1 / 5 2.研究の詳細
プロジェクト 名
体落としのバイオメカニクス的解析 ―柔道初級者の効果的な指導法の確立―
プロジェクト
期間 令和2年9月1日(火) ~ 令和3年3月31日(水)
申請代表者
(所属等)
楢﨑 教子
(保健体育ユニット)
共同研究者
(所属等)
清水 知恵 (保健体育ユニット)
本多 壮太郎 (保健体育ユニット)
①研究の目的
本研究では、柔道の初級者に正しい技術を習得させるため、柔道の修業年数10年以上の中級者(男子3名)
を対象に、投げ技の 1 つである体落としの動きを定量的に分析することを試みた。また、柔道の修業年数 15 年以上で、オリンピックや世界選手権などの国際レベルでの競技経験を有する一流柔道選手の主観的情報 を得るため、体落としのコツや動きの意識、コツ獲得までのプロセスなどに関するインタビュー調査を実 施し、暗黙知を形式知化(言語化、数値化、可視化)することにより、柔道の初級者だけでなく、ジュニア 期の競技者や指導者にとって有用な練習方法や指導法を導き出すことを目的とした。
②研究の内容
柔道の投げ技の1つである体落としは手技に分類され、相手を水平方向に崩して投げる技である。同じく手 技に分類される背負い投げは、相手の懐に入り込み垂直方向に崩して投げる技である(図1参照)。体落としは 相手との身体接触が少なく、返されにくいという特性を持ち、自分の身体が回転軸の起点となり、相手を回転軸 の外へ弾き飛ばす遠心力の作用を生かした効率のよい技である。そのため、中学校学習指導要領(平成29年告 示)解説における柔道の技能の学習段階の例として、体落としは投げ技のまわし技系に分類され、中学校1・2 年生で習得する技に挙げられている。
図1 体落とし(上)と背負い投げ(下)の技の理合い
柔道の技術指導の難しい点は、指導者が体得した投げ技のポイントやコツを学習者に伝達することである。学 習者は、指導者の指導助言と学習者の身体感覚を頼りに技術の修正に取り組むが、実際には足の位置や姿勢が
10~20㎝程度ずれている場合がある。学習者の身体感覚と実際の動きにずれが生じるのは、視線が定まってい
ないことが一因として考えられる。視線は、学習者の姿勢や重心位置に変化を生じさせ、視線が変化することに よって動きも定まらないことが推察される。
その他にも学習者の体さばきが正確であることは、相手を効果的に投げるための重要なポイントであり、指導 者が技術指導をする際の着眼点である。柔道の体さばきは下肢の動きに着目したものであり、下肢の動きに問題 があると下肢の力を上肢に伝達することができないため、相手を効果的に投げることはできない。つまり、動き
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に問題があると高いパワーを発揮することができないため、投げ技の成功率は低減するのである。
このように、柔道の技術指導は指導者の経験則に委ねられているところが大きく、その指導者の主観的な判断 や勘に頼らざるを得ないのが現状である。本研究では、一流柔道選手の暗黙知を形式知化することにより、指導 者の着眼点をより明確にすることを試みた。
③研究の方法・進め方
本研究では、柔道の修業年数10年以上で、九州ブロック大会または全国大会での競技経験を有する中級者(男 子3名)を対象に、投げ技の1つである体落としの動きを定量的に分析することを試みた。測定方法は、富士 フィルム株式会社で製造されたツーシートタイプ微圧用(4LW)の圧力測定フィルム(プレスケール)を用い て、体落としにおける体さばきの位置および圧力を計測した(図2参照)。
図2 プレスケールを用いた体落としの測定方法
また、一流柔道選手の主観的情報を得るため、体落としのコツや動きの意識、コツ獲得までのプロセスなどに 関するインタビュー調査を実施し、暗黙知を形式知化することにより、柔道の初級者だけでなく、ジュニア期の 競技者や指導者にとって有用な練習方法や指導法を導き出すことを試みた。
④実施体制
図3に、研究体制を示した。
図3 研究体制
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⑤令和 2 年度実施による研究成果
研究成果の1つ目に、指導者が体落としの技術指導をする際の着 眼点を明確にしたことが挙げられる。図4に、体落としを指導する 際の着眼点を示した。対象者を正面からみた場合、①頭部、②胸
(胸鎖関節)、③腰(臍下丹田)が正中線上にあることが望まし い。また、④両肩の傾き、⑤相手の左足に対する自分の左足(軸 足)の位置を確認し、効果的な崩しにつながる姿勢や動きを修 正する必要があると考えられる。
次に、研究成果の2つ目として、柔道の修業年数15年以上で、
オリンピックや世界選手権などの国際レベルでの競技経験を有す る一流柔道選手(女子1名)を対象に、体落としのコツや動きの意 識、コツ獲得までのプロセスなどに関する暗黙知を形式知化するた めの仮説を構築した。その仮説に基づいて、一流柔道選手を対象に インタビュー調査を実施するための質問項目を精査した。
図4 体落としを指導する際の着眼点
〇体落としのコツ:体落としのコツは、できるだけ相手と自分の体を接触しないようにすることである。上手 く技がかかったときは、相手が何かにつまずいて転ぶような倒れ方をする。自分の体の軸が安定し、素早く回 転することで相手を投げるための遠心力を生み出す起点となる。遠間から足を引っかけるように体落としをか けると、相手は投げられまいとして抵抗するが、体が密着していないためしがみつくことができず、自らの逃 げようとする動きの勢いと回転により生み出された遠心力により横へ振られて重心を崩す。
〇動きの意識:動きの意識としては、体落としはスピードが肝心である。スピードが投げるための威力を生み 出すため、体さばきは相手が1歩で横に移動するとき、自分は3歩の体さばきを相手の1歩と同じスピード で動くことで、相手に気づかれずに投げることができる。
〇コツ獲得までのプロセス:子どものころより、左右に動く体さばきを単独で継続的に行ってきた。その動き は、いざ体落としをかけようと判断したタイミングで、瞬時に体さばきをすることを可能にしている。相手の 1歩に対して、自分は3歩の体さばきを相手の1歩と同じスピードで動く必要があるため、相手に気づかれず に瞬時に技をかけて体落としを成功させるためには、体さばきの訓練が必要不可欠である。
〇相四つの体さばき(左組の場合):引き手から取り、相手を左の方向へ押し込む。相手が正対しようと押し返 してくるので、戻り際に素早く体落としをかける。相手の反応がない場合は、そのまま大外刈りをかけた方が 効果的である。図5に、体落としにおける相四つの体さばき(左組の場合)を示した。
図5 体落としにおける相四つの体さばき(左組の場合)
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〇ケンカ四つの体さばき(左組の場合):右斜め前方に相手を押し込む。継ぎ足で追い込み、相手が逃げる方向 へ素早く体落としをかける。相手は右側に逃げていくため、下がる方向となる左側へは移動しない。図6に、
体落としにおける相四つの体さばき(左組の場合)を示した。
図6 体落としにおけるケンカ四つの体さばき(左組の場合)
最後に、研究成果の3つ目として、柔道の修業年数10年以上の中級者(男子3名)を対象に、体落としの動 きを定量的に分析するため、プレスケールを用いて体さばきの位置および圧力を計測した。図7に、体落としに おける体さばきの位置および圧力を示した。
図7 体落としにおける体さばきの位置および圧力
⑥今後の予想される成果(学問的効果、社会的効果及び改善点・改善効果)
一流柔道選手の主観的情報を得るため、体落としのコツや動きの意識、コツ獲得までのプロセスなどに関する インタビュー調査を実施し、暗黙知を形式知化することにより、柔道の正しい技術を幅広い世代の柔道家に伝承 することができる。また、一流柔道選手のコツ獲得までのプロセスで明らかにされた「体さばきの訓練」に関す る実践内容や、相手の組み手に応じて体さばきが異なることを指導者と学習者が共に理解し、実践することでそ の効果を検証することが可能となる。最終的には、柔道の初級者だけでなく、ジュニア期の競技者や指導者にと って有用な練習方法や指導法を導き出すという学問的効果および社会的効果が期待できる。
⑦研究の今後の展望
本研究では体落としの動きを定量的に分析するため、プレスケールを用いて体さばきの位置および圧力を計測 したが、プレスケールは使用推奨温度が15~30℃、使用推奨湿度が20~75%と定められているため、測定する 時期の制約が生じることが課題として挙げられる。また、プレスケールはとても繊細で高価な測定機器のため、
中学校や高等学校の指導者が日常的に技術指導のために使用することは困難であると考えられる。今後は、体落
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としの測定方法についても検討し、現場の指導者が活用できるような最良の測定方法を導き出していきたい。
⑧主な学会発表及び論文等
令和3年度日本体育・スポーツ・健康学会第71回大会(主管校:筑波大学)または日本武道学会第54回大 会(主管校:福岡大学)において学会発表を行い、武道学研究または講道館柔道科学研究会紀要への論文投稿を 計画している。