氏 名 藤ふ じ 原わ ら 健た け 史し 学 位 の 種 類 博士 (医学) 学 位 記 番 号 甲第552号
学 位 授 与 年 月 日 平成30年3月19日
学 位 授 与 の 要 件 自治医科大学学位規定第4条第2項該当
学 位 論 文 名 高血圧患者に対するアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)/カルシウ ム拮抗薬(CCB)配合剤の時間降圧療法による夜間中心血圧と尿中アル ブミン排泄への影響
論 文 審 査 委 員 (委員長) 教 授 市 橋 光
(委 員) 教 授 藤 田 英 雄 教 授 菅 原 斉
論文内容の要旨
1 研究目的
1. 高血圧患者に対するバルサルタン/アムロジピン配合剤の朝食後投与は就寝前投与と比較して、
夜間末梢/中心血圧の低下度に対して非劣性である降圧効果を有するという仮説を検証する。
2. 夜間中心血圧の低下が、夜間末梢血圧の低下と独立して、尿中アルブミン/クレアチニン比の 低下と関連するか検証する。
2 研究方法
1. 試験デザイン
16 週前向き・多施設共同・無作為化・オープンラベル・クロスオーバー・非劣性試験であ るCPET (Chronotherapy for Ambulatory Central Pressure)試験のデータを用いた。適合基 準を満たす23 名の本態性高血圧患者に対して、バルサルタン/アムロジピン配合剤(80/5 mg) を朝食後または就寝前に8週間投与した。その後の 8週間は、すべての患者の投与法を切り 替え、計16週間の治療介入を行った。すべての患者に対して、割り付け時(0週)、切り替え時 (8週)、試験終了時(16週)に24時間自由行動下血圧測定、血液/随時尿検査を行った。
2. 24時間自由行動下血圧測定
末梢/中心血圧の両者の測定可能であるMobil-O-Graph NG (IEM 社)を用いた。本機器は 上腕脈波波形から一般化伝達係数を用いて中心血圧を推定し、非観血的に推定された中心血 圧値は観血測定と同等の精度であることが過去の報告で証明されている。自由行動下血圧は 30分間隔で24時間測定した。
夜間血圧は、就寝から起床の間に測定された血圧値の平均値と定義した。昼間血圧は夜間 血圧測定に用いられた以外の時間帯の血圧値の平均値とした。
3. 血液・尿検査
尿中アルブミン排泄はアルブミン/クレアチニン比 (urinary albumin-creatinine ratio:
UACR)に換算して評価した。血清クレアチニンを用いた推定糸球体濾過量 (creatinine-based estimated glomerular filtration rate: eGFRcreat) 60 mL/分/1.73m2未満または微量アルブミ ン尿 (UACR 30 mg/g・Cr以上)を呈する場合に、慢性腎臓病と定義した。eGFRcreatの算出 にはCKD-EPI式を用いた。
4. サンプルサイズ
過去の試験では、バルサルタンの就寝前投与は、朝食後投与と比較して24時間平均末梢収 縮期血圧 (systolic blood pressure: SBP)値を最大3.0 mmHg大きく低下させることが報告 されている。一方、アムロジピンの1日1回投与は、24時間平均末梢SBP値に対して、投 与タイミングの影響を受けずに、一定の降圧効果を示すことが報告されている。3.0 mmHg の差の臨床的意義も考慮して、本試験では非劣性マージンを3.0 mmHgと設定した。
有意水準2.5%と検出力80%を用いて、片側検定で代替される仮説に対する統計分析を行っ た。夜間SBP低下度の標準偏差を7.0 mmHgと設定し、また過去の報告で、バルサルタン/ アムロジピン配合剤の就寝前投与は朝食後投与と比較して夜間末梢SBPを0.43 mmHg大き く低下させたこと、本試験では非劣性マージンを3.0 mmHgと設定したことより、計算上症 例数は23例が必要であった。
5. 統計解析
非劣性の評価には、朝食後投与と就寝前投与におけるベースラインからの夜間末梢/中心 SBP低下度の差の95%信頼区間を用いた。治療効果に対する95%信頼区間の上限が非劣性マ ージンより小さければ、朝食後投与が就寝前投与に対して非劣性であることを意味する。
ベースラインと治療16 週後における血圧値と対数変換したUACRは、対応のあるt 検定 を用いて評価した。単回帰分析では、Pearsonの相関係数を用いた。夜間末梢/中心SBP低下 度とUACR低下の関連の評価では、UACR低下度を目的変数とした重回帰分析を用いた。共 変量は、年齢、性別、BMI、現在の喫煙、習慣性飲酒、糖尿病の合併、総コレステロール値、
夜間の心拍数変化、を用いた。
統計解析には、SPSS ver. 24 (SPSS Inc.)とSAS ver. 9.4 (SAS Institute Inc.)を用いた。p値
<0.05を有意水準と定めた。
3 研究成果
1. 患者特性
登録された23名のうち、15名(65%)が女性であり、平均年齢(標準偏差)は68.0(8.7)歳、65%
が慢性腎臓病の合併患者であった。
2. 夜間末梢血圧および夜間中心血圧の変化
バルサルタン/アムロジピン配合剤の朝食後投与は夜間末梢/中心 SBPおよび夜間末梢/中心 拡張期血圧 (diastolic blood pressure: DBP)をベースラインより有意に低下させた。一方、就 寝前投与は夜間中心DBPのみを有意に低下させた。
朝食後投与と就寝前投与における、夜間末梢 SBP 低下度の差の 95%信頼区間(-6.8, 0.4
mmHg)の上限、また夜間中心 SBP 低下度の差の 95%信頼区間(-7.6, -0.4 mmHg)の上限 は、いずれも就寝前投与が良好であることを示す非劣性マージンより小さく、就寝前投与に対 する朝食後投与の非劣性が証明された。
3. 治療介入によるUACR変化と血圧変化との関連
夜間末梢/中心SBP低下において、朝食後投与の就寝前投与に対する降圧効果が非劣性であ ったため、すべての患者の朝食後投与または就寝前投与のデータを区別なく解析し、ベースラ インと試験終了時(16週)における血圧とUACRの変化を検討した。
治療介入によりベースラインと比較してUACRは低下する傾向にあった(p=0.060)。また、
24時間平均、昼間平均、夜間平均のいずれの末梢/中心血圧もベースラインから有意に低下し た。
単回帰分析では、治療介入による夜間末梢/中心 SBPの低下は、UACR 低下とそれぞれ有 意に関連していた:夜間末梢 SBP 低下;r=0.455, p=0.033、夜間中心 SBP 低下;r=0.616,
p=0.002。夜間末梢SBP低下度と夜間中心SBP低下度を同時に投入した重回帰分析において
も、夜間中心SBP低下度がUACR低下と有意に関連していた:β=0.919, p=0.020。
4 考察
1. 夜間末梢/中心血圧低下に対する時間降圧療法の有効性
過去の報告では、バルサルタンの就寝前投与は朝食後投与と比較して夜間血圧レベルを有 効に低下させる一方、アムロジピンは投与タイミングに関係なく、一定の降圧効果を示すこと が報告されている。本研究で用いたバルサルタン/アムロジピン配合剤は、長時間作用型の薬 剤であり、強力かつ24時間にわたる長時間の降圧効果を有する。本研究の結果は、これらの 薬剤特性が影響したと考える。
2. UACR低下と夜間中心血圧低下の関連
腎臓では、大動脈の脈波が脆弱な糸球体毛細血管のより深部まで波及し、増幅した大動脈の 拍動は脆弱な微小血管系の損傷を誘発し、腎障害の早期マーカーである微量アルブミン尿を 引き起こす。それに加え、就寝中は静脈還流量の増加により腎血流が増加する。さらに、中心 脈圧は大動脈の硬化により増大され、糸球体毛細血管へ到達する脈波が増大すると考えられ る。これらの要因が、夜間中心SBPの低下が、夜間末梢SBPの低下と独立して、UACRの 低下と関連があった理由であると考察する。この研究結果は、夜間中心血圧が腎保護に対する 治療ターゲットになる可能性を示唆する。
3. バルサルタン/アムロジピン配合剤の中心血圧やUACR低下に対する作用
アンジオテンシンIIの阻害は大小動脈のリバースリモデリングと関連し、中心脈圧や動脈 ステフィフネスの有意な低下を導くことが報告されている。CCBは強力な血管拡張作用を有 し、圧反射波の減少や、細動脈肥大の退縮を引き起こす。これらの結果は、レニン・アンジ オテンシン・アルドステロン系 (renin-angiotensin-aldosterone system: RAAS)阻害薬と CCBの組み合せが、他の降圧薬の組み合せと比較して、中心血圧レベルの低下に対してより
有効であることを示唆する。
腎保護効果に対しては、RAAS阻害薬/CCB の組み合せは、RAAS阻害薬/利尿薬の組み合せと比
較して、eGFRcreat/クレアチニンクリアランスの維持に対して有意に良好な作用を示すことがメ
タ解析で報告されている。また、RAAS阻害薬/CCBの組み合せはUACRをベースラインから有 意に低下させることも報告されている。これらの結果を考慮すると、RAAS 阻害薬/CCB の組み 合せはRAAS阻害薬/利尿薬の組み合せと比較して、腎血行動態の変化を通じて良好な腎保護効果 を示すと考えられる。
5 結論
日本人の本態性高血圧患者において、夜間末梢/中心SBP低下度に対して、バルサルタン/アム ロジピン配合剤の朝食後投与は就寝前投与と比較して非劣性である降圧効果を有することを証明 した。また、同薬剤の治療介入による夜間中心SBP低下は、夜間末梢SBP低下とは独立して、
UACR 低下と有意に関連していた。夜間中心SBP は腎保護を目的とした治療ターゲットになる と考える。
論文審査の結果の要旨
本研究の内容は2つに分かれる。研究Ⅰは、高血圧患者に対するバルサルタン/アムロジピン配合 剤の朝食後投与と就寝前投与の比較検討である。研究Ⅱは、夜間中心血圧の低下と尿中アルブミ ン/クレアチニン比の低下との関連性の有無の検討である。方法は、23名の本態性高血圧患者に対 し、バルサルタン/アムロジピン配合剤(80/5mg)を朝食後または就寝前に8週間投与し、その後 の8週間はすべての患者の投与方法を切り替えた、計16週の前向き・多施設共同・無作為化・オ ープンラベル・クロスオーバー・非劣性試験である。すべての患者に、割り付け時、切り替え時、
試験終了時に 24 時間自由行動下血圧測定、血液/随時尿検査を行った。結果として、就寝前投与 に対する朝食後投与の非劣性と、夜間中心収縮期血圧(SBP)低下度と尿中アルブミン排泄低下 の関連が明らかになった。
研究Ⅰは、日本人高血圧患者に対してバルサルタン/アムロジピン配合剤を用いた夜間中心血圧 レベル低下度に対する時間降圧療法の有効性を検討した初めての報告である。研究Ⅱは、夜間中 心SBP低下が、夜間末梢SBP低下とは独立して、腎保護に密接に関連することを示した初めて の報告である。ゆえに、新規性のある研究と言える。また、研究Ⅰの結果により、バルサルタン/ アムロジピン配合剤の朝食後投与が可能となったことは、患者の服薬アドヒアランスの向上につ ながる可能性があり、臨床的意義がある。研究Ⅱで、中心血圧と腎障害の関連を明らかにした点 は、腎障害予防のターゲットを示した臨床的意義があるとともに、高血圧患者に腎障害が発生す るメカニズムの一端を示しており、学問的意義もある。
研究の限界点は、治療期間が短いこと、サンプルサイズが小さいこと、対象患者が比較的高齢 で多くの慢性腎臓病患者を含むこと、などがあるが、研究結果自体を否定するものとはならない。
より長期的な観察や対象者の増加による研究の発展を期待する。
改訂の指導内容では、題名の「腎臓への影響」から「尿中アルブミン排泄への影響」への変更、
中心血圧測定機器の妥当性の追記、研究Ⅱの結果を示す表の記載方法の変更、いくつかの用語の
不一致の是正、などがあった。これらは、申請者により追記、変更された。
研究Ⅰの内容は、すでに英文医学雑誌に掲載されており、高い評価を受けている。また、研究
Ⅱの内容も、英文医学雑誌に投稿予定となっている。新規性、学問的意義の観点からも本学の学 位に相応しい研究内容であり、全員一致で合格とした。
最終試験の結果の要旨
最終試験では、まず申請者から研究概要の説明があった。本研究を始めた動機から始まり、研 究目的、研究方法、研究結果、考察、結論が述べられた。本研究は、本態性高血圧患者に対し、バ ルサルタン/アムロジピン配合剤(80/5mg)を朝食後または就寝前に8週間投与し、その後の8週 間はすべての患者の投与方法を切り替えた、計16週の前向き・多施設共同・無作為化・オープン ラベル・クロスオーバー・非劣性試験である。割り付け時、切り替え時、試験終了時に24時間自 由行動下血圧測定、血液/随時尿検査を行った。結果は、就寝前投与に対する朝食後投与の非劣性 と、夜間中心収縮期血圧(SBP)低下度と尿中アルブミン排泄低下の関連が明らかになった。説 明は分かりやすく、特に問題はなかった。
続いて、審査員との質疑応答が行われた。対象の本態性高血圧の診断の正確性、服薬のアドヒ アランス、診察室血圧の測定法について質問があり、診断は担当医によるものであること、服薬 は自己申告、血圧は医師の対面での測定であるという返答がなされた。断眠の影響、対象のサブ 解析の可能性についても質問があったが、対象数が少ないことによる研究の限界もあり、了承さ れた。審査員から改訂内容として、題名の「腎臓への影響」から「尿中アルブミン排泄への影響」
への変更、中心血圧測定機器の妥当性の追記、研究Ⅱの結果を示す表の記載方法の変更、いくつ かの用語の不一致の是正が指示され、申請者も変更、追記を了承した。
研究の発表およびその後の質疑応答を通じて、申請者からは真摯、誠実な人柄が伺われ、その 内容も満足できるものであった。発表の最後に述べた展望に関しても今後の研究の進展が期待さ れ、申請者は学位を授与するに値すると全員一致で判断した。