都市気象・建物エネルギーモデルによる室内熱環境の再現精度の検証
明星大学 理工学部 総合理工学科 環境科学系 4 年 18T7029 谷口 慎之祐 指導教官:亀卦川 幸浩 1. 研究の背景
現在、地球温暖化に伴う気温上昇は地球環境に悪影響 を及ぼすだけでなく、熱中症などの人体への健康被害に も及んでいる。発生場所に着目した熱中症の疫学研究 1) によると、屋外の道路で発症した熱中症の割合は 17.4%
であるのに対して、住居で発症した熱中症の割合は 43.4%となっており、屋外に比べ、冷房機器が使える室 内での熱中症の発症が多くなっていることがわかる。
以上の問題に対して、近年、建物が集積する都市域で 大気と建物の熱交換までを計算対象とすることができ、
室内熱環境の予測が可能な数値気象モデルが発展してい る。このような気象モデルを用いることにより、熱中症 などの人体への健康被害についても予測が可能となるこ とが期待されている。しかし、室内熱環境に関する検証 は行われていない状況にある。
2.先行研究に関して
上述の背景に関連する先行研究として、亀卦川他 2)は、
2013 年夏季の大阪を対象とし、CM-BEM を組み込んだ 領域気象モデル WRF-CM-BEM の検証を行った。その 結果、気温の再現精度は米国の類似モデルである WRF- BEP-BEM を上回る結果が得られた。一方で、日射量の 再現精度や地域電力需要量に大きな誤差が起こる問題が 確認された。この問題を受け、石橋他3)では、CM-BEM の BEM 部分について改良が行われた。主な改良として は、1 単室モデル(空調室のみ)であった BEM の 2 単室 モデル(空調室と非空調室)への変更や、建物の熱収支を 階別に計算する BEM の鉛直多層化がなされた。改良後 のモデルを用い、2013 年夏季の大阪を対象とした電力 需要の再検証が行われた。その結果、亀卦川他 2)で課題 とされた住宅街区での電力需要の予測誤差は 40%程度 から 7%以下まで軽減された。一方で、住宅街区で実測 された室温の再現性の検証では、非空調スペースでの室 温が過大評価される事が問題点として残された。
3.使用した気象モデル(CM-BEM)に関して
上述した室内熱環境までを予測可能とする都市気象モ デルとして、本研究では都市キャノピーモデル(CM)
と建物エネルギーモデル(BEM)を結合した都市気象 モデル CM-BEM2)を用いる事とした。CM は都市キャノ ピーの大気層における気温、湿度、風速等を計算可能な 街区気象モデルである。一方、BEM は空調熱負荷を含 む建物の熱収支計算を行うことが可能なモデルである。
4.研究目的
本研究は先行研究 3)で行われた室温の予測精度の検証 の後継研究となる。また先行研究 3)から BEM の入力パ ラメータ等について改良がなされた最新の CM-BEM を 用いて得られた計算値と先行研究 3)での観測値を比較 し、CM-BEM の室温表現の再検証を行った。その検証 を通じ、先行研究 3)で指摘された住宅の室温過大評価等 の課題の原因を解明し、室温の再現精度向上を目指し た。
5.研究方法
(1)CM-BEM の改良点
➀空調稼働スケジュールの外気温依存性の考慮
空調稼働スケジュールとは建物内である時刻に建 物の空調スペースの何割が実際に空調されているか の比率を表わしたものである。この改良前の BEM は、この空調稼働スケジュールついて、建物用途 別・時刻別の定数値を計算に用いていた。しかし、改良後の BEM は気温の増減に応じた空調稼働スケジ ュールの変化を考慮できるように修正してある。
➁壁体条件設定の精緻化
現存する国内の住宅が、それぞれどの時点の省エ ネルギー基準を充足しているかの内訳について、国 土交通省の調査結果を引用し、住宅建築の壁体厚等 に関わるパラメータを現実的設定に改めた。
(2)研究手法
今回の解析では、大阪市鶴見区の戸建住宅・集合住宅 を対象とした先行研究3)での室内観測にもとづく室温デ ータを CM-BEM の検証に用いた。CM-BEM について は、前述の通り最新のモデルを用いて、先行研究3) での 現地気象観測を通じ得られた日射量や上空の風速・気温 等を初期・境界条件として CM-BEM によるシミュレー ションを行った。室温再現性の解析に用いた誤差指標は シミュレーション値と観測値の間の誤差のバラつきを調 べる RMSE とシミュレーション値と観測値の平均値に おける差異を表現する MBE として、式を以下の表 1 に 示す。
表 1 解析に用いた指標
表記 定義式
MBE 𝑆̅ - 𝑂̅
RMSE √1
𝑛∑𝑛𝑖=1(𝑆𝑖 − 𝑂𝑖)2
n:サンプル数 S:シミュレーション値 O:観測値
6.解析結果
戸建住宅・集合住宅の CM-BEM による室温再現性の 先行研究3)と比較した結果を以下の表 2 に示す。
表 2 先行研究と比較した集合と戸建の解析結果
表 2 より、先行研究3)で課題とされた非空調室の室温 再現性は改善され、本研究での RMSE でみた室温再現 性は亀卦川他4)での CM-BEM による夏季大阪市域の外 気温予測精度に近づきつつある事が判明した。一方、戸 建住宅空調室 2F、集合住宅空調室 1F で問題が残る結果 となったため、時刻別室温変化に着目した。以下の図 1 において図 B の実測 2F と図 D の実測 1F において空調 室にみられるような室温の振る舞いが見られなかった。
したがって、実測値の妥当性が低いことが示唆された。
図 1 戸建住宅・集合住宅時刻別平均室温変化
(A,B:戸建住宅非空調室,空調室 C,D:集合住宅非空調室,空調室)
7. まとめと今後の展望
解析結果から先行研究3)と比較すると、戸建住宅・集 合住宅ともに非空調室での室温再現性の改善が認められ た。一方、空調室の室温再現性については、一部問題が 残る結果となった。この原因として、本研究では空調室 の実測室温の妥当性に関する問題が示唆されたものの、
対象とした住宅がどのような特徴を持った住宅であるか を確認できなった。以上より、今後は実測値の見直しや 住宅の特徴の確認が更に必要となる。
8.参考文献
1)総務省消防庁ホームページ heatstroke_geppou_2020.pdf (fdma.go.jp)
2)亀卦川他 6 名,土木学会論文集 G(環境),Vol.73,No.2,57-69,2017 3)石橋他,明星大学卒業論文,2018
4)Kikegawa.Y,et,al, Applied Energy, Vol.307, 118227,2022.
MBE(℃) RMSE(℃) MBE(℃) RMSE(℃) 集合 -1.13 1.42 -1.16 1.49
戸建 0.98 1.40 0.54 1.12
集合 0.66 1.18 0.50 1.15
戸建 -0.26 1.60 -0.87 2.09
集合 3.10 3.44 1.00 1.64
戸建 3.04 4.40 0.98 2.43
集合 5.92 6.23 3.04 3.38
戸建 2.23 4.56 -0.62 2.15 空調室1F
空調室2F
非空調室1F
非空調室2F
先行研究 本研究