伊藤幹夫
平成
13年
1月
11日
第
10章 均衡景気循環理論
ここでは、ルーカスによる均衡景気循環理論を中心にした、いわゆる誤認モデ ルと呼ばれるマクロ経済理論について議論する。
10.1
ルーカス登場後の経済変動の考え方
ルーカスの均衡景気循環理論が登場して以降、マクロ経済学における景気変動 理論の位置づけが大きな変化をとげた。それは、景気変動、より具体的にいうと 産出量の変動を、ワルラス的均衡体系における産出量に対応させるという考え方 が登場し 、経済学者の間である程度認められたということである。言葉をかえる と、われわれが日々観察している産出量を含む経済変数は、ワルラス的な一般均 衡体系によって十分記述されるという、ある意味で古典派的な経済観を、景気循 環理論の枠組みに持ち込んだということになる。
そうした考えにしたがえば 、消費者や企業は市場に関する情報を最大限有効に もちいて 、効用を最大にしたり、利潤を最大にするという意味で、合理的に行動 する。また、市場においてもあらゆる財の市場の需要と供給は一致している。た だし 、独占的に行動する主体はいないものとする。では、現実に観察される、産 出量を取引き量の変動はど う考えるかというと、体系に対する経済外の不規則な ショックを反映したものにすぎないと割り切るのである。すでに第4章でみたよう に、外生的な不規則衝撃はそれが継続するとき、安定的な体系に対して作用する とき持続的な「循環らしい」変動を引き起こす可能性がある。
以上のような考え方を中心にすえた理論は、1970年代のはじめにルーカスが明 らかにした。現在、ルーカスが示した理論が現実を説明するのに妥当なものかと いう点については、批判的な経済学者も多い。しかし 、ルーカスがもたらした考 え方は、現在でも大きな影響をもっている。また、ルーカスの理論に対する批判 が 、ケインズ的考え方を信奉する経済学者を刺激して、新ケインズ派理論にみら れるような新しい理論を産み出したという意味も大きい。
10.2
ルーカスの基本的な考え方
ルーカスの景気循環に対する考え方はある意味で画期的といえる。なぜなら、
ルーカスの理論が登場するまで、産出量が時間を通じて変動するという現象を説 明する理論は、ケインズの考えを反映させた非ワルラス的な均衡モデルにもとづ くものが 、ほとんであったからである。つまり、景気が変動するという現象は、本 質的にワルラス的な均衡が成立しないという想定のもとで理解されるというのが 、 おおかたの経済学者にとっての認識であった。
10.2. ルーカスの基本的な考え方 3 しかし 、ルーカスはそれに対してまったく違った考え方を示した。消費者や企 業が市場に関する情報を最大限有効に用いて 、効用を最大にし 、利潤を最大にす る。市場においてはあらゆる財の市場の需要と供給は一致している。このような ワルラス的一般均衡が 、現実においても大まかには成立していると、ルーカスは 考えた。現実に観察される、産出量や取引き量の変動は、体系に対する経済外の 不規則なショックによって、一般均衡によって決まる取引量や価格が変動するにす ぎないとする。主体が自分の情報を最大限使っても、現在の市場についての状況 をつかみきれないということが、こうした体系外のショックが引き起こす変動現象 にかかわることを、ルーカスは示そうとした。確かに、継続する外生的な不規則 衝撃は、ワルラス的な均衡体系をふくむ安定的な体系に対して作用するとき、持 続的な「循環らしい」変動を引き起こす可能性がある。
さらに、ルーカスは、自分の理論から得られる政策的帰結に関して、古典派的な 意味付けを与えた。これはワルラス的均衡論を基礎とする限り当然といえる。変 動する産出量自体が、各主体の最適化行動と市場均衡の帰結であると考えるかぎ り、政府がしなくてはならない仕事は少ない。独占的な行動をとる主体がなく、市 場の失敗のような現象がなければ 、ワルラス的一般均衡はパレート最適性という、
限られた意味ではあるが 、社会的に望ましい状態を達成できる。すると、現実が すでにそのような均衡のあらわれであるとすると 、産出量の変動をあまり大きく しないように「控え目」に行動するほかはないという政策的帰結しか、ルーカス モデルからは出てこない。
さらにルーカスは自分の考え方を首尾一貫したものにするために 、景気循環と いうものを次のように定義する。「景気循環とは趨勢(trend)の廻りの国民総生産 の変動である。」さらに、ルーカスは国民総生産に代表される産出量の変動に関し て、一定不変の周期や振幅で特徴づけられる単純な振動現象はみられないと考え る。せいぜい、「各財の生産量は大まかにいって同方向に動く」とか、「耐久財の 産出量は非耐久財の産出量よりも大きな動きをする」、「 利潤は大きく変動し 、産 出量と同方向の変動を示す」、「物価と産出量は同方向に変動する」などの定性的 な特徴が、景気循環現象を特徴づけるのだとした。ルーカスにとっては、失業率な ど 労働市場の状態はあまり重要ではないように思われる。以上のような考え方は、
1970年代のア メリカの経済学者を中心に支持を拡大し 、経済学界において、かな り勢力を占めるようになった。その背景には、当時ケインズ的政策の有効性が疑 問視されつつあった、アメリカ経済の現状があったともいわれる。
10.3
ルーカスの均衡景気循環モデル
ルーカスは多くの論文を発表しており、それらにおいて様々な均衡景気循環モ デルを提示している。それらのモデルに共通しているのは次の点だといえる。消 費者や生産者をふくむ各経済主体は合理的に行動しているものの、情報が局所的 に分断されているために、外的な攪乱に対しての誤認(misperception)に基づいて 行動せざるをえない。特に強調されるのは 、主体が相対価格の変動と一般物価水 準の変動を観察するとき、正確な情報をつかみ損ねるという点である。貨幣供給 の一時的な増加によって物価が上昇するとき、相対価格が実際にはどれだけ変動 したかを、認識し損ねる。それこそが 、産出量が変動する源泉と考える。
たとえば 、ある経済主体が自分の身の回りの状況を観察して、「なんだか、どの 品物も最近ずっと値上がりしているな」と判断したとする。この主体は、現時点の 経済全体物価水準についての情報については、時期をおいて、例えば 、一年後に しか確実にはわからないとしよう。「現時点」で生じているのは一般物価水準の継 続的な上昇であり、労働用役をふくむ各財の間の相対価格は変化しないと 、その 経済主体が判断するならば 、さきほど の「なんだか、どの品物も最近ずっと値上 がりしているな」という判断は、その主体の経済行動にほとんど 影響を与えない であろう。賃金率も家賃も衣料の価格も食糧の価格も相対比率が変わらない、つ まり、すべての財の「値札の額」がいっせいに、ある率で引きあがったにすぎない なら、貨幣の購買力が変化しただけで、実質的には自分の経済的意思決定に変更 をする必要を感じない。
ところが 、先の経済主体が先ほど の判断において 、「これは、自分の住んでいる 地域の経済が活性化して、財への需要が増えているのだろう」と判断するとど う だろうか。この場合、この主体は1年前の物価の公式発表と、現時点の自分の情 報をもとに判断している。何らかの経済状況に変化が自分の身の回りに生じたと して、経済主体は自らの活動水準を上げるだろう。ここで問題なのは 、需要が増 加しているという判断が正確かど うか保証がないという点である。つまり、経済 主体はある種の誤認(mispserceptions)にもとづいて行動しているかもしれない。
よって、経済全体において実のところは相対価格の変化をともなわない、物価 水準の上昇が突発的に起こったとき、上のような経済主体がその物価上昇の原因 を、自分の地域の財需要の増大だと判断してしまうと、その経済主体のいる地域 での生産の増加が生じてしまう。他の地域でも、同様のことが起これば経済全体 の生産は増加する。もっとも、それは誤認にもとづく生産の増加であり、先の判 断が修正されるにしたがって、本来の生産水準にもど る。結局、すべての主体が 合理的な判断をする場合、物価の上昇は短期的には実物的な生産活動に影響をあ たえることになる。ただし 、そうした影響による生産量の変化は、誤認にもとづ くものであり、資源配分の効率性をそこなっている可能性がある。長期的には主
10.4. ルーカスモデルの想定 5 体は、物価の上昇について正しい判断をおこない、物価上昇による実物面での変 化は生じない。
以上が 、ルーカスの理論モデルの根幹を叙述的に説明したものである。これま での説明において、各経済主体の判断に影響を与える市場の信号(signal)として、
物価水準を考えた。ルーカスはそうした物価水準を変動させるものとして、貨幣 供給を考えている。貨幣供給の増加は、本来なら相対価格の変化を引き起こすこ となく、名目的な影響しか与えない。しかし 、上で説明したように、合理的経済 主体に情報が完全に正確に入らないような状況では、突発的な貨幣供給による物 価上昇は生産水準を短期的に変動させる。そうしたメカニズムに生産についての ある種の仮定をおくと、擬似循環的な産出量の変動が導かれる。それを均衡景気 循環とよぶ。
10.4
ルーカスモデルの想定
ルーカスの誤認による均衡景気循環モデルは、添字zで区別される、情報的に 分断された非常にたくさんの市場を、想定している。各z市場にいる経済主体は、
各t時点における自分自身にかかわる財の価格pt(z)の価格は知っているが 、その 他の市場の価格については、不十分な情報しかない。そこでわれわれは、各z市 場にいる経済主体が 、経済全体の平均価格( 物価水準)を、今期より過去の変数 に関する限られた情報にもとづいて推定し うるにすぎないと想定する。なお、以 下で扱われる経済変数は対数変換されたものと考える。
さて、経済主体は、t期に経済環境に何の変化もなければ 、恒常的(permanent)
な産出水準ytpを供給し 、当該市場zでの相対価格が上昇するならytc
(z)だけ追加 的な供給を行うと考える。この追加的な供給を循環的(cyclical)供給と名付ける。
t時点のz市場における産出量yt(z)は、
y
t
(z)=y p
t +y
c
t
(z) (10.1)
と分解される。この恒常的産出量は確率変数ではなく、実数とする。
ここで、循環的供給部分ytc
(z)については次の式(10.2)で、当期の価格pt(z)と当 期の情報It(z)に条件づけられた期待物価E[ptjIt(z)]、前期の循環的供給部分yct 1
(z)
が結びつけられると仮定する。
y c
t
(z)=b(p
t
(z) E[p
t jI
t
(z)])+y c
t 1
(z) (10.2)
ここで、bとは、b>0; 0< <1をそれぞれ満たす定数である。情報とは、こ こで扱うようなモデルにおいては、変数を列挙したものである。たとえば 、今期
において、自分がいる市場zの現時点tの価格pt(z)と、それ以前のすべての一般 物価水準とz市場の財の価格と生産量を知っているなら、
I 0
t
(z)=fp
t (z);p
t 1 (z);p
t 1
;y
t 1 (z);p
t 2 (z);p
t 2
;y
t 2
(z);:::g
となり、自分がいる市場zの現時点tの価格pt(z)と、それ以前のすべてのz市場 の財の価格と取引き量だけ知っているなら、
I 00
t
(z)=fp
t (z);p
t 1 (z);y
t 1 (z);p
t 2 (z);y
t 2
(z);:::g
というように表わされる。情報集合をど のような変数グループと考えるかは、す ぐ 後にでてくる合理的期待値の計算をするとき、結論を大きく左右する。つまり、
経済主体が何について確実に知識を持ち、何について無知だと考えるかが 、経済 状態を決定する上で重要だといえる。
ここでは 、It(z)の中身として 、t 1時点以前のすべての市場zにおける需要 ショック(後述)の大きさut(z)、産出量yt(z)、一般物価水準などをまとめたItに、
今期t期のz市場の実現価格pt(z)を加えたものとしよう。Itはt 1時点以前の経 済情報をすべてまとめたモデルの中の経済主体にとっての「経済白書」のような ものと考えるとよい。これにより、It(z)に条件づけられた期待物価E[ptjIt(z)]は、
I
t
(z)に含まれる変数については所与として計算する期待値操作で得られた数値と して扱うことができる。(10.2)は、各主体が直面する経済全体に関しての不完全な 情報にもとづく物価予想と局所的な価格との差に依存して、循環的供給成分が決 まると考えている。この点は、現段階ではわかりにくいが 、すぐ 後の説明によっ て次第に明らかになる。1最後の項は、循環的な動きのために加えた項である。こ の点は後述する。
さて、z市場についての局所的な価格pt(z)と一般物価水準ptの間には、z市場 の需要ショックと解釈されるut(z)を通じて
p
t
(z)=p
t +u
t
(z) (10.3)
のような客観的な関係が存在すると考える。これは、局所的なz市場の価格は、経 済全体の今期の一般物価という名目的な量と、局所的なz市場の実物面の市場状 況を反映すると考える。ここで重要なのは 、第z市場における経済主体にとって、
自分の経済活動についての意思決定にかかわるのは 、ut(z)という需要の増加を表 わす量である。経済主体は、好況時には自らの経済活動を活発化し 、不況時には 沈静化するのが自然であるが、その場合の判断に本当に必要なものはut(z)であっ て、ptではない。
1差の部分をイノベーションとよぶこともある。
10.5. ルーカス供給関数 7 ところが 、各z市場の主体は、自分の市場に関する価格pt(z)を、自分の意思決 定にかかわる信号(signal)として受け取るが、自分の生産水準を変化させる需要の 変動ut(z)と一般物価水準ptが 、それぞれど のくらいの大きさであるかを知らな い。わかっているのは、その二つを足したものが 、自分が知っている数値pt(z)に なるということだけである。本当に知りたい情報は、ut(z)であるのに、「雑音」pt に汚された情報しか手に入らないのである。
なお、需要ショックut(z)は
E[u
t
(z)]=0; E h
u
t (z)
2 i
= 2
u
を満たす正規分布にしたがう確率変数である。また、ptとは統計的に独立だとする。
さて、物価水準ptは確率変数であり、情報It(t 1期以前のすべての経済変数 を網羅した「経済白書」)のもとでの期待値が
E[p
t jI
t
] (10.4)
という値をとり、一定の分散p2であるような正規分布にしたがうと仮定しよう。
すでに仮定したが、これは需要ショックut(z)とは独立である。
ここで、(10.2)の意味を明らかにしておこう。(10.3)を整理して
u
t
(z)=p
t
(z) p
t
として、その両辺に条件つき期待値E[jIt(z)]を作用させると、
E[u
t (z)jI
t
(z)] = E[p
t (z)jI
t
(z)] E[p
t jI
t (z)]
= p
t
(z) E[ p
t j I
t
(z)] (10.5)
が得られる。この右辺は(10.2)の右辺の第1項の係数がかかる括弧内に等しい。
(10.2)は産出量の循環的部分yct
(z)が需要ショックの合理的期待E[ ut(z)jIt(z)]と 正の相関を持つ、つまり現時点で観察される局所的z市場の価格pt(z)と情報Itに もとづいて、需要ショックが増えていると推定した主体は産出量を増やすという内 容をもっていたわけである。
10.5
ルーカス供給関数
以上のような設定において、z市場の合理的な経済主体が直面する意思決定問 題は、「観察方程式(10.3)を想定し 、事前情報Itのもとでの物価ptの分布、需要 ショックut(z)の確率分布が正規分布とわかっているとする。pt(z)の実現値を知っ ての事後情報がIt(z)=fpt(z)gSItのもとでのptの分布を求めよ。」というもので
ある。これは、統計学でいうところの信号推定問題のもっとも簡単なものにあた る。分かりやすくいうと、情報が来る前の自分の判断を、情報が来た後、ど のよ うに改訂するかという問題である。経済主体は、自分の持っている情報を最大限 用いてptを推定する。このように、推定された一般物価ptの期待値を、経済学で はptの合理的期待とよぶ。
p
tの事前分布が正規分布で、ut(z)も正規分布ならpt(z)も正規分布になり、pt の事後分布も正規分布になることが、よく知られている。2われわれは、事後情報
I
t
(z)のもとでの一般物価水準ptの条件つき期待値E[ptjIt(z)]にのみ関心がある。
なぜなら供給関数(10.2)には分布の他のパラメターは関係してこないからである。
これは、つぎのように得られることがわかっている。
E[ p
t jI
t
(z)]=(1 )E[p
t jI
t ]+p
t
(z) (10.6)
ここで 、
=
cov(p
t
;p
t (z))
var(p
t (z))
(10.7)
=
2
p
2
p +
2
u
(10.8)
である。(10.7)の右辺の分母はpt(z)の分散、分子はptとpt(z)の共分散を示す。実 は、ここで得られたは、ptをpt(z)に回帰して得られた回帰係数にほかならない。
ここでpt(z)の値を知ったあとのptの事後的な期待値は、(10.6)にしたがって、
改訂されていると考えられる。その改訂ルールは、事前の期待値E[ ptjIt]とt時 点についての唯一の新着情報pt(z)の加重和を意味している。その加重は、需要 ショックの分散u2が物価変動の分散2pと比較して、相対的に小さいほど 大きくな り、1に近づいていく。よって、需要ショックの分散が小さいほど 、(10.6)による と、pt(z)の変化を物価上昇だと判断しやすくなる。(10.6)を循環部分に関する供 給関数(10.2)に代入して
y c
t
(z)=b(1 )(p
t
(z) E[p
t jI
t
])+y c
t 1
(z) (10.9)
これに、恒常的産出を足すと、
y
t
(z)=b(1 )(p
t
(z) E[p
t jI
t
])+y c
t 1
(z)+y p
t
(10.10)
となる。
2事前分布と事後分布の関係は、ベイズの定理によって結びつけられる。確率論にくわしい読者 は自分で計算してみるとよい。
10.6. 市場均衡 9 あとは、この供給関数を集計してマクロ的供給関数を導けばよい。そのために は次の事実に注目する。各z市場の価格pt(z)の集計値は一般物価ptにほかならな いことと
y
t
=y p
t +y
c
t
(10.11)
である。ここでの集計操作は、各市場について変数の総和をもとめるというより、
標本平均をもとめるという操作を意味している。だからこそ、(10.1)を集計したも のの第2項が 、ypt に市場の数をかけたものにならずにytpになる。また、pt(z)を 市場について 、ここでの意味で集計したものは、各市場の価格を平均した一般物 価水準ptそのものである。結局
y
t
=y p
t
+b(1 )(p
t
E[ p
t jI
t
])+(y
t 1 y
p
t 1
) (10.12)
を得る。これをルーカス供給関数という。3 この供給関数は、今期の循環的部分ytc
=y
t y
p
tが、前期における物価の期待値と 今期の物価の実現値の乖離に依存する部分と、前期の循環的部分ytc 1
=y
t 1 y
p
t 1
に依存する部分に分けられることを意味する。
10.6
市場均衡
総需要関数を考えて、需給均衡を考えれば均衡方程式がきまる。それによって、
産出量の動学方程式が定まるはずである。総需要については次のように単純に考 える。
m
t +v
t
=p
t +y
t
(10.13)
ここで、mtは貨幣残高の名目値の対数表示、vtは流通速度の対数表示である。こ れは、すべての変数が対数変換を受けたことを考えると、もともと名目所得が貨 幣残高と流通速度の積に等しいという貨幣数量方程式を意味する。ここで、大胆 な単純化であるが、流通速度は時間について一定な値をとり、1に基準化されてい るとしてしまう。これによりvt=0とすることができる。
以下、貨幣供給が産出にど のような影響を与えるかを調べてみよう。今、簡単 化のために(10.12)において、 =0とおいてみる。
y
t
=y p
t
+(p
t
E[p
t jI
t
]) (10.14)
3他のテキストでは、をゼロとおき、さらにytとytpの差について考えた、
y
t y
p
t
=b(1 )(p
t E[p
t jI
t ])
をルーカス供給関数とよぶものもある。
が得られる。ここで、
=b(1 )= b
2
u
2
p +
2
u
とおいた。vt=0の仮定のもと、(10.13)に(10.14)を代入して、
m
t
=p
t +y
p
t
+(p
t
E[ p
t jI
t ])
を得る。これの両辺に、条件つき期待値E[ jIt]を作用させると、
E[m
t jI
t
] = E[p
t jI
t
]+E[y p
t jI
t
]+(E[p
t jI
t
] E[E[p
t jI
t ]jI
t ] )
= E[p
t jI
t ]+y
p
t
+(E[p
t jI
t
] E[p
t jI
t ])
= E[p
t jI
t ]+y
p
t
(10.15)
を得る。以上の式展開では、条件つき期待値の性質と、ytpが確率変数ではないと いう事実を使った。(10.15)をふたたび 、(10.14)に代入してE[ptjIt]を消去して、
p
tについて解くと、
p
t
= 1
y
t 1
+1
!
y p
t
+E[m
t jI
t
] (10.16)
これを、再びvt =0とおいた(10.13)に代入してytについて解くと
y
t
=y p
t +
1+ (m
t
E[m
t jI
t
]) (10.17)
が得られる。さらに、
p
t
= y
p
t +
1
1+ (m
t
+E[m
t jI
t
]) (10.18)
(10.17)は貨幣供給における不確実性部分( イノベーション )mt E[mt jIt]に 比例するように、循環的産出部分、つまり現実の産出量と恒常的産出量の差が決 まることを表わす。金融当局が 、貨幣供給についての政策を頻繁に変えるような ことをすると、循環的産出部分の変動をもたらしてしまうという内容をもつ。産 出量変動のばらつきは 、貨幣供給政策の分散2m
=E(m
t
E[m
t jI
t ])
2に比例す
る。その比例定数は
1+
!
2
となる。これは、に関する増加関数である。つまり元々の供給関数(10.2)におけ るパラメターbが大きいほど 、また、需要ショックの分散u2が大きいほど 、貨幣 供給政策のばらつきが産出量の変動のばらつきを大きくするということを意味す る。また、(10.18)によると、貨幣供給政策のばらつきm2 と物価のばらつきは比 例の関係で結ばれる。
10.7. 循環的な産出量の変動 11
-800 -600 -400 -200 0 200 400
0 20 40 60 80 100 120 140 160
y c
t
図 10.1: ルーカスモデルのシミュレーション
10.7
循環的な産出量の変動
すぐ 前の小節では、貨幣供給量の突発的な変動が産出量の変動を引き起こすこ とを示した。しかし 、そうした貨幣供給量の突発的な変動が 、擬循環的変動を引 き起こすことは、明確ではなかった。実は、前期の産出量との系列相関を表わす パラメターをゼロとおいてし まった前の節では、擬循環的変動は起こらない。
そこで、6=0とおき、恒常的産出部分が、一定成長率で成長する、あるいは 各時点ですべて同じ値をとると仮定する。さらに、mtが
m
t
=m
t 1 +"
t
(10.19)
というランダムウォークにしたがうとする。ここで "tは各時点で独立に分布し 、 平均と分散が一定である確率変数とする。このとき、細かい議論は省略するが、循 環的産出量yctは"tを平均ゼロに補整した"t ="t E["t]によって、
y c
t
=
1+
"
t +"
t 1 +
2
"
t 2 +
3
"
t 3 +
(10.20)
という形に書き表すことができる。これは、無限次数の移動平均過程とよばれる もので 、擬似循環的変動を示す可能性がある。 = 0:95とかなり1に近い値に設 定して上のyctをシミュレーションしてみたのが図10.1である。あまり周期性を感 じさせないが 、実際の経済変動に似ているような印象も受ける。
以上、がゼロでないなら、産出量に似循環的変動が生ずる可能性があることを 指摘したが 、正確にははゼロより大きく、1より小さくなくてはならない。し
かし 、このようなゼロでないが存在する経済学的根拠はない。よって、この章 のように展開したルーカスのモデルは、景気変動の理論としては不十分なもので ある。しかし 、マクロ経済モデルとして、貨幣供給におけるショックが産出量の変 動を短期的に引き起こすという点を明らかにした意味は大きい。