高校入試模擬テスト 第4回 1 / 2
スー パ ー
超
ナ ビ
一⑵
の前で
は、日本の玄関の戸が欧米と
同じように「ドアになった」こと、が書かれ
ている。
の後で
は、「欧米と同じよう
なドアでありながら、欧米と異なっている」
点があることを指摘している。よって、逆接
の接続詞「しかし」が適する。
⑶
「わ
たしたちは、靴
( 履き
物
) を脱ぐ
ことで、
外部から内部に入ったと無意識に感じている
~現在では公共的な建物や商業的な建物では、
室内でもほとんどが靴を脱がない~靴を脱が
ない室内空間は、いわばパブリックな場であ
るとわたしたちは認識している。住まいから
一歩外に出ると、パブリックな
空間である」「パブリックな空
間から帰ってくると、再び、靴
を脱ぐ」などに着目する。靴がこのような機
能・役割を果たしているため、「ある住まいか
ら他の住まいへ行くときも、途中のパブリッ
クな空間は靴を履いて歩いていく
」 。 こ
の 機 能 を筆 者 は
、「 ( 港か ら港 へ ) パブ リッ ク な空 間
(=海)を渡っていく船」にたとえている。
⑷
「現在
では、花見は、段ボールの敷物という
のが少なくない。それでも段ボールの上では
履き物を脱いでいる」と続いている。その理
由として、「わたしたち
日本人にとっては、段
ボールも
畳に 代わ る もの とし て意 識され てい るの で あ る」
と
述べられている。
⑸第4段落に述べられているような「しきり
意識
」に
よ
り、
場所や部屋を移る際に、履き物
を脱いだり履いたり、履き替えたりするものを
選ぶ。ウは中学校の校舎の中に入る際に、靴(土 足)から上履きに履き替える例。オは、傍線部
③の前に書かれている、「板の間よりも畳の間
の方が上位にあり清潔だ」という感覚に基づく、
「板の間ではスリッパのような上履きを使う
が畳の間ではそれを脱ぐといった習慣」の反対
で、畳の部屋からより下位にある廊下
( 板の
間
)
に出た際にスリッパを履いた例。ア・イ・エは、
「しきり意識」ではなく、実用性、
( 様式
の
)
統一性、機能性などから、その時の状況や目的
にあったものに替えた例。
⑹A
「 履き
物があれば自分の意思で室外を歩
き回れるが、履き物がなければA
ので
」
と前後が明確に対比されている。よって、
「 自 分の 意志 で 室 外 を 歩き 回 れ る
」 と 反対の意味
の表現か、あるいは同意の表現を打ち消した
ものが入ると推測がつく。
B
「下
駄を預ける」という表現に残された、
「私たちの履き物に対する古くからの感覚」
を述べた最後の二文より。
⑺第2~3段落のパブリックな空間
( 外 ) と私
的な空間
( 内 ) の区
別という観点から述べられ
ている部分と、第4~5段落の「清潔感や汚
れ、あるいは浄不浄感とかかわっている」と
論じ られ ている 部分 を 中心 にまと
める。
第4~5段落で論じられた、「清潔感や汚
れ、あるいは浄不浄感」にかかわった「上
下のしきり意識」が詳しく書かれているの
で、こちらの方だけを述べ、第2~3段落
のパブリックな空間と室内空間の区別につ
いては言及しない人もいる。しかし、全体
の構成について述べた⑺の解説からも明ら
かなように、こちらの部分も同じ様に重要
なので、必ずふれておくようにしよう。 記述問題の満点解答ポイント
高校入試模擬テスト 第4回 2 / 2
スー パ ー
超
ナ ビ
二⑴
「
体言止め」とは、短歌・俳句などで、最後
の句を体言
( 名詞 ) で終
わらせること。余 よ韻 いんを
感じさせる効果がある。
⑵
「わざわ
ざ意図したもの」とは、この句の最
初の「富士」と最後の
「 燕 つばめ
」 だけ
が漢字
で、他はすべてがひらがなという表記
の仕方について。特に、「初燕」の「初」
までひらがなにしたことに、「作者の表
記への著しいこだわり
」が
窺 うか
がえるとしている。
⑶後半の3段落を参照する。この歌をすべて
漢字表記にしてみると、「ずいぶん一
句の印象が違ってくる」ことに気づ
かされる。そして、「原句のほうがよ
り字づらを通して臨場感を伝えて」
くることがわかる。
⑷①
「初燕
( =その年初
めて見る燕
) 」
は春の季語。
②ア.天 あまの河 がわ
( 秋 )
イ.枯 かれ野 の
( 冬 )
ウ.すみれ草
( 春 )
エ.五月雨 さみだれ
( 夏 )
三⑴
「そ
の肩」の主が誰と書かれていないので、
この歌は読む人の様々な想像をかきたてる。
本文は「想像が」が主語なので
( 読む
人の
) 様々
な想像が
( この
歌によって
「かきたてられる」 )
と、助動詞「られる」を用いて受け身にする。
⑵「近づきたい思いと、近づきがたい思いと、
その葛藤のなかで~結局~立ち止まってしま
った」とある。
⑶その人の影に自分の影が触れそうなくらい
まで歩み寄っていながら、実際には、影を触
れさせることさえできずに終わってしまった。
実際の距離
( =
物理的距離
) はかな
り接近して
いるが、どうしてもこれ以上近寄る気になれ
ない
( 一線
を越える勇気が持てない
) とい
う意
味では、心理的な距離は「気の遠くなるよう
な遠さ」にある。 ⑸影を通しての間接的な働きかけは、直接の
行為のような明快さや力強さは持たないが、
その分、心理的な陰影や、複雑、繊細な心情
を表現することもできる。この歌ではそれが
有効に働いていて、筆者は「そういう『影』
に思いを託したところが、まことに繊細で、
震えるような気持ちが伝わってくる」「『影』
の効いている一首だ」と高く評価している。
和歌・短歌・俳句・川柳の違いをみてみ
ましょう。
【和歌】
・五・七・五・七・七
・一首、二首と数える
・テーマは季節や恋愛などさまざま
・百人一首は和歌
【短歌】
・和歌の一種五・七・五・七・七
もともと和歌は、短歌・長唄・旋 せ頭 どう歌 か
などの総称でした。しかし、平安時代
以降、和歌以外はほとんど作られなく
なったので、時代と共に和歌というと
短歌のことを指すようになりました。
【俳句】
・五・七・五
・季語を入れる
・テーマは季節や自然が一般的
【川柳】
・五・七・五
・季語を入れる必要はない
・テーマは自由
( サラリーマ
ン 川柳 な ど 誰に でもわか
り易いものが多い
)
そのときそのときの情景や感動を日本語
の持つ言葉の美しさを活かして、表現して
みませんか。きっと、俳句・短歌の魅力に
とりつかれることでしょう。
ト リ ビ ア
コ ラ ム
夕顔(夏) 藤(春)