都築 暢夫
5月 12 日(金) 3・4時限
固有値・固有ベクトルに関して復習する(教科書 160 - 165ページ)。F を体とする。今 回考える行列はすべてF 係数とする。また、線形空間はF 線形空間とする。
1. 相似な行列
n 次正方行列A と B が相似とは、あるn 次可逆行列P が存在してP−1AP =B とな ることである(教科書 164 ページ)。A と B が相似のとき、A∼B と表す。
命題 1.1. V を n 次元線形空間、f : V → V を線形写像 (線形変換) とする。V の基 底 v1,· · · , vn に関する f の表現行列を A、V の基底w1,· · · , wn に関するf の表現行 列を B とすると(f の定義域と値域はともに V であるから同じ基底がとれることに注 意せよ)、A∼B となる。
2. 不変部分空間
A を n 次正方行列、W を Fn の部分空間とする。W が A 不変とは任意のx∈W に 対して Ax∈ W となることである(教科書 189 ページ)。線形写像 f : V → V の不変部 分空間 W を、同様に f(W)⊂W で定める。
次の補題は、行列の様々な性質を帰納法を用いて証明する上で重要である。
補題 2.1. Aを n次正方行列、W を m次元 A不変部分空間とする。v1,· · · ,vm をW の基底とし、v1,· · · ,vm,vm+1,· · · ,vnをFnの基底への延長とする。P = (v1,· · · ,vn) として n 次可逆行列を定めると
P−1AP =
µB1 B3
0 B2
¶
(B1 は m 次正方行列、B2 は n−m 次正方行列、B3 は m 行 n−m 列行列) となる。
とくに、B1 は基底 v1,· · · ,vm に関する線形写像A のW への制限の表現行列である。
証明. Avi(1 ≤ i ≤ m) はv1,· · · ,vm の一次結合で表され、それが表現行列 B1 を定め
る。 ¤
3. 固有値・固有ベクトル
以後、F を代数閉体とする。ここで、F が代数閉体とは、任意のF 係数の1 次以上の 代数方程式f(x) = 0が F の中に解を持つような体のことである (ノートの最後の補足を 見よ)。例えば、複素数体 C は代数閉体である。このノートを読むときには、体とは有理 数体Q、実数体 R または複素数体 Cで、それが代数閉体のときは Cと思えばよい。
定義 3.1. (教科書 160 - 161 ページ) A を n 次の正方行列とする。F の元 λ が A の 固有値とは、ある零でない数ベクトル v∈Fn が存在して
Av=λv
となることである。このとき、v を固有値 λ の固有ベクトルという。
V を F 線形空間、f :V →V を線形写像とする。F の元 λ が f の固有値とは、ある 零でないベクトル v ∈V が存在して
f(v) =λv
となることである。このとき、v を固有値 λ の固有ベクトルという。(教科書160 ページ) V を有限次元線形空間とすると、線形写像 f : V → V の固有値は f の表現行列の固有 値である。f の固有値は、f の表現行列の取り方 (すなわち、V の基底の取り方) によら ない。
例 3.2. 実数体R 上の C∞ 級関数実数値関数上の線形写像 dxd22 に関して、−1は固有値で ある。実際、
d2
dx2sinx=−sinx, d2
dx2cosx=−cosx である。sinxや cosx がその固有ベクトルとなる。
4. 固有多項式
定義 4.1. (教科書 161 ページ) A を n 次正方行列とする。F 係数多項式 φA(x) = det(xEn−A)
を、A の固有多項式(特性多項式ともいう) という。
命題 4.2. 固有多項式に関して次が成り立つ。
(1) (教科書 162 ページ・定理 7.2) A を n 次正方行列とすると、φA(x) =xn− tr(A)xn−1+· · ·+ (−1)ndet(A) となる。特に、λ1,· · · , λn を固有多項式 φA(x) の根(重複するものはその個数だけ数えて、λi の重複度という) とすると
tr(A) = λ1 +· · ·+λn
det(A) = λ1· · ·λn
となる。
(2) (教科書 164 ページ・例題 7.2) A∼B ならばφA(x) =φB(x) である。
(3) (教科書 164 - 165 ページ・問 5) A=
µA1 A3 0 A2
¶
とすると φA(x) =φA1(x)φA2(x)
である。
V を有限次元線形空間、f :V →V を線形写像とするとき、f の表現行列の固有多項 式を f の固有多項式という。命題 1.1 と 4.2 (2) から、f の固有多項式は V の基底の取 り方によらずに決まる。
定理 4.3. (教科書 164 ページ・定理 7.1) λ が正方行列 A の固有値であることと固有 多項式φA(x) の根であることは同値である。特に、n 次正方行列 A には、(重複する ものも数えて) n 個の固有値が存在する。
証明. A を n 次正方行列とする。このとき、
λ が A の固有値 ⇔ ∃v∈Fn,v6= 0 s.t. Av=λv ⇔ dimF Ker(λEn−A)>0
⇔ dimFIm(λEn−A)< n ⇔ det(λEn−A) = 0
⇔ φA(λ) = 0
となる。3 番目の同値は次元公式による。 ¤
例 4.4. A=
µcosθ −sinθ sinθ cosθ
¶
(x∈R) とすると
φA(x) =
¯¯
¯¯ x−cosθ sinθ
−sinθ x−cosθ
¯¯
¯¯= (1−cosθ)2+ sin2θ
= x2−2 cosθx+ 1 = (x−eiθ)(x−e−iθ)
となるので、θ が整数でないとき A は実数の範囲で固有値を持たず、固有値は複素数に
なる。 ¤
系 4.5. (行列の三角化・教科書173 ページ・定理 7.7) ある n 次可逆行列 P が存在し て、P−1AP は上三角行列かつ対角成分は固有値を並べたものになる。
以下の例から、正方行列の帰納的な上三角化の方法を示す。
例 4.6. A=
0 −2 2 1 −3 1 2 −2 0
とする。A の上三角化を求める。A の固有多項式φA(x) は
φA(x) =
¯¯
¯¯
¯¯
x 2 −2
−1 x+ 3 −1
−2 2 x
¯¯
¯¯
¯¯= (x−1)(x+ 2)2
となる。固有値 −2に対する固有ベクトルは
(−2E3−A)
x y z
=
−2 2 −2
−1 1 −1
−2 2 −2
x y z
=
0 0 0
の解より、例えば
1 1 0
が固有値 −2 に対する固有ベクトルである。
1 1 0
を含む数線形
空間F3 の基底
1 1 0
,
0 1 0
,
0 0 1
をとり、Q=
1 0 0 1 1 0 0 0 1
とおく。すると
A0 =Q−1AQ=
1 0 0
−1 1 0 0 0 1
0 −2 2 1 −3 1 2 −2 0
1 0 0 1 1 0 0 0 1
=
−2 −2 2 0 −1 −1 0 −2 0
となる。B を 1 行と 1 列を除いた 2 次の正方行列、すなわちB =
µ−1 −1
−2 0
¶
とする。
φA(x) = (x+ 2)φB(x)より、B の固有値は 1 と −2である。固有値 1に対する固有ベク トルとして
µ 1
−2
¶
をとる。
µ 1
−2
¶
を含む F2 の基底として、
µ 1
−2
¶ ,
µ0 1
¶
をとり、これ を右下に置き、R=
1 0 0 0 1 0 0 −2 1
とする。すると、
R−1A0R=
1 0 0 0 1 0 0 2 1
−2 −2 2 0 −1 −1 0 −2 0
1 0 0 0 1 0 0 −2 1
=
−2 −6 2
0 1 −1
0 0 −2
となる。したがって、P =QR=
1 0 0 1 1 0 0 −2 1
とおくと
P−1AP =
−2 −6 2
0 1 −1
0 0 −2
となり、上三角化できた。固有値の順番の選び方や固有ベクトルの取り方で上三角化は異
なるが、対角成分に固有値が並ぶ。 ¤
定理 4.7. (Hamilton-Cayley・教科書 176 ページ・定理7.9) n 次正方行列 A の固有多 項式をφA(x) = xn+a1xn−1+· · ·an とすると
An+a1An−1+· · ·+an−1A+anEn= 0 となる。
以後、多項式 f(x) に代入するときは単に f(A) と表し、定数項を単位行列の定数倍に 変える。
例 4.8. A=
µ 4 4
−1 0
¶ , B =
µ 1 0
−2 3
¶
をQ 上の2 次正方行列とする。
f : Mat(2;Q)→Mat(2;Q) X 7→AX−XB
を、2次正方行列全体のQ線形空間Mat(2;Q)上の線形写像とする。Mat(2;Q)の基底を v1 =
µ1 0 0 0
¶ , v2 =
µ0 0 1 0
¶ , v3 =
µ0 1 0 0
¶ , v4 =
µ0 0 0 1
¶
とする。このとき、
f(v1) =
µ 4 4
−1 0
¶ µ1 0 0 0
¶
−
µ1 0 0 0
¶ µ 1 0
−2 3
¶
=
µ 3 0
−1 0
¶
= 3v1−v2 f(v2) =
µ 4 4
−1 0
¶ µ0 0 1 0
¶
−
µ0 0 1 0
¶ µ 1 0
−2 3
¶
=
µ 4 0
−1 0
¶
= 4v1−v2 f(v3) =
µ 4 4
−1 0
¶ µ0 1 0 0
¶
−
µ0 1 0 0
¶ µ 1 0
−2 3
¶
=
µ2 1 0 −1
¶
= 2v1+v3−v4 f(v4) =
µ 4 4
−1 0
¶ µ0 0 0 1
¶
−
µ0 0 0 1
¶ µ 1 0
−2 3
¶
=
µ0 4 2 −3
¶
= 2v2+ 4v3−3v4
となる。したがって、線形写像f の表現行列 A は
f(v1, v2, v3, v4) = (v1, v2, v3, v4)F F =
3 4 2 0
−1 −1 0 2
0 0 1 4
0 0 −1 −3
となる。
W = hv1, v2i とおく。f(v1) = 3v1 −v2 ∈ W かつ f(v2) = 4v1 −v2 ∈ W なので f(W)⊂W となり、W は f 不変空間である。
f の固有多項式 φf(x) を求める。C =
µ 3 4
−1 −1
¶ , D =
µ 1 4
−1 −3
¶
とおくと φf(x) = φA(x) = φC(x)φD(x) =
¯¯
¯¯ x−3 −4 1 x+ 1
¯¯
¯¯
¯¯
¯¯ x−1 −4 1 x+ 3
¯¯
¯¯
= (x2−2x−3 + 4)(x2+ 2−3 + 4) = (x−1)2(x+ 1)2
となる。よって、A の固有値は 1 と −1 で、ともに 2重に重複している。 ¤ 5. 補足 : 代数閉体
定義 5.1. 体 F が代数閉体とは、任意のF 上の 1次以上の代数方程式 f(x) = 0 が F の中に解を持つことである。
次の定理は「代数学の基本定理」とよばれる。(「解析学C」または「代数学 B」等で 証明する。)
定理 5.2. 複素数体C は代数閉体である。
実数体R や有理数体Q は代数閉体でない。実際、方程式x2+ 1 = 0 は解を持たない。
実数体 R や有理数体 Q は複素数体 C に含まれるように、代数閉体に関しては以下の 事実は重要である。
定理 5.3. 任意の体F に関して、F を含む代数閉体が存在する。
6. 補足 : F が一般の体のとき F を一般の体とする。
(1) F 係数正方行列 A の固有値を次のように定義する。Ω を F を含む代数閉体 (定 理5.3 から存在)として、Aを Ω係数の行列と見る。このときの固有値がA の固 有値である。
(2) 定理4.3 の証明から、A の固有値 λ が F に含まれるとき、固有値 λ の固有ベク トルは成分がF に含まれるものでとれる。例えば、A が有理数係数の行列で固有 値 λ が有理数のとき、固有ベクトルは成分がすべて有理数のものがとれる。
(3) 体F 上の Hamilton-Cayleyの定理3.9 は、F を含む代数閉体 ΩでφA(A) = 0 を 証明すればよいので成り立つ。