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日本語教育実践研究(5)期末レポート
本レポートでは、「わたしのにほんご」プロジェクト1-2での実践を通して得られた気付 きや学びについて、以下の5つの観点から述べる。
(1)「文型」や「表現(機能)」からではなく,「状況」から出発する教育実践を理解し,表 現する。
(2)1人ひとりの学習者にとって「+1」になる活動を組み立て,実践する。
(3)学期開始時に自分で立てた「私の目標」
①学習者達の状況を反映する日本語の授業とは何かを考えること
②学生達にとっての「+1」が生じる日本語の授業とは何かを考えること
③学生に迷惑をかけないこと
以下、それぞれの観点から詳細を述べる。
(1)「文型」や「表現(機能)」からではなく,「状況」から出発する教育実践を理解し,実 現する。
当初この授業を履修しようと思ったきっかけは、以下に示す授業の概要に共感したため である。
『わたしのにほんご』プロジェクトは、『日本語で話したいこと/書きたいこと』『日本語が うまく使えなかった経験』を持ち寄り、『わたしのにほんご』をたくさん増やしていく授業。
『文法』や『語彙』からではなく、『わたしの状況』からスタートします
私自身、現在第二外国語の学習を続ける中で、教科書に載っている表現だけではなく、私 が今言いたいことを伝えるための語彙や表現が分からずもやもやすることが多々ある。そ のため、この「『わたしの状況』からスタート」するという授業目標が非常に魅力的だと感 じた。
この目標に沿って、15 回の授業を通して「状況から出発する教育実践とは何か」という ことを考え続けた。当初、「『わたしの状況』からスタート」するという目標がかみ砕けず、
学生の状況を反映するために教師は状況を指定してはいけないと考えていた。そのため、ど のように授業を構成すればいいか悩んでいた。だが、先生から繰り返し「状況を考えるとは どのようなことか」というご説明をいただくことで次第に理解できるようになった。以下に、
フィードバックの授業で先生が示してくださった「状況」の捉え方を示す。(次項)
2 図1
(授業内振り返りパワーポイント)
以上のスライドのうち、赤線で強調した2点から、教師が設定した状況の前後を学生達に 自由に解釈してもらい、何を言いたいか考えてもらうことが「状況から出発する」なのであ ると理解できた。時系列が前後するが、「話す 第2回目 リアクションする」の教案に対 して先生から、「学生が『先生が求める答えを言うのではなく、好きなことを言ってよいの だ』と実感することが大切」(教案 ML コメント)とアドバイスをくださったことからも、
状況を自由に解釈したうえで自由に言いたいことを考えてもらうことが「状況から出発す る」ことなのだと分かった。
したがって、授業の際には学生達の状況の解釈の多様性を活かすこと、また自由に解釈し ていいことを理解してもらうことの2点を心掛けていた。一方で、解釈の多様性を活かすこ とについて「(確かめる状況での練習において)諦めることを選択する学生にとって、あえ て確かめるとしたらどのように言うか考えてもらうことが必要なのかどうかという点にも 悩みました」(授業振り返り)と述べていることから、この時点ではまだ授業内容として用 意した状況に基づいて練習してほしいという考えから脱却できていなかったことに気が付 いた。だが、授業回数を経るごとに「状況から出発する」ことを理解するだけではなく、机 間巡視等を通した学生への反応に活かせるようになったと感じている。
(2)1人ひとりの学習者にとって「+1」になる活動を組み立て,実践する。
毎回授業前に、今回の授業を通してどのように「+1」を提供できるか考えた。学生達個々 人によってレベルや日本語学習の目的が異なる中で、全員に共通する「+1」を提供すること は難しいと思った。そこで、机間巡視の際はなるべく個々人の様子を見て対応するよう心が
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け、メインファシリテーターとして授業を行う際には個々人が自由に「+1」を選択できるよ う心がけた。「話す 第 5 回 質問する」の授業において、学生からの発話を板書したが、
その板書を写す学生と写していない学生に反応が分かれ、板書をする必要があるのか戸惑 ったことがあった。だが、「一生懸命(板書を)写している学生もいた 書いて良かった→
取捨選択できる+1」(授業内メモ)とのメモがあったように、学生個々人が自由に選べるこ とが重要であると考えるようになった。
一方で、学生達が出したそれぞれの表現を「+1」に繋げるためには、臨機応変に対応する 力と日本語を観察する力が必要だと感じた。
まず、臨機応変に対応する力については、「学生が言ったものを板書する→決まったもの を教えない それをどう料理するか? 瞬発力」(授業内メモ)とあるように、学生達がど のように状況を解釈するか分からない状況において、学生の発言を活かすことが重要であ ると思った。だが、「学生の状況を反映する授業を行うためには、ある意味でその場任せの 授業を構成することになりますが、私のように技量がない教師にとっては非常に難しい授 業になると思いました」(授業振り返り)と述べているように、まだ私には難しいため、常 に学生の状況を反映させやすいコミュニケーションの枠組みを観察する必要があると感じ た。
次に、臨機応変に対応するためには、日本語を常に注意深く観察することが重要であると 感じた。この日本語を観察する力について、今までの日本語学習者達との交流を通して、自 身の日本語の使い方について振り返ることが多かったと考えていた。だが実際に授業を構 成するためには、日本語の表現1 つ 1 つではなく、より構造化されたコミュニケーション にまで目を向ける必要があることが分かった。「授業内で学生達の考えた状況を拾いあげ構 造化するためには、言語知識や普段からの言語の観察が重要になると感じました」(授業振 り返り)とあるように、学生達が考えた日本語表現を活かし個々の「+1」に活かすためには、
日本語の観察力が重要であると痛感した。
(3)学期開始時に自分で立てた「私の目標」
①学習者達の状況を反映する日本語の授業とは何かを考えること
②学生達にとっての「+1」が生じる日本語の授業とは何かを考えること
上記2つの目標は、本授業は日本語教育研究科の実践の実践科目であると同時に、履修し ている日本語教育研究センターの学生にとっては一つの重要な日本語科目であることを忘 れないようにしたいと考え設定したものである。「日本語の授業とは何かを考えること」と いう目標として①、②を一緒に振り返っていきたい。
本授業では教科書に書かれた項目を教えるのではなく、何を扱うのかという点から自分 で考えたため、果たして学生達にとって必要な内容であるのか、このような授業内容の構成 でいいのか、常に考えていた。その結果、学生達個々人の状況に依拠したうえで、日本語母 語話者として不自然に感じない表現を教えたり伝えたりすることが「日本語の授業」に繋が
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ると考えるようになった。それは、日本語母語話者が不自然であると感じる日本語は、日本 語として明文化されていないルールから外れているものだと考えたためである。「話す 第 2回 リアクションする」の授業を準備するにあたって、「(日本語母語話者同士の)共通理 解→文法があるはず 50 集めてみる」(授業内メモ)と先生からアドバイスをいただいた。
このように、本授業では自身が実際に使っており、かつ学生達にも身近な日本語表現を観察 して探し出し、ルールを見つけることが「日本語の授業」に繋がることが分かった。
一方で、実際に机間巡視を行う中で「正解例であることをどう示すか? 正解例ではあり つつ、文法としてミスではないこと→(ミスとは)日本語母語話者にとっての不自然さ」(授 業内メモ)とメモ書きがあるように、どのように学生達に多様性と適切さを伝えるか悩んで いた様子が伺えた。全ての授業を終了した今でも、どのように伝えれば学生達に分かりやす く伝えることができるか一つの明確な答えは見つけられていないため、今後も考えていき たい。
③学生に迷惑をかけないこと
私には教師経験がなかったが、あえて挑戦したいと思いこの授業を履修した。したがって、
サポーターとして授業に参加している時はもちろん、特にメインファシリテーターとして 授業を準備する際に上記の目標に気を付けていた。
今期は履修した学生数が少なかったため、4回メインファシリテーターになる機会があっ た。4回の授業に共通して心掛けていたのは、学生のスモールステップを設定すること、余 計な発話を減らすこと、学生の反応をきちんと待つことの3点である。だが、心掛けていて も実行に移すのは難しく、メインファシリテーターとして授業を実践するたびに、果たして このような授業で良かったのか反省した。
まず、1点目のスモールステップを設定することから考えていきたい。最初はスモールス テップとは何かよく分からなかったため、教案に想像できる学生の反応を書くことから始 めた。だが、「打つ 第3回目 メールを送る」の授業の際には、教師としても授業をスモ ールステップ化できておらず、学生達に大きな混乱を招いてしまった。その時になって初め て、スモールステップは学生に教師が用意した授業内容を 1 つずつ理解してもらうために 必要なものであると実感することができた。そこで、「打つ 第 5 回目 SNS で返信する」
の授業の教案を考える際には、より詳細に学生の反応を考えるよう努めた。以下に1回目と 4回目のメインファシリテーターを務めた際の実際の教案を示す。(次項)
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図2 「話す 第2回 リアクションする」(第1回目のメインファシリテーターの授業)
(第2回目授業教案)
図3 「打つ 第5回 SNSに返信する」(第4回目のメインファシリテーターの授業)
(第5回目授業教案)
このように、1回目と4回目のメインファシリテーターを務めた際の実際の教案を比較す ると、想定している学生達の反応がより詳しく、より段階を踏んでいることが分かる。
次に、2点目の余計な発話を減らすことについて考える。私は学生が分からないことをさ らに言葉で説明してしまう傾向があり、より学生達の理解を妨げてしまうことが多かった。
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「話す 第2回 リアクションする」の振り返りでも、「メタ言語を減らす(次はメタ言語 を0にする) 意味のある文脈を作り、言葉を減らす」(授業内メモ)とご指摘をいただい た。その後メインファシリテーターを務める際には、学生の反応を待ち余計な発話を繰り返 さないよう心掛けたが、メタ言語を完全になくすことはできなかった。
最後に3点目として、2点目にも繋がる学生の反応を待つことについて考える。初回の教 案を提出した際に学生の反応を見るようご指摘をいただいたため、「話す 第2回目 リア クションする」の授業から学生の反応を待つように心掛けていた。だが、初回のこの授業の 後では「学生の反応がやはり気になってしまいました。問いかけをしても反応が薄く静かな 感じになると非常に不安になりました」(授業振り返り)と書いているように、やはり学生 の反応がすぐに得られないことに不安を感じていた。だが、2回目のメインファシリテータ ーの授業「話す 第5回目 質問する」では、「(学生達は)理解していないのではなく考え ているのだと捉えるようにし、実際に行動に移すまで様子を見るよう心掛けました」(授業 振り返り)と振り返っている。さらに、4回目のファシリテーターの授業「打つ 第5回目 SNSで返信する」では、「待つことを心がけ、学生たちの顔を見ながら返事がなくてもうな ずいている様子やモニターを見ている様子などを見るようにしました」(授業振り返り)と 振り返っている。したがって、授業経験を積む中で次第に学生達の様子を観察し、反応を待 つことを理解できるようになったのではないかと考えている。
全 4 回のメインファシリテーターの経験を通し、上記のスモールステップを明確にする こと、余計な説明を省くこと、学生の反応を観察し十分に待つことの重要性を自覚できたよ うに感じている。まだ実際の授業にどのように活かすか明確な方針を見つけられたわけで はないが、今後日本語教師として授業を行う機会があれば、この3点に注意したいと考えて いる。
最後に、教師経験がなく未熟な私に対して、常にアドバイスをくださりサポートしてくだ さった小林先生と、一緒にこの実践を履修したたまご先生のお2人に感謝を申し上げます。