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研究ノート

原子力に関する副読本の比較

〜日本とドイツ〜

福島大学共生システム理工学類  

後 藤   忍 

1.背景と目的

1−1 原子力に関する国の副読本の問題

 2011年3月に起きた東京電力福島第一原子力発電 所(以下,福島第一原発)の極めて深刻な事故を受けて,

これまで行われてきた原子力に関する教育や広報のあ り方が改めて問われている。そのなかには,原子力や 放射線に関して国が発行した副読本も含まれる。

 福島第一原発の事故の前には,2010年に文部科学 省と経済産業省資源エネルギー庁が発行した,小・

中学生向けの原子力に関する副読本(以下,旧副読 本)があり,原子力発電のプラス面や安全性が過度 に強調されるなどの不公平性が見られた。このこと は,福島第一原発の事故後に,文部科学大臣自らが

「事実と反した記載がある」などと発言して,副読 本が回収されたりウェブサイトから削除されたりし たことからも裏付けられる。

 その後,2011年10月には,「放射線」に内容を絞 った小・中・高校生向けの新しい副読本を文部科学 省がそれぞれ発行・公開した(以下,新副読本)。

新副読本は,福島第一原発の事故後につくられたも のであるが,事故に関する記述がほとんどなく,放 射線が身近であることを強調し,健康への影響を過 小に見せるなど,内容が偏っているという問題点が 指摘されている1)。福島県でも,福島県議会が2012 年3月16日に国に対して「放射線教育の副読本を福 島県の現状を踏まえた内容の教材に見直すことを求 める意見書」を提出した。また,福島県教職員組合 も2012年4月5日付けの福島県教育新聞で「福島第 一原発事故に起因する放射能被害に苦しむ福島県の 放射線教育のあり方について(提言)」を発表し,

新副読本を批判している。

 原発の是非のように賛否両論が大きく分かれるテ ーマを扱う場合,少なくとも国の副読本のような公 的な教材では,公平性を確保することが重要と言え る。教育という営みは,ある程度価値の問題を含ん でいるため,「完全に公平な教育や広報はありえな い」との考えもあるだろうが,公教育において公平 性を確保することの必要性は,教育基本法や学校教 育法の条文からも裏付けられる2)。また,環境教育 や持続可能な発展のための教育(ESD)でも,公正 な判断力や批判力が重視されている。これらを単 に理念として謳うだけでなく,明示的に意図した教 材や教育方法が提供されることが必要である。

 筆者らは,そのような観点から,2012年2月に福 島大学放射線副読本研究会を結成して独自の副読本

「放射線と被ばくの問題を考えるための副読本〜 減 思力 を防ぎ,判断力・批判力を育むために〜」(以 下,福大研究会版副読本)を作成し,同年3月に公 開した4)。福大研究会版副読本は,全国の多くの方々 に支持していただき,2013年3月には一般書籍版も 刊行した。詳細な内容については原書を参照され たい。福大研究会版副読本では,公的な副読本のあ り方を論じるため,公平性を確保しようとする姿勢 が見られるドイツの副読本も紹介している。

1−2 地方自治体の教育委員会の動き

 全国の地方自治体の教育委員会でも,独自の放射 線教育指導資料をつくる動きが見られる。文部科学 省の新副読本に沿ったものをつくるところもあれ ば,異なる作り方をしているところもある。

 福島県教育委員会は,文部科学省の新副読本に沿 った内容の指導資料を2011年11月に作成した6)。教

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職員への研修会でも「原発の是非に触れるな」など と指示していたとの報道がなされ,福島県の実態を 反映していない点が批判された。そのような批判を 受けて,2012年8月には,福島第一原発の事故に関 連する資料を加えた第2版が作成された7)。  福島市教育委員会や郡山市教育員会など,他の自 治体においても,独自の指導資料を作成している。

1−3 本稿の目的

 福島第一原発事故が起きた今,教育現場において 原発の是非を扱うことは,より困難さが増している。

しかも,国の副読本では,旧副読本から新副読本に 変更される過程で,「意図的に」原発に関する情報 が削除されている。しかし,今後の日本の原発政策 をどのようにすべきか議論になっている中で,原発 の内容をタブー視すべきではない。国の副読本も,

2013年度にさらなる改訂が予定されているが,国や 地方自治体の副読本で,原発に関する内容をどのよ うに扱うかについて,さらなる議論が求められる。

 そこで,本稿では,今後の原子力に関する副読本 や指導資料の作成・改訂に資するため,国の省庁に よって発行された公的な副読本の特徴を明らかにし たい。特に,記述における「公平性」に関する部分 に注目して特徴を浮き彫りにするため,比較対照と して,ドイツの副読本を取り上げる。ドイツの副読 本は福大研究会版副読本でも取り上げたが,そこで は十分に説明できていない,個々のページの比較を 扱うものとする。

 なお,筆者の研究室では,より客観的・定量的な 分析方法として,テキストマイニングと感性解析の 手法を用いて,日本の旧・新副読本の特徴把握も行 っている8)。テキストマイニングや感性解析の手法 は,テキスト全体での語句の出現回数や共起関係の 把握に適しているが,言語化されていない絵に含ま れる情報や,ページで欠落している情報,個々の論 理的な問題点などを指摘するには,必ずしも適して いない。本稿は,そのような特徴を把握することに 主眼を置いている。

2.対象とする副読本と比較の方法

2−1 日本の副読本

⑴ 日本の旧副読本

 日本の旧副読本については,文部科学省および 経済産業省資源エネルギー庁が2010年に発行した

「わくわく原子力ランド」(小学生用,本文41ペー ジ)9)と「チャレンジ!原子力ワールド」(中学 生用,本文49ページ)10)がある。比較では,主に 後者を取り上げる。

⑵ 日本の新副読本

 日本の新副読本については,文部科学省が2011 年10月に発行した「放射線について考えてみよう」

(小学生用,本文18ページ)11),「知ることから始 めよう 放射線のいろいろ」(中学生用,本文22 ページ)12),「知っておきたい放射線のこと」(高 校生用,本文22ページ)13)がある。新副読本では,

経済産業省資源エネルギー庁は発行者に名を連ね ていない。放射線に絞った内容のため,原発を中 心にしたドイツの副読本との比較よりも,日本の 旧副読本との比較が中心となる。

2−2 ドイツの副読本

 ドイツにおいても,原子力に関する副読本が提供 されていた。「見えない雲」(Die Wolke)も知られ ているが14),今回は,国の省庁が関わったものとし て,ドイツの環境省が2007年に作成し,2008年に 発行した「簡単にスイッチは切れるか?(Einfach  abschalten?)」15)を対象とする。これは,8〜10学 年(13〜16歳)の子どもを対象とした,原子力に関 する教材である。「副読本」,「作業シート」,「教師 用の資料集」の3部構成(計約50ページ)となって いる。比較では,「副読本」(本文19ページ)を対象 とする。

2−3 比較の方法

 副読本の日独比較においては,まず全体の構成を 概観した上で,比較可能な内容を取り上げて,特徴 を指摘する。具体的には,1)ウラン資源の評価,2) 地球温暖化対策における原発の位置づけ,3)原発 の事故,4)原発に関する世界の動向,5)原発の 是非をめぐる賛否両論の扱い,の5点を取り上げる。

 副読本全体としての公平性を厳密に証明すること は容易ではないため,比較によって把握できる相対 的な公平性の特徴を指摘する。

 日本の副読本は,学年に応じて旧2種類,新3種 類の計5種類あるのに対し,ドイツは1種類のみで ある。そこで,日独比較の際には,ドイツの副読本 の対象年齢(13〜16歳)とあわせる形で,日本の場 合は,中学生用の副読本を中心に扱うものとする。

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あわせて,他の対象者(小学生用,高校生用,教師 用資料)の旧・新副読本に特徴的な記述がある場合 は,必要に応じてそれらに言及する。

2−4 日本とドイツの比較における留意点

 国の省庁によって発行された副読本について,日 独比較をする場合,それぞれの担当省庁が原子力政 策について基本的にどのような立場であるかを考慮 する必要がある。

 日本の場合,経済産業省資源エネルギー庁は,原 子力を推進する側である。文部科学省については,

教育行政を担う省として,本来は公平な教育・広報 を行うべき立場であるが,実際には,特に旧文部省 が旧科学技術庁と一緒になり文部科学省として発足 して以降は,原子力推進側の教育・広報を展開して きた。

 一方,ドイツの場合は,教育行政に関する基本的 な権限は各州が有しており,それぞれの州に文部省

(名称は州により異なる)が設けられ,教育政策を 立案・実施している。連邦政府には教育研究省が設 けられているが,その権限は高等教育や学術研究な ど一部に限られており,初等中等教育に関する権限 はほとんど有していないとされる。そのため,教育 研究省が作成した原子力に関する子ども向けの副読 本のような教材は,管見の限り確認されなかった。

ドイツの原子力行政は環境省が担っている。環境省 は,正式名称の「環境,自然保護および原子力安全 省(Bundesministerium für Umwelt, Naturschutz  und Reaktorsicherheit)」からも伺える通り,原子 力を規制する側の立場である。そのため,日本と同 様の作成方針が採られていれば,副読本の内容が反 原子力の側に偏っていてもおかしくはない。

 つまり,本稿における比較は,原子力について推 進する側が作成した副読本(日本)と,規制する側 が作成した副読本(ドイツ)の比較となる。推進/

規制のそれぞれの立場に副読本の内容が偏っている のか,それとも公平性を確保しようとする姿勢が見 られるかが,注目すべき点となる。

 なお,この点以外にも,教育において地方分権の 制度が採られるドイツと中央集権の要素が強い日本 とでは,副読本の発行部数や教育現場で採用される 率などにも違いがある。しかし,本稿においては,

それらは重要事項ではない。発行部数などにかかわ らず,「公的に発行される副読本そのものにおいて,

公平性がどれだけ配慮されているか」の特徴を明ら

かにし,記録するのが本稿の目的だからである。

3.副読本の公平性に関する日独比較

3−1 全体構成について

⑴ 目   次

 日本の旧・新副読本とドイツの副読本の目次を 表1に示す。日本の旧副読本が最もページ数が多 く,次いで日本の新副読本,ドイツの副読本の順 である。内容について,以下の記述において該当 部分を示すために,便宜的に通し番号を振ってい る。

 日本の旧副読本は原子力全般に関する内容を扱 っているのに対して,新副読本は放射線に内容を 絞っている。旧副読本に含まれていた原子力発電 所に関する記述(JP1〜JP5やJP12〜17など)は,

新副読本では削除されている。新副読本では,福 島第一原発の事故を受けて,放射線の管理・防護

(JN9)などの記述が増えている。

 ドイツの副読本は,タイトル通り,原発を廃止 すべきかどうかについての論点を学ぶように構成 されており,原発中心の内容である。放射線その ものに関する内容は,含まれていない。

 このように,中心的なテーマが異なっているた め,全体を比較するのではなく,個別の内容で比 較可能なものを選定することとする。

⑵ 日独比較での主要な比較対照項目

 表1を踏まえて,今回比較可能と判断した項目 は,次の5つである。

① ウラン資源の評価

 旧副読本の「エネルギー利用を考えるための 4つの視点」(JP3)と,ドイツ副読本の「資 源の蓄え」(G4)

② 地球温暖化対策における原発の位置づけ  旧副読本の「電源のベストミックス」(JP5) と,ドイツ副読本の「地球温暖化対策」(G3)

③ 原発の事故

 旧副読本の「原子力発電所の安全対策と地震 対策」(JP13)および「原子力施設で事故が起 きた場合の防災対策」(JP14),新副読本の「放 射線の管理・防護」(JN9)と,ドイツ副読本 の「原子力発電所の事故」(G5)および「チ ェルノブイリ原発事故」(G9)

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④ 原発をめぐる世界の動向

 旧副読本の「日本と世界の原子力発電の今・

未来」(JP17)と,ドイツ副読本の「他の国の 動向は?」(G10)

⑤ 原発の是非をめぐる賛否両論の扱い

 旧副読本の「ディベートを通して考える原子 力発電の役割」(JP19)と,ドイツ副読本で賛 否両論が併記されている箇所(G2〜G6)  上記5点以外にも,日独の違いが明瞭に現れて いる部分として,放射線のリスクと日常の生活習 慣のリスクの相対比較に関する部分がある。ただ し,相対リスクに関する記述は,日本の場合,生 徒用の副読本ではなく,「教師用」の資料に掲載 されている。そのため,本稿では取り扱わない。

その部分は,既出の福大研究会版副読本で扱って いるので,参照されたい。

 以下,5点の各比較内容について,順に記述する。

3−2 ウラン資源の評価について

 ウラン資源の評価に関するページを図1に示す。

日本の旧副読本では,ウランの可採年数を100年と して示している。同時に,100%輸入であるウラン 資源を,「国産に近いエネルギー(準国産エネルギー)

と考えることができます」という表現で捉え,その 場合のエネルギー自給率を別途計上している。また,

使用済みウラン燃料について,他のページで度々「リ サイクルできます」と表記されており,枯渇しにく いエネルギー源であることが強調されている。

 一方,ドイツの副読本では,ウランの利用可能年 数について専門家によって意見が異なることを述べ た上で,「?」と表記されている。「資源の蓄え」の ページは,一見して分かるように,公平性への配慮 が見られる。様式上,右と左に分けてほぼ同じスペ ースを確保し,原発をやめること(Ausstieg)につ いて反対(Kontra)と賛成(Pro)の代表的な意見を,

表1 原子力に関する日本の副読本(中学生用)とドイツの副読本の目次

分類 日本の旧副読本 日本の新副読本 ドイツの副読本

タイトル 「チャレンジ!原子力ワールド」 「知ることから始めよう 放射線のいろいろ」 「簡単にスイッチは切れるか?

(Einfach abschalten?)」

目次 項        目 頁 通し番号 項     目 頁 通し番号 項     目 頁 通し番号 チャレンジ① 日本と世界のエネルギー事情を知ろう 不思議な放射線の世界 JN1 幸福感と撤回 G1  ①私たちのくらしと電気 JP1 太古の昔から自然界に存在する放射線 JN2 電 力 供 給 G2

 ②日本と世界のエネルギー事情 JP2 放射線とは JN3 地球温暖化対策 G3

 ③エネルギー利用を考えるための4つの視点 JP3 放射線の基礎知識 JN4 資源の蓄え G4 チャレンジ② いろいろな発電方法の特徴を知ろう 色々な放射線測定器 11 JN5 原子力発電所の事故 G5  ①いろいろな発電方法のしくみと特徴 JP4 コラム 放射線・放射能の歴史 12 JN6 廃棄物の処理 G6  ②電源のベストミックス 13 JP5 放射線による影響 13 JN7 あなたはどのリスクタイプですか? 10 G7 チャレンジ③ 原子の世界を探ろう 暮らしや産業での放射線利用 17 JN 人的なリスク要素 11 G  ①原子とは 15 JP 放射線の管理・防護 19 JN チェルノブイリ原発事故 12 G  ②原子の成り立ち 17 JP7 放射線についての参考Webサイト 21 JN10 他の国の動向は? 13 G10

 ③核分裂のしくみ 19 JP8 原子力についての合意形成 14 G11

チャレンジ④ 放射線の世界を探ろう 原子力エネルギーの事実 17 G12

 ①放射線の基礎知識 21 JP9 研究のための情報源 19 G13

 ②放射線を体験してみよう 23 JP10

 ③放射線の利用 25 JP11

チャレンジ⑤ 原子力発電のしくみと特徴を知ろう

 ①原子炉のしくみ 27 JP12

 ②原子力発電所の安全対策と地震対策 29 JP13  ③原子力施設で事故が起きた場合の防災対策 31 JP14

 ④核燃料サイクル 33 JP15

 ⑤放射性廃棄物の処理・処分 35 JP16 チャレンジ⑥ 原子力発電の今とこれからを知ろう

 ①日本と世界の原子力発電の今・未来 37 JP17  ②未来に向けて進められているさまざまな研究 39 JP18 最後に:学習したことをまとめて討論しよう

  ディベートを通して考える原子力発電の役割 41 JP19 資 料 編

 ①原子力の歴史と平和利用の取り組み 43 JP20  ②他の中学校の取り組みを見てみよう 45 JP21  ③各種コンクールの紹介 47 JP22  ④原子力・エネルギー学習に役立つ主な教材・資料 48 JP23  ⑤原子力・エネルギー学習に役立つ情報源 49 JP24

(5)

それぞれ出典を明記して引用している。賛成意見で は,「ウランも枯渇性資源であり65年程度で枯渇す る。エネルギー需要は再生可能エネルギーと効率的 なエネルギー利用でもってのみ,賄われるべきであ る」という,ウランに依存しない意見が紹介されて いる。反対意見においては,「高速増殖炉が実現す れば,1000年以上も使える」という,日本の旧副読 本にも書かれている核燃料サイクルに相当する記述 がある。ただし,「準国産エネルギー」といった欺 瞞的表現までは書かれていない。

3−3 地球温暖化対策における原発の位置づけにつ いて

 地球温暖化対策における原発の位置づけに関する ページを図2に示す。日本の旧副読本では,原発は 二酸化炭素排出量が少ないというデータが示され,

「発電時に二酸化炭素を排出しないことから地球温 暖化対策に有効です」と書かれている。地球温暖化 対策の面では,原発の有効性を否定する意見は書か れておらず,原発を是とする片側の意見のみの紹介 となっている。

 一方,ドイツの副読本では,地球温暖化対策にお ける原発の役割についても,賛否両論がある論点と して扱われている。日本の旧副読本にも書かれてい た「原発が二酸化炭素の削減に貢献する」という,

廃止反対の意見とともに,日本の旧副読本ではまっ たく触れられていない「原発では温暖化問題の解決 にはならない」という,廃止賛成の意見が併記され ている。

3−4 原発の事故について

 日本の旧副読本では,「原子炉は放射性物質を閉 じこめる五重のかべで守られている」,「大きな地震 や津波にも耐えられるよう設計されている」など,

原発の安全性を強調する記述になっていた。つまり,

「原発の安全は確保可能である」という,いわゆる「原 発の安全神話」を普及啓発する内容となっていた。

しかし,福島第一原発の事故では,これらの安全対 策は機能せず,大量の放射性物質が放出され,広範 囲の放射能汚染が引き起こされたことから,「虚偽」

の記述であったことが証明された。

 過去の原発事故については,旧副読本ではスリー 図1 ウラン燃料の評価についてのページ(左:日本の旧副読本,右:ドイツの副読本)

(出典:「チャレンジ!原子力ワールド」p.7〜8,「Einfach abschalten?」p.7)

(6)

マイルアイランド原発事故,チェルノブイリ原発事 故,JCO臨界事故のことが取り上げられていたが,

新副読本ではこれらの説明はない。福島第一原発の 事故についても,「はじめに」で8行書かれている だけである。

 一方,ドイツの副読本では,原発の事故について も,賛否両論がある論点として扱われている。「放 射性物質は危険」であり,「リスクを100%取り除く ことはできない」ことを述べた上で,「ドイツでは 過酷事故が起きる確率はほとんどない」という意見 と,「ドイツでも起こりうるし,たとえ確率が低く てもその危険を冒すべきではない」という意見とが 併記されている。また,チェルノブイリ原発事故に ついても,放射性物質の拡散状況の図とともに,経 緯が紹介されている。

3−5 原発をめぐる世界の動向について

 原発をめぐる世界の動向についてのページを図3 に示す。日本の旧副読本では,原発をめぐる世界の 動向を世界地図で示し,代表的な国や国際機関の立 場を紹介している。スリーマイルアイランドやチェ ルノブイリでの原発事故のあと,原発に慎重あるい は否定的だったが,原子力を見直す動きに変わって

いる国について,多く記載されている。脱原発を否 決したスイスについても掲載しているが,当時,脱 原発を決めていたドイツについては掲載していな い。つまり,原発をめぐる世界の動向は,原子力を 推進する方向ばかりであるかのように伝える内容と なっている。

 一方,ドイツの副読本では,各国の動向を世界地 図で示しながら紹介する様式は日本の旧副読本とよ く似ているが,掲載する国のカテゴリーは異なって いる。フランスのような原発推進国を載せる一方で,

中国やインドなどの新興国,トルコのように現時点 で原発のない国,そして,脱原発の方向性を打ち出 していたイタリアも併せて載せている。つまり,原 発を推進する側や反対する側など,それぞれの立場 があることを伝える内容となっている。

3−6 原発の是非に関する賛否両論の扱いについて  原発の是非に関する賛否両論について,日本の旧 副読本では,「日本は原子力発電を廃止すべし,是 か非か」をテーマとするディベートを紹介しており,

公平性への配慮が見られる(図4)。しかし,中身 をよく見るといくつかの問題点を指摘できる。旧副 読本の41ページでディベート一般の説明をし,実践 図2 地球温暖化対策における原発の役割についてのページ(左:日本の旧副読本,右:ドイツの副読本)

(出典:「チャレンジ!原子力ワールド」p.14,「Einfach abschalten?」p.6)

(7)

図3 原発に関する世界の動向についてのページ(左:日本の旧副読本,右:ドイツの副読本)

(出典:「チャレンジ!原子力ワールド」p.38,「Einfach abschalten?」p.13)

内容については42ページで紹介しているが,これは 神戸大学附属明石中学校の事例紹介となっていて,

発行元である文部科学省と経済産業省資源エネルギ ー庁が賛否両論をオーソライズしたものとはなって いない。このことは,実践例の「備考」欄に挙げて いる肯定側/否定側の論点と,副読本における記述 との対応関係を見るとよく分かる。ディベートを実 際に行う際は,副読本以外の情報源も調べることは 必要であるが,まず入り口となる情報が副読本自体 に書かれているかどうかが,公平性を判断する根拠 になると考えられるからである。

 廃止肯定側の論点として,①ウラン資源の有限性,

②大地震や事故発生の危険性,③廃炉の問題や放射 性廃棄物処理のコスト,④新エネルギー推進やエネ ルギーの安定供給,⑤安全性の高い技術へのシフ ト,の5点が例示されている。このうち,③廃炉の 問題や放射性廃棄物処理のコストについては,旧副 読本に全く記述がない。実際に子ども達がこの論点 について調べようとすれば,必ず副読本以外の情報 源にアクセスしなければならない。また,他の論点 についても,例えば①ウラン資源の有限性について

は34ページで「ウラン燃料はリサイクルできる」と 記述され,②大地震や事故発生の危険性については 30ページで「大きな地震や津波にも耐えられるよう 設計されている」と記述されるなど,基本的に廃止 肯定側の論点を否定する内容が副読本には書かれて いる。

 一方,廃止否定側の論点としては,①核燃料サイ クル計画など持続可能なエネルギー供給,②耐震設 計などの安全対策,③化石燃料ではないエネルギー の安定供給,④火力や水力の不安定性,⑤新エネル ギーの不安定性,⑥日本のエネルギー自給率の向上,

の6点が例示されている。これらの点すべてについ て,廃止否定側の論点を支持する内容が副読本の中 に書かれている。

 このように,原子力発電の存続の是非は賛否両論 があるテーマと認める一方で,それぞれの論点に関 する記述が推進側を支持するものとなっていること 自体に矛盾があり,不公平性が現れている。

 ドイツの副読本における,原発に関する賛否両論 の扱いについては,図1や図2で見た通り,副読本 の前半部分において,代表的な5つの論点に関する

(8)

賛成/反対の意見が併記されている。

4.終 わ り に

 本稿では,今後の原子力に関する副読本や指導資料 の作成・改訂に資するため,国の省庁によって作成さ れた,原子力に関する副読本を対象にして,その記述 における公平性の特徴を指摘した。具体事例として,

日本の旧・新副読本とともに,これまで日本と対照的

図4 日本の旧副読本(中学生用)における原子力発電の是非に    関するディベートの実践例を紹介したページ

(出典:「チャレンジ!原子力ワールド」p.42)

な原子力政策が採られてきたドイツの副読本も対象と して比較した結果,次のような特徴が明らかとなった。

① 日本の旧副読本では,ウラン資源の評価や地球温 暖化対策における原発の位置づけ,原発をめぐる世 界の動向などで,原発推進側を支持する内容のみを 扱うという不公平性が見られた。

② 日本の新副読本では,放射線に関する内容に絞っ た分,原発推進側に偏った記述は少なくなったが,

福島第一原発の事故やJCO臨界事故の記述がほとん

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どないなど,過去の教訓から学べる内容とはなって いなかった。

③ ドイツの副読本では,原発の是非をめぐる賛否両 論を様式上も公平に扱うなど,公平性を確保しよう とする姿勢が見られた。

 以上のように,日本の旧・新副読本では,文部科学 省や経済産業省の立場である「原発推進側」に偏った 内容となっており,多様な考え方があることを学べる ような公平性は必ずしも確保されていなかった。一方,

ドイツの副読本では,環境省の立場である「原発規制 側」の内容に偏らないような工夫が見られ,様々な見 方を学び,判断力を育むことができるような内容とな っていた。

 福島第一原発の事故は,国際原子力事象評価尺度の レベル7に位置づけられる,世界最悪レベルの原発事 故である。この事故に真摯に向き合わずして,今後の 原子力政策について語るべきではない。それは,原子 力に関する教育の分野でも同じである。少なくとも公 的な副読本における最低限の公平性は確保すべきであ る。ドイツの副読本が正解というわけではないが,公 教育における公平性を重視し,副読本においても実現 しようとする姿勢は,日本も学ぶべきである。

 国連人権理事会特別報告者のアナンド・グローバー 氏が2013年5月に公表した報告書16)でも,筆者の指摘 と同様に,副読本を通じた情報発信に問題があること 等を指摘し,日本政府に改善するよう勧告している。

 なお,2013年6月10日,福島県の佐藤知事は下村文 部科学大臣に,放射線に対する国民の知識がそれぞれ 違うために風評被害が出ているとして「放射線教育を 全国規模で進めてほしい」と要望したことが報じられ た17)。これに対し下村大臣は,「福島での原発事故を 踏まえ,原子力を推進する教育が多かった点を見直し,

福島の問題や放射線や原子力についての問題を取り上 げる教材を用意しているところだ」と述べ,教材の見 直しを進めていることを伝えた。文部科学省の,放射 線に関する教材の作成,普及には,平成25年度の概算 要求で約2億9千万円の予算が計上されており,副読 本のさらなる改訂が2013年度中に行われる可能性が高 いが,原発推進を掲げる政権の元でどのような副読本 になるか,注視していく必要がある。

 「反省なくして,真の復旧・復興は始まらない」と の観点からは,過去に原発を誘致してきた福島県の状 況にまでも踏み込んだ内容が,地元自治体の指導資料 にはあってもよいのではないだろうか。本稿の内容が,

福島県からの,よりよい教材の作成・発信にもつなが

ることを期待したい。

<注および参考文献>

1 例えば,東京新聞の記事「改訂版小中高向け放射 線副読本 原発事故わずか数行」(2011年11月16日 朝刊26面)や原子力教育を考える会のウェブサイト 

(http://www.nuketext.org/indexR.htm)などで,文  部科学省の新副読本が批判されている。

2 教育基本法の第14条「政治教育」や第15条「宗教 教育」では,偏ってはならない旨が書かれている。

また,学校教育法第21条第1項に「…公正な判断力

…」が言及されている通り,教育で育むべきは「判 断力」であって,一つの見方を刷り込んでいく「洗 脳」ではないはずである。

3 「環境教育指導資料[小学校編]」では,環境教育 で重視する能力と態度の例として「公正に判断しよ うとする態度」が挙げられている。また,「我が国 における「国連持続可能な開発のための教育の10年」

実施計画」では,「育みたい力」の一つとして「批 判力を重視した代替案の思考力」が位置づけられて いる。

4 福島大学放射線副読本研究会監修,後藤忍著「放 射線と被ばくの問題を考えるための副読本〜 減思 力 を防ぎ,判断力・批判力を育むために〜」,福 島大学環境計画研究室,2012年3月,https://www. 

ad.ipc.fukushima-u.ac.jp/˜a067/index.htm

5 福島大学放射線副読本研究会監修・後藤忍編著『み んなで学ぶ放射線副読本科学的・倫理的態度と 論理を理解する』,合同出版,2013年

6 福島県教育委員会,「平成23年度 放射線等に関 する指導資料」,2011年11月

7 福島県教育委員会,「平成24年度 放射線等に関 する指導資料 第2版」,2012年8月

8 菅原百合子・後藤忍,「原子力と放射線に関する 副読本の内容分析」,日本環境教育学会第24回大会 研究発表要旨集,p.76,2013年8月

9 文部科学省・経済産業省資源エネルギー庁,「わ くわく原子力ランド」(小学生用),2010年2月 10 文部科学省・経済産業省資源エネルギー庁,「チ

ャレンジ!原子力ワールド」(中学生用),2010年2 月

11 文部科学省,「放射線について考えてみよう」(小 学生用),2011年10月

12 文部科学省,「知ることから始めよう 放射線の

(10)

いろいろ」(中学生用),2011年10月

13 文部科学省,「知っておきたい放射線のこと」(高 校生用),2011年10月

14 「見えない雲」に関する「教育指導のための材料

(Materialien zur Unterrichtspraxis)」 が2003年 に Ravensburger Buchverlag Otto Maier社により発 行されている。

15 Bundesministerium  für  Umwelt,  Naturschutz  und Reaktorsicherheit(BMU,ドイツ環境省)(2008) 

Einfach abschalten? Materialien für Bildung und  Information

16 特定非営利活動法人ヒューマンライツ・ナウのウ ェブサイト(http://hrn.or.jp/)で,グローバー氏 の報告書の原文と邦訳を閲覧可能である。

17 NHK福島のニュース(2013年6月10日)

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