2016年 の ノ ー ベ ル 医 学 生 理 学 賞 を 受 賞 さ れ た 大 隅 良 典 先 生 のオートファジーに関する研究は,酵母の突然変異株の取得 と原因遺伝子の解析により大きく進展した.酵母は究極のモ デル真核生物として,これまでも細胞周期やタンパク質輸送 系 な ど,さ ま ざ ま な 生 命 現 象 の 解 明 に 大 き く 貢 献 し て き た が,今回の受賞は研究対象としての酵母の有用性を改めて示 し た.一 方,生 命 科 学 の 研 究 を 効 率 的 に 進 展 さ せ る た め に は,研究材料すなわちバイオリソースをいかに有効に活用す る か が 極 め て 重 要 で あ る.ナ シ ョ ナ ル バ イ オ リ ソ ー ス プ ロ ジェクト(NBRP)は,世界最高水準のライフサイエンス基 盤 整 備 を 進 め る 目 的 で2002年 度 か ら ス タ ー ト し た 国 家 プ ロ ジェクトである.NBRP酵母はプロジェクトスタート時から 参 画 し て お り,こ れ ま で15年 に わ た る 事 業 で,世 界 ト ッ プ クラスの酵母リソース機関となった.本稿では,NBRP酵母 事業の内容,重要性を紹介し,今後のあり方について考えて みたい.
NBRP(ナショナルバイオリソースプロジェクト)
とは
生命科学研究を効率的に進めるためには,高品質なバ
イオリソース(研究開発の材料としての動物・植物・微 生物の系統・集団・組織・細胞・遺伝子材料などおよび それらの情報)をいかに迅速に取得できるかが極めて重 要である.通常,バイオリソースを入手するには,その リソースを作製した研究者に直接連絡を取る必要があ る.しかしながらこの作業は,依頼者側,提供者側双方 に労力や時間の負担が生じるうえ,依頼者側の精神的な ハードルも決して低くはない.世界中の研究者が有する バイオリソースを収集,保存,品質管理し,提供する公 的な機関(バイオリソースセンター)があれば,研究者 がさまざまなバイオリソースを自由に利用することが容 易になり,研究推進に大きく貢献できる.日本政府の第 2期科学技術基本計画において,世界最高水準のライフ サイエンス基盤整備を進めるため,NBRPは文部科学省 の事業として2002年度からスタートした.各事業は1期 5年間で継続または更新され,2016年度は第3期の最終 年度にあたる.2015年度からは日本医療研究開発機構
(AMED)に事業が移管された.
NBRPは,(1)中核的拠点整備プログラム,(2)ゲノ ム情報等整備プログラム,(3)基盤技術整備プログラ ム,(4)情報センター整備プログラムの4つのプログラ National BioResource Project (NBRP) Yeast: A Resource Center
for Yeast Researchers
Taro NAKAMURA, Kenji KITAMURA, Minetaka SUGIYAMA, 大阪市立大学大学院理学研究科
ナショナルバイオリソース プロジェクト(NBRP)酵母
究極のモデル生物酵母の研究を支えるバイオリソースセンター
中村太郎,北村憲司,杉山峰崇
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
【解説】
ムで構成され,各プログラムが連携を図りつつ実施され ている.この中で,中核的拠点整備プログラムは,生命 科学研究の基盤となる重要で優れた生物種のバイオリ ソースについて収集・保存・提供を行う拠点を整備する ことを目的とし,現在はモデル生物を中心とする29種 の生物種において,実施機関(大学や研究所など)が定 められている.酵母は2002年から本プログラムに加わ り,代表機関の大阪市立大学,分担機関の大阪大学と広 島大学で事業を進めている.このほか,情報センター整 備プログラムは,国立遺伝学研究所のNBRP情報セン ターが中心となり,(1)中核的拠点整備プログラムで整 備されるバイオリソースの所在情報や遺伝情報などの データベースの構築およびホームページなどを通じた NBRP事業の広報活動などを整備・強化するものであ る.これらのプログラムについてはNBRPホームペー ジ(http://www.nbrp.jp/index.jsp) および,本誌2010 年48巻(1)に詳しい記載があるので,参照して欲しい.
酵母とは
酵母は単細胞世代の長い真菌類の総称で少なくとも
1,000種以上は存在する.主として子嚢菌類に属すが,
一部担子菌類を含む.通常,出芽により増殖するが,2 分裂により増える分裂酵母も知られている.日常の食生 活や産業上でも酵母は非常に重要な微生物だが,NBRP 酵母ではこの中でも基礎生命科学でよく用いられる2つ
の種,分裂酵母 および出芽
酵 母 を 主 な 対 象 と し て い る
(図
1
).これらの酵母が重要なモデル生物として認めら
れるのは次のような理由による.①古くから産業に用い られ育種されてきたため,遺伝学,生理学,生化学など の知見が豊富に蓄積されている.②世代時間が短く,培 養・取り扱いが容易なことに加え,病原性がなく安全な 微生物である.③宿主ベクター系が確立しているととも に,遺伝子ノックアウトなど,組換えDNA技術を容易 かつ効率的に行うことができる.④核などの細胞内小器 官をもつ真核微生物であり,有糸分裂を行うなど,構造 と機能の両面で高等生物の細胞と多くの共通点をもつ.⑤DNA複製,転写,スプライシング,翻訳,タンパク 質の修飾・細胞内輸送などの基本過程,およびこれらの 過程にかかわる遺伝子が高等生物においても高度に保存 されている.⑥全ゲノム配列が真核生物で初めて解読さ
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● 化学 と 生物
研究を効率的に進めるためには,高品質の試薬や 最先端の機械も必要ですが,特に生物学の研究では,
科学雑誌や学会で発表された研究で使われているバ イオリソース(細胞や微生物菌株,DNAなどの生物 材料)を少数の研究者だけが独占的に調べるのではな く,多くの研究者が有効に使えるかがとても重要で す.一般的には材料を保有している研究者に直接お 願いして送ってもらいますが,多忙な先生に負担を かけたり,面識がない著名な研究者には連絡が難し かったりして,思うように入手できないことも少な くありません.このような研究者間のやり取りを簡 便化し,共通の財産であるべきバイオリソースを幅 広い研究者がより早く利用できれば,科学の進展に 非常に有益です.
バイオリソースセンターは,世界中の研究者から 貴重なバイオリソースを収集して,保存・管理する とともに,研究者に提供する機関です.面倒な作業 は,基本的にバイオリソースセンターが進めるため,
材料を依頼する研究者と提供する研究者のどちらに も大きなメリットがあります.しかしながら,本格 的なバイオリソースセンターの整備と効率的な運営 には大規模な設備,人員,予算などが必要です.
ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)
は,戦略的にリソースセンターを整備する国家プロ ジェクトで,2002年に始まりました.さまざまな生 物種ごとに大学,研究機関を指定してリソースセン ターを整備しており,筆者らは「酵母」という生物 を担当しています.パンや調味料,お酒作りに欠か せない酵母は,実は最先端の研究にもなくてはなら ない研究材料で,ノーベル賞で有名になった大隅良 典先生のオートファジー研究でもいま話題の生物で す.このNBRP酵母の事業について紹介します.
コ ラ ム
れ,ポストゲノム研究であるトランスクリプトーム,プ ロテオーム,メタボロームなどの,いわゆるオミクス研 究により情報が高度に集積している.また,それに基づ く有用なデータベースが整備されている.⑦各遺伝子の ノックアウト株,各種タグや蛍光タンパク質融合発現株 などが,ゲノムワイドに整備されている.⑧世界中で研 究され,日本にも数多くの研究者コミュニティが存在す る.このように,酵母は実験生物として数々の優れた特 徴をもつが,特に,突然変異株をもとにした分子遺伝学 的アプローチは極めて洗練されている.免疫抑制や寿命 制御など多様な生理作用を示すラパマイシンの細胞内標 的 の 同 定(プ ロ テ イ ン キ ナ ー ゼ のTOR) を は じ め,
ノーベル賞に輝いたオートファジー,細胞周期,チェッ クポイント,タンパク質輸送など生命現象の解明でも酵 母が大きく貢献した.細菌のゲノム全体を丸ごと人工合 成したVenterらの仕事では,酵母がツールとして最大 限活用されており(2)
,またタンパク質間相互作用解析の
ツーハイブリッド法で酵母を身近に感じている研究者も 多いだろう.最近では,希少な医薬原料のアルテミシニ ンやモルヒネなどの天然物の安定安価な供給を目指し,合成経路を再構築した酵母細胞内での人工的な生産が試 みられるなど(3, 4)
,合成生物学でも酵母が使われ始めて
いる.NBRP酵母の事業と主要な保有リソース
業務は,酵母遺伝資源センター(YGRC)が行ってい る.分裂酵母と出芽酵母は,研究用酵母として双璧をな しており,それぞれの酵母の研究者による管理体制が世 界レベルのリソース機関を維持するために欠かせない.
NBRP酵母では代表機関の大阪市立大学が分裂酵母,分 担機関の大阪大学が出芽酵母を担当している.また,第 3期より広島大学が分担機関として菌株リソースのバッ クアップにかかわっている.酵母遺伝資源運営委員会 は,大学,公的研究機関,民間企業など幅広い機関の研 究者からなり,研究者コミュニティとの接点に立ち,
NBRP酵母の運営に助言を与えている.また,NBRP情 報センターと連携し,データベースの構築や課金システ ムの構築などを行っている.酵母遺伝資源委員を含む酵 母研究者からなるデータベースワーキンググループは,
酵母研究者コミュニティの意見をデータベースなどの構 築に反映させている(図
2
).
NBRP酵母の事業は,バイオリソースの収集・保存・
提供が3本柱となっている.まず,収集については,分 裂酵母は世界でほかに大規模なバイオリソース機関が存 在しないため,あらゆるバイオリソースを収集してい る.一方,出芽酵母は,アメリカAmerican Type Cul- ture Collection(ATC C)など海外にも大規模な機関
(後述)が存在するため,主として日本人研究者の作製 したバイオリソースを中心に収集し,高い独自性を目指 している.また,NBRP酵母独自のデータベース,課金 システムを有し事業の効率化を図っている.
個別現象の研究からポストゲノム研究まで,さまざま な酵母バイオリソースが日常の研究から生み出され,急 速に蓄積している.先にも述べたように,酵母の研究は 歴史的に突然変異株をもとにした分子遺伝学的アプロー チが多く行われてきたため,NBRP酵母では,突然変異 図1■酵母の顕微鏡写真
(A)出芽酵母の位相差顕微鏡像.(B)分裂酵母の蛍光顕微鏡像.
緑は分泌小胞に局在するタンパク質をGFPで,赤は細胞膜に局在す るタンパク質をmCherryで標識したもの(写真提供:今田一姫氏).
図2■NBRP酵母の実施体制
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● 化学 と 生物
誘発剤の処理により獲得された突然変異株や系統的に作 製された遺伝子破壊株の収集には特に力を入れている.
主な保有リソースについて表
1
にまとめた.分裂酵母 は,従来の変異誘発法で得られた細胞周期関連や有性生 殖関連の変異株などに加えて,各種遺伝子破壊株など現 在約21,000株の菌株リソースを保有する.出芽酵母は,細胞周期関連,リボソーム生合成関連の突然変異株のほ か,各種遺伝子破壊株やプロテインホスファターゼ遺伝 子の二重破壊株セットなどを含む約26,000株を保有す る.NBRP独自のリソースの例として,分裂酵母の約 1,000の遺伝子に緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合さ せた菌株ライブラリーがある.このライブラリーを構成 する菌株は,各遺伝子の局在がカタログ化されており(5)
,
非常に人気が高い.分裂酵母はLeupold株と呼ばれる 1つの系統を中心にこれまで解析が進められてきたが,近年,大規模な遺伝子配列の解析が可能となったことに より,Leupold株とは異なる系統の の解析も 行われるようになってきた.NBRP酵母では世界中から 取得された の野生株を100種類以上保有して いる.出芽酵母では,個々の遺伝子の過剰発現量の限界 を,約5,700種のほぼすべての遺伝子についてゲノムワ イドに解析することが可能なgTOW6000菌株リソース コレクション(6)
,任意のタンパク質にデグロン配列を付
加することで,植物ホルモンのオーキシン添加により人 為的にタンパク質を細胞内で分解することができるオー キシンデグロンリソース(7)など日本人研究者が作製し た,独自性が高く基礎生命科学研究で重宝されかつ幅広 く利用できるリソースを取りそろえている.加えて,以外にも生命科学研究に利用される出芽酵母
, ,
などの変異株も保有している.
保有菌株は,20%グリセロール溶液にけん濁し,−80 C で保存しており,長期にわたる維持が可能である
.また,
大規模な震災に備えて,大阪市立大学,大阪大学とは地理 的に離れている広島大学に,バイオリソースのバックアッ プ保管を進めている.これまで,いったん失われると復元 できない菌株約16,000株についてバックアップを作製,保 管した.これは菌株リソース全体の約3分の1を占める.
酵母は遺伝子組換えを自在に行うことができるため,
DNAリソースは,菌株リソースと並び,NBRP酵母の双 璧をなすバイオリソースである.基本的なベクターのほか に,分裂酵母においては,ゲノムライブラリーを含む各種 DNAライブラリー,また,ライブラリーを構成するクロー ンなど,合計約10万件のDNAリソース,出芽酵母におい ては,約5,700のDNAリソースを取りそろえている.遺伝 子破壊に利用する各種薬剤耐性マーカープラスミド,GFP などタグ遺伝子を発現するためのプラスミドなどに加え て,オーキシンデグロンシステムを任意のタンパク質に適 用するためのDNAリソースも非常に需要が高い.
提供数についても順調に伸びており,昨年度は約 5,000件のバイオリソースを提供し,その約3分の2は海 外(約30カ国)であった(図
3
).提供数が多いバイオ
リソースは,分裂酵母ではDNAライブラリー,GFP遺 伝子融合菌株である.出芽酵母では,オーキシンデグロ ン関連リソース(4)が圧倒的な人気を誇る.先端研究用だ けでなく,初めて酵母を扱う研究者に便利な基本的なリ ソースも提供している.収集した新しいバイオリソース の情報は,メーリングリスト(約2,000名)を用いて ユーザーに知らせ,最新のバイオリソースをすぐに利用 できるようにしている.表1■NBRP酵母が有する主なリソース
分裂酵母 出芽酵母
菌株 野生型株 各種野生型株 各種野生型株
突然変異株 細胞周期関連,有性生殖関連,温度感受性・低温感受性株セット など
細胞周期関連,細胞壁合成関連,セプチン関連,メンブレン トラフィック関連,リン酸シグナル伝達関連,リボソーム生 合成関連など
遺伝子破壊株 有性生殖時に発現する遺伝子等の破壊株セット,染色体広領域欠 失株など
さまざまな遺伝子破壊株,ほぼすべてのプロテインホスファ ターゼ遺伝子のシステマティックな二重破壊株セット,特定 のプロテインホスファターゼ遺伝子とプロテインキナーゼ遺 伝子とのシステマティックな二重破壊株セット,染色体広領 域欠失株など
その他 Leupold株とは別の系統の 野生株,緑色蛍光タンパク質
(GFP)を融合させた菌株ライブラリーなど
gTOW6000菌株リソースコレクション,オーキシンデグロン リソースなど
DNA 基本的なベクターセット,遺伝子破壊やタギング用プラスミド,
DNAライブラリー(ゲノムライブラリー,完全長cDNAライブ ラリー,ツーハイブリッド解析用ライブラリー),ゲノムライブ ラリーおよび完全長cDNAライブラリーを構成するクローン(ゲ ノムクローン約6万,cDNAクローン約2万)など
基本的なベクターセット,遺伝子破壊やタギング用プラスミ ド,2つのタンパク質の同時発現に有用なデュアルプロモー タープラスミド,リボソーム生合成関連遺伝子プラスミド,
ゲノムDNAクローンシリーズプラスミド,オーキシンデグ ロンシステム用プラスミドなど
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NBRP酵母のデータベースと提供システム
NBRP酵母の事業を効率化し,また使いやすくするた めには質の高いデータベースが欠かせない.NBRP情報 センターの全面的な協力をもとにNBRP酵母のホーム ページ,およびゲノム情報にバイオリソース情報をリン クさせたデータベースGenomic Viewerを作成した(図
4
).Genomic Viewerを使えば,NBRP酵母が保有する
菌株,DNAリソースおよびその位置情報(どの染色体 のどの位置に存在するか)を視覚的に確認できる.ま た,各バイオリソース情報は,酵母の最もメジャーな国 際遺伝子データベース(分裂酵母:イギリスPomBase,出芽酵母:アメリカ Genome Database)
のページにリンクされており,関連の遺伝子情報を詳細 に知ることが可能である.逆にそれぞれのデータベース
からはNBRP酵母のホームページへもリンクされてお り,そのままバイオリソースのオーダーに移行すること が可能である.
各バイオリソースは,バイオリソース情報の横にある orderボタンを押すことで,一般的なネットショッピン グの感覚で簡単に注文できる.クレジットカード決済を 基本としているが,銀行振込による支払いにも対応して いる.バイオリソース提供に先立ち,利用者とNBRP 酵母の間で提供同意書(MTA)を取り交わしている.
これまでの紙媒体に代えて,2015年度より電子MTAを 導入してオンラインでの締結を可能とした.これによ り,これまでかなりの時間が必要であった事前の事務処 理が瞬時に終了し,基本的には世界のどの国でもオー ダーから1週間程度で研究者のもとにバイオリソースが 届くようになった.
図3■NBRP酵 母 の 提 供 国(2012年 か ら 2016年9月まで)
図4■NBRP酵母のホームページ(左)とデータベース(Genomic Viewer(右))
ホームページのGenomic Viewerのボタンをクリックすると移行する.
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国内外の酵母バイオリソース機関
分裂酵母のリソースについては,NBRP酵母は質,量 とも世界随一の機関であり,ほかに比較する機関も存在 しない.出芽酵母では,基礎生命科学研究のための大規 模リソース分譲機関としてNBRP酵母のほかに,アメリ カのATC CやドイツのEUROSCARFなどが知られてい る.これらの機関は歴史も長く,古くからの変異株や非 必須遺伝子破壊株シリーズなどのコレクションを保有し ていることから,NBRP酵母は日本人研究者が作製した 有用かつオリジナリティの高い菌株リソースを中心に事 業を展開している.このほかにも,オランダのCBS- KNAWやNBRP一般微生物(理化学研究所BRC)
,NITE
のバイオテクノロジーセンターなどが多様な環境から収 集された酵母株などの提供を行っている.また,日本醸 造協会は酒作りなどに利用される醸造用酵母の,農業生 物資源ジーンバンクは実用パン酵母などの提供を行って いる.また,DNAリソースについてはNBRP酵母の他 に理化学研究所のBRCやアメリカのAddgeneが大規模 なリソースを有している.NBRP酵母は,前述の分裂酵 母のDNAライブラリーおよびそれをもとにしたクロー ン,出 芽 酵 母 オ ー キ シ ン デ グ ロ ン シ ス テ ム や gTOW6000プラスミドリソースなどの特徴あるリソー スを有しており,需要も非常に多い.成果論文
NBRPのようなリソースに関する事業が,研究の進展 にどれだけ貢献したかを正確に評価することは難しい が,これまで,600報を超える論文にNBRP酵母から提 供されたバイオリソースが使われている.そのほとんど がハイレベルの国際誌であり, , , お よびその姉妹紙も多く含まれ,国際的にも高い評価を得 る研究の推進に大きく寄与していると思われる.これら の情報は,NBRPホームページからリンクされている Research Resource Circulation(RRC)システム(http://
rrc.nbrp.jp/gatewayAction.do?speciesId=19&target=
Entry)を通じて見ることができる.しかしながら,わ れわれがすべての成果論文を把握することは難しいの で,ホームページや学会,メーリングリストなどを使っ て,NBRP酵母から提供されたバイオリソースを使った 論文情報の確実なフィードバックを利用者にお願いして いる.
まとめと今後の課題
第1期から第3期までの事業を通して,NBRP酵母の 分裂酵母リソースは世界最大随一,出芽酵母は世界最大 規模のバイオリソースを有することになった.収集した リソースは地理的に分散して保管し,品質管理も高いレ ベルで行っている.また,利用者に便利なデータベース と使いやすい課金システムを構築し,ユーザーの視点に 立った提供体制を整えている.年間5,000件を超えるバ イオリソースの提供を世界30カ国以上に行い,国際的 にも高いレベルの研究にも利用されてきた.以上のよう に,NBRP酵母はその規模,質とも世界最高水準の酵母 バイオリソース機関となった.NBRPは今年度から第4 期の事業がはじまった.世界最高水準の事業を維持する ためには,戦略的収集により,保有バイオリソースを充 実させることが欠かせない.しかしながら,研究は常に 進展し,新たな研究分野が生まれ,必要とされるバイオ リソースは常に変化する.このような流れを見極めつ つ,本当に必要なバイオリソースを常にそろえることは 容易なことではない.収集だけでなく,NBRPの実施機 関が主体あるいはサポートして研究者といっしょに,積 極的にバイオリソースを開発していくことは非常に重要 であろう.今後は論文などでの研究成果の公開に際し て,使用したバイオリソースをNBRP酵母のような公 的なバイオリソースセンターに寄託することが条件にな ると思われる.また,研究組織の流動性が増したため,
研究者の異動や退職時に研究室にあったバイオリソース の引き継ぎが困難になるので,これらのバイオリソース を引き継ぐことも重要であり,NBRP酵母の事業はます ます多様化していくだろう.予想できない天災や事故が 続く昨今の状況では,研究者自身による保管に加えて NBRPにもリソースを保管することは,重要なリソース を損失から守るということにもつながる.需要が多いこ とももちろん重要であるが,このようにNBRP酵母にさ まざまなバイオリソースがあるということが研究者の安 心感につながっていくと考えている.
一般的な研究と違い,バイオリソース事業は研究を支 えるものであり,華やかな業績を得ることは難しい.し かし,バイオリソースは,これまで行われてきた研究の 産物そのものであり,一度途絶えると二度と復元するこ とができない.これまでの事業を適切に継続し,貴重な バイオリソースを未来へ受け継ぐことがNBRP酵母の 最も重要な使命と考えている.
日本農芸化学会
● 化学 と 生物
文献
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2) D. G. Gibson : , 329, 52 (2010).
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Masuda, T. Haraguchi & Y. Hiraoka: , 14, 217 (2009).
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7) K. Nishimura, T. Fukagawa, H. Takisawa, T. Kakimoto
& M. Kanemaki: , 6, 917 (2009).
プロフィール
中村 太郎(Taro NAKAMURA)
<略歴>1996年広島大学大学院工学研究 科博士課程後期修了(工博)/同年理化学 研究所基礎科学特別研究員/1997年大阪 市立大学理学部助手/2001年同大学院理 学研究科講師/2006年同准教授/2010年 同教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
分裂酵母を用いて配偶子すなわち胞子の形 成メカニズムの解明を目指している,常に 研究者の視点からNBRP事業を進めてい き た い<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>
http://www.sci.osaka-cu.ac.jp/biol/cbiol/
pombe/pombe̲J.htm
北村 憲司(Kenji KITAMURA)
<略歴>1986年大阪市立大学理学部生物 学科卒業/1988年同大学理学研究科前期 博士課程修了,同年後期博士課程中途退学
(1993年理学博士)/1988〜1994年大阪市 立大学医学部助手/1994年〜現在,広島 大学遺伝子実験施設(2003年自然科学研 究支援開発センターに改組)<研究テーマ と抱負>ユビキチン依存性タンパク質分解 による生理機能制御.酵母という単純なが ら奥の深い微生物を使ってユビキチンリ ガーゼの機能のほか,細胞内の複雑な現象 に迫りたい<趣味>読書,散歩
杉山 峰崇(Minetaka SUGIYAMA)
<略歴>2002年九州工業大学大学院情報 工学研究科博士課程修了/同年大阪大学大 学院工学研究科博士研究員/2005年同大 学大学院工学研究科助教/2012年同准教 授,現在に至る<研究テーマと抱負>酵母 の有用形質の分子基盤の解明と新規有用酵 母の育種,NBRP酵母の活動を通じて基礎 生命科学研究の発展に貢献したい<趣味>
ダイエット<所属研究室ホームページ>
http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/mg/
index.html
Copyright © 2017 公益社団法人日本農芸化学会 DOI: 10.1271/kagakutoseibutsu.55.326
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