11 . 縮小写像の原理
科目: 数学演習IIB( d組)
担当: 相木
これまでに完備距離空間の定義,およびその具体例をいくつか見てきたが,このプリ ントでは完備距離空間において成り立つ重要な性質の1つとして縮小写像の原理を解説 する.
縮小写像の原理
不動点
Xを空でない集合とし,写像fはf :X →Xなる写像とする.x∈Xが f(x) =x
を満たすとき,xはXにおけるfの不動点であるという.また,fが不動点を少なく とも1つ持つとき「写像fは不動点を持つ」などという.
不動点とは読んで字のごとく,写像fの下で他の点に写らない点のことである.当然,一 般に写像が不動点を持つとは限らない.また,不動点を持つ場合にも,有限個持つ,無限 に持つなどがあり得る.
縮小写像
(S, d)を距離空間とする.写像f : S → Sが以下を満たすとき,f はS上の縮小写像
であるという.
∃θ∈[0,1) s.t. ∀x, y ∈S に対して
d(f(x), f(y))≤θd(x, y).
おおざっぱに言うとこれは,「写像fはSの元を他のSの元に写すのだが,必ず2点間の 距離が縮まるように写す」ということを言っている.この縮小写像に関する性質が以下の
縮小写像の原理である.
縮小写像の原理
(S, d)を完備距離空間,fをS上の縮小写像とする.このとき,
f(x) =x
を満たすx ∈ Sがただ1つ存在する.つまり,この仮定の下ではfは不動点を持ち,
しかもそれは1つのみであることを主張している.
縮小写像の原理は,解析学において重要な役割を果たす.特に,この原理を応用して適当 な関数の空間で微分方程式の解が存在することを証明するために用いられたりする.「縮 小写像の原理」はいくつかの演習問題に分割して証明する.
注意 :「縮小写像」は一般の距離空間において写像が満たす性質として定義されるが,「縮 小写像の原理」は 完備距離空間 においてしか成り立たないことに注意.
縮小写像の具体例
一番想像しやすいのが距離空間(R, d(1))における例であろう.例えば写像f :R→R をx∈Rに対して
f(x) = 1 2x によって定めると∀x, y ∈Rに対して
d(1)(f(x), f(y)) =|f(x)−f(y)|=1 2x−1
2y= 1
2|x−y|= 1
2d(1)(x, y) となるので,θ = 1
2として縮小写像の定義を満たす.Rにおけるもう少し複雑な例は演習 問題として挙げる.
I ⊂Rを区間とし,前回定義した距離空間(B(I), d∞)においても考えてみよう.写像 φ:B(I)→B(I)をf ∈B(I)に対して
φ(f) = 1 2f
によってφを定めると,φはB(I)上の縮小写像である.証明は先に挙げたRの例と同様 なので演習問題にする.
注意しなければならないのが,縮小写像の原理は不動点がただ1つ存在することを保 証する定理であるが,それがどこにあるかに関しては何も主張していない.また,一般に
は不動点がどこにあるかを具体的に求めるのは必ずしも簡単ではない.そのことを見るた めに以下の例を見てみよう.
写像g : [π,∞)→[π,∞)をx∈[π,∞)に対して g(x) =π+ logx
によって定める.すると,gは縮小写像である(演習問題).したがって,縮小写像の原 理からx =π+ logxを満たすx∈[π,∞)がただ1つ存在することになるが,それが具体 的にいくつであるかを求めるのは困難である.
θ = 1のとき
さて,縮小写像の定義においてθ= 1の場合が除外されているが,θ = 1,特に写像f が∀x, y ∈Sに対して
d(f(x), f(y)) =d(x, y)
を満たすようなときにはどのようなことが起こるだろうか?
距離空間(R2, d(2))において写像f1をx= (x1, x2)に対して f1(x) = (x2, x1)
によって定める.つまり,f1は第1成分と第2成分を入れ替える写像である.このとき,
f1は∀x,y∈R2に対して d(2)(f1(x), f1(y)) = √
(x2−y2)2+ (x1−y1)2 =√
(x1−y1)2+ (x2−y2)2
=d(2)(x,y)
を満たす.したがって縮小写像ではないが,不動点がないかと言うとそうでもない.むし ろ,f1は不動点を無限に持つ.実際,R2の点で第1成分と第2成分の値が同じ点は全て f1の不動点である.
x1
x2
O x
f1(x)
x1 =x2
上の図において破線で描かれた直線x1 =x2上の点全てがf1の不動点である.
もう1つ例として,R2上の写像f2 :R2 →R2を f2(x) = (x1+ 1, x2)
によって定めると∀x,y ∈R2に対して d(2)(f2(x), f2(y)) = √(
(x1+ 1)−(y1+ 1))2
+(
x2−y2)2
=√
(x1−y1)2+ (x2−y2)2
=d(2)(x,y)
を満たす.f2はR2上の点を全てx1方向へ1ずらしているだけなので2点間の距離は変 わらない.しかし,f1と違いf2は不動点を持たない.実際,不動点x˜ = (˜x1,x˜2) を持っ たとすると,不動点の定義からf2(˜x) = ˜xが成り立つが,この等式の第1成分を見ると
˜
x1+ 1 = ˜x1
となる.すると1 = 0という矛盾が導かれるのでf2は不動点を持たない.
このような簡単な例からも縮小写像の原理を証明するにあたって,縮小写像の定義か らθ = 1が除かれていることが本質的であることが見て取れる.
予約制問題
∀θ ∈(0,2π)に対してR2上の写像fθ :R2 →R2を
fθ(x) =
cosθ −sinθ sinθ cosθ
x1 x2
によって定める.
(11-1) ∀θ ∈(0,2π)に対してfθは距離空間(R2, d(2))において縮小写像でないことを示せ.
(11-2) ∀θ ∈(0,2π)に対してfθは,ただ1つ不動点を持つことを示せ.
(11-3) ∀n ∈Nに対して距離空間(Sn, dn)と写像fn:Sn→Snを適当に定め,fnが不動 点をn個持つような例を構成せよ.
(ヒント:R上で定義された写像f(x) =x− |sinx|xの定義域をnに応じて適当 に変えると...)
早いもの勝ち制問題
(11-4) 解説部分で定義した写像gが縮小写像であることを示せ.
(11-5) 解説部分で定義したB(I)上の写像φが縮小写像であることを示せ.
以下の問題にしたがって縮小写像の原理を証明する.(S, d)を完備距離空間とし,f : S → Sを縮小写像とする.また,距離空間の定義にS ̸= ∅が含まれているので,少なく とも1点x0 ∈Sが存在する.
(11-6) n∈N, n≥2に対して写像fn :S →Sをfn=f◦f ◦ · · · ◦f(n個のfの合成)
によって定める.このとき,S内の点列{xn}∞n=1 を
xn=
f(x0) n = 1 fn(x0) n ≥2
によって定めると{xn}∞n=1はコーシー点列であることを示せ.
(11-7) [不動点の存在] 問題(11-6)の結果と(S, d)の完備性から点列{xn}∞n=1は収束点 列なので極限x∞ ∈S を持つ.x∞は写像fの不動点であることを示せ.
(11-8) [不動点の一意性] 写像fの不動点はただ1つであることを示せ.