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海洋性ケイ藻の炭素固定機構 - J-Stage

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【解説】

海洋性ケイ藻の炭素固定機構

海洋の食物生産を維持・制御するメカニズム

松田祐介,中島健介,菊谷早絵

海洋性ケイ藻類は,多様な水圏に適応し,地球一次生産(光 合 成) の 約20%を 担 う 生 物 と し て 近 年 注 目 さ れ た.そ の 結 果,21世 紀 に 入 っ て か ら ゲ ノ ム イ ン フ ラ が 整 備 さ れ 分 子 研 究の端緒についた生物である.ケイ藻の分子研究は地球環境 科学分野だけにとどまらず,バイオエネルギー,有用物質生 産,お よ び ナ ノ テ ク な ど の 農・工 学 分 野 か ら も 注 目 を 集 め る.一方でケイ藻は,二次共生の謎やその過程で醸成された ユニークな代謝・生理など,基礎生物学の研究対象としても たいへん興味深い生物である.ケイ藻の環境適応能力を知る うえで,一次生産の基礎となる光合成系およびその環境応答 の詳細は最優先課題の一つである.とりわけ,アルカリ度や 塩濃度の高い海洋環境でCO2を海水から取り込み葉緑体内部 まで送り届けるシステムの重要性は高い.これまでにも生理 学的なアプローチから海洋性ケイ藻がCO2HCO3の両方を 海水から積極的に取り込み無機炭素への親和性が極めて高い 光合成を行うこと,およびこの機能はCO2濃度が大気レベル より低いときに発現されることが報告されている.しかし,

これらの機能にかかわる分子は僅かしかわかっていない.本 稿 で は,海 洋 性 ケ イ 藻 が 海 水 か ら 直 接HCO3を 取 り 込 む

CO2濃縮 の分子機構の一端と取り込まれた無機炭素の流 路を制御する分子機構について紹介する.また,海洋性ケイ 藻類が環境CO2濃度に応答してCO2濃縮にかかわる因子を転 写や翻訳後レベルで調節する分子機構についても解説する.

ケイ藻の重要性の再発見

ケイ藻は,その精緻なケイ酸被殻に対する細胞形態学 研究に150年も前から用いられてきた生物である.ま た,極めて多様な水圏に適応放散していることから,環 境指標生物としても重用され,長い研究の歴史がある.

生態学や形態・分類学の伝統的な研究対象であったケイ 藻類に,違った側面からも光が当たり始めたのは1990 年代後半からである.これには人工衛星によるリモート センシング技術の急速な発達が深くかかわっている.も とよりケイ藻は海洋独立栄養生物における優先種の一つ であることが報告されていたが,宇宙技術革新による海 洋クロロフィルの連続的・定量的マッピングの高精度化 によって,海洋一次生産量(光合成)は陸上のそれに匹 敵し,海洋性ケイ藻が地球全体の約20%の有機物生産 を担う生物であることが示されたのである(1).このこと Carbon Fixation Mechanisms in Marine Diatoms : Systems to 

Sustain and Regulate Primary Production in Oceans

Yusuke MATSUDA, Kensuke NAKAJIMA, Sae KIKUTANI, 関 西学院大学理工学部

(2)

は海洋における炭素循環のみならず窒素,リン,ケイ 素,およびその他の微量金属の物質循環に極めて重要な 役割を負う生物であることも同時に示している(2).この 発見が契機となり,2004年と2008年にそれぞれ中心目

ケイ藻 および羽状目ケイ藻

のゲノムが解読され,ケイ 藻分子研究のインフラが整備された(3, 4)(図1.加えて,

外挿遺伝子を核ゲノムへランダムに統合する安定形質転 換法やRNA干渉による遺伝子サイレンシング技術が確 立され,ケイ藻細胞の分子ツール化も進んできてい る(5, 6)

環境変動下における海洋性ケイ藻の細胞生理応答や群 集の消長は地球レベルの環境変動予測に直結する情報と なる.またケイ藻は,種数的に真核生物の圧倒的マジョ リティーを形成する二次共生生物の,謎に包まれた進化 と細胞機能の解明に有用な基礎研究対象でもある.一 方,ケイ藻のもつ幾何学的なナノスケールフラクタル構 造のシリカ被殻は次世代材料として注目されている.さ らに,ケイ藻類が光合成産物として蓄積するテルペン類 や油脂は,健康食品あるいはバイオ燃料源としての用途 が期待されている.このようにケイ藻類の分子研究は日

の浅い分野ではあるものの,エネルギー・ナノテク・食 糧などの応用分野から生物進化・地球環境科学などの基 礎分野まで,さまざまな先端研究領域を 貫通的 に横 断するたいへん興味深いものである.しかし相反して,

ケイ藻のさまざまな細胞生理,生化学の基礎的知見はあ まりにも乏しい.筆者らは,独立栄養生物であるケイ藻 の特質を支える中心的な課題として,海洋性ケイ藻類が 光合成をする仕組み,およびその仕組みを調節する機構 について,特に細胞が海水から無機炭素を獲得して固定 するまでのプロセスに焦点を当てて研究を行ってきた.

水の中の炭素固定とケイ藻の細胞構造

光合成は光・温度・二酸化炭素・酸素などの溶存ガス 分子,窒素・硫黄などの主無機栄養,および鉄・亜鉛な どの微量栄養などさまざまな環境因子の影響下にある.

水中ではCO2の溶存量は非常に低く,常温の現大気下 ではせいぜい10 〜 15 

μ

Mである.また溶存分子の拡散 速度がガス分子の10−4であることから,光合成生物は CO2獲得に何らかの積極的なシステムを必要とする.特 に海洋の高塩・高アルカリ環境は,CO2の水和による重 炭酸の生成を促進し,逆にここからのCO2生成速度は 遅くなるので,より厳しいCO2欠乏環境と言える.しか し,海洋性ケイ藻類は,無機炭素親和性の高い光合成を 行い,高い一次生産力を誇っている(7).これはCO2濃縮 機構 (CO2-concentrating mechanism ; CCM) を有して いるからである.CCMはケイ藻だけでなく多くの微細 藻が獲得した機能で,その進化は3 〜4億年前,石炭紀 におけるCO2の急激な減少によって駆動されたと考え られる(図2.CCMはシアノバクテリアや緑藻クラミ ドモナスで詳しく調べられているが,かかわる因子には 図1最初にゲノム解読された海洋性ケイ藻二種

左,羽状目 ,ゲノムサイズ27 Mb,遺

伝子数〜10,000;右,中心目 ,ゲノムサ イズ32 Mb,遺伝子数〜11,000.

図2藻類進化年表とCCMの起こり 横軸は現在をゼロとした遡行年軸で,

それぞれの生物出現をバーで示す.こ れと重ねて,縦軸に大気中分子酸素濃 度(%)および現在を基準とした二酸 化炭素濃度比(RCO2)をとり,顕生 代に入ってからの変化を示している.

バ イ オ フ ィ ジ カ ルCCMの 獲 得 が 始 まったと考えられる時期を緑色でハイ ライトしている.

陸上植物 シアノバクテリア・藻類

CCMの進化開始

プ 藻 40 ケイ藻 黄金色藻 車軸藻

不等毛植物 二次・三次

30 紅藻

緑藻

渦鞭毛藻 共生藻類 ハプト藻

次共生藻類

O2 (%) RCO 20 10 酸素発生型光合成

プロテオバクテリア 真核藻類 一次共生藻類 紅藻

顕生代 原生代

始生代 古生代 中生代

RCO2 過去/現在 シアノバクテリア 0

石炭紀

35 30 25 20 15 10 6 5 4 3 2 1 0 億年前

顕生代 原生代

始生代

陸上植物 シアノバクテリア・藻類

CCMの進化開始

プ 藻 40 ケイ藻 黄金色藻 車軸藻

不等毛植物 二次・三次

30 紅藻

緑藻

渦鞭毛藻 共生藻類 ハプト藻

次共生藻類

O2 (%) RCO 20 10 酸素発生型光合成

プロテオバクテリア 真核藻類 一次共生藻類 紅藻

顕生代 原生代

始生代 古生代 中生代

RCO2 過去/現在 シアノバクテリア 0

石炭紀

35 30 25 20 15 10 6 5 4 3 2 1 0 億年前

顕生代 原生代

始生代

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進化的に保存された一貫性は特にない.生理的な機能を ひも解くと,CCMは本質的に大きく2つのステップか らなっている.一つは細胞膜上および真核生物の場合は さらに葉緑体包膜上にも存在する無機炭素輸送体が能動 的に溶存無機炭素 (dissolved inorganic carbon ; DIC) 

を取り込むステップで,もう一つは,取り込んだDIC の漏れ出しを防ぎながらCO2へと変換し,効率良く炭 酸固定化酵素ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/ox- ygenase (RuBisCO) へと供給するステップである.こ れらのことからCCMは,さまざまなバクテリアや微細 藻でそれぞれ異なる起源の分子が, 水中のDICを濃縮 してCO2を固定反応に供給する という類似した機能へ 収斂進化したものと考えられる.ケイ藻類は石炭紀より 後の2億5千万年前に現れ始めた最も新しいCCM生物 の一群と考えられるが(図2),おそらく祖先の不等毛 植物はさらに早い時期に現れ,CCMを獲得していたも のと考えられる.ケイ藻は,その多様な細胞のサイズお よび葉緑体の形態に適応したユニークなCCMを獲得し てきた生物と考えられる(8).

ケイ藻類の細胞構造はその進化の過程で複雑化してい る.シアノバクテリアが真核従属栄養細胞に共生(一次 共生)することによって,緑藻,紅藻,および灰色藻の 起源となる始原植物細胞が誕生した.紅藻がさらに繊毛

虫類に共生(二次共生)して葉緑体化することによって ケイ藻が成立したと考えられている(9)(図3.二次共生 の過程を経て成立したケイ藻の葉緑体は,その構造も複 雑化して四重膜を有している (図3).外側2膜は葉緑体 小胞体 (CER),内側2膜は葉緑体包膜 (CE) と呼ばれ,

CERの外側の膜は核膜と融合して核‒葉緑体連合を形成 する.さらに葉緑体内には,ピレノイドと呼ばれる葉緑 体内のRuBisCOのほとんどが集積したタンパク質顆粒 が存在する(図3).ピレノイドの構成因子や機能はわ かっていないことが多いが,RuBisCOが局在するとい う事実から,ピレノイドは,高濃度のCO2が発生して固 定される,いわば CCMの収斂点 と考えられている.

海洋性ケイ藻のCCMは,①海水からのDIC獲得,②蓄 積したDICの四重葉緑体包膜通過,および③ピレノイ ドにおけるCO2固定から成り立つと考えられる.この 一連のプロセスの中で,膜透過性の極めて高いCO2が 生成する部位を限定することによって葉緑体や細胞から のCO2漏出を防止することが極めて重要となる.シア ノバクテリアのCCM研究から,真核生物においても CCMによって蓄積されたDICは,膜透過性の低い重炭 酸の形で蓄積・輸送され,ピレノイドのように限定され た部位でのみCO2に変換されて,即座に固定されるも のと考えられる.しかしながら,この一連の無機炭素流

図3一次共生および二次共生の過 程とケイ藻葉緑体構造

A:共生による葉緑体獲得のスキー ム.シアノバクテリアとの共生による 真核藻類の成立に続き,別の真核細胞 と紅藻との共生によりクロミスタ属二 次共生藻が成立した.ケイ藻のゲノム から,一次共生時にクラミジアゲノム の取り込み,紅藻との共生以前に緑藻 との二次共生があったことが強く示唆 されている.B:現在のケイ藻類の葉 緑体構造.葉緑体は葉緑体ER(CER)

と葉緑体包膜の四重膜系で包まれてお り,これら膜系の間にはペリプラスチ ダル区画(PPC)がある.葉緑体内に はグラナを形成しない三重チラコイド がある.ピレノイド(Py)の中心部分 を貫通するチラコイドが存在する.

ケイ藻殻(ガードルバンド)

ケイ藻殻(バルブ)

(ケイ藻など)

ケイ藻殻(ガードルバンド)

ケイ藻殻(バルブ)

(ケイ藻など)

(4)

路調節にかかわる因子の大部分は不明である.また,複 雑な細胞構造をもつ細胞内で,そのような因子の局在や 環境応答を制御する仕組みにも不明な点が多い.

海水から重炭酸イオンを取り込む輸送体

これまでの生理学的解析から,多くの海洋性ケイ藻類 はCO2と重炭酸(HCO3)の両方を取り込むことが明 らかにされている(10).ケイ藻ゲノムには,動物に特有 と考えられてきた遺伝子配列が極めて多く,二次共生進 化における最終宿主の核ゲノムに由来すると考えられ る.このような動物型遺伝子の中に,相当数のSolute  Carrier  (SLC)ファミリータンパク質遺伝子のホモロ グがある.SLCは,ATPの加水分解エネルギーを利用 せず細胞内外に物質を輸送する二次輸送体の総称で,哺 乳類においては,51ファミリーに大別され,378種類の 遺 伝 子 が 同 定 さ れ て い る.こ の う ち,SLC4お よ び SLC26はHCO3輸送体とされており,

ゲノムには少なくとも10のホモログ遺伝子が存在して いる.厳密に言うと,これらの遺伝子ORFは動物にあ るような長い細胞内N末端領域コード配列を欠損して おり,膜貫通ドメインのみが存在する配列である(図 4.現在これら10のSLC遺伝子のうち,SLC4ファミ リーの3遺伝子, , , および

が低CO2環境下で特異的に転写誘導されるCO2応答型

遺伝子であることがわかっている(11).PtSLC4-2は細胞 膜に局在し(11)(図4),定常的な過剰発現実験によって HCO3特異的な輸送体としてケイ藻で初めて同定され た(11)(図4).これまでにCCM因子として同定されてい るタンパク質の中でSLCファミリーに属すると考えら れるのはシアノバクテリア細胞膜型HCO3輸送体BicA のみであり,これはSLC26ファミリーに属する.Pt- SLC4-2はCCM因子として初めて同定されたSLC4型輸 送体であり,海洋真核藻類で最初に機能同定された HCO3輸送体である.

PtSLC4-2はNaを特異的なエフェクター分子として HCO3を輸送するが(11),興味深いことにNaに対する 要求量がこの種の輸送体の中では極めて高い (11).最大 の輸送活性を得るのに100 mM程度の高濃度Naを必要 とし,これまで知られている藻類型Na依存性HCO3

輸送体(1 〜2 mM程度のNaを要求)の中では群を抜 いて高い値を示す.ヒトSLC4ではこの程度のNa依存 性が記録されており,極めて 好塩型 の輸送体と言え る.海 水 のpHは 現 大 気 環 境 下 で8.1程 度 で あ り,

HCO3が2 mM以上存在する.Na濃度は400 mM以上 あり,このような輸送体の機能に十分な環境である.

SLC型輸送体に対する特異的阻害剤である4,4′-diisothio- cyano-2,2′-stilbenedisulfonic acid (DIDS)をCO2欠乏環 境で生育した(CCMを最大限に発現している)

細胞に作用させると,海水からDICを取り込

図4海洋性ケイ藻細胞膜型HCO3輸送体PtSLC4-2の構造,局在,および機能

A:ヒトhsSLC4A1の膜トポロジー,B:海洋性ケイ藻PtSLC4-2の膜トポロジー,C:PtSLC4-2 : GFP定常発現 細胞(SL- C4G細胞)の共焦点レーザー顕微鏡像.(上左)細胞全体像,(上右)先端部の断面,(下)中心部の断面,D:ケイ藻細胞による培地からの DIC取り込み活性,(左)高CO2生育細胞,野生型(○)は100 μMのDICをほとんど取り込まないのに対し,SLC4G細胞(△)は高い取り 込み活性を示す,(右)低CO2生育細胞,野生型(●),SLC4G(▲)ともに内在CCMが高発現するため差が見えない.

(5)

む速度と光合成のDICへの親和性がともに50 〜 30%ま で低下することから,細胞膜上のSLC型HCO3輸送体 はCO2欠乏環境下でケイ藻の一次生産に極めて重要な 役割を負う因子であることがうかがえる.

哺乳類などと共通の起源を有するであろうSLC4ファ ミリー輸送体が海洋におけるDICの動的平衡にかかわ り,CO2固定の駆動力として機能することは生物進化の 側面からも興味深いものである.現在のところ,機能同 定されたケイ藻の無機炭素輸送体はPtSLC4-2の一つだ けであるが,配列と環境応答の類似性から推察して,

PtSLC4-1およびPtSLC4-4も同様のHCO3輸送体である ことが考えられている.一方,葉緑体包膜上の無機炭素 輸送体は未同定であるが,緑藻

では,その存在が強く示唆されている.二次共 生型の四重包膜葉緑体の物質輸送は一次共生型の二重包 膜葉緑体よりもさらに複雑であることが考えられ,因子 の詳細な局在とその機能に興味がもたれる.また,細胞 膜や葉緑体包膜でCO2の透過性を制御する因子も水生 生物ではほとんどわかっておらず,今後の研究が期待さ れる.

葉緑体型炭酸脱水酵素の局在制御機構と機能 CO2分子は無極性であるため,濃度勾配に従って生体 膜を比較的迅速に透過する.輸送体を介して海水から取 り込まれ,細胞内に濃縮したDICがCO2のかたちで存 在していると直ちに細胞から漏出してしまう.これを制 御するために細胞内のDICはHCO3のかたちで保持さ れ,炭酸固定化酵素RuBisCOのごく近傍でのみHCO3

からCO2が生成して即座に固定されると考えられる.

このような細胞内のDIC流量および流路調節には,適 所に局在する炭酸脱水酵素(carbonic anhydrase ; CA)

が重要な役割を果たしていると考えられる.

ケイ藻で初めて遺伝子クローニングおよび機能同定さ れ たCAは に お け る2つ の

β

型CA,

PtCA1およびPtCA2である(12, 13).これらは低CO2生育 環境で特異的に発現し,可溶画分に比較的大量に存在す る.これらの遺伝子は核コードであるが,GFP標識に よるタンパク質局在決定を行うと,機能部位はストロマ 内のピレノイドと呼ばれる顆粒構造である(14)(図5.ピ レノイドにはRuBisCOやフルクトース二リン酸アルド ラーゼなどの糖代謝酵素タンパク質が局在することがわ かっており,PtCA1およびPtCA2はこれらと共局在し て機能していることが考えられる.興味深いことに,

PtCA1, 2はピレノイド内でこれらのタンパク質と相互

作用してピレノイドを形成していると考えられるが,細 胞から抽出すると可溶性タンパク質として容易に単離さ れる.この2つのCA酵素のC末端にはともに,Met,  Leu/Ile, Ile, Leu, Leuの5つの疎水性アミノ酸が3残基 に1回現れる

α

へリックス構造をもち(図5),この一側 面にこれら疎水領域がクラスターを形成する両親媒性へ リックスとなっている.この疎水クラスターをGluなど の極性アミノ酸に置換するとPtCAはストロマ全体に拡 散する(15)(図5).一方,これらPtCAのN末端プレ配列 にはERシグナル配列との切断部位に二次共生藻類特有 の葉緑体トランジット配列(アミノ酸配列からASA- FAPモチーフとも呼ばれる)(16)がある.したがって,

このタンパク質は細胞質で翻訳された後,エキソサイ トーシスを転用した仕組みを使ってCERの二重膜を通 過し,ERシグナル切断部にあるASAFAPモチーフに よってさらに残りの葉緑体二重包膜を通過した後,C末 端両親媒性へリックスの作用で緩く相互作用してピレノ イドに局在すると考えられる.

水圏の独立栄養生物の無機炭素獲得におけるCAのこ のような局所的存在の意義は,シアノバクテリアで良く 調べられており,その知見は真核生物においても参考に なる.シアノバクテリアにはもちろん葉緑体のようなオ ルガネラはないが,細胞内にカルボキシゾームと呼ばれ る正二十面体のタンパク質顆粒をもつ.この顆粒に RuBisCOおよびカルボキシゾームの殻構成タンパク質 で あ るCA,CcmMが 存 在 し,細 胞 内 に 蓄 え ら れ た HCO3がカルボキシゾームに入るときにCcmMによっ て脱水されてCO2になりRuBisCOによって固定される

(図6.CcmMはC末端へリックス構造の2つのCys残 基が酸化状態で架橋しているときに活性化し,これが還 元されると不活性化する(17).すなわち,カルボキシ ゾームの殻から逸脱して細胞質に放出されるような場合 には不活性化していると考えられる.実際にヒトCAを シアノバクテリアの細胞質に強制発現した場合,シアノ バクテリアのCCMは機能しなくなり,高CO2要求性の 表現型に変わる(18).カルボキシゾームにCcmMが局在 し,CO2生成部位が限定されていることが細胞からの CO2漏出制御に重要であることがわかる.

海洋性ケイ藻類のように四重包膜葉緑体を有し,細胞 内の区画構造が極めて重層的な細胞にも,シアノバクテ リアの知見から類推可能なCO2漏出制御戦略が存在す ると考えられる.先にも述べたように,多くの真核藻類 において,シアノバクテリアのカルボキシゾームに対応 するCCMの収斂点となる部位はピレノイドと考えられ る.一次共生型葉緑体ピレノイドの生化学的構成や機能

(6)

については,緑藻 で分子研究がなされて いる.二次共生型葉緑体ピレノイドについては海洋性ケ イ藻 で最も分子研究が進んでいる.いず れの場合もRuBisCOを除いた構成因子は現在わかって いるだけでもカルボキシゾームとはかけ離れている.さ らに,緑藻とケイ藻の間でも大きく異なる.緑藻

では,ピレノイドの中を貫通するチラコイド 膜 の 中 に,低CO2生 育 に 必 須 な 因 子 で あ る

α

型CA,

CAH3が局在し,光照射下におけるチラコイドルーメン の酸性環境を利用してHCO3からCO2を生成してピレ ノイドにあるRuBisCOに供給していると考えられてい る(19)(図6).さらにピレノイドからストロマへ漏出する CO2はストロマ局在

β

型CAであるCAH6によってスト ロマのアルカリ環境を利用してHCO3に変換されピレ ノイドを囲むように局在するLCIB/C複合体によって捕 捉されることが示唆されている(20)(図6).一方,ケイ藻 では,チラコイドルーメンにCAはな く,ピレノイドに局在する2種の

β

CA,PtCA1および

PtCA2がストロマに送り届けられたHCO3を脱水し,

同じくピレノイドに局在するRuBisCOに直接供給する と考えられている(14, 21)(図6).ケイ藻類にも緑藻に見ら れるLCIBホモログが複数存在するが,この局在と機能 についてはまだわかっていない.また,

において葉緑体からのCO2漏出を制御する分子機構も 現時点で不明である.このように,シアノバクテリア,

緑藻,およびケイ藻におけるCCM収斂点の機構は,関 与する分子とそのCO2流路制御に大きな違いが見られ,

進化的な系統性も希薄である.しかしながら,本質的な 戦略として,RuBisCOを中心とした特殊領域を作り,

そこで局所的にCO2を発生させ,さらにCO2の漏出を 制御する機構を収斂進化させているという点で一致して いる(図6).

ほかの炭酸脱水素酵素とその局在

現在,CAはそのアミノ酸配列から

α

β

γ

δ

ε

および

ζ

の6つの型に分類されている.

α

および

β

型CAは動植物 に広く分布する.

γ

型はアーキアやシアノバクテリアな どに見られ,起源の古いCAと考えられてきたが,高等 植物のミトコンドリアなどにも同様のタンパク質が広く 見られることがわかってきている.しかし,このタンパ ク質のCA活性は認められていないため,

γ

型CAはもと もと別の機能を有し,一部がCAとしての機能を獲得し た進化起源の新しいCAという指摘もある.藻類CCM の研究から近年新たなCAが相次いで発見されている.

ε

-CAはシアノバクテリアや化学独立栄養細菌のカルボ キシゾームにのみ見られ,一方,

δ

および

ζ

型はケイ藻を 皮切りに海洋性クロミスタで新たに発見された(22, 23). しかしながら にはこれら新規のCA遺伝 子はなく,

α

β

,および

γ

型CAのみがゲノムにコードさ れている(14)

ゲノム上のCA遺伝子は全部で9個あ り,このうち2つの

β

型CAはこれまでに述べてきたピ レノイド型のPtCA1およびPtCA2である.残り7つの うち5つは

α

型CAおよび2つは

γ

型CAである.先に述 べた

β

型がピレノイドに局在するのに対し,

α

型CAはす べて葉緑体四重包膜系に局在する(14).また,2つの

γ

型 CAはともにミトコンドリアに局在する(14, 24).ケイ藻類 の葉緑体四重包膜はDICをはじめとする物質の葉緑体 への輸送に大きな障壁になり,それぞれの膜に特異的な 輸送体が必要と考えられる.しかし逆に,葉緑体からの CO2漏出に対しては,おそらく多段階の制御ポイントを 提供する構造と考えることも可能である.すなわち,

図5PtCA1の局在とその機構

A:PtCA1の分子モデル.C末端(262‒280)に局在に重要なα-へ リックスがある.B:C末端へリックスの疎水性クラスター(白 色).C:ケイ藻の透過型免疫電子顕微鏡写真,PtCA1抗体で金コ ロイド染色すると,ピレノイド(py)に局在が示される.D:野 生型PtCA1配列をGFP標識した融合タンパク質を発現する

.GFPのピレノイド局在がわかる.E:C末端疎水クラ スターをすべてグルタミン酸に置換したPtCA1:GFP融合タンパ ク質を発現させた場合.GFPはストロマ全体に拡散する.

(7)

CAによる葉緑体包膜間スペースにおけるCO2のHCO3

への変換はCO2漏出制御に高い機能を発揮しうる(図 6).ケイ藻や多くの二次共生藻類の四重葉緑体包膜は進 化の途上で退化せず現在まで受け継がれていることか ら,何らかの重要な機能があるものと考えられる.

α

型 CAの集中的な局在はこの点からも非常に興味深い結果 である.しかし,葉緑体包膜間スペースのpHは明らか ではなく,この部位の機能は不明である.

PtCA活性の酸化還元制御

話題をPtCAに戻すが,CO2をカルビン回路へ供給す るための酵素がどのような活性制御を受けているのかと いう問題は,その酵素ひいてはCCMのようなシステム 全体の生理的意義に重要なヒントを与えるものである.

一般的に高等植物や緑藻の葉緑体内代謝の多くは酸化還 元状態によって強い制御を受けている.この調節の多く は,光化学系電子伝達によりストロマに生じた還元力を フェレドキシン(Fd)‒チオレドキシン(Trx)系を介 して標的酵素のジスルフィドの開裂に用いることにより 酵素活性を調節する.Fd‒Trx系の標的はカルビン回路 をはじめ,窒素同化,脂肪酸合成,およびデンプン合成

など多岐にわたり,その数は機能未知の標的も含めると 300を超えると言われている.高等植物の葉緑体におい ては,,  ,  ,  ,および のTrxサブタイプが存在して いる.一方,ケイ藻では ,  ,  型Trxが葉緑体に局在し ているものの,カルビン回路にかかわるほとんどの酵素 が酸化還元制御を受けていないことが知られている(25). これはケイ藻カルビン回路の特徴の一つであるととも に,ケイ藻葉緑体におけるFd‒Trx系機能の謎でもあ る.

最近の研究で,ケイ藻葉緑体型TrxがPtCA1および PtCA2を標的として,還元により活性化していること が 実験で直接示されている(26).これら2つの PtCAには,活性部位の亜鉛リガンドである2つのシス テイン(Cys)のほかにPtCA1の105および166番目お よびPtCA2の102および163番目にCys残基がある(図 7.この2つのCysが還元的に開裂するとPtCAは活性 化し,分子内ジスルフィド結合を形成することにより不 活性化される(26).ジスルフィド開裂のための電子供与 は光化学系IからFd‒Trxを介して行われると考えられ る(26).一方で,酸化による分子内架橋は大気分圧を超 えるレベルの分子酸素が行っている(26).この特異性は 高く,かなり高濃度の酸化型アスコルビン酸,酸化型グ 図6CCMのモードとCAの役割

A : シアノバクテリアで詳細に解明されているCCM.細胞膜(pl)上の3種のHCO3輸送体およびチラコイド膜(Thy)上の2種の CO2→HCO3変換系によって蓄積されたHCO3が,カルボキシゾーム(Carb)侵入時にCcmMによってCO2に脱水されRuBisCOで固定 される.B : 緑藻 で提唱されているモデル.細胞質(Cyt)に取り込まれたHCO3は葉緑体包膜(Ce)のHCO3輸送体でさ らにストロマ(St)に送られ,ピレノイド(Py)を貫通するThyルーメンのCAH3でCO2に変換されRuBisCOに供給される.漏出する CO2はStでCAH6とLCIB/Cによって再捕捉される.C : で考えられるモデル.葉緑体ER(CER)およびCe上の輸送体で HCO3をPyへ送りPtCAによってCO2を発生してRuBisCOへ供給する.漏出するCO2はペリプラスチダル区画(PPC)のα-CA群によっ てHCO3に再変換され,再び輸送される.

(8)

ルタチオン,あるいは過酸化水素でも不活性化は起きな い(26).光化学系からのNADPHとATPがカルビン回路 で積極的に使われる局面ではPtCAが光化学系IIで生じ る酸素により不活性化される一方で,カルビン回路の ターンオーバーが弱まるような局面では光化学系Iの還 元圧の高まりに応答してPtCAは活性化されCO2供給力 を増強するのではないかと考えられる(図7).このよ うに,RuBisCOへのCO2供給は光化学系I, IIのエネル ギー状態に応じて微調整されているものと考えられる.

CCMと光化学系のかかわりはまだよくわかっていない が,CCMはカルビン回路へのCO2供給だけでなく,能 動輸送などで光エネルギーを消費する系でもあり,光ス トレスとのかかわりという側面からも興味深い課題であ る.

ケイ藻の転写レベルCO2応答

PtSLC4,PtCAなどのCCM因子は転写レベルでCO2

濃度の変動に応答しており,環境微生物の一次生産系が CO2変動へ応答する分子機構として興味深い現象であ る.PtCA1遺伝子である は数パーセント程度の CO2を混入した高CO2大気条件では転写されず,通常の 大気レベルCO2濃度(約0.04%)に移すと,50倍程度ま でその転写量が増加する(27).なお,転写抑制にかかわ るCO2濃度はおそらく大気レベルの数倍で十分な抑制 効果があるものと考えられるが,細胞が比較的高濃度で ある実験培養系では,ケイ藻細胞が活発にDICを使っ てしまう.このため筆者らは通常のCO2処理実験では 十分量のCO2を加えているが,これまでにケイ藻の高親 和性光合成の発現レベルの変動を培養液中のDIC濃度 を精密に調節して調べている.結論を言うと培養液中の CO2濃度がCCMレベルの主要決定因子であり,HCO3

や全DIC濃度はシグナルとなっていないことが で示されている(7).緑藻クラミドモナスやク ロレラのCCM制御でも同様の結果が示されており,シ アノバクテリアのCCMでは,全DICがCCM調節のシ グナルとなっているという結果と対照的である.おそら く,バクテリアのシステムではCO2減少に伴う光合成や 光呼吸の代謝バランスシフトがメタボライトシグナルを 形成するのに対し,真核生物のシステムでは直接的なセ ンサーなどがより強い影響を及ぼしているものと筆者ら は考えている.

興味深いことに,低CO2順化時の 転写活性は,

光を消してしまうと50%程度に低下する.またcAMP アナログであるジブチリルcAMP(dbcAMP)(0.5 mM 程度)を加えると,光照射下の低CO2においても 転写をほぼ完全に抑制する(27).これらの事実から やそのほかのCCM因子の転写制御には光とCO2のクロ ストークおよび二次メッセンジャーとしてcAMPがか かわっていることが強く示唆されている.光とCO2の クロストークはシアノバクテリアや緑藻でも観察されて おり,CCM制御に一般的な特徴と言えるが,一方で cAMPのCCM制御への関与はシアノバクテリア,緑藻 で認められておらず,動物細胞に近い最終宿主と共生し て成立したと考えられるクロミスタなど,二次共生藻に 特有の現象である可能もある.

遺伝子のプロモーター領域(P )約1.3 kbp に対し,5′トランケーション,リンカースキャン,およ び1塩基置換による一連のシスエレメント絞り込み実験 を行った結果, 転写開始点から−90 〜−38の領 域にTGACGT/Cのコンセンサス配列が3つ互いに逆方 向に配置した領域がCO2とcAMPに応答するための必 須配列であることが示された(27, 28)(図8.このエレメン ト はCO2/cAMP responsive element(CCRE)1 〜 3と

図7PtCA1およびPtCA2の構造と 酸化還元調節モデル

A, B : ピ レ ノ イ ド 型 CA, PtCA1およびPtCA2の構造モデ ルと,分子内ジスルフィド形成による 酵素不活性化に働くシステイン残基

(緑 色).C : 葉 緑 体 内 で 予 想 さ れ る PtCA1, 2酸化還元制御モデル.Fd : フェレドキシン,FTR : フェレドキシ ン‒チ オ レ ド キ シ ン レ ダ ク タ ー ゼ,

Trx : チオレドキシン.

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名づけられ,このうち中心にあるCCRE2がほかの2つ に 対 し て 逆 向 き に 配 置 す る エ レ メ ン ト で あ る(28). CCRE2を削除するだけで高CO2での転写抑制が消失す るのに対して,CCRE1あるいはCCRE3のいずれかが削 除されてもCO2応答性に影響しない.さらにCCRE2も 単独ではCO2応答性エレメントとして機能しないこと から,これらのエレメントはCCRE2を中心として,

CCRE1/2あるいはCCRE2/3の組み合わせで機能するこ とが示されている(28).これらの組み合わせはともに配 列が相補的であり,転写制御の際にステムループ構造な どの立体構造を形成して機能する可能性が考えられる

(図8).

CCREは哺乳類でよく知られているcAMP応答型の bZIP転写因子であるATF6(Activating Transcription  Factor6)の典型的な標的配列である.

ゲノムには少なくとも8つのATF6型DNA結合領域を 有するbZIP遺伝子がある( , , , , , ,

, )(図8).これらを大腸菌で強制発現し,

でCCRE配列との結合を観察した結果,PtbZIP11が特 異的なCCRE結合因子であることがわかっている(28)

現在,PtbZIP11の相互作用因子やこれよりさらに上 流のシグナル伝達系,およびCO2センシング系はわかっ ていない.ただし,cAMPがCO2シグナルのセカンド メッセンジャーとして働いていることから,cAMPの生 成系や分解系の活性がDICをエフェクターとして調節 されることによりシグナルを感知している可能性が考え

られる(図8).これまでに,シアノバクテリアから哺 乳類まで保存されている可溶型アデニル酸シクラーゼ

(sAC) がDICセ ン サ ー で あ る こ と が 報 告 さ れ て い

(29, 30).2種のモデルケイ藻ゲノムにおいても,sAC候

補遺伝子は存在し,これらはCO2あるいはHCO3をエ フェクターとする場合に保存されているアミノ酸配列を 有している(10).興味深いことに,ケイ藻の膜貫通型AC

(tmAC)候補の中にもDICをエフェクターとして活性 調節される可能性のある一次構造を有するものがあ る(10).また動物などでよく知られたcAMPシグナリン グ系を構成する可能性のあるタンパク質をコードした遺 伝子候補も一部を除いてケイ藻ゲノムに発見されてい る.これらのCO2応答における機能解析が待たれると ころである.

おわりに:ケイ藻に見る多様性と普遍性

本稿では海洋性ケイ藻が光合成の基質であるCO2を 獲得するメカニズムとCO2のレベルに応答する仕組み について,ゲノム株のモデル海洋性ケイ藻で現在わかっ ている分子レベルの情報をまとめた.今回無機炭素を無 機炭素のまま濃縮しRuBisCOまで送り届けるCCMにつ いてのみ解説したが,これは最近バイオフィジカル CCMと呼ばれ,もう一つのCCMであるC4代謝系と区 別されている.C4代謝系は主に高等植物に見られるメ カニズムでバイオケミカルCCMとも呼ばれるが,一部 図8 プロモーターコア領域の構造とPtbZIPによるCO2応答転写制御モデル

A: 転写開始点より,上流90 bpまでのコア調節領域の配列.CCRE2はほかの2つのCCRE配列に対して逆方向に配置している.B:

CCRE配列を標的とすることが考えられるヒトATF6型のケイ藻bZIP転写因子候補配列.bZIP領域部のみのアライメント.●CCRE予想 結合部位.*ロイシンジッパー領域.C:cAMPシグナル系をセカンドメッセンジャーとしたCO2応答性 プロモーター制御モデル.

PttmAC:膜型AC,PtsAC:可溶型AC,PDE:ホスホジエステラーゼ,PKA:プロテインキナーゼA,CBP:cAMP応答配列結合タン パク質.不確定な因子には?を付しているが,これらの遺伝子は ゲノム上に存在する.

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の大型海洋性ケイ藻種はバイオフィジカルCCMに加え てC4型のバイオケミカルCCMも有するハイブリッド型 CCMを有するケースが報告されている.筆者らの最近 の研究から,CAの局在にも種間で大きな差があり,海 洋性ケイ藻におけるCCMがかなりの多様性をもつこと が強く示唆されている(24).ケイ藻類は大きく分けて,

中心目(Centrics)と羽状目(Pennates)に分けられ る.それぞれの目にはさらに2亜目があり,中心目は Radial CentricsとMultipolar Centricsに, 羽 状 目 は Araphid PennatesとRaphid Pennatesか ら な る.2億 5000万年前にRadial Centricsが出現してからケイ藻は 大陸移動に伴って適応放散し,1億3000万年前にMulti- polar Centricsが,8000万 年 前 にAraphid Pennateが,

そして4000万年前にRaphid Pennateが現れている.こ れらのケイ藻はその細胞のサイズ・形状において極端に 多様化しており,数ミリメートルから数マイクロメート ルまでのものがある.また葉緑体数も細胞あたり1個か ら数百個まで実に多様である.おそらくCO2を獲得す る仕組みは細胞のサイズ・形状や葉緑体の形態と密接に かかわる事象と考えられる.これはケイ藻に限ったこと ではなく,ある程度の普遍的な相互関係に基づく可能性 がある.たとえば緑色植物でも陸生化と細胞の巨大化に 伴い,細胞あたりの葉緑体数が多数化し,ピレノイドと バイオフィジカルCCMの消失および一部の植物ではC4

型光合成の獲得が見られている.二次共生植物において も細胞形態の多様化とCCMの様式には一定の法則性が あるのではないかと筆者らは考えている.

一方でケイ藻ゲノムの詳細な解析から,ケイ藻が常識 的には考えにくいさまざまな代謝の組み合わせを進化の 過程で試行してきた生物であることが垣間見られる.ケ イ藻葉緑体で働くタンパク質のうち,核コードのものの 75%以上が緑藻型,葉緑体コードのものは紅藻型である ことが指摘されている.このことから,ケイ藻の二次共 生では緑藻がまず取り込まれて葉緑体となり(図3), これに伴って緑藻型遺伝情報が核に移行,その後間もな く紅藻が取り込まれて緑藻型葉緑体に取って代わったこ とが示唆されている(図3).この複雑な過程を経て成 立したケイ藻類の核ゲノムは,繊毛虫類と考えられる動 物型祖先真核宿主ゲノム,緑藻型および紅藻型の遺伝子 とともに,クラミジアやプロテオバクテリア型遺伝子の 水平伝播も受けてモザイク化している.その結果,ケイ 藻類ではさまざまな系統由来の代謝系がオルガネラ間で 重複した経路を成し,これらが基質やタンパク質の輸送 経路を通じて互いに連携し,既知の植物型代謝には見ら れないバクテリア型代謝あるいは動物型代謝を取り込ん

だネットワークを構成している(31).その例として,ケ イ藻では完全な尿素回路が機能しており,これが炭素と 窒素のリサイクル系として働き,栄養飢餓からの回復時 に重要な役割を担っている(32).一方,光化学系の過励 起電子をバイパスして散逸させる経路として,ミトコン ドリアのオルタネティヴオキシダーセのシステムを使っ ているという報告もある(33).また糖代謝経路にエント ナー・ドウドロフ経路が機能している(34).本稿で解説 したSLC型HCO3輸送体やCO2応答とcAMPシグナル 系の密接な関連なども同様の例として挙げてよいだろ う.また,ケイ藻ゲノムに含まれるORFの50%程度,

数にして4,000を超える遺伝子が未知のユニークタンパ ク質をコードしており,これらの機能は全くわかってい ない.一次生産や環境応答にかかわる経路にも今後全く 新奇の因子や思いもよらなかった既知代謝反応経路の転 用が見いだされる可能がある.

ケイ藻類の一次代謝や生理はどこまでユニークなの か,そしてケイ藻種間でどの程度の多様性をもつのかな ど,予測しにくい問題はあるが,ゲノム株で分子研究の 道が開けていることは大きなブレイクスルーである.限 られた株における分子知見が増え,その情報との比較が 今後進んでいくことによって,ケイ藻機能の多様性と普 遍性が遠からず明らかになっていくと考えられる.冒頭 に述べたようなケイ藻研究の分野貫通的な研究価値が今 後より具体的に高まっていくことを期待している.

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プロフィル

松田 祐介(Yusuke MATSUDA)   

<略歴>1987年北海道大学農学部農芸 化学科卒業/1989年同大学大学院農学研 究科修士課程修了/1993年同大学大学院 農学研究科博士後期課程修了,博士(農 学)/同年カナダオンタリオ州立ヨーク大 学理工学部ポストドクトラルフェロー/

1995年同大学理工学部リサーチアソシ エート/1997年関西学院大学理学部化学 科専任講師/2002年同大学理工学部生命 科学科准教授/2008年同大学理工学部生 命科学科教授,現在に至る<研究テーマと 抱負>電顕でも見えない細胞内の境目の機 能をいかに知ることができるだろうか? 

ワインの味と地の塩の関係についても頻繁 に考察している<趣味>お酒飲みながら料 理,スキー

中島 健介(Kensuke NAKAJIMA)   

<略歴>2004年関西学院大学理学部化学 科卒業/2006年同大学大学院理工学研究 科生命科学専攻修士課程修了/2012年同 大学大学院理工学研究科生命科学専攻博士 後期課程単位取得退学/同年関西学院大学 大学院理工学研究科大学院研究員/2013 年同大学大学院理工学研究科生命科学専 攻,博士号取得(理学)/同年関西学院大 学大学院理工学研究科博士研究員,現在に 至る<研究テーマと抱負>海洋性ケイ藻の 有用物質生産に重要な無機炭素および無機 栄養の獲得機構を分子レベルで解明するこ とを現在の研究テーマにしている.この研 究を基に,将来的には海洋性ケイ藻を有用 物質生産工場として利用し,さまざまな産 業分野と連携を図っていきたいと考えてい る<趣味>ドライブ,キャンプ,音楽鑑賞 菊谷 早絵(Sae KIKUTANI)   

<略歴>2005年関西学院大学理学部化学 科卒業/2007年同大学大学院理工学研究 科生命科学専攻博士前期課程修了/2013 年同大学大学院理工学研究科生命科学専攻 博士後期課程修了,博士号(理学)取得/

2014年同大学大学院理工学研究科博士研 究員,現在に至る<研究テーマと抱負>海 洋性ケイ藻葉緑体ピレノイドの生化学的構 造と機能の解明.<趣味>フラワーアレン ジメント,ヨガ

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