数学 IB No.1
10月2日配布 担当:戸松 玲治∗
1 演習の形式と成績評価の方法
この授業では数学IB演習を行います. 毎回問題用紙を配り, 出来た人から黒板で解いてもらいま す. 原則早いもの勝ちですが,何人かが競った時には発表回数の少ない人の中から選びます. 各問題 は今学期中有効なので,当日配られた問題の他に古い問題も解くこともできます.
成績は発表回数と問題の得点(point)から評価します. 単位取得の為には最低3回の発表と4回以 上欠席しないこと† が必要となります.
発表の仕方:聴衆に理解してもらえるように分かりやすく10分くらいで発表してください. 聴衆 は発表されているロジックが通っているかをチェックし,不明な点があれば積極的に質問をすること.
問題や発表が終わった問題は順次私のweb pageにアップします.
2 集合論
2.1 集合の表し方 , 元
集合論のある程度のところは数学を勉強する上でどうしても必要である. それは数学ではある構造 をもつ集合の性質を調べていくからである. たとえば実数の集合や関数の集合も大事だし, 素数の集 合や幾何でやる多様体なんかも大事な集合である. 集合論ではいくつか基本的な記号やルールが出て くるが,ポイントはそう多くないと思うので, 完全に身につけるまで勉強してほしい. 抽象的な話が 続いていくので,自分で図を書いたり反例を探したり具体例を構成しながら本を読むと実力が上がる.
集合とは何かの集まりとここでは思っておいてよい(少しうそあり). とにかくいくつか重要な集合 を与えよう. 最初の出発点は数である. これらの記号は便利だしおぼえてしまおう.
• N:={1,2,3, . . .} 自然数すべての集まり,
• Z:={. . . ,−2,−1,0,1,2, . . .} 整数すべての集まり,
• Q:={p/q|p, q∈Z, q6= 0} 有理数すべての集まり,
• R:=実数すべての集まり,
• C:=複素数すべての集まり.
上記集合の書き方に注意しよう. NやZは数を列挙した書き方である. Qのところでは,「p/qの 集まりです. ここでpとqは整数でありかつq6= 0です. 」という書き方をしている. この表し方も よくする. つまり一般に集合Aを
A={x|xは何々という条件をみたす}.
という具合に書くことがある. この表し方だと条件が見やすくて慣れれば便利である. そして慣れる には自分で手を動かすことが一番である. 実数の集合Rの構成方法については,また別の機会にやろ う. 細かいことだが,列挙型か条件型かによらず中括弧{·}を使うことに注意.
問題 1 (各1pt) 次の問いに答えよ.
∗http://www.ma.noda.tus.ac.jp/u/rto/sched.html
†正当な理由での欠席であれば,回数に含めませんので前もって欠席届を私のところに提出してください.
(1) 0以上の偶数の集合A={0,2,4,6,8,10,12,14, . . .}を{x|xは性質Pをもつ}の形に表わせ.
(2) 実数であって0以上1以下のもの全体を示す集合を表せ.
(3) 有理数であって, 0以上のもの全体を示す集合を表せ.
問題 2 (各1pt.) 次の集合A,B, C,D を元を列挙する形式で表せ.
(1) A={x∈R|x2−3x+ 2 = 0}, (2) B={x∈C|x4= 1},
(3) C={x∈R| ∃n∈Ns.t. xn= 1},
(4) D={x∈R| ∃m, n∈N(m6=n) s.t. xm=xn}, (5) E={sin(2nπ/3)|n∈Z}.
上の問題で“s.t.”という文句が出てきたが, これは“such that”の略で, “∃n∈N s.t. xn = 1” は,
“There existsninNsuch thatxn= 1.”という文章である. 日本語だと順序が逆になるが,「xn= 1 をみたすような自然数nが存在する」ということである. この存在を示す“∃”の記号と,存在物の性
質を示す“such that”のペアはよく出てくるのでおぼえておこう.
集合は構成するものの集まりであるが,その構成するものを元(げん)とか要素という. あるaとい う対象が集合Aに属するとき,次のように書く.
a∈A または A3a またある対象aが集合Aに属さないとき,次のように書く.
a /∈A または A63a
問題 3 (各1pt.) 次は正しいか否かを判定せよ. 正しくないなら∈を∈/に変更せよ.
(1).√
2∈R, (2).√
2∈Q, (3).√
2∈Q, (4).√
2∈ {t∈R| −2≤t≤2}. (5).√
2∈ {t∈R|t≤0}.
2.2 空集合 , 部分集合
数学では元が一つもないという一風変わった性質をもつ集合を用意しておくと都合がよい. これを
∅と書き,空集合‡という. あとで共通部分についてはやるが,二つの区間[−1,0]と[1,2]の共通部分 はないので, [−1,0]∩[1,2] =∅と書いたりする.
二つの集合A, Bがあり,もしも「集合Bが空集合であるか, 又はBに属するすべての元がAの 元でもある」ならば,BをAの部分集合(subset)といって,次のように書く.
B ⊂A または A⊃B もしも「BがAの部分集合ではない」ならば,次のように書く.
B 6⊂A または A6⊃B
ここで勘違いしやすいのだが, B6⊂Aは「Bの元が一つもAに入らない」ということを示している ではなく,「Bの元のうち一つはAに入らない」ということをいっていることを理解しよう.
集合の包含関係を証明する問題では,大体いきなり⊂を示すのではなく次のようにするのが一般的 である. よくやるのでしっかり憶えておいてほしい.
‡よく似ているがギリシャ文字のφ(ファイ)ではないことに注意.∅はemptyとかempty setという.
(1) B⊂Aを示したいとする.
(2) Bの任意の元xを取ってくる§. (3) 実はxがAに属することを示す.
問題 4 (各1pt.) 次の問に答えよ.
(1) {1,2,3} ⊂ {1,2,3,4}を示せ.
(2) Z⊂Qを示せ.
(3) 集合{1,2,3,4}の部分集合をすべて挙げよ.またいくつあるか.
(4) Z6⊂Nを示せ.
上の(2)の強化版N⊂Z⊂Q⊂R⊂Cもいえることはよいだろう. 要素であることを示す記号∈ と包含の記号⊂とで初心者がよく混同してしまう間違いをみてみよう.
問題 5 (各1pt.) 次の記法はすべて誤りである.理由を挙げ修正せよ.
(1).{1,2} ∈N, (2). π⊂R, (3).{5}= 5.
このように線が一本入るかどうかで意味が変わってくるので,大体こんな感じといって数学をやっ ていると痛い目に遭う. ゆっくりでいいので,注意深く一文字一文字本を読んでほしい. 途中でつま づいたらどの補題,定理を使っているかよく考え,人に聞いたり他の本を調べたりしよう.
ここらでちょっと考える問題をやってみよう. ただ集合の等式A=Bについて重要な注意. 落ち着 いて考えてみると,これはA⊂BかつB⊂Aと同じことだと分かる. つまり集合の等式を示すとき は,「左辺から元をとってきて右辺に入ることを示し,右辺から元をとってきて左辺に入ることを示 す」ことをすればよい.
問題 6 (各1pt.) a∈Nに対して,aZ:={an|n∈Z} と定める.このとき以下のことを証明せよ.
(1) aZ⊂bZ⇐⇒aはbの倍数.
(2) 2Z6⊂6Z.
(3) cをaと bの最小公倍数としたとき,aZ∩bZ=cZ.
2.3 和集合, 共通部分
二つの集合AとBの元を集めて出来る集合をそれらの和集合(union)といって, A∪B
と書く. ∪は“cup”と発音する. カップの形と憶えておけばよい. この和集合は次のようにも表示で
きる:
A∪B={x|x∈Aまたは x∈B}.
またAとBのどちらにも属する元全体のなす集合をそれらの共通部分(intersection)といって, A∩B
と書く. ∩は“cap”と発音する. 帽子の形と憶えておけばよい. この共通部分は次のようにも表示で
きる:
A∩B={x|x∈A かつx∈B}. 早速肩慣らしをしよう.
§包含関係B⊂Aは,Bのどんな元もAに入っているという意味だから,Bの元のうちある特定の条件をみたすやつだけ もってきて,Aに入ることを示してもだめである.だから任意に取ってくる必要がある.
問題 7 (各1pt.) 次を示せ.
(1).{1,2}∪{3,4}={1,2,3,4},(2).{1,2,3}∩{x∈R|x >2}={3}.(3).R∩{z∈C|z4= 1}={−1,1}.
2.4 差集合, 補集合
二つの集合A,Bがあったとして,Aには属するが,Bには属さない元全部の集まりを A\B
と書き,AからBを引いた差集合という. BがAの部分集合とは一言も言っていないことがポイン トである. 練習をやって確認しよう.
問題 8 (各1pt.) 次の集合を求めよ:
(1).{1,2,3} \ {0,2,5}, (2).C\ {z∈C| |z|= 1}, (3).R\C. 問題 9 (各1pt.) 次が成り立つことを証明せよ.
(1) A= (A∩B)∪A\B, (2) (A\B)∪B=A∪B, (3) (A\B)∩B=∅,
(4) (A\B) =A⇐⇒A∩B =∅,
(5) (A\B)∪(B\A) = (A∪B)\(A∩B)
集合Aが集合Xの部分集合, つまりA⊂Xであったとする. このとき差集合X\Aを「AのX における」補集合(complement)といい,Aの右肩にcを乗っけて
Ac
と書く. ここで重要なのは,Aの補集合をどこでとっているかを確認する必要がいつもあるということ である. 実際にAcという記号にはXが含まれていないので注意が必要である. 例えば,A⊂B ⊂C となっていたとき,何も言わずにAcと書いてしまっては,Aの補集合をBで考えたのかCで考えた のか分からない. だから「AのCでの補集合Acは,· · ·」という感じで文章を書く必要がある.
問題 10 (1pt.) A, B,Xが集合で,A⊂XかつB ⊂Xであったとする. このときBのXでの補 集合をBcと書くと,
A\B=A∩Bc が成り立つことを示せ.
私にとって数学の本(論文も含めて)ほど読みにくいものはない. 数百ページもある数学の本を初めから終わ りまで読み通すことは至難の業である. 数学の本を開いてみると,まずいくつか定義と公理があって,それから 定理と証明が書いてある. 数学というものは,わかってしまえば何でもない簡単で明瞭な事柄であるから,定理 だけ読んで何とかわかろうと努力する. 証明を自分で考えてみる. たいていの場合は考えてもわからない. 仕方 がないから本に書いてある証明を読んでみる. しかし一度や二度読んでもなかなかわかったような気がしない. そこで証明をノートに写してみる. すると今度は証明の気に入らない所が目につく. もっと別な証明がありはし ないかと考えてみる. それがすぐに見つかればよいが,そうでないと諦めるまでにだいぶ時間がかかる. こんな 調子で一ヵ月もかかってやっと一章の終りに達した頃には,初めの方を忘れてしまう. 仕方がないからまた初め から復習する.そうすると今度は章全体の排列が気になり出す. 定理三よりも定理七を先に証明しておく方がよ いのではないか,などど考える. そこで章全体をまとめ直したノートを作る. これでやっと第一章がわかった気 がして安心するのであるが,それにしてもひどく時間がかかるので困る. 数百ページある本の終章に達するのは 時間的にも不可能に近い. 何か数学書を早く読む方法があったら教えて貰いたいものである.
小平邦彦「怠け数学者の記」