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統合メタボロミクスによる有用植物資源の開発 - J-Stage

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はじめに

メタボロミクスはわずか十数年の歴史しか有していな いゲノム関連科学であるにもかかわらず(1)

,天然化合物

の探索,生合成そして機能研究に革命的な変化をもたら しつつある.新しい研究分野であるメタボロミクスと従 来の天然物化学研究は,その手法の違いから異なるもの として誤解され,両者が統合される機会が少ないまま現 在に至っている.しかし,生物由来の化合物を扱ってい るという点では全く同じであり,ヒトに有益な化合物の 生合成機構を解明し,それを応用するといった最終的な 研究目標もまた同じである.両者の長短所を正しく理解 し,統合すれば,より強力な研究分野となることは想像 に難くない.そこで,本章では植物を例にとり,天然物 化学研究と質量分析を基盤としたメタボロミクス(以 下,単にメタボロミクスと記載する)との統合やその応 用例について紹介したい.

天然物化学研究とメタボロミクスの長所と短所 ここに医薬学的あるいは農学的に有用な植物があると する.その化合物に着目し,新規活性成分を明らかにす る場合,いくつかの実験戦略が考えられる.そのうちの 一つが従来の天然物化学研究によるものである.一種の 植物は数千とも言われる化学的多様性に富んだ化合物を

有しており,単一の精製手法だけでは目的成分を単離す ることはできない.よって,複数の精製方法を組み合わ せた戦略が求められる.たとえば,活性を指標にした単 離の場合,以下のような戦略が考えられる.まず,植物 を有機溶媒や水で液液分配抽出し,可溶性画分を得る.

次に,目的の活性が評価できる試験に各画分の抽出物を 供し,活性の有無を判断する.活性が認められた場合,

薄層クロマトグラフィー(TLC)で当該画分の抽出物 の分離条件を検討する.目的化合物があらかじめ焦点を 当てている化合物群であるなら発色試薬を用いて有無を 判断する.TLCの展開溶媒の組み合わせと比率が決ま れば,当該画分をカラムクロマトグラフィーに供し,精 製を行う.その後,再度活性の有無をすべての画分で調 べ て 活 性 画 分 を 明 ら か に し,カ ラ ム ク ロ マ ト グ ラ フィー,中圧液体クロマトグラフィー(MPLC)や高速 液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いた精製を繰り 返すことで活性を有する化合物を単離する.最終的に核 磁気共鳴(NMR)や質量分析(MS)などの機器分析に より構造式を決定し,新規化合物であるかどうかをデー タベースで検索する.このような天然物化学的手法の長 所は,確実に構造を明らかにするという点にある.しか しながら,同時にこういった時間と労力をかける手法が かえって短所となってしまっている.また,せっかく単 離・構造決定を行っても既知化合物であったという例は 非常に多いので,この点も短所となっている.これは,

セミナー室

天然化合物の探索と創製-1

第一部:天然化合物の探索と活性評価

統合メタボロミクスによる有用植物資源の開発

中林 亮 * 1 ,浅野 孝 * 2 ,山崎真巳 * 3 ,斉藤和季 * 1

,

3

*1理化学研究所環境資源科学研究センター,*2岩手医科大学薬学部,*3千葉大学大学院薬学研究院

(2)

単離の前段階として得られる情報がTLCの発色試薬あ るいはHPLCなどのUVスペクトルにのみに依存し,対 象としている化合物が既知か未知かの判断ができないた めである.

近年,メタボロミクスの発展により関連の手法を用い て新規活性成分を探究する基盤が整ってきた.メタボロ ミクスは,ある生体内の全代謝産物(メタボローム)を 網羅的に解析する手法である.植物の化合物は前述のよ うに化学的多様性に富むので,単一の手法でそのすべて を分析することはできない.そこで,メタボロミクスで はガスクロマトグラフィー−質量分析(GC-MS)

,キャ

ピラリー電気泳動−質量分析(CE-MS)

,液体クロマト

グラフィー−質量分析(LC-MS)

,マトリックス支援

レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)および フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴−質量分析

(FTICR-MS)などの複数の質量分析を組み合わせるこ とで植物メタボロームに迫る試みがなされている(2)

.メ

タボロミクスにおける化合物情報の化学的注釈づけは,

取得したMSおよびMS/MSスペクトルと論文やデータ ベースなどのリファレンススペクトルとを照合すること により行われる.Metabolome Standards Initiativeは,

化学的注釈づけへの誤った解釈を未然に防ぐためにガイ ドラインを発表し,level 1 : identification,level 2 : an- notation,level 3 : characterization,level 4 : unknown という4段階のタグを化合物情報とともに付与すること を推奨している(3, 4)

.これによりメタボロームデータの

高精度なピーク分類が可能となっている.メタボロミク スの長所は,標品化合物やリファレンススペクトルを駆 使することにより,level 1 : identificationあるいはlevel  2 : annotationとタグ付けされる既知の代謝物情報が一 挙に数十から二百数十程度得られることである.一方,

短 所 と し て はlevel 3 : characterizationあ る い はlevel 

4 : unknownとタグ付けされる化合物由来のピークの構 造解析が極めて困難な点である.これはすべての質量分 析で共通の問題であるが,特に標品化合物が十分に市販 されておらず,データベース化が進んでいない特異的代 謝物(二次代謝物)を主な分析対象としているLC-MS で深刻な課題となっている.

天然物化学研究とメタボロミクスの統合による効率 化とハイスループット化

天然物化学研究とメタボロミクスの長所はそれぞれの 短所を補う関係にある.よって,これらの統合により効 率的かつハイスループットに天然化合物を明らかにする 戦略を立案することが可能となる.たとえば,図

1

Aの ような統合戦略が考えられる.溶媒可溶性画分の化合物 に関する事前情報を正確に得るためにメタボロミクスの 要素を組み入れる.当該画分に活性が認められた場合,

その画分のメタボロームデータを取得し,データベース の情報と照合することにより,level 1 〜4のタグ付けを 行う.つまり,データベースの化合物情報を活かし,既 知物質と未知物質の分類を効率的に行う.次の段階で は,画分内にどのような未知化合物が含まれているかを 精査し,精製方法を立案する.この際,TLC発色試薬 は主要な特異的代謝物の存在の有無を調べるためには効 果を発揮する.しかしながら,それ以上の詳細な情報は 得ることができない.近年,メタボロミクスではlevel  4 : unknownとタグ付けされる化合物由来のピークに組 成式,部分構造あるいは原子の数といった構造情報を付 与する研究がなされている.これにより未知ピークは全 くの未知ではなく,ある程度部分的な構造情報が明らか となった未知ピークとなってきた.事前にそのような構 造情報が決定されていることが,発色試薬による含有の 示唆よりも精製のモチベーションを上げるということは 連載開始にあたって:天然化合物の探索と創製

植物・微生物が生産する天然化合物の中から抗がん剤,

抗生物質,免疫抑制剤,農薬など多くの有用化合物が見い だされている.近年,新規生理活性化合物の取得が徐々に 困難になっており,合成ライブラリーも創薬シーズの探索 源として用いられているが,人智を超えた多様な構造と強 力な生理活性を有する天然化合物の探索とその活用研究の 重要性は明らかである.

本セミナー室では,最近の天然化合物研究の動向を紹介 する.第一部では天然化合物の探索と活性評価というテー

マで,植物メタボローム解析や微生物代謝産物のデータ ベースを活用した新規化合物の効率的探索,分子標的の開 拓や機能解析研究について紹介していただく.第二部で は,天然物の創製というテーマで,異種発現による有用天 然化合物の生産,微生物二次代謝産物の生合成機構解析,

未利用遺伝子の覚醒手法について紹介していただく.本セ ミナー室が天然化合物の研究を目指す多くの研究者の参考 になることを願っている.

  (高橋俊二,理化学研究所)

(3)

言うまでもない.FTICR-MSを用いたメタボロミクス では,極めて高い質量精度(1 ppm以下)とピーク分解 能(1,000,000 fwhm以上)による分析が可能である(5)

筆者らはLC-FTICR-MSを用いて含硫黄代謝物特異的分 析法(S-omics)を確立した(6)

.本法によりメタボロー

ムデータからタマネギ( )に含まれる含硫 代謝物由来の未知ピークを抽出し,その組成を同定する ことに成功した.天然にはそれぞれ異なる精密質量と存 在比をもつ32Sと34Sが豊富に存在している.それらの理 論的な質量の差は1.995796であり,MSで検出される32S を含むモノアイソトピックイオンと34Sを含む同位体イ オンの質量の差と同じである.よって,LC-FTICR-MS の質量精度と分解能により,メタボロームデータから上 記イオンのペアを抽出することができる.抽出されたモ ノアイソトピックイオンの精密質量からは推定組成式が 得られる.最終的に,13C標識されたタマネギと非標識 のMSスペクトルの差を計算することにより当該ピーク の炭素数を導き出し,この炭素数と推定組成式とを鑑み ることにより単一の組成式を同定した.最近では,

FTICR-MSと34S標識と非標識のシロイヌナズナ(

)を用いて含硫黄代謝物由来の未知ピー クの組成式が同定されている(7)

.このようにFTICR-

MSは硫黄をはじめとしたヘテロ原子含有代謝物を精度 良く,また効率的に発見するために非常に有用である.

しかしながら,それ自体が非常に高価であるために上記 の手法が誰にでも可能というわけではない.そこで,筆 者らはLC-FTICR-MSで取得した種々の植物のメタボ ロームデータをPRIMe〈http://prime.psc.riken.jp/〉(8, 9)

内のウェブサイトDROP Met〈http://prime.psc.riken.

jp/?action

=drop̲index〉 で 公 開 し て い る.

ま た,

PRIMe内でそれらのデータを用いた硫黄原子などのヘ テロ原子含有イオンの解析支援オンラインツールRIKEN  HIFI〈http://spectra.psc.riken.jp/menta.cgi/hifi/index〉

(澤田ら,投稿準備中)も公開している.今後,モデル 植物をはじめとして主要な農産物などの超高性能なメタ ボロームデータを順次公開していく予定である.

目的の未知ピークが明確になれば,それを追跡するこ とにより効率的な精製が可能となる.分取LC-MSは,

図1天然物化学とメタボロミク スとの統合とその応用

Picture courtesy of LC-SPE-NMR- MS by Bruker BioSpin.

(4)

LC-MS分析と分取精製が同時に行えるため,目的ピー クのMSあるいはUVスペクトルをトリガーとして分取 を行うことができる.本機器を用いてイネから5種の新 規フラボノイドと8種の既知フラボリグナンを含む36種 の特異的代謝物が単離された(10)

.また,最近ではLC-

SPE-NMR-MSがメタボロミクス分野に導入されており,

標的化された未知ピークの効率的精製および構造決定が 試みられている(11)

.今後,これらメタボロミクス的要

素を活かした精製に従来の手法を組み合わせれば,新規 化合物の発見効率は飛躍的に向上するだろう.構造情報 が明らかとなれば,ファイトケミカルゲノミクス(phy- tochemical genomics)研究を行うことによりその生合 成機構を明らかにすることができる(図1B)

モデル植物におけるファイトケミカルゲノミクス研究 ファイトケミカルゲノミクスとは,天然物化学,生化 学,分子生物学,遺伝学といった従来の研究分野と,ゲ ノミクス,トランスクリプトミクス,プロテオミクス,

メタボロミクスやバイオインフォマティクスなどの比較 的新しい分野とを統合し,ゲノムから代謝物レベルまで 横断的に植物代謝物に関する事象を解明する研究分野の ことを指す(12)

.これにより,ゲノムを基盤とした包括

的な特異的代謝物の生合成の基本原理に迫ることが可能 となった.遺伝子や代謝物の機能同定は,作物育種や合 成生物学への応用展開を可能とする.本章では一例とし て,ゲノム植物の先駆的立場にあるシロイヌナズナにお いて進められている環境ストレス(生物学的あるいは非 生物学的ストレス)耐性にかかわる化合物のファイトケ ミカルゲノミクス研究について紹介する.

特異的代謝物は,植物が環境ストレスに適応するため に生合成していると考えられている.フラボノイド(fla- vonoid)は植物における代表的な特異的代謝物群の一つ であり,抗酸化活性やアレロパシー活性など多岐にわた る生物活性を示す.植物は,体内においてフラボノイド の抗酸化活性により環境ストレスを緩和していると考え られているが,これまでに実験的な証明はなされていな かった.そこで,シロイヌナズナの野生株Col-0,フラボ ノイド生合成制御転写因子単一過剰発現体(MYB12OX および )

,フラボノイド生合成制御転写因子二重

過剰発現体(WOX1)

,フラボノイド欠損変異体( ) ,

MYB過剰発現フラボノイド欠損変異体(MYB12OX/

および / )を用いて乾燥ストレス耐性とフラボ ノイドの植物体内での抗酸化活性能が調べられた.ま ず,これらの植物におけるメタボロミクスとトランスク

リプトミクスを行った結果,これら植物体間での顕著な 環境耐性の差は,フラボノイド分子の蓄積量とフラボノ イド生合成遺伝子の発現量の違いによるものであること がわかった.つまり,フラボノイド生合成の誘導によ り,環境ストレス耐性にかかわる遺伝子の発現は誘導さ れず,フラボノイド分子自体が環境耐性に直接寄与して いることが示された.次に,これら植物体を用いてフラ ボノイドが非生物学的ストレス下において植物体内の活 性酸素種(ROS)の蓄積を緩和するかどうかを調べるた め に2,2-diphenyl-1-picrylhydrazyl,methyl viologenそ して3,3′-diaminobenzidineによる抗酸化活性試験が行わ れた.その結果,強い抗酸化活性能をもつアントシアニ ンの過剰蓄積は,酸化および乾燥ストレス下において ROS蓄積を緩和し,それぞれの耐性獲得に寄与するこ とがわかった(13)

.ROSの蓄積は環境ストレスに共通す

る因子の一つである.フラボノイドのROS蓄積緩和能 を用いることで,非生物学的ストレスのみならず生物学 的ストレスに対する耐性の向上への応用が期待できる.

メチオニン(methionine)

,フェニルアラニン(phen-

ylalanine)あるいはトリプトファン(tryptophan)か ら生合成されるグルコシノレート(glucosinolate)は,

昆虫や病原菌などによる生物学的ストレスに対する主要 な防御物質の一群である.シロイヌナズナにおいてグル コシノレートの生合成遺伝子やその発現を制御する転写 因子はこれまでにほぼ解明されているが(14)

,その長距

離輸送に関する分子的機序は未解明であった.近年,細 胞膜局在型の電位依存性グルコシノレート特異的トラン スポーターであるGTR1およびGTR2がシロイヌナズナ において初めて同定された(15)

二重変異体に おいてグルコシノレートは種子に蓄積せず,貯蔵組織で ある葉や鞘にコントロールの野生株と比べて10倍以上 蓄積されていた.これはGTR1およびGTR2がグルコシ ノレートの長距離輸送に必須であることを示している.

このグルコシノレート特異的トランスポーターの同定は,

部位特異的な防御物質の蓄積場所の改変などに利用する ことができる.これにより,商業的に利用価値が高い農 産物の特定の部位を外敵から保護できるかもしれない.

最後に,特異的代謝物ではないが植物の重要な代謝物 の一つである脂質に関するファイトケミカルゲノミクス 研究の一例を紹介する.植物は,膜脂質の主要物質であ るリン脂質を体内で再構築することでリン欠乏環境(非 生物学的ストレス)に適応している.一般的に植物体内 では,リン脂質とスルフォキノボシルジアシルグリセ ロール(sulfoquinovosyldiacylglycerol ; SQDG)やジガ ラクトシルジアシルグリセロール(digalactosyldiacyl-

(5)

glycerol ; DGDG)などのグリセロ脂質との間での再構 築が行われている.これまでに,リン脂質の再構築に関 与するシグナル伝達や糖転移酵素遺伝子の研究が盛んに 行われていたが,多様な疎水性の分子種である脂質の網 羅的な分析は行われていなかった.そこで,LC-MSを 用いた脂質に特化した非ターゲット分析リピドミクス

(lipidomics)を用いて低リン環境下での脂質の挙動が調 べられた.その結果,低リン環境下で蓄積量が増加する グルクロノシルジアシルグリセロール(glucuronosyl- diacylglycerol ; GlcADG)とその生合成に関与する遺伝 子 ( 合成酵素遺伝子)の機能が同定され た(16)

遺伝子欠損変異体は低リン環境下で顕著 な生育不良を起こす.これは,GlcADGが膜脂質環境に おける重要な役割をもっていることを示している.シロ イヌナズナのほかにイネ(  cv. Nipponbare)

においても同様に低リン存在下におけるGlcADGの蓄積 量の増加が確認されており,GlcADGは植物全般におい て重要な生理的役割をもつことが示唆されている.リン 脂質の生体内における再構築機構を明らかにすることが できれば,低リン肥料による持続可能な農業につながる 植物のリンに対する耐性機構の解明が期待できる.

薬用植物におけるファイトケミカルゲノミクス研究 アルカロイド(alkaloid)は含窒素化合物の総称であ る.モルヒネ(morphine)やカンプトテシン(campto- thecin)などに代表される多くのアルカロイドは,古来 よりさまざまな疾病の治療に用いられてきた.シロイヌ ナズナなどのモデル植物と異なり,アルカロイドを豊富 に含む薬用植物では,化合物やゲノム配列の情報整備が 十分でないことが多いため,生合成機構が未解明のまま であることが多い.そこで本章では,生合成機構の解明 を目的として,メタボロミクスとトランスクリプトミク スを統合させることにより,生合成に関与する代謝物と 酵素遺伝子の絞り込みに成功したアルカロイド生合成研 究の例を紹介する.

1.  チャボイナモリ( )における カンプトテシンの生合成

カンプトテシンは,トポイソメラーゼⅠ (topoisomerase  I)阻害効果による強力な抗腫瘍活性を示すモノテルペ ノイドインドールアルカロイド(monoterpenoid indole  alkaloid)である.本化合物は強い抗腫瘍活性をもつが,

それ自体は毒性が非常に強い.それゆえ,化学修飾によ り毒性を低減させたカンプトテシンの誘導体であるイリ

ノテカン(irinotecan)およびトポテカン(topotecan)

が抗腫瘍剤として世界中で広く用いられている.カンプ トテシン含有植物としては,ヌマミズキ科のキジュ

( )やアカネ科のチャボイナモ

リ( )が知られている.チャボイナ モリは,組織培養が比較的容易であることから,細胞 培養系構築に関する研究が活発に行われてきた(17, 18)

チャボイナモリ無菌植物体の茎切片への

の感染によって誘導された毛状根では,カン プトテシンおよびその関連アルカロイドが高蓄積するの に対し,その毛状根から誘導した懸濁培養細胞では,こ れらアルカロイドは全く蓄積しない(18)

.そこで,チャ

ボイナモリの毛状根と懸濁培養細胞を用いたトランスク リプトミクスとメタボロミクスの統合オミクスにより,

カンプトテシン生合成に関与する候補遺伝子と中間体の 絞り込みが行われた(19)

まず,毛状根と懸濁培養細胞で発現している遺伝子配 列の収集を目的として,次世代シークエンサー(illumi- na HiSeq 2000)を用いたトランスクリプトミクスが行 われ,それぞれのサンプルから合計2 Gbの配列が得ら れた.次に,毛状根の完全長cDNAライブラリーを構 築した後,Sanger法を用いて読まれたESTクローンを つなぎ合わせた.最終的に得られた合計35,608の非重複 遺伝子の中で,3,649遺伝子は懸濁培養細胞よりも毛状 根で優位に発現していた.毛状根で優位に発現していた 遺伝子の中には,カンプトテシン生合成,特にストリク トサミド(strictosamide)以降の反応(図

2

)やアント ラキノン(anthraquinone)やクロロゲン酸(chlorogenic  acid)の生合成に関する候補遺伝子が含まれていた.一 方,メタボロミクスについては,FTICR-MSを用いて 行われた.その結果,懸濁培養細胞に比べて毛状根にお いて優位に蓄積している化合物が存在し,その中にはス トリクトサミド,プミロシド(pumiloside)

,デオキシ

プミロシド(deoxypumiloside)などのカンプトテシン 中間体と考えられる化合物が存在することが明らかと なった.また,いくつかのアントラキノンやクロロゲン 酸も毛状根において優位に蓄積していることが示され た.次に,仮想中間体のカンプトテシン生合成への関与 を確かめるために,トリプトファン脱炭酸酵素(trypto- phan decarboxylase ; TDC)とセコロガニン合成酵素

(secologanin synthase ; SLS)をコードする遺伝子の発 現をRNA干渉(RNAi)法により抑制したチャボイナ モリ毛状根を用いてLC-FTICR-MSによる代謝物プロ ファイリングが行われた(18)

.その結果,多くのTDCお

よびSLS発現抑制毛状根において,カンプトテシンと

(6)

ストリクトシジン(strictosidine)

,ストリクトサミド,

プミロシド,デオキシプミロシドの蓄積量が減少してい ることが明らかとなった.セコロガニンの蓄積レベルは TDC発現レベルと強い負の相関を示し,ロガニン(lo- ganin)はSLS発現レベルと負の相関を示した.これら の結果から,TDCまたはSLSの発現変動と協調的に蓄 積量が変動するアルカロイドはカンプトテシン生合成に 含まれる可能性が高いことが明らかになり,新規の生合 成仮想中間体として2種(C26H26N2O8およびC20H16N2O3) が同定された(図2)

2.  キノリチジンアルカロイドおよびベンジルイソキノ リンアルカロイドの生合成

ここまでカンプトテシン生合成の研究例について述べ てきた.次にメタボロミクスとトランスクリプトミクス の統合により,アルカロイド生合成に関与する代謝物や 酵素遺伝子の絞り込みに成功した他の例についても簡単 に紹介する.

Bunsupaらは,キノリチジンアルカロイド(quinoli- zidine alkaloid)の分子レベルでの生合成機構を明らか にするために,マメ科植物ホソバルピナス(

)のアルカロイド生産品種(ビター品種)

と非生産品種(スイート品種)のdifferential PCR-select  subtraction法による,ビター品種に特異的に発現する 遺伝子の網羅的な発現プロファイリングを行った(20〜22)

その結果,ビター品種特異的発現遺伝子として,リジン

(lysine)からカダベリン(cadaverine)への反応を行う リジン脱炭酸酵素(lysine decarboxylase ; LDC)遺伝 子が単離された(21)

.また,キノリチジンアルカロイド

生合成においてエステル化反応を行うアシル基転移酵素 遺伝子も単離されたことから(20)

,標的とするアルカロ

イドの生産の有無に基づく特異的発現遺伝子のプロファ イリングが,ゲノム配列情報が整備されていない植物に おける生合成遺伝子探索に適した手法であることが示さ れた.

Farrowらは,ベンジルイソキノリンアルカロイド

(benzylisoquinoline alkaloid)を生合成するケシ科,メ ギ科,キンポウゲ科およびツヅラフジ科に属する18種 の植物の培養細胞についてSanger法を用いたトランス クリプトミクスを展開し,合計58,787のESTクローン データを得た(23)

.また,ベンジルイソキノリンアルカ

ロイドをターゲットとするLC-MSを用いたメタボロミ クスにより72種の培養細胞抽出エキスについてのメタ ボロームデータを得た(23)

.これらデータの比較統合解

析により,ベンジルイソキノリンアルカロイド生合成の 中間体と生合成酵素遺伝子の候補の絞り込みが可能であ ることが証明された.

図2カンプトテシン仮想生合成 経路

(7)

おわりに

天然物化学研究とメタボロミクスの統合においてもう 一つの重要な要素は単離・構造決定した化合物について の情報のデータベース化である.なぜ,各研究組織単位 では伝統的で精度の良い研究展開が可能なのか? それ は,経験という情報を伝え,継承しているからだと言え る.この経験を高度に展開していくためのデータベース 化と言ったほうが良いかもしれない.たとえば,メタボ ロミクスでの化学的注釈づけに必要な当該化合物のMS やMS/MSスペクトルの精密質量,組成,シグナル強度 などの情報は,次回の精製時に未知ピークを見つけるた めの有益な情報となる.また,単離化合物の一次元およ び二次元NMRデータは,構造決定を自動化するための 重要な情報となる.

単離化合物自体の情報をデータベース化し,公開する ことも応用研究へと展開していくうえで非常に重要であ る.先にも述べたが,特異的代謝物の標品はほとんど市 販されていない.このため,それを必要とする研究は 滞ってしまう.ということは,既知化合物だからといっ てお蔵入りになってしまう化合物でも,世の中にはその 化合物を欲している研究者は非常に多いはずである.次 世代シークエンサーの登場により,多岐にわたる植物で ゲノムやトランスクリプトームが安価に解読され,当た り前のように遺伝子レベルの研究が行われている.今 後,このような植物における特異的代謝物の生合成機構 の研究頻度は,ますます高まってくることが予想され る.このような共同研究の好機を逃さないためにも情報 発信が必要である.どうすればよいか? 化合物提供者 側があらかじめ共同研究として単離化合物を分与すると いう意思を示す必要がある.こうすれば検索者側は一か ら交渉を進める必要がなく,共同研究を円滑に進めるこ

とができるはずである.そこで,筆者らは天然物化学研 究者とメタボロミクスをはじめとする他分野の研究者と の共同研究推進を目的とした標品化合物に関する情報提 供 サ イ トRIKEN MetBoard〈http://spectra.psc.riken.

jp/menta.cgi/metboard/index〉を開設した(図

3

.こ

こでは標品化合物に関する名前,キーワード,構造,分 与可能な量,起源植物,発表論文,提供者氏名といった 必要最小限の情報を提供する.本サイトでは検索者が望 む化合物を見つけた場合,提供者と独自に共同研究を ベースとした化合物の分与を交渉するように促してい る.各研究組織保有のウェブサイトでもこのような取り 組みがなされれば,個人の研究もさることながら植物化 学研究全体の活性化につながるだろう.

謝辞:RIKEN MetBoardを作成するにあたり理化学研究所環境資源科学 研究センターの櫻井哲也先生および山田 豊氏にご協力いただきました.

ここに厚く御礼申し上げます.

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14)  R. Araki, A. Hasumi, O. I. Nishizawa, K. Sasaki, A. Kuwa- hara, Y. Sawada, Y. Totoki, A. Toyoda, Y. Sakaki, Y. Li 

: , 11, 1017(2013).

15)  H. H. Nour-Eldin, T. G. Andersen, M. Burow, S. R. Mad- sen, M. E. Jorgensen, C. E. Olsen, I. Dreyer, R. Hedrich,  D. Geiger & B. A. Halkier : , 488, 531(2012).

16)  Y.  Okazaki,  H.  Otsuki,  T.  Narisawa,  M.  Kobayashi,  S. 

Sawai, Y. Kamide, M. Kusano, T. Aoki, M. Y. Hirai & K. 

Saito : , 4, 1510(2013).

17)  Y. Yamazaki, A. Urano, H. Sudo, M. Kitajima, H. Takayama,  M.  Yamazaki,  N.  Aimi  &  K.  Saito : , 62,  461(2003).

18)  T. Asano, K. Kobayashi, E. Kashihara, H. Sudo, R. Sasaki,  Y. Iijima, K. Aoki, D. Shibata, K. Saito & M. Yamazaki :  

91, 128(2013).

19)  M. Yamazaki, K. Mochida, T. Asano, R. Nakabayashi, M. 

Chiba,  N.  Udomson,  Y.  Yamazaki,  D.  B.  Goodenowe,  U. 

Sankawa, T. Yoshida  : , 54, 686

(2013).

20)  S.  Bunsupa,  T.  Okada,  K.  Saito  &  M.  Yamazaki : , 28, 89(2011).

21)  S.  Bunsupa,  K.  Katayama,  E.  Ikeura,  A.  Oikawa,  K. 

Toyooka,  K.  Saito  &  M.  Yamazaki : , 24,  1202

(2012).

22)  S. Bunsupa, M. Yamazaki & K. Saito :  3,  239(2012).

23)  S. C. Farrow, J. M. Hagel & P. J. Facchini : ,  77, 79(2012).

プロフィル

中 林  亮(Ryo NAKABAYASHI)   

<略歴>2004年鳥取大学農学部生物資 源環境学科卒業/2006年同大学大学院農 学研究科修士課程修了/2009年千葉大学 大学院医学薬学府創薬生命科学専攻博士 課程修了/同年同大学大学院薬学研究院 CREST博士研究員/2010年理化学研究所 植物科学研究センター特別研究員/2013 年同研究所環境資源科学研究センター特別 研究員<研究テーマと抱負>天然物化学と メタボロミクスの統合による特異的代謝物 の機能解明

浅 野  孝(Takashi ASANO)    

<略歴>2000年共立薬科大学薬学部薬学 科卒業/2002年同大学大学院薬学研究科 修士課程修了/2005年千葉大学大学院医 学薬学府創薬生命科学専攻博士課程修了/

同年愛媛女子短期大学生命科学研究所研 究員/2007年千葉大学大学院薬学研究院 CREST博士研究員/2009年岩手医科大学 薬学部助手/2010年同助教<研究テーマ と抱負>薬用植物の培養細胞系におけるア ルカロイド成分の生産と生合成機構の解明 山崎 真巳(Mami YAMAZAKI)    

<略歴>1986年千葉大学薬学部総合薬品 科学科卒業/1991年同大学大学院薬学研 究院博士後期課程修了,薬学博士/1990 年日本学術振興会特別研究員/1992年同 大学薬学部教務職員/1994年同大学薬学 部助手/1995年同大学薬学部講師/1996 年日本学術振興会海外COE派遣研究員

(ベルギー・ゲント大学)/2000年千葉大 学薬学部助教授/2006年文部科学省研究 振興局学術調査官/2007年千葉大学大学 院薬学研究院准教授,現在に至る.

斉藤 和季(Kazuki SAITO)    

<略歴>1979年東京大学大学院薬学系研 究科修士課程修了/慶應義塾大学助手,ゲ ント大学研究員,千葉大学助手,講師,

助教授を経て,1995年千葉大学薬学部教 授/2005年より理化学研究所植物科学研 究センターグループディレクター兼務/現 在,同環境資源科学研究センター副セン ター長<研究テーマと抱負>植物メタボロ ミクスとファイトケミカルゲノミクス,植 物の化学的多様性の分子起源の解明とその 応用

高橋 俊二(Shunji TAKAHASHI)   

<略歴>1992年千葉大学園芸学部農芸化 学科卒業/1994年同大学園芸学研究科農 芸化学科修了/1997年同大学大学院自然 科学研究科博士課程修了(理学博士)/同 年東京大学日本学術振興会研究員/1998 年千葉大学大学院医学研究院助手/2002 年米国ケンタッキー大学博士研究員/2005 年理化学研究所長田抗生物質研究室協力研 究員/2007年同長田抗生物質研究室専任 研究員/2011年同化学情報・化合物創製 チームチームヘッド/2013年同環境資源 科学研究センター天然物生合成研究ユニッ トユニットリーダー,現在に至る<研究 テーマと抱負>天然物の生合成機構を明ら かにする<趣味>熱帯魚飼育

Referensi

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【解説】 植物ホルモンの一つであるストリゴラクトンを立体制御しな いで有機合成すると,少なくとも4つの立体異性体が生成す る.これら異性体のなかで高い生物活性を示す立体はある程 度限定されているものの,いずれの異性体も高濃度では活性 を示すと考えられてきた.しかし生物種によってはストリゴ ラクトンの立体を厳密に認識し,活性を示した立体以外の異