9.置換とその応用
科目: 線形代数学IA及び演習(1‐3組)
担当: 相木
前回のプリントで一般のnに対してn次行列の行列式を定義した.任意のn次行列A の行列式detAは(d1)〜(d4) (プリント8参照)を用いて計算することが理論上可能で あるが,Aの成分などを用いたもう少し直接的な表現があったほうが便利である.そのた めに必要になるのが「置換」である.
置換
置換
Jn = {1,2, . . . , n}とおく.写像σ : Jn → Jnが単射のとき,σはJnの置換であると いう.
実は,このように定義すると全ての置換は全単射になる.
Jnの置換σ が与えられたとき,i= 1,2, . . . , nに対してji =σ(i)と定め,置換σを σ =
(1 2 · · · n j1 j2 · · · jn
) (1)
のように表す.(1)は,1はj1に写る,2はj2に写るなど,上の行にある各数をその下に ある数に写す写像を表現しているのである.
定義からσは単射なので,下の行にあるj1, . . . , jnは1, . . . , nの順番を適当に並び替え たものになっている.n個のものを並べる並べ方はn!通りあるのでJnの置換もn!個存在 する.また,置換の定義においてσは単射であると書いたが,σはJnからJn自身への写 像なので,単射であることを仮定すると必然的に全単射になる.
対称群
Jnの置換全体の集合をSnで表し,n次対称群という.つまり,
Sn ={σ | σ はJnの置換}
である.Snはn!個の置換からなる集合である.特に,Snには (1 2 · · · n
1 2 · · · n )
で表される置換がある.これを恒等置換といい,idと書く.
逆置換
∀σ ∈ Snに対してσは全単射なので逆写像σ−1が存在する.σが(1)で与えられてい るとき,
σ−1 =
(j1 j2 · · · jn
1 2 · · · n
)
である.σ−1のことをσの逆置換という.
通常,置換を表すときは上の行を1, . . . , nとして書く習慣があるので,上のσ−1の表 現はそれに則していないが,σの逆であることを強調するために上のように書いた.
置換の積
∀σ, τ ∈Snに対してその積σ·τを
(σ·τ)(i) =σ(τ(i))
によって定義する.つまり,2つの置換の積をそれらの合成によって定めている.
2つの置換の積もまた置換である(演習問題参照).
置換の積の例:σ, τ ∈S3が
σ=
(1 2 3 3 1 2
)
, τ =
(1 2 3 2 1 3
)
で与えられているとき,
σ·τ =
(1 2 3 3 1 2
)
·
(1 2 3 2 1 3
)
=
(1 2 3 1 3 2
)
τ·σ =
(1 2 3 2 1 3
)
·
(1 2 3 3 1 2
)
=
(1 2 3 3 2 1
)
となる.これから,一般にはσ·τ ̸=τ·σ であることが分かる.
上の計算をどのように追えばよいかを解説する.σ·τについて,まずτは1を2に写 す.次にσは2を1に写すので最終的に1は1に写される.同様にしてτによって2は1 に写り,σによって1は3に写るので2は3に写されている.最後にτによって3は3に
互換
Snに含まれる置換の中には1≤i < j ≤nを用いて (1 · · · i · · · j · · · n
1 · · · j · · · i · · · n )
と表されるものがある.上の置換はiとjを入れ替え,それ以外は自分自身に写す置 換である.このような置換を互換といい,(i j)と省略した記法も用いる.
置換の積にならって互換の積も(i j)·(k l)などと表す.
互換は置換の特別なものであるが,実は以下が成り立つ.
互換による置換の表現
n≥2に対して,任意の置換σ∈Snはいくつかの互換の積として表せる.
注意:置換σを互換の積として表す表し方は1通りとは限らないことに注意.実際,1通 り見つかれば,それに(i j)·(i j)など,恒等置換になるようなかたまりを掛けたものも全 体としては同じ置換を表すので置換の互換の積による表現は無数にある.
反転数・符号
置換σ ∈Snに対して (s1) 1≤i < j ≤n (s2) σ(i)> σ(j)
の2つを満たす組(i, j)の個数をσの反転数という.
また,σの反転数がmのとき,(−1)mをσの符号といい,sgn(σ)で表す.
符号と置換の積
σ, τ ∈Snに対して
sgn(σ·τ) = sgn(σ)sgn(τ) が成り立つ.
行列式の直接的表現
置換やその符号を用いることでn次行列の行列式に行列の成分を用いた直接的な表現 を与えることができる.
行列式の成分を用いた表現
n次行列A= (aij)に対して detA= ∑
σ∈Sn
sgn(σ)a1σ(1)a2σ(2)· · ·anσ(n) (2)
が成り立つ.ここで,上の和はσがn次の置換をすべて動いたときの和を表す.
これで,行列の成分を用いて行列式を表すことができたので幾分かは行列式を取り扱 いやすくなったのだが,式(2)にしたがって個別の行列に対してその行列式を計算するの はあまり実用的ではない.実際に行列式に関する計算をする際には式(2)と性質(d1)〜 (d4)をうまく使い分けるのがよい.
次回以降で行列式を与える他の公式も解説する.行列の形や性質をうまく利用するこ とによって行列式,さらにはそれに付随して逆行列を比較的少ない計算量で求めることが できる.ただ,行列のサイズが大きくなると,どのように計算しても計算量が増えるのは 避けられないのもまた現実である.
予約制問題
(9-1) σ ∈Snがm個の互換の積としてσ =τ1τ2· · ·τmと表されたとき,
sgn(σ) = (−1)m
を示せ.また,これが置換の積による表現の違いに依存しないことを示せ.
(9-2) プリント7において3次行列A= [a,b,c] に対してdetA= (a×b)·cと定めたが,
これがこのプリントの式(2)と一致していることを確かめよ.
が に属す置換を全て動いたとき,σ−1 も に属す置換を全て動くことを示
早いもの勝ち制問題
(9-5) このプリントの式(2)による行列式の表現がプリント8の(d1),(d2),(d4)を満たす ことを確認せよ.ただし,予約制問題の結果を用いてよい.(もちろん(d3)も満た すが1問が重くなりすぎるので別の問題にする).
(9-6) このプリントの式(2)による行列式の表現がプリント8の(d3)を満たすことを確
認せよ.ただし,予約制問題の結果を用いてよい.
(9-7) n次行列A= [a1,a2, . . .an]に対して以下を示せ.
(i) Aの列ベクトルで同じものがあったらdetA= 0. (ii) Aの列ベクトルが一次従属であればdetA= 0.