208 化学と生物 Vol. 53, No. 4, 2015
低分子性リグニン分解菌から見いだされた二原子酸素添加酵素 DesB の基質特異性メカニズムの解明
パルプ廃液中で生き延びるために分子進化した二原子酸素添加酵素
sp. SYK-6はパルプ廃液から発見された 細菌で,低分子性リグニンを分解代謝することができ る.本株の低分子性リグニンの代謝では,多様な低分子 性リグニン中間代謝物が,プロトカテク酸(PCA)お よびその誘導体であるガリック酸(Gallate)と3- -メチ ルガリック酸(3MGA)に集約される(1)(図1).本株の 代謝経路において,これら3種のプロトカテク酸誘導体 は,3種類の基質特異性の異なるExtradiol型二原子酸 素添加酵素(LigAB, DesB, DesZ)により,芳香環が開 裂を受ける(2).このうちLigABとDesZは比較的基質特 異性が広く,特にLigABは3種の化合物を基質とするこ とができる.一方,DesBは基質特異性が極めて狭く,
ガリック酸のみを選択的に分解する(図1B).一見,
DesBは,SYK-6株の低分子リグニンの代謝に不要と思 われるが, を欠損した変異株は,低分子性リグニ ンを炭素源とした環境で培養するとガリック酸が細胞内 に 蓄 積 し,生 育 阻 害 を 引 き 起 こ す(2).こ の よ う に,
SYK-6株はパルプ廃液中での生存・適応するために,
DesBをガリック酸に特化するように分子進化してきた と考えることができる.そこで本稿では,SYK-6株の環
境適応の鍵となるDesBの高度な基質特異性の分子メカ ニズムを構造生物学の視点から紹介する.
Extradiol型二原子酸素添加酵素は,活性中心におい て,基質分子の2つの水酸基と酸素分子を,ノンヘム2 価鉄イオンに配位結合させ,外部からの電子供与体を必 要とせず,芳香環の開裂反応を行う.進化的関係から,
Extradiol型二原子酸素添加酵素は,3つのタイプに分類 され(3),われわれのグループは,世界に先駆けて,タイ プ1のBphC(4)とタイプ2のLigAB(5)の立体構造解析を 行った.その結果,BphCとLigABの全体構造は互いに 異なっているにもかかわらず,活性中心のノンヘム鉄の 配位構造と触媒残基の位置は互いに類似したものであ り,両タイプが収斂進化の関係にあることを明らかにし た(5).
タイプ1に属する酵素では,「鍵と鍵穴モデル」で説 明できる基質特異性を有していることが明らかになって おり,タイプ2のLigABでも,プロトカテク酸やガリッ ク酸を収納できる基質結合ポケットをinduced-fitにより 構築し両基質を分解する(図2左).一方,ガリック酸 とプロトカテク酸を収納できる基質結合ポケットをもち ながら,ガリック酸とだけ反応し,プロトカテク酸と反 応しないDesBの基質特異性は,「鍵と鍵穴モデル」だ けで説明することは難しい(図2右).
われわれは,DesBの高い基質特異性の分子メカニズ ムを明らかにするため,反応中間体や変異体を含む多数 の結晶構造解析と生化学実験を組み合わせた実験を行っ た.その結果,DesBの活性部位ではガリック酸との反 応において,触媒反応が(1)分子配向制御による基質の 結合,(2)活性中心のノンヘム鉄イオンの移動,(3)酸 素分子の結合等を含む触媒反応の開始,という3つの段 階に分かれていることを明らかにした(6)(図3).特に,
DesBの高い基質特異性は,(1)の段階による分子配向 制御と,これに連動した(2)鉄イオンの移動の有無に よって,ガリック酸とプロトカテク酸を区別し,ガリッ ク酸のみを選択して反応を開始することができることに 由来する.
これからDesBの基質選択機構について詳細に解説す るが,その前に,Extradiol型二原子酸素添加酵素にお 図1■SYK-6株由来のタイプ2・Extradiol型二原子酸素添加酵
素(LigAB, DesB, DesZ)
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ける反応ステップを簡単に説明する.Extradiol型二原 子酸素添加酵素は,基質分子の2つの水酸基がノンヘム 鉄イオンに配位した後に酸素分子が鉄イオンに配位結合 する.その後,鉄イオンに配位した水酸基付近のヒスチ ジン残基が塩基として働き,芳香環の開裂反応を触媒す る.特に,基質由来の2つの水酸基が鉄イオンに配位す ることで反応が開始することをご記憶いただきたい.
DesBの非基質結合構造とガリック酸複合体構造を解析 した結果,基質が存在しない状態では,4つのアミノ酸 残基と配位結合した鉄イオンは,内部に埋もれた状態
(R-site)で存在している(図3④).このR-siteの鉄イ オンの位置では,基質結合ポケットにガリック酸が結合 しても,立体障害のために基質分子由来の2つの水酸基 が鉄イオンに配位結合することができない(図3④). 一方,DesB‒ガリック酸複合体構造では,R-siteの鉄イ オンが,基質分子側のA-siteへ約2 Åも移動し,基質分 子の2つの水酸基と配位構造を構築していた(図3③). このように,DesBの触媒機構において,鉄イオンがR- siteからA-siteへ移動することが,反応開始のトリガー であり,これが後述する基質選択機構に連動する.
図2■LigAB(左),DesB(右) の 基 質 結合ポケット
両酵素共にプロトカテク酸とガリック酸の 両方を収納できる基質結合ポケットを有す る.
図3■DesBの基質選択メカニズム
DesBは,基質周辺残基による基質分子の配向制御と鉄イオンの移動が連動することで,高度な基質特異性を獲得している.
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では,化学構造が類似したガリック酸とプロトカテク 酸との選別はどのようなメカニズムで行われているのだ ろうか.DesBとガリック酸との複合体構造を解析した 結果,ガリック酸と周囲のアミノ酸残基間には,3つの グループによる水素結合が基質の選別に寄与していた.
1つ目のグループは,ガリック酸のカルボキシル基と水 素結合している4つのアミノ酸側鎖(Thr13, Thr267, Tyr391′, Tyr412′)である(二量体であるDesBの活性 中心は,両サブユニット由来のアミノ酸残基から構成さ れており,残基番号の「′」は,他方のサブユニット由 来であることを示す).DesBは,ガリック酸のカルボキ シル基を失ったピロガロールとの反応性は非常に低い.
この結果を立体構造の観点から考えると,カルボキシル 基をもたないピロガロールは,このグループの水素結合 が形成されないため,反応性の高い配向で結合すること ができない,もしくは,安定な基質結合を形成できない と思われる.2つ目のグループは,ガリック酸の4位の 水酸基とHis124側鎖との水素結合である.変異体酵素 の解析結果から,この相互作用によって基質分子は,基 質結合ポケット内で反応性の高い配向に誘導される.3 つ目のグループは,ガリック酸とプロトカテク酸を見分 ける最も重要な相互作用であり,ガリック酸およびプロ トカテク酸のメタ位の水酸基と水素結合するGlu377′の 側鎖である.ガリック酸がDesBの基質結合ポケットに 結合すると,ガリック酸の5位の水酸基はGlu377′の側 鎖と水素結合し誘引されるが,残りの3位と4位の2つ の水酸基は,鉄イオンの方向に配向され,鉄イオンの移 動を伴い配位結合する(図3②).しかしながら,プロ トカテク酸がDesBの基質結合ポケットに結合すると,
プロトカテク酸の3位の水酸基がGlu377′の側鎖と水素 結合し誘引されるため,4位の水酸基1つだけが,鉄イ オンに向かった配向に制御される(図3①).上述した ように,Extradiol型二原子酸素添加酵素では,2つの水 酸基が鉄イオンに配位することが反応を開始するうえで 必須であり,1つの水酸基しか鉄イオンに向けることが できないプロトカテク酸‒DesB複合体(図3①)では,
鉄イオンの移動が生じず(R-site),プロトカテク酸は鉄 イオンに配位することすらできない.一方,プロトカテ ク 酸 と 反 応 す る こ と が で き るLigABで は,DesBの Glu377′に相当する位置には,水素結合を形成できるア ミノ酸残基が存在しないため(図2左),LigABの基質 結合ポケット内では,プロトカテク酸の3, 4位の2つの
水酸基は,鉄イオンに配位できる配向で基質結合ポケッ トに結合し反応が進行する.以上3つの水素結合グルー プによる分子配向制御により,DesBは類似したプロト カテク酸誘導体からガリック酸だけを反応に適した位置 と配向に結合することで選別している.
SYK-6株はパルプ廃液の特殊な環境下で生き残るため に,ガリック酸に特化したDesBを分子進化させ,環境 に適応してきた.その分子進化では,一般的な「鍵と鍵 穴モデル」にならった分子進化だけでなく,「配向制御 を利用した基質分子の認識」と「鉄イオンの移動を利用 した反応のトリガー」が連動したメカニズムを合わせる ことにより,類似した基質を選択することができるよう になった.このようなメカニズムによる基質特異性の報 告は今までになく,酵素の分子進化を通した生物の環境 適応を考えるうえでも新しい一例になるのではと考えて いる.
1) E. Masai, Y. Katayama & M. Fukuda:
, 71, 1 (2007).
2) D. Kasai, E. Masai, K. Miyauchi, Y. Katayama & M. Fu- kuda: , 187, 5067 (2005).
3) L. D. Eltis & J. T. Bolin: , 178, 5930 (1996).
4) T. Senda, K. Sugiyama, H. Narita, T. Yamamoto, K. Kim- bara, M. Fukuda, M. Sato, K. Yano & Y. Mitsui:
, 225, 735 (1996).
5) K. Sugimoto, T. Senda, H. Aoshima, E. Masai, M. Fukuda
& Y. Mitsui: , 7, 953 (1999).
6) K. Sugimoto, M. Senda, D. Kasai, M. Fukuda, E. Masai &
T. Senda: , 21, e92249 (2014).
(杉本敬祐*1,千田美紀*2,笠井大輔*3,福田雅夫*3, 政井英司*3,千田俊哉*2,*1 旭川工業高等専門学校物 質化学工学科,*2 高エネルギー加速器研究機構物質構 造科学研究所,*3 長岡技術科学大学生物系)
プロフィル
杉本 敬祐(Keisuke SUGIMOTO)
<略歴>1997年長岡技術科学大学大学院 生物機能工学専攻修士課程修了/1998年 日本学術振興会特別研究員/2000年同大 学大学院材料工学専攻博士後期課程修了
(博士(工学))/同年旭川工業高等専門学校 物質化学工学科助手/2002年同高等専門 学校同学科准教授,現在に至る<研究テー マと抱負>環境問題の解決につながる酵素 をターゲット<趣味>今年から卓球部と写 真部の顧問となり,両方を趣味に…
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千田 美紀(Miki SENDA)
<略歴>1996年長岡技術科学大学大学院 生物機能工学専攻修士課程修了/2008年 同大学大学院にて論文により学位取得(博 士(工学))/2001年産業技術総合研究所・
生物情報解析研究センター(2008年より バイオメディシナル情報研究センター)研 究員/2013年高エネルギー加速器研究機 構・物質構造科学研究所・構造生物学研究 センター特任助教,現在に至る<研究テー マと抱負>ピロリ菌由来がんタンパク質お よび電子伝達タンパク質の構造生物学的研 究,タンパク質結晶化の成功率を上げるた めの工夫<趣味>音楽鑑賞,食べ歩き<所 属研究室ホームページ>http://pfweis.kek.
jp/index.html
笠井 大輔(Daisuke KASAI)
<略歴>2006年長岡技術科学大学大学院 博士後期課程修了情報・制御工学専攻(博 士(工学))/同年日本学術振興会特別研究 員PD/2007年長岡技術科学大学工学部助 教/2014年ヴェストファーレンヴェルヘ ルム大学客員研究員<研究テーマと抱負>
有価物生産を目指した微生物遺伝子群の同 定と機能解明<趣味>水泳,車<所属研究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://bio.nagaokaut.
ac.jp/~fukuda-l
福田 雅夫(Masao FUKUDA)
<略歴>1980年東京大学大学院農学系研 究科博士課程農芸化学専攻中途退学/同年 同大学農学部助手/1991年長岡技術科学 大学工学部助教授/1996年同大学工学部 教授,現在に至る<研究テーマと抱負>
有機化合物生分解酵素系の解明と難分解物 質分解細菌の開発,植物由来ポリマー分解 細菌の機能解明と応用<趣味>ドライブ
<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://bio.
nagaokaut.ac.jp/~fukuda-l
政井 英司(Eiji MASAI)
<略歴>1993年東京農工大学大学院博士 後期課程修了生物工学専攻(博士(農学))/
同年新技術事業団研究員/1995年長岡技 術科学大学生物系助手/1996年同講師/
2000年同助教授/2007年同准教授/2010 年同教授,現在に至る<研究テーマと抱 負>芳香族化合物代謝系,特にリグニン 由来の低分子芳香族化合物代謝系の解明と リグニン有効利用への応用<趣味>テニス
<所 属 研 究 室 ホ ー ム ペ ー ジ>http://bio.
nagaokaut.ac.jp/~masai-l/index.html 千田 俊哉(Toshiya SENDA)
<略歴>1995年長岡技術科学大学大学院 博士後期課程修了材料工学専攻(博士(工 学))/同年同大学生物系助手/2001年産 業技術総合研究所・生物情報解析研究セン ター(2008年よりバイオメディシナル情 報研究センター)主任研究員/2013年高 エネルギー加速器研究機構・物質構造科学 研究所・構造生物学研究センターセンター 長・教授,現在に至る<研究テーマと抱 負>クロマチン関連因子,ピロリ菌由来が んタンパク質などの構造生物学,β酸化還 元酵素のタンパク質科学的研究<趣味>散 歩(都会限定)<所属研究室ホームペー ジ>http://pfweis.kek.jp/index.html Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会