硫化水素による細胞様高分子の非生物的合成
中 海 ( 島 根 県 北 緯
35° 30'
, 東 経133 ゜ 10')
で の海底(水深6 m )
観測結果から,硫化水素が発 生 している 貧酸素水塊 において急激な減少 と,そ れに伴う懸濁ペフ゜チド含有物質の増加現象を発見 した1)。硫化水素 は.最近発見された熱水噴出口 や火山噴泉などでの主要還元物質であり,そこに 生息する硫化水素を利用する硫黄細菌(Sulfolo‑
bus など)がリポゾーム R N A の塩基配列測定に よる系統分類法の発達 により,始原生物 に近い古 細菌で ある ことが分かってきた 』).J)。 また,先カ ンプリア時代始生代
(25
億年以上前 )における堆 積岩として,原始海洋の組成を推定する上で重要 な証拠とされているアルゴマ型の縞状鉄鉱層には,顕著な硫化物相が存在しており,多量の黄鉄鉱
(Pyrite ; FeS
と) や 磁 硫 鉄 鉱(Pyrrhotite Fe
。ふFe
。,s)
を含んで いる %この様な観点から ,硫化水素は,現代の沿岸海 底 ・熱水噴出ロ ・火山噴泉などのキャラクタリー ゼーションのための主要化学成分のみならず,生 命の起原に対しても菫要な役割を担っている可能 性があると考え,モデル合成実験を行った 。
実験 は,各種の濃度の反応試薬混合物(反応液)
a).ギ酸,ホルムアルデヒト,ア ンモニア.塩化
マグネシウム;b).
ギ酸. アセトアルデヒト,アンモ ニア,塩化マグネシウム;
c).
ホルムア ルデヒト, ヒドロキシルア ミン,塩化マグネシウ ム;d).
ホルムアルデヒト, シアン化カリウム,アンモニア,塩化マグネシウムの
4
種類の組み*紀本電子工業仰 * * 奈良教育大学
108
紀 本 岳 志*
(72)
合せについて行った。また,反応を促進する目的 で,各々 1炉 M の,鉄 (II) イオン,マンガン (II) イオ ン,銅(II )イオン ,モリプデ ン酸イオン ,コ バルト (II) イオン,亜鉛( II )イオンの遷移金属イ オン混合液を加えた 。
調整した反応液
(400ml)
を,0 . 2 μm
ヌクレオ ポアーフィルターにて濾過し,500ml
の丸型フラ スコに移して,テフロン製スタ ー ラーで撹拌しな がら,1
%硫化水素ガス/窒素バランスのガスを50ml/min
の流速で通気し,反応させた 。 反応は室温
(20
℃付近)で行った。通気時間は,いずれ も24
時間とした 。(硫化水素の総通気量 として,約0.03mol)
硫化水素ガス通気のかわりに,
0.01 ‑ 0.l mol
の硫化ナトリウム( 9
水和物)を結晶のまま反応 液に加え,15
分間窒素ガスにより脱気ののち反応 させると,硫化水素濃度が反応開始時に高濃度で あるため,ガス通気の場合より反応は促進される 。(約
1
時間)。反応開始後,数時間以内に,それまで透明であっ た反応液中に,突然,白色の沈殿が生成する 。
(反応促進触媒として,銅( II )イオン,モリプデ ン酸イオン,亜鉛( II )イオンのいずれか, もしく は全部を加えた場合には,褐色の沈殿が生成する 。 鉄
(II)
イオン,マンガン (II) イオン, コバルト(II) イオンの場合は,白色沈殿)
この沈殿の光学顕微鏡写真(一例)を,図
1
に 示す。海洋化学研究
2
、2 (1987 )
沈殿を,
0.2 μm
ヌクレオポアーフィルターに て濾過し,乾燥後, 重量測定,元素分析,加水分 解後(試料1 m g r
に5.7N塩酸1 m l
を加え, 真空 脱気後封入し105
℃24時間加熱)アミノ酸分析を 行った 。また,沈殿を空気 中450℃にて
1
時間加熱すれ ば,黒色の灰分状となり,その残査重量化は,沈 殿重量 の8 1 9
%であった 。 この残査には,金属 イオンや炭化物が含 まれているものと推定される 。表
1
に,合成および分析の手順を ,表2
に,各 種反応液にて合成した際の沈殿収量(Products
weight, mgr),元素分析結果による沈殿中の窒
素/炭素含有比
( N/C ratio,
モル比),沈殿中の アミノ酸含有量(Amino acid, μg r/mgr)
をま とめたものを示す 。尚, 表2
中アミノ酸含有量 の 中で,試料番号91601 A
および91701
については,グリシリンのみが大量 に生成しているため, グリ
シ ンのみの重量を記載した 。 また,アミノ酸分析 については,
Moore ‑ Stein
囲 に よ る ア ミ ノ 酸 自動分析計 , および, オルトフタルアルデヒト( O P T A)とN ‑
アセチル ーLー システイン(AcCys) を反応試薬とした,高速液体クロマトグラフィー 蛍光検出法により測定した6).7)。 尚,反応温度を90
℃に上げ,表2
の条件にて合成を行った場合,いずれも反応液がただちに暗褐色となり沈殿の生 成は認められなかった 。
マグネシウムイオンの効果
反応液にマグネシウムイオンが含 まれていない 場合でも,反応に要する時間は増加するが, 含 ま れている場合と同様に沈殿が生じる 。 しかし , そ の中に 含 まれるアミノ酸濃度は,著しく減少する 。 表
3
に,5 M
ギ酸アンモニウム,0.1
ホルムアルデヒト,
O.lM
塩化マグネシウムの反応 液 ( 表2
図 1 細胞様有機高分子
海洋化学研究
2 , 2 (1987) (73)
109表
1
合 成 手 順反応液
(A) を調整 ( 4 0 0 m l ) l
p H
測 定0 . 2 μm フィル ターで濾 過
曹
に を も ム ゥ 定
‑ 2 z )
ラ/ 温 リ 測
‑ s
室 卜
H タ
2
︵ ナ
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水
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し ヵ
n
測 移 な
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適
" 生 曹
.
j
反 て 50 し を
析 素分
元
A )
反/応液l. ホ ル ム ア ル デ ヒ ト , ア ン モ ニ ア ギ酸,塩化マグネシウム
2. アセトアルデヒト ,アンモニア ギ 酸 塩 化 マ グ ネ シ ウ ム
3 .
ホルムアルデヒト,ヒドロキシル アミン, 塩 化 マ グ ネ シ ウ ム
4. ホルムアルデヒト,シアン化水素 アンモニア,塩化マグネ シウム
B)
迎元剤
l . I
%齢 化 水索 ガス 2. l 流化ナトリウム
C)
触媒(JO
―' M 程度)
鉄 ( II )
イオ ン マンガン
( II)イオ ン 銅
( II )イオン モリプデン酸イオン コバ ルト
( II )イオン 亜 鉛
( II )イオ ン などの遷移金属イオン
5.7 N HCI ,24
H Rア ミ ノ 酸 分 析 j
110 (74)
海洋化学研究2 , 2 (1987)
表
2
硫化水素を用いた合成実験結果SANI l,E PROIJUCTS N/C ,¥J‑IINO b)
CONCENTRATION OF THE REACTANTS a) 曲IGHT RATIO AC!IJ
NU!UlER ( m g ) (mol/mnl) り1g/mg)
3 0 3 0 2 O O I M H否O , O O I M NH4CI, O O I M H C O O H ,
6 5 0 0 0 8 9 0 0 5 0.5 M N a C l , 0 0 5 M M 9 C l 2 , p H 2 3
40301 0 I M H 2 C O , I M NH4CI, I M H C O O H ,
4 9 2 0 .217 0 J I 0 5 M M 9 C l 2 , pHl.8
83101 0 .001 M H 2 C O , 0.01 M H C O O N H 4 ,
10 0 112 0 3 8 0 5 M N a C l , 0 5 M M 9 C l 2 , p H 5 3
32401 0 0 8 M H 2 C O , 1 5 M N H 4 C I , 1 5 M H C O O H ,
5 8 0.178 0 5 2 I 5 M M g C l 2 , p H 1.7
52301 0 I M H 2 C O , 5 M H C O O N H 4 ,
O.JM M g C l 2 , p H 4
8
717 0 2 7 5 0 8 95 2 3 0 2 0 I M C H 3 C H O , 5 M H C O O N H 4 ,
O I M M 9 Cl2 , p H 4
8
8 7 6 0 0 5 1 I 1 440201 0 I M C H 3 C H O , I M N H d C I , I M H C O O H ,
3 3 4 0.191 0 2 4 0 S M M g C l 2 , p H 1.8
0 I M H 2 C O , 0 I M N H 20 H , C)
91501 8 3 0 19 9 3 4 8
0 5 M N a C l , 0 5 M M g C I , pHl.8
0 2 M H 2 C O , 0.1 M N H 2 0 H , C)
91501A 5 4 0 0 2 1 0 0 7 9
0 5 M N a C l , 0 5 M M g C l 2 , p H I 0 CGlyJ
0 . 2 M H 2 C O , 0 I M K C N , O . I M N H 4 C I , C)
91701 6 5 2 0.360 16
8
0 . 5 M N a C l , 0 5 M M g C l 2 , p H
8
5 C G ly)a) . 40010 1 r e a c t i o n v o l u m e , . r o o m t e m p e r a t u r e , 1もH 2 S/ N 2 <JaS b u b b l i n g b) . M o o r e ‑ S t e i n m e t h o d ( N i n h y d r i n m e h t o d )
;; : OPTA/A~Cys p r e ‑ c o l u n n r e a c t i o n a n d r e v e r s e d ‑ p h a s e l i q u i e d chror1to‑
g r a p h y f o r s e p a r a t i o n o f t h e e n a n t i me r s
中,試料番号62301) で合成した沈殿中のアミノ 酸分析結果と,塩化マグネシウムを除いて合成し た場合のものとを示す 。
遷移金属イオンの効果
江上らは,原子海洋における化学進化は,現在 の原核生物を含めた生物一般に用いられている
6
種の遷移元素 ( M o , Zn,Fe,
M n , C o , C u ) によ り促進されたとの仮説のもとに研究を行っているが8),9),10¥ 本 モデル合成実験においても,上記の
海洋化学研究 2 , 2 (1987) (75)
元素を加えることにより(いずれも
10
―' M )
, 反 応は著しく促進される。反応糸に,鉄( n ) イオン,マンガン ( n ) イオン,コバルト ( n ) イオンのいず れか, もしくは全部を加え ,p H 4以下の条件で 反応させた場合には,加えない場合と同様の白色 沈殿を生成する 。一方,モリプデン酸イオン,銅 ( n )イオン,亜鉛 ( n ) イオンのいずれか, もしく は全部を加えた場合には,褐色の沈殿となる 。 こ の事は,後者の金属イオンでは,硫化物沈殿が安 定である事と関係するのではないかと推定される。
111
表 3
アミノ酸収量に対するマグネシウムイオンの効果Amino A ci d Total Asp Thr Ser G lu Gly A la C ys Val I le Leu Lys cngr/m g n
with Mg2+ 8 8 8 9 2 3 3 114 152 223 2 0 3 7 47 3 3 7 5 6 2
w ithout M g
か121 10 5 8 5 3
S y n t h e s i s c o n d i t i o n ; S M H C O O N H4, 0 . 1 M H 2 c o , 1 % b u b b l i n g a t 24 h o u r s w i t h o r w i t h o u t 0.1M M g c 1 2 te m perature, p H ; 4.8. A m i n o acid com position w e r e by m o o r e ‑ S t e i n M e t h o d a u t o m a t i c a m i n o a c i d analyser by ni n hydrin m e t ho d aft e r hyd rol y sis o f the sam ples.
H 2 S / N 2 a t r o o m anal y sed detected
tn 9, T d s v‑ 1
tA 9 qk
↑
I T S T H‑ '1n,n
‑'1 a 4d 1T a
II 'T 1 OH I T Te A1 T ど
↑
IA T Te VI T b"
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dsv30 60 90 120 150 180
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am 1.no acid. . ‑
O P T A / A c C y s M o b i l e
150 180
a n d
c h r o m a t o g r a m e n a n t i o m e r s .
G r a d i e n t a c e t o n i t r i l e ,
o f
p h a s e , S O m M 0 % o f f r o m
120
d e r i v a t i v e s o f s t a n d a r d a m m o n i u m a c e t a t e a c e t o n i t r i l e t o 3 0 % d u r i n g
C o l u m n ,
1 8 0 m i n . E a c h ー n m o l o f D e v e l o s i l ‑ O D S ‑ 5 ( 2 0 c m x
a m i n o . 6 m m
a c i d w e r e i n j e c t e d
。 I . D . )図
2 O P T A/ AcCys
法によるアミノ酸の光学異性体の液体クロマトグラフ112 (76)
海洋化学研 究2 , 2 (1987)
液 体 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー に よ る 生 成 ア ミ ノ 酸 の 光 学 異
t
生体の分析前述した
O P T A/AcCys
を反応試薬として用いた液体クロマトグラフィーによるアミノ酸分析法6),7)
ではアミノ酸の光学異性体の分析が可能である 。 この方法を参考にして,生成沈殿を加水分解後,
そのアミノ酸の光学異性について検討を行った 。
まず,
D . L
体アミノ酸または,M
本アミノ酸を各々反応後,アミノ酸注入量として各々
l n m o ]
にな る量を注入した時の液体クロマトグラフィーのパ ターンを図2
に示す。 この条件では,アスパラギン酸
(Asp)
はD,L
分離せず,また, ヒスチジン(His), トレオニン (Thr), については,かなり
分離能が悪く, リジン
(Lys)
についてはヒ°ーク が出て来ない 。以上の点については,今後の分析 法の改良が必要であるが,他のアミノ酸について は,光学異性体の分析が可能であり,図2
に示し た条件で分析を行った 。図3
に,各種の条件で生 成した沈殿のアミノ酸分析の代表的なクロマトグラムを示す 。
図
3
中,プランク(Blank)
は,試料を加えず に,同様の手順(加水分解後,アミノ酸分析)で 行ったものであり,また, コンタミネーションテ スト(Contamination test)
は,アンモニウムイ オンを含まない反応液により合成を行い,生成した沈殿を
20mgr
取り,同様の手順で分析したクロマトグラフである 。試料番号83101は, アミノ 酸濃度が低いため,試料20mgrを加水分解した 。
また,試料番号91601は,
2mgr
を加水分解し分 析した 。いずれの試料についても,グルタミン酸,セリ ン,アラニンについて,
L
体濃度が,D
体に比べ かなり大きい事を示すビークが得られている。ま た,その他にアミン類であると推定される,アミ 海洋化学研究2, 2 (1987) (77)
ノ酸以外のピークが得られている 。
この分析結果については,クロマトグラフによ る保持時間のみの測定であるため,今後,物質の 単離・同定,施光度測定などにより光学収率の定 量的な確認が必要であり,また,一連の合成・分 析手順中での微生物などの汚染についての厳密な 検討を必要とするが, この新しく発見した硫化水 素による合成反応が,生命の起原におけるアミノ 酸の左施性についての疑問を解く可能性を示唆し ている。
生 命 の 起 原 に つ い て
以上,本合成法について述べてきたが,生命起 源との関連について,推論をまじえて述べてみた
し\
゜
オパーリンの先駆的研究II )(1927年)以来, ミラー
・ユーレイの還元型大気からのアミノ酸合成12),1" )
(1953年)など数多くの化学進化(原始無生物環
境から生物への進化)の仮説・実験がなされてい るがM ).15),が現在,その種々の仮説に対して,以 下の様な疑問点が掲げられている16),17 )O1) ミラー・ユーレイの実験ではメタン・アンモ ニア・水などの還元型大気において,大気中 でアミノ酸が合成されたとされているが,最 近の地球物理学の理論では原始大気は,二酸 化炭素・窒素・水などよりなる酸化型の大気 であったのではないかと推定されている 。
2 )
還元原始大気中で生成したアミノ酸が,海洋中で重合し細胞様高分子となるためには,高 温・高圧下の様な大きなエネルギーを必要 と する事が実証されている 。従って,海洋の様 な緩やかな条件下で生命が誕生するためには,
上記と異なる機構を経る必要がある 。
3 )
また,従来のモデル実験では,生成したアミノ酸や糖はすべてラセミ体(光学活性を持た ない)であるとされている 。(生物を構成する
113
S O O m V
S a m p l e No. 91601 0 .5 M NaCl 0 .5 M MgCl2 0 .1 M NI方O H 0 I M H 2C O Hycl r uly s,s : 2m g
‑' 1' .l
as ,1
竺<
︐ 1
゜
5 0 0 m V
3 0 6 0 9 0 120 150
S a m p l e No. 83101 0.5 M NaCl 0 5 M M 9 C l 2 0 .0 I M H CO ON H 4 I0 ‑ 3 M出 C O
H y d ro lysis ; 2 0 m g A
‑3
nk ), '‑
d s y
t‑ V'嶋
1
﹂
as
‑1
゜ soornv
Contamination te st 3 0 6 0 9 0 120 15 0 0 . 5 M NaClO . S M M9Cl2 O.IM H 2 C O Hydrolysis ; 2 0 m g
゜
5 0 0 m V
3 0 6 0 9 0 120 15 0
Blank
゜
3 0 6 0 '30 120 150Retention time C min .)
図
3 114
O P T A / A c C y s
法による光学異性体の分析(78)
海洋化学研究2, 2 (1987 )
アミノ酸や糖は光学活性(アミノ酸:
L
体, 糖:D
体)を持っている 。)4 )
従来行なわれてきたモデル実験や模擬細胞に よる 実験の反応機構は,実際の生物とはか け はなれすぎている。初期反応は,今も原始的 なバクテリアの中で行なわれていると思われ る。この様な疑問に対し,本合成法では,以下の推 定化学反応式に まとめられる 様に,海洋で普通に
アンモニア(N Hふ 硫 化 水 素(H,S) マグネシウム イオン
(Mg2
十)などから普通の条件(20℃, 1
気 圧)で,細胞様高分子(有機高分子)が大量に合 成される 。推定化学反応式
A ) .
H C O O H + 2 比 C O + N H け 比 S 常温 ・常圧
M g 2 ,,遷移金属 酸化還元反応
+ c o ‑ C H ‑ NH‑+‑ + S + 3 H 心
̀
i
凡 イオウポリペプチド
B).
H C O O H + 2 H,CO + N H , ‑ 0 ‑ 2 H,O
冨元 脱 水
— +CO - CH - 贔 NH‑‑t‑
H,S + 4 0 ̲ , H,SO,
従って,従来の研究に比ぺて,次のような特徴 を持っている 。
1)
.現代の沿岸海洋においてごく 普通 に見られる 様な常温(20℃付近),常圧 ( 1 a t m )
の自 然環境下で,細胞様高分子の合成を行ってい る。 その生成物は,すべての有機高分子 であ り,その内に0.1 2
%重 量比のポリペプチ ドを含んでいる 。2).生成物を加水分解し,アミノ酸分析を行った
ところ,グリシン,アスパラギン酸, グルタ ミン酸,セリン, トレオニン,アラリン,バ 海洋化学研究2, 2 (1987) (79)
リン,イソロイシン, ロイ シン, リジンなど のアミノ酸を同定。その他は,アミン類,糖,
脂肪酸などと推定される 。
3).この合成のエネルギー源としては,硫化物イ
オン(硫化水素)が働いており,従来法に見 られる, 一般環境からみれば特殊な条件でし か存在しない様な エネルギー (火花放電,紫 外線,放射線,高温加熱)は必要としない 。4)
.従来の多くの考え方では,原始地球環境では,まずアミノ酸が合成され,そのアミノ酸が重 合し細胞様高分子(ポリペプチド)が出来た とされているが, この考えでは, 重合に大き なエネルギーを必要とする 。 しかし,本合成 法では,反応経路中にアミノ酸の生成を経ず,
直接高分子を合成しているため,重合に要す る特別なエネルギーを必要としない 。 (赤堀 らのいわゆる「ポリグリシン説」ではアミノ アセトニトリルより,ポリペプチドを合成し ている
8)) 1
5).本合成法において反応はすみやかに進行し,
ほぼ数時間以内に終了する 。 また,触媒とし て
Fez+, Mn2+, Moo.'‑, C u2+ , C o2+ , Zn
狂などを少量
(10
―' M程度)加えることにより,
反応がきわめて早くなる。 (1 時間以内)
6)
.ミラー・ユーレイの実験に代表 される様に,従来のアミノ酸合成では,反応初期条件の原 始大気として,メタン,アンモニア,水より なる還元大気を想定しているが,今日では,
原始大気は還元型ではなく 二酸 化 炭 素 窒 素 水よりなる酸化型の大気であったと 言われて
いる19),加)。 この様な酸化型の大気 で は , 紫 外 線による光化学反応などにより,ギ酸,ホル ムアルデヒト,アンモニアなどしか生成しな ぃ。本合成法では,酸化型の大気 より生成す るとされている上記の物質から細胞様高分子 が生成する 。
115
7). 38
億年前の最古の推積岩であると 言われてい るグリーンランドイスア地帯の岩石中に多 量の硫化鉄鉱床が発見されている 事からも4)'原始海洋には,大量の硫化物イオン(硫化水 素) や鉄,マンガン,モリプデ ンなどの遷移 金属が存在 していたものと推定される 。
8).現在でも海底の熱水噴出口や火山地帯の噴泉
付近では,硫化水素をエネルギ ー源と して生 体有機成分を化学合成している
Sulfolobus
属などの硫黄細菌が生存している 。 これらの バク テリアは,現在,原始地球で誕生 した地 球上最も古いバクテリアの仲間であると 言わ れており ;).3), その視点からも化学進化の初 期過程において,硫化水素が重要な役割を果たしていたのではないかと推定される 。
9).液体ク ロマトグラフ 分析法によるアミノ酸の
光学異性体の分析結果から,生成したポリペ プチドを構成するアミノ酸は,
L
体である可 能性が強い 。 この事は,現在までの生物すべ てがL体のアミノ酸でできていることを証明 するものであるかも知れない 。今後の綿密 な 検討を要する 。中海の連続観測結果に ヒントを得て見出したこの 合成反応は,以上の様な理由で,原始海洋におけ る化学反応や,現在の自然環境で起っている硫化 水素還元雰囲気環境のメカニズムを解くための重 要な役割を担っていると思われる 。今後, より詳 細に研究を進めて行きたい 。
終りにあたり ,御助言下さった, 京都大学化学 研究所 左右田健次教授,島根大学 理 学 部 橋 谷 博教授,京都大学理学部機器分析セ ンタ ー 中山 英一郎博士,アミノ酸分析を行 って下さった,同 センタ ー山本文子博士,元素分析を行 って下さっ た同志社大学 原正 教 授 実 験 を 手 伝 っ て い た だ いた茂村直樹氏に厚く御礼申し上げます 。
116 (80)
引 用 文 献
1 )
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巻 第2
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3 )
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梶原良道 「先カンプリ ア縞状鉄鉱層」立見辰雄編「現代鉱康学の基礎 」
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