 過 程の明 示化は結 果の反 証 可能 性に寄 与する30) 表 1 調査の内容

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4 生活実践」が明らかとなり、≪ルーティンの使いこ なし≫と≪友だちネットワーク≫は、「園生活実践」

の主要な資源、各概念はその資源の構成要素を表す ものとして位置付いた(図 2)。

以下、各「焦点的コード」と「概念」を軸に、「園 生活実践」としての弁当準備の時間の K 太の過ごし 方を詳述する。

Ⅲ-2.「園生活実践」における≪ルーティンの使いこなし≫

≪ルーティンの使いこなし≫には、ルーティンを素早く遂行する力を指す含意と、要領 よく手を抜き、時に遊びに利用してしまうしたたかさを指す含意がある。

(1)【ルーティンの習熟】

図 3 に、分析対象場面で K 太がいた場 所の変遷を示した。K 太の行き来は、併記 した白抜き字の通り、弁当準備のルーティ ンとよく合致する。つまり、K 太はある面 で、無駄なく・スムーズに弁当準備を進め ていた。実際、お茶がこぼれたので布巾を 取って来て拭いて布巾を戻す追加的行動 も含めて、ほぼ4分で準備を終えている。

(2)【無精】

ルーティン遂行の際の手抜きを指す。

その第 1 は、流し台横の置き場から、余分に持ち出した台拭き入れのカゴを、元の場所で なく、間近のテーブルに置き去りにした行動である。第 2 は、コップにお茶を入れてちゃ ぶ台から自席へ戻る途上、ちゃぶ台に近い、自席の向かい側からコップを置いたのちに、

テーブルを回り込んだ行動である。

保育者が求めるルーティンを効率的に行うが、決して「模範生」的な遂行ではないこと がすでに読み取れる。

(3)【「ながら」ルーティン】

ルーティンと別の行為との同時遂行を指す。他児とのおしゃべりとの「ながら」が頻回 に現れた。それも、「♪こぼれおち~る」と何かのメロディを、他児へ向け口ずさむなど、

具体的な用件を伴わないものばかりであった。また、周囲に他児がいない時にも黙々と弁 当準備をするのでなく、「♪こぼれおち~る」と口ずさみ「ながら」はし箱を出すなどが行 われた。ルーティンという行動上の要求から外れず、自らの関心事をも過ごしている点で、

(4)(5)と共通している。

(4)【ルーティンを遊びに】

ルーティンへの遊びの要素の追加を指す。K 馬が暴れるような動きでテーブルを拭くと、

K 太と S 悟は、互いに布巾を先に取るのを争い、乱雑にテーブルを拭いて戦いのように隣 の子に布巾を投げつけて渡した。クラス内では、ケイドロや絵本の『ダンプ園長やっつけ た』(古田足日・田畑精一)を模した「海賊ごっこ」など、競争・戦いの遊びが人気を博し

図 2 結果概要の図示

図 3 K 太がいた場所の変遷

(本図は、言及された出来 事の前 後関 係 確認の資料 を兼ねる)

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5

ていた。戦いごっこ風テーブル拭きは、ルーティンにこうした遊びの面白さを取り込んだ ものと言える。同時に、布巾を共有するテーブル拭きが一応なされている点に、【ルーティ ンの習熟】がこの「園生活実践」の土台にあることも見て取れる。

(5)【着席時遊び創始】

K 太らが弁当準備を終えてから、クラス内の他児の準備を待つ 4 分強の間に、着席状態 での即興の遊びが展開されたことを指す。K 太の着席の直前、K 馬が、K 太の弁当箱を留 めるゴム(以下、ゴムと呼ぶ)を外し、自分の頭に装着した。これをきっかけに、K 太・

K 馬・E 朗が、頭にゴムを交互に着ける遊びが始まった。さらに、その遊びを N 保育者が たしなめた後には、新しい遊びが素早く再展開された。すなわち、K 太が調査者を指さし て「カメラ!」と叫び、調査者とビデオカメラへ他児の注目を向けると、K 馬は「カメラ おじさん」と、E 郎は、「ブラックおじさん」と言葉を継いだ。調査者をダシに面白いこと を言う遊びである。また、ゴムの装着を N 保育者にたしなめられて K 太がゴムを脱ごうと する際の髪形を、K 馬が大げさに笑い始めた。K 馬も、「カメラ!」と異なる遊びの創始を 試みたものと思われる。

着席して待つ時間を、「待つ」のみならず楽しい活動の時間として意味付ける志向性、及 びその豊富な手立ての存在を【着席時遊び創始】の事例は示している。

Ⅲ-3.「園生活実践」における≪友だちネットワーク≫

ここまでの事例から読み取れるように、分析対象場面中で K 太は複数の他児と多くのや りとりを行っていた。やりとり可能な複数の友だちの存在は、弁当準備の時間での≪子ど も的有意義な過ごし方≫のための重要な資源であると考えられる。各「概念」には、≪友 だちネットワーク≫の現れであるものと、≪友だちネットワーク≫が≪子ども的有意義な 過ごし方≫に繋がっていることを示すものが混在している。

(1)【同じ行動】

他児に続いて同じ行動をとることを指す。K 太・K 馬・E 朗・S 悟の間で、しばしば観察 された。例えば、K 馬が手を洗いに流し台へ行った時、K 太は自席の椅子にいったん手を かけたにも関わらず、向き直り水道へ移動した。加えて、グループに1つでいいはずの布 巾入れを、K 馬に続いて K 太も手にとった。また、【ルーティンを遊びに】の項で述べた 布巾投げの戦いは、K 太が K 馬の、E 朗が K 太の【同じ行動】をすることで、遊びとして 成立していた。

したがって【同じ行動】の事例からは、第 1 に、互いが互いを参照して行動するほどの 親しさ 31)が、第 2 に、それが実際的な楽しさに繋がっていることが読み取れる。

(2)【多方面コミュニケーション】

同時に複数の相手とのやりとりが行われる・持ち掛けられる状態を指す。例として、着 席した後の以下のやりとりが挙げられる((4)【自前の儀式】でのやりとりも該当する)。

K 馬 あー!あー!(頭のゴムがとれそうなのを騒ぎ立ててアピール)

K 太 やめろよ・・・

Y 奈 なんだと思うこれ?(K 太に、弁当包みで包んだ何かを隣席から見せる)

K 馬 はし箱!!

Y 奈 正か~い あのね K 太君前ね、こうやってね〔似たようなことやったよね〕

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6 K 馬 見よって、K 太 〔K 太、見て〕

【多方面コミュニケーション】は、≪友だちネットワーク≫の豊富さの現れと言える。

仮に1つのコミュニケーションが途絶えても、しゃべり相手に不自由しない資源を K 太は 持っているのである。

(3)【テーブルの越境】

K 太と他児とのやりとりは、主に保育者が決めたテーブルのメンバーとの間で行われた。

しかし、子どもの方では、当然ながら、違うテーブルの子どもとのネットワークも持って いる。そのような相手とのやりとりを【テーブルの越境】と名付けた。例えば、K 太が A 志のテーブルの脇を通った時、A 志の「あのねえ」の声に振り向いた。A 志は実は U 美・

K 葉を呼んだのだが、2 人の日頃の親しさを踏まえれば、K 太が、A 志に呼ばれたと思う のは自然なことであった。また、着席後に、K 馬と K 太は、A 志に、「A 志君ここ(自分た ちのテーブルの空席)来れば?」と誘いの声を掛けた。テーブルメンバーは予め決まって いるので、現実的な誘いというより、前述の具体的な用件を伴わないおしゃべりに近いの だろう。

1 つ目の例では、【テーブルの越境】によって、ルーティンのための保育室内の移動が、

K 太にとって必要感のある要件を含むものに変わっている。2 つ目の例では、【テーブルの 越境】によって、テーブル内のやりとりが活性化している。

別の例では、K 太の背後で、T 成が他児に、金切り声で(これは快情動の意図的な表現 であると、他の場面との比較で類推される)呼びかけると、K 太は、からかう風にその声 を模倣した。このような、K 馬・Y 奈・A 志らと、その他の子どもとでの関わり方の差異 は、逆説的に、K 馬・Y 奈・A 志らとの親密さの現れとも言える。それは次項で述べる、

【自前の儀式】が重視される背景を成しているようにも思われる。

(4)【自前の儀式】

S 組の公式のルールでは、当番の「お弁当の準備はできましたか?手を合わせましょう」

の唱和に続けて、全員で「いただきます」を唱和して食事が始まる。

K 太は、「手を合わせましょう」の時に一瞬手を合わせ、すぐ弁当箱を開いた。しかし、

その後 1 分以上、弁当を食べないので、早く食べ始めるのが目的ではない。その 1 分間強 には、下記のような、弁当への注目の促し合いと応答が行われた。

定型の挨拶の唱和は、子どもの身体を公的な時間の区分へ沿わせる「儀式」として機能 する 32)。他方、K 太は自身の時間の区分として、≪友だちネットワーク≫における弁当へ の注目の促し合いを採用した。他児と同じ料理が弁当にあることは、子どもにとって驚き

K 馬 今日、レストランなのにご飯入ってる(「レストラン」という保育活動が元ネ タの冗談)

K 太 何これ?3つ***なのに、1個だけ*** (***は聞き取れなかった 発話)

K 馬 うわ、美味しそう!し、し、シャケ!

K 太 (Y 奈の弁当を覗き込みながら)「ししゃけ」って (笑) Y 奈 (K 太に自分の弁当を見せ、何か話しかける)

K 太 「しやけ」ね言うなら、「しやけ」(笑)

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と喜びの対象であり 33)、また、弁当の見せ合いには、盛り付けが完全な状態にある食べ始 め前が適している。したがって、「食べる」時間への区切り目に、弁当の注目の促し合いを 据えていることは、理に適っている。

このように K 太は、公式の「儀式」のタイミングに影響を受けつつも(影響を受けてい なければもっと早くに弁当箱を開けていただろう)、他児との【自前の儀式】を経て食事を 始めた。ここには、時間の区分を自身の関心事に基づいて創り直す「園生活実践」が見て 取れる。K 太の弁当箱の開封は、【自前の儀式】を重視し、保育者の設定した「儀式」をス ルーする姿の現れだったのである。

Ⅳ.総合考察

本研究で焦点を当てた弁当準備の時間とは、保育者が「幼稚園における生活の仕方を知 り」「生活に必要な活動を自分でする」34)という教育内容に沿った保育実践として、子ども にルーティンを要求する場面であった。K 太はその状況下、≪ルーティンの使いこなし≫

と≪友だちネットワーク≫を資源として、弁当準備の時間を≪子ども的有意義な過ごし方

≫の時間に創り直していた。また、そうした「園生活実践」の要素は、単一の行動ではな く、9 つの「概念」に渡る様々な行動から見出された。以上の知見の意義と示唆を、3 点か ら論じ、最後に本研究の限界性を述べる。

Ⅳ-1.本研究の意義と示唆

第 1 は、社会学と保育学分野における、理論的な意義と示唆である。社会学的には、子 どもたちの世界における、大人と異なる規範 35)36)や、大人たちの世界との相互行為 37)の様 子を具体的に示した意義がある。また保育学的には、特に食事の前と食事場面での特定の 行動に焦点を当てて「園生活実践」を描き出した先行研究 38)39)に対して、「園生活実践」の バリエーションの拡がりや、そのバリエーションが共通の資源から展開される構造を示し て、知見を拡張するものである。

第 2 は、保育実践に対する示唆である。保育者が設定した活動のただ中で子どもが「園 生活実践」を行うという見方は、「生活を生活で生活へ」40)と言う時の「生活」のイマジネ ーションを豊かにする。例を挙げると、≪ルーティンの使いこなし≫の各事例で、K 太や 周囲の子どもは、保育者の要求に沿っていないとまでは言いきれない行動を用いて、奨励 はないであろう遊びを含む≪子ども的有意義な過ごし方≫を実現した。それら「よい/悪 い」で割り切れない行動選択のしたたかさへの気付きは、子どもの柔軟な自我の働きを援 助するとされる、保育者の「両義的な対応」41)につながる子ども理解の根拠となる。また、

「模範生」的とは言い難い各事例での行動であっても【ルーティンの習熟】や≪友だちネ ットワーク≫がその土台であったことを踏まえれば、これらを「育つとは何か」の一つの 在り方と見なすことが出来よう。

第 3 は、保育者以外の保育施設スタッフ・管理者・保護者・行政職員など、各種関係者 への示唆である。保育実践以外の「実践」が保育施設に存在するという知見は、保育施設 に関与する多様な人々が、「実践」を持っているというアイデアへ拡大できよう。様々な「実 践」が入り混じる保育施設という視点は、保育施設における人々の「協働」42)43)、あるい は、それぞれの人々が属する世界から見た、保育施設との協働の在り方に、新たな見え方

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8 をもたらすのかもしれない。

Ⅳ-2.本研究の限界性

本研究の知見は、1 人の子どもの短時間の行動という個別的・状況依存的なデータから 得られた、いわばローカルな理論であり、子どもの「園生活実践」全般には到底妥当しな い。とは言え本研究では、結果に関連すると思われる K 太の背景情報を明示するとともに

(Ⅱ-1)、複数の抽象度で「園生活実践」の記述を行った(「焦点的コード」・「概念」・具体 的場面)。これにより、本研究には、様々な状況下の「園生活実践」の同定に堪える「比較 可能性」や「翻訳可能性」44)が担保されたと考える。したがって、各々の読者が所属する 園・クラスに即した、「園生活実践」の次なるローカルな理論(例:〇〇こども園 3 歳児ク ラス午睡場面では、≪子ども的有意義な過ごし方≫に加え≪△△△≫も実現された。≪ル ーティンの習熟≫は重要な資源ではなく、他方、≪友だちネットワーク≫を用いた【◇◇

◇】や【〇〇〇】を行う子どもがいた)の生成や、(保育・「園生活」・その他の)実践への 接続が十分可能であると考える。

引用文献

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(2)プラウト,A. 元森絵里子訳(2017)これからの子ども社会学 生物・技術・社会のネットワークとし ての「子ども」.新曜社.1-2 (Prout, A.(2005)The Future of Childhood: Towards the Interdisciplinary Study of Children, Routledge.)

(3)亀山佳明(2001)子どもと悪の人間学.以文社

(4)田中理絵(2016)子ども社会とは何か-ギャング・エイジの仲間集団研究-.子ども社会研究.22.

5-17

(5)南出和余(2014)「子ども域」の人類学.昭和堂.7-8, 195, 200 など

(6)柴山真琴(2012)3 子ども理解の方法としてのエスノグラフィー.中坪史典編.子ども理解のメソ ドロジー.ナカニシヤ出版.35-54

(7) Corsaro,W.A.(1985)Friendship and Peer Culture in the Early Years, Ablex.

(8) Corsaro, W.A.,(2003)“We’re Friends Right?” : inside kid’s culture, Joseph Henry Press, (9) Corsaro,W.A.(2015)The Sociology of Childhood, Sage Publications, Inc; Fourth edition.

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福祉研究所紀要.9.27-39

(15)伊藤崇(2014)保育所での活動間移行過程における子どもたちによる呼びかけ行動の分析.子ども 発達臨床研究.5.1-11

(16)平野麻衣子(2014)片付け場面における子どもの育ちの過程 : 両義性に着目して.保育学研究.52(1).

68-79

(17)外山紀子(1998)保育園の食事場面における幼児の席とり行動:ヨコに座ると何かいいことあるの?.

発達心理学研究.9(3).209-220

(18)柴坂寿子・倉持清美(2009)幼稚園クラス集団におけるお弁当時間の共有ルーティン—仲間文化の 形成と変化―.質的心理学研究.8.96-116

(19)前掲(15)

(9)

9 (20)前掲(16)

(21)前掲(15) (22)前掲(17) (23)前掲(18)

(24)文部科学省(2017)幼稚園教育要領.フレーベル館

(25)前原寛(2015)基本的生活習慣.森上史朗・柏女霊峰編.保育用語辞典 第 8 版.ミネルヴァ書房.

72

(26)前掲(24). 15

(27)大谷尚(2008)質的研究とは何か―教育テクノロジー研究のいっそうの拡張をめざして―.教育シ ステム情報学会誌.25(3).340-354

(28)佐藤郁哉(2008)質的データ分析法.新曜社

(29)柴山真琴(2006)子どもエスノグラフィー入門.新曜社.32, 47-48 (30) 前掲(27)

(31)保木井啓史(2015)幼児の協同的な活動はどのように成立しているか-メンターシップの概念によ る分析-.保育学研究.53(3).21-32

(32)バーク, R. & ダンカン, J..七木田敦・中坪史典監訳(2017)文化を映し出す子どもの身体 文化人 類学から見た日本とニュージーランドの幼児教育.福村出版.26,186-187(Burke, R., & Duncan, J.

(2015) Bodies as sites of cultural reflection on early childhood education, Routlege.)

(33)前掲(18) (34)前掲(24).15 (35)前掲(3) (36)前掲(4) (37)前掲(5) (38)前掲(17) (39)前掲(18)

(40)倉橋惣三(1933)幼稚園保育の眞諦、並に保育案、保育過程の實際 : 講習會講義速記.幼兒の教育.

日本幼稚園協會.33.2-70(倉橋惣三(1976)幼稚園真諦.フレーベル館)

(41)鯨岡峻・鯨岡和子(2004)よくわかる保育心理学.ミネルヴァ書房.32-35 (42)前掲(24).22 など

(43)厚生労働省(2017)保育所保育指針.フレーベル館.4など (44)前掲(27)

謝辞

研究にご協力くださいました Z 幼稚園の皆様に、心より感謝申し上げます。

付記

本研究は、日本子ども社会学会奨励研究費(平成 28 年度)の助成を受けて実施した調査 データの再分析であり、第 9 回教科・領域内容研究学会での発表に加筆したものである。

また、広島大学エクセレント・スチューデント・スカラシップ(2014・2015・2016 年度)

の助成を受けた。

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Page 94 16/03/16 20:34 に,子育て支援に関する地域の関係機関,団体等との連携及び協力を図ること」と符合してい る。 さて,言うまでもなく保育士養成校である幼児教育学科のミッションは有能な保育士養成で ある。そこで,保育園の理念と保育者養成校のミッションの双方にとって意義ある連携のあり

2 入れる。 幼稚園には地域の子育ての基地、という役目もある。子育ての専門家としての知識と経験を活 かし、保護者に対しても大切なお子さんをお預かりしているという思いを忘れず相談には誠意 をもって応じる。 2 好きな遊びを見つけて遊ぶ もみじ幼稚園ではまずはこどもが夢中になって遊べることを目指す。

マ マン ンダ ダラ ラチ チャ ャー ート トを を活 活用 用し した た「 「目 目標 標達 達成 成ゼ ゼミ ミ」 」の の実 実践 践報 報告 告 野間川内一樹・中山紘之 * ・山崎和哉 ** 教育推進機構 教育開発センター *教育推進機構 基盤教育センター **岡山理科大学大学院マネジメント研究科 1.目的 1-1 背景