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ハトに学ぶ人間関係講座

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Academic year: 2024

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第3部 小説・エッセイ●

【佳作】 ハトに学ぶ人間関係講座

経済学部  現代ビジネス学科

  4年松田藍永

「ああ。もう人間ってうざったい!私もハトになりたいや!」そうお思いの貴方に朗報です。あたくしがハトにして差し上げましょう。

第一講  ハトの距離感あたくしは常日頃、ハトの距離感に感心しては、また辟 へきえき易させられもする。では、まずは感心した話から。あたくしはハトを見つけると無性に近づきたくなる癖 へきがある。その日も意地悪な笑みを顔に浮かべながら数羽のハトの群れに接近した。結果はもちろん、大失敗。大解散。彼らは一所懸命に羽をしばたき、思い思いの電線に足下を確保する。これがまた、あたくしにとってはなんともかわいいと思う、ちょっとサディスティックなあたくしです。そうかと思えば、あたくしが失楽し、気を落としてベンチに座っていたある日。今度は彼らの方から近づいてくるではないか。無論彼らの目的は、あたくしが夕方の時間に黄色い値札になるのを狙って買ったス―パーの菓子パンなのであるが。それでも一つの生き物が言葉も発せずにタダ側に いてくれることほど力強いものはない。あたくしは元気が出てきて、彼らに触ろうと試みた。しかし彼らはまたしてもポーポー泣いて一散した。あたくしはなんとも言えぬ悦楽に浸ったのを覚えている。ハトと共に消えてゆく、あの心地いい悩みの消散感は一体何だったのであろうか。もし彼らが灰色の体をあたくしに触らせてでもいたら、どれほどの失望が襲ったか。「ああ。ハトって粋でツンデレで好きだわん」―あたくしの心の中である。一方、この日は人混みの甚だしい都会の歩道を息苦しく歩いていた。通例により、彼らは地面の食べかすを首を間抜けに上下させながら啄 ついばんでいる。あたくしは体得していた心得に従ってそれらのハトを避 けずに歩こうとした。「あら。どうしたことだろう。あたくしに気づいているのにピクリとも反応しないわ」この瞬間、今まで愛しく思えていたハトがなんと憎たらしく忌々しい存在に思ったか。ぶしつけで身分不相応な態度をした服屋の店員を思い浮かべてもらえれば同感に難くないかと思われる。あたくしはむかついた。正直本当に憤慨しかけた。『避けろよ、おまえ』つい口 に出しそうになったが、そういえばあたくしは人であった。グッとこらえて避けて通った。周りの人々は気にならないのだろうか。これは一つの疑問だった。あたくしはハトを同等の存在と思うふしがあった。というより、生まれた時から、生命全てを同じ土俵に捉える性 なのだ。果たして他の人はハトは所詮ハトだからと思っているから気にならないのか? つまり何が言いたいかと言えば、人を惹きつけ、人に好かれる人間というのは初例のハトのように離れすぎず、近づきすぎずを上手く使える人間であろう。手が届きそうで、届かないくらいが一番良い。しかし一歩間違えればたちまち厭われてしまうのも代償だ。もしほどよい距離感を上手に保ってきた人間が突然大胆に急接近して慣れ慣れしくでもなったなら人は彼を嫌うだろう。だったら最初から、雑踏に暮らす、人に慣れたハトに倣って、都会のませた高校生のようにドンと構えるのも手だとは思うが、あたくしは人に好かれたい。

第二講  ハトの去り際あたくしが公園でご飯を食べていた時、一羽の

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●小説・エッセイ

ハトがテクテク近づいてきた。皮肉にも弁当の唐揚げをひとつまみあげてみた。彼はおいしそうに食べる。当然食べ終われば次を期待して、足下に寄ってくる。あたくしは「もうあげないよん」って思いながら軽快にご飯を口に運んでいた。それでも健気に待っているもんだから、とうとう「二口目をあげようかしらん」と思ったその際、彼は名残惜しげもなく羽ばたいていった。あたくしはひとえにご飯をあげたい願望に支配された。今あげようとした唐揚げの所在はどこへ行く?「ああ、もう一度来てはくれないか。からあげ、あげたいよお、あげたいよお」こんな風に、人との別れ際もタイミング良く、往生際良く。食べ物は奪わずとも、相手の心を奪って去りたいものだ。

第三講  ハトの滑稽さ今度は逆に論を進めてみよう。人間は滑稽なくらいが波風も立たず過ごしやすい。何でもそつなくこなす完璧商社マンのような人間もある意味滑稽ではあるが、そういう人らは往々にして人からの嫉妬、悪口、批判、弱みつけ込み、のオンパレードである。ではハトに立ち返って見てみよう。彼らは滑稽の権化。あれほど見ていて弱々しくバカらしい生き物はいるだろうか。あたくしは彼らを見ると食べ物をあげたくなるのが常である。「お腹空いてないかな?今日はご飯食べられたかな?」こんなことを考えてしまうのも、彼らは生きる分の最低 限の食べ物さえ望むものの、それ以外のなにものをも望んでいない透き通った目を持っていること、さらには頭の規則的なピストン運動がために尽きるかと思われる。だからあたくしたちも、なにものをも望まない、何を見ているかわからない、うつろな目を持って、首を前後に始終動かしておけば、きっと誰かが助けてくれるだろう笑 少しふざけが入ったが、つまりは自らがどれだけ賢かろうが、狡猾だろうが、そんなもの人に悟られてはいけない。ハトのようにバカで、愛すべき人間であろうじゃないか!  哀れみや憐 れんびんの目で見られてもいい。だってあたくしはハトで、そんな好奇の目なんか見ていないんだもの~。

第四講  ハトの素直さハトはこだわらない。ゆえに清 きよい。彼らはお腹が空けば、ご飯をもらいに来るし、いくらでも食べ続ける。しかしお腹が減っていないのなら、どれだけこちらが与えても受け取らない。もしこれが人間ならどうだろう。会食の場で、お皿に載る残り一つのフライドポテトを皆取らないではないか。遠慮というのはおもむき深い精神でもあるとは思うが、「ラストもーらい!」くらいの素直さがなんとも快活で清々しい。あたくしたちは弱肉強食の世界に生きている。それに従って生きる素直さはいつからか忘れてしまった…。逆もしかり。いらないお土産や食べ物をもらったとき、素直にいらないと言える人は、ハテ? どのくらいいるであろう。もらったって無駄にな るだけなのだから、他に必要な人のために、もらわない手を考えてもみないか?  一方与える側の人間は、善意を踏みにじられたなんて怒ってはいけない。だって貴方が勝手にあげようとしたんでしょう?  そんなこと、ハトは知りません!ハトは、そんなこと気にもせずに、

がいらないから “ ただ自分 であろう。そんな正直さ、人間にも必要ね。 ” という理由のみで頂かないだけ 第五講  ハトの信じる力今回はカラスと比較してみよう。ある公園での出来事。あたくしがよく歩きに行く公園には毎日定刻にエサを与えに来るみすぼらしい男がいる。己は大丈夫なのかと心配してしまう猫背のその男は、いつも同じベンチに座り、手に持ったエサを快く大盤振る舞いしてみせる。それがお金であったなら様になるだろうに、残念、おカネではなくおコメだった。しかし男の優しい心は一億でも払えない価値があることはあたくしにでもわかった。話は逸脱したが、投げられたエサに一目散に飛んで集まりくるのはハトの群れ。彼らは、一羽がエサに反応すると以心伝心のように羽音が響き、他の仲間も同じように何も考えずに(あたくしの推測)やってくる。この時、木の梢で怪しげに、疑心暗鬼に、虎視眈々とエサを狙っているのはカラスだ。真っ黒いカラスは猜疑心の象徴であるのか、その黒々とした目と体はご多分に漏れずあたくしに不穏な感を与える。「そんなにほしい

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第3部 小説・エッセイ●

のなら、君もエサに飛びつけば良いじゃないか。かわいくないな、疑っちゃって。人の善意は、受

美しいのよ。それに比べてハトはなんてかわいんでしょう。全く疑いの「U」の字も聞こえる暇 いとまがないほどに隆々と飛びついてくる。あなたも人に好かれたいなら、ハトになりたいのなら!  疑わないで、信じなさいよ!  その方が世界が円滑に回るでしょうに。

第六講  ハトの休憩夏には日陰が好きで、冬には日向が好きな彼らは、脚を崩してのほほんと腹を地に這わせる。人間は他人の休憩にいかほど不寛容な生き物か、この長閑な休憩シーンをみて改めて感じさせられた。仕事仕事仕事。昼メシ食っちゃ仕事。そんなに楽しいかね?  たしかに働くことの陶酔は人間に必要な効能だと理解している。だがしかし、陶酔ばっかりじゃ頭が鈍い酩酊状態から抜け出せないだろう。ハトのように一切を気にせずに休憩する時間があたくしにも、貴方にも、人間にも、すべての生命にも、必要不可欠なのではないか。休む人を羨ましく思うでない、休む人を悪にするでない、休む人は地球を救うヒトである。そろそろ休んでもいいんじゃないか?人間達よ。物質主義に流されて心の休息はどこへ行った?  あまりに早すぎる発展は自然を壊す一方ではないのか? 遅れても、離されても、取り残されても良いじゃないか。あたくし達にはハトがいる。 第七講  ハトのフンなぜかしらん、ハトのフンって幸運の兆しのような気がするの。一度ハトのフンが頭に乗ったことがある。その時はなんだか嬉しかった。憧れていたシチュエーションの初体験ということもあったでしょう。滅多に起こらない奇跡的な出来事ということもあったでしょう。でもやっぱり、人間にもフンは必要よね。なにがいいかって、ハトに借りをつくった感じが嬉しい。今まではなんだか与えてもらってばかりで、癒やされては勇気づけられての連続だった。まさに、「たまにはあたくしを頼っても良いのよん」って気分。そんな中、あたくしを便器にしちゃうんだから笑うしかない。それはやり過ぎでしょうとも思ったけれど、今までの恩に比べたらなんてことないね。それに実際、便器にされた瞬間は心地が良かったし。なんて話を進めていたら、あたくしには実はマゾヒズム的な一面もある告白みたいになってしまった。あれま、これはいけない。あたくしとしたことが貴方にフンをかけてしまった。ハトのフンに免じて、フンって受け流してよね。ハトのフンのように、人間も弱みや恥ずかしみをさらけ出したときが一番好感が持たれやすいと考える。それを上手に使うずる賢いのは嫌いであるが、ハトのように意図せず漏れ出てしまうフンのような弱点が幸運にも誰かの頭に落ちてきたら、そりゃどんな人間も、許しちゃうでしょう。もちろんそれは、それまでハトのように行動してきたハ に限るけれど。 第八講  ハトのケンカとキス彼らのケンカを見たことがあるだろうか、彼らの熱いキスを見たことがあるだろうか。彼らのケンカは羽や嘴 くちばしやらをただぶつけ合うだけの、こぶしのぶつかり合いならぬ、くちばしのぶつかり合い、はねのぶつかり合い。すなわちキッスとパタパタ攻撃だ。彼らは痛いのかも知れないが、客観のあたくしから見れば、毛繕い程度。人間のケンカも、唇で交わえばなんと穏やかで平和に終わるだろうか。もしや、ダチョウ倶楽部はハトの子孫だったのか?  なんでダチョウなんだ? キッスの戦いが終われば彼らはすぐ忘れたように二羽並んでエサをつつきだす。ケンカ中にでも、エサを放ればエサに気を取られ、怒りなど忘れてしまう。ああなんと羨ましい感情の儚さ。対して、彼らの愛情ゆえのキスは感情の激しさを増す。川の畔で羽を休める数十のハトがいた。その中の二羽だけが、熱いキスを交わしていた。首をねじりにねじって絡め合い、嘴を起用に相手の嘴へ衝突させる。時には優しく、撫でるようにしている時もあった。不覚にもあたくしは興奮してしまった。それは人間のとは違ったサッパリしていて晴れやかな興奮。人間のドロドロした半液体感は一滴も感じられず、全くいさぎがいい。周りの仲間達が気にも掛けずに毛を整えているのが、これまた気持ちが良い。人間は隠れてキスをしたがる。特に日本人(その中でも特にあたくしのような神経質で空にも目が一個あるような気難しい人間はなおさら)。まあ確かに隠れて味わう

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●小説・エッセイ

猥褻感もある種の気持ちよさがあるが、あたくしはやっぱりハトのように何の含みも持たないキスがしてみたいと、それをみて思った初夏の乾いた昼下がりであった。

第九講  平和の象徴ハトこれまで見てきたハトの生態は、まさに平和の象徴と呼ばれるにふさわしいのではないか。すなわち、人間みなハトになれば平和なのである。誰が言い出したのかはわからないが、核心を得ていて今更あたくしが言うことでもないかと思われる。よって最後にあたくしが伝えたいのは、ハトが地上に降り立つ瞬間の美しさ。これこそハトが平和の象徴である神髄だとあたくしは考えるのである。両翼を左右に広げ、尾を逆さ扇 おうぎの形に開花させ、地表の微少な風を全面で受ける勇ましい姿は、見るものの煩悩を消し去り、なに事をも考える余地のない澄み切った美と平和の世界へ誘 いざなうであろう。 コメントび。て、を「き」、「失楽」などの自由な言葉の使い方がありますが、す。―

るがない真実の列挙です。読んでみてください。が、て、せていただきます。「疑心暗鬼の蔓延る不穏で暗い世の中が、ハトのような平和な世界になりますように」ケ!よ!  く、ろ。和を見せて…。―バタパタパタバタパタ

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