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日本語教育実践研究(5)期末レポート
日本語教育実践研究(5)を通じて学んだこと
0.はじめに
筆者にとってこの3か月は「「状況」から出発する教育実践」の実現を目指しながら「状 況」から出発するとはどういうことか、「+1」になる活動には何が必要か、そして「こと ばを状況から切り離さない」とはどういうことかを理解するための試行錯誤であった。本レ ポートでは、授業実践を通じて得た気づきを記す。
なお、振り返りの参考として、授業実践記録(以下、授業ノート)、振り返りシート(以 下、「テーマ名」振り返り)、授業実践後の講義記録(以下、講義ノート)、教案へのコメン トやラインでのやり取り等を用いた。
1.「文型」や「表現(機能)」からではなく,「状況」から出発する教育実践を理解し実現 する
1-1 「「状況」から出発する教育実践」を理解できたか
「出かける(5/8)」の授業前ミーテングで小林先生は次のようにおっしゃった。
・「出かける」という動詞に引きずられない。「出かけなかった」人にムリに「出かける 話をさせない。
・「出かけない」もアリ。それがその人の状況。出かけなかった人にも語りたいことは ある!学習者がその状況で何を語りたいか?
(5/8 授業ノート)
この日の授業では2回のグループ活動を行った。1回目のグループ活動で「どこへ行った か」についてはあまり話さなかった学習者たちが、出かけた先で経験したカルチャーショッ クの話になった途端に「「本当にびっくりしたこと」を一生懸命言おうとしはじめたことに 驚いた」(筆者「出かける」振り返り)。その中で学習者Xが言おうとして言えない部分の表 現を伝えたところ、メンバーを入れ替え後の 2 回目のグループ活動でXは 1 回目の活動で 学んだことばを用いてカルチャーショックについて「日本語で表現してくれた(ワクワクな 表情で)」(Aさん「出かける」振り返り)。また、「買い物する(5/22)」のグループ活動で、
学習者Yが「買い物にはいかない。いつもネットショッピングをする」と言った後で黙って しまった。その時に筆者が「「どうして?」と聞いたり、「ほら!お店で買うとこういうこと もあるじゃん」」(Bさん「買い物する」振り返り)と話しかけたところ、Yはネットショッ ピングをする理由を話し、他の学習者はそれに対する意見を言い始めた。
以上の経験から、学習者が語りたいことを相手に伝えようとするときに彼らのことばが 動き出すこと、そしてこの「「状況」から出発する教育実践」は学習者が「ワクワクな表情 で」言いたいことを表現することばを見つける支援だと理解した。
1-2 「「状況」から出発する教育実践」を実現できたか
授業実践に関しては、「メタ言語を減らす」(5/10 講義ノート)、「教師の行動ではなく、
学習者の頭の中を考えて教案を書く」、「10:40から教案を書くのではなく、12:00にどうな
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っていてほしいかから教案を書く」(以上、5/17講義ノート)、「初めてプリントを見た学習 者の頭の中を考える」(5/24講義ノート)などのポイントがあった。毎回、教案をチームで 検討する中でこれらを確認していったことは、今後の力になると感じている。
そして状況から出発するということは「ことばを状況から切り離さない。アマゾン川 の中でピラニアを見ること」(4/26 講義ノート)という小林先生のことばが強く印象に残っ ている。そのために、どんな状況でどんな表現を発しているかについてことばを丁寧に観 察・分析する姿勢が必要であると感じた。
観察・分析のために、「話しかける(5/29)」、「リアクションする(6/5)」の授業準備では
「本当の状況でどのように言うか」を全員で共有し、LINE でやりとりをした。このやり とりの中で「相手との関係だけでなく、話題となっている人・物との関係や関心によって 言い方は変わりますね」(6/1 21:59 Cさん)、「文字だけのファーストトークを見ると、
人によってリアクション違うし、想定している状況が違う」(6/2 9:21 Dさん)という発 言があった。これは「話しかける」「リアクションする」という相手を特に強く意識する 場面を考えることで得られた気づきだが、実は日常生活のあらゆる場面で音声コミュニ ケーションを行う際に私たちは伝えたいことが同じでも状況によって言語形式を変えて いる。このことは日本語学校の授業では考えたことがなかった。
「打つ」の授業準備でも、投稿や返信の際にどのように打つかを LINE で共有した
(6/21,7/12 LINE note)が、打つ人の個性や年齢などによって言語形式、使用語彙、絵 文字、顔文字の使用状況が異なることがわかった。
このような活動を通じて「ことばを状況から切り離さずに見る」ことで得た結果を教師 が「ことばの使い手としてストックとして豊かに持ち、それを適切に出せるか」(5/10 講 義ノート)が「「状況」から出発する教育実践」を実現をするためのポイントであると理解 した。
2.1人ひとりの学習者にとって「+1」になる活動を組み立て,実践することができたか
授業実践の振り返りで筆者はたびたび「「情報提供」と「+1」の違い」(筆者「出かけ る」振り返り)について考えている。これは以下の三つの力が不足していて「+1」を作 り出せなかったためであると考える。
第一に必要な力は、上記 1-2 で述べたようなことばの分析結果を「ことばの使い手とし てストックとして豊かに持ち、それを適切に出せる」力である。「打つ③(7/3)」と「打 つ④(7/10)」の授業では、「「楽しい」「がんばる」「気が重い」の 3つに絞って、学習者 に問いかけながら引き出し」(筆者「打つ」③振り返り)たり、「誘いに対して「相手に冷 たい感じを与えない、丁寧な印象を与える返事を書けるようになってほしいという目的」
(筆者「打つ」④振り返り)に向けてスモールステップで授業が組み立てられており、学 習者に対して何が「+1」になるかが明確に伝えられていた。
第二に、学習者の理解を促すための説明方法をたくさん持っていることが必要である。
筆者が「買い物する(5/22)」を担当した際には、学習者に伝えたい表現を選んで提示し た。しかし、学習者たちにうまく説明できなかったために、結局は表現を紹介しただけに なってしまった。このことに関しては、5/24 の講義スライドでたくさんのヒントをいた だいた。
そして、三番目に必要なのは学習者の発話の中から「+1」になるポイントを見抜いて 練習につなげることができる「瞬発力」である。「瞬発力」とは、例えば学習者の発話か ら「あっ、~なんだ」という「話しことばの文法」(5/10 講義ノート)を見つけ出す力で ある。この観点も筆者にとっては全く新しいものであった。
以上の三つの力を養うことが、筆者が今後の授業で「+1」になる活動を実現するため の課題である。
3.学期開始時に立てた「私の目標」が達成できたか
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学期開始時に次の4つの目標を立てた。ここでは1と2について振り返る。
1.「文型から」ではなく「状況から」考える態度を身につける 2.学習者をよく見る
3.(大学院生として)「明確に伝わることばを選ぶ」ことを心がける
4.(大学院生として)自分で考えたことを人と話し、そしてもう一度自分で考える
3-1 「文型から」ではなく「状況から」考える態度を身につける
この目標を達成するためには、ことばの使われ方や自分のことばの使い方を反射的に判 断せず、いったん立ち止まって考える必要があることを学んだ。
4月17日の「自己紹介」で筆者は学習者に対して、自分のニックネームを相手に伝える ときは「『△△と呼んでください』と言うといい」と伝えた。その時のことを「振り返り」
に次のように書いた。
小林先生から「本当に△△と呼んでくださいって言ってる?文型積み上げ式に 縛られてない?△△と呼ばれていますって言うんじゃない?」という指摘をい ただきました。このことから「文型積み上げ式の提出順にとらわれず、本当の 情報を伝える」ことに気が付きましたが、一方で本当にみんな「△△と呼ばれ ています」といっているのだろうか、という疑問を持ちました。この点につい ては、今後よく周囲の状況を観察してみようと思っています。
(筆者「自己紹介」振り返り)
この時期は大学院入学直後で自己紹介の機会も多かったため、周囲を観察してみた。その 結果、「~と呼ばれています」が実際に多く使われていること、そして筆者自身もそのよう に言っていることに初めて気がついた。その後、教案作成過程でお互いのことばを持ち寄っ た際にも、いったん立ち止まって考えることを意識して行った。
筆者は「買い物する(5/22)」の実践を担当した。その教案を作成する時、「着てみてもい いですか」を全体共有の一場面として出し、関連する表現としては「(靴を)履いてみてもい いですか」のみを紹介した。今までの日本語学校での授業なら「ズボンをはいても~」「帽 子を被っても~」と練習したと思う。しかし、いったん立ち止まって考えた結果、それらは
「~てもいいですか」を使わない状況であると判断した。この判断ができたとき、「ことば を状況から切り離さずに見ようとする姿勢」が少し身についたと感じた。
また、「状況の中のことば」には言語形式以外にもいろいろな要素があることに気がつい た。例えば「話しかける(5/29)」の授業では、通りかかった人に写真撮影を依頼する場面を 動画で示した。その動画を見ると「すみません、写真を撮っていただけませんか」を発話す る際の音声特徴、頼む相手に向かって上半身を少し前傾させるようなジェスチャーなど、
「状況の中のことば」は言語面、非言語面の様々な要素が一体となって発せられていること がわかる。さらに言えば、手に持ったスマートフォンを相手に差し出しているならば、「写 真を」を言う必要はない。このような音声コミュニケーション時の様々な要素について、今 までの日本語学校の授業の中では学習者たちに対して意識して伝えたことはなかった。
以上のことから、「ことばを状況から切り離さずに見る」ためには、「自分のことばの使い 方について、いったん立ち止まって考える」姿勢と「言語形式だけでなく音声面・非言語面 も含めてことばの用いられ方を捉える」姿勢が肝要であると学んだ。
3-2 学習者をよく見る
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この目標を立てた理由は「自分の教案に縛られず、学習者の様子に合わせて臨機応変に授 業をすすめられるようになりたい」(筆者「私の目標」)であった。これは日本語学校の授業 を想定していた。日本語学校では授業時間内に決められた内容をこなすことが必要であり、
学習者よりも教案に合わせて授業を進めていた。「わたにほ」の授業実践はそれとは全く異 なる。しかし、最初は教案の代わりにテーマ(「○○する」)に縛られた。「最初、「お出かけ 話」を引き出そうとしたが、その時私は学習者を見ていなかった。途中、お出かけ話が全く 弾まない様子(=別に話したくなさそう)から「どうしよう!」と思い、そこから必死(?)
で学習者を見はじめた」(筆者「出かける」振り返り)。
学習者をよく見ることから得た最大の気づきは、「「反応がないから学習者は何も考えて いない、聞いていない」というのではないかもしれない」(筆者「買い物する」振り返り)と いうことである。これは「買い物する(5/22)」の実践授業担当時に、教壇の位置から学習 者たちの発言を待っていて気がついたことであり、教室の後ろから学習者を見ていた時に はわからないことだった。この気づきは「いい授業・いい学習者は発言量が多い」という今 までの筆者の考えを変える大きなきっかけになった。
「打つ」の授業では基本的に学習者の活動に介入せず、教室の後ろから見ることによって、
「学習者たちは自分たちで結構「なんとかしている」」(筆者「打つ」④ 振り返り)ことに 気づいた。しかし、一方で、そのような学習者たちが「「今日授業を受けてよかった」と思 って教室を後にする」(筆者「打つ」復習 振り返り)にはどうすればいいのかという疑問も 持った。そのためには2で述べた、「+1」を作り出すための三つの力が必要なのではない かと考えている。
4.おわりに
本レポートでは、「「状況」から出発する教育実践」を目指した授業実践の振り返りを行っ た。理解・実現は難しかったが、教案作成、チームでの教案検討、実践後の講義での話し合 いから多くを学ぶことができた。
筆者の現場である日本語学校は『みんなの日本語』がベースである。しかし、「ことばを 状況から切り離さずに見る」姿勢を持ち、「+1」を作り出すための「訓練を多くしていけ ば『みん日』の授業でも絶対変わってくる」(5/24講義ノート)。この 3か月間で学んだこ とをさらに考え続けながら、今後の授業に活かしていこうと思う。