2007 年度 上智大学経済学部経営学科 網倉ゼミナール 卒業論文
オープンソースとの競争と協力
A0442432 上西 培智
2008 年 1 月 15 日提出
目次
1. はじめに
2. オープンソースソフトウェア開発のしくみ
2.1. 商業主義を排除しようとするライセンス
2.2. コミュニティによる開発
2.2.1. どのような参加者がいるか
2.2.2. 参加する理由
2.3. オープンソース開発の問題点
3. オープンソースとの競争
3.1. ユーザー主体のイノベーション
3.2. 対抗馬
3.3. 対抗馬が強い場合の弊害
4. オープンソースとの協力
4.1. 競争を避ける
4.2. 競争を避ける方法
4.3. 対抗馬と競争するのを諦め、それを逆に利用する
4.4. 対抗馬が擁立可能であっても、その気にさせない
5. おわりに
6. 参考文献
1. はじめに
Linux を筆頭にマスコラボレーションを積極的に採用した、新たなイノベーションが近年活 発化している (Tapscott & Williams, 2006)。これは Linux のようなコンピュータに関係した 製品分野以外でのユーザ同士のコラボレーションも含んでいる。この動きは一部企業とそのス テークスホルダーを除いた一般ユーザにとっては、選択肢が広まることなどによる様々なメ リットがある (Hippel, 2005)。その中でもオープンソース開発により生まれた数々のソフト ウェアは、市場の独占を目指すような利潤追求型の企業の存在を危ぶませるまでになった。
しかし後述するように、オープンソースにより開発されたソフトウェアは、既に市場にある 製品を単純に模倣しようとする場合も多い。ソフトウェアは基本的にビットから構成されてい る無形製品であり、他の有形製品に比べて模倣に必要な資源が少なくて済む。従来では、ある 製品の模倣が可能であればその産業は完全競争に入ろうとするが、企業にとっての競争相手が 非営利なユーザらとなれば、彼らは模倣にマスコラボレーションを利用しうるため必要なコス トは格段と低くなり、企業が争うことは不利になりやすい。このような場合オープンソースの 存在により、従来の企業が持つ研究開発の投資に対するインセンティブの低下が起きる可能性 がある。 Schumpeter (1934) は企業の利潤追求によるイノベーションが経済成長に重要である ことを論じており、企業の投資インセンティブの低下は問題と思われる。
オープンソースに関しては既に様々な研究がなされているが、この論文ではその仕組みを再 度整理し、従来の企業がオープンソースとどのように競争できるか、または競争を避け協力す べきかの考察を行うことにより、オープンソースが活発化する中で企業がどのようにすれば成 長できるかを探りたい。
2. オープンソースソフトウェア開発のしくみ
2.1. フリーライダーを排除しようとするライセンス
オープンソースとはプログラムのソースコードの入手と配布を可能にしたライセンスモデル の一つであり、無料で配布されている場合が多い。ソフトウェアのライセンスは数多くあり、
オープンソースという名のライセンスが定着する以前からユーザが無料でソフトウェアを利用 できるライセンスや、ライブラリを公開する形でソースコードの入手可能なライセンスは存在 していた。
Hippel (2005) によれば、1980 年代まではソフトウェアはパッケージ化されておらず、特
定用途のためにプログラムが必要であれば自らコードを書くか、誰かを雇って書いてもらうの が通常であった。1960 年代と 70 年代にはソフトウェア開発者らは自分が書いたソフトウェア を自由に他人に与え、交換し合い、さらに互いのソフトウェアに変更を加え、改良し、改良版 を自由に共有することが当然の文化として受け入れられていた。しかし一部プログラマがこの コードを民間企業にライセンスし始めたことから、プログラムのコードはクローズドとなり、
外部からのアクセスを遮断するようになった。これはつまり、共同で作ってきたソフトウェア のソースコードを独占するような形で部外者を締め出すことが可能であったということであ る。
このような商業主義に対抗する形で生まれたのが GPL (General Public License) で、ソフ トウェアのソースコードの入手と変更を可能にし、再配布する権利を有したライセンス形式で ある。これを元に現在のオープンソースが生まれ広まるようになったが、中でも Linux の開発 における GNU ライセンス形式は特異で、ソフトウェア開発中に派生した、いかなるコードも再 配布可能な形にするように定めた。これにより、フリーライドを狙う企業がこのコードを元に 開発を行っても、結局はそのコードを公開する必要が生まれるため、フリーライドを抑制する 効果が強化された。
これはつまり、従来のイノベーションにおいてはフリーライドを防ぐために特許や著作権、
知的財産権などを利用したが、それを覆し敢えて情報を公開し尽くすことで対応するという革 新的な動きでもある。
2.2. コミュニティによる開発
オープンソースソフトウェアはそのライセンスの趣旨にあるように、ユーザが共同で開発す るコミュニティを形成する場合が多い。その最たる例は Linux であり、Raymond (1999) は Linux のような多数の開発者らが共同で開発する様をバザール方式と呼んだ。またこの言葉と は対照に伽藍方式と呼ばれるのが、中央集権的で閉鎖的な開発である。Raymond はこのバザー ル方式という考えを多くの開発者に広め、目玉の数さえ十分あればどんなバグも深刻ではない としてオープンソースの動きを加速させた。Firefox の元である Netscape もこの考えに則り ソースコードをオープンソース化し、現在成功を収めつつある例の一つであり、これも他の開 発者らを勇気づける良き前例となった。SourceForge.net はオープンソース開発を支援する場で あるが、現在登録されているプロジェクトは16万以上にも上り、非ユニーク登録者数は176万 人もの数に上る。
2.2.1. どのような参加者がいるか
FLOSS Survey and Study1)によると、オープンソースに参加している開発者らは欧米に特に多 く、2002年の時点ではIBM や HP を代表とする世界のトップ25のソフトウェア企業のうち約 半数はオープンソース活動に参加している。これは以下のような意図があると考えられる。
a) オープンソース活動を積極的にサポートすることで、その姿勢をオープンソース開 発者らにアピールできる。
b) オープンソース活動の中枢部に働きかけることで、オープンソースの今後の流れを 左右できる立場に近づくか、その流れをいち早く知ることができる。
c) オープンソース活動を支援するとともに、その成果物を企業の戦略に利用できる。
a) 後述するが、オープンソースのコミュニティを構成するのは基本的には一個人であり、
開発リーダーは存在するがそれは従来のトップダウン形式とは異なるため個人の感情も働きや すい可能性がある。マイクロソフトにおいてはアンチコモンズの悲劇 (西川・金, 2004) 以上 に、個人的な感情が集い一つの力となっているのが窺える。オープンソース開発者の間には独 自の文化があり、その所有権や評判、謙虚さなどに関して根強い習慣がある (Raymond,
1999)。企業はコミュニティの機嫌を損ねないように最大限配慮する必要がある。
b) 例えば製品や言語の規格標準を定める組織の中に自社の社員を送りこむことに近い。
c) これも後述するが、例えば Oracle は自社の製品をオープンソースで開発された Linux に 対応させてコモディティ化し、本来必要であった OS などにかかっていたコストを下げること に成功した。
2.2.2. 参加する理由
上記のような企業に雇われた開発者を除いた場合、オープンソースに参加する開発者らは個 人的な意思を持って活動していることになる。前述の調査において参加者らの動機を探る質問 項目があったが、エゴなどについては内面的な問題であり回答として出づらいためそれを補足 する形でオープンソース開発者でもあ り 開発リーダーの経験がある Raymond(1999) の考えを足 し、さらに著者の知人であるオープンソース開発者6名へのインタビューの結果より、個人開 発者らの参加動機をまとめると以下のようになる。
① 代替品がないため
欲しいとする効用を果たすソフトウェアが存在しないため、オープンソースプロジェ クトを立ち上げて自らの手で作ろうとする場合など。IT に従事しない研究者らが自ら 作りあげる例もある。
② 市場にある製品が高いため
時に市場にある商用ソフトは高価である場合が多い。画像処理ソフトを代表する
Photoshop CS3 は標準で定価 10万円という価格設定であるが、これと競合するオープ
ンソースソフトウェアの GIMP は無料である。
③ 楽しいため
問題解決自体が喜びである場合。これに関しては Hippel (2005) がうまく表してい る。:
クロスワード・パズルの愛好家を考えてみるとよい。明らかに、こうした人々にとって の喜びは解いた結果ではなく、解こうとするプロセスにある。試しに、パズルを解い ている人にパズルの解答、つまりその人が現在懸命に作り出そうとしている結果を見 せてあげると言えばどうなるであろう。
④ 知識・スキルの共有と獲得のため
活動を通じて技術の知識とスキルを磨くためなど。開発には最新または主流の言語が 使われることが多く、ソースコードの入手可能なオープンソース開発に関わることで コーディングスキルが身についたり、業界の新たな流れを感じることができる。大学 においてオープンソースソフトウェアを教育に用いるケースも多い。
⑤ 経歴のため
オープンソース開発を携わり成果をあげることができれば履歴書などにそれを記すこ とができる。コーディングや翻訳作業などを含め、成果物を採用時に提出することも 可能となるため、転職が多い IT 業界においては有効な場合も多い。
⑥ エゴのため
他人にハッカーと呼ばれてはじめてハッカーになるというように、仲間内の評判など をよく気にすることが多い。エゴについては開発者らは否定する場合が多いが、前述 の調査でプロジェクトの署名を大事と考える開発者らが約6割近くいたことからもこれ は明らかである。他との繋がりを求め、オンラインアイデンティティを獲得したりも する。
以上、主に六つの動機が考えられるがそれらは単独で存在したり、複雑に絡み合う場合があ る。この中で、企業に対して特に影響を与えると考えられるのは①と②である。
また他にも、アンチマイクロソフトといった商業主義への批判から来る動機づけもかなり強 いとのインタビューの回答があがった。これはマイクロソフトが1998年に FUD 戦略2)を自社 の戦略として認めたことも影響していると考えられる。その後マイクロソフトに関する書籍な
どが多く出版されたほか独占禁止法違反の訴訟も数多く起きたため、開発者らの目にマイクロ ソフトの脅威が広く浸透したと考えられる。
2.3. オープンソース開発の問題点
企業に雇われていない個人の開発者らは、前述の動機などをもとに原則無償で作業をする。
ソフトウェアに必要な資源、つまり人とハードウェアのコストが限りなく低い状態用意できる ため、オープンソースはまるで魔法のようである。しかし、この魔法にも欠点があり、魔法を 唱えるための呪文が必要なのである。オープンソースが有名になった、2004年以降の話として 以下のような問題点があげられている。
Debian プロジェクトリーダーを務めていた Martin3) によれば、特定の機能が追加され後に
何が起こるかについては気にしていない。事実上、開発者たちは自分が作りこんだバグの修正 を他人に押し付けている。このように、オープンソース開発はしばしば体系化、組織化いない ため、バザール方式の開発体制を作り上げるためにはマネジメントスキルも必要であると述べ ている。
また、Novell の Asay4)は、オープンソースの世界において営利企業が多くなることで新た
な問題が出てきたと指摘した。我々は Linux やその他のオープンソースプロジェクトをこぞっ て営利化しているが、コミュニティをないがしろにしてはいないだろうか。またそのためにベ ンダ(および顧客)は、口コミによる営業効果、企業の上を行く QA テストなど、本来オープ ンソースから得られるはずの多くの恩恵を失ってしまっていないか。これらの恩恵は、オープ ンソースが一斉に営利化され、コミュニティが踏みにじられれば消失してしまうのだ。
3. オープンソースとの競争
3.1. ユーザー主体のイノベーション
Hippel (2005) はリード・ユーザー理論として、市場動向の最先端に位置するリード・ユー ザー5)が多くのイノベーションを起こすことを証明した。そしてそれらイノベーションは商業的 魅力に富んでいるものが多いこともわかった。これは前述のオープンソース開発者らの動機の うちの①に該当し、既存の製品では満たされないニーズや不満がある場合などが多い。このよ うなイノベーションは従来のイノベーションプロセスやイノベーターの特徴と合致しており (Rogers, 1962)、オープンソースによるユーザ主体のイノベーションは様々な可能性を秘めてい る。
しかし、オープンソースソフトウェアの中には動機の②にあるように、市場に既に求める機 能の代替品が存在するにも関わらずオープンソースで新しく作られる場合も多い。ユーザーの 視点から見てそれを自分で作るか、購入するかは意思決定に基づく (Hippel, 2005)。Photoshop と競合する GIMP の例では、Photoshop の機能を後追いするだけで独自の効用がほとんど見ら
れない。Photoshop の定価は10万円前後であるし、ユーザーが常に最新の機能を求めるとして
最新版がリリースされる度に2万円強のアップグレード版を購入するのは高コストであるかも しれない。しかし、重複したイノベーションは社会福祉的にも無駄であるとされている中で は、機能に不満があるというわけでもないのに一から似たようなプログラムを書くことは無駄 である可能性があり、またユーザー単体の視点ではペイオフでも非生産的に思えるため、メー カーのソリューションを購入するはずである。しかしオープンソースの普及によるマスコラボ レーションによって、一から新たに作りあげるコストを大幅に下げることができるため、それ が例え重複しているとしても時間をかけ作ろうという発想が生まれうるのである。
これは例えば、スーパーで売っているトマトが高いから、自分の庭で作ろうという発想とは 異なる。なぜならば、オープンソースにおいてはこの庭は個人のものではなく、大人数による 超規模農園であり、その規模を生かした効率的な生産がなされ、成果物も無料で配られるから である。このような農園が生まれうるのであれば、スーパーにトマトを卸す専業農家は廃業に 追い込まれる可能性が高い。もしこの超規模農園が世間で当たり前のものになれば、農家の存 在必要性はなくなるため単に市場に淘汰されるだけであるが、これと同じようにイノベーショ ンにより成長を果たしてきた企業が簡単に淘汰されてしまうと新たな弊害が生まれる可能性が ある。
3.2. 対抗馬
Photoshop の例は Office 製品などにもあてはまる。マイクロソフトは懸命にマーケティング を繰り返し、ユーザーのニーズまたはシーズをつかもうと努力しその結果の末にイノベーショ ンを生み出していたかもしれない。しかしマイクロソフトが Office 製品に対して多額の投資を したにもかかわらず、ユーザーの Office の性能に対する不満が出ていなくとも、彼らが小さな 動機から機能が模倣された強敵な対抗馬を擁立可能だということはマイクロソフトにとって極 めて破壊的なことである。小田切、古賀、中村 (2002) によれば、特許などの知的財産権が確立 しているからといって占有可能性を確保できるのは限られているといわれており、企業が対抗 馬と戦うのは有利とは言えない。
イノベーションは競争的な産業のリーダー達によって行われるので競争的な産業が増大する ことは経済成長にプラスの効果をもたらす。模倣は技術競争の次のステップヘの足掛かりを与
えるものであるから、イノベーションは競争と共に増加することとなる。この効果が大きいと き、競争と技術進歩とは正の関係を持つこととなる。しかしながら、競争的な産業があまり大 きくなりすぎた中での強い模倣は経済成長を阻害することとなる (向山, 1998)。以上のことを 踏まえると、オープンソースから生まれた対抗馬と企業が競争することは経済にもあまり望ま しくないと考えられる。
3.3. 対抗馬が強い場合の弊害
オープンソースにより市場に繰り出される製品を対抗馬と呼び、その対抗する相手が商業主 義の企業であるとすれば、この対抗馬が未開拓の市場に突如現れた場合どうなるか。対抗馬の 強さに恐れをなした企業は競争を避ける可能性がある。オープンソース開発者らはハッカーと 呼ばれ技術に精通しているが、企業のような戦略をもってしてイノベーターとなるわけではな いため、エンドユーザーにまでイノベーションを普及させようとする発想に至りにくい可能性 がある。これは、企業が利潤を追求する過程で、イノベーションの普及を目指すターゲットを 絞る際、最大限広いターゲット層を狙おうとするのに対して、ハッカーはあくまでリード・ユー ザーにすぎず、その後に続くエンド・ユーザーのことを考えようとしないからとも言える。
Hippel (2005) のあげる例では仮にリード・ユーザーが自己利益の達成に専念したとしても、
メーカーがエンド・ユーザーにまで広げる役割を果たそうとする。しかし、オープンソースにお いてはメーカーがその役割を果たそうとしても、ライセンスの効果によってフリーライドを諦 める可能性がある。オープンソース開発者らが自らマーケティング活動をしてエンド・ユー ザーの立場に立ってみたり、またそのイノベーションを社会福祉的に効率よく利用するために その効用をより多くのユーザーに広げようとはしないと思われる。オープンソースソフトウェ アの UI がエンド・ユーザーに受け入れられにくいとされるのは、これが理由でありオープン ソースの新たな問題点であると考えられる。
4. オープンソースとの協力
4.1. 競争を避ける
オープンソースコミュニティによって擁立された対抗馬との競争が企業にとってあまり有利 でないとしたら、企業は競争を避けるべきであるといえる。競争を避ける方法として以下の三 つが考えられる。
対抗馬が擁立されにくい市場を狙うこと。
対抗馬が擁立可能であっても、その気にさせないこと。
対抗馬と競争するのを諦め、それを逆に利用すること。
4.2. 対抗馬が擁立されにくい市場を狙う
木原 (2004) は、Langlois 及び Robertoson (1995)、Dierickx 及び Cool (1989) が説明する模倣 困難性に関して以下のようにまとめている:
企業のケイパビリティには、市場で購買できない特異な本質的コアと市場で売買可能な特 異でない補助的ケイパビリティとに分けられる。競争力を規定するのは本質的コアである。本 質的コアが市場環境に適合すると競争優位が得られることになる。その際、本質的コアのケイ パビリティが、模倣に時間がかかり(時間圧縮の不経済)、競合企業より早く獲得され(資産 の数量効率性)、下位レベルのルーティンの相互関係が密接に補完的であり(資産ストックの 相互関係)、競争環境に対して陳腐化せず(資産の風化)、競争企業から見てどの要因がどの ような役割を果たしているかが不明瞭(因果曖昧性)であれば、競争優位の持続性を確保する ことができるということになる。
これをオープンソースソフトウェアとの競合に置き換えると以下のようになる。
● 時間圧縮の不経済
ソフトウェアの開発に関しては、例えば二倍の投資を行えば必要な開発期間が半分に なるため、時間は圧縮されてしまう。オープンソース開発においてはこの投資量の上 限の検討がつきにくいため企業は不利であるかもしれない。ただしこれはサービスを 提供するために必要なものがソフトウェアのみである場合に限られる。
● 資産の数量効率性
市場である程度のシェアを確立している場合に働きうる。これはブランドへの認知度 や、UI への慣れ親しみも含まれるため、先行した方が優位性を確保しやすい。
● 資産ストックの相互関係
ソフトウェアの配布の際にインターネットを介さない場合は販売チャネルが必要にな るため企業が有利である。⇒ここを狙ったサービス後述
● 資産の風化
ソフトウェアは無形のものであるため風化しないが、ブランドなどの認知度も風化し ないため、先にシェアを多く確保している方が優位にたてると考えられる。
● 因果曖昧性
ソフトウェアの仕様的に因果曖昧性は少ないと考えられるため、後から模倣する方が 有利と考えられる。
以上から考えると、企業にとって今後ソフトウェアを作成し、ばら撒くといったタイプのビ ジネスは非常に困難となりうるため、例えば SaaS のように、ソフトウェアを提供するにあた り直接配布するような一対一の形を避け、一対複数という形を取ったり、ベンダー側でのみ稼 動してシナジーを生みだすようなサービスを提供することができれば模倣が難しくなることが わかる。
4.3. 対抗馬と競争するのを諦め、それを逆に利用する
本論文の中ではオープンソースの有効性やその問題点をいくつか挙げてきたが、それらから オープンソースと協力していくための方法を考えてみる。
オープンソースでは、フリーライドは非常に困難であるということがわかった。しかし、こ れは全ての企業においても言えることなので、諸刃の剣という発想に変え、自ら先に公開して しまうのも一つの手である。前述にあった SaaS のようなモデルとは違い、ユーザーに直接配 布するようなアプリケーションであれば尚更で、メーカーは必要以上に投資をして開発するの を避け、ユーザーに任せるべきである。リード・ユーザーは革新的であるし、目玉の数が増える ことは歓迎すべきことである。また先にオープンソース化してしまえば、新たなオープンソー スの対抗馬が生まれる可能性は低くなるため、その活動の中心に居座れる可能性も高くなる。
そして自分の作ったバグを他人に押し付けるといったバザール形式で挙げられた問題点や、UI が不十分であるといった問題を企業がサポートする形を取ることができるかもしれない。
4.4. 対抗馬が擁立可能であっても、その気にさせない
模倣が容易であってもユーザーらが模倣を考えようとしないケースについても考えたい。ブ ランドへの忠実さなども考えられるが、オープンソースにおいては特に、API などの開放が鍵 であると予想される。API を公開することによって、ユーザーが持つ効用などに対する不満を 大幅に吸収することが可能で、オープンソース参加者の動機を満たそうとするため、一から作 ろうという発想が少なくなるからである。
5. おわりに
この論文では、従来の利潤追求型の企業がオープンソースとどのように向き合えばよいかを 検討してきた。結論としては、企業が行うソフトウェア開発の模倣困難性が低いのであれば、
むしろオープンソースを積極的に採用すべきであり、ソフトウェア以外のサービス面や、別な シナジーを有効活用することに注力すべきであるということがわかった。企業の成長という視 点からすると、オープンソースに対抗馬を立てられることはあまりメリットが見当たらず、出 来ることなら避けるべき行動と言える。
数ヶ月前、iPhone が発売され話題をさらったが、発売と同時にかなりの数の Apple 非公式 のハックが行われたのは有名である。これは iPhone への愛または話題性が特に強いからこ そ、無理にでもハックしてしまおうという動きに繋がったと考えられる。発売後しばらく
Apple は非公式のハックを認めず、ファームウェアのアップデートの度にそれらハックを封じ
込めようとしていた。しかし、それでもいたちごっことなり、ついに Apple はそれらのハック を認めるための準備をはじめた。そして iPhone の話題が冷めやらぬうちに、 Google から
Android が発表された。これは発売前から端末に搭載する全てをオープンソースで提供する環
境を与えており、iPhone と競合する。しかし、もし iPhone が当初からオープンソースの発想 を持っていて発売と同時に公式にハッカーを応援していたら、iPhone の入り込む余地は少な かったかもしれない。まだ Android は登場しておらず今後の行方はわからないが、Android の 場合は携帯電話が提供する機能の大部分をオープンソースに依存するため、その展開は今後の オープンソースの動きにも大きな影響と可能性を与えると考えられる。
今後もオープンソースの動きは活発になることが予想されるが、企業がうまく向き合えれ ば、新たな可能性を手に入れられると思われる。
文末脚注
1) FLOSS とは Free/Libre and Open Source Software の略で、FLOSS 調査は世界中のオープン ソース開発者を対象にしたアンケート調査。
2) FUD戦略とは、1998年にマイクロソフト社内から流出した内部資料にも記載されていた、マイ
クロソフトの市場独占のための戦略で、Fear、Uncertainly、 Doubt の略である。
3) Bruce Byfield により NewsForge に寄せられたMartin Michlmayr のインタビュー。詳しくは参 考文献に記載。
4) Matt Asay により NewsForge に寄稿されたもの。詳しくは参考文献に記載。
5)この場合のユーザーとは製品やサービスを使用することで効用を受けようとする個人や企業 を示すが、本論分における企業は利潤追求のイノベーションを目指す場合を示しており、リー ド・ユーザー理論に登場する企業例とは異なる。
6. 参考文献
Bruce, Byfield. , “「伽藍とバザールを融合した品質保証」について語るMichlmayr氏”, Web, 2006,
http://opentechpress.jp/opensource/article.pl?sid=06/07/21/0249255
Hippel ,Eric von. , サイコム・インターナショナル監訳, “民主化するイノベーションの時代 - メー カー主導からの脱皮 -”, フォートプレス, 2005
Matt, Asay. , “どうなる?オープンソースのコミュニティ”, Web, 2005, http://opentechpress.jp/opensource/article.pl?sid=05/06/13/0232259
International Institute of Infornomics University of Maastricht & Berlecon Reseach GmbH,
“Free/Libre and Open Source Software: Survey and Study,” Web, 2002, http://widi.berlios.de/paper/study.html
Raymond, Eric S. , 山形浩生訳, “伽藍とバザール”, Web, 1999, http://cruel.org/freeware/cathedra.html
Raymond, Eric S. , 山形浩生訳, “ノウアスフィアの開墾”, Web, 1999, http://cruel.org/freeware/noosphere.html
Raymond, Eric S. , 山形浩生訳, “魔法のおなべ”, Web, 1999, http://cruel.org/freeware/magicpot.html
Rogers, Everett M., “Diffusion of Innovations”, The Free Press, 1962 Schumpeter, J. A. , 中山伊知朗訳, “経済発展の理論”, 岩波書店, 1973
Tapscott, Don. & Anthony D. Williams, 井口耕二訳, “ウィキノミクス - マスコラボレーションによる 開発・生産の世紀へ -”,日系BP社 , 2006
小田切宏之・古賀款久・中村健太, “研究開発における企業の境界と知的財産権制度”,文部科 学省 科学技術政策研究所, Web, 2002,
http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/dis024j/pdf/dp24j.pdf 木原仁, “市場環境の変化と競争力の再構築”, Web, 2004,
http://mba.nucba.ac.jp/cic/pdf/njeis502/04kihara.pdf
向山敏彦, “R&D に基づいた経済成長モデルにおける模倣と競争”, Web, 1998 西川雅史・金正勲, “コモンズとアンチコモンズ:財産権の経済学”, Web, 2004,
http://www.jbaudit.go.jp/effort/study/mag/pdf/j30d10.pdf
マイクロソフト社内部文書, Eric S. Raymond 注釈, 山形浩生訳, “ハロウィーン文章I”, Web, 1998,
http://cruel.org/freeware/halloween1j.html