─ 31 ─ AHU Culture Collection は,1930 年代から当研究室 の前身である農学部応用菌学研究室のスタッフによっ て北海道各地から収集された菌株のコレクションを,
戦後同研究室の佐々木酉二教授が中心となって整理 し,設立された菌株保存機関である.北海道大学農学 部応用分子微生物学研究室内にあり,現在約 2200 株の 菌株を保有している(Fig. 1).
保存菌株数の内訳は糸状菌 937,酵母 544,バクテリ ア 585,放線菌 138 であり,その多くは 1930 年代から 応用菌学教室のスタッフにより北海道各地から収集さ れたものや,近年アラスカやシベリアの永久凍土中の 氷楔から分離された微生物,北海道各地から収集した 酵母なども含んでいる.1971 年に発行された AHU 保 存菌株のカタログ(Fig. 2)では糸状菌 771,酵母 801,
バクテリア(放線菌含む)339 の合計 1911 株となって いる.現在と遜色ない,当時としては多くの保有数を もつコレクションだったと考えられるが,当時は斜面 培養のまま低温保存していたと考えられ,死滅等によ り菌株数の増減があったと考えられる.
AHU における微生物の保存には主として L 乾燥を
用いている.この方法は 20 年以上の保存が可能であ り,植継ぎによる微生物の変異を防ぐことができ,保 存スペースを減らすことにも寄与している.また,危 険分散および L 乾燥ができない菌株の保存として超低 温フリーザーによる凍結保存も行っている.これらの
微生物保存機関巡り(27)
北海道大学大学院農学研究院菌株保存室
(機関略号:AHU)
Fig. 1 AHU Culture Collection は北海道大学農学部内の 一室
Fig. 2 1971 年に発行されたカタログ
Fig. 3 菌株保存の様子
A:L 乾燥装置.20 年以上経過し更新したいところである.B:L 乾燥の作業.C,D:L 乾燥アンプルの保存は冷蔵庫で 行っている.E:リスク回避のためのディープフリーザー保存.
─ 32 ─ 保存技術は 1990 年以降,冨田房男教授により導入され たもので,それ以来,菌株の死滅も減り,長期安定的 に管理することが可能になった(Fig. 3).
AHU は教授 1 名,技術専門職員 1 名の計 2 名のス タッフで運営されており,主として教育研究用に菌株 を分譲したり,学内の研究者の依頼により特許寄託用 に L 乾燥菌体の製作を行ったりしている.分譲件数は 多くはなく,昨年度は国内の研究機関に 2 件 3 株の微 生物を分譲した.近年は年間分譲件数は 10 件以下で推 移している(Fig. 4).
ここ数年来,保存菌株の 16S rDNA(バクテリア,放 線菌)および ITS 塩基配列(真菌)を解析することで,
より正確な分類を行うとともに,塩基配列データとい う付加価値をつけた形でのカタログの更新作業を行っ てきており,新規登録菌株を除けば,ほぼ終了してい る.近いうちに 1971 年以来の新たなカタログの公開が 可能となるので,より多くの研究者に利用されること が期待される.
また最近,北海道内でのワイン産業が盛んになって きており,ワイン醸造に用いる酵母に関して,北海道 独自の菌株へのニーズが高まってきている.応用分子 微生物研究室では,北海道のブドウや自然発酵ワイン からの酵母の分離と遺伝系統解析,醸造特性による選
抜を行っており,Saccharomyces cerevisiae をはじめと する各種酵母菌株の収集が進んでいる.これら菌株は 将来的にはリクエストに応じてワイン醸造スターター としての分譲も視野に入れ AHU に保存されている.
大学のもつコレクションとして,教育研究としての 利用に加えて今後どのように産業界と連携して事業を 進めていくか,たとえば手数料の徴収あるいは権利化 など,クリアをすべき課題は多く残されている.また,
分譲件数が増加した場合には,現在のスタッフでは対 応に限界があるのも事実である.しかし,これまで代々 引き継がれてきた貴重な資源である菌株は,死滅する ことなく保存することはもちろんのこと,有効活用も 考えていかなければ行けない.AHU,ひいては全国の 菌株保存機関の発展のために,ない知恵を絞らねばな らないと改めて考えているところである.
(応用分子微生物学研究室 曾根輝雄)
連絡先:〒060-8589 札幌市北区北九条西 9 丁目 北海道大学大学院農学研究院連携研究部門応用分子 微生物学研究室
E メール:[email protected] 電話:011-706-2493 FAX:011-706-4961 Fig. 4 AHU 菌株分譲件数の推移