都築 暢夫
4月 21 日(金) 3・4時限
今回と次回の2 回で線形空間の基底と線形写像に関して復習する。
1. 線形空間
線形空間 (ベクトル空間ともいう)とは、体上の加法とスカラー積を持つ集合のことで ある。体とは、加減乗除を持つ代数系のことであり、有理数体 Q、実数体R や複素数体 C などがその例である。有理整数環Zは除法を持たないので(1÷2 = 12 6∈Z)、体ではな い。他の例は、「代数学 A」等で学ぶ。本講義では、Q・R・C と思えばよい。補足に体 の定義を述べておく。
線形空間の定義は、教科書 86, 87 ページを見よ。線形空間の例を幾つかあげる。
例 1.1. 零線形空間. F を体とする。一元からなる集合{0} に加法とスカラー倍を自明に 定めると F 線形空間になる。これを、零線形空間という。
例 1.2. 数線形空間 Fn. F を体とする。n∈N とする。Fn に
x1
...
xn
+
y1
...
yn
=
x1+y1
...
xn+yn
a
x1
...
xn
=
ax1
...
axn
と定めるとF 線形空間になる。n = 0 のときは、零線形空間とする。Fnを数線形空間と いう。
例 1.3. 関数空間 FX. X を集合、FX を X からF への写像全体の集合 FX ={f :X →F}
とする。FX に加法とスカラー倍を
(f+g)(x) =f(x) +g(x) (af)(x) = af(x)
と定めると F 線形空間になる。X ={1,2,· · ·, n} のときは、FX は数線形空間になる。
X = N のときは、F 数列全体の線形空間になる。X = ∅ のとき、FX を零線形空間と する。
例 1.4. 多項式環 F[x]. F 係数多項式全体の集合 F[x] は F 線形空間になる。さらに、
F[x] は可換環 (「代数学 A」で登場する加減乗を持つ代数系で、体の定義で (9) を外し たもの)になる。
2. 部分空間
部分空間の定義は教科書 89ページを見よ。部分空間の例を幾つかあげる。
例 2.1. 自明な部分空間. V を F 線形空間とする。V の零元 0からなる部分集合{0} と V 全体はともにV の部分空間である。この 2 つの部分空間を自明な部分空間という。
例 2.2. 部分集合 S で生成される部分空間 hSi. V を F 線形空間とし、S を V の部分 集合とする。S6=∅ のとき
hSi=
(X
s∈S
ass (有限和)
¯¯
¯¯
¯ as ∈F )
とすると、hSi は V の部分空間になる。S =∅のとき、h∅i={0} とする。hSiを、S で 生成されるV の部分空間という。また、
hSi= \
W⊃S:部分空間 W
が成り立つ。
hSi=V のとき、V は S で生成されるという。
例 2.3. 高々 n 次多項式 F[x]n. F[x]n を高々n 次多項式からなる F 多項式環F[x] の部 分集合とすると、F[x]n は F[x]の部分空間になる。
例 2.4. 核と像. A を F 係数n 行 m 列の行列とする。写像 Fm →Fn x7→Ax に対して、核と像
V = {x∈Fm|Ax= 0}
W = {y∈Fn| ∃x∈Fm s.t. Ax=y}
はそれぞれ、Fm と Fn の部分空間になる。
3. 基底
一次独立 (93 ページ)、基底 (98 ページ) と次元(100-101 ページ)の定義は教科書を見 よ。補足に無限次元も含めた形での定義を述べる。
基底に関して重要な事実として次がある。
(1) (教科書定理4.5)v1,· · · , vm とw1,· · · , wnを線形空間の2組の基底とするとm=n となる。
(2) (教科書定理 4.9) v1,· · · , vm を n 次元 F 線形空間の一次独立な元の組とすると、
m≤n となり、それを含む基底 v1,· · · , vm, vm+1,· · · , vn が存在する。
例 3.1. 数線形空間 Fn の標準基底. 数線形空間 Fn において
e1 =
1 0...
0
,· · ·,en =
0 0...
1
は基底をなす。e1,· · · ,enを数線形空間Fnの標準基底という。特に、Fnの次元はdimFFn = n である。
例 3.2. 多項式環 F[x]. F[x]n は 1, x,· · · , xn を基底に持つ n+ 1 次元線形空間である。
F 線形空間 F[x] は任意の自然数より大きい次元の部分空間を持つから無限次元である。
証明. 1, x,· · · , xn がF[x]n の基底になること: 1, x,· · · , xn がF[x]nを生成することは明 らか。a0,· · · , an∈F に対して
a0+a1x+· · ·+anxn= 0
とするとき、a0 = a1 = · · ·an = 0 となることを n に関する帰納法で証明する。n = 0 のときは明らか。n −1 まで成り立つとする。x = 0 とすると、a0 = 0 である。(a1 + a2x+· · ·+anxn−1)x= 0 より、a1+a2x+· · ·+anxn−1 = 0 である。帰納法の仮定から、
a1 =· · ·an= 0 となる。よって、1, x,· · · , xn は一次独立である。したがって、1, x,· · · , xn
は F[x]n の基底になる。 ¤
基底を決めるということは、線形空間に加法とスカラー積に適合した各元の呼び名、す なわち、番地を定めるということである。F 線形空間 V の基底をv1,· · ·, vn とすると、
F 線形空間の同型
V −→∼= Fn a1v1+· · ·+anvn 7→
a1
...
an
を定める。
4. 基底の変換 (教科書 108 - 110 ページ)
V を n 次元線形空間、v1,· · · , vn をその基底とする。m 個の元w1,· · · , wm をとると w1 = a11v1+a21v2+· · ·+an1vn
... ...
wm = a1mv1+a2mv2+· · ·+anmvn
と表せる。これを行列表示すると
(w1,· · · , wm) = (v1,· · · , vn)P P =
a11 · · · a1m ... ...
an1 · · · anm
となる。
命題 4.1. 上の記号のもとで、w1,· · · , wm が V の基底になるための必要十分条件は m =n かつ行列P が可逆行列になることである。P のことを基底の変換行列という。
証明. w1,· · · , wm が基底ならば前節の事実 (1) から m = n であり、(v1,· · · , vn) =
(w1,· · · , wn)Q となるn 次行列が存在する。
(v1,· · · , vn) = (w1,· · · , wn)Q= (v1,· · · , vn)P Q
で、v1,· · · , vn が基底よりP Q=En となる(En は n 次の単位行列)。よって、P は可逆
行列である。
逆に、m =n かつ P が可逆行列とする。(v1,· · ·, vn) = (w1,· · · , wn)P−1 となるので、
V =hw1,· · · , wni である。V は n 次元なので、w1,· · · , wn は一次独立である (教科書定
理 4.8)。したがって、w1,· · · , wn は基底になる。 ¤
系 4.2. v1,· · · ,vm を Fn の m 個の元とする。v1,· · · ,vm が Fn の基底になるための 必要十分条件は m =n かつ行列 P = (v1,· · · ,vm) が可逆行列になることである。
証明. e1,· · · ,en を Fn の標準基底とすると、(v1,· · · ,vm) = (e1,· · · ,en)P となるので、
命題4.1 から系が成り立つ。 ¤
基底の変換行列とは、番地の呼び名の変換規則を与えるものであり、可逆行列なので新 旧の番地が 1 対 1 に対応する。
例 4.3. F[x]n の基底の例. 1, x+ 1,(x+ 1)2,· · · ,(x+ 1)n も F[x]n の基底になる。実際、
(1, x+ 1,(x+ 1)2,· · · ,(x+ 1)n) = (1, x,· · · , xn)P
とすると、変換行列 P は上三角行列
P =
µ 0
0
¶ µ 1 0
¶
· · · µ n
0
¶ µ 1
1
¶
· · · µ n
1
¶
. .. µ ...
n n
¶
となる。ただし、
µ m i
¶
は 2項係数(1 +x)m =Pm
i=0
µ m i
¶
xi を表す。
5. 補足 : 体の定義
定義 5.1. F が体とは、以下の性質を満たす 2 つの二項演算 + と × を持つ代数系の ことである。
(1) (a+b) +c=a+ (b+c).
(2) ∃0∈F s.t. a+ 0 = 0 +a=a.
(3) ∀a ∈F ∃b ∈F s.t. a+b =b+a = 0.
(4) a+b =b+a.
(5) (a×b)×c=a×(b×c)
(6) ∃1∈F (16= 0) s.t. a×1 = 1×a=a.
(7) ∀a ∈F(a6= 0) ∃b ∈F s.t. a×b=b×a= 1.
(8) a×b=b×a.
(9) (a+b)×c=a×c+b×c
6. 補足 : 無限次元の場合
定義 6.1. V を F 線形空間とし、S を V の部分集合とする。
(1) S が一次独立とは、任意の有限列s1, s2,· · · , sn∈S に対して a1s1+· · ·+ansn= 0 (a1,· · ·, an∈F) ⇒ a1 =· · ·=an = 0 が成り立つことをいう。
(2) V が S の基底とは、S が一次独立かつV を生成することをいう。
選択公理と同値な Zorn の補題を用いると次の定理が証明できる。
定理 6.2. 任意の線形空間には基底が存在する。基底の集合としての濃度は、基底の取 り方によらない。基底の濃度を線形空間の次元という。
例 6.3. F[x] の基底. S ={1, x, x2,· · · } は F 多項式環 F[x] の基底になる。基底は可算
濃度である。
例6.4. 数列空間 FN. ei を第i項のみが1で残りが0の数列とする。すると、e0,e1,e2,· · · は一次独立である。しかし、これらは FN の基底にならない。実際、a をすべてが 1 の 数列とすると、aは e0,e1,e2,· · · の一次結合の形で表せない (有限和にならない!)。
例 6.5. Q 線形空間 R. R の濃度はQの濃度である可算濃度より大きいので、Rは Q上 無限次元である。もっと正確に、次元は連続体濃度である。
問 3. F を体、c1,· · · , cm を F の元とする。V を F 値数列全体の空間 FN の部分集合
V =©
(an)∈FN¯
¯ an=c1an−1 +c2an−2+· · ·+cman−m(∀n≥m)ª とする。V の次元や基底について考察せよ。
問 4. 実数上の C∞ 級実数値関数の次元について考察せよ。